-Ruin-   作:Croissant

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中編 -弐-

 

 

 ——場、と称するには余りに大雑把な空間がそこにあった。

 

 

 “無”と言うにはモノが在り過ぎている、しかし“在”と言うには無さ過ぎる。

 

 

 静寂であり騒然。

 

 存在感が無いのに海が在るような気がする——という、ただ矛盾に満ちた場。

 

 それでいて整然としているわけではなく、どちらとも表現できてしまう大雑把な空間が広がっていた。

 

 

 と……

 

 

 その不可思議なる場に、

 静寂との区別がつかない騒然とした矛盾の場に、唐突に何かの存在が露となった。

 

 今の今まで『只何かが広がっている』としか表現できなかった場の中に、突如として確固たる個が出現したのである。

 

 

 いや、それでだけではない。

 

 

 その空間そのものに雰囲気も現れたのだ。

 

 圧倒的に“無”に近く、限界まで“在”を訴え続けていただけの場に、雰囲気というモノまでが具現した。

 

 それは恰もチャンネルを切り替えたかのように……

 

 

 「ん? ああ、君か。どうかしたのかね?」

 

 

 突如として具現したというのに、“それ”は極自然に“もう一つ”に向けて問い掛けた。

 

 しかしその“もう一つ”は無言という返答を見せるのみ。

 

 “それ”にしてもまた、沈黙で返されたと言うのに微かな微笑でもって受け止めている。

 問い掛けられる事も解っていたし、また返す言葉も解っているのだから。

 

 

 「そんなに気になるのかね?

  “私”を浮かび上げてしまうほどに……」

 

 

 それでも返答は無い。

 

 やれやれ……彼と違ってリアクションの薄い事だ。もう少し楽しませてくれても良いのに……とも思うが、眼前の彼にそんなものを求めてもしょうがない。

 

 “こっちの彼”はそうなのだから。

 

 

 「あいつは……」

 

 「うん?」

 

 

 ふいに——

 ふいに彼はそう口を開いた。

 

 

 「あいつは大丈夫だと思うか……?」

 

 

 ——ああ、やはりね。

 

 と、“それ”は納得しつつ彼に向って頷く。

 

 “少女”が襲撃を受け、少女の持つ力を利用しようとしている輩が現れた時から彼はずっと気にし続けているのだ。

 

 少女の事はもちろんの事だが、それより何より“あいつ”の事を。

 

 

 「少しは彼を信じてみたらどうかね?

 

  確かに君はそんな事件が続いた所為で壊れたかもしれない。

 

  守れば守るほど失い、庇えば庇うほど傷つけ、掬い上げようとすればするほど失って行く……

 

  抱え切れないほどのものを手にし、そしてその殆どをこぼしてしまった——

 

  それがどれほどの痛みを伴うか……少なくとも私は他の誰よりもその苦痛を理解しているつもりだよ?

 

  そして彼は……我々と対極にいる——」

 

 

 その言葉に男も軽く…ではあるが頷いた。

 

 しかしその所作の中にはどこか誇らしげなものが混じっている。

 

 『自分らと違って上手くいっている』そう揶揄されるように言われたにもかかわらず、寧ろその事を祝福しているかのよう。

 

 

 「彼は様々な場で失わせずに来た。

  我が娘を失った時から全てを良い方向へと傾けるよう、

  見苦しく足掻き、見苦しく駆け、見苦しく泥を泳ぎ続けて来た。

 

  真の道化師であり、愚者であり……勇敢なる者だよ。頭が下がるね。

  クラウンの名にふさわしいよ」

 

 

 “それ”の語るセリフの言葉尻にも笑顔が見え隠れする。

 釣られるように目の前の男も唇端を歪めていた。

 

 “彼”のその見苦しさが、見苦しい足掻きであるが故に、失われた希望が僅かながら浮いてきているのかもしれない。

 

 

 「そしてその愚行は実を結び、彼は何も失わせず、誰も悲しませずに生きてきている……

  馬鹿だ何だと罵られつつ、それを甘んじて受け入れてね。

 

  だからこそ輝いている。

 

  大半がその輝きの意味も知らぬ真の愚者だろうのに」

 

 

 それも解る。

 

 それを受け入れていればもっとマシだったであろうかという悔恨も無い訳ではない。

 

 しかし今更だ。

 

 そういった悔恨や怨鎖は自分にこそふさわしい。

 対極の“彼”には不必要なのものである。

 

 “あの一度”だけで十分だ。

 

 

 「正直言って実に羨ましい………

 

  失わせずに済み、無くさずに済み、零さずに済ませられたのだからね。

 

  我々にはできなかった事だからしょうがない話だ……

 

  しかし——」

 

 

 その想いと比例し、実に喜ばしい事だと感じてもいる——

 

 

 いや、皮肉でも何でもない。

 正直な気持ちで彼を祝福している。

 

 “それ”にしても、そして……その対極存在である“この彼”にしても……だ。

 

 

 だからこそ、心配しているのだ。

 

 “上書き”という事故の所為だろうか、彼は記憶の大半を消失している為、教訓が無い。

 だから危機的状況での対応力、失敗した時の難事、そして対応できる能力すらも忘れ切ってしまっている。

 

 

 自分は……

 いや、自分なんかどうだっていい。

 

 

 自分は既に全てを無くしている。

 取り戻したいと思っている絆はここには無く、また元の場に戻れたとしても“彼女ら”は既に存在していない。

 

 

 全てを無くしたからこその虚無。

 希望に対する希望を諦め切っており、黒い闇の穴だけが心の中に口をあけている。

 

 それが“この彼”なのである。

 

 

 だからこそ“彼”に望みをかけている。

 

 “自分”にならないよう。

 “自分”の歩んだ道を進まないように……

 

 

 対極であるが故に、“自分”の上に上書きされたのであるから……

 

 

 「まぁ、時間の許す限り見物を続けようじゃないか。

  私は兎も角、君の方はもうそんなに時が無いのだろう?」

 

 「ああ……」

 

 

 存在が消える。

 “無”になる。

 

 それは渇望していた事であり、待ち望んでいた事。

 

 理由も無く死ぬのは御免であったが、十年と言う自分の時が無くなっている以上、消える事に異論は無いし未練など端から持っていない。

 

 

 いや——?

 

 

 「せめて乗り切れるかどうか……その確認だけはしてみたかった……かもな」

 

 「ふむ……?」

 

 

 珍しく零された言葉に感心すら覚え、“それ”は顎に手をやって眼を細めた。

 

 だが直に笑顔を見せる。

 

 

 「大丈夫ではないかね?

  彼の周囲にはあの少女らや可愛らしい使い魔がいるのだよ?

 

  尤も……彼も相当鈍感だが、彼女らも鈍感だがね。

  自分達がしっかりと彼を支えられている事に気付いていないのだから」

 

 「……解ってる。

  だがそれでも——」

 

 

 心配は心配なのだ。

 

 そんな風に支えてくれているからこそ、彼女らが傷ついた時に何が起こるか……と。

 

 

 “彼”はあのくノ一の喋り癖を聞き、遠い過去において自分と共に道を歩む事を決めてくれた人狼族の少女の顔が思い浮かぶ。

 久しぶりに唇がその名を紡ぎかけるが、慌てて首を振って想いを飛ばした。

 

 少女を通して見る等という行為は、あのくノ一の少女にとっても“弟子”にとっても失礼極まりない事なのだから。

 

 

 「結局、オレという男は何時まで経っても女々しいんだな……』

 

 

 そう自虐めいた笑みを浮かべ、意識をゆっくりと無意識の中に散らばらせていった。

 

 

 

 「……それだけでもないのだがね……

 

  そうやって悔恨だけではない想いを持ち続けられるのも、

  彼女らをすんなりと受け入れられるのも“君達”の美徳。

  だからこそ彼女らも“君達”に惹かれて行くのだよ?

