-Ruin-   作:Croissant

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中編 -肆-

 

 

 「全くヒドイ目に遭いましたわ!」

 

 「いんちょー潰されてたしねー」

 

 

 自前の髪に花魁の衣装。そしてその着物も何だか着乱れており、ちょっとエッチい。

 

 しかしエセ具合が炸裂しているとゆーのに、何だか不思議と似合っているあやかであるが、不機嫌さを隠そうともせずぽっくりでズカズカ歩いていた。

 厚底の履物を常に履いている訳ではないというのに器用な事である。

 

 そんな彼女の様子に苦笑しつつも、黒い着流しの浪人姿をしている和美は背中に冷や汗を掻いていた。

 

 

 何だかよく解らないが、妙にいやな雰囲気を纏う少女が札をばら撒いたと同時に、小さなぬいぐるみのようなものが辺りに溢れ、彼女らに襲い掛かってきたのである。

 

 襲い掛かってきた……とは言っても、暴力的な行為は殆ど……あやかは巨大な招き猫に潰されたが……起こしていない。

 

 していた事といえばスカートめくりならぬ着物めくり等の痴漢的行為だけだ(いや、それでもそーとー嫌だったろうが)。

 

 

 気絶したあやかの仇うちだーっと、皆にしがみ付くそれを引き剥がし、引っ叩いて追い散らし、何とか撃退はできたのであるが、気が付くとあの妙な少女と刹那と木乃香はいなくなっていた。

 

 裏の事情を知らないハルナ達は兎も角、ある程度の情報を得ていた和美はお陰で説明に苦労する事となってしまった。まぁ、借りにしたので返してはもらうが。

 

 

 ネギや刹那、そしてカモから聞いた話によれば、この修学旅行中の事件は全て西の組織の刺客が起こしたものであるらしい。

 

 魔法の世界…この日本での魔法の世界には、西と東の派閥があって、特に西の協会は東の協会の事を良く思っていないとの事。

 

 何所の世界でも同じなんだねぇ……と和美は苦く笑ったものであるが、彼女はちょっかいのかけ方が妙に気になっていた。

 

 

 ネギ先生を本山に行かせないようにしている。まぁ、それは良い。

 相手が子供なのだから脅かして逃げ帰らせようとしたと思えなくも無いし。

 

 だが、木乃香の誘拐騒動まで起こったとなると話は変わってくる。

 

 刹那は詳しく言ってくれていないが、カモは少しだけ情報を明かしてくれていた。

 彼によれば、学園長(何と東の魔法協会の理事)の孫である木乃香には力があり、西側の不埒な輩がそれを何かしらに利用しようとしているとの事。

 

 そこまでならまだ解らぬでも無いのだが、その事件を起こしているのは同一人物らしい。そうなってくると首を捻る事となる。

 

 

 西の協会は当初、京都・奈良への修学旅行に魔法先生(ネギ)が来る事に難色を示していたらしい。

 

 だからやって来たネギに対して嫌がらせをした……と思えなくも無いが、それではハッキリ言って子供の理屈だ。

 

 確かに大人の世界は、特に組織というものは鬱積したものが重なると異様なほど子供っぽくなるもの。行動原理がオコサマでも大騒ぎするほど変な事ではないのかもしれない。

 

 しかし、木乃香の力を利用しようとしているという話が本当なら話がおかし過ぎる。

 

 

 京都奈良に修学旅行に来る事が絶対ではないのに計画を進めるものなのか?

 それにもしそうならネギが来る事に難色を示せば、更に旅行に来る可能性が下がってしまうではないか。

 

 話を聞いただけなので何とも言えないが、妨害行動等もかみ合ってないし気がするし粗が多い。

 

 

 そこから考えて見ると、首謀者と思われる人物のそばに、別の思惑を持った者がおり、その人物が首謀者を誘導している……という見方もできるのである。

 

 

 いや、それは単に状況証拠だけであるし、何より和美の勘の話だ。

 

 あてずっぽうの情報は時に事実をひん曲げる。

 情報戦の恐ろしさを知る彼女であるからこそ、その事に気付いていた。

 

 しかしそのわりに普段はパパラッチなんて厄介なコトしてるじゃないかという説も……

 

 

 「あれはシュミ」

 

 

 さいですか……

 

 

 兎も角、じっとしているのも何であるし、ちび妖怪達にパンチラ(つーかモロパン)かまさられまくった所為で目立っていた彼女らは、とっととシネマ村を後にしようと刹那と木乃香の二人を探していたのである。

 

 

 「それにしても見つかりませんね……何所へ行ったのでしょうか?」

 

 「さぁねぇ……案外どこかにシケ込んでしっぽりと……」

 

 

 衣装変えを行っていなかったお陰か、着物をはだけさせられる恥辱から免れていた夕映がキョロキョロしながらそう零すと、同じく私服のままのハルナがそんな事を言ってヲッサン宜しくウヒヒといやな笑いを漏らす。

 

 何を馬鹿な事言ってるですかと言いかけるが、何だか完全否定する材料も無いので合えて口を噤む夕映。何だか毒されかかっている気がしないでもない。

 

 

 「それにしても、ホントどこ行ったのかなぁ?」

 

 「そうねぇ……

  これがネギ先生ならあやかが直に見つけ出してくれるのに」

 

 

 町娘姿の夏美の言葉を、一人洋装である千鶴がそう返した。

 

 オホホと穏やかに微笑んでいる千鶴であるが、チビ妖怪(式)をドコに隠し持っていたのかフライパンでもって撲殺気味に撃退していたのは皆の記憶に新しい。

 

 そんな彼女の戯言であるが、言われたあやかの方は、

 

 

 「当然でしょう!?

  不肖この私雪広あやか、先生の気配でしたら愛の力にて直様察知して見せまわ!!」

 

 

 かなりマジにそう言い放った。

 

 流石に大通りでのそのセリフだ。

 うわっちゃ〜……とここにいるクラスメートは引いており、ずっと遅れて後ろをザジと共に歩いていた千雨は、あの女の仲間だと思われない位置にいてよかったと安堵していたりする。

 

 

 と……? 

