-Ruin-   作:Croissant

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中編 -参-

 

 

 『く……っ』

 

 

 表面上は全くそうだとは見えていないのだが、内心の焦りは相当なものだった。

 

 自身の体術レベルの高さは自覚しているし、相手の技量もその体捌きから凡その事が理解できる。

 

 相手は素人の域を出ていない——というより、ズブの素人と言っていい。

 それが彼が出した答だった。

 

 何せ身体の動かし方一つ一つに無駄が多い……

 いや、無駄な動きが無駄(、、、、、、、、)に多過ぎる(、、、、、)とでも称すれば良いだろうか?

 

 その体重移動の一つをとって見てもど素人。学生運動部のそれより低いと言い切れる。

 単に勢いや体力に任せて飛んだり跳ねたりして回避するだけ。ただそれだけなのだ。

 

 

 だというのに……

 

 

 「何故、当たらない?」

 

 

 ただの一発も攻撃が当たらない。掠りもしないのである。

 

 最小最速の動きで拳を出し、身体の中央部を貫く勢いで繰り出すのだが、

 

 

 「ひょえっ!!」

 

 

 という間抜けな声を上げて身を捩ってかわされる。

 

 縮地でもって背後に回り、バックブロー気味な裏拳で追撃するが、

 

 

 「うっひょうっ!?」

 

 

 と、又も奇声を上げつつ身を屈めて回避する。

 

 相手は被りものをしており、その懐の隙は無自覚なほどに大きくなっている筈。

 

 よって完全回避は不可能な筈なのだが、どういうわけかそのでっかい頭が本当に己の頭部であるかのように手で抱えてしゃがみ、見事に掠らせもしない。

 

 無言無表情ではあるが感情の流れがゼロと言うわけではないのか、ピキリと血管を浮かべてそのしゃがんだ怪人物に対し全力の蹴りを放つ。

 

 

 ——そう、全力だ。

 

 

 当たれば身体が上下真っ二つに分かれてもおかしくないほど。

 

 が、

 

 

 「ぎょへーっ!?」

 

 

 結果は同じ。

 

 地面を両の手で叩き、その勢いで思い切り横に飛んでかわしていた。

 四肢を伸ばした這いつくばった格好で横っ飛びする様はまるで蜘蛛の様。怪人さに拍車が掛かる。

 

 

 その怪人物に対して放たれた蹴りの余波は凄まじく、彼が寸前までいた辺りの地面が裂け、その脚風はカマイタチのように飛び続けて更に前方の木を切断して尚も飛ぶ。

 にもかかわらず、件の怪人物はその余波すら避け切っているではないか。

 

 腕が霞むほどの速度で拳を食らわせても、のらりくらりとかわしにかわされ空しか掴めず、何故か見切られ続ける。

 

 それは恰も蜃気楼と闘っているかのように。 

 

 

 「……屈辱だよ。

  僕の常識と能力を全否定されているみたいだ……」

 

 

 何やら本気で殺意を覚えてしまいそうになった彼であるが、それでも人目を気にして体術のみで怪人物を追い詰める事に集中していた。

 

 

 ——すっかり場の空気を自分のペースに巻き込んでいる男。

 

 赤い服と黒い防具、首から上はドーナツのような鬣の何か愛嬌があり過ぎるライオンのその怪人物が竹輪を咥えて少年と戦い続けている。

 更にお約束を守っての事なのだろうか、そのユーモラスなライオンのかぶり物の目は涙目になっていた。

 

 

 一体、どんな世界だと問いたい。

 

 

 それでも(闘っている少年以外は)今一つ憎めないそのライオン剣士の雰囲気がウケているのか、何だかカワイイ目をした白鹿までが応援している(と思われる)ので、周囲から飛んでくる歓声も大きい。

 

 ひょっとすると新たなるマスコットキャラと思われているのかもしれない。

 

 角の生えた童子という謎キャラだっているし、髷をつけた猫や、兜被った猫だっているのだ。ドーナツ鬣のライオン剣士がいてもそうおかしくないだろう。多分。

 

 

 その姿、称するなら“懐傑 ○ン・デ・ラ○オン丸”。(注:“快”傑ではない)

 

 

 それがシリアスな空気をぶっ壊してくださった珍入者の名前であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −参−

 

 

 

 

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 謎のライオン剣士こと、横島忠夫とてその闘い方は以前のままではない。

 

 活躍の覚えは全然無いのだが、それでも“していた”という記憶は残っているのだ。

 

 元々GSの仕事についた理由は人様に自慢できるものではなかったし、無様だの見苦しいだのと“元”雇い主に罵られまくっていた彼であったが、それでも如何なる状況からも生還し続けている。

 

 

 蝶のよーに舞い! ゴキブリのよーに逃げ……ると見せ掛けて蜂のように刺し! そしてゴキブリのよーに逃げる!!

 

 

 これが十代の頃の彼の基本戦闘スタイルだった。

 

 だがしかし、記憶はなくとも彼も十年間もGS家業を続けてきたプロである。

 

 成長していなければ嘘だろう。

 

 

 すなわち——

 

 

 「ハエのように舞い!」

 

 

 少年が『捉えた』と確信して繰り出す拳も、ハエタタキの一閃からするりと逃げ出し、悔しがる主婦をあざ笑うハエの如くかわし、

 

 

 「風のように撤退し!」

 

 

 何とゆーか……何も逃げ足だけを妙に清々しくせずともよいものを、本当に風の如く様々な障害を駆け抜けてゆく。

 

 

 「く……」

 

 

 “哀れにも”そんなノリに引き摺られ、少年はウッカリと後を追ってしまう。

 

 横島のマントの端がギリギリ見え、商人通りの角を左に曲がったのを確認した少年はそのまま急加速してその角を曲がり、

 

 

 「スズメバチのよーに刺ーすっ!!」

 

 スパカーン!!

