「俄かには信じられん話じゃのう……」
「いや、そー仰られても……」
何だか前回でも聞いたような言い回しである。
広い広い学園内。
その広い学園にあるやはり広い一室——学園長室。
その一室に二人の若い男女は招かれていた。
一は少年という年齢に程近い青年で、彼は横島忠夫と名乗っている。
二はその青年が“出現”した場に居合わせた長身の少女。名を長瀬楓。
そしてその二人の付き添いとして、アフリカン系なのだろう肌の浅黒いスマートな体付きの教師ガンドルフィーニと、彼と同じ様に眼鏡を掛けている同僚の高畑の二人が彼らの脇に控えている。
この横島という謎の男に対しての警戒は完全に解けてはいないのでこの人数で付き添っているのには何かと問題がありそうなのだが、彼から話を聞いていた高畑が、
「いや、一応彼は危険な存在じゃないよ。少なくとも女性以外にはね…」
と意外に信用しているようなセリフを吐いていた。
取調べの間という短い時間ではあるが、そこは経験の長い高畑の事。横島なる者の人となりを掌握…とまでは行かないが、ほぼ把握したと言って良い。
ぶっちゃければ直情バカで尚且つお人好し。更に涙脆くて正直者。それが彼に抱いた感想であった。
だから(女教師などを伴わなければ)二人だけで充分だと判断したのである。
それに今現在、実戦部隊の大半が学園に居ない上、残っている者達の中にも手が空いている者は少ない。
ゼロではないがぶっちゃけてしまえば女性教師である葛葉刀子くらいなのだ。
高畑が述べたように、彼は男性にとっては(モテる男は別として)危険な存在では無いのだが、女性…特に美女というカテゴリーに入る者にとっては災厄といってよい。
会話以前にマトモに話を聞くことすら出来ないのでは無いだろうか? そう思わせるほど彼は青い衝動を止められないのである。
よって必要最小限、尚且つ少数精鋭となるとこの二人しかいなかったりするのだ。
そんな事情など横島が知る由も無く、彼は学園長を前にし、『ふ、福禄寿? いや、寿老人か?』等と声に出して驚いて楓を『言われてみれば…』と納得させたりなんかした後、再度高畑に語った話を述べさせられていた。
「じゃがのぅ……」
「でござるなぁ…」
学園長の溜息混じりの疑問に、何故かこの場に同席を許されている楓もつられて同意の言葉を漏らした。
横島忠夫——
GSという職業に就き、魔力や氣に似て異なる力“霊力”を駆使し、退魔業(みたいなもの)を生業としている青年。
GSとはゴーストスィーパーの略で、金を貰って妖怪や魔物、魔族の起こす事件を解決する仕事であり、何と上部は法人である。
国家試験の様なものがあり、それに合格する事によって半人前でもGSとして認められ、仕事をこなす事によって報酬を得られる権利が与えてもらえるとの事。
霊的事件の解決がメインである為、退魔業オンリーというわけでは無く、時に人と妖との仲介人の様な事すら行うという……事らしい。
何ともはや…楓は元より、魔法界に身を置く者達ですら信じ難い話であった。
無論、横島の前にいる老人…麻帆良学園の学園長であり、“関東魔法協会”の理事でもある近衛 近右衛門ですら聞いた事もない話なのである。
何せ彼らが知るそういった組織としては、NGO団体「悠久の風(Austro-Africus Aeternalis)」等のように表裏で活動している組織くらいで、その本来の仕事内容は決して人に知られてはならないものなのだ。
だが、横島の言う組織は表立って活動している上、金さえ積めば誰だって…ヤクザですら用心棒として雇う事ができ、尚且つ彼言うところの<霊力>を行使し、誰に見られたとして気にもならない。
それだけならまだしも、彼の話では下界のそこらに神々がひょこひょこ現れているとの事。それがまた信憑性を著しく下げてしまっている。
普通に考えてみれば誇大妄想に心を病んでいるカワイソーな男と見るのが正しいのであるし、
『さぁ、キミが入院していた病院は何処かな〜?』と探し始めるのが正しい事といえる。しかし困った事に彼に対しての尋問は魔法による“真実看破”がかけられた部屋で行われており、一切の嘘や妄想を吐く事ができないでいた。
それに彼は、『証拠になるような力を見せてくれないか?』という高畑の言葉に対して歴とした力を見せているのだ。
「一応、ワシも確認させてもらいたいのじゃが…その証拠の力とやらを見せてくれんかの?」
「へ? あ、あぁ、別にいいっスけど…」
いい加減疲れが出ていた横島であったが、このままでは埒が明かない。
だから学園長の言葉に従って、何時もの様にそれを出現…いや、“具現”させた。
ヴゥワッ!!