 

  そしてそれこそが“君達”の力の源なんだよ」

 

 

 誰に聞かせるとも無くそう呟き、“それ”もまた意識を霧散させて行く。

 

 次に浮かぶのが何時かは知らないが、できれば……

 

 

 「彼の……いや“君達”の本当の微笑が見たいものだね……

 

 

 

 

 

  私がその一角を奪ってしまったのだから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −弐−

 

 

 

 

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 むか〜し、昔……

 

 とは言っても体感時間で十年くらい前。

 

 

 まだ彼が駆け出しの霊能力者だった頃、自分の霊能力の源は煩悩だと思われていた。

 

 

 端から見ただけなら、それは確かに間違っていないだろう。

 

 何せ霊能力を目覚めさせてもらって直にGS試験を受けさせられ、第一関門であり普通なら滑ってもおかしくない霊力を測る一次試験を単なる煩悩の高まりでもって合格したのであるから。

 

 

 だがよくよく考えてみると、彼の戦闘スタイルから言えば妙な話になってくる。

 

 彼が“栄光の手”と名付けた霊力を束ねて武器と化した剣は、悪霊や妖怪、強化ゾンビですら容易く斬り裂き、最悪(?)の場合は浄化すら行えてしまう。

 

 煩悩は欲望に付随するものであり、そんなもので力を束ねたとすれば生まれる武器は魔剣か妖剣だ。浄化や退治になどむく訳がない。

 

 それに天邪鬼とミニ四駆戦を挑んだ時、煩悩ゼロ状態であったにもかかわらず物凄い霊力が溢れ出ていた。

 

 

 これらの事から、彼は煩悩を源にしているわけではなく、煩悩の力で集中力を高めて霊気を練り上げているようなのだ。

 

 

 だがそれは霊力覚醒の出発地点での事故と言えなくもない。

 

 何せ最初の相棒である心眼は煩悩の集中によって目覚めているのだし、

 その心眼は彼を戦いに勝たせる為に、手っ取り早く高まった煩悩をスターターに使ってチャージした力を霊力に転化していたのである。

 

 

 言い方は変かもしれないが、ぷっちゃければ彼の霊力の高め方は『染みついてしまった霊力癖』なのだ。

 

 

 そして前々からいっている事であるが、彼の十七歳以降からの記憶と経験の大半は失われているのだが、逆に十七歳“まで”記憶は常人よりもはるかにハッキリと思い出せるようになってしまっている。

 

 “それ”の両方ともが“ここ”に来てしまった理由の副次的なものであるが、問題は霊的な記憶や経験までも消失させているが為、霊力の回復方法はハッキリと覚えている方法を勝手に取ってしまう事なのだ。

 

 

 つまり……

 

 

 

 「……か、身体が勝手に……」

 

 

 ほぼ裸……それも幼児が穿くようなジーンズを(下着ごと)無理矢理穿いて女子更衣室にジリジリと近寄っている超絶不審者。

 

 顔は脂汗ダラダラだと言うのに、胸はドキドキ♪ とそのドアの向こうにあるであろうパラダイスにときめいていた。

 

 

 「うおぉ……身体が言うことを聞かんっ!!

  し、静まれ! 静まるんや!! オレの右腕ぇっ!!」

 

 

 声には出せているのだが何と無意識に小声。

 問題は深刻のよーだ。

 

 それに今の姿は変態以外の何モノでもない。ハッケソされればタイーホは必至である。

 

 それだけでも拙いとゆーのに、このドアの向こうには——

 

 

 『ぐぉおお……む、向こうにおるんは古ちゃんやと解っとるとゆーのに……

  何で古ちゃんを覗こうとしとるんや!? オレはっ!!』

 

 

 そう、ドアの向こうで着替えているのは古なのだ。

 

 つい今さっき何にやらエラソーにものを言ったというのに、その直後では格好がつかないではないか。

 

 否! 問題はそこではない。

 

 

 ここでの問題は、スタイルはグッドなのだが成長率は平均的な女子中学生である古の着替えを覗こうとしている事である。

 

 

 『あ゛っあ゛っ や〜〜め〜〜ろ〜〜〜〜っ!!

  確かに古ちゃんは可愛いし、何か猫っぽくて微笑ましいし、ちょっとバカっポイのがツボやけど……

 

  あ〜いや、その……それでも、それでも踏み越えたらアカン壁っちゅーもんがあるやろ!?』

 

 

 それでも言う事を聞かない横島の身体。

 

 キスまでぶちかましている所為だろうか、あれだけブレーキを掛けていてくれた本能が今は歯止めを失っていた。

 

 

 つまり、横島は霊能力を使用し、何らかの理由で霊力が下がってくると以前のような……十代後半の煩悩力者に戻ってしまうのである。

 

 だから最初、この世界に来て霊力がキれかけていた時には刀子やしずなに飛び掛っていたというのに、回復した普段ではそんな暴走を起こしていない。

 新幹線内でも、売り子の女性に対して十代の頃からは考えられないほどスムーズなナンパ(?)を行っているし。

 

 物凄いちぐはぐな行動の裏にはそんな訳があったのである。

 

 尤も、今はそんな理由はどーだって良い。

 

 今正にドアの隙間から古の瑞々しい肢体を堪能しようとしている犯罪をどーにかせねばならないのだから。

 

 

 『あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜〜……

 

  ちゃうっ!! ちゃうんやぁっ!! オレは、オレはぁ〜〜〜……っ!!!』

 

 

 つーかロリ否定はどーなった?

 

 無論、ジャスティスとてただ黙って見ていた訳ではない。

 ちゃんと気合の入った服をに着替え、『応援団!!』な格好で彼を応援していた。

 

 

 ——主に進め!進め! と。

 

 

 ハードモードでランクSは確実な激しい応援によって止めようにも止まらない横島のパトス。

 あわれ古の柔肌はその視線に汚されてしまうのか?

 

 

 ばごんっ

 

 

 「べぼっ!?」

 

 「うぇっ!? 何アルか!?」

 

 

 後数センチと言うところで思いっきり強く開けられたドア。

 

 蝶番が錆びていたのか中々開かなかったので、古は掌底で思いっきり突き開けたのが幸い(?)した。

 

 完全且つ徹底的に隙だらけだった横島は、ドアに殴打されて真横にすっ飛んでしまう。

 

 

 「ぐぐぐ……

  く、古ちゃん、ベリ〜ナぁイス……」

 

 「え………? ろ、老師!?」

 

 

 何が何だか解らないが、様々な珍衣装の中に埋まりつつ、横島は右手の親指をグ…っと立ててギリギリのラインでアイデンティティを救ってくれた古に感謝していた。

 

 

 チ……

 

 

 心の中で何かが舌打ちしたのは気の所為だと信じつつ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ハハハ

  護衛のパートナーが行動不能なら西洋魔術師なんてカスみたいなもんや」

 

 

 狗神使いを名乗った少年は、影から呼び出した狗達に命じ、明日菜と刹那…の分け身である“ちびつせな”、そしてカモを押さえつけてネギをいいように殴りつづけていた。

 

 何だかんだで障壁を張り続けているネギであるが、少年の拳は氣がたっぷりと込められている為にあっさりと貫いてくる。

 

 多少、威力を削られてはいてもネギ本人の耐久力はやはり外見年齢の通りなので喰らうダメージは大きい。

 

 

 「遠距離攻撃をしのぎ、呪文を唱える間をやらんかったら怖くもなんともない!」

 

 

 調子に乗っているのか、わざわざ教えてやりながら殴り飛ばし、蹴り飛ばす。

 

 身体の軽さからか、ネギは面白いように吹っ飛び、岩に叩きつけられて動けなくなる。

 

 

 「どうやチビ助!!」

 

 

 そんな少年の挑発にも、意識を混濁化させてしまったのか、ぼんやりと瞼を開けている“ように見えた”。

 

 

 「勝ったで!! とどめ!!!」

 

 

 

 死に体となっているネギは動けまい。

 

 と、踏んでの事。

 

 

 「ネ、ネギ——ッ!!」

 

 

 下手をすると死ぬとまでカモに言われた少年の攻撃。

 

 それを無防備に受けようとしているネギに何かの情景が頭を掠め、明日菜が悲鳴を上げた。

 

 

 しかしそんな声など耳に入れず、少年は練り上げた氣を右腕に込め、眼前に見えているネギの顔を捉え——

 

 

 「Sim ipse pars per secundam.ネギ=スプリングフィールド」

 

 

 ——ようとする隙をネギに突かれた。

 

 

 「な……」

 

 

 完全な死に体だったネギが懐に飛び込んで来ている。

 それも、彼の顔を捉え、吹き飛ばす筈だった右腕を外払いにかわされて。

 

 戦闘中だというのに、状況の変化に戸惑い、コンマ数秒という“長時間”我を失ってしまうのはいただけない。

 

 

 ゴッ!!