 

 

 「むむ……!? 感じますわっ!! ネギ先生の気配がします!!」

 

 「は?」

 

 「へ? なんで先生がココにいんの?」

 

 

 流石に唐突にそんな事言い出せば皆も正気を疑うというものだ。

 遂に頭が……いや、前からか……等とかなり失礼な事をコソコソ言い合ってたりする。

 

 しかしそんな陰口も何のその。

 

 愛が極まった(らしい)あやかは、どーみても宇宙からのテレパシー攻撃を受けているかわいそーな人間のように身悶えしつつ、愛おしい少年の気配を必死に探っていた。

 

 

 「ハっ!? 心の眼に反応ありましたわっ!! ネギ先生は……」

 

 

 ぷるぷると身体を震わせ、背後に薔薇の花を散らせつつ、あやかは奇妙なポーズをとってその指先でもって、

 

 

 「あそこですわっ!!」

 

 

 ビシィ!!と、そこを示した。

 

 

 彼女の示されたのはシネマ村の中にある大きな建物。

 

 撮影にも良く使用しているお城だ。

 

 

 そして指し示したその天守閣には、悪魔のような人型を引き連れた女に追い詰められている少年忍者なネギと、お姫様衣装の木乃香の姿があった。

 

 

 「「「 ホ ン ト に い た ぁ ———— っ ! ! ? ? 」」」

 

 「いんちょ、スッゲーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十時間目:独立愚連隊ニシへ (中) −肆−

 

 

 

 

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 『く……なんて馬鹿なんだ……

  刹那さんは僕を信じてこのかさんを頼んだのに』

 

 

 十歳の少年ではあるが、イギリス紳士の端くれ。

 

 歳上の少女を庇ってその前に立ち、敵わないまでも敵を睨みすえていた。

 

 

 ネギの眼前にいるのは術者の女性……一昨日の晩に襲撃を掛けてきたあの眼鏡の女性である。

 

 そしてその式神であろう、あの着ぐるみのような大きな猿が二体と、悪魔にしか見えないのが一体。

 尤も、悪魔のようなものの顔には札が貼られており、式神というよりは使い魔のようでもある。

 

 兎も角、合計して四つの敵が立ち塞がっていた。

 

 

 おまけにここは天守閣の上だ。逃げ道は全く無い。

 

 

 「……ねぇ、ネギくん……こ、これもCG……?

  と、ちゃうよね……? やっぱ……」

 

 「こ、このかさん……」

 

 

 何せこの身は分け身であり、実体ではない。

 何の技も使えないし、基本の魔法すらも全く使用できない役立たずだ。

 下手をすると同年代の子供より弱っちい。

 

 そんなネギたちに対し、悪魔のような姿の式が背中から引きずり出した弓を向け、凄そうな膂力でもって矢を引いて構えて見せた。

 

 確かに手駒は出払い、せっかく組んだ策も半分近くが台無しになってはいたが、それでも流れをここまで持って来る事ができている。

 何だか自分だけでやってた方がマシだった気がしないでもないが。

 

 

 「聞ぃーとるか!? お嬢様の護衛、桜咲刹那!!

 

  この鬼の矢が二人をピタリと狙うとるのが解かるやろ?!」

 

 

 城の外で戦っていたのは見えていたから、こう言って牽制する。

 

 

 「お嬢様の身を案じるなら手は出さんとき!!」

 

 

 と、こう脅迫していれば邪魔は出来まい。

 

 何せこういった力馬鹿の式は簡単な命令しかこなせないのだから。

 

 即ち、『動くと()ろ』だ。

 

 

 下手に動いたり、助けようとしたりするだけで矢は放たれ、木乃香は射抜かれる事であろう。

 

 何せこのネギは実体では無いので盾にすらならないのだ。

 

 

 尤も、ターゲットである木乃香を殺すわけにはいかないのだから実は単にハッタリなのであるが……

 

 しかし、側で聞いていた木乃香にはかなり効果的だった。

 

 何せついさっきも同じ様な脅迫をされたのだ。

 しかも、その時は本当に彼女の身はどうでも良いという態度だったのだから効果は抜群である。

 

 

 『兄貴、ありゃあハッタリだぜ!!

  嬢ちゃんの力が欲しいってぇのに、その相手を殺すわけにゃいかねーハズだぜ!!』

 

 「う、うん。だけど……」

 

 

 カモの言う事も解かる。

 

 ネギもそうだと思っている。思っているのだが……ネギもカモも掛かる状況では余りに無力なのだ。

 

 例えあの女術者(千草)の言う事がハッタリでも、今の二人には逃げる手も防ぐ手も無いのである。

 

 

 「え、ええ〜〜と……カモくん、喋っとるん?」

 

 『……き、気の所為っスよ?』

 

 「いや本人に言われても……」

 

 

 焦りからか、カモも只のオコジョのフリを忘れて木乃香の前で喋っていた。

 

 目の前の式神は余りにも現実離れしている為に特撮だと思えなくもないが、目の前でごく自然に会話しているオコジョは流石に誤魔化し切れない。

 

 混乱し過ぎているが故の行動であるのか、木乃香は目の前の危機よりも言葉を話すオコジョの方が気になっていた。

 

 

 木乃香の首には、先程少年に掴み上げられた痕がしっかりと残っている。

 

 

 あの苦しさも、背後から受けるプレッシャーも鮮明に残っている。

 

 そしてそんな自分を救おうとしていた必死の形相の刹那の事も……

 

 

 細い木乃香の首は、易々と少年の指を届かせて吊り上げられていた。

 

 ただ、どこをどういった調整がなされていたのか不明であるが、頚動脈は絞まっていなかったし、木乃香自身の体重によって頚骨が外れる事も無かった。

 

 しかしそれでも木乃香の気は遠くなっていた。

 

 

 ——殺されるかもしれない……という恐怖からではない。

 

 

 何も解らないまま、刹那を苦しめていたかもしれないという事に対する恐怖から気が遠くなったのである。

 

 

 そして今もネギに庇われている……

 

 

 元々が柔軟な思考を持つ木乃香だ。流石にここまで不条理な騒動が続けば不思議な世界の存在に気付いてもおかしくはないだろう。

 

 だからこそ彼女は知りたがっている。

 

 知らなかった“不思議”を。

 

 大切な友達が“何”から自分を守ってくれていたかを——

 

 

 「ゴチャゴチャ言うとらんと、さっさとこっち来いや!

  痛い目に遭うんはいやですやろ!?」

 

 

 業を煮やしたのか、ジリ…と一歩前に出る千草。

 

 ネギは木乃香の前に立って庇ったまま身動きが取れない。

 

 矢が狙っている以上、一歩も下がる事はできないし、動く事もできない。

 

 となると……

 

 

 「……って、あれ?

