-Ruin-   作:Croissant

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中編

 

 

 強さを推し量る眼を持ち合わせるのは、武人としては当たり前の事である。

 

 いやそれ以前に剣士である以上、その程度の事ができねば話にもならない。

 

 とは言うものの、一定以上の技量を持つ者であれば、その身から放たれる気配が尋常ではない為、素人だって只者ではないと察知できるだろう。

 

 

 しかし……例外もあった。

 

 

 『キサマ……ッ!!』

 

 

 まるで紙屑のように仲間達を打ち捨ててゆく“それ”に対して怒りを制御できなかったのか、烏に似た仮面をつけている式が得物を振り上げて襲いかかってゆく。

 

 背には翼があり、どう考えても邪魔になりそうなものであるが、それを気にした風もなく水面を蹴るように間合いを詰める式。

 その太刀筋の確かさも鋭さも剣士を名乗るだけの事はあった。

 

 

 振り下ろしと掬い上げの二連撃。

 

 一撃目を防げても二撃目は止めきれない。その自信が乗った斬撃だった。

 

 風を切る音すら感じさせない鋭き刃。

 

 “それ”は反応する事すらままならず二つに分かれる——筈だった。

 

 

 ゴッッ!

 

 

 岩塊がぶち当たるような重い音。

 少なくとも、生物を斬った音ではない。

 

 当然、刃を向けた式だってそれは理解できている。

 

 

 しかし、信じたくはなかった。

 

 

 『な……馬鹿な……』

 

 

 そう呟くのが限界。

 

 斜めに切断された身が、斬られたと理解してから宙を舞う。

 

 衝撃が後から襲いかかって来たからだ。

 

 

 その行為を行った者……式を斬った者は斬り飛ばした相手に気を向けた風もなく、淡々とそれでいて足早にその場を去ってゆく。

 

 

 見た目は青年。

 単なる青年。

 

 どこにでもいる若い男だ。

 

 彼のその体捌きを見ても、素人の域を出ていない事は容易に窺い知れる。

 

 

 が、近寄れない。

 

 触れる事もかなわない。

 

 その行く手を阻むモノは塵芥が如く霧散してしまいかねない。

 

 

 それほど焦っているのだろう。

 それほど急いでいるのだろう。

 

 後に式達の骸で道を穿ちつつ。

 

 後に少女を残している事に気付く事もなく——

 

 

 

 

 

 「く……やはり似ているか……」

 

 

 そんな彼の後姿を、詠春は自分の親友の影と重ね合わせていた。

 

 

 一人の少女の為に戦の直中に飛び込んで行く馬鹿。

 

 何時の間にか全てを背負い込み、それでもまっすぐ進み続ける馬鹿。

 

 生きているのか死んでいるのかも不明であるが、おそらくは生きているだろうあの馬鹿(、、、、)と——

 

 

 無論、前を進む彼の力は全く友に届いていない。

 

 何せ彼からは魔力をほとんど感じられないのだ。

 将来的に見ても届くとは思えない。

 

 それほどあの馬鹿は凄まじく大きな力を持っていたのだ。

 

 

 だが、キれた時の爆発力は勝るとも劣らない。

 

 というより、全くもって同じと言って良いだろう。

 

 

 氣を使っているようで全く異質。

 

 魔力で英雄に及ばずとも、魔法に似た性質の未知の能力で立ち塞がる全てを屠って突き進んで行く。

 

 

 『おまけに一番性質の悪かった時と同じですか……』

 

 

 その時の苦労を思い出し、堪ったもんじゃないと冷や汗まで出てしまう。

 

 

 

 「横島殿!

  く……っ 拙者らの声が届いておらぬっ!!」

 

 「おまけに追いつけないときてる。

  足運びが速い訳じゃないのに、全然距離が縮まらない」

 

 

 何て厄介な……と、珍しく真名は舌を打った。

 

 

 以前から懸念していたように、あの青年は……横島は女子供に甘過ぎる。

 

 甘過ぎる故に暴走し、愚直にもただ一直線に突き進んでいるのだ。

 

 確かに総合戦闘能力という点では劣ってしまっただろう。

 脇目も振らないという点では注意力が無くなっていると言っても過言ではないのだから。

 

 真名ですら目を瞠った回避術や、相手の裏を掻く戦い方は影を潜め、ただひたすら突き進む事だけに意識を傾けている。

 

 

 しかし、“敵を倒す”という点だけは異常特化していた。

 

 

 敵に対して広げられる右の掌。

 

 そこに収束するは全身を覆っていた“氣”。

 

 全身の氣を一点集中し、それを盾として前に出現させたのだ。

 

 無論、そんな事をすれば防御能力は皆無に等しくなる。はっきり言って通常人以下。かすり傷程度の攻撃でも大怪我になりかねない。

 

 

 ——が、瞬きをする間もなく全身が氣に覆い尽くされる。

 

 

 “練られた”ものではない。

 

 そんな間も無かったのだから。

 

 

 かといって弱いわけではない。

 

 圧力が違い過ぎるのだから。

 

 

 真名は知らない事であるが、横島のこの基本霊能力であるサイキックソーサーは、最初の頃こそ全身の霊力を一点集中して生み出していた技であるが、“栄光の手”ができるようになったあたりからごく無造作に盾用の霊気を生み出せるようになっている。

 

 しかし、今のソーサーは以前のように一点集中。つまり、今現在の高い霊力を更に収束して生み出した盾なのだ。

 

 

 そして横島はそれを超高速で回転させていた。

 

 

 何せ物が霊力の盾。物質ではない。

 だから空気の抵抗も何もなく、幾らでも回転力を上げる事ができる。

 空気を斬る音を出す事もなく、摩擦熱も発生せず、ただひたすら回転力だけが上がり続けていた。

 

 

 『くぉおおっっ!!!』

 

 

 迸る怒気。

 

 吐き出す呼気にも気合が乗った素晴らしい一撃が横島に襲いかかる。

 

 だが彼は気を向ける事もなく、その式に対して無造作にそのソーサーを向けた。

 

 

 襲いかかったのは烏族の剣士。

 仲間の仇にせめて一矢報いようと最高の一振りを放ったのだ。

 

 

 しかしこの剣士、相手が悪かった。

 

 

 このソーサー、かなり手加減されたものとはいえ かの斉天大聖の一撃に耐えられたという実績を誇っている。

 かなり未熟な時代の“それ”でもだ。

 

 そんな次元や格の違い過ぎる盾を、十把一絡げの式が貫ける訳がない。

 

 尚且つとてつもない超高速で回転中だ。

 

 そんなものに触れたとすると——

 

 

 ギュンッ!!!