「ぬっ?!」
「なっ?!」
「ほぅ…」
学園長とガンドルフィーニが驚きの声を上げ、楓が感嘆の声を漏らした。
無造作に、極無造作に横島が右手に“氣”を集束させたのだから当然であろう。
何気なく曲げた腕は一般人の眼にもはっきりと見えてしまうほど集束された“氣”の塊によって被われており、淡いエメラルドブルーに輝く手甲の様な形状を取っていた。
既に目にしている高畑は兎も角として、ガンドルフィーニや近衛の驚きは大きかったようだ。
しかし、魔法というモノに今日の今日まで触れてもいない世界に目の当たりにしている楓の方には別の驚きがあった。
彼女が使う分身の術は気を集束させて実体を感じさせる事が出来る技であり、変わり身として使用する事も出来る。
確かに横島ほどでは無いがほぼ無造作に出す事も出来るし、其々を戦いに組み込む事も出来る。
だが、彼の出した“それ”はベクトルが全く違う。
だからこそ楓は“それ”の違いに気付いていた。
教師らはその“力”に驚いているようだが、楓はその“力の内容”に驚き、感心していたのだ。
『純粋な“氣”ではござらんな……
どちらかというと彼の意思がカタチを持った…そんな感じでござるな』
その楓の思考を読んだ訳ではなかろうが、丁度良いタイミングで横島は手甲の形を変えた。
ボヒュッ!!
「「??!!」」
又も無造作に横島が腕を振った。
するとガスバーナーが点火したかのような音がし、瞬間的にその手甲が長く伸び、剣のような形をとったのである。
初めの時と同様、余りに無造作に行った為に二人の驚愕は大きい。
しかし楓はその動作によって確信を深めていた。
『成る程…“戦う”という意思を強めたら剣の様な形となるでござるか……』
ふぅむ…と声を出さずに唸り、教師らが驚いている様に訳が解からず慌てている横島を見つめ直し、
『何れにせよ……』
顎に指をやり、微かに首を傾け、
『やはり面白い御仁でござるなぁ……』
と実に楽しそうに微笑んでいた。
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■一時間目:ミチとの遭遇(後)
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横島の話を聞き、証拠を目の当たりにしてからの行動は素早かった。
いや、もっと正確に言えば学園側は横島の事情聴取をしている間中、高畑から念話を受けて話のウラを取っていたのであるが。
楓を別室に移ってもらい、横島に詳しい話を聞くと更に込み入った情報が入り、頭に浮かんでいた絵空事のような仮説が真実味を帯びてくる。
部屋に残っていたガンドルフィーニや近衛も頭痛が増すが、話の信憑性も増している為に薬を飲んで休む訳にもいかない。
何せ彼の話の中に出てきたGSという組織やオカルトGメン…ICPO超常犯罪課等といった組織は耳にした事も無ければ存在もしていないのだ。
尚且つ、彼の話では魔法使いは既に滅びており、それに値する魔法が復活したのは近年で、更にイギリスに留学していた一人の若い女性(美女)が行ったという。
そしてその女性もGSの一人で、普段は魔法料理店を経営しているとの事。
彼の戸籍や職場に関しての調査も聴取と同時に進ませていた。
横島の雇い主はミカミレイコ(美女)という世界的に有名なGSで、美人でスタイルもよく、能力は異様に高く頭も切れるが凄まじい守銭奴で、その悪どさは魔族ですら感嘆するとか、
同僚は300年間幽霊をやっていて現在に蘇った女性(美女)で、世界で四人しか居ない高位ネクロマンサーの一人だという。