  行くも何も、動いたら射られるんじゃ一歩も動けませんが……」

 

 

 「あ……」

 

 

 

 ひゅ〜〜………

 

 

 

 二人の間に、生暖かい春の風が抜けていった。

 

 

 「く……こーなったらウチが直接……」

 

 

 流石にそんな欠点を指摘されて恥ずかしかったのか、千草がやや顔を赤くして前に進み出てくる。

 

 ただ、ここは屋根の上なので足場はひたすら不安定だ。

 

 ネギは忍草鞋であるし、木乃香は所謂“ぽっくり”を履いていたが逃げる際に脱げてたか脱いだかして足袋である。

 しかし余裕を持って追う方だった千草はそのぽっくりを履いたまま。明らかに動き辛い。

 

 それに気付いた彼女は、式神である猿の一体を呼んで自分を肩に乗らせた。どうやら脱ぐという選択は無いようである。

 

 

 何とも間が抜けたやり取りであったが、僅かながらの時間稼ぎにしかならない。

 

 

 あの猿の俊敏さは闘ったことのあるネギならわかる。

 

 本当の猿……いや、本物の猿以上の運動能力を持っているのだ。

 

 ネギに残る手段は、ある猿ごと突き飛ばして飛び降りるくらいしかない。

 尤も、それが上手くいったとて対応できるのは一匹だけで、眼鏡術者か悪魔型の式神は残ってしまう。

 

 となると術者の方をどうにかするしかないのであるが……

 

 

 「……ほな、覚悟はよろしおますなぁ?」

 

 「く……」

 

 

 それを行える隙は向こうには無い。

 

 

 しかし、奇跡は起こった。

 

 

 何とその猿、『捕まえに行け』という千草の命を受けると、

 

 

 たん…っと瓦を踏みしめて跳んだのだ。

 

 

 「え?」

 

 「あ……きゃあっ!?」

 

 

 驚いたのは千草のもそうだが、木乃香も当然驚いた。

 

 きゅっと身を縮めて悲鳴をあげてしまい、千草の後にいた式はそれを“動いた”と判断したのである。

 

 

 「も゛ほ?」

 

 

 ビシュ…ッ!! と放たれた矢。

 

 お嬢様に当たるやないか!? と千草が怒るより前に彼女が乗った式神が間を割るように着地してしまい、体を貫かれて吹き飛んだ。

 

 

 「ひゃあっ!?」

 

 

 千草が余波を食らって飛んだが気にしている場合ではない。

 

 しかし矢が放たれたと同時にネギが跳び出し、矢と木乃香の間に割って入って盾となっていた。

 

 

 『兄貴!?』

 

 

 余りの事にカモが驚いて叫んだ。

 

 ネギはその身体で矢を受け止めて木乃香を守るつもりなのか。

 

 

 ボッ!!

 

 

 しかし失念していたのだろう、その身は実体ではない。

 

 煙のように腕の像が散り、何の抵抗もしてくれなかった。

 

 慌てて振り向くネギ。

 

 そして動けない木乃香。

 

 

 その細い身体がその矢でもって貫かれると思われたその瞬間、

 

 

 「くっ!!」

 

 「え……?」

 

 

 その間に何者かが更に割り込みを掛けて来た。

 

 

 —せっちゃん?—

 

 

 少年剣士風のその姿。

 

 木乃香が見間違えるはずもない、大切な友達である刹那だ。

 

 

 刹那は刹那で、何も考えず間に入っていた。

 

 無論、木乃香の無事だけを願っての事。それ以外は頭に浮かんでいない。

 

 後先考えずの行動であり、先に古が危惧した通りの展開である。

 

 しかしこのままなら木乃香の命は守れても刹那が身代わりとなって何にもならない。

 

 

 だからと言う訳でもないだろうが、身体を痛めている刹那より瞬発力に余裕のある少女がついて来ており、その彼女も刹那同様に距離を詰めて飛び出していた。

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 刹那が盾になった瞬間よりやや遅れ、その少女が刹那の前に飛び出してトンファーをクロスさせて矢を迎えた。

 

 遅れた事による焦り、そして無理に割り込んだ事による体勢のズレ。

 

 刹那なら身体の一部がえぐられる程度で済んだかもしれないが、今の古の立ち位置なら命中すれば心臓に風穴が開くだろう。

 

 

 『……老師……っっ!!!』

 

 

 彼の事を想い、そして己の力を願う。

 

 ただ友を守りたいという想いだけで直情的に飛び出した彼女であったが、それでも勝算がゼロというわけではない。

 

 

 カツ……ンッ!!!

 

 

 奇妙に硬そうな金属音が響いた。

 

 刹那が飛び出し、それに次いで古が奇妙な扇を広げて割り込んで……それで矢を防いだ……としかネギには思えない。

 

 そうとしか思えなかった。

 

 だが、防いだはずの矢が消えて無くなっていたのである。

 

 

 「お゛も゛……っ!!」

 

 バシュ…ッ!!

 

 

 突然、背後で破裂音がし、え……!? と驚いてネギが振り返った。

 

 すると粉々になって消えてゆく式神と、カラン…と音を当てて転がった矢が……

 

 

 「一体何が………?」

 

 

 呆然とするネギ。

 

 しかし、一人——いや当の古と一匹だけはその訳を理解する事ができていた。

 

 

 『……マ、マジか……アレってそんな力があったのかよ』

 

 

 その一匹であるカモが呆れたようにそう呟く。

 

 ネギはその言葉に反応して、『え?』と肩に乗せた彼の方に顔を向けた。

 

 

 『多分、あの嬢ちゃんのアーティファクトの力っスよ……まだオレっちも半信半疑なんスが……』

 

 「くーふぇさんの?」

 

 

 そう言われている古は、上手くいった事と“反射”という現象への驚き、そして安堵によるものであろう、へたり込むように腰を落としてしまった。

 

 ネギが一瞬で古だと解ったように、その顔には既にお面は無い。途中で紐が切れて落としてしまったのだ。

 つまりはそれだけ必死に走り続けていたという事であるが……

 

 

 その手に持った鉄扇トンファーの開かれた絵の柄。

 その柄は赤い空に浮かぶ白い月に変わっていた。

 

 当然のように衣装の月の絵は消え、逆にさっきまで使用していた桜の花の絵は服に戻っている。

 