 

 

 鈍く、そして重い音が響いた。

 

 それが、拳を入れられ自分の頬が奏でたものである事すら少年は理解できていない。

 

 

 身体を浮き上げられ、今度は自分が死に体となってしまう。

 

 と、その刹那の時をネギは待ってはいなかった。

 

 

 「Unus fulgor concidens nocidens nocten.

           In mea manu ens inimicum edat.」

 

 

 紡ぐ呪文は風属性の雷系。

 

 強く、それでいて命を奪うほどではない。それでも閃光の様な雷撃を魔力で紡ぎ出して行く。

 

 

 「白き雷!!」

 

 ガカァ…ッ!!

 

 

 少年の背中の中央部。

 掌に集中させた魔力がそこに発現し、身体の末端めがけて突き進む。

 

 閃光——!

 

 そして衝撃!!

 

 体内に発現された雷撃が四方に駆け、全身の筋肉が痙攣を起こしつつ吹っ飛び、石畳を転がってうめいていた。

 それでも這いつくばりつつも立とうとできるのは脅威だ。

 

 

 

 

 ——ほぉ……

 

 

 思わず感嘆の溜め息が零れた。

 

 素早い敵を捉える為には隙を狙うしかない。

 決定的な反撃のチャンスを待つためにギリギリまでダメージを受けて隙を誘う……

 

 少なくとも、十歳の少年の気力と才気ではない。

 

 胸を撫で下ろし、指に挟んだクナイを下ろした。

 

 たっぷりと氣を乗せている為、少年に当たりでもすればただでは済むまい。

 

 ネギの痛めつけられようを目にして我を失っていたのかもしれない。反省だ。

 

 

 『それにしても……

  あれからかなりがんばっていたようでござるなぁ……』

 

 

 楓ですら引っかかった程だ。あの少年とて完全に騙されていた事は間違いない。

 だからこそ完全に隙を突かれた際のダメージは凄まじいだろう。

 

 

 以前、戦いから逃げて自分と遭遇した時よりかなり自分を鍛えていたのだろうと彼女は見て取った。

 

 体力云々ではなく、心の方を——

 

 

 刹那も ちびせつなを通してそれを見、楓同様驚いていたのであるが、ネギのその気力と才気はその年齢からは考えられない。

 

 以前の対エヴァ戦の折りに逃げ出した事もあるが、それは明日菜とカモが大混乱して騒ぎ立てた所為で、年齢相応の精神構造がパニックを起こしたのが原因であろう。

 実際、あの戦いから然程も経っていないのにネギは落ち着いてこんな策をとっているのだし。

 

 

 『三日会わずば刮目して見よ……とは言うでござるが……ナルホドナルホド……』

 

 

 顎に手を置いて一人頷く。

 

 相手は自分の担任ではあるが、何だか弟が成長したみたいで嬉しくもあるのだ。

 

 

 『しかし……』 

 

 

 と、その眼差しを転がっていった少年に戻す。

 

 魔法の力云々の事は未だよく解ってはいないのだが、あれだけの雷撃を喰らえば普通は筋肉が痙攣を起こして直に動く事はできない。

 

 障壁等で防いだという事も考えられようが、戦いの初めの方でネギを魔法の矢を防いで防御の札は無くなっているようだった。

 

 それは今の−FULGURATIO ALBICANS−……白き雷とやらをまともに受けた事で解る。

 

 だがそれでも意識があり、更には立ち上がろうと動いている——

 

 

 ——となると、やはり横島殿が言っていたように……

 

 

 「ム……!?」

 

 

 少年の氣が高まり、ゴキゴキと異音を立てて筋肉や骨格が変貌して行く。

 

 体格、髪の色、筋肉の使用形状までが変貌する。

 

 

 

 『なぁ、楓ちゃん。聞いてる……だろ?

  念の為だけどさ、今さっきの子供に注意してて。

  あの子、ちょっと人間以外の血が混じってるみたいなんだ』

 

 

 楓が潜んでいる場で呟かれた彼の言葉が、はっきりと脳裏に蘇った。

 

 

 『成る程……獣人でござるか……』

 

 

 獣化を遂げた少年が今まで以上の氣の波動を放ち、ネギの前にして立ち上がった。

 

 

 「こっからが本番や、ネギ!!」

 

 

 

 どうやらまだ終わりとは行かないようでござるな……

 

 

 まだ本調子まで戻ってはおるまいに、意地だけで立ち上がったであろう少年に、感心しつつも呆れが出る。

 

 自分より年下である二人のこの気合。

 

 それが男の子というものだからだろうか、それとも……

 

 

 『……とと、また関係ない事を考えてしまっていたでござるな。失敗失敗』

 

 

 コンっと軽く自分の頭を小突き、後を振り返って遂に追いついた少女に視線を送る。

 

 ふむ……と軽く頷いて道を譲ると、その少女は“まるで楓が見えていないかのように”その前を少しも躊躇せず通り過ぎてゆく。

 

 

 チラリと少女がその手に持ち、開いている本を覗き込めば……案の定、獣人らしき少年がネギに殴りかかろうとしているシーンが落書きのようなヘタな絵で描かれていた。

 

 

 「み、右です!! 先生!!」

 

 

 それを見、少女が叫んだ。

 

 ネギは反射的にその声に従い、少年の攻撃を回避する。

 

 

 −な……!? 今の声は……っ−

 

 

 次の瞬間にはページに新たなる字が浮かび上がり、ネギへの攻撃行動の全てがリアルタイムで表記されてゆく。

 

 そして少女はそれを『右ですっ』とか『上っ!!』等とネギに伝えてゆき、ネギはネギで訳が解からぬままその指示に従って攻撃をかわしては反撃を入れてゆくではないか。

 

 

 『や、やはりこれは……』

 

 

 楓はその能力を目の当たりにし、冷や汗を掻いていた。

 

 

 その少女——宮崎のどかの本型のアーティファクト、DIARIUM EJUS(ディアーリウム・エーユス)……“いどのえにっき”は人の心の表層を読み取り、文章として描き出す能力がある。

 

 楓がそれに気付いたのは話しかける直前で、のどかが手に持った本を読みながら走るという奇行を行っていてくれたお陰だった。

 

 

 そこに書かれていたのはヘタクソな文字で書かれた少年の思考。

 

 −思ったより威力あんな−とか、−もろたで!!−等といった本当に表層のものではあるが、間違いなく他人の心理が読み取られている。おまけに距離はあまり関係ないようであるし。

 

 これでは話しかけても誤魔化しようが無いし、下手をすると色々と読み取られて要らぬ知識を与えてしまいかねない。

 

 慌てた楓は自分の“札”を取り出し、その魔具を使用し、のどかに危険が及ばないよう、そしてネギらの戦いを見守ろうと先行したのである。

 

 

 『それにしても……運よく『透』が出てよかったでござる……』

 

 

 手に持ったメタリックな葉団扇を見ながらそう安堵の溜息を吐き、少年……のどかが言うにはコタローというらしい……に脱出方法を頭に思い浮かばせ、それをネギたちに伝えるという策をとっている彼女の声をどこか遠くの事のように聞き流していた。

 

 