自分を師匠と慕う自称“弟子”は人狼族の娘。横島が見せた霊気なる力を集束した霊波刀という能力を駆使するサムライで、
職場の居候に至っては、かの有名な九尾の狐の転生体。
同級生“だった”少年はバンパイアハーフで、更には同じクラスに机の妖怪(九十九神)がいたとか、
時々飯をたかりに来るボケ老人は齢千年を超える錬金術師で、人工的な魂の合成に成功した実績(二回のみ)があり、
横島の隣の部屋には元貧乏神憑きの少女が住んでいた等々……
そういった話と、彼が語った職場や住居の確認。それらをひっくるめた最深度調査であったが、魔法の力や“手の長さ”もあって恐ろしく速く進んでいた。
尤も、大阪に住んでいた時の調査は“向こう”との確執の所為でそう進みはしていないのであるが……
どちらにせよ怪しさ大爆発の謎の侵入者、横島忠夫。
彼は、ハッキリ言って頭の具合を疑うような話をてんこ盛りにしてくださったのである。
だが、学園長も馬鹿ではない。
横島には失礼だと理解しつつも彼に黙って記憶を僅かながら覗いて喋っている事の確認も行っていたし、部屋にも真実看破の魔法陣を仕掛けもしていた。尚且つ後催眠等も含めた記憶改竄の可能性の診断も行っている。
それら全ての結果から彼の言っている事が本当の事であると判断したのである。
調査員も無能では無い。
学園長の命を受け、東京近辺の調査を開始し、彼が勤めていたという職場の住所や、話に出てきた六道なる女学校、果ては厄珍堂とかいうマジックアイテムの店すらも探してみたのであるが……当然ながら欠片ほどの痕跡も存在していない。
彼の戸籍…大阪在住時の住所からして…にしても住所込みで存在しておらず、彼が通っていたらしい高校も存在していない。
答えが出るのに然程の時間も必要としなかった。
つまり……
「異世界っスか……」
という事である。
「思ったよりも冷静じゃの」
「まぁ、こーいった事には慣れてるもんで」
嬉しくない“慣れ”もあったもんだ。
竜宮城から月世界。七百年前や千年の過去、はたまたゲームの中、映画の中にすら引きずり込まれた経験もあり、更には宇宙の卵の中で別の宇宙のアダムとイヴと出会ってすらいる横島だ。
今更別の世界に飛ばされたとしても然程の驚きは無かったりする。
精々、『ま、またこんな目に〜〜っ!!』と泣く程度だ。
尤もこのように異様に落ち着いているのには別の理由があるからなのだが……その原因は近衛はおろか彼自身もサッパリ解からないので黙っていた。自覚が無いだけかもしれないが。
兎も角、何時までも異世界にいるわけにもいかないのであるが、迎えを待つにしろ帰る方法を探すにしろ、その時までの生活をどうするかという事となる。
しかしその事は横島が悩む前に近衛が案を持ちかけてきた。
「ワシらの世界では魔法やそれに付随する神秘は秘匿となっておる。
下手に目立つ事をやれば忽ち捕らえられてしまい、厳罰を受けてしまうでの。
そーいえばキミは戸籍も何も無いので働く事もできんのぉ…フォフォフォ……
んで、キミのこれからの事なんじゃが
ワシらのところにおってもらった方が生活に困らんよーな気もするんじゃが…どうするかの?」
案と言うより、決定事項に近いのだが。
「それ、決定事項の確認やんか!! ちゅーかそれしかないやんけっ!!」
無論、ツッコミは入れる。大阪人の血の性だから。
ツッコミを入れつつそれを受け入れている横島に対し、近衛もフォフォフォッと宇宙忍者のように笑って胸を撫で下ろしていた。
横島の事を保護してやりたいという気持ちも確かにあるのだが、当然ながら彼らには別の思惑もあった。