 

 その月の絵の能力とは、魔法だろうが物理攻撃だろうと狙って放たれた射撃攻撃なら(、、、、、、)ば全て使用者に反射する事ができるのだ。

 

 それが、<宴の可盃>のもう一つのモード、“ツキミデヘンパイ”であった。

 

 彼女の持つ<宴の可盃>は、横島のサイキックソーサーで受け止められる程度の攻撃ならば対応ができる、完全な防御用の魔具なのだ。

 

 

 「あ゛あ゛……冷や汗が出たアルよ〜……」

 

 

 今考えればかなり無茶であり、かなり危ない事であったが、考えるより先に身体が動いていた。

 

 宴の可盃の能力は理解したつもりであったが、それでも怖いものは怖いのだから……

 

 無論、射貫かれる事ではなく、失敗して刹那らごと串刺しになる事であるが。

 

 心底ホッとしてぐんにゃりとしたまま後ろを振り返ると、刹那もやっと緊張がとけたのか彼女の顔にも微かな笑みが浮かんでいた。

 

 

 「せっちゃん……」

 

 「お嬢様、ご無事で……」

 

 

 助けに来てくれた……

 

 やっぱり約束を破らないでいてくれるんや……

 

 

 嬉しさと安堵で涙がポロポロと零れる。

 

 それでもフラフラと直前にいる刹那に手を伸ば——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケフ……ゴボッ!!

 ごぷ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「——え?」

 

 「あ……?」

 

 

 木乃香も、

 

 そして古も何が起こったか解からなかった。

 

 

 「せ、刹那さんっ!?」

 

 『刹那の姉さんっ!!?』

 

 

 ——唐突に、刹那が咳をして血を吐いたのだ。

 

 

 あの少年にヒビを入れられたアバラが月詠との戦闘で遂に折れ、木乃香の元に駆けつける為に限界まで肉体を酷使した為、内臓に突き刺さったのである。

 

 

 「あ……」

 

 

 ふらりと崩れる刹那。

 

 しかしここは屋根の上だ。彼女の軽い身体はそのまま空に出てしまう。

 

 

 「せっちゃん!!」

 

 

 慌てて手を伸ばす木乃香。

 

 だが、そのては虚しく空を掴む。

 

 

 「せっちゃんっ!!!」

 

 

 しかしまだ諦めない。

 

 木乃香はまるで彼女を庇うように自分から宙を飛び、空中で彼女をその腕に抱きとめる。

 

 

 「危ないっ!!」

 

 「む……っっ!!」

 

 

 ネギが駆けた。

 しかしやはり遠い!

 

 

 しかし同時に古も駆けていた。

 

 疲労した足に鞭打って、瓦を踏み割りつつ距離を詰めてその腕を伸ばす。

 

 

 「このかぁっ!! 刹那ぁっ!!!」

 

 

 だが、半歩足りない!

 

 ならばと腰のリボンを引き抜き、その布槍術でもって体操部のまき絵宜しくリボンを伸ばし木乃香の腰を絡め取った。

 

 

 『やったぜ!!』

 

 「くーふぇさん、スゴイ!!」

 

 

 ネギが感動し、カモが旗振って喜ぶ。

 

 古も一瞬ホッとしたのであるが、

 

 

 ぶぢ…っ!!

 

 

 無情にもそのリボンは木乃香を手繰る事無く千切れ飛んだ。

 

 

 月詠との戦闘で布地が切れていたのだろう。

 

 

 「く……っ!! こ、このぉ——っっ!!!」

 

 

 それでも踏鞴を踏みつつ手を伸ばしそうとする古。

 

 千切れたリボンを今度は破風端の飾りに絡め、それを命綱にして二人を掴もうと飛び掛る。

 

 

 しかし届かない。

 どうしても届かない。

 

 僅か数センチの差で指先を掠めもできず空を切った。

 

 

 その数センチが数十センチに、数十センチが数メートルにと加速度的に指先から木乃香と刹那への距離が開いてゆく。

 

 

 

 「あぁぁっ!!」

 

 

 

 落ちて行く。

 

 

 

 「 あ あ あ あ あ っ ! ! ! 」

 

 

 

 落ちて行く。落ちて行ってしまう。

 

 

 木乃香と刹那の二人が。

 

 友の身体が——

 

 

 

 悲しさより、諦めより、悔しさより何より、説明の出来ない悲鳴が古の喉から吹き出した。

 

 

 そして——

 

 

 

 『 老 師 ぃ い —— っ ! ! 』

 

 

 

 古はココロから、初めて助けを呼んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たかたっ たかたっ たかたっ……

 

 

 

 

 「え……?」

 

 「何だあれ?」

 

 

 城の下では、当然少女が落ちて来ている事に悲鳴が上がっていた。

 

 が、それとは別なモノに気付き、唖然としてそれを見つめている者もいる。

 

 

 

 

 たかたっ たかたっ たかたっ たかたっ たかたっ たかたっっ

 

 

 

 

 駆けて来る。駆けて来る。

 

 

 何かが土煙を上げ、突拍子も無い勢いで、物凄い速度で駆けて来る。

 

 

 

 

 だかたっ だかたっ だかたっ だかたっ!!!

 

 

 

 

 白馬に乗った——

 

 いや? 白馬ではない?!

 

 

 大きな白い鹿に跨って、何かがここに駆けて来る。

 

 

 非常識にも鹿に鞍をつけて跨り、物凄い土煙を巻き上げて風のような速度でやって来る。

 

 

 その“怪人”は服の色の所為だろう、見事な白と赤のコントラストを見せ付けながら突風となってやって来る!!

 

 

 

 「 い っ っ っけ ぇ ぇ え え え え え え え え え え っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 その声に白鹿が鳥のような甲高い声で嘶いて応え、更に加速。

 

 それは恰も地を這うロケットのよう。

 

 

 

 超最短直線距離。

 

 彼が城の上の二人を発見した所から、ここまでを真っ直ぐ一直線に商家や長屋などの障害物もクソもなく、問答無用に一直線に走って来たのだ。

 

 

 姿を見られているだとか、魔法の秘匿とかは頭には無い。

 

 

 ただ、女の子が危ないというだけで彼はやる。

 

 

 女に甘いのが弱点だと真名に評されている彼であるが、その甘さ優しさそのものが力でもある。

 

 女の為ならば絶対にどうしようもない状況をひっくり返し、絶対に勝てない敵を倒し、

 

 常識を破壊し、道理すら踏み砕く。その不条理さと理不尽さが彼の持ち味なのだ。

 

 

 「うわ……っ」

 

 「な、何だあれ? 速っ!!?」

 

 「ポ……○ン・デ・○イオン?」

 

 「いや、ライ○ン丸だろ?」

 

 

 外野の混乱など何のその。

 

 バイクすら追いつけないスピード違反必至の速度で城の下までたどり着いた彼は、落ちてくる少女らの姿を見あげ一瞬で決断。

 つーか、今使わずに何時使うというのか?