 

 

 何故か背後から金砂地……もとい、金しゃもじの一撃を喰らった。

 ちゃんと左に曲がったのを目にしたとゆーのに、一体どんなイリュージョンなのだろうか。

 

 

 「そしてドブネズミのよーに逃げーるっ!!」

 

 

 少年が頭を抱えた隙に又も遁走を開始。

 商家の隙間隙間を正しくドブネズミのようにチョロチョロと走り抜けていった。

 

 ……ぶっちゃけ、害虫(獣)レベルが上がっているだけと言う説もあったりなかったり……

 

 

 「……」

 

 

 こちらの攻撃は掠りもしないのに、隙を狙う等の事をまったく考慮せず、何の前触れも無く出される向こうの攻撃はこちらの障壁を無視してダメージだけ突き抜けてくる。

 理解不能な現象が続き、流石の彼もいやな汗が浮かんでいた。

 

 

 『彼の存在は厄介過ぎる……

  今後の為にも今の内に処理しておこう……』

 

 

 取って付けたよーな理由に聞こえなくもないが、“現状の”彼なりに本気でかかる事に決めたようだ。

 

 今までには余り感じられなかった剣呑な空気を漂わせ、

 

 

 ドン……ッ!!

 

 

 と地面を陥没させつつ地を蹴った。

 

 隙間を塞ぐ障害物などを完全に無視して吹き飛ばしながら、その怪人横島の背を追う。

 

 

 しかし逃げる者は横島忠夫。韋駄天の拠り代になった事もある人外の逃げ足を持つ男だ。

 

 

 如何に少年が直線で加速しようと、何の前触れも無く方向転換しては加速を繰り返して中々追いつけない。

 

 そして時折、チラリと振り返っては鼻先で笑うのだ(そう確信できる雰囲気を放っている)。

 その証拠に、ある程度以上の距離が空けば、『おしーりフーリフーリ もんがもんがー♪』とか、腰を振っておもっきり馬鹿にした踊りをぶちかましてくれるではないか。

 

 

 少年の頭にバッテンが見え、握られた拳に力が篭る。

 

 どーやら本気と書いてマジと読むくらい怒っていらっしゃられるご様子。

 

 仕事の件はどうなった? という話もあるが、どういう訳だかこの少年は横島をひっ捕えてそれなりのお仕置きをする事に集中しきっていた。

 

 

 ………まぁ、冷静な魔族すらペースを崩せるのが横島の真骨頂。

 現に天界での有名指名手配犯も、冷静さを保てず敗退しているのだ。それに乗ってしまったとて彼を責められまい。

 

 既に木乃香達から突拍子もない距離を空けられていたとしても——だ。

 

 

 “相手が悪かった”のだから。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 先程とは逆に、刹那は息を乱して木乃香と共に駆けていた。

 

 幾ら“珍”入者がいたとは言え、闘いをおっぽりだして遁走するというのは彼女の流派の教えに反する行為である。

 

 だが、あの珍妙な怪(懐?)剣士が何者かは不明であったが、銀髪の少年と戦いを始める直前、

 

 

 『刹那ちゃんは木乃香ちゃん連れて逃げるんだ。

  その娘を守りたいんだろ? ほら、早く!!』

 

 

 と自分らに小さな声をかけてくれていた。

 その言葉が彼女の背中を押したのである。

 

 だから彼女は半ば弾かれるようにそれに従い、あの少年の相手を任せて逃げていたのだ。

 

 

 「な、なぁ……せっちゃん、大丈夫なん?」

 

 「……平気です」

 

 

 そう気遣ってくれる木乃香の思いやりが心に痛い。

 

 気力が尽きていないのでもう闘えないという訳ではないが、流石に本調子とはいかない。

 

 それよりもあのふざけたライオン剣士の介入が無ければ木乃香を攫われてしまったであろう事の方が辛い。

 

 

 自分は又も無力だった。

 

 

 あの時、敵の接近に気付けずに不覚を取り、かなり重い一撃を喰らってしまった。

 

 いや、攻撃を喰らう事は別にどうだっていい。自分は剣士なのだからダメージを恐れては何もできはしないのだから。

 

 そんな事よりも、木乃香に危害が及びかかった事、そしてその木乃香自身を人質に取られた事。その事がヒビが入っているであろうアバラより、心の方に強く鈍い痛みを与え続けているのだ。 

 

 

 ズキズキと、ジクジクと、心の奥の方から湧いて出る鈍く深い痛み——

 

 

 ずっと鍛え続けていた筈なのに、

 

 “もう二度と”あんな想いをしたくなかったのに、またも指先を届かせるための距離は一歩も二歩も足らなかった。

 その事がずっと刹那をなじり続けている。

 

 

 しかしその力不足をこれ以上恥じ入る暇もないのだ。

 

 

 考えてみればここは敵陣地のど真ん中といえる京都。

 そこにいて気を抜いて良い事などあろうものか。

 

 あの面白ライオン剣士が何者かは知らないが、彼が現れねば自分は手を拱くだけで、木乃香をよりによって自分の目の前でまんまと連れ攫われてしまったかもしれないのである。

 

 

 『くそ……私は……私は……っっ』

 

 

 ギリリ…と唇を噛み締め、先程切った口内を再度傷つける。

 

 舌の上に広がって行く鉄錆の味が余計に苦く感じられ、刹那は走りながら瞼を強く閉じ、涙が滲んでくるのを何とか誤魔化していた。

 

 

 「せっちゃん……」

 

 

 そんな彼女を心底心配する木乃香の想いも気付けぬまま——

 

 

 

 

 

 『あ、兄貴。見つけたぜ』

 

 「ホントだ。刹那さーん」

 

 

 「え?」

 

 

 そんな刹那は唐突に良く知っている人物の声をかけられ虚を突かれて驚き、慌てて声がした方に顔を向けた。

 

 すると、そこには……

 

 

 「大丈夫ですか? 刹那さん!!」

 

 「え……ネギ先生!? どうやってここに!?」

 

 

 何とネギがカモを引き連れてここにやって来ていたのである。

 

 

 ——ただし、体長20cm程で……

 

 

 刹那がシネマ村内で必死に逃げ始めた頃、式神とのラインは切れてしまっていた。

 

 その為、ちびせつなの存在を維持できなくなっており、戦いを終えたネギ達の目の前でちびせつなは紙へと戻ってしまったのだ。

 

 当然のように刹那の無事を心配したネギは、ちびせつなに使用していた式符を再利用し、氣の跡を辿って来たと言う事らしい。

 

 

 『は、初めての魔法体系なのにもうここまで使えるんですか……?』 

 

 

 この地に来て初めて触れる術であったのに、ネギは式返しに近い事を行って分け身を作って刹那の元に向わせているのだ。

 