 “いどのえにっき”にはご丁寧にも式が仕掛けられている鳥居の位置と突破方法まで示されている。

 何と言う厄介なアイテムなのであろうか。

 

 

 のどかを抱き上げて杖に跨り鳥居の下を駆け抜けてゆくネギ。

 そして後を追う明日菜……とちびせつな。おまけにカモ。

 

 

 『おっと……』

 

 

 ボ〜っとしてたらコタローと一緒に閉じ込められてしまう。

 

 確かにそのまま彼の様子見をながらこの中で時を待ち、様子を窺いに来るであろうコタローの仲間の後を追うという手も考えたのであるが、それではネギの護衛は勤まらないし、何よりこの魔具は十分しか持たない。

 仕方なくネギを追って結界を突破する事にした。

 

 確かに時間もまだ五分ほど残っているのだが、全てが運良く進むと楽観視はできないので、外でネギ達を見守る方が得策だと見たのである。

 

 それに隠れたままなのにも一応の理由があった。

 

 

 何せのどかはアーティファクトを持ってはいるが、戦闘能力皆無の一般人なのである。

 

 流石に楓が突然現れたらのどかに説明をせねばならないだろうし、何だかんだで聡いのどかの事だ、そんな事になればより一層引き込みかねない。

 それに下手をするとあのアーティファクトを使われてしまうかもしれないではないか。

 

 いや、別に後ろ暗い事やのどかに対して恐怖を感じているわけではないので使われても別に……いや、ちょっと困る……かな?

 

 

 ぶっちゃければ——

 

 

 『……よ、横島殿の事を知られてしまったら……い、いやキスの事は、兎も角……その……

  せ、拙者がどのように彼の事を思っているか……』

 

 

 自覚させられては堪らない——

 

 

 「って、違うでござるよっ!?」

 

 

 何だか真っ赤になって悶えている楓であるが、幸いにしてその余りにおマヌケ過ぎる声は、空間の裂け目を明日菜が叩き割る音によってネギたちには聞えなかったようである。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 城下町にお忍びで出てきたお姫様と、美少年剣士。

 

 お姫様を抱き、片手に刀を構えた姿はかなり様になっており、他の観光客であろうどこかの女学生らもきゃあきゃあと黄色い声を上げていた。

 

 

 まぁ、お姫様は兎も角として、美少年剣士の方は新撰組宜しくだんだらの羽織を纏っており、時代考証にちょっと難がある。

 その辺がコスプレっぽくて惜しいっと指を鳴らしたくなるのだ。

 

 どちらしても——

 

 

 「えへへ……

  せっちゃん男の子みたいやし、ウチらカップルみたく見えるかもな——♪」

 

 「なっ……何を言い出すんですか、お嬢様っ!!」

 

 

 両方少女なのだから余り意味は無いのであるが。

 

 

 刹那の新撰組スタイルという男装は木乃香の見立てである。

 

 腰に二本の刀を差すのは、まぁ武士であれば当然であるが、刹那のその大小の刀はかなり不釣合いだった。

 

 何せ片方は白鞘の野太刀であり、もう片方は黒鞘の模造刀だ。大体、腰に差す野太刀など似合わないにも程がある。

 

 しかし、刹那の愛刀であるし、木乃香の護衛もあって手放せない。

 

 それでもかなりノリよく写真にとってもらっているのは、彼女自身が舞い上がっているのかもしれない。

 

 

 『ふふ……でも、何だか楽しいな……

  思えば私はお嬢様とこんな風に遊びたかった気がする……』

 

 

 大切な友達だからこそ、

 大切な幼馴染だからこそ、刹那はあえて木乃香との間に距離を置いていた。

 

 だが、“自分の秘密”がバレ、その木乃香に嫌われる事の方を恐れていたのが本音なのかもしれない。

 

 その事を自覚しつつも今一つ踏み出せていない刹那であるが、木乃香は彼女の葛藤を理解しているかのように踏み込んでくる。

 

 守護の心と愛しさで反論できないのを良い事に、木乃香は刹那を引っ張ってはしゃぎまわっていた。

 

 刹那にしても、そんな木乃香と一緒にいられる事が嬉しくてたまらないらしい。

 そしてそれを自覚し、今写真を撮っていた他校の女学生からデジカメのデータを木乃香と共にコピーしてもらうのだった。

 

 

 

 

 「ただの仲の良い二人にしか見えませんね……

  あの位なら、私とのどかでもするですよ?」

 

 「んふふ……いや、これは間違いないね」

 

 

 そんな二人を覗き見していたハルナと夕映は、微妙な視線を刹那に送っていた。

 何せ二人して刹那と木乃香との仲を誤解しているのだから。

 

 

 何せ、ぱっと見でも久しぶりに一緒にいる幼馴染同士だとは思えないほど仲の良い二人だ。スットンキョーな思い違いをしてしまったたとしてもしょうがないかもしれない。

 

 

 「確かにアヤしいね〜〜

  あの二人♪」

 

 

 そんな夕映らの後ろから、やたら耳慣れた声が聞こえてきた。

 ぎょっとして振り返ると……

 

 

 「わぁっ 朝倉にいいんちょ達!?」

 

 

 黒い着流しの朝倉に、ばっちり町娘(看板娘風)になっている村上 夏美と、花魁姿のあやか、何故かイギリス婦人風の那波 千鶴がハルナ達同様に様子を窺っていた。

 

 どうやら彼女らの班もシネマ村に訪れていたようで、ガッチリ変装までして楽しんでいる。

 

 

 呆れるような感心するような目でハルナも、ここに来たらやんないとーと素浪人の格好を楽しんでする朝倉に苦笑していた。

 ハルナにしてもコスプレっぽいのでやってみたいかなー等と思ってはいたのであるが。

 

 

 「ん?」

 

 

 ふと何だか妙な嘶きが聞こえてきたような気がして夏美が首を回した。

 

 すると、通りの向こうから黒子が御者を務める馬車が駆けて来るではないか。

 

 

 「え?」

 

 

 何とその馬車には、自分らと同世代くらいの少女が貴婦人の姿で乗っており、口元を羽扇子を隠してホホホと微笑んでいるでいた。

 人の事は言えないが、貴婦人を乗せた馬車とは時代考証が無茶苦茶である。

 

 

 そのまま人通りを突っ切り、刹那らがいる場へと割り込みを掛ける馬車。

 

 

 「ひゃあっ」

 

 

 驚く木乃香を後に庇い、反射的に愛刀の柄に手を伸ばし、相手を確認してみれば……

 

 

 「お……お前は!?」

 

 

 木乃香に続いて刹那も驚く。

 

 何せ相手が余りに大胆な行動で出てきたからだ。

 

 

 「どうも——

  神鳴流です〜〜〜」

 

 

 馬車に乗っていたのは、先程から木乃香らを追い続けていた剣客の月詠だったのである。

 

 

 「……じゃなかったです。

  そこの東の洋館のお金持ちの貴婦人でございます〜〜

 

  そこな剣士はん。

  今日こそ借金のカタにお姫様をもらい受けに来ましたえ〜〜〜」

 

 

 何のつもりだ? と首を傾げる刹那であったが、木乃香や夕映らはこれをお芝居イベントだと解釈した。

 

 シネマ村では突発イベントとして、来場した客を巻き込んだ寸劇が始まったりする。

 

 無論、ノリが良くない相手を巻き込んだりはしないが、ノリノリで新撰組隊士の衣装を身に纏っている刹那はノリの良い客だと判断したのだろう。

 

 

 ……と、二人はそう受け取っていた。

 

 

 『なる程……

  劇に見せかけて衆人環視の中、堂々とお嬢様を連れ去ろうという訳か……』

 

 

 流石に刹那は月詠らの意図に気付いている。

 

 どこかに追い込んで攫うにせよ、討ち取って奪うにせよ、普通はこれだけの人目があるのだからそうそう大胆な行動はできない。

 だが、この方法なら人目を多さを逆手に取れるのだ。

 

 例え逃げてもイベントとして見られている為、客の大半が目で教えてくれるであろうし面白がって付いて来るだろう。

 そうなると刹那も動きを鈍くされてしまうし、派手な動きをしては逃げられなくなる。

 

 咄嗟に…とは言え、よく考えられた策だ。

 

 しかし——

 

 

 「そうはさせんぞ!!