 

 言葉を発する間も無く、式はその回転に持って行かれ捩じられて(、、、、、)消えた。

 

 受け止める事に特化した盾に“受け”て“止められた”為、身体ごと巻き込まれてしまったのだ。

 

 その怪異には流石に他の式達も何が起こったか分からず二の足が出なかった。

 

 「な、何なの? あれ(、、)……

  鬼たちが……怯えてる?」

 

 「わ、解りません。

  多分、古の師に当たる方だと思うのですが……」

 

 

 それは少女らも同様である。

 

 

 突然現れ、散々苦労している式達を全く歯牙にもかけず、ラッセル車宜しく人垣ならぬ式垣をかきわけ、あるいは叩き斬って突き進んで行く——

 

 それに驚くな、怯えるなと言う方がどうかしている。

 

 今までの戦いで温まった体が冷えてゆくのを感じてしまう程に……

 

 

 

 「かえで! 老師を追うアル!!」

 

 「え?」

 

 

 しかし、この二人は動く。

 

 動かざるを得ない。

 

 

 「そうだ行け!!

  私達ではあの速度に追い付けない。

  だが、お前なら……」

 

 

 この三人の中で、一番機動力が飛びぬけているのだから。

 

 

 「し、しかし、このままここを放っては……」

 

 

 折角の古、そして真名の申し出であったがさすがにそれをすんなりと受け入れる訳にはいかない。

 

 何せここには疲労困憊の明日菜、そして刹那がおり、尚且つ雑魚とはいえまだまだ式達も山ほどいるのだから。

 

 

 無論、楓とて彼について行きたい。

 

 そしてどうにかして止めてやりたい。

 

 

 確かに木乃香を助けられはするだろう。

 

 贔屓目も混ざってはいるが、それだけは何となく理解できている。

 

 彼の全力は未だ不明であるが、襲いかかる敵をものともせず、一直線に突き進み、前に立つ式を打ち払っている様からまだまだ自分の認識が甘かったと思い知らされてしまう。

 

 

 しかし、おそらく手段は選ばないだろう。

 

 あまり考えたくはないが、木乃香を救う為に如何なる惨劇をも起こしかねないのだ。

 

 

 助けるという想いを、木乃香を攫った相手に対する怒りが凌駕しているのだから。

 

 

 そして後で傷付くのは彼なのだ。

 

 とても優しい彼は、後で自分の行った事に後悔し、心に傷を負って痛めるだろう。

 

 

 その事は楓も、そして古も解っていた。

 

 だから止めてやりたいと思ってもいる。

 

 しかし、だからといってここを、皆を放っておく事も……

 

 

 

 

 「お行きなさい」

 

 「え?

  あ……木乃香の父上殿」

 

 

 そしてその背を詠春が押す。

 

 

 石化を無理やり解いたまだ本調子にはならず、手足の痺れもかなり残ってはいるが戦えない訳ではない。

 

 “この程度”で戦えない等といった戯言は浮かびもしない。

 

 速度そのものが出せないので横島に追い付けないだけだ。

 

 

 だったらどうするか?

 

 

 「ここは私が……私たちが足止めに徹しましょう。

  無論、アスナ——いえ、“明日菜”君も守ります」

 

 

 以前の自分の役。

 

 暴走しまくる単細胞な盟友を抑えていた役を——

 

 

 「貴女は貴方のやるべき事……

  やりたい事、やらなくてはならない事をなさい」

 

 

 あの馬鹿によく似た彼の側にいる者に。

 

 次の世代であるこの少女に——託す。

 

 

 「……拙者は……」

 

 

 一度目を見張った楓であったが、自分をまっすぐ見つめ続けていた古がコクリと頷くのを目にすると、

 

 

 

 「……了解でござる。

  ここは任せたでござるよ」

 

 

 その眼に光を浮かべ、詠春に頷いて見せた。

 

 

 「ここは貸しにしとくアル。

  早く!!」

 

 「自分の男ぐらいちゃんと躾とけ。

  後でちゃんと謝礼をいただくからな」

 

 

 この場を三人……いや。

 

 

 「な…っ 長っ!!??

  石化の魔法をどうやって!?」

 

 「え゛っ!? オジさまも石にされてたの!!??」

 

 

 ——“五人”に任せ、

 

 

 「刹那君、話は後です。

  さぁ、早く!!」

 

 「……承知!!」

 

 

 そして楓は地を蹴った。

 

 

 全幅の信頼を置ける二人……真名と古に背中を任せ、横島が開けた封印の場へと続く道に向かって。

 

 

 彼を止め、そしてできれば“二人とも”救う為に——

 

 

 

 

 「ええ〜と……何が何だかわかんないんだけど〜……」

 

 「わ、私もですが……」

 

 

 あまりの展開に呆然としている明日菜らであったが、

 

 

 「ほら、刹那君。

  ボ〜っとしてないで」

 

 

 同じように佇んでいた式神の剣士の腕をとり、そのままねじって引き倒しつつ得物を奪う詠春の言葉にハッとして我に返った。

 

 腕を極められただけでなく、筋を延ばされ更に折られ、少女らの目に止まらぬうちに手刀を急所につき入れられていたその剣士はあっけなく還されてしまう。

 

 

 その素晴らしい手並みに目を奪われる事もなく、古はこの場を去った友の背を、

 

 

 

 

 

 

 

 

              横島が消えた方向に意識を向け続けていた——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十一時間目:月ノ輝クヨルニ (中)

 

 

 

 

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 時たま攻撃をかけてくるモノが出てくるが、霊気の盾を翳せば衝撃すら伝わらない。

 

 時たま進行を阻むモノが出てくるが、霊波刀の一振りで無くなるから問題ではない。

 

 

 怒気によって心が煮える。

 

 自分の不甲斐無さに対する憤りで感情が凍る。

 

 

 煮え滾る氷。

 凍てつく火炎。

 

 矛盾する精神を内包したまま、彼は森の中をすさまじい速度で歩み続けていた。

 

 

 奪われた少女を奪回する。そのはずだ。

 

 巫女という贄にされかかっている少女を救う——

 それが絶対不変の不文律だったはずだ。

 

 

 しかし、今の彼からはそれが抜けていた。

 

 

 だからこそ、苦戦していた刹那らに気付けず、

 

 素人なのに戦い続けていた明日菜に気付けず、

 

 自分を呼び続けている少女の声に気が付かない。気付けない。

 

 

 その迂闊さ、思慮の無さ、普段以上の短絡。

 

 情緒の不安定さも尋常ではない。

 

 

 知人——

 そして女の子が攫われた事が、

 

 女の子が何かしらの思惑の犠牲になろうとしている事が、こんなにも彼の心を掻き狂わせていた。

 

 

 その意味を知る者はいない。

 

 彼自身にも解らない。

 

 彼の中にいる彼自身のあるはずもない体験が突き動かしているなどと解る筈もない。

 

 

 しかしその体験は——

 その過去は実際に遭った事なのだ。実際に起こった事なのだ。

 

 