 その技量には感心する前に呆れが出てしまう。

 

 

 「え〜? 何々? ネギ君来とるん?」

 

 「え? あ、いや、その……」

 

 

 ここまできて魔法の秘匿もあったもんじゃない気もしないでもないが、それでも木乃香に対して培ってしまっている反応で、ついウッカリとカモとネギを懐にしまってしまう。

 

 

 「わっ、ぷ……」

 

 『おほっ♪』

 

 

 何だかカモがイイ感じな声を出したのが気にはなったが、それは後で絞れば良いだけの話。オコジョ汁なんぞ飲む気はしないけど。

 

 

 『ひぃ——っ!』

 

 

 虫が知らせたのだろうカモの悲鳴は兎も角だ。

 

 

 しかし、ここにきて裏を知る人員が増えた事だけは重畳だった。

 

 確かに“このネギ”は彼が見様見真似で作った簡易式であるので自身の術は使えないだろう。

 しかし、魔法は使えずとも逃げる事だけはできるはず。

 

 それさえできればまだマシだ。

 

 

 「あ、お嬢様。あんなところに“もすまん”が」

 

 「え?! どこどこ!?」

 

 

 ものごっつ不自然に空を指差す刹那であったが、純粋な木乃香はアッサリそれを信じて空を見る。

 

 その隙に懐にしまったちびネギを取り出し(カモは叩きつけて踏みつけた)、

 

 

 「キャー・ヤ!」

 

 

 印を切って呪を唱えた。

 

 すると、

 

 

 ボンッ!!

 

 

 「わぁっ 大きくなった!!

  ……って、何で忍者の衣装を?!」

 

 

 一瞬でお人形サイズだったちびネギは、等身大ネギへと変わり、ついでに白い忍者装束を身に纏っていた。

 

 

 「ひゃあっ!? ネギ君いつの間に来たん!?」

 

 

 物音に気付いて空から振り返れば直側に変装したネギの姿。

 そりゃあ木乃香でなくとも驚くだろう。

 

 

 「え? ええ〜〜と……その、ニンポーで……」

 

 「そーなん!? ふわぁ……ネギ君スゴイなぁー」

 

 

 誤魔化し方も誤魔化し方だが、信じる方も信じる方だ。

 

 素直と言って良いやら、単純と言えばよいやら……刹那は後頭部にでっかい汗をかいてしまう。

 

 だが、何時までもここにボ〜っと立っている訳にはいかない。

 

 何せ今は二ヶ所で戦いが起こっているのだから。

 

 

 「すみません、ネギ先生!

  お嬢様を頼みます!!」

 

 「え?」

 

 

 唐突にお願いされてもネギは訳がわからない。

 

 状況を聞きにきたというのに、イキナリ木乃香を任せられたらそりゃあ『え? え?』等とわたわたするだけであろう。

 

 仕方なく刹那はそのネギの耳元に顔を寄せ、

 

 

 『敵の襲撃を受けました。

  一人はこの間の女剣士で、今は古が足止めをしてくれています。

  そしてもう一人は……恐らくあの晩、水術を使って二人を逃がした術者だと思われます』

 

 「え……?」

 

 

 と、小声で状況を簡単に伝えた。

 

 流石にネギ(分け身)も面食らったが、自分だってあのコタローとかいう少年の襲撃を受けているのだからそう不思議ではない。

 直に表情を戻して再確認をする。

 

 

 『クーフェさんが闘ってるって……大丈夫なんですか?!

  それにその術者は……』

 

 『人目が多いのと、古自身が一般人ながら相当な使い手なので早々簡単にはやられたりはしないと思います。

  アーティファクトと思われるものを持っていましたし……』

 

 その言葉に又も驚くネギ。

 流石に自分のクラスに、明日菜と茶々丸以外の従者がいるとは思いも付かなかったのだろう。まぁ、ホントはもうちょっといるのだが……

 

 それでもその件については保留とし、もう一人の術者について問いただす。

 

 

 『そ、それで、水系の魔法を使う術者は……』

 

 『そちらの方は……

  恐らくではありますが、古の師に当たると思われる人物が対応してくれています』

 

 『は……? クーフェさんの……師匠ですか?』

 

 

 はぁ……と自信なさげに頷いてみせる刹那。

 

 余りに珍妙な格好で登場した為、今一つ信用しきれていないのだろう。

 それに、何とゆーか……あの晩に現れた変態と同じ雰囲気を持っていたよーな気がしないでもなかったのだ。

 

 しかし、

 

 

 ——まさかな……仮にも古の師匠に当たる人物があんな変態では……

 

 

 それに木乃香と自分らを傷つけている少年に激怒して力を発したのだ。

 “あんな変態”と一緒にしたら失礼だろう。

 

 と、刹那はそう自分を諌めていた。

 

 

 無論、彼女の“女の勘”は何一つ間違っていなかったりするのだが……

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「むぅ〜……しつこい人は嫌われますえー?」

 

 「ヒトの事言えないアルよ?」

 

 

 強力な防具があるとは言え、攻撃の鋭さは向こうが上だった。

 

 それは古の強がりからも理解できる。

 表情には出していないが、結構彼女の身体が軋んでいるのだ。

 

 実のところ古は見た目は兎も角、実際にはかなりいいのをもらっている。

 

 彼女が着用しているチャイナ服が魔具の一部らしく見た目以上にとんでもなく丈夫で、そのお陰か、ぱっと見がそう大した被害が無いように見えているだけなのだ。

 

 

 「え〜いっ」

 

 

 相変わらず緊張感の“き”の字もない声であるが、剣波の鋭さは本物。

 

 

 「……シッ…!!」

 

 

 左右の偏差を殆ど感じられない二刀の攻撃に合わせて得物を打ち当ててその刃の威力を逃がすのか、背後に飛んでかわすのが精一杯。

 

 古自身も様々な武術を無節操に習ってその身を鍛え上げていて動きに無駄は全くない。

 だが、相手は更に無駄が少ない上、振りの速度と伝わってくる衝撃が尋常ではないのだから嫌になる。

 

 

 「とーっ」

 

 

 矢よりも早い突きが来るのを鉄扇で外側に弾く。

 そのまま踏み込んで肘を入れるところだが、弾かれた勢いを全く殺さず、そのまま身体を旋回させて小太刀が迫る。

 

 無論、古とてそんなものを黙って喰らってやるつもりはなく、その動きに合わせて月詠の背後に回り、肩甲骨の上から浸透剄を叩き込もうとする。

 

 が、月詠も然る者。そのまま前転し、その勢いでもって踵を跳ね上げて古の顎を狙ってきた。

 

 一瞬の躊躇もなく古は身体を反らせつつ背後に飛んだが、その僅か一瞬後に空間を刃が薙いだ。

 何と月詠、空中で身を捩って横薙ぎに古の脚を狙ってきたのである。

 

 

 その攻撃の隙の無さに嫌な汗を感じた古であったが、当の月詠はというと、

 

 

 「あう〜……」

 

 ごろごろごろ……ごんっ!