 

 

 

 『飛』

 

 ズ ド ン っ ! !

 

 

 走りながら生成していた珠にその一文字を押し込み、白鹿——かのこ に乗せた鞍を蹴って一瞬の躊躇もなく跳び……いや、飛翔した!

 

 

 「と、飛んだーっ!?」

 

 「な、なんだぁ!?」

 

 「まさかっ 風雲!? 風雲なのか!?」

 

 「た、確かに白ライオンじゃねぇ!!」

 

 

 一般客が騒ぐ騒ぐ。

 

 だが聞こえない。聞く必要も無い。

 

 

 そんなことより大切な事があるのだから。

 

 

 「どっせいっ!!」

 

 

 逃げ足は世界一。

 

 しかし、女の子に飛びつく速度も世界一の彼だ。

 

 落下中の刹那と木乃香に飛びつく事等、昼飯前の朝飯前である。

 

 

 「え……?」

 

 「黙ってて。舌噛むぞ」

 

 

 ぽかんとする木乃香を、そして意識を失っている刹那を、そしてリボンでぶら下がった古の三人を胸に抱き、そのまま弾丸(ロケット)の如く宙を飛び、更には屋根を蹴って駆け上がってゆく。

 

 

 「マ、マジ……?」

 

 「え? ウソ。あの子ら助かった……の?」

 

 

 静かなざわめきと僅かな沈黙。

 例え出し物とはいえ、凄い緊迫感と切実な悲鳴が聞こえたのだから当然かもしれない。

 

 が、常軌を逸したアクションによって奇跡が起こったという事実がじわりと脳に届いた瞬間、

 

 

 うお…

 う ぉ お お お お お お お お お お お お お お っ っ っ っ ! ! ! !

 

 

 正にスタンディングオベレーション。

 

 来援客から爆音の様な歓声が巻き起こった。

 

 

 「マジか!? すっげーっ!!」

 「モノホンのロケット飛行キタ———ッッ!!」

 「うおーっっ

  特撮ファンやってて良かったーっっ!! も—死んでもいいーっっ!!」

 

 

 実際に死闘がが行われていた事など知る由もない一般人達だが、その感動と衝撃は大きかったらしい。

 

 そして謎の赤い怪剣士。ぬいぐるみヘッドのその男は、下界の歓声に背を押させるかのようにふわりと天守閣に立った。

 

 その姿——

 そう、謎のライオン剣士、ボン・○・ラ○オン丸。

 

 

 

 

 「ふい〜〜〜……間一髪やった……」

 

 

 

 三人を下ろし、ホッとしてへたり込むドーナツ屋の回し者のようなライオン剣士(しゃもじが得物だが)。

 だが一人、古には誰だか解る気がした。いや、解っていた。理解しつくしていた。

 

 

 「ろ……老師?」

 

 

 それでも恐る恐る問い掛ける彼女に対し、ゲンナリとしつつも頭を上げ、彼は被り物のままこう言った。

 

 

 「老師はやめぇ言うに……」

 

 

 それでも古に言われ慣れている事もあるし、何より二人を助けられたのが嬉しいのだろう、彼はそんなに嫌がっていない。

 

 何時ものように溜め息を吐くように、顔を傾けつつも照れているような雰囲気を放つまま……

 

 

 

 ポロ……と、古の目尻から涙の粒が零れた。

 

 

 

 「ろ……ろうし——っ!!!」

 

 「わっ、わぁっ!! 抱きつくなっ!! 今は駄目、今はアカンゆーに……って、コラっ!!

  や、やめ…… コ コ じ ゃ イ ヤ —— っ ! ! ! 」

 

 

 言うまでも無く、ポ○・デ・○イオン丸の正体は、彼。

 感極まって泣きながら抱きついてくる古に対し、屋根の上という危ない場所で器用に転がりながら何時ものアホゼリフで身悶えする男、横島忠夫である。

 

 

 それでも力いっぱい霊力を使いまくってしまった彼は、古にしがみ付かれたままでそんなに抵抗できなかったりする。

 決して、抱きつかれた感触がごっつエエとか、『ああっ、チチがぁっ!! まだ発展途上やけど青くて張りのあるチチがぁーっ!!』とかの理由ではない筈だ。

 

 テンションが上がりまくった古は、そのマスクの上にキスの嵐。

 幸いとゆーか、残念ながらとゆーか、横島は気付いていないようであるが。

 

 

 「そ、それより刹那ちゃんは?」

 

 「あ、ああっ、そうアル!!」

 

 

 それでも大事な事は忘れていないのは流石。

 

 押し倒されてしまった横島も何とか立ち直り慌てて跳ね起き、側に下ろした二人の元に駆け寄って行く。

 

 するとネギが身体を調べており、その彼の顔色もかなり悪い。

 恐らく思った以上に刹那の容態が悪いのだろう。

 

 吐く息と共に血を吹いているのだから、下手をすると肺に骨が刺さっているかもしれない。

 

 

 「せっちゃんっ!! せっちゃんっ!! しっかりしてぇなっ!!」

 

 「こ、このかさん、落ち着いて!! 早く病院に連絡しないと……っ!!」

 

 

 顔色の悪さから間違いなく刹那には一刻の余裕も無い。

 

 しかし、横島も力を使おうにも無茶をやり過ぎて霊力が足りなかった。配分を考えないのはいつもの事であるが、大人になってまでそれでは話にならない。

 

 

 「ろ、老師……っ!!」

 

 「解かってる!! ちょっと待って……」

 

 

 それでも諦めない。そんな必要は全く無い。

 

 古が彼を頼るように眼差しを向けると、彼もとっくに霊気を手に集め始めている。

 

 

 失うのは二度と御免だ。

 

 “あんなの”は一度だけで充分だ。

 

 黙って女の子を死なせる……死に掛けている女の子を目の前にして手を拱いてたまるものか。

 

 

 自分の前で女を、女の子を死なせてたまるものかぁっ!!!!