 だからこそその感情に同調してしまい、少女……木乃香を救い出すことより、彼女を攫った者達を滅する事に意識が集中しているのだ。

 

 

 全てを、

 全ての絆を失わされた記憶を……

 

 存在しない実在する記憶を持ってしまっている所為で——

 

 

 

 

 

 

 『横島殿——』

 

 

 彼の無事を、

 彼の心の無事を願いつつ楓は闇を駆けていた。

 

 空に月は浮かんではいるが、大きく齧り取られているかのような三日月。然程の明かりも望めない。

 

 とは言え、山の中なので他の明かりもない事もあってか結構明るく感じられているし、仮にも忍びである楓の眼には十分の明かりだった。

 

 

 現に、大木の根方にいた夕映を見つけ出せていたのだから。

 

 

 今現在、その夕映は楓の腕の中。

 

 式の追手がかからないとも限らぬ為、ここに放って置く事も下がらせる事もできず、そのまま抱き上げて連れて行っているのだ。

 

 

 安全な場所に連れて行く手もある。

 というより、それがベストであると言えよう。

 

 しかし、それができなかった。

 

 その暇が、

 一分一秒が惜しかった。

 

 

 級友を、

 知人を大切にしている楓らしからぬ行動であり、彼女自身も戸惑っていない事もない。

 

 だが、それでも、楓は駆けていた。

 

 何かを恐れるように、ただひたすら彼の背中を追って。

 

 

 その楓の腕の中、

 

 何時になく焦りを見せている楓の行動に疑問が湧かないでもないが、それを問う事を思いつかないほどの焦りを楓から感じられ、夕映はだまって抱かれるに任せていた。

 

 何が起こったのか、

 そして何が起こっているのか是が非でも聞きたい。

 

 学者である祖父の影響からか、疑念を晴らさずにはいられない性分なのだ。

 

 ……のであるが、流石の夕映もその行動に及ぶ事はできなかった。

 

 

 『……今は聞かない方が良いみたいです……

  また何時か……いえ、“後で”聞いた方が良いでしょう』

 

 

 楓のそんな余裕がないという事は聞かずとも理解できる。

 

 何と言うか……こんなに必死な彼女を見るのは初めてなのだ。

 

 だから夕映は、“後”という時が来る事を信じ、自分を納得させて前を見据えた。

 

 

 人工のものではなく、また月明かりの反射でもない淡い輝きが前方で起こり始めたからだ。

 

 

 自然、楓の服をつかんでいる手に力が籠る。

 

 それが恐怖によるものか、木乃香を心配しての事かは不明であるが——

 

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 

 『兄貴!!

  感じるかこの魔力!!

  奴ら何かおっ始めやがったぜ!! 急げ!!』

 

 

 湖を遮るように広がっている森の上空を、杖にまたがった少年魔法使いネギが飛行していた。

 

 勝率なんか考えず、ただひたすら木乃香を無事を願って杖に魔力を込めて。

 

 

 そんな彼らの前方で、唐突に光の柱が立ちあがった。

 

 まだまだ淡く、強さも圧力もほとんどないが、それでも高まってくる魔力の感触はただ事ではない。

 

 だからネギの肩でカモも焦りを見せていた。

 

 

 「わかってる。

  加速!!」

 

 

 空気が撓る——

 

 ネギから伝わってくる魔力を糧に、杖は今現在出す事ができる最大速度を出して見せた。

 

 飛行魔法の使用中は周囲にフィールドが張られて術者を守る。

 そのフィールドが無ければカモなど即座にひき肉になっていたかもしれない。

 

 それほどの加速度だった。

 

 

 

 『見えた!! あそこだ!!!』

 

 

 空中に遮るものはない。

 

 だから思っていた以上に移動力を上げられ、ついにネギ達は肉眼でそこを目にする事ができた。

 

 

 

 巨大な湖。

 

 中央にはしめ縄が巻かれた大きな岩。

 

 その前には祭壇のようなものがあり、そして——

 

 

 『むぅっ!?

  こ、この強力な魔力は……!?

  儀式召喚魔法だ!!

  何か でけぇモンを呼び出す気だぜ!!!』

 

 

 普通、召喚は契約が終わっている対象を呼び出す事が多いので、よほどのモノでない限りそんなに時間が掛かったりしない。

 

 だがネギ達が想像している巨大な魔力のタンクと、具現化を続けている気配の大きさ、そして呪式の大きさからとんでもないものを呼び出そうとしている事が理解できてしまう。

 

 しかし、それより何よりネギの目に見えているものがあった。

 

 

 その召喚の儀式に使われているのだろう祭殿。

 

 そこに横たわらせられているのは……

 

 

 「このかさん!!」

 

 

 召喚の、そして呼び出そうとしている“何か”の制御用の核にされようとしている少女。

 

 現在、日本最高クラスの魔力量を誇る近衛 木乃香、その人である。

 

 

 ——いける!! まだ間に合う!!

 

 

 彼女のすぐそばに人影があり、その中にあの少年が居るであろうがネギには見えていない。

 

 ネギの目には、視線の先で喘いでいる木乃香だけしか入っていない。

 

 

 ——このかさんを……助けるんだ!! 

 

 

 その高めた意志を杖に込め、更に加速してその場を目指す。

 

 

 もう魔力は尽きかけようとしているのに、

 昼間の一件で大量消費し、まだ回復し切れていないというのにネギの魔力はさらに溢れてくる。

 

 大切な友達である木乃香、そして言うのはおこがましいが刹那や明日菜も守りたいと願っているのだから。

 

 もう二度と“あの日”のように失いたくないのだから。

 

 

 だからネギは枯れかけている筈の魔力を無理矢理引きずり出して突き進む事が出来るのだ。

 

 

 ドンッ!! ドドンッ!!

 

 

 「!?」

 

 

 そんなネギの背後。

 

 後方の森の中に魔力を感じ、彼は慌てて顔を後ろに向けた。

 

 迫り来るは四匹の獣。

 

 ネギ達、西洋魔法使いが召喚する精霊に近い、実態を持たない黒い魔の獣。

 

 

 ——狗神!?

 

 

 ネギが昼間戦った少年……コタローが攻撃に使っていた狗神が放たれたのである。

 

 

 「DEFLEXIO……っ!!」

 

 

 慌てて魔法の盾を唱えようとするが一瞬遅い。

 

 

 ドガッッ!!