 

 

 その無理な体勢からの攻撃がたたったのか、思いっきり転がって壁に激突していた。

 

 『あ痛たた……』と涙目で頭を抑える月詠のリアクションに周囲の見物人からも笑いが漏れたが、古にはそんな余裕は無い。

 

 というのも、今の行動によって間合いを思い切り空けられてしまったからだ。

 

 更にかなり物騒な剣劇であったにもかかわらず、今のコミカルな動きでそれすらも誤魔化されてしまっているではないか。

 

 

 一連の行動が狙ったものかどうかは知らないが、無意識にできてしまっているのならそれは更に脅威である。

 それは彼女が“そこまで”できてしまうほど、闘いの日々にいるという事なのだから。

 

 

 それに——

 

 

 『今までの攻撃の全ては命を刈り取りにきたモノでないアルね……』

 

 

 筋や腱を狙ってきたもの。

 つまり、無力化を狙ったものである。

 

 ここまで時間を稼ぐ事以上の足掻きを出せないというのに、向こうには手加減をする余裕があるという事なのだ。

 

 

 それもまた、アマチュアとプロの差を再認識させられる一つだった。

 

 

 「あ〜っ やっと来てくれはりましたかぁー♪」

 

 「え……あっ!?」

 

 

 ややむくれたような顔をしていた月詠であったが、唐突に笑顔になって古の背後に意識を向ける。

 

 迂闊にもそれに釣られて振り返ってしまった古であったが、幸い月詠のセリフは引っ掛け等ではなく本当に彼女の“獲物”がやって来ていたのだ。

 

 

 「せ、刹那?! コノカは……」

 

 

 それでも隙無く地を蹴って後に飛び、駆けて来た刹那の横に着地する。

 

 言うまでも無く月詠の追撃を警戒しての行動であったが、当の彼女は剣を握った手をだらりと下げ、二人のやり取りを見守るかのように動いていない。

 

 

 その余裕に古もお面の下で眉を顰めていたが、それは刹那も同様だった。

 

 自分が古を心配して戻ってくる事が解っていたようだったからだ。

 

 そんな憤りを溜め息のように長く息を吐いて無理に鎮めさせ、それでも月詠から眼を離さず、今まで時間を稼いでくれた友人に簡単に次第を伝える。

 

 

 「お嬢様は無事だ。

  古が言っていた“老師”と思われる人物が助けてくれたからな……」

 

 「老師が!?」

 

 

 実力の差、世界の差を思い知らされてやや沈んでいた古であったが、彼の事を耳にするとそれだけで気が上向きになった。

 

 

 「あ、ああ……かぶりものをしていたのでハッキリとは断言できないが……

  何と言うか……強いのか弱いのか評価が凄まじく難しい人だった……」

 

 「あはは……やぱりそー思うアルか」

 

 

 散々な評価であるが、それを聞いた古は笑顔を深められている。

 

 彼女が老師と呼んでいる青年は、言うなれば『素人を突き抜けた素人』だ。

 

 素人が素人のまま強く成長し、人外と言っても良いほど突拍子も無いレベルにまで高められている。

 

 

 彼の登場を聞き、彼女は“その事”を思い出して余裕を取り戻したのだ。

 

 

 現金と言われればそれまでであるが、彼という存在は古にとって目標の方向の一つである。

 

 何せ彼は自分や楓のように幼い頃から鍛練を積んで来た訳でもないのに、自分ら培った武術の全てを叩き込んでもスルリスルリとかわし続け、ハリセンの一撃で返礼してくれる別方向に発展している達人なのだ。

 

 

 プロとは完全に別のベクトルでも、突き詰めれば達人となる。

 

 彼と言う存在はそれの生きた見本なのだ。

 

 

 ——自分には自分の行くべき道、行ける道があると言う事を思い出せたのである。

 

 

 「なら大丈夫アルね。

  老師は私と楓が本気になて二人がかりで攻撃しても掠らせもできないヨ」

 

 

 たったそれだけの事で完全に気を取り戻した古は、お面の下でニッコリと微笑んでそう言った。

 

 逆に刹那の方が、そんなトンデモ話を聞いて動揺していたくらいである。

 

 

 「へぇ〜……そんな方がいらっしゃるんですかー……

  ちょっと会うてみたいですわー」

 

 

 そんな会話だから反応したのだろう、月詠が興味深そうにそう呟いた。

 

 瞬間、みぢっという鈍い音が古の額から響く。

 戦闘狂には付き合いきれない…といった風な刹那は兎も角、何だか古の方がその言葉に敏感に反応していたりする。

 

 

 「まぁ、会ても無駄アルよ。

  お前なんか何が何だか解らない内にひくり返されてくすぐられて悶絶して果てるアル」

 

 

 老師だたらそーするネ。と、ビミョーに理解してるんだか誤解してるんだか判定し辛い言葉を、確信と自信を持って答える古。

 彼が聞いたら『何故解った!?』か『人聞きの悪いっ!!』のどちらかだろう。どちらを答えるか興味深いが。

 

 しかし、何気なくそう答えた古であるが、お面の隙間から覗いている額には血管が浮かんでたりする。

 

 

 「ははぁ……ますます会いとうなってきましたわぁ〜……

  ウチ、強いお人が好みなんどすえ———♪」

 

 

 強い者と会い、闘いたいという気は解らぬでも無いし、古や楓だってそうである。

 

 が、この目の前の女は『闘い』というよりは、“死合”したいというタイプの壊れた人間だ。

 こんな輩と彼を合わせてはいけない。それに何だか美少女だし。

 

 

 いや、それより何より……恋する乙女のような顔をして強者への想いを高めている顔は……何だか気に喰わない。

 

 つーか、どの口借りて好みだとヌカすかあのアマは。

 

 

 「……刹那。

  とっととアレを始ま…もとい、片付けて老師と合流するアルよ……」

 

 「……え? あ、ああ、そう……だな」

 

 

 お面を被ったままなのでハッキリとは言えないが、古の眼が据わっているよーな気がしないでもない。

 

 始末と言いかけたよーな気がしないでもないし、片付けるという表現も古にしては激し過ぎる。

 

 

 確かにさっきまでのどこか悩みを含んでいた雰囲気は頂けなかった。

 それが払拭されたのは喜ばしいが、みょーに黒くなってしまったのは如何なものか?