 

 

 霊力中枢に蹴りでもって気合を入れ、悲鳴を上げそうなそれを無理矢理フル回転させ、必死になって“珠”を生成してゆく。

 

 

 頭の芯がズギンっと鈍く痛んだ気がするが問題ない。

 

 後に血を吐く想いを残す事に比べたら“ヘ”でもない。

 

 

 

 「せっちゃんっ!! せっちゃん!!!」

 

 

 そんな横島の前で、

 

 

 「せっちゃんっ!!!!!!!!」

 

 

 カッ!!!

 

 

 木乃香の身体から光が満ち溢れた。

 

 

 「えっ!?」

 

 「なっ!?」

 

 

 一瞬。

 

 ほんの一瞬で血の気を失っていた刹那の顔色が戻り、口から溢れ出ていた血も消えてゆく。

 

 更には意識までもが回復し、ゆっくりとではあるが瞼を開け、泣き顔で自分を見つめている木乃香の表情に驚いていた。

 

 

 「お、お嬢様……?」

 

 

 いっぱしの剣士の口から出たにしてはちょっと間が抜けている。

 

 まぁ、気が付けば木乃香やら古やら謎のかぶりもの男やらの心配げな顔があるのだから、その気持ちも解からなくは無い。

 

 

 「せっちゃん……?

  せっちゃん!! せっちゃぁああんっ!!!」

 

 

 嬉しさのあまり泣きながら刹那を抱き締める木乃香。

 

 死んでしまうかもしれない。

 二度と眼を開けてくれないかもしれないという恐怖から解放されたのだから、当然だろう。

 

 意外なほど強く抱き締めているようで、刹那でもどうすることも出来ないようだ。

 

 その刹那の方も、何故助かったか……と言うより、何があったのか良く憶えていないらしく混乱仕切りである。

 

 だが、強く抱き締められるだけでアバラに痛みが走るのか、直に顔を顰めて木乃香を慌てさせたりしていた。

 

 

 「これは……一体……」

 

 『怪我が治った……つーより、血を吐く前に戻ったって感じだな』

 

 

 ネギは驚きを隠せず、カモは妙に観察眼を光らせていた。

 

 スカカードがあるように、木乃香は失敗してはいるがネギと仮契約を結んでいるのだ。

 恐らくその事によって眠っている彼女の力の一部が目覚めたのだろう。

 

 

 しかしそんな事はどうだって良い。

 

 訳は解らないが、刹那の命が助かったのだから。

 

 

 横島は古とボーゼンとしていたが、ふと顔を見合わせてわけも解からずコクンと頷き合う。

 そして彼女が助かったという事をやっと二人の脳みそが理解すると、

 

 

 ハァ〜〜……

 

 

 二人同時に深い安堵の溜め息を吐き、肩を寄せ合ってそのまま座り込んでしまった。

 見事なユニゾン。流石は師弟である。

 

 

 木乃香は刹那が助かった事でわんわん泣き、刹那は訳が解かっていないのか顔を真っ赤にして慌てふためく。

 

 ネギは刹那の術が途切れたのか小さな姿に戻っており、カモに掴まられてわたわたと慌てていた。

 

 そんな様子を目に入れつつ、古は……

 何とかなったという穏やかな情景に口元を緩め、もう一度と横島の腕に抱きつき、嬉しげに微笑んでいた。

 

 

 助けを求めた瞬間、彼は来てくれたのだ。

 

 単なる偶然かもしれないが、大切な友達の命が危なかった時、彼は駆け付けてくれた。

 そして文字通り身体を張って彼女らを助けてくれたのだ。

 

 

 それが嬉しくてたまらなかった。

 

 そして、そんな彼に二人を助けてもらった事も……

 

 

 あ゛あ゛〜〜っ!! 古ちゃん、ヤメテ〜〜〜っ!! とか言う悲鳴も聞こえない。

 聞えないったら聞こえない。

 

 そうクスクス笑って古は横島の腕を抱く力を更に強くしていた。

 

 

 

 ——と。

 

 

 

 

 

 

 「それがお嬢様のチカラか……大したモンやな……」

 

 

 「!?」

 

 

 その声が聞こえ、師弟の二人は一瞬で身構えた。

 

 見ると、彼らのいる場所の真反対側の位置に、残った式猿の一体が佇んでおり、その肩に千草が乗っているではないか。

 

 

 「く……貴様……」

 

 「あ、せっちゃん! アカン!」

 

 

 立とうとする刹那を木乃香が意外に強い力で止める。自分の力が解っていない彼女だから大方が治っているとは思ってもいないのだろう。

 

 

 「……ははぁ……まだ術の行使に慣れとらんようやなぁ……

  まぁ、今日のトコはこれくらいにしといたげます。

  今回はお嬢様のお力が拝見できたさかいなぁ……」

 

 

 ふふん…と鼻先で笑い、余裕すら見せている千草であったが、実のところそれは単なる負け惜しみである。

 

 

 手駒である式はこの猿鬼しか残っておらず、新入りの少年と月詠は戻ってこない。狗族のコタローも結界内にいる筈だ。

 となるとここに何時までいても何の得も無いのである。

 

 とっとと逃げた方が得策だ。

 

 コドモ先生は実体ではないし、あのひよっこ剣士とチャイナ服の少女もへたり込んでいるし、自分の式である獅子鬼によく似たかぶり物をしている男も無茶をやって力尽きいてる。

 

 だから挨拶をする余裕くらいはあるだろうと踏んだのかもしれない。

 

 

 無謀にも……

 

  

 「何を……」

 

 

 そのまま猿鬼の力で逃げ出すつもりなのだろう。

 

 だが、刹那はもとより古もかなり頭に来ている。そのまま逃がすつもりは毛頭無い。

 

 無いのだが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ざけんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その二人の怒気をも踏みにじられるかのような重い声が辺りに響き渡った。

 

 

 「ひ……っ!?」

 

 

 その異質の声の力に千草の身体が硬直する。

 

 そして横島の直脇にいてしまった古すらも……

 

 

 何故か彼の背後にいる木乃香、いやそれどころか刹那にすら感じられていないようであるが、その男から……横島忠夫からとてつもない怒気が噴出していたのである。

 

 

 しかし単なる怒気や殺気で千草や古の身体を止める事はできない。

 

 それは彼女らの想像を遥かに超えたシロモノだった。

 

 

 失った事を心に刻み込み、失わせた事を死ぬほど後悔した男の、

 

 不条理なほど優しい男の怒りは尋常では無かった。

 

 

 

 この女ナニ言いやがった?