 

 「!!!」

 

 

 幸い、ネギ本人の魔法抵抗力が存外に高い為、直撃しても然程のダメージはなかった。

 

 それでも杖を弾き飛ばされ、小さな体は宙を舞う。

 

 

 「わあぁっ!?」

 

 

 流石に空高くからの自由落下には悲鳴をあげてしまうが、それでも多少なりとも戦闘経験のある少年だ。

 

 直ぐに冷静さを取り戻し、

 

 

 「く……っ

  杖よ……

  風よ!!」

 

 

 杖を呼び、風を呼んで墜落を逃れる。

 

 ギリギリではあるが体勢を整え、ちゃんと足から地面に着地。その衝撃もほとんどない。

 

 体術的に言えばまだまだ稚拙であるが、それでも彼の年齢から言えばとんでもない反射神経だった。

 

 

 「よぉ、ネギ」

 

 

 そんな彼の能力に喜びを再燃させたのか、茂みの中から影が一つ姿を現す。

 

 

 予想はできていた。

 

 狗神を見た瞬間に解ってはいた。

 

 

 だが、何もこんなタイミングで……

 

 

 「へへっ 嬉しいぜ。

  まさか……こんなに早く再戦の機会がめぐってくるたぁな……」

 

 

 ネギと同じくらいの身長の黒髪の少年。

 

 その眼差しからも戦いへの期待が湧いている事がうかがい知れる。

 

 

 「コ……コタロー……君!!?」

 

 

 目の前にいるのに。

 

 助けたい相手が見えているというのに。

 

 ネギの目の前には、昼間戦ったあの少年。

 

 小太郎が立ち塞がっていた。

 

 

 『こ、こいつは……マズイ!!!』

 

 

 ここまで来てこの状況。

 カモは、ただ慌てる事しかできないでいた。

 

 

 

 

 

 

 ずん……と腹の底に響くような衝撃が伝わってくる。

 

 

 「どうしたぁっ!!

  本気で来いや、ネギ!!」

 

 

 背後の魔力の高まりを感じている所為か、ややテンションが上がり気味で、自然と笑みが浮かんでくる。

 

 

 「ど、どいてよコタロー君!! 僕、いま君と戦ってる暇なんてないんだ!!」

 

 

 小太郎の拳を魔法の障壁で防ぐが衝撃を消しきれない。

 

 彼を弾き飛ばす事だけは成功したものの、壁として立ちはだかったまま。

 

 

 「いやや。

  つれない事言うなや。ネギ」

 

 

 ニヤリと不敵に笑う小太郎であるが、その攻撃した彼も防いだネギも息が荒い。

 

 双方とも疲労が……氣や魔力が完全に回復していない状態での戦いなのだから無理もない。

 

 ただ、足止め役であるい小太郎の方に若干の余裕がある。

 

 

 しかし、その小太郎の言い様に腹を立てたかネギの魔力も増した。

 

 

 『兄貴。これ以上自分への契約執行は使うんじゃねえ。

  ただでさえ姐さんに魔力を供給し続けてるんだ。すぐに底をついちまうぜ』

 

 

 カモもその事に気付いてはいる。

 

 気付いてはいるのだが、伝えたところでどうしようもない。

 

 

 自分に対して契約執行を行って、魔力で肉体能力を上げる……そんな肉体強化法は武闘派の魔法使いなら誰だってやっている事だ。

 しかし、自力でそれに気付き、尚且つ初めてそれを行ったばかりなので無駄が多くて負担も大きい。

 

 カモの言葉にいくらか冷静さを取り戻したか、自分に回す力をセーブするネギ。

 

 それでも供給を完全には切れない。

 

 完全に切ればそれは大きな隙となり、小太郎の攻撃を容易に受けてしまうだろう。

 

 

 『あの光の柱を見ろ! 儀式はあと数分で終わっちまうぜ!?

  急がねぇと……』

 

 「わかってる。カモ君……」

 

 

 解ってる。

 そう、解ってはいるのだがかかる現状が許してくれない。

 

 しかしそれでも純粋なネギには理解し難いところもある。

 

 

 「コタロー君!!

  なんであのお猿のお姉さんの味方をするの!?

  あの人は僕の友達を攫ってひどいことをしようとしてるんだよ!?」

 

 

 そしてそれに与する事が、

 

 そんなひどい事をする人間に味方をするという事が幼い彼にはまだ解らないのである。

 

 

 「ふんっ!

  千草の姉ちゃんが何やろうと知らへんわ。

  俺はただイケ好かん西洋魔術師達と戦いたくて手を貸しただけや。

 

  けど……その甲斐あったわ!!」

 

 

 そう嘯く小太郎は、本当に嬉しげな笑みを浮かべネギを指差す。

 

 いや、嬉さも楽しさも混ざった歓喜のそれとも言えよう。

 

 

 「お前に会えたんやからなネギ!!

  嬉しいで!! 同じ年で俺と対等に渡り合えたんはお前が初めてや。

  さぁ……戦おうや!!」

 

 

 小太郎にしてみれば、自分の渇きを潤してくれる相手と初めて出会えた事が嬉しくてたまらないのだろう。

 

 何せ実際の戦いを知っている筈の自分とほぼ同じレベルで戦ってくれる相手。

 尚且つ年齢もほぼ同じなのだ。

 

 小太郎は狗族のハーフであるが故に親を知らない。

 

 だから無自覚ながら孤独を嫌がっている節があった。

 

 ネギというこの魔法使いは、そんな彼が初めて出会えた“ライバル”という位置の存在と言えるのだ。

 

 

 無論、今のネギからしてみれば傍迷惑以外の何物でもない。

 

 

 「戦いなんてそんな……意味ないよ!!

  試合だったらこれが終わったらいくらでも……」

 

 

 木乃香の危機。友達の危機なのだから付き合っている暇はないのだ。

 

 

 「ざけんなぁ!!」

 

 

 しかしテンションが上がっている所為か小太郎は納得しない。してくれない。

 

 

 「俺にはわかるで。

  コトが終わったらお前は本気で戦うような奴やない。

  俺は本気のお前と戦いたいんや。

 

  今ここで!!

 

  この場所で!!」

 

 

 彼とてそういった事が好きではないのであるが、初めて出会えた好敵手という存在に感情が先走っているのだろう。

 

 だから血が滾る。

 滾り続けている。

 

 戦いを期待してか、ずくんずくんと心音に合わせてその身が疼き、その手も細かく震えている。

 

 

 ——それだけ“同等”という相手に飢えていたのかもしれない。

 

 

 「ここを通るには俺を倒すしかない!

  俺は譲らへんで!!」

 

 

 逃がす気を全く感じないその気迫にネギも思わず身構える。

 

 

 『挑発に乗るな兄貴!!

  何とかして出し抜く手を考えるんだ!!』

 

 

 双方に余裕がない事をカモも理解しているから、ネギの肩で必死になって止めようとするが耳に入っているのか疑わしい。

 

 それにこんな事している場合ではないというのに、子供らしい勝気な部分が首を擡げかかっているのも感じられる。

 

 カモが焦って襟を噛んで引っ張ったりしているのだが、無自覚だろう……ネギは、動こうとしない。

 

 

 そしてそんなネギに、

 

 

 「全力で俺を倒せば間に合うかもしれんで!?

  来いや ネギ!!