 

 尤も、逆に月詠の方はその変貌が嬉しそうであったが。

 

 

 少しづつ状況が打開されてゆくとゆーのに、何だか気疲れは増して行く。

 

 アバラの痛みも相俟って、疲労がピークを迎えつつあった。

 

 

 それでも、

 

 

 「……ま、まぁいい。確かにあいつをさっさと片付けるに越した事は無いからな」

 

 

 確かにこの障害を突破すれば光明はある。

 

 だから気持ちを切り替えて愛刀“夕凪”の剣先を月詠に向ける事ができた。

 

 

 尤も、余裕が無いという事は本気でかかるという事で、その剣と瞳に真剣の意が篭るという事。

 

 それは月詠から言えば願ったり叶ったりという事で……

 

 

 「あはは……本気で殺り合えるんどすなー……楽しそうやわあ——」

 

 

 だからこそ月詠は涼風のような笑顔を浮かべ、歪んだ悦びを満面に表していた。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「……やっと追い詰めたよ」

 

 

 シネマ村の西門。

 

 見た目は武家屋敷の門前のようであるが、実際には西出入りゲートである。

 

 ただ、その門は蟄居閉門を表すように十字に竹が組まれて封印されていた。

 

 それは西の刺客らの仕業であるか、単に施設の管理上で封鎖しているだけかは知らないが、確かにポ○・デ・ライ○ン丸は追い詰められた形となっている。

 

 

 後頭部をしばき、

 

 金ダライを落し、

 

 水溶きマスタードを浴びせ、

 

 いつの間に掘られたのか落とし穴(油入り)に落とし、

 

 適度に中身を抜いた一斗缶をぶつけ、

 

 大八車の轢殺アタックで跳ね飛ばし、

 

 

 考えられる限りのセコ過ぎ&イタイ方法でおちょくりまわって走り回っていた彼であったが、遂にこの場に追い詰められたのだった。

 

 少年も感慨深かった事であろう。内容が余りにナニであるが。

 

 

 「……君が何者か知らないけど、そろそろこのくだらない鬼ごっこを終わらせてもらうよ」

 

 

 この場所のつくりは、城の入り口を模しているので左右には壁があって、逃げ場が無い。

 障害物を駆使して遮蔽防御を続けてきた彼もここではその力を振るい切れまい。

 

 更にこの場には人目が少ないのだ。

 

 だから少年もかなり思い切った方法を取る事ができる。

 

 

 左手を口元に添えて呪を紡ぎつつ、右手を広げてゆっくりと進んで行く。

 

 それは呪を唱えつつも如何なる行動をとろうと迎撃をできるようにしているのだろう。

 

 

 流石の面白仮面も手の打ち様が無い。

 

 何かに安堵したような目をして(いる気がする)、どこかを見つめていた。

 

 

 「……ん?」

 

 

 しかし少年はハタと気付く。

 

 

 自分が迫りつつあるというのに、その態度。

 

 いや、例え自分が倒されても何かしらの手段が用意されている余裕すら感じられるではないか。

 

 

 そしてその視線が向いているであろう方角は——

 

 

 「……表門?」

 

 

 正面入場口がある方向だった。

 

 

 「うん。時間稼ぎも飽きたし、そろそろ終わりにするかな」

 

 「く……っ!?」

 

 

 くるりとこちらを向いたエセ○イオン丸。肩を竦ませる仕種までして何だか物凄く余裕を見せている。

 

 という事はやはり、ターゲットらから自分を引き離し、彼女らを正面ゲートから逃走させた可能性が高い。

 

 考えてみれば使い魔らしきあの大鹿が側にいないではないか。

 

 これは使い魔は別の場所に先に移動している事を示しているのでは?

 

 

 となると……

 

 

 「君を侮り過ぎたようだね……」

 

 

 万事か万事。あの人を小ばかにしたような衣装すら侮らせる策の一つ——

 

 

 その底知れに恐ろしさに彼は怖気が立ったが、それでもこのままやられっぱなしでいるわけには行かない。

 

 何より、

 

 

 「だけど直に片付けて追えば十分まだ間に合う」

 

 

 ……のだから。

 

 そう思い直し、今度こそはと無詠唱手前と言ってもよいだろう速度で呪文を唱え、事を終わらせようとする。

 

 

 「そんな夢が叶うといいな」

 

 

 しかし相手が悪い。

 

 底知れない底の底が抜けている人間なのだ。

 

 勝手に言葉に引っかかって深読みをした時点で向こうの負けなのだから。

 

 それを確信してニヤリと笑った(気がする)エセライ○ン丸は、両手を左右に突き出した。

 

 

 「!」

 

 

 あっと思った瞬には、その手先から何かが放たれている。

 

 無論、障壁はあるが先程から続く攻撃はその障壁をあっさりと突き抜けてきていた。

 

 かといって回避すれば絶大な隙が生まれるし、その回避した間を縫ってこの場を突破されかねない。

 今さっきまでそれらを行われていたのだ。向こうだってそれを期待しているに違いない。

 

 となると、そのまま受けるのが得策だと考え、肉を切らせて…の策をとった。

 

 “自分の身”を知るからこそとれる手段であるが……

 

 

 

 この場合、その方法は間違いだ。

 

 

 

 パァアンッ!!

