玄関の鍵を外した、その瞬間だった。
扉の隙間から、ためらいもなくナイフが突き出される。
「な――!?」
不審者の声と同時に、金属音が乾いて弾けた。
刃は、アクアの胸元に触れるが刺さらず砕け、床に散る。
アクアは眉一つ動かさない。
低く、腹の底から響く声。
「我が肉体は無類無敵。
その程度の刃では――蚊ほどの傷もつかぬわ」
怯えきった不審者が一歩、また一歩と後ずさる。
視線だけで射抜かれ、呼吸すら乱れている。
アクアは一歩踏み出す。
床が鳴り、空気が震えた。
「天に――滅せい!!」
剛拳が放たれた瞬間、世界が裏返る。
「た、たわば――!?」
情けない叫びとともに、不審者の身体は宙を舞い、闇の向こうへと消えていった。
静寂が戻る。
そのとき、リビングから少し眠たげで、優しい声が飛んでくる。
「アクア〜。ルビーが風邪ひいて寝てるから、あんまり騒いじゃだめよ〜」
アクアは一瞬だけ表情を緩め、短く答えた。
「……うむ」
ゆっくりと扉を閉める。
外の非日常を遮断するように。
そして、また家の中の日常へ。
妹の眠る気配と、母者の声がある場所へと戻っていった。
翌日
玄関先に、夕方の冷たい空気が溜まっていた。
ルビーは毛布を肩に掛けたまま、喉の奥がひりつくのをこらえて立っている。風邪は慣れっこだ。熱は出ても、いつも一晩眠れば引いていく。それでも――今日は少し、心細かった。
「開けちゃダメだよ」
アイの声が、朝の記憶として胸に残っている。
それでも、チャイムは執拗に鳴った。二度、三度。静かな家の中で、その音だけが大きくなる。
「……しかたないよね」
ルビーは小さく呟き、鍵に手を伸ばした。
扉が開いた、その瞬間――
銀色の刃が、一直線に迫る。
「――っ!」
その瞬間、不審者の腕はありえない角度で絡め取られ、次の瞬間には不審者自身の体に巻き付いていた。関節が鳴り、骨が悲鳴を上げる。
「な、何だこの動きは……!?」
不審者の声は恐怖に震えていた。
ルビーがささやいた。
「激流を制するは静水」
「……柔の拳か」
いつの間にか、アクアが立っていた。
片手には小さな籠。中には、まだ温もりの残る野鳥の卵。
「か、帰ってきたのか……!?」
「うむ」
ルビーはほっと息をつき、力が抜けたように笑う。
「おかえり、アクア。今日は……たまご、取れたんだね」
「あやつに遅れは取らぬわ」
いつも張り合う悪友に勝ったらしい。
「それより……柔の拳では、我には勝てぬぞ?」
その言葉に、ルビーはきゅっと唇を結ぶ。
病で弱っていても、守られているだけではいられないと、どこかで思っていた。
アクアはその表情を見て、ふっと息を吐く。
「まあよい」
卵の籠を持ち直し、ルビーの肩にそっと手を置く。
「今は休め。おかゆを作ってやる」
「……うん」
二人は静かに家の中へ戻る。
扉の外には、身動きの取れない不審者が取り残され、ほどなく近所の通報で連れて行かれることになる。
キッチンに火が入り、鍋の中で米がほどけていく。
卵を落とす音が、やさしく響いた。
ルビーは布団に戻り、湯気の向こうに立つ兄の背中を見つめる。
――大丈夫。
この家は、今日も守られている。