 

  男やろ!!!」

 

 

 小太郎は止めを刺した。

 

 

 ぐ…とネギの体を一瞬緊張が走り、ゆっくりと前に進みだす。

 

 

 その足取りを見、小太郎はニっと唇の端を歪めて僅かに腰を落として身構えた。

 

 

 『えっ!? ち、ちょ、兄貴!?』

 

 

 そう慌てふためくカモの首筋をネギは猫のように摘み、ひょいと地面におろして歩み続ける。

 

 

 『ぅおいっ!! 兄貴!!』

 

 「大丈夫だよカモ君……1分で終わらせる」

 

 

 自信がある——とでも言いたいかの様な静かさでネギが口を開いた。無論、カモに一瞥も送っていない。

 

 したしそれは、むきになっているなっていると言った方が正しいだろう。

 

 

 『ぐぁ……ぁ

  マ…マズいぜ。

  兄貴の頑固と子供っぽさが悪い方向に出ちまった……!

 

  ここで戦ったらどう転んでもこのか姉さんは……』

 

 

 というより、ネギの頭に勝算など無い。

 

 キレているのだから、単に思いっきり戦うだけなのだ。

 

 

 あの銀髪の少年らから木乃香を救出する為には少しでも惜しい魔力を使って自分に対して契約を執行。

 拳にも魔力を込めて大地を蹴った。

 

 

 「いくぞ!!」

 

 「来い!!」

 

 

 カモは混乱の極致。

 

 何よりも進まねばならない状況で、

 

 何よりも木乃香を救わねばならないという状況で、

 

 

 「わぁあああっ!!」

 

 「おぉ!!」

 

 

 当のネギが、木乃香の父親と二人の少女から託された任を忘れ戦おうとしている。

 

 

 止める事もできず、そしてまともには通してもくれない状況なのだから仕方がないとも言えるだろう。

 

 

 が——

 

 

 

 

 

 

 ぞん……ッ!!

 

 

 

 

 

 

 

 「え…っ?」

 

 「何っ!?」

 

 

 二人の間に、突如として赤い壁が出現した。

 

 

 ——いや。

 

 

 小太郎にはとてつもなく集束された氣の塊としか思えない……強いて言えば盾のようなものが突き刺さり、

 

 

 

 バギンッ!!

 

 

 「 わ ぁ … っ ! ! 」

 

 「 が ぁ あ あ あ っ ! ! 」

 

 

 何の前触れもなく爆発した。

 

 

 指向性があるのか知らないが、ネギは衝撃だけで大したダメージは受けていないが、小太郎の方は思いっきり弾き飛ばされ桜の木に叩き付けられている。

 

 それでも氣で防御していたのか意識を失ってもいないし、戦えない訳でもない。

 

 やや目を回しかけてはいるが、慌てて身を起し周囲を見回す余裕すらある。

 

 

 「氣の爆発攻撃…やと!?

  せ、せやけど何の気配も……何者や!?」

 

 

 しかし問うまでもない。

 探す必要もない。

 

 

 何故なら——

 

 

 

 

 

 「ここで……何をしている?」

 

 

 

 

 

 その暴力的なまでに圧倒的な気配の主が……“そこ”にいたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 『瓢箪から駒言うんはこの事やなぁ……』

 

 「こちらから言えば『泣きっ面に蜂』だけどね」

 

 

 わずか数分。

 

 いや、実際の時間で言えばもっと短い間だろう。

 

 能力は兎も角、数だけはいた式兵たちであったが、刹那らを押し止められたのは彼が来る直前までの話。

 

 彼が一度剣を手にした瞬間から状況は一変。鬼より怖い剣鬼となって式達を完全に圧倒していた。

 

 五体十体がまとめて襲いかかっても、いや下手をするとその全部が襲いかかったとしても一薙ぎで全て刈り取られかねない。それほどの剣人なのである。

 

 この——近衛 詠春という男は。

 

 

 『しゃっあっ!!』

 

 『かぁっ!!』

 

 

 腹の奥から噴き出すような息吹。

 軸足を大地に突き刺して踏み込むような重い一撃を放ってみても、

 

 

 「シ……っ!!」

 

 

 やや腰を落とした自然体の構えから、相手にしている二体の間合いに踏み込んで風を切る音もなく横に薙ぐ。

 

 ぴんっと式の体に線が走ったのが見えたと思った次の瞬間にはボンっと破裂音がして還されてしまうのだ。

 

 いくら手だれの烏族の剣士が使っていようが、詠春からしてみれば鈍ら剣。

 その剣を奪い取って戦っている詠春であるが……剣の格の低さを技術でもって完全に補っていた。

 

 

 『ひゃあ……やるのぉ……』

 

 

 式の親玉であろうか、ひときわ大きい奴が顎を撫でながら嬉しげにそう言う。

 

 何せ与えられた任務は女子供の足止め。

 

 女の子一人の力で鬼神を復活させるから、邪魔が入らないようにしろとの事。

 

 戦いというよりは遊びに近いと思ってしまったほどの仕事だった。

 

 娑婆に出られる事は良いのだが、なんだか数に任せた弱い者虐めのようで今一つ乗りに気はなれない。

 

 おまけに共闘しろと言われた西洋の式(?)に至っては愛想が無いときている。

 

 これで何をどう楽しめというのだろう。

 

 

 が、蓋を開けてみればどうだろう。

 

 

 一番“ちみっこ”だった子供は西洋魔法の使い手で、風の魔法を使われて姐御(千草)の後を追われ、

 残った女の子らにしてもけっこうヤる。

 

 更に、何だか訳の解らない奴が通り過ぎた後には、神鳴流にその人ありと言われた詠春が乱入して来てくれたではないか。

 

 思いっきり戦えないと内心溜息を吐いていた式らであったが、まさかこんな超大物とやりあえるチャンスが巡ってくるとは思ってもいなかったので、その天の贈り物に感謝していたりする。

 

 

 『あんさんと闘り合えるや思てなかったで……

  ほんまやったらタイマンしたいトコやけど、こっちも仕事やさかい堪忍な?』

 

 「律儀なのは結構ですが……少々痛い事になりますよ?」

 

 『ははっ……何を今更。

  闘いで痛がっとって式神なんぞやってられへんわ』

 

 「確かに……」

 

 

 相手は西の長。

 

 闘う相手として申し分ない。

 

 はっきり言って勝てる気は全くしないのであるが、時間稼ぎが仕事なので気にならない。

 

 じり貧決定であるが、強者と闘えるのだから……

 

 

 一斉に掛かれば間違いなく薙ぎ払われる。

 

 舐めてはいけない。何だかんだで疲労困憊のようであるが、それでもその程度の技量は持ち合わせている。

 

 だからこその数体での波状攻撃を行い続けているのだから。

 

 

 それにこの闘い方の方が——

 

 

 『長ぉ楽しめるっちゅーもんや』

 

 

 ——という事だ。

 

 

 

 

 『ふ…っ!!』

 