何せ横島忠夫という存在はあらゆる意味でイレギュラーである。
ちょっと前よりかはかなりマシではあるが、今現在も東と西との魔法協会との仲が微妙であり、尚且つ世界の裏側でも微かにきな臭い動きがあると感じていた。
そんな時に異世界人の出現だ。それがどんな火種になるか解かったものではないのだ。
強硬派等であれば横島の始末という短絡的な意見を吐き出すかもしれないが、穏健派で知られている近衛は微塵もそんな意見は浮かんでは来ない。無論、それを画策する奴らはいるじゃろうなぁ…という可能性は思いついてはいるが。
それにもし、彼の世界から救援の手がやって来たとして、その時に彼の身に何かが起こっていたとしたら、その時にはどんな問題に発展するか解かったものではない。
そして、内心これが一番大きな理由ともいえるのであるが…何となくではあるが横島という青年は妙に憎めず、好ましさすら感じているのである。
だから個人的な思惑を脇に置いても、微力ながら彼の力になってやりたいと思ったのも、一番安易で安全な策を取る事にしたのも当然の流れと言えよう。
現に、彼に対しての危機感は既に無くなっており、学園長室にいるのは近衛を除けばガンドルフィーニのみ。
彼にしても薄々お節介である事を理解しているので、そんな学園長に対して苦笑を浮かべるだけである。
そんな彼の前で学園長は契約書を作り上げて行き、魔法的な力のある契約印を押してから横島の前に提示した。
「ワシらからの仕事を請けてもらう事と、魔法を秘匿する事。ワシら以外の者に異世界からやってきた事を漏らさぬ事。
それを守ってくれるのなら住居や戸籍、当座の生活費を保証しよう。
あ。勿論、仕事を受けてくれた時の仕事料は払うぞい。それでどうかの?」
当座の生活費と住まい。そして“裏”の件で働いてくれただけの仕事料を払うという老人の言葉。
提示してもらった仕事の基本料金と、その内容に見合ったプラスの歩合。そしてそれらが果たされなかった場合の罰則を確認した上で、受けた仕事のよる怪我や入院などの保障を等を確認した横島は、
「犬とお呼びください」
言うまでもなく即答した。
何せ元々の時給が250円。
更に上がって255円とかいう赤貧状態で餓死させる気に満ち溢れた仕事場で労働基準法を無視したバイト料をもらい、足りない分をスケベ心を満たす事で賄っていたドアホな男だ。
命懸けの仕事の給料として妥当な金額を提示されれば尻尾を振ろうというものである。
余りにも簡単に決めてしまった横島に、ガンドルフィーニと近衛が『早まったかのぉ…』等と不安に駆られた頃、三人がいる学園長室のドアをノックしてから教師と思われる男性が入って来た。
けっこう身体が大きく小太りではあるが、妙に愛嬌のある顔をしている魔法教師の一人である。
「おぉ、弐集院くん。話はついたのかの?」
「ええ…まぁ、一応は…」
彼にしては珍しく眉を顰め、困ったような顔をしながら手にしていた書類を近衛に手渡す。
「ふぅむ……わりとあっさり受けてくれたもんじゃのう…」
「あの娘からすれば修業になるから良い…ってトコですねぇ…
高畑先生も実力だけなら同じA組の龍宮君並だってコトですからかなりのもんなんでしょうね」
それでも諸手を挙げて賛同の意を示せないのは彼女が“一応”一般人だからだ。
幾ら腕が立とうと“裏”に関わっていない生徒を引き込むのは流石に気が引けるのである。
ある意味、転機といえなくもないし、関東魔法協会に属する者としては戦力が増えるので受けてもらって嬉しいのであるが、教師としてはやはりやりきれないものがあるのだ。
