-Ruin-   作:Croissant

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十三時間目:The でい After
本編


 乳白色にぼやけているまどろみの中——

 彼は波間に漂うような感触に浸りきっていた。

 

 

 夢の中である事は解りきっている。

 この地に来てからこっち、眠っている時にずっと感じていた感触なのだから。

 

 初めの頃は“あの”肉ダルマを嫌悪し尽くしていたのであるが、最近はようやく(激しく嬉しくないが)慣れてきており、『やは、少年』等と唐突に現れても(然程)嫌悪したりしなくなっている。

 

 

 ——しかし、今夜はアイツではないようだ。

 

 

 何せ目の前にいるのは……

 

 

 『お久しぶり。元気だったみたいね』

 

 「おかげさんでまぁ……なんとかな」

 

 

 愛すべき蛍の化生だった——

 

 

 自分の中にいる彼女と久しぶりにラインが繋がっているのが解る。

 霊的な素子(そし)との直接会話と言って良いかもしれない。

 

 無論、意味合いでは大きく違うだろうが、彼らにとっての感覚ではそんなものだ。

 

 

 それに、今の彼が“在る”お陰で彼女の霊基データの量が激増している。

 

 だから以前よりずっと鮮明な姿で二人して向かい合えていた。

 

 

 『ん〜……でも、何時もより生彩を欠いているみたいね。

  ちょっと落ち込み気味ってとこかしら? 

  お前の事だから、子供相手に本気で手を上げかかったのが理由かな?』

 

 

 だから隠し切れているはずである彼の機微も見つけられやすい。

 

 尤も、彼女は元から目ざといのだが。

 

 

 「いきなりバレてらっしゃる!?

  そんな解り易いかな〜〜?」

 

 

 ややおどけてそう返すが、『お前の事だからね』と小さく微笑まれて赤面してしまう。

 

 全く……だから彼女には敵わない。

 

 

 『でもまぁ、結局はおバカを通す事ができみたいだしね。お前らしくて安心したわ』

 

 「お前までそんなコト言う!?

  ヘイトか?! やっぱヘイトなのか!?」

 

 

 微笑ではあるがやはりどこか許し難いのだろう。何せ最後はアレだったのだから。

 当然、彼女の額にはバッテンが浮かんでたりする。

 

 そんな嫌味を織り交ぜた遠まわしの言葉虐めに彼は泣きながら悶えていた。

 

 それでいて二人ともどこか嬉しそうのは、非道を行わずバカを通せた事、そして互いと再会できたからだろう。

 

 彼は彼女との会話を素直に楽しみ、彼女は懐かしい身悶えを見て苦笑する。

 

 そんな普通の接し方ができるのも彼女故。

 どこまでも彼女の方が上なのは相変わらずのようだ。

 

 

 『……安心したわ。やっぱりお前はそうでなくちゃね』

 

 「ま。バカやってどつかれてる方が慣れてるしな」

 

 

 嫌な慣れもあったもんだ。

 

 ただ、ちょっとだけ彼は勘違いしてたりする。

 

 

 「違うわよ。バカ」

 

 

 そんなところも好きなのだが、いい加減もっと自分に自信を持ってもらいたいものだ。

 

 自分は痛みに弱いヘタレのくせに、他人の痛みにはそれ以上に敏感で、何だかんだ言って放って置けない。

 女の子を怯えさせたり、男の子一人に行かせたりした事をずっと気にしていたりする。

 

 甘っちょろくて馬鹿馬鹿しくて呆れ返りたくもなるが、彼女はそれ以上にそんな彼がいとおしいのだ。

 

 

 『……ま、素人ウケはしないでしょうけどね』

 

 「???」

 

 

 そんな彼女の微笑みの意味を知る由もなく、クエスチョンマークを量産している彼。

 その様子が懐かしくて微笑ましい。だから『何でもな〜い』と誤魔化した。

 

 理由は当然、言ってあげない。

 言うとすれば、肉親として再会してからだ。

 

 悪戯っぽく微笑む彼女の真意が解らず、彼も首を傾げるばかり。

 多少は女心を理解できるようになってはいるが、それでもやはり彼女はそんなに浅くはない。

 