 

 キリリリ……と、トンファーに似た得物を旋回させ、狐の面をかぶった女性型の式が少女に襲いかかる。

 

 形こそトンファーに似ているが、それは忍の暗器に酷似しており縁が刃となっていた。

 

 鉈を振り回しているに近く、当たれば無論ただでは済まないだろう。

 

 

 「 吼 ぉ …… っ ! ! 」

 

 

 だが、その少女も只者ではない。

 

 まっすぐ突いてくる剣先を内側に弾きつつ左肩から体当たりするように踏み込み、相手の伸びた腕を取りつつ鉄扇トンファーを相手の腹に入れる。

 

 

 『ぐ……っ!?』

 

 

 その動き、何とわずか一拍。

 

 攻防を一拍子に行われたのでその式も対応し切れなかった。

 

 しかし——

 

 

 「浅いカっ?!」

 

 『そうみたいや……ねっっ!!』

 

 

 斜め下から閃光のような膝を察知し、少女は身を沈めてそれをかわす。

 そして回避しつつも残った軸足に足払いをかけたのであるが、相手の狐面もそれを読んでいたのだろうあっさりと回避している。

 

 お互いが一瞬で距離をとるが、地に足が付いた瞬間、既に双方が踏み込みを掛けており、鉈のようなトンファーと鉄扇トンファーとが鈍い音を響かせていた。

 

 

 「……やるアルね」

 

 『嬢ちゃんもな』

 

 

 面の下、僅かに覗いている口元がニっと歪む。

 

 何時もなら自分もやっているであろう、低いレベルの挑発でなのあるが、どういう訳かこの少女……古は不快さが増している事に気がついた。

 

 

 はっきり言ってこの程度の挑発に乗ってしまう等、話にもならない。

 

 

 それは古自身も解っている筈だ。

 

 しかし、古は無自覚の内に機嫌を悪くしている。

 

 それらが技のキレを欠けさせている事に気付いていない。

 

 無論、それでも明日菜よりはずっと強いのであるが、真名と……刹那は内心、舌を打っていた。

 

 

 『何だ? 古の動きが妙に硬い……

  さっきのあの人の事に気を取られているのか?』

 

 

 刹那は横島とまともに対面した事がないので、先ほどの彼が何者なのであるのかよく解っていない。

 

 古が老師と叫んでいたので恐らくは昼間助けてくれたあのかぶり物剣士とは思うのであるが……

 

 

 『しかし、気配が全く違っていた……』

 

 

 ——のだ。

 

 

 だから今一つ刹那は状況がよく解らないでいた。

 

 尤も、その所為で剣の動きが鈍っている訳ではなく、自分に掛かってくる式達を神鳴流の奥義で一薙ぎにしている。

 

 

 訳は解らずとも、長である詠春は助かり、古と真名と共に助っ人として戦ってくれているのだ。

 古と違って余裕が生まれているのも当然である。

 

 

 

 

 『まったく……自分の女くらいフォローしていけ』

 

 

 そして真名は口の中で愚痴っていた。

 

 とは言っても別に暇がある訳でもなく、ニーリング……所謂、膝射で銃を撃ち続けている。

 

 あまり知られていないのであるが真名は裏でも名の知られた人間で、一応はスナイパーとして知られてはいるのだが、距離を離そうが接近を許そうが苦手なレンジがない程の腕前を誇っている。

 

 だから距離が離れている間はライフルで狙撃し、接敵されれば——

 

 

 『ぬぅうう……小娘ぇっ!!』

 

 

 頭部にイイのをもらってしまった烏族の剣士が得物を振り下ろす。

 

 手加減という命を忘れたのか、当たれば完全に致命傷となる重い一撃であるのだが、見た目より痛むのだろう左手で顔を抑えながらの隙が多い一撃。

 

 

 だが、生憎と真名はそんな隙だらけの攻撃で倒す事ができる相手ではない。

 

 

 別段、焦った風もなく真名はライフルを手放し、一瞬の間にハンドガンを両の手に握り替えている。

 

 その右のグリップで相手の得物の峰を叩き、右の脇をがら空きにしてそこに銃弾を叩きこむ。

 エグい事に、人であれば腸をかすめて心肺を抉る様な角度でだ。

 

 

 『く……おぉおおっっ!?』

 

 

 一瞬、呆気にとられた他の式らもその様を見て我に返り、背を見せている真名に襲いかかる。

 

 しかし先に踏み込んだ筈の式の顎は弾丸によって殴り上げられ意識を刈り取られた挙句、還る前に何時の間にか接敵していた彼女によってその体を盾にされ、左右から迫っていた式の胸がほぼゼロ距離で撃ち抜かれた。

 

 

 『が、がぁああっ!!??』

 

 『うぉおおおっ!!??』

 

 

 人で言うなら肋骨の隙間。

 

 筋肉以外で心肺を守り切れない隙間から、完殺の銃弾を叩きこんで行く。

 

 

 接近戦に挑んでも真名は所謂“ガンカタ”が使えるのだ。

 シャレにならない反射能力で避けられかわされ、得物を弾丸によって“撃ち”壊され、その上で体に弾丸を叩き込まれて還されてしまう。

 

 用意が良い事に、真名は呪式が施された弾丸を使用しているので致命傷となる位置に叩き込まれれば堪ったものではない。

 

 

 一瞬でカートリッジを落とし、予備カートリッジを突っ込む。

 

 入れ終わる前に敵が掛かってくるが、片方の銃で相手をし、弾倉交換中の方はカートリッジを膝で叩き上げ、即座に反対側から迫る式に対応している。

 

 彼女の視線が動くより先に銃口がそちらを向いているのだから、その技量も解るというもの。

 

 無駄ったらしい銃撃の間隙を持っていない彼女の隙らしい隙を見出す事は難しい。

 

 

 だから、という訳でもなかろうが、思考の端の方で小さく愚痴を湧かし続けているのだ。

 

 女を……自分の同級生に二股をかけてフォローをかけていない男に対して——

 

 

 

 できれば、横島本人に全力で否定してほしいと願いつつ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ここで何をしている?」

 

 

 何も答えられない二人に対し、その乱入者——横島は再度そう問いかけた。

 

 

 がくがくと膝が笑う。

 

 カチカチと歯が鳴る。

 

 ばくばくと心音が頭に響いてくる。

 

 

 二人の少年は、その青年から発せられる波動によって身動きが取れなくなってしまっていた。

 

 

 青年の体から噴き出しているものは恐らくは“氣”。

 

 圧倒的な怒気。

 それも凍てつくような冷たい怒気だ。

 

 しかし、その口から吐かれた言葉は黒く焦げ散るような熱気を含んでいる。

 

 

 だからネギは……そして小太郎は、ぴくりとも体を動かす事が出来なくなっているのだ。

 

 

 そしてその射抜くような眼は、じっとネギを見据えている。

 

 

 「木乃香ちゃんの親父さんから聞いた……

 

  お前は木乃香ちゃんを助けに行ったとな……」

 

 

 長から!?

