ルビーは知っていた。
世界は、力だけでは変わらないということを。
銃や刃よりも、拳や爆炎よりも、もっと深く、もっと遠くへ届くものがある。
それは音。
正確には、想いを乗せた音――歌だ。
戦場の空はいつも重い。
怒り、恐怖、憎しみ、そして「勝たなければならない」という焦燥が、空気そのものを濁らせていく。
兵器が唸り、警報が鳴り、誰かの悲鳴がどこかで消える。
そんな中で、ルビーは小さく息を吸った。
怖くないわけじゃない。
足は震えるし、心臓は早鐘みたいに鳴っている。
それでも、目を逸らさなかった。
――歌わなきゃ。
歌は、誰かを殴り倒すためのものじゃない。
歌は、相手を黙らせるためのものでもない。
歌は、ここに「心がある」と伝えるためのものだ。
ルビーはマイクを握る。
それは武器じゃない。
だけど彼女にとっては、世界とつながるための唯一の回路だった。
「……聞いて」
小さな声。
でも確かに、震えの中に意思があった。
「わたしの歌を、聞いて」
守りたい人がいる。
笑っていてほしい人がいる。
悲しんでほしくない世界が、ここにある。
その想いが、旋律になって広がっていく。
最初の音が空に放たれる。
不器用で、完璧からはほど遠い。
音程だって、リズムだって、どこか心許ない。
それでも――
その歌には――
逃げ場がなかった。
最初に異変が起きたのは、敵だった。
進撃を続けていた敵性生命体の艦列が、
ぴたり、と止まる。
照準がぶれる。
砲門が動かない。
まるで“撃つ理由”そのものを忘れたかのように。
敵の内部で、
彼ら自身も理解できない現象が起きていた。
脳裏に蘇る記憶。
誰かに向けて必死に格好つけた初恋。
告白できずに終わった、甘酸っぱい失敗。
仲間の前で先生を、お母さんと呼び笑われた過去。
「……っ」
敵の身体が、赤く染まる。
羞恥という概念を持たないはずの彼らが、
なぜか“顔を覆う”ような仕草で、うずくまる。
――聞いてしまった。
――思い出してしまった。
――思い出したくなかった。
歌は続く。
ルビーは必死だった。
自分の歌が何をしているのか、正確には理解していない。
ただ、伝えたかった。
「大丈夫だよ」
「ひとりじゃないよ」
「恥ずかしくても、生きてていいんだよ」
その想いが、
歌声となって銀河に拡散していく。
次に崩れたのは――人類側だった。
バルキリーの操縦席で、
歴戦のパイロットが、突然手を止める。
「……くっ、なんだこの歌……!」
頬が熱い。
耳まで赤い。
なぜか過去の黒歴史がフラッシュバックする。
新人時代の失敗。
調子に乗ってやらかした大恥。
かっこいいと思いつけた、眼帯と指抜きグローブ。
「や、やめろ……集中できん……!」
通信回線には、
意味不明な呻き声と、
顔を覆う音が溢れ出す。
管制室でも同じだった。
オペレーターたちが次々と俯き、
誰かが叫ぶ。
「これ……精神攻撃です!!」
それでも歌は止まらない。
ルビーは、少し照れながら、
それでも最後まで歌い切る。
宇宙空間に、
無数の“うずくまる存在”。
バルキリーですら、
姿勢制御を失い、
ふらふらと漂っている。
敵も味方も、等しく赤面していた。
そして流れだすイントロ。
アンコールだ。
ルビーは叫ぶ。
「まだまだいくよー」
超時空歌姫ルビー。
その歌は、敵意を止め、誇りを赤面させ、銀河を沈黙させた――
今年はお世話になりました
良いお年をー