 

 「!?」

 

 

 修学旅行中二度目の使用、サイキックソーサー猫だましである。

 

 以前、彼が述べていたように、投げ付けた二つのサイキックソーサーを打ち合わせるという離れ技であるが、もともとの命中率が低いので失敗すれば単に相手に大怪我を負わせるだけになってしまうというリスクの高い大技だった。

 しかし横島は相手がただの人間ではない事をとっくに感知しているので、失敗しても気にならないから大丈夫だ。それに相手は美形だし。

 

 その技は単なる閃光手榴弾等とは違い、その閃光と衝撃は霊的な波動だ。

 

 普段ならもっと油断無く行動できたであろう少年であったが、恐るべき事に彼は今までのくだらないトラップに“慣れさせられて”おり、そのしょーもない妨害の一環だと勘違いさせられてしまったのである。

 だから彼は、突然の霊的攻撃をまともに受けてしまったのだ。

 

 

 『視界が戻らない!? 魔法の閃光!?』

 

 

 ほんの僅かな躊躇——隙。

 闘いの場でのコンマ数秒は永遠に近い空白の時だ。

 

 

 「ハズレ。ちょーのーりょくだ」

 

 

 その少年の驚愕は如何なものか。

 

 ○ン・デ・ライ○ン丸からしてもみれば何でもないセリフ。

 単にそー考えているだろうと思っての“何時もの戯言”であるが、毎度毎度その読みは無駄に良いトコを突く。

 少年からしてみれば心を読まれたのかと動揺してしまうのに十分な程。

 

 更に彼は“真後ろ”からそんな声をかけられたのだから、冷静な分析等できよう筈も無い。

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 振り返るより先に、勘でもって裏拳を背後に叩き込む。

 

 しかし拳先に何も伝わらない。空を切った。

 

 だが、避けられるのは想定済み。

 放った勢いを殺す事無く、後回し蹴りを放ちながら振り返る。

 

 当然背後に彼は——

 

 

 「いない!?」

 

 

 

 「らいおん、ひこー斬りっ!!」

 

 

 何と彼の声が頭上から響いてくるではないか。

 

 しかし少年も然る者。慌てず上空防御に備えつつ背後に飛——

 

 

 

 

 「……と見せかけて、振り子打法ぉっ!!」

 

 

 すぱかーんっ!!

 

 

 「か゜…っ!!??」

 

 

 何とその背後からおもいっっきり“金しゃもじ”でひっ叩かれてしまった。

 

 

 フルスイングで喰らった後頭部への一撃。

 

 自分から的になりに飛び込んだようなものだったし、何よりもさっきから程よく喰らっている謎の一撃だったので痛いなんてもんじゃない。

 

 余りにもクリーンヒットだった所為で、“この身”で久しく感じていない激痛を全身に走らせられ、流石の少年もそのまま頭を抱えて蹲ってしまった。

 

 

 「ふははは……

  あ〜ばよっ!! 銭形のとっつぁ〜んっ!!」

 

 

 逃げる場面なのでお約束のセリフを言い忘れないのは流石だ。

 

 しかし、そんな少年を笑い飛ばして遁走する様は正に外道。

 遠巻きにして見守っていた観客の目も何だか冷たい。

 

 その眼差しに後押しをされたのだろうか、その脚は人知を超えた凄まじさだったという。

 

 

 

 「……やってくれたね……ここまで虚仮にされたのは初めてだよ……」

 

 

 暫く蹲ってはいたが、それでもゆらりと立ち上がった少年。

 

 その表情は相変わらず仮面のようであったが、凄まじい憤りが湧き上がっているであろう事が遠くから見守っていた観客にすら怖気だ立つほど伝わってくる。

 

 直様追撃をせねばなるまいが、あの怪人の人知を超えた逃げ足に追いつくのは不可能だろう。

 

 だが焦る事は無い。行き先は解っているのだから。

 

 それでも先回りをして真正面から叩き潰すくらいの事はしてやらねばなるまい。

 借りは返すものであるし、礼くらいはさせてもらっても罰は当たらないだろう。

 

 きゅ…っと我知らず唇を噛み締め、彼が向ったであろう正面ゲートに移動しようと……

 

 

 「……っ!? 転移できない!?」

 

 

 ——して、呪文が使えなくなっている事を知った。

 

 

 いや、それだけではない。魔力を使用しての身体強化すら行えなくなっているのだ。

 

 これでは加速して追撃する事も儘なら無い。

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 何が何だか解らないが、それでも移動しない訳には行かない。

 

 しかし、まださっきの閃光によって視力が完全には戻っていないのである。

 

 状況からして、少年は完全に戦力外となっていた。

 

 

 「魔力の一切が使用不能……

  一体何を……」

 

 

 凡その方位は解っていても移動することすら叶わなくなった少年は、珍しく混乱しつつライオン剣士の事で悩まされ続けていた。

 

 

 

 

 だから——という訳でもないだろうが、少年は気付けずにいる。

 

 

 その背中に『封』の文字が光っている珠が張り付いている事に……

 

 

 

 

 

 

 「うん。引っ掛かってくれたみたいだな」

 

 

 かぶり物の下で、横島はほくそえんでいた。

 

 

 闘っている最中に力を込めて行く。それはとても至難の業である。

 

 言うまでも無く相手が手練であればある程その難易度は上がって行く。

 

 ゲーム等とは違い、実際の戦闘では溜め時間そのものが必死の隙となるのだから。

 

 

 だが、横島の奥の手である“珠”にはみょーな特性があった。

 

 

 その“珠”はイメージが強ければ強いほどその能力を上げる事ができる。

 

 元々が人外の回避能力を持っている彼は、本気になればあのくらいの攻撃速度なら“非常識にも”ちゃんと対応する事が出来るのだ。

 その上で少年の攻撃を避けながら、そしてその凄まじい攻撃を与えられながら、『こんな攻撃をしている奴でもあのオカンなら…』とか、『あんなの喰らったら死ぬかも!? ……でもオカンのゲンコを喰らう事に比べたら……』等とイメージを固め続けられていたのである。

 

 何せその女傑、霊的な物に対してド素人であるくせに自分の雇い主と気合“だけ”でわたり合え、その余波で空港が崩壊しかかったとゆーのに、本人はまだ余裕があったっポイというバケモンだ。

 一生を通じて勝てるとは思えない存在の“一柱”なのである。

 

 そんな生涯を通じて越えられない壁認定をしたオカン…もとい、母親の強過ぎるイメージ。“これよか痛い”だの、“これよかスゴイ”とかのイメージが浮かばない“珠”、

 

 