 やはり男にとっての女は永遠の謎なのだろう。彼も苦笑で返す事が精一杯。

 

 

 『まぁ、いいわ。

  お前にも会えたし、確認できたから良しとしましょう』

 

 「何だか知らないが助かるよ」

 

 

 そう言ってまた笑顔を交わす。

 やはりこれ(、、)が良い。

 

 彼女と悲しみの涙を交わして別れるなんて一生一度で沢山だ。 

 

 

 「会えた事は俺も嬉しいよ。

  で? 何の確認だったんだ? オレはやっぱバカだってことか?」

 

 『うん。それもあったんだけど』

 

 「……」

 

 

 否定はしてくれへんのか!?

 言われ慣れている事であるし、自覚もしてはいるのだが、こう真正面から同意されるとやっぱりちょっと胸が痛いかも。

 

 

 『だって気になってたんだもん。あの二人』

 

 「二人?」

 

 『そ。カエデちゃんとクーちゃん』

 

 「ああ……」

 

 

 幾ら感謝しても感謝しきれない。

 

 ずっとずっと心から心配してくれて、必死に訴え続けてくれていた二人。

 

 何とかギリギリで楓の声が心に届いたものの、彼女がいなければ自分は何をしてしまっただろう。

 そう考えると気が重くなってしまうと共に、彼女に対しての感謝の念もまた強くなる。

 

 

 「うん……いい娘だぞ? すごくいい娘だ。

  ……ちょっと……ううん、かなり困ったちゃんでもあるんやけど……」

 

 

 ポロリと漏れるのは本音だろうか?

 何とゆーか、二人の色香に惑わされかかっているのだからしょーがない事かもしれない。

 

 

 『うん。そーよね。ウンウン。いいコなのよね』

 

 「ア、アノ……るしおらサン……?」

 

 

 何を思い出したか知らないが、イキナリ彼女の額に十字架型をした血管が浮かび、そのおどろおどろしさに彼もビビリが入る。

 

 だが、直にそれは消え、ミョーにマネキンっぽい笑顔を彼に向けてきた。

 

 

 『でも安心したわ。あの二人だったら許してあげられるし』

 

 「え、えと……何をでございましょうか?」

 

 

 やっぱ笑顔はまだ怖いままなので彼は丁寧口調となってしまっている。

 

 そんな彼に、彼女は作り物めいた満面の笑顔でこう言った。

 

 

 

 

 

 

 

 『だって、あの二人のどっちかなんでしょ?

  私を産んでくれる人って』

 

 

 

 ぶ ふ ぅ ——— っ ! ! !

 

 

 盛大にナニかを噴出してしまう。

 

 突っ伏して地面(?)を引っ掻き、生まれたての小鹿宜しく蹲ったままぷるぷる震えている。

 

 その立ち直りの遅さ故に彼女の持つ疑念が信憑性を増し、何だか怒りも更に高まって行く。

 

 

 「ア…… ア ホ か —— っ ! !

 

  言うに事欠いてなんて事言いやがんだ——っっ!!」

 

 

 涙をぶしゅわぁっっと吹き出しつつ本気で怒ってらっしゃる彼。

 

 だが、そんな彼に対し、彼女は一歩引かない。

 つーか、その程度では嫉妬は揺るがない。

 

 

 『は? 今更誤魔化すわけ?

  何時も引っ付かれてドキドキしてたのは何方様? キスされて昇天してたのはだぁれ?』

 

 

 私ですらあんなディープなのしてくれたコトないのにぃ〜〜っっ と、怒り有頂天である。

 

 

 「え、冤罪じゃあぁっ!! オレはロリちゃうど!!」

 

 『ナニ言ってんのよ性犯罪者!! スーパーウルトラセクシャルヒーローのくせに!!』

 

 「何ゆえライジング斬?! しかも犯罪ヒーロー気味!! 