「……幾ら事故とはいえ、生徒を巻き込むのは…ね」
と、ガンドルフィーニも肩を竦めている。
訳が解かっていないのは置いてけぼりの横島だ。
「え〜と…何の事やら……」
と質問しても黙殺されるように答えてくれない。
弐集院という教師にしても初対面なのだから困惑も大きい。
仕方が無いので、とりあえず最初からいるガンドルフィーニに声をかけようとしたのだが…
「いや何…これから拙者が裏に関われる許可を貰っていただけでござるよ」
と、見知った少女の声がそれを遮った。
近衛もガンドルフィーニも、そして弐集院もギョッとしてその声の方に顔を向けた。
そこには相変わらず昔話のキツネのような糸目で微笑んでいる楓の姿が。
彼らとて油断していた訳では無い。
ガンドルフィーニも、ぱっと見はそう見えない弐集院にしても、事が起こった場合の実戦要員である。
その二人ですら気付けなかったのだからその驚きは当然の事であろう。
だが、そんな教師らの驚きなどを他所に、側にいた横島は別段気にした風もなく。
「そうなの?」
と、楓に問い返していた。
「そうでござるよ。
拙者、横島殿と出会ってしまったが故、世界の“裏”…魔法の存在に触れてしまったでござる。
記憶を消すか、
完全に関わるのを止めて口を噤むか、
“裏”に入るか…という三択を提示されれば関わる方を選ぶのは普通の反応でござろう?」
「いや、通りすがりの通行人Aを貫くという手が普通だと思うぞ?」
「人其々でござるよ」
等と極々フツーに話をしている二人。
何となく苦笑混じりである横島の方が何だか常識ある人間に見えてしまうのだから不思議なものである。彼を良く知るものが聞けば全力否定するであろうが。
「い、何時の間にここに……」
呆れたようなガンドルフィーニに声に対し、謎爺とガンドルフィーニ“だけ”での会談(怪談?)から開放され、心身の消毒と言わんばかりに楓と会話を楽しんでいた横島は『へ?』という顔をし、
「いや、今そこの人と一緒に入ってきたじゃないっスか」
弐集院を指差し、「何言ってんの?」という顔をして平然とそう述べた。
指を指された弐集院の方が慌てたくらいである。
そんな横島の言葉に、内心の感心を隠せない楓は笑みを深めて横島を賛辞した。
「大したものでござるな……
拙者、けっこう隠行には自信がござるに」
そんな楓の言葉であるが、横島からしてみれば眉を顰める程度。
言ってしまえば“かくれんぼ”のレベルである。
というのも、彼らの知覚方法とベクトルが離れているからなのだが。
横島からしてみれば、
「だって楓ちゃん、気配“しか”消してなかったじゃないか」
となるからだ。
この言葉には流石の楓も驚きを隠せなかった。
「と、と申されても、周囲の気配に溶け込んでいた筈でござるが……」
実を言うと、消し過ぎると逆に知覚能力に優れた者相手であれば目立ってしまう。
雑踏の中ならいざ知らず、森の中で気配を消し過ぎればそこに切り取ったような空間が出来るからだ。
何せ森の木々も僅かとはいえ気配を持っているのだから。
だから楓の隠行は、気配を上手く溶け込ませて『そこに居る』という事を自覚すらさせない高度なものなのだ。
はっきり言って実戦でも十二分に使用できるレベルである。
実際、実戦を知っている近衛らが気付けなかったのだから間違いない。
だが、彼には、
横島に気付かれていた。
「気配を消しただけで美神さんの知覚から逃れられると思うなよ?
オレの雇い主はなぁ、気配を消し、存在を限りなくゼロにし、物理的に透明になっても 勘 で殴ってくるんやぞ?!