 『母』『撃』

 

 

 イメージさえ調っていれば『雨』をも降らせ、コンクリートすらスポンジの様に『柔』らかく変貌させる珠の力でもって放たれたその不条理極まりない攻撃は、見事に横島の予想通り……いや、それ以上の効果を発揮していた。

 

 尤も、その破天荒なイメージ攻撃故に、珠を二つを使っても数発しかかませなかったし、“それ”を行った横島の方も、あの少年が痛みで蹲ったのを目の当たりにし、やっぱりオカンは修羅かなんかの転生体だったんや……等と己の母親の強さ再確認させられ、トラウマを深めさせられて(何故かかぶり物ごと)顔に縦線を浮かべて青くしてたりなんかする。

 

 

 それはさておき——

 

 

 彼は相手が子供的な容姿をしてはいたが、許せぬ外見(美形)をしていた事もあって、おもっきりおちょくりまくり、イヤと言うほどからかいまくってはいたが、それだけに止めていた。

 

 というのも、あのまま倒す事もできなくは無かったが、流石に人前でのスプラッタは勘弁してほしかったのだ。

 

 いや、普段の横島ならそこまで物騒な事など考えたりはすまい。しかし、あの少年には何というか……人間のオーラを感じられなかったのだ。

 かと言って魔族のそれとも違う気がするし……

 

 元々勘と目が尋常ではない横島は、あの少年を倒し切るには相当な事をせねばなら無い事をかなり初めの方で気付いたのである。

 

 流石にこの施設内でそれを行えばあまりに目立ちすぎるし、霊波刀でズンバラリンは大騒ぎになるだろう。

 

 だから木乃香らを逃がし、距離を取らせてから無力化したのである。

 

 

 そして、その横島はどこに向っているのかというと、これがまた真っ直ぐに正面ゲートに向って——いる訳が無い。

 

 というより、彼が正面ゲートに行く意味が全く無いのだ。

 

 

 彼の口を借りて言うのなら、

 

 

 「あれ? 本気にした?」

 

 

 ——であろう。

 

 

 ぶっちゃけ、少年を前にして洩らした情報は嘘八百である。

 

 珠を使って『封』をしたまでは良いが、あの珠は出力は上がっているのだが生成に集中しきれていない急造品。

 そういう事もあってか、もって十五分くらいだろう。

 だが、ああ言えば魔力を封じられた少年は回復しても真っ直ぐ正面ゲートに向う筈。

 

 そうすればその間に木乃香らの気配を消すため『隠』れるなりして、コッソリ他の出口からオサラバすればいいのだ。

 

 

 相変わらず、こすっからい事を仕掛ける能力にかけては目を見張れる男だった。

 

 

 兎も角、後は木乃香らと合流するのみ。

 

 自分の格好が格好だから説明が面倒ではあるが、差し迫った危機がある以上はそんな事を言ってられない。

 

 ホテルに戻るなり、そこらで時間を潰すなりして子供教師が戻るのを待って……

 

 

 と、次の手を考えながら何気なく首をめぐらせて“そこ”に目を向けた。

 

 

 「え……?」

 

 

 横島はそのまま立ち止まってしまう。

 

 というのも、彼が見た方向にはシネマには奇妙な位置にひょっこりと建てられているお城があったのだ。

 

 

 いや、城というだけなら硬直はすまい。

 

 確かに町並みに混じって建てられているのは変としか言えないが、真面目な江戸の町並みではなくセットなので、橋の向こうの洋館と同じように奇妙な配置で撮影しやすいよう建設されているのだから。

 

 そんな事ではない。

 そんな平和的な意味合いではない。

 

 問題は建物にあるのではなく、城にいる人物にあったのだ。

 

 

 「……な、何やってんだアイツっ!!??」

 

 

 その城の天守閣。

 

 屋根の上に、横島が良く知る二人が、

 

 

 忍者姿のネギと、お姫様衣装の木乃香が、巨大な鬼の式神を従えた女性に追い詰められていたのである。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「お嬢様っ!?」

 

 「このか!?

  と……ネギ坊主!?!?」

 

 

 この場合、敵は兎も角として誰が悪いと言うわけでもない。

 

 あの少年はライオン剣士が引き受けてくれたし、

 木乃香に危険が及ばないよう、刹那がネギ(の分け身)に彼女を託して月詠と古が闘っているところに戻ってきたのも、古が心配だった事とここで月詠を倒せば後々の禍根が断てると判断したからだ。

 

 

 そして、不運が重なってしまった。

 

 

 月詠と少年が戻らなくなった事、そして鳥居の中に見張りを命じていたもう一人と連絡が取れなくなった千草は、状況を知ろうと式神を放って哨戒させていたのである。

 

 すると目に付いたのは木乃香を連れ立って駆けているネギの姿。

 

 護衛役である刹那の姿はなく、あの子供先生は鳥居の中に封じている筈なのでおそらくは実体ではない。

 

 何たるチャンスであろうか?

 

 仲間の事は横において、こんなチャンスを見す見す逃すような彼女ではなかった。

 

 

 何せネギは実体では無いの分け身なので闘う事はおろか、満足な対応すらできない役立たずである。

 例え相手が弱っちい式であったも、通せんぼされただけで逃げる事しかできないのだ。

 となれば、式に命じてゆっくりと自分のいる場に誘い込めば良いだけである。

 

 そしてネギと木乃香は、まんまと城の中へと追い込まれてしまったのだ。

 

 

 「くっっ!! そこをどけっ!!」

 

 

 慌てて駆けつけようとするがその前に月詠が立つ。

 

 彼女の仕事は刹那の足止めであるし、ここでそれを行おうとすればするほど刹那は焦って必殺の一撃でもって仕留めようとする。そうなると願ったり叶ったりなのだ。

 

 

 「いやどす〜〜♪

  ここを通りたければウチを倒してくださ——い♪」

 

 「おのれ……っっ!!」

 

 

 軋むように痛む肋骨もそうであるが、この目の前の女の剣には得体の知れない鋭さがあり、刹那は思い通りに身体を動かし切れていない。

 

 それだけでも厄介だというのに、刹那の剣は素直すぎるほど真っ直ぐで、尚且つ退魔の剣の道を突き進んでいた為に対人剣術はそんなに突き詰められていないのだ。

 