  このかお嬢様は私が守る!!」

 

 

 このちゃんを守る。

 

 “あの時”のように。

 余りに無力だったあの時のような間違いは決して犯さない。

 

 その誓いはその想いは決して折れないのだから。

 

 

 

 「キャ——っ!!

  せっちゃんカッコえーっ♪」

 

 

 ……とは言っても、肝心の木乃香が空気を読めていない。

 

 

 「わっ、い、いけませんお嬢様……っ!!」

 

 

 木乃香にギュッと抱きつかれた刹那はただ慌てるのみ。

 

 周りで見ていた他の観客もヒューヒューとはやし立ててその展開を面白がっている。

 

 

 「……むむ?

  やはり二人はそーゆー関係……?」

 

 

 物陰から見守っている同級生らは誤解をより一層深めてたりもするし。

 

 

 「えっ 何ですの?

  ちょっと皆さん、どーゆーコトですの!?」

 

 

 まぁ、一人イインチョさんは空気を読めていないのか混乱気味であるが。

 ショタ系なら兎も角、百合系にはやたらと疎い少女だった。

 

 

 そんな騒動も月詠にとっては予想通り。

 

 ノリが良ければ良いほど流れに乗せやすいと言うものだ。

 

 

 「そーおすかー

  ほな仕方ありまへんなー」

 

 

 と、内心のウキウキを隠す事も無く、ゆっくりと手袋を脱いでゆく。

 

 何故か……と言うと、決闘を申し込む為だ。

 

 何とも古めかしい行為であるが、刹那としても木乃香に掛かる外敵と早く決着をつけたいだろうし、剣士として勝負を申し込めばそうそう反対できまい。

 

 そして何より、今の刹那自身の行動で周りで彼女らに注目され過ぎてしまい、観客の眼が増えすぎた為にこの中で逃げ回る事は不可能となっている。

 

 

 刹那は罠と解かってはいても、彼女の手っ取り早く月詠を倒す事しか道が残されていなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ——普通なら。

 

 

 

 

 

 

 

 「 そ こ ま で ア ル ! ! 」

 

 

 「え?」

 

 「は?」

 

 

 今正に手袋を投げつけようとした月詠と、刹那の二人は、突然の声に驚いた。

 

 

 「東の洋館の貴婦人とは仮の姿!!

  その実態はゴーヤの密輸で私腹を肥やす悪徳商人 H・ゴーヤ!!

 

  皆の眼は騙せても、この私の眼は誤魔化せないアルよ!?」

 

 

 「はぁっ!?」

 

 

 又しても投げかけられたトンでも設定。

 

 同人作業などで慣れているハルナですら驚いた。

 

 

 「え、えーと……今の声って何だか……」

 

 「ですね……聞いた事ありまくりですし……」

 

 

 朝倉と夕映は冷や汗を流しているが。

 

 

 「だ、誰どすかー?」

 

 

 何だか知らないが、持って行こうとした流れが止められかかっている月詠は、彼女なりに必死になって周囲を窺う。

 

 寸劇が何時ものこの施設のノリであるが故、ここまで思い切り変えられてしまうと修正が難し過ぎるのである。

 混乱…とまでは行かないものの、策がぶっ壊されてしまってそれなりに(、、、、、)は焦っているのだ。

 

 無論、彼女とて剣士の端くれ。

 直に刹那と同時に声の主の居場所を見つけ出していた。

 

 

 のだが……

 

 

 「え、え〜〜と……」

 

 「凄いなぁ〜 ウチ、先が読めへんわ」

 

 

 何というか——

 パターン通り……いや“お約束”か?

 

 

 “そこ”は彼女らの直近く。通りの脇の火の見やぐらの上。

 

 見得を切る者のパターンをおもいっきり踏み、高いトコに腕を組んで直立不動で立っていたのだ。おまけにこっちに背中を向けて。

 

 当然ながら一般客は昇降禁止だ。

 

 

 その誰か……

 つーか、ぶっちゃけよく見知っているよーな少女だった。

 

 

 「あ、貴女はー?」

 

 

 当然ながら月詠は何者か知らない。

 

 そんな問い掛けに応じるよう、その少女は腕を組んだままゆっくりと振り返り、おそらく三人を見下ろしている。

 

 おそらく……というのは、ドコに売っていたのか某ヒカリの巨人なお面をつけていてサッパリ表情が解らないからだ。

 

 

 そんな皆の目が集まっていた少女は、自分が発見された事を確認してから軽く頷き、こう言った。

 

 

 「私、ナゾの中国人!」

 

 

 自分で謎と名乗る人間も珍しい。

 

 

 「古…じゃないアル、ええ〜と……李 燕雲!!」

 

 

 そのあまりのテキトー具合にあからさまな偽名だと知れるが、謎と言っておきながら直に名前を言う人間は更に珍しい。

 

 

 何だか知っているよーな気がする中華な少女の声。

 そんな少女が、貸衣装なのだろうかゆったりとし過ぎている緑色の袍(パオ:よく劇に出てくる丈の長い中国服)を着て火の見やぐらの上で見得を切るものだから他の少女らも呆気にとられてしまった。

 

 知ってるよーな…とやや自信なさげなのはやはりそのお面の力だろう。多分。

 

 それより何より、何で時代劇の施設でこんな特撮ヒーローのお面があるのか大いに謎である。

 

 つーかどんな超展開だと言いたい。

 

 

 「 ト ゥ ! ! 」

 

 

 急にそんな掛け声が上がり、皆がギョッとする。

 

 何とその少女が火の見やぐらから飛び降りたのだ。

 

 

 「と、飛んだ——っ!!??」

 

 「飛び降り自殺——っ!?」

 

 

 ハルナ達も大慌てであるが、飛び降りた方は慌てていない。

 

 慌てず騒がず袖に隠していた花札を取り出し、

 

 

 「—来々—」

 

 

 と小さく呟いた。

 

 

 パァッ!!

 

 

 瞬間、少女の身は光に包まれ、皆の目が眩む。

 

 元々彼女は何かの力を借りたりせず、純粋な体術だけで着地できるのであるが、こうすれば芝居の特撮だと皆に思わせられるからだ。

 何気にパートナーのお陰でこすっからくなっている。

 

 

 スタン…とブーツで地面を踏みしめて降り立ったその少女の姿は先程とは一変。

 

 古——もとい、自称ナゾの中国人の姿は、赤い空に浮かぶ月、そして満開の桜の柄が描かれているチャイナ服に変わっていた。

 

 裾はやや短めであり、健康的な足に続く腰がちらりと覗いていて何とも色っぽい。

 ブーツがやや野暮ったいが、それでもしっかり似合っている。

 

 そしてその両の手には奇妙な得物が握られていた。

 

 一言で言えばでっかい黒扇子。

 それも骨が太く、黒い鉄扇のようである。

 

 しかし長さが一メートル近くある上、その軸の部分が横に突き出ていた。

 

 彼女はその突き出た軸の部分を握り締めているのである。

 

 トンファーのような……いや、大きい鉄扇に似たトンファーと言った方が良いだろう。

 

 それが彼女専用のアイテム、−宴の可盃−なのである。

 

 

 「え、えと……ク……」

 

 「ワタシ、古 菲等という美少女ではないアル!!