しかも当たるし!! 本気で殺しに来るし!! 避けたら死ぬまで殴って来るし!!」
“覗き”というスキルを上げ過ぎたお陰で……
とてもじゃないがそう見えないだろうが、元々のスペックが高い上、霊力に目覚めてからは格段に上昇している知覚力は世界最高峰と言われていた美神以上だったのだ。
覗きを見破られる度に切磋琢磨して実力を高めて行った彼は、対横島用に設置されていた即死トラップを掻い潜る為にその能力を磨きに磨きをかけ、七割がたなら見破る事ができるようになっており、覗きも十回に一・二回は成功するようになっていたのである。
覗きなんぞに命を賭けんでも…という話もあるが、横島から言えばそれこそがナンセンス。
そこに着替える美女あらば、はたまた入浴する美女あらば、喩え命を賭してでも覗くのが礼儀ではないだろうか?! 等という馬鹿の見本の様な事をバイブルにしている彼なのだから。
そんな世の男どもが持つスケベ心を具現化したような彼。
その彼がいた世界の概念からすればお互いの勘を磨き上げ続け、横島の行動を全て見破れるようになっている“あの”美神の罠のウラをかき、覗きに及べるという事は神レベルと言って良い。
覗きの亜神等とは自慢にもならないが。
尤も、当の美神は音に聞えたツンデレさをコッソリと発現させ、
『べ、別にこのレベルを超えて来たから呆れてただけなんだからね?! ボーナス代わりに見せてあげただなんて思わないでよ?!』とかいう話もあったりするから本当は全敗しているのかもしれない。
「そ、それは何とも…」
兎も角、呆れた方が良いやら感心したら良いやらで楓らは判断に苦しんでいた。
何せそんな向こうの“修業”を語るほど横島も馬鹿では無いので、彼の裏事情を知る訳が無い彼女らからすれば命懸けのトレーニングをずっと積まされていたとしか思えないのだ。
当然ながら横島の耐久力にモノを言わせたセクハラ行動を目にしてはいるのだが、神技と言って良い程高められたセクハラスキルの方には気付きもしていない。
全くの誤解であるが、こうして近衛らは横島への評価を無駄に高めて見ていたのだった。
夕方には全ての話が終わり、楓も帰宅を許され、横島は用意してくれた部屋へと向う事となった。
関わった話はかなり重かったはずなのであるが、
『何時もより遅くなってしまったでござる。念の為に連絡は入れておいたでござるが心配かけてしまっているでござろうなぁ…』
等と楓は同室の少女らの事を考えていたりする。
何せ生死に関わる件は初めてではないのだ。
そして今回からは更に世界の深淵に関わる事が出来る。
それは自分を高めるチャンスでもあるのだ。
確かに責任は重く受け止めてはいるのだが、その事情によって心が弾んでも落ち込む事などありえないのだ。
そこらの少女とかけ離れた武人の心を持つ楓らしい思考と言えよう。陰に潜むのが普通である忍びのクセにおもっきり武闘派というのもナニであるが。
だが話が終わり、軽い緊張から開放されてから二人ともやっと気付いた事もある。
——余りにも自分らの契約がとんとん拍子に進みすぎている——
のだ。
話を進められている間は気にもならなかった事であるが、楓はともかく、横島のような怪しさ大爆発の人間を普通ならば好意は兎も角、そう簡単に仕事をさせる筈が無いのである。
そんな疑問に対し、
「これは拙者の勘でござるが、尋問していた部屋に魔法とやらを掛けていたのではござらんか?
そうやって“真実”を自白させ、矛盾や嘘を感じられなかったから受け入れられた…とか」
と、楓は自分の感想を述べた。
無論、その考えは正鵠を射ていたといって良い。
そしてその理由だけでは無い事も何となくではあるが気付いてもいた。
「それに……」
「それに?」
「ひょっとしたら近日中に有事が起こり、尚且つそれに対する駒が足りないのかもしれないでござる」
そうでなければ横島のような超絶不審人物を引き入れたりする訳が無い。
いや学園長は兎も角、ガンドルフィーニのような堅物が早々簡単に許可を出すわけが無いのだ。
使えるかどうかは別として、異世界人という笑かすプロフィールを持つ横島と、実力は折り紙付きなれど魔法界に属する“裏”とは戦闘を行った事がない楓の二人をいきなり実戦投入するなど正気を疑ってしまう行為なのだから。
