書いてたらなんか続き書きたくなったので別枠で連載します
これは残しておきます
夜更けのコンビニは、どこにでもある静けさをまとっていた。
蛍光灯の白い光、冷蔵ケースの低い唸り、床に反射する淡い影。
アクアはただ飲み物を買うために立ち寄っただけだった。
――なのに。
怒鳴り声と、乾いた金属音が空気を切り裂いた。
「動くなッ!」
カウンターの向こうで、店員が震えている。
手には包丁。呼吸が荒く、目が血走った男。
よくある、ニュースでしか見たことのない光景が、今ここにあった。
アクアは一歩も動かなかった。
心臓は騒がしいほど鳴っているのに、身体は妙に静かだった。
(……ああ)
理由はわからない。
でも、この感覚だけは、ずっと昔から知っている。
幼いころから、胸の奥にあった衝動。
名前も、姿も、世界のどこにも存在しないはずなのに、
確かに「いる」と断言できる何か。
――仮面ライダー。
誰に話しても笑われた。
アイもルビーも知らなかった。
調べても、映像も、記録も、物語も、どこにもなかった。
それでも、アクアの中では一度も消えなかった。
(守るために、立つ者だ)
頭の中で、誰かの声がした気がした。
それは命令ではない。
誓いですらない。
ただ、当たり前のことのように。
男がアクアに包丁を向ける。
「お前もだ! 近づくな!」
その瞬間、身体が勝手に動いた。
足を開き、背筋を伸ばし、拳を握る。
何百回も、何千回も、夢の中で繰り返した姿勢。
アクアの口が、無意識に言葉を吐き出す。
「――変身!!」
静寂。
何も起こらない。
光も、爆音も、装甲もない。
男が一瞬きょとんとし、次の瞬間、嘲るように笑った。
「は? なに言って――」
その言葉は、最後まで続かなかった。
アクアは踏み込んでいた。
恐怖よりも速く、理屈よりも確かに。
包丁が振り下ろされる。
しかし、その軌道は逸れた。
腕を払う。
体勢を崩す。
床に転がる包丁。
動きは洗練されていない。
だが、迷いが一切なかった。
(……俺は)
殴るのではない。
叩き潰すのでもない。
止める。
それだけだ。
男は数秒もしないうちに床に伏し、動かなくなった。
致命傷はない。
ただ、立てないだけだ。
店内に戻ってきたのは、先ほどと同じ蛍光灯の光。
冷蔵ケースの音。
震えながら息をする店員。
アクアは深く息を吐いた。
(……失敗か?)
変身は、していない。
装甲もない。
名前も名乗っていない。
それでも。
胸の奥が、はっきりと答えていた。
――違う。
(仮面ライダーは、表に出すものじゃない)
(最初から、
サイレンの音が近づいてくる。
アクアは何事もなかったように、カウンターで飲み物を買った。
外に出ると、夜風が頬をなでる。
街はいつも通りで、世界は何も変わっていない。
それでもアクアは、確信していた。
理由はわからない。
名前も、世界も、まだない。
だが――
いつか、必要とされる時が来る。
その時、自分は必ず立つ。
仮面ライダーとして。
たとえ、誰にも知られなくても。