  マダム=揚ネ!!」

 

 

 さっきと違うだろ!? ヲイッ!! と内心ツッコミを入れつつ、木乃香を連れて古に近寄ってくる刹那。

 木乃香はやっぱりよく解っていないのか、ホケ〜っとしている。

 

 

 「老師が後で来てくれるから時間稼ぎネ。

  アイツらの手に乗てはいけないアルよ?」

 

 「え? あ、すまない……というか、老師?」

 

 「そうアルよ。

  もう直来てくれるから、刹那はコノカ連れてここから離れるアル」

 

 

 刹那の疑問も尤もであるが、今のそんな事を聞いている場合ではなかった。

 

 何せ真正面にはお嬢様然とした格好の少女がいるのであるが、彼女は正真正銘の刺客なのだから。

 

 刹那は“謎の中国人”と嘯く少女のお面の隙間から覗く頬が何となく赤く染まったよーな気がちょっとばっかり気になってはいたが、コクリと小さく頷いて木乃香の手を取った。

 

 

 「ウチとセンパイとの勝負の邪魔をしはるんですかー?」

 

 

 何だか自分の思惑と違った方向に進められ、尚且つ仲良さげに話しているからか、月詠の気配がどろりと濁った。

 

 全くもって見当違いの想いであるが、生死を賭けた勝負は月詠にとって大切なものなのだろう。

 

 

 その気配の変化に感受性の強い木乃香はビクリと怯えた。

 

 

 無論、謎の中国人こと古 菲は殺気闘気に敏感だ。刹那と同時にその気配の変化に気付く。

 古は仮面の下で片眉を跳ね、木乃香を庇う刹那の更に前に出て、

 

 

 「悪の言い分など聞かないアルね。

  この姫様が欲しければ、ワタシと勝負ネ!!」

 

 

 ビシィ!! と鉄扇トンファーを握った右手の指を差し、見得を切った。

 

 月詠の剣呑な気配のお陰で大人モードへの照れがすっ飛んだ……もとい、武闘心に火がついた事であるし、ここでコトを始めれば相手の鋭そうな動きの方を封じられるであろう。

 

 そんな彼女に対し、かな〜り予定と違う方向に持って行かれた事にやや不機嫌になっていたが、月詠はそれ以上慌てる事無く馬車から小刀を取り出して鯉口を切った。

 

 

 「……悪い子には……おしおきが必要ですわなぁ〜〜」

 

 

 鞘を後に吹き飛ばし、放たれた矢の如く双剣の使い手は古に斬りかかって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ちょっと遅すぎまへんか?」

 

 「確かにね……」

 

 

 やや眉を顰めつつ、窓から下を見下ろしてみてもそこは平穏な『日本橋』。シネマ村の正門近く掛かっている木造の橋だ。

 

 本当であれば、ターゲットをこの建物内に追い込んでもらい、そのまま掻っ攫う手はずだった。

 

 にもかかわらず、追い込むどころか下の橋の袂で人目を惹きつける決闘すらも始まっていない。

 

 となると……

 

 

 「月詠はん……失敗しはったか?」

 

 「……」

 

 

 眼鏡を指先で押し上げ、内心の焦りを誤魔化して現状を考えていた。

 

 放っている式神からは本山に動きはない事は解っている。

 月詠からの報告通り、ここに来ている西洋魔法使い関係者は木乃香お嬢様とひよっこ剣士くらい。あとはせいぜいお嬢様の同級生の小娘らくらいなものだろう。

 

 だったらそれで梃子摺る筈無い。

 いや、梃子摺るにしても、向こうだってお嬢様を逃がすくらいの事はするだろう。だったら何かしらのアクションが起こっていても……

 

 

 「……どうやら、計画が狂ってしまったようだよ」

 

 

 唐突に、外の様子をぼんやりと眺めていた少年がそう呟いた。

 

 

 「え?」と、その側に寄って行き、彼が眺めている方向に目を向けてみると——

 

 

 「んなっ!?」

 

 

 予定とかなり違い、日本橋よりずっと向こうの大通りで土煙を舞い上げる激しい活劇がおっ始まっていた。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「う〜〜……」

 

 

 何度となく打ち合いをしている間に刹那は木乃香を連れて既に逃亡を果たしている。

 

 当然、月読はこれを追おうとしていたのであるが、この厄介な“謎の中国人”とやらに行く手を阻まれていた。

 

 更には刹那の同級生達までもが邪魔をしようとしてきたのである。

 まぁ、そっちの方は自分の持つ無害な式神を放って相手をさせているから別にどうという事は無い。

 

 問題は、この“謎の中国人”とやらの方だった。

 

 

 「え〜いっ」

 

 「…シッ!!」

 

 

 左横薙ぎから巻き込み、上から落とす垂直斬り。

 

 しかしそれすらも横に弾かれ、パランスを崩しかけた所に足払いを掛けられてしまう。

 何とか体制を崩し切らずにすませられたが、もう少しで軸足を痛めるところだった。

 

 それでいて致命傷を避けてきているので、殺合メインの彼女からすればじれったくてしょうがない。

 

 斬撃を繰り返し、何合も打ち合って解った事であるが、この“謎の中国人”とやらはとてつもなく強い素人だった。

 

 何せ、打ち返しや斬り返しの間にわざと作る隙に対して単純に反応してしまうのだ。

 それでもフェイントにかかった彼女を迎撃しようとすると、これがまた見事な体術でもってかわされたりカウンターを入れられたりする。

 

 月詠ほどの剣の使い手から言えば隙だらけにも程がある戦い方であるが、肉体能力が存外に高く、おまけに氣をかなり鍛え上げているようで決定的な一撃は与えられないのだ。

 

 それに——

 

 

 「う〜……それ、反則やわー」

 

 「真剣使てる上、氣の剣技使てくるオマエに言われたくないアルよ!」

 

 

 うすらぼんやりとした口調ではあるが、斬撃は本物であり、その速度も風のよう。

 

 二刀連撃斬鉄閃(にとうれんげきざんてつせーん) 等とのんびりとかましてくるが、竜巻のような巻き込みの刃を喰らえばただではすまないだろう。正に“斬鉄”なのだから。

 

 しかし、こちらも只者……いや、只“物”ではないのだ。

 

 

 がぎぎん……っと鉄塊がぶつかり合うような重い音を立ててその斬撃の全てが受け止められてしまう。

 

 普通であればその剣技の“閃”は余波が出る。つまり、剣を剣で止めたとしても刃の衝撃はそのまま突き抜けてくるのだ。

 だから対応する剣者は氣でもって受けねばならない。

 

 しかし、何と相手はその全てを鉄扇トンファーで受け止めてしまうのだ。

 

 いや、相手が受け止めるのではなく、その鉄扇トンファーが……である。

 

 

 月詠から何度となく放たれる斬撃も、その全てが彼女の持つ“宴の可盃”に完全に受け止められてしまうのだ。

 

 実体である刃は兎も角、飛んでくる氣の刃は普通防ぐ事はできない。しかし、その魔具の能力の一つ<ハナミデイッパイ>はそれを防御し切ってしまうのである。

 

 実はその鉄扇は見かけより大きく広がる事ができ、扇状というよりは丸扇子ふうの形となって、盾として使う事ができるのだ。

 その時、チャイナ服の桜の花の柄が消え、開かれたその鉄扇にその模様が現れている。それが<ハナミデイッパイ>のモードであった。

 

 鉄扇なのに“盃”の名がついているかと思えば、可盃の名の通りに幾らでも相手の攻撃を受け止められてしまう恐るべき強度を持っているからであろうか。

 

 

 『う〜〜……普通でしたら盾の死角から攻め込めるんですけどー……』

 

 

 攻めあぐねている月詠の悩みも当然で、幾ら謎の中国人とやらの視界を覆い隠す方向から刃を向けてもその全てが見切られてしまう。

 更にこの相手、体術だけは一級なのでトンファーでのカウンターが返って来るのだ。

 

 氣の練りは月詠や刹那等から見ればまだまだ一般人の域を出ていないのに、その鉄扇トンファーの一撃は十二分に練られた氣が乗っている。

 これでは訳が分からなくて攻め方が見つからないのも当然だろう。

 

 

 

 しかし、実のところ古の方は余裕は無かった。

 

 

 

 何せ相手はプロである。

 