それがもし、学園長がガンドルフィーニに“何々の時”の備えとして引き入れるのはどうか? と持ちかけ、彼がそれならばと納得したとするのならば何となくではあるが筋が通るのである。
まぁ、今さっき魔法界に関わったばかりの楓の仮説なので今一つ信憑性に欠けるのであるが。
関東魔法協会…いや、麻帆良学園の“裏”に対して素人である故に論理飛躍して考えられた楓であるからこその仮説だと言えよう。
だが、その考えはかなり真実に程近いところにあったりする。
成績はバカレンジャーのバカブルーを誇れる程どーしよーもない楓であるが、成績の悪さ=頭の回転の悪さに直結する訳ではないのだ。
柔らかい思考を持つ頭も手伝って、そういった判断は大人顔負けなのである。
尤も、事実に埋もれた真実はほんの僅かにズレた位置にあるのだが二人はまだそれを知る由もない事であるが……
そんな楓に対し、「成る程なぁ…」と感心と納得をする反面、苦笑も漏らしてしまう横島。
自分もそれに近い事を考えていたし、つい“向こう”の“弟子”と比べてしまったからであろう。
「? 何でござるか?」
「のわぁっ!?」
不思議に思ったのか、楓がひょいと顔を覗き込んでくる。
担任のネギのような子供なら兎も角、男に対してこれだけ接するのは初めての楓であるが、不思議と横島相手なら気にならなかった。
大変なのは横島の方で、彼女のような直球ど真ん中の好みの少女にこれだけ接近されているのだから心臓もドキバクだ。
それでも“何故か”触手…もといっ、食指が動かない。それがまた心を掻き乱して苦しいのである。
「どうかしたでござるか?」
「な、なんでもねーよ。
……ったく、こーゆートコも似てんのになぁ……」
「どなたに?」
何時に無く鋭く問い掛けてしまう楓。
出会ってからまだ大した時間は経ってはいないものの、ある程度打ち解けていた横島であったが、そんな彼女の変化に戸惑いを覚えつつも律儀にその問い掛けに答えてやった。
「オレがいたトコでオレの弟子だったヤツ。
喋り癖や可愛らしいのを無自覚なトコが一緒なんだよなぁ……」
思い出すのは天真爛漫過ぎる少女。
常に付き纏い、じゃれ付き、修業をせがみ、散歩に引きずり出させる。
イヤでイヤでしょうがなかったのに、何時の間にか日課として付いて行っていた自分もナニであるが。
「弟子…でござるか?」
「そ。尤も、楓ちゃんと違って“あっち”はサムライだったけどな。
弟子にした時はホント子供だったってのに……」
霊治療中に育ち、女の子であると知らされ、思いっきり懐かれ、
某キツネの小娘のただ食い事件後に職場の居候となって……
「十年もかかってへんのにばぃんばぃん…生命の神秘や……」
あれでは手ぇ出すなって言う方が神への冒涜だろう。
同じく“たゆんたゆん”に育った狐に文字通り化かされ、毎日毎日(中略)毎日、彼のリビドーを攻撃し続けてきやがった。
危うく難を逃れられはしたものの、本丸の倒壊は間近であった事は言うまでも無い。
何せ出会ってからついこの間まで、色んなコトが起こっちゃってたのだから。
そう、色んな事が……
「…はて? 弟子にした時には子供というのは?」
話を聞き流す事無く聞いていた楓はそれに気付いた。
矛盾…ではないが、疑問に。
十年もかかってないと言っているし、幾らなんでも彼の外見年齢からしてそんなに前の訳が無いはずだ。
何を教えたかは知らないが、侍(?)を弟子にしたというのであるから横島もそれなりの年齢になるはずなのだから。
そんな疑問を向けてくる楓の様子に、やっと教えていない事を思い出した横島はゴメンと一言謝りを入れてから、
「言い忘れてたけど、オレの歳って二十七なんだ。多分…」
「は?」
言われて楓は横島の全身を見つめなおした。
元々着ていた衣服はボロボロになってしまったので用意してもらったTシャツとジーンズ、そしてスニーカーを身に着けており、
身長は自分よりやや低め。細身で、意外と無駄肉のない絞まった肉体。
カッコイイというカテゴリーでは無いものの、優しげで親しみのある顔立ち。
確かに童顔というカテゴリーが付いているというのであれば、そうなのかもしれない。しかし、
これで成人男性というのは詐欺だろう?