 

 このくらいにしとく? “このくらい”だ?

 

 良く解からない理由で女の子一人殺しかけといて、

 

 女の子の友達を目の前で奪いかけといて……

 

 

 言うに事欠いて、

 

 このくらい?

 

 

 

 

 コ ノ ク ラ イ ダ ト ヌ カ ス ノ カ?

 

 

 

 キ サ マ ハ ……… ッ ? !

 

 

 

 

 

 

 ぎじぃっと空気が軋んだ。

 

 その軋む音にあわせて彼の心の中でナニカが動く。

 

 恰も拳銃のシリンダーが回るように、横島の中でナニかがガチリと重い音を立てて精神の性質を切り替えてしまう。

 

 

 彼はその怒りの念を使って、酌み出し掛けていた霊力を更に右手に収束し始める。

 

 そして瞬く間に三つの“珠”が出現。

 生成が終わったと同時にその珠には其々別の文字が浮かび上がった。

 

 

 『収』『束』 そして『固』

 

 

 強念から酌み出された霊力はまだ溢れ出る事は止めようとしない。

 その異様に高まった霊力は勢いそのままに、『収』『束』して更に強力な珠として『固』まってゆく。

 

 

 『な、何だぁ!?』

 

 

 カモも驚き慌てる。

 

 今まで感じた事も聞いた事も無い力の奔流なのだから当然だろう。

 

 

 彼の、彼女らの驚愕など知る由も無く、横島は“珠”が出来上がると三つの珠を消し、それに対して思いっきり強くイメージを注ぎ込んむ。

 

 

 このまま、全ての禍根を断ってやる……

 

 

 

 あの女を消し去る事だけを考え、

 

 もう二度と奪われたりしないよう念を込め、

 

 魂までも砕け散り、転生さえ叶わぬ破滅の一文字を練り上げた珠に込めた横島は、恐怖の余り腰を抜かしている千草に向け——

 

 

 

 「老師っ、駄目アル!!」

 

 

 

         —ヤメロッ!!!—

 

 

 

 その直前、

 二つ(、、)の静止の声が心に響き、横島はハッと我に返った。

 

 

 途端にガチリとまたナニカが切り替わり、普段の横島の性質が浮かび上がっていた。

 

 何が何だか良く解かっていないのは彼自身も同じなのだろう、自分の手に持った珠に目を落して驚愕してしまう。

 こんなモノ(、、、、、)を使用してたら眼鏡姉ちゃんどころか、この天守閣が消滅(、、)しかねないではないか。

 

 せっかく赤っ恥かきつつも助けたとゆーのに消し飛ばしたら本末転倒だ。つーか、何があってもしてはいけないだろう。

 

 しかし、このまま放っておけば自壊して結果は同じになってしまう。

 

 慌てて彼は別の意味を込めて後に放り投げた。

 

 

 怪我人と疲れた女の子がいるのだ。当然込める意味は『癒』。

 

 

 カッ!!

 

 

 「え?」

 

 「わっ!?」

 

 

 生成に使ったマイト数がハンパではない為、刹那はおろか木乃香や古までもその範囲に入り、傷や疲労が一瞬にして癒し尽くされた。

 

 ここでは解らない事であるが、ネギの分け身すらその範疇なのだろうか、ラインで繋がっている彼の本体の傷や疲労も全て消失していたりする。相変わらずトンデモ能力だ。

 

 

 「あ、危なかった……」

 

 

 何が何だか解らないが、怒りに心を塗りつぶされて自制が利かなくなっていたらしい。

 

 古にチラリと顔を向ければ、彼女も正気に返った横島を見て先程同様……いやさっきより深く安堵の溜め息を吐いているではないか。となると余程ヒドイ状態だったのだろう。

 

 

 「く……っ」

 

 「あっ、逃げた!!」

 

 

 しかしそんな隙を丸見えにしてはいけない。

 それを好機ととった千草は、呪縛が解けたのか式に命じてその場から離れていた。

 

 木乃香を捕えるのは失敗した事であるし、今の事で精神疲労も凄まじい。それに何より目立ち過ぎた。

 これ以上ここにいて良い事は何一つ無いのである。

 

 

 「ちっ……そのまま逃がすかっ!!」

 

 

 正気に返った横島であったが、ただで逃がすほどお気楽ではない。

 あれだけヒヤヒヤさせられたのだから、何は無くとも仕返しの一つもしないと腹の虫が治まらない。

 

 残った霊気を右手に収束させ、輝く手甲……ハンズオブグローリーの基本形を具現させる。

 

 しかしその技を使ったとしても、これだけ距離を離された今なら届くまい。

 

 かと言って、アレの直後に古らの前でサイキックソーサーを投げ付けられるほど“非道”を行う事もできない。

 

 

 ならば……

 

 

 「ハンズ(Hands)オブ(of)……グリード(Greed)っ!!」

 

 

 そう叫び、右の掌を突き出した。

 

 集まった霊波の拳が彼の手を離れ、霊気弾が如くスっ飛んで行く。

 

 伸ばした掌がそのまま突き進む様はロケットパンチかブーストナックル。

 それを霊力でやっちゃったりするトコは、やはり何時もの横島だ。

 

 

 「な、何やコレ!?」

 

 

 慌てて身を沈めてかわす千草。

 

 殺気によるショックから立ち直り切っていないのだろう、それが精一杯だった。

 

 それでも回避できてホッとしたのであるが、何とその霊気の手は旋回して再度襲い掛かって来るではないか。

 

 

 おまけに何だか指をワキワキさせつつ……

 

 

 「な、何……っ!? ひゃああ〜っっ!!」

 

 

 ついに千草は、むにゅるっ! とその掌を喰らってしまった。

 

 

 それは言うなれば意思を持った霊気の手。

 

 式神に近く、果てし無く別物であるそれ—— 

 

 本邦初公開。

 成長した横島が生み出した、ターゲットロックした敵(女性限定)を自動追尾する霊気の手、自立型遠距離攻撃霊能力Hands(ハンズ) of(オブ) Greed(グリード)“貧欲の手”。

