何かが、欠けている。
それが何かはわからない。ただ、星野アクアは生まれ落ちたその瞬間から、胸の奥にぽっかりと空いた場所を抱えていた。
泣き声を上げることもなく、周囲が驚くほど静かな赤子だったという。
アイは不安そうに、しかし優しく微笑みながらその小さな手を握った。ルビーは無邪気に笑い、兄の顔を覗き込んでいた。
――何かを、忘れている。
言葉になる前の感覚。魂と呼ぶしかない“熱”の一部が、どこかへ落ちてしまったような喪失感。
理由も名前もないそれは、幼いアクアの中で、ずっと鈍い影を落としていた。
元気がないわけではない。ただ、笑う理由が少なかった。
その様子に気づいたアイは、ある日ふと思い立つ。
「ねえ、今日はお祭り行こっか」
夜店の光。焼きそばの匂い。金魚すくいの水面に揺れる灯り。
ルビーは走り回り、アイは帽子を深く被ってはしゃぐ娘を追いかける。
その少し後ろを、アクアは黙って歩いていた。
――その時だった。
屋台の一角、雑多に並ぶお面の中で、ひとつだけ異様な存在感を放つものがあった。
大きな複眼、風を切るようなデザイン、赤と緑のコントラスト。
仮面ライダー一号。
視線が、釘付けになる。
胸の奥で、何かが“カチリ”と音を立てた。
「……これだ」
言葉にする前に、魂が理解していた。
テキ屋の男が気づいて声をかける。
「坊主、いい目してんじゃねーか。ライダーっつったらやっぱ一号だろ?」
アクアは、初めて年相応の顔で笑った。
当然だ、と言わんばかりに。
その日を境に、アクアは変わった。
走り、腕立てをし、何度も転んでは立ち上がる。
理由を聞かれても答えない。ただ、身体を鍛え続けた。
ルビーは呆れたようにため息をつき、
アイは何も言わず、少し誇らしげにその背中を見守っていた。
――魂は、燃えていた。
そして事件は起きる。
アクアが四歳になった頃の、何でもない昼下がり。
リビングで三人、床に座って遊んでいた時。
チャイムが鳴る。
「社長さんかな?」
そう言って立ち上がるアイ。
ドアを開けた、その瞬間。
光る刃。
振り上げられる腕。
次の瞬間――
「でんぱぁなげぇぇッ!!」
気合いと共に、世界が反転した。
不審者の身体が宙を舞い、床に叩きつけられる。
そこに立っていたのは、
電波人間タックルのコスチュームを身にまとったアイ。
「電波人間タック!!」
――“ル”を言わないのがキモである。
「アイだけズルい!!」
アクアが駆け寄る。
「すごーい!!」とルビーが飛び跳ねる。
アイは二人を抱き寄せ、ウィンクした。
「最強はね、タックルなの!」
その笑顔もまた、最強だった。
夜、布団に入ったアクアは、仮面ライダーのお面を胸に抱く。
失われたと思っていたものは、もう戻っていた。
――家族と共に戦う、その理由ごと。
魂は、確かにここにある。