星の子 アナザー   作:猫太鼓

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北斗の兄妹 ③

 

 玄関の扉が静かに開き、外の冷たい空気がふわりと流れ込む。

 ルビーは深く息を吸い、胸の奥に残っていた重さがすっとほどけていくのを感じていた。

 

「……外の空気、やっぱりいいね」

 

 落ち着いた声でそう言い、ルビーはマフラーに指先をかける。アクアが無言で巻いてくれたそれは、少し不器用で、けれど驚くほどあたたかかった。

 

「無理はするな。治りかけが一番厄介だ」

 

「わかってる。ありがとう、アクア」

 

 ルビーは小さく微笑む。

 その足元で、ココが短く「わん」と鳴き、待ちきれない様子でリードを引いた。白い体がぴょんと跳ね、何度もルビーの顔を見上げる。

 

「ふふ、大丈夫だよ、ココ。今日はちゃんと歩ける」

 

 そう言って頭を撫でると、ココは安心したように尻尾を大きく振り、ルビーの足元にぴたりと寄り添った。

 

 夕方前の道は静かで、冬の空気が澄んでいる。遠くで車の音がするだけで、足音とココの軽い息づかいが、やけにくっきりと耳に届いた。

 

 アクアは少し後ろを歩き、ルビーの様子を目で追っている。

 声をかけるでもなく、手を差し伸べるでもない。ただ、距離を保ち、何かあればすぐに動ける位置を崩さない。

 

 それが、アクアなりの守り方だった。

 

「……母さん、喜ぶね。こうしてわたしが歩けるの」

 

 ルビーがぽつりと言う。

 

「……うむ」

 

 短い返事。だが、その声には確かな温度があった。

 

 ルビーはそれ以上何も言わない。

 言葉にしなくても、兄が何を思っているか、わかる気がしたからだ。

 

 ココが急に立ち止まり、落ち葉に鼻を突っ込む。

 カサリ、と小さな音がして、ココは満足そうに顔を上げた。

 

「気になる匂いでもあった?」

 

 ルビーがしゃがむと、ココはすぐにその腕に顔をうずめる。

 生きているぬくもり。小さな鼓動。確かな存在。

 

 アクアはその光景を見つめながら、胸の奥で静かに思う。

 

(守れている。今は、まだ)

 

 世界がどう変わろうと、何が起ころうと。

 この背中、この足取り、この日常だけは――。

 

「帰ったら、母者のココアだ」

 

 ぽつりとアクアが言う。

 

「ふふ、それを楽しみに歩こっ」

 

 ルビーは立ち上がり、ココと並んで前を向く。

 白い犬は嬉しそうに一歩踏み出し、そのすぐ隣をルビーが歩く。

 

 少し後ろで、アクアが静かに歩調を合わせる。

 

 寒空の下、言葉は多くない。

 けれど、その間に流れる空気は、驚くほどやさしく、穏やかだった。

 

 ――確かな幸せは、こんなふうに、何気ない時間の中にある。

 

 それを、二人と一匹は、同じ速度で噛みしめながら歩いていた。

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