 

 それは、遠距離攻撃がサイキックソーサーしかなく、また外れやすい事に悩んでいた彼が開発した技……らしい。

 

 言うまでもなく中途半端に記憶と経験が消失している為、詳細は不明であるが何とか使えるというレベルでもって無理矢理整えられた霊能力で、意識でもってターゲットを捕捉させておいてから、それを追わせる特性を栄光の手に持たせてから放つ驚愕の霊能力なのだ。

 

 しかし、今まで語っているように中途半端に記憶がすっ飛んでいる為、便利な特性の付け方はおろかそんな物があったかも不明であり、兎に角使えりゃいいやとばかりに思い出せる範囲だけで整えたシロモノだ。

 その名前の“グリード”からも解るよう、貧欲……ぶっちゃけ欲望を込める事しか“今の彼”には出来なかったりする。

 

 

 要するに——

 

 

 

 「ひ……っ!? あ、あかんて、そんなトコ……ひゃんっ!?」

 

 

 千草に纏わり付いたそれは、込められた欲望……底知れぬ横島の煩悩のままに、彼女の身体を弄り回っているのだ。

 

 

 「あ…そこは……ひんっ イヤやてっ!! ダメや……あふっ」

 

 

 「あわわわわ……」

 「ひゃああ……」

 

 

 何だか色っぽい悲鳴をあげてもぞもぞと身を捩っている千草の様子に、当然の如く真っ赤になる刹那達。

 言うまでもなくカモは、うっひょーっ!! とテンションを上げていたが。

 

 横島は逆に『おのれ……オレの霊能力の分際でオレよかイイ想いしやがって……代わりやがれっ!!』と大憤慨。

 そんな本音をぶっちゃけた直後、古によって宴の可盃のフルスイングかまされた。

 

 

 「ナニ言てるアルか!! アレは敵アルよ!?」

 

 「堪忍やーっ!!

  せやけど霊力が下がってもたから、どーしてもそっちの方にしか頭が回らへんのやーっ!!」

 

 

 そしてネギは、突如として現れ刹那たちを救ってくれたぬいぐるみライオン剣士の豹変に反応すれば良いのか、空中でエッチに悶える眼鏡姉さんを気にすれば良いかで悩んでたりする。

 

 

 「やン…っ!! や、やめ……ひゃうっ!? そん…な……あひっ!!

  ら、らめぇ……っ!!」

 

 

 遠く離れて行きつつエッチな声も続いていた。

 

 何せ横島の“飢え”がバッチリ染み込んでいる霊気だ。そりゃ普通にやったって防げる訳が無い。

 

 残った霊力でもって生み出されたモノなので、実のところ数分しか持ちはしないが、それでも考えられる限りの“やーらしい事”はイロイロされてしまう事だろう。

 何せ欲望“だけ”しか篭っておらず、歯止めが全く無いのだ。思わず彼女の今後に幸あれと祈ってやりたくなる。

 

 古とかは『哀れアルなー』等と言ってはいるが、横島のように『まー刹那ちゃん達にあれだけの事したんだから、どーでもいいや』と、然程の同情もしていない。死にはしないだろーし。

 

 けっこーええ姉ちゃんだったからちょっち勿体無いよーな気がしないでもないが、(何故か古が睨んでて怖いから)さっさと彼女を視界から剥がし、くるりと木乃香らの方に顔を向け、未だ座り込んだままの二人の前に移動して腰を落とした。

 

 

 「えっと……刹那ちゃん、怪我はもう大丈夫か?」

 

 「え? ええ、はい……おかげ様で助かりました」

 

 

 自分の事を知っているようなのでちょっと面食らいながらも、しっかりと礼を言う刹那。

 

 そしてそんな彼女を支えつつ、木乃香も丁寧に横島に頭を下げた。

 

 

 「ホンマ助かりました。ありがとうー」

 

 「あー……いや、でも大体は木乃香ちゃんが治したんだぞ?

  オレのは……まー“ついで”だったみたいだし」

 

 「へ? ウチ?」

 

 

 木乃香の事も知っているようだったが、こちらは大して気になっていないようだ。全く持って適応力の高い娘である。

 

 だが、口を滑らせた横島に刹那は眉を顰めた。

 

 誤魔化しはもう効かないレベルに達してはいるのだが、それでも彼女には知られたくないのかもしれない。

 

 そんな刹那に対して肩を竦ませると、横島は二人に手を貸して立たせてやる。

 

 

 「兎に角ここを出よう。

  ネギと合流した方が良いみたいだしな」

 

 「あ、ハ、ハイ」

 

 

 そう話を振られたネギも驚いて反応が遅れる。

 

 何せ彼は自分の事も知っているようなのだ。会った事も無い人に知られていれば混乱もするというもの。

 

 だから刹那は皆の意見を代表するかのように疑問を口にした。

 

 

 「あの……」

 

 「ん? 何だ?」

 

 「貴方は一体……?」

 

 

 そう言えば言ってなかったっけ? と古に首を回らせると、彼女もちょっと考えてから小さく頷いた。

 

 考えてみれば老師だとは言っていたのだが、名前は言っていない。

 向こうは名前すら知らないのに、こっちばかりが知っているのは確かに不公平だろう。

 

 ふむ……と納得した横島は、ぬいぐるみの口を器用に動かし(その仕組みは不明)、自己紹介をしてやった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 性 戯 の 使 者 、

 

   風 雲 ○ ン ・ デ ・ ラ イ オ ○ 丸 ! ! 」

 

 

 「「「いや、そーじゃなくて!!」」」

 

 「ってか、字が違う気がするアル!!」

 

 

 そのおバカなセリフに、皆は見事同時にツッコミを入れたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 兎も角、着替えを済ませた木乃香と刹那は横島の予定通り、一般生徒らをここに残し、裏口からコッソリとシネマ村を後にするのだった。

 

 

 

 「古ちゃん……はよ戻って来てくれよな? 頼むぜ?」

 

 

 

 着替えが無い為、行くに行けない横島を残して……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、そのお陰だった。

 

 

 

 「しかし……

  あんな事しでかしちまうなんて……やっぱオレって…………」

 

 

 

 その呟きの最後が誰の耳にも届かずにいたのは——

 

 

 

 




 横っちの初シリアス暴走。
 後に鬱横島と名付けられました。

 ネタばらしまではまだ遠い……(涙)


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