 

 と、カモはその言葉の中に石になっている筈の長の事が出て驚いていた。

 

 尤も、喉から声は出なかったのであるが。

 

 

 「その彼女を助けにいっている筈のお前が、

 

  木乃香ちゃんを助ける筈のお前が……」

 

 

 その視線が小太郎に向く。

 

 我知らず小太郎は、身をすくませて半歩下がってしまった。

 そしてそれを自覚し、驚愕している。

 

 

 

 

 

 「 何 で こ ん な 場 所 で 、 こ ん な 奴 と 遊 ん で い る ? 」

 

 

 

 

 

 『く……っ!!』

 

 

 小太郎はその言葉に反抗したかった。

 言い返してやりたかった。

 

 しかし、それでもその身は動かない。

 

 真っ暗な殺意に絡み取られたままなのだ。

 

 

 そしてネギも答えられなかった。

 

 

 自分が冷静さを欠き過ぎていた事にやっと気が付いたからだ。

 

 カモがずっと自分に言い続けていた事が、今になってネギの心に突き刺さり、じくじくとした痛みを与えている。

 

 

 だから言えない。

 

 何も言い返せない。

 

 子供っぽい反応であるが、その程度の反応しかできなかった。

 

 

 「………」

 

 

 横島はそんなネギに冷めた眼差しを送り、もう一度小太郎に視線を送ってから前を見据えた。

 

 木乃香が捕まっているであろう方向に——

 

 

 彼は、木乃香が泣いているような気がしたのだろう。二人に対して湧いた興味が忽ち萎んでゆく。

 

 

 

 「……解った。オレが行く」

 

 「……え?」

 

 

 そうネギに告げ、横島が足を動かした。

 

 

 「オレが木乃香ちゃんを助けにいく。

  お前はここで遊んでろ」

 

 「そ、そんな……僕は遊んでなんか……」

 

 

 追い縋るように駆けだしたネギであるが、横島の反応は冷たい。

 

 

 いや、拒絶している。

 

 

 それは当然だろう。

 

 横島にとって許す事の出来ない事を彼らはやっていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 「木乃香ちゃんが助けを待っている時に、あいつとやり合うのを優先した。

 

  木乃香ちゃんの事より、あいつとの闘いなんかが大事なんだろ?

 

  だったらそれを優先しろ。オレの知った事か。

  オレはそんなクソくだらない事(、、、、、、、、)より木乃香ちゃんの方が大切だ。

 

 

  あの娘を助ける方が何よりも大事だ」

 

 

 

 

 

 小太郎に挑発なんぞされたとしても、横島には効かない。

 

 精々、捨て台詞をほざいて遁走する程度だ。

 

 女の子が危ないって時に相手をするような馬鹿ではない。

 

 

 プライドなんかない。

 

 そんなものどうだっていい。

 

 

 以前、失ってしまったモノ。

 

 “体験していない記憶”が泣き叫んでいるように、

 

 助けるつもりだったのに、その手段を自ら破壊した時のように、

 

 失ってしまったモノは二度と帰ってこない。

 

 

 恋人にしても、“雇い主”にしても……だ。

 

 

 だから横島にとって男の面子など意味がないし、知った事ではない。そんなものはゴミ屑以下だ。

 

 

 そんなものより何より、女の子の命の方が遥かに大切なのだから。

 

 

 「………っっっ!!!!」

 

 

 今度こそ、ネギは胸を抉られた。

 

 

 そうなのだ。

 それはネギ自身が言っていた事。

 

 木乃香は大事な友達だから守ると言ったはずだった。

 

 だが自分は小太郎の言葉に乗り、彼と決着をつける1分という時間を選んでしまった。

 

 その1分1秒が大切だった筈なのに……

 

 

 

 

 

 「待ってください!」

 

 「何だ?」

 

 

 気が付けばネギは横島のシャツを掴んでいた。

 

 それでも横島は歩くのを止めてはいない。

 

 そのつもりはない。だからネギを引きずっている。

 

 まるで重さを感じていないように突き進んで行く。

 

 

 ざりざりとネギの足先が土や草を削ってゆくが、悲しいかな非力なネギの体では止める事は出来ない。

 

 

 しかし……彼は顔をネギに向けていた。

 

 

 「ぼ、僕に……いえ、僕が行きます!!」

 

 

 まだこの青年の事は解らない。

 

 

 声は聞いた事があるような気がするのだが、誰だか分らない。

 

 まだ怖い。

 

 この青年が怖くて堪らない。

 

 

 だけど彼が言った言葉は間違いなく正論だ。

 

 

 だから必死になってそのシャツを掴んだ。

 

 思い出したからだ。

 

 失えば、

 何もできないままならずっと後悔し続けるという事を……

 

 

 それが叶わねば一生後悔し続けてしまうという事を……

 

 

 「お前が?」

 

 

 冷めた目がネギの心を苛む。

 

 だが、ネギは怯む事無くその冷たい目をまっすぐに見て返した。

 

 

 口にしたその言葉に偽りはないのだから。

 

 

 確かに自分には力が足りない。

 

 何より経験が圧倒的に足りていない。

 

 

 この目の前に青年……横島の力など軽く凌駕するほどのバカでかい力の器はあっても、その使い方を理解し切れていない。

 

 未熟とか以前の問題だ。話にもならない。

 

 

 それでも横島は彼の手を振り切らなかった。

 

 ネギの気持ちが何となく理解できるからだ。

 

 

 そしてその気持ちを自覚した瞬間、横島の怒気が僅かばかり小さくなっていた。

 

 

 「……そうか……

  行くんだな? 行きたいんだな? 木乃香ちゃんを助けに……」

 

 「ハイッ!!」

 

 

 横島の問い掛け。

 

 彼の怒気が幾分軽くなったお陰か、普段より力強く言い切る事が出来た。

 

 

 その大声に眉一つ動かなかった横島であったが、ついにその足が止まった。

 

 

 ネギがいくら引っ張っても速度が緩まなかった足が、ぴたりと止まったのだ。

 

 

 「だったら行け。早く」

 

 

 「え?」

 

 

 進む道を譲り、言葉でその背を押す。

 

 

 「……何もできなくて、何もやれなくて後悔するのは嫌だろう?