  待った!! 異議あり!! 弁護人を要求する!!」

 

 

 彼とて必死だった。

 

 自分はロリ否定というジャスティスを掲げているし、何より故人とはいえ彼女からロリコン扱いされればそれは痛すぎる。

 

 しかし彼女のテンションは高く、彼の言い訳など届いてくれない。

 

 

 『おまけにナニ?

  ちゅーがくせーだというのに、あのサイズとスタイルの良さ。私に対するあてつけなわけ?』

 

 「いやマテ!! お前、それ八つ当たりじゃ……」

 

 

 ヘイト?! 私に対するヘイトなのね!? とテンションが上がっている彼女の耳にはそんな彼の言葉は届いてくれない。

 

 というか、流石に二人してよく似てらっしゃる。

 ひょっとしたら彼に混ざっている弊害かもしれない。

 

 

 『私を好きになってくれたのも、胸が無いお陰だとでも!?

  このロリータコンプレックス!!』

 

 「わぁ!? 正式名称での侮蔑は痛過ぎっ!! 

  だからそれはお前の誤か……」

 

 

 

 『じゃあ、その娘らはナニ?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「えっ?」

 

 

 飛び起きる。と良く言うが正にその見本。

 ぱちんっと板バネが爆ぜるようにナニかから逃れようとするかのように布団から飛び起きる。

 

 焦りまくって周囲を見回し、いる筈も無い超敵(強敵を超えている)の姿を探すがやはりその影も無い。

 水から上がって直の様にだらだらと大汗を掻いていた彼も、“奴”の気配が無い事をやっと理解したのだろう、やっと呼吸を再開して荒く酸素を求め出す。

 

 

 「……あ? え? ゆ、夢……?」

 

 

 なんつーか恐ろしい……? というかナニかに追い詰められてたような気がしてまだ息が荒らんだまま。

 

 おまけに夢に見た“奴”というのが誰なのか思い出せないとキている。

 

 

 「な、何だ? このプレッシャーは……」

 

 

 訳の解らぬ汗で全身がぐっしょりと濡れていてちょっと気持ち悪かったりもするのだが、じっとしてると落ち着いてくるというもの。

 

 障子を通してくる日差しは温かな春のそれ。

 鳥のさえずりも聞こえるし、伝わってくる屋敷の雰囲気もどこか柔らかい。

 

 暑い訳でもないのに汗だくというのもナニであるが、そんな屋敷の穏やかな空気に徐々にではあるが現実を取り戻してはきている。

 

 それに何というか……夢見は恐怖っポかったのだが実のところ気分は清々しい。

 

 

 「何だか、懐かしい誰かと会ってたよーな気もするんだが……」

 

 

 全然思い出せない。

 

 まぁ、気分が良いからどうでもいいのだけど。

 

 

 「……て、あれ? ここは……」

 

 

 やっと脳ミソが覚醒したのか、再度部屋の中を見回す。

 

 十畳ほどの広さのある畳敷きの和室。

 

 客間なのか無駄なものは何一つなく、後の壁際に朱色の衣紋掛けが一つあるくらい。

 そしてそれには男物の服がかけられている。

 

 ふと目を落すと自分は浴衣を着ており、白い敷き布のかけられたふかふかの布団の上で眠っていたようだ。

 見ただけでは旅館の一室で眠っていただけと思うだろう。

 

 

 「ここ、ドコなんだ?」

 

 

 何だか記憶喪失者みたいなセリフを吐き、再度部屋を見回した。

 

 と言っても調度品らしいものが置かれていない部屋で、欄間が見事な浮かし彫りであるということ以上のものが見られない。

 

 掛け布団も上質の羽根布団らしくふわふわで軽く、肌触りも良くて体を包んでくれている。

 ちくしょう、金の在るトコには在るんやなぁ……等とひがんでみたり。

 

 他は……特にない。

 布団の中に女の子がいるだけで後は別に……

 

 

 

 「は?」

 

 

 

 ちょっと待った。横島忠夫は慌てない。

 一度天を仰ぎ、素数を数えるんだ。

 11,13,17,19……次は深呼吸だ深呼吸。

 スーハー、スーハーよしOK。

 

 目を瞑り、邪念を追い出し、現実逃避をやめてもう一度眼を……