星の子 アナザー   作:猫太鼓

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北斗の兄妹 ⑤

 

 冬だというのに、今日は少しだけ暖かかった。

 

 吐く息は白くならず、陽射しもやわらかい。ルビーはマフラーを軽く整え、ココのリードを握りながら歩いていた。

 

 己を見極め、目標を定めよ――アクアにそう言われて始めた散歩だったが、今では理由がどうあれ、この時間そのものが楽しかった。

 

「こんにちは」

 

 すれ違う人にそう声をかけると、相手も笑って返してくれる。

 

 同じように犬を連れている人とは、自然と会話になる。

 

「元気な()だね」

 

「はい。少しやんちゃですけどね」

 

 そんなやり取りの合間にも、ルビーはココに声をかける。

 

「ちゃんとついてきてるね。えらいよ」

 

 ココは嬉しそうに尻尾を振り、歩調を合わせる。

 

道の途中、小さな川が見える場所がある。水面は冬の光を反射して、きらきらと瞬いていた。

 

「きれいだね、ココ」

 

 立ち止まって覗き込むと、ココも興味深そうに鼻を近づける。

 

「落ちたら冷たいよ。気をつけて」

 

 言い聞かせるように言うと、ココは一歩下がって、何事もなかったかのように座る。

 

「……わかってるの?」

 

 問いかけると、「わん」と一声。

 

 ルビーは思わず笑った。

 

 歩くペースは、早すぎず、遅すぎず。

 息が上がるほどではないけれど、確かに身体は温まっている。

 

(前より、楽かも)

 

 少し前なら、ここまで来るだけで疲れていた。

 それを思うと、胸の奥に小さな達成感が灯る。

 

 やがて、目標にしていたベンチが見えてきた。

 

「……今日は、ここまでにしようか」

 

 ルビーはそう言って腰を下ろし、水筒を取り出す。

 

 蓋を開けると、ふわりと甘い香りが立ちのぼった。

 

「母さんのココア……」

 

 一口飲むと、身体の奥までじんわりと温まる。

 疲れはあるけれど、嫌なものではなかった。

 

 ココにもちゃんと水をあげる。

 

「はい、ココも」

 

 ココは夢中になって水を飲み、飲み終わると満足そうに顔を上げた。

 

「ちゃんと休憩も修行のうち、だよね」

 

 そう言って、ベンチの背もたれに寄りかかる。

 

 空を見上げると、雲はゆっくりと流れている。

 静かな時間。

 

(こういう時間……守りたいな)

 

 ふと、そんな思いが浮かぶ。

 

 アクアは、もっと遠くを見ている。

 自分にはまだ見えない場所を。

 

 でも、だからこそ。

 

(わたしも、強くなりたい)

 

 拳だけじゃなく、歩き続けられる身体と、折れない心。

 

「……よし」

 

 ルビーは立ち上がり、ココを見る。

 

「休憩終わり。帰ろ」

 

 来た道を、今度は家へ向かって歩き出す。

 

 足は重くない。

 呼吸も、ちゃんと整っている。

 

 玄関を開けると、アイの声が迎えた。

 

「おかえり」

 

 キッチンから顔を出し、やさしく続ける。

 

「どう? 疲れてない?」

 

「大丈夫だよ」

 

 ルビーは靴を脱ぎながら答える。

 

 ココも元気よく尻尾を振り、アイの足元に駆け寄った。

 

「元気そうだね」

 

 アイはしゃがんでココを撫で、ルビーを見る。

 

「がんばったね」

 

 その言葉が、胸にやさしく染みた。

 

 しばらくして、玄関の扉が開く音がする。

 

 アクアが帰ってきた。

 

「おかえり」

 

 アイが声をかけ、少し間を置いて言う。

 

「……ありがとう」

 

「うむ」

 

 それだけ答え、アクアはローテーブルのいつもの場所に座る。

 

 何事もなかったかのように。

 

 ルビーは、思う。

 

 いつもの散歩。

 温かい視線を、遠くに感じたこと。

 

 振り返らなかったし、探しもしなかった。

 気づかないふりをする。

 

(ありがとう、アクア)

 

 心の中で、そっと呟く。

 

 守られていることを、当たり前にしないために。

 

 冬のやわらかな一日は、

 静かに、穏やかに暮れていった。

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