 見た目の年齢は自分と同じくらいであろうが、裏の仕事を請け負い、続けていた“本物”なのだ。

 

 本気の一撃を放とうにも、相手の間合いは思ったより深くて広い。

 迂闊に踏み込めばただではすまないだろう。

 

 いや、肉を切らせて骨を断つ……程度であれば古はやれる。骨を折ったり折らせたりするのなら、武術家である彼女から言えば然程の事でもないのだ。

 

 

 だが相手は裏の世界に生きる者であり、尚且つどこか壊れた人間だ。

 

 

 あの妙に間延びした口調からしても彼女の余裕からであり、死合をするという力みは微塵も無い。

 

 殺し合いを楽しむ余裕……いや、それだけを行っていると言っても過言ではないだろう。

 

 

 そしてこちらはそういったものとは無縁だった。

 

 試合や力試しであれば数え切れないほどこなしてきてはいるのだが、殺し合いは流石に無い。

 

 今まで月詠の攻撃に耐えられているのも、一重にこの魔具のお陰である。

 

 

 とは言っても、自分の経験の無さと力の差を嘆く暇は無いし、必要も無い。

 

 単に時間さえ稼げばよいのだから、自分のパートナーのように相手をおちょくってただひたすら防げばよいだけ。

 

 確かに勝ちたいという気持ちはある。悔しくもある。

 が、それに拘れば自分の友人である木乃香を守る事ができないのだ。

 

 

 『勝ち負けなんか拘る必要はねーぞ?

  木乃香ちゃんを守りてぇんだろ? だったら時間稼いであの娘逃がすだけでいいじゃん。

  勝負に勝っても木乃香ちゃん怪我させたら馬鹿だろ?』

 

 

 そう言われていたし。古自身もそれに納得している。

 

 ぶっちゃけ、木乃香さえ安全に逃げられさえすれば……

 

 

 『ワタシの“克ち”アル』

 

 

 なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 「せっちゃん、どこ行くん?」

 

 「すみません。今は……」

 

 

 変わってこちらは刹那と木乃香。

 

 お忍びの姫君然とした姿の木乃香を、文字通りお姫様抱っこして家々の隙間を駆けている。

 

 本当なら屋根の上を飛んで行きたいのであるが、それだと丸見えになってしまう。

 よって刹那は面倒なのだが路地裏を走り回っていた。

 

 

 しかし、それでも欠点はある。

 

 

 「あ、あの美剣士と姫様だ」

 

 「ん〜? こっちに流れてくるのかな?」

 

 「面白そう♪」

 

 

 『く……っ これでは逃げ切れない……』

 

 

 先程のやり取りが思った以上に目立ってしまっていたのか、あちこちで姿を見られては姿を消すことの繰り返し。

 

 群衆が騒げば人目が集り、引いては位置を敵に知らせてしまう。

 だったら施設から出れば良いのであるが、着替えをしなければ外は中以上に目立ってしまう。しかし恐らくは更衣所に“眼”が仕掛けられている事だろう。そんな所にノコノコ入っていけば一網打尽だ。

 

 しかし、先程謎の中国人……いや、古が老師とやらがやって来ると言っていた。

 

 それが何者かは知らないが、間違いなくこちら側の援軍だろう。

 古や楓が知るものならばそれなり以上に闘える筈だ。

 

 あまり期待してはいけないかもしれないが、藁にも縋りたい今となっては如何なる者でも来てほしいのが正直なところだった。

 

 

 「このち……お嬢様、今しばらくご辛抱を……」

 

 「う〜……またお嬢様って言う〜……」

 

 

 抱きかかえられたままぷくっと頬を膨らませる木乃香。

 

 そんな顔もまた、記憶に懐かしい以前のままだった。

 思わず刹那の口元に笑みが浮かびかかる。

 

 友達として側に居られたあの時の、自分に向けてくれている親しげなあの顔を今も持っていてくれている——

 

 

 『いけないいけないっ!』

 

 

 ぶんっと頭を振り、雑念を飛ばす。

 

 彼女の友達として側にいられずとも、木乃香を守る事はできる。

 

 自分にとってそっちの方が大事な筈だ。

 

 だから……

 

 

 唇を噛み、無理矢理自分を納得させて眼を伏せて速度を速めてゆく。

 

 そんな彼女の表情の変化に、木乃香の眼が寂しげな色を浮かべた事に気付けぬまま……

 

 

 遂に無言となった二人。

 

 それでも人目は完全に誤魔化せたのか、自分らに向けられる気配は完全に消えた。

 

 その事に安堵し、僅かながら気を緩めてしまったその瞬間。

 

 

 

 

 「……見つけたよ」

 

 

 

 

 駆け抜けた先。

 

 通りの角を抜けたと同時に、背後からそんな言葉を掛けられて刹那は怖気が立った。

 

 

 木乃香を右手に抱えたまま身を捻り、左裏拳を背後に立ってたであろう声の主に打ち込む。

 

 

 が、その声の主は拳の影が届くより先に刹那の後に回りこんでいた。

 

 ハッとして身構えたが一瞬遅い。

 反射的に木乃香を突き飛ばすように身から剥がすと——

 

 

 ドズッ!!

 

 

 木乃香がその手の先から引き毟られ、脇腹に何かが爆発した……という気がした。

 

 

 一体何が起こったのか、二人して直には気付けなかった。

 

 

 積まれてあった防水桶を弾き飛ばし、一般客の隙間を縫って弾き飛ばされてゆく物体。

 

 

 それが自分である事を、

 そして自分の友達が飛ばされたという事、鈍い音を立てて刹那が商家の蔵の壁に叩きつけられた時にやっと二人は理解できた。

 

 

 「が…っ!?」

 

 「せっちゃん!!!」

 

 

 漆喰の塀にめり込み、一瞬呼吸が停止する。

 その刹那の呻いた声によって木乃香もやっと思考が戻っていた。

 

 

 そして、自分が巨大な何かに抱え上げられているという事も……

 

 

 「なっ!? 放して、放してぇっ!!

  せっちゃん! せっちゃぁあんっ!!」

 

 

 慌てて叫ぶ木乃香。

 

 しかし彼女は助けを呼んでいるのではない。

 

 確実にアバラの数本はやられたであろう、刹那の身を按じて声を発しているのだ。

 

 

 そんな木乃香を視界の端に留めているのは……自分と同じくらいか歳下であろう少年。

 

 銀髪で表情が硬い、どこか作りものめいた不思議な雰囲気の少年だった。

 

 

 「ぐ…あ……」

 

 

 木乃香を庇う為にまともに受けてしまった打撃。

 

 氣を使った防御だけは出来ていた筈であったが意味を成していなかった。

 

 痛みより呼吸が乱れた事で視界が歪んでいる。

 

 しかしそれでも敵であろう少年の姿と、少年の式神であろうか木乃香を抱えている悪魔に似た巨体は目に入っている。

 

 

 周囲の一般客は、余りの非現実的な光景故に芝居の一環としか見えていないようだ。

 

 尤も、気付かれていたとしても何の助けにもならないのであるが。

 

 

 「……それじゃあお姫様はもらってゆくよ」

 

 

 壁にめり込んだ刹那には欠片も気にならないのか、そう呟いてそのまま立ち去ろうとする。

 

 

 「ま、待て……っっっっ!!!」

 

 

 しかし、こんな痛みで、この程度の痛みで木乃香を危機を見逃す刹那ではない。

 

 歯を噛み砕くほど力を込め、壁から身を剥がして得物の鯉口を切る。

 

 

 「……止めた方がいい。無駄だよ」

 

 「だ、黙れ!!」

 

 

 今の一撃で解かった。

 

 この少年は、自分よりはるかに強い——と。

 

 だからと言って諦める刹那では無いし、諦められる話ではない。

 

 

 目の前で大切な人が奪われそうになっているというのに、この程度の痛みで踏み止まる事等できるはずもない。

 

 

 身体に残る気力をそのまま剣に収束し、その一撃でもって屠る。

 

 ありったけの氣を込めれば倒せずとも撤退はさせられるはずだ。

 

 そう踏んでの事だった。

 

 

 少年は無表情ながら厄介な状況に舌を打っていた。

 

 というのも、刹那は魔法の秘匿等の事柄が頭から抜けているようなのだ。 

 

 いくら周囲にアトラクションの一部だと思われていようが、彼女が本気で打ち込んでくれば、自分への被害はなかろうが物理的被害は只では済まない。

 となると、色々と“厄介な眼”を引き寄せかねない。

 

 “今は”まだそれは拙かった。

 

 だから——

 

 

 「な……っ!?」

 

 「せ、せっちゃん……」

 

 

 余りの事に呆然とする刹那。

 

 そして、その恐怖に声が震えだす木乃香。

 

 

 「……打ち込んでみるかい?」

 

 

 少年は、木乃香を式神から受け取り、その細い首を掴んで片手でぶら下げ、盾にしているのである。

 

 

 「バ、馬鹿な……キサマの目的はお嬢様なのだろう!?

  盾になぞ……」

 

 

 する訳が無い——

 

 

 「それはそっちがそう勝手に思っている事だろう?

  少なくとも、僕はどっちでもいいんだ」

 

 

 だが少年は本当にどうでもいいのか、顔色一つ変えずそう嘯いて更に木乃香をぶら下げた右腕を前に伸ばす。

 

 斬ってみろと言わんばかりに。

 

 

 「く……っっっ」

 

 

 刹那は動けない。

 

 カタカタと鍔元を鳴らす事が限界だった。

 

 確かに自分の腕に自信は持っているし、彼女の剣の流派には弐の太刀筋という、対象のみを切り裂く技がある。

 だが、刹那には解かってしまっていた。

 

 それすらも利用され、木乃香を傷付けさせられてしまうであろう事を——

 

 

 「……せっちゃん」

 

 

 苦しげな木乃香の声を耳にし、刹那の唇の端から赤い糸の様に血が伝い落ちる。

 

 歯を食いしばりすぎたせいであろう。

 

 それほど悔しかったのだ。

 

 

 少年はその様子を見て、ふむ…と一人納得をする。

 この場は式神に任せて自分は転移術を使用、お姫様を連れてさっさと雇い主……千草の元へ向おうと考え行動を起こそうと↓正にその瞬間。

 

 

 

 さくっ

 

 

 

 「え……?」

 

 

 その式神の胸から光る刃が突き出たのを——見た。

 

 

 バジュッ!!

 

 「何っ!?」

 

 

 式神の突然の破裂。

 

 

 これには少年だけでは無く、刹那も驚いた。

 

 だが、隙あらば木乃香を奪回せんと氣を高め続けていた刹那の方が再起動は早かった。

 

 地を蹴り、アバラの痛みも忘れ、ほぼ捨て身で少年の懐に飛び込んでゆく。

 

 

 「……早い。でも……」

 

 

 その動きに合わせ、木乃香を掴んでいた手を離して刹那の顔面に拳を入れ……

 

 

 「女の子に手ぇ上げんなよ…… ク ソ 野 郎 が っ ! ! ! 」

 

 

 ドズムッ!!!

 

 「がっ!!??」

 

 

 ——ようとして、その右の頬に途轍もない一撃を入れられてしまった。

 

 刹那はそれに目もくれず、木乃香を抱き締めて距離をとる。

 

 

 「せっちゃん!!」

 

 「お嬢様……っ!! 良かった…ご無事で……」

 

 

 お互いの無事を確認し合い、やっと頬から緊張が抜けた。

 

 思わず涙すら浮かぶほど……

 

 

 しかし、一撃を喰らった少年の方は只では済んでいなかった。

 

 

 灯篭に激突して砕き破り、

 

 橋の硬い欄干を巻き込んでぶち壊し、

 

 堀の横に植えてある柳の木もへし折って更に吹っ飛んでゆく。

 

 

 そして更にその向こうにあった石垣に、

 

 

 ズゴォオオンッ!!

 

 

 という、ものすごい地響きを立てて叩きつけられてしまっていた。

 

 

 「く……な、何が……」

 

 

 砕け、そして崩れた石垣からゆらりと出てきた少年であったが、そのダメージは尋常ではない。

 

 というのも。

 

 

 『こ、これは……っ!?』

 

 

 全ての障壁が未だ存在しているというのにその打撃はそれらをすり抜けてダメージを与え、足元がふらつくほどの激痛を仮初めといえるその身体に与えられているのだ。

 

 流石にその脅威には驚きを隠せず、少年は自分が巻き起こしてしまった土煙の中を睨むように眼を向けた。

 

 

 ——それに合わせたかのように風が舞い、土煙を薙いでゆく。

 

 その土煙の中、一人の人物の姿が露わになってゆく。

 

 

 

 一人の青年がいたとしよう。

 

 その青年は珍事によって衣服をなくし、パートナーの少女を先行させて慌ててテキトーに服を掴んで着たとしよう。

 

 ぶっちゃけ、ちぐはぐにも程があるし、統一感もじぇんじぇん無いが、急を要するのだからしょうがないと割り切ってそれを着た青年だった。

 

 

 だが、仮装したのならなり切るのは作法。

 ムリヤリにでもキャラを作ってなり切るのは(悲しいかな)得意だった。

 

 

 

 あんぐりとしてその青年を見つめる刹那。

 

 何だか感心している木乃香。

 

 そんな二人の視線に痛みを感じつつ、それでも美少女の視線だからいいんだもーんとヤケクソでクールさ(本人主観)を貫いていた。

 

 

 「キミは一体……?」

 

 

 少年のいぶかしむ声に反応するように、その男はでっかい頭を上げ、少年の顔を睨み据える。

 

 

 彼が着ているのは赤い服。着物では無く、赤い“服”だ。

 

 それに黒い手甲と黒い脚絆。

 

 白いマントと黒い胴。その胴には炎の様な紋様が描かれている。

 

 

 しかし、そこまでならまだ良かった——

 

 

 背中から引き抜いた得物はしゃもじ。

 それもでっかい金色のしゃもじ。

 

 そしてマスクが大変だ。

 

 先日襲撃をしてきた眼鏡女(千草)はここでバイトでもしていたのだろうか、みょーにデフォルメされているライオンのマスクがつけられていた。

 

 何せ鬣がドーナツみたいにぷにぷにしていて欠片ほどの迫力も無いのだ。

 

 額に三日月傷、そのぷにっとした口に竹輪が咥えられているのは何のつもりだろうか?

 

 それだけでも相当ナニであるというのに、何と手綱を咥えている乗り物が頂けない。

 

 そりゃあ確かに大きいだろうし、人が乗れるサイズだというのも解る。

 

 だが、その頭に突き出ている大きな角。そしてその体躯の大きさに反比例するつぶらな瞳が何ともミスマッチ。

 

 ——そう鹿だ。

 それもナダレとか呼んでしまいそうなほどの大きな白い鹿なのだ。

 

 にしても手綱を噛ませて鞍をつけた鹿というのは何なのだと問いたい。

 

 

 兎も角、その珍妙な姿をした男は、

 ヤケクソだがノリノリで、引き抜いた金しゃもじを右手に構えてゆったりと前に突き出しつつこう言った。

 

 

 

 「ポン・○・ラ○オン丸……見・参!!」

 

 

 

 冷たい風が対峙する二人の間を吹きぬけた後、周囲は様々な反応を見せる。

 

 

 観客は珍妙なヒーロー(?)の登場に沸き、少年はあまりの超展開に凍りつき、

 

 刹那は呆気にとられ、

 

 

 木乃香は……

 

 

 

 「……今の……『母』『拳』って何やろ……?」

 

 

 

 少年が殴られる直前、

 その間近にいた木乃香は確かにそんな文字が輝いていたのを目にし、その意味を考えあぐねていた。

 

 

 

 

 




 ポ○・デ・ラ○オンも大好きです♪
 時計も、ぬいぐるみも持ってます。




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