  だったら行け。

 

  無理だろうが何だろうが意地を出して行け。

 

  歯をくいしばって突っ走れ」

 

 

 横島の目に、光が戻った。

 

 冷静になった……とまでは行かないものの、少なくとも今までよりはかなりマシにはなっていた。

 

 

 ネギの眼に、

 

 何だか自分と同じような光を見出したからなのかもしれない——

 

 

 「あ……ハ、ハイっ!!」

 

 

 弾かれたように駆けだすネギ。

 

 その場から急いで走り出したネギであったが、一度横島の方に振り返り、頭を深く下げてから杖に跨って飛び去って行った。

 

 

 『ありがとうございます!!』

 

 

 何に対しての礼だか解らないが、ネギの唇は確かにそう紡いでいたと思う。

 

 

 直後に加速。

 

 高度を落とし、更に更に速度を上げてネギは木乃香を救いに突き進んでいった。

 

 

 その勢いこそが想いなのだろう。

 

 空になりかけている筈の魔力で出せているあの底力が、ネギの想いなのだろう。

 

 それが解る……いや、伝わっているからこそ、横島の表情はやっと柔らかさを取り戻してゆく。

 

 

 魔力の全てを出し切らんとするネギの背を見送りつつ、横島はやっと普段の顔を——

 

 

 

 

 

 

 

 ——取り戻したかに見えた。

 

 

 

 

 

 

 瞬間的に霊気を右手にかき集め、盾状にして軽く腕を振ってそれを投擲する。

 

 

 ドガンッ!!

 

 

 風を切る音も立てずにそれは宙を飛び、地面に衝突するとそこで音を立てて爆ぜた。

 

 

 「うおっ!?」

 

 

 小太郎の行く手を、阻む為に。

 

 

 「な、何すんねんっ!?」

 

 

 文句を言い放ちはしたものの、小太郎は内心かなりの冷や汗をかいていた。

 

 

 彼の本能が叫んでいる。

 

 逃げろ。にげろ。ニゲロと。

 相手にするなと、みっともなくてもいいから逃げ出せと訴え続けている。

 

 

 だが、小太郎は横島の行為に言葉を紡いでしまった。

 

 横島は挑発なんぞしてもいないのに、噛み付くように言い放ってしまった。

 

 

 「何をする……はオレのセリフだ。

 

  どこに行こうってんだ?」

 

 

 低い声で横島が再度問いかける。

 

 問いかけつつも、また頭が冷えてゆく。冷え切ってゆく。

 それでいて感情は煮え滾る。

 

 

 がりがりと理性の壁を削り、心の奥に住まう凶獣が再度牙を見せ始めていた。

 

 

 狗族のハーフ故か、不幸な事に小太郎はその牙の鋭さを、圧倒的な何かを知覚してしまっている。

 

 それが恐怖であるという事を、自覚できないまま。

 

 

 「お前……

  “あの女”がやっている事がどうでもいいとか、男がどうたら言ってたな……」

 

 

 質量すら感じてしまうほどの凄まじい殺気の膨らみを察知し、その場を離れようとするが一瞬遅い。

 

 ハっとして体を動かそうとするのだかピクリとも動かなくなっているのだ。

 

 

 『なっ……なんやこれっ!?』

 

 

 小太郎が感じている感触からすれば、鋭い刃を全身に押し当てられているそれに近い。

 

 

 ただ押し当てられているだけ。

 

 血も出ていないし切れもしていない。

 

 だが、逆に言えば少しでも動けば自分の身が膾か挽肉のようになってしまうという事でもある。

 

 

 

 何時の間にか横島の右腕が光り、その腕には具現化した霊力が紡がれていた。

 

 その紡がれた霊力は更に細く細く縒りあげて、あらゆる繊維より細い霊糸を生み出し、その糸を小太郎に絡みつかせているのだ。

 

 

 如何に細くなろうとも、肉眼では視認できぬほどの細さになろうとも、霊気を紡いで生み出した糸なのでその強度は普段の霊波刀以上。

 

 尚且つ細く強靭に縒られている為に切断力まで上がっている。

 

 

 だが、この糸は小太郎の動きを封じるだけに止まっているではないか。

 

 

 横島の光る右手。

 

 その右手の中にあるのは力を持つ“珠”。

 

 そこに練り込まれている言葉は『束』の一文字。

 

 小太郎は、霊糸という鋭い刃を通して“くくられて”動けなくなっていたのである。

 

 

 

 「どうでもいいという事は、助けを待っている女の子がどうなってもいいという事か?

 

  お前の言う『男』ってのは、女の子を助けにいく奴を止める事なのか?」

 

 

 「あ…が……」

 

 

 声が出ない。

 

 喉が外部から絞られているかのように言葉が紡げない。

 

 かと言って、横島が霊糸でもって締め付けている訳ではない。

 

 単に雪崩れ来る怒気に息が続かないのだ。

 

 

 

 

 「……ざけるなよ……」

 

 

 

 

 そして更にその怒気が膨らんだ。

 

 

 

 記憶に存在しない記憶。

 

 体験していない、自分ではない自分の記憶。

 

 凍りついた“記録”の一片に、かつての雇い主の画像があった。

 

 口から血を流し、それでも無理に笑顔を見せ、自分に何か呟いている——

 

 

 身が爆ぜるほど悲しい。

 

 心がすり潰されるほど苦しい。

 

 手当たり次第に殺し回りたくなるほど腹立たしい。

 

 そして世界を滅ぼしたくなるほど憎い。

 

 

 彼女が、

 

 彼女“ら”の全てが失われた時、心を苛んだ虚無感が——

 

 “この自分”が体験した事もない体験が怒りと憎しみが心を組み替えてゆく。

 

 

 

 

 −お前もなのか?

  お前も俺になってしまうのか?−

 

 

 

 

 何かが悲しげにそう呟く。

 

 だけど心に届いているのに、心が理解してくれない。

 

 その言葉の意味を理解しているのに受け入れてくれない。

 

 怒りと憎しみに心を持っていかれ、絶対にしてはならない事を、横島なら絶対にしたくない事を行おうとしている。

 

 

 そしてそれに何の感慨も浮かばなかった。

 

 

 引くだけ。

 

 後は引くだけ。

 

 『束』の文字を消し、霊糸を引くだけで事は終わる。

 

 

 女の子の救出を邪魔する障害をたったそれだけの事で取り除けるのだ。

 

 

 だから横島はその“珠”を——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すぱ——んっ!!!

 

 

 意外なほど、その音はよく響いた。

 

 音の出どこは後頭部。

 

 今まさに惨劇を行おうとしていた横島の後頭部だ。

 

 

 そのお陰かどうかは不明であるが、集中が完全に途切れた所為だろう、霊糸が消滅し、珠も地面に落ちて消滅した。

 糸が途切れた以上、イメージが実行されても意味を成さないからだ。

 

 

 それでも心が元に戻った訳ではないのだろう。雰囲気は全く変化していない。

 

 

 しかしその背に、

 

 

 

 

 

 

 

 「何をしてるでござる?」

 

 

 

 

 

 

 

 奇しくも横島自身が吐いたものと同じ言葉が投げかけられた。

 

 

 その意味は全く違う問いかけであるが——

 

 

 

 間違いなく彼にとっては救いとなる女神の声であった。

 

 

 

 

 

 


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