そう悩んでいる楓に対し、苦笑した横島は、
「あのね、楓ちゃん。
オレ、十七歳からこっちの肉体年齢と、こっちに来ちまった理由も含めた大半の記憶ごと無くしてんだよね」
学園長達にすら言い忘れていた事をあっさりと楓に語ったのである。
「は?」
流石の楓も理解の範疇を超えていた。
「いやね……」
そんな顔をさせてしまった事には頭を掻く以外の行動が取れないのが物悲しい。
何せ女っ気が無さ過ぎ……という訳ではなかったのだが、アグレッシヴにアプローチかましてくる女達ばっかだったので全然経験が生かせられない。
「二十七歳だったって記憶の“枠”みたいなモンは残ってんだけどさ、“経験”の方は大半が切り取られたみたいに無いんだ」
都合が良過ぎる記憶喪失。
だが彼の眼差しには嘘の色は皆無だった。
つまり彼は、どうして“ここ”に来てしまったのか、何があったのか全く解からない状態で馬鹿みたいに落ち着いて会話を楽しんで(?)いたのである。
教師らにはここに来た時の記憶が曖昧でサッパリ思い出せないと語っていた。
違いない。間違いない。それは正しい。
が、その理由が彼の記憶が消失…“喪失”では無いらしい…していたというのは完璧な初耳である。
そんな大それた秘密を彼はアッサリと楓に“だけ”語ったのだ。
彼女を知る誰もが見た事も無い表情、
楓に−呆気にとられている顔−というレアな顔をさせている事など知る由もない横島は、どう説明したら良いか必死に考え続けていた。
夕暮れの道を歩きつつそんな微笑ましいイベントをかまし続けていた二人。
傍目には高校生カップルがじゃれあっている様である。
まぁ、この学園のものならば少女の制服から彼女の年齢に見当がつくだろう。コスプレと思われるかもしれないが…
それでも道を歩く寂しい男共から横島に対し嫉妬の眼差しを送られてくる事はどうしようもない。
何せ楓は掛け値なしに美少女であるし、スタイルも良いときている。そんな彼女と仲睦まじく歩いている横島に対して嫉妬は大きいのだ。
嫉妬ビームがぷすぷす刺さるのを感じて居た堪れなくなるが訳が解からず周囲を見回してしまう。
無自覚ではあるが、向こうでもそんな眼差しを受け続けていた横島は当然として、楓の方も横島に殺気を向けてくる男共の事がよく解かっていなかったりする。
呆然とする楓に対し、なにやら必死に言い続けている横島の姿は、いちゃつきの一環に見られたとしたってしょうがない事であろう。
「これは……」
そう、
何とか再起動を果たし、混乱を残しつつも横島を学園長が指定した宿へと案内する楓を『それじゃあお礼に…』と横島が食事に誘い、学園内で一番有名な<超包子>で仲良く食事をする二人を見れば誰だってそーゆー仲だと思うだろう。
特にパパラッチを自称する少女ならば……
「スクープだっ!!」
こうして横島は否応も無く表と裏で目立つ事となってしまったのだった。
改めまして、
三日月→クレッセント(含む“くれっせんと”)→クロワッサン→三日月→クロワッサンと廻り回ったHNを使っている者でございます。ちょっとスゲェw
前々のところでも前のところでも書きましたが、タイトルのRuinは“破滅”を意味する単語で、同時に“台無し”と意味も含んでいます。
ですから、両方の意味を混ぜ、『台無しネギま』という展開になっております。
さて、
楓は原作二十一時間目を読む限り魔法使いという存在を知らなかったようですので、
=裏の世界は知っていても、魔法がらみの方にはまだ関わってはいなかった。と解釈し、その仮説を決定させております。
後で原作設定が変わったとしても貫く所存です。原作で設定が変わってもお許しください。
横島は実際には二十七歳で、何故か記憶の一部ごと若返っております。
なので、異世界に移動してしまった理由すら理解しておりません。“何故か”落ち着いてますけどね……。
設定はシリアス、通常はラブコメ、ちょっとエッチに、そしてハーレム気味。
だけど過程はキッチリしましょうと言うのがスタンスです。
あんまり文珠に頼らず、霊力と変態的な体力がメインの彼と、それを取り巻く女の子とのお伽話。
更新は時間掛かりましょうが、力尽きるまでやっていくつもりです。
てな訳で、続きは見てのお帰りです。
ではでは〜
……このフレーズも久しぶりだなw