 対して月詠の方は、対剣士用としか思えない程に剣の腕が突き出ていた。

 

 これは月詠の剣が人間を相手に研ぎ澄まされている事を示している。

 

 任務の為とはいえ、木乃香の護衛の為に人との接触を極端に減らしていた彼女は、当然の様に数えられるほどの人間にしか剣を師事してもらっていない。

 

 無論、数人ではあるが達人と言い切れる程のレベルであるから、師匠としては必要充分条件を満たしている。

 

 

 しかし、やはり実戦経験の勝るものは無いのだ。

 

 

 「逃がしませんえー」

 

 

 剣を十字に構え、影のように地に身を伏せて刹那と古の間を割る。

 

 

 「な……っ!?」

 

 「早っ!?」

 

 

 身を起こしつつ、長刀の方で古を切り上げ、

 左手で逆手に握っていた小刀でもって、身を捻るかのように刹那に対して掬い斬りが迫る。

 

 

 「シ…ッ!!」

 

 「ぬっ!!」

 

 

 古は長刀を弾き、刹那は身を捩ってかわす。

 

 だが月詠の動きは舞の様に止まらない。古に弾かれた勢いでもって長刀で刹那の方を薙ぎ、円を描いた小刀は古の脇を狙う。

 

 

 「あっはー♪」

 

 

 刹那は野太刀に身を沈めて薙いで来る刃を凌ぎ、古は背後に飛んでこれをかわした。

 だがその直後に脚を開脚してでの脚払いが来る。

 

 古は次の攻撃も予想していたので半歩下がって回避するが、刹那は半身を引いてかわす。

 

 アバラにヒビが入っている分、踏ん張りが利かないので完全にかわし切れはすまい。そう見て取った刹那の防御であったが、初撃に喰らったのが意外に衝撃が大きく、ミシリミシリと骨が鈍く軋んでいる。

 

 月詠には刹那へのその手応えと彼女の表情も嬉しいのかもしれない。妙に楽しげな声を漏らしていた。

 

 

 「刹那!」

 

 「た、大した事は無い……」

 

 

 本調子とは行かないが、それを口実に戦いを避けてもらえる相手ではない。

 となると、足が遅くなっている分、突破するしか手が残っていないのだ。

 

 

 ふー……

 

 

 刹那は深く静かに息を掃き、体息を無理に整えて剣を構える。

 

 木乃香の危機に悠長な事をしていられない。

 破れかぶれに近いが、心に余裕の無い今の彼女には氣を込めて最速の一撃で突破するしか手が思いつかないのだ。

 

 

 例えこの腕の一,二本を失おうとも——

 

 

 相打ち覚悟アルか……

 

 

 古はそんな刹那の表情を見、彼女が捨て身で向おうとしている事を理解していた。

 

 しかし、それでは何にもならない事もまた理解している。

 

 ここで勝つ事は出来ても、結果的にそれは刹那は元より、木乃香の心にも深く思い影を落す事に他ならないからだ。

 

 

 やはり彼女は本調子では無いらしいし、自分の腕はまだ一歩も二歩も眼前の敵に届いていない。

 

 かとといって愚図愚図してたら木乃香も危ない。

 

 

 となると自分にできる事は……

 

 

 「刹那……」

 

 「……何だ?」

 

 

 案の定、刹那の声が痛々しい。

 

 古は唇を噛んで句を告げた。

 

 

 「私が先に行くアル。

  絶対……アイツを突破するアルよ?」

 

 「え……?」

 

 

 刹那が問い返すより早く、古が地を蹴って距離を詰めていった。

 

 だがやはり月詠はそれを読んでいたのだろう、二刀で持って左右斜め上から古めがけて刃を振り落とす。

 

 

 「哈ぁッッ!!」

 

 

 気合っ!

 

 腹下から練り上げた氣を克ち上げ、覚えたての霊気を含ませて、左右に持った宴の可盃にぶち流して迫る刃を撥ね上げた。

 

 しかし月詠はその程度の行為は読んでいる。

 

 跳ね上げられはしても慌てる事無く身を沈め、がら空きとなった古の腹部を二刀で狙った。

 

 

 「まだネっ!!!」

 

 

 瞬間、

 左右の鉄扇が音を立てて大きく開き、ほんの一瞬だけとはいえ月詠の視界を完全に奪う。

 そしてその一瞬という長時間の隙(、、、、、、、、、、)で充分だった。

 

 

 得物はトンファーなのでグリップを捻れば旋回する。

 

 その勢いでもって左右から迫る刃を内から外側に鉄扇の縁で弾き、今度で逆に月詠の前面をがら空きにした。

 

 

 パアンッ!!

 

 「あう…っ?!」

 

 

 あっと思った瞬間、月詠の額が音を立てた。

 

 刃を弾いたと同時に古が身を捻って腰のリボンを引き抜いて月詠の額をそのリボンで叩上げたのである。

 

 

 『布槍術!?』

 

 

 と、月詠が気付いた時には、

 

 

 「てぇえええっっ!!」

 

 

 「はう…っ」

 

 

 風のように距離を詰めた刹那に充分以上の氣を乗せた一撃を腹部に喰らい、月詠の意識は刈り取られていた。

 

 

 

 

 

 おお〜〜……っ

 

 

 

 何も知らない一般客から歓声が飛んだ。

 

 凄まじ過ぎる技の応酬が、真の戦いである事など知る訳も無いし、何より凄まじ過ぎるが故に現実性に欠けるのだから仕方が無い。

 

 

 刹那は、荒く息を乱している古にやや硬い笑みを向けて健闘を称え、古もそれを受けてニッコリと微笑んだ。

 

 

 間で言えば僅か一呼吸にも満たない攻防。

 つい最近“裏”を知ったばかりの彼女が、ここまで裏の者と戦えたのだから。

 

 慢心は頂けないが、今のには自信は持って良いだろう。

 

 古も、一般人の枠内で一矢報いることができた事が何よりも嬉しかったようだ。

 

 

 しかし——

 

 

 

 「お嬢様!!」

 

 「刹那!! 待つアル!!」

 

 

 折れかけた肋骨の痛みも忘れて駆け出す刹那。

 

 そしてそれを追って駆ける古。

 

 

 

 

 そう——

 

 木乃香に危機が迫っている以上、状況は好転していないのだから……

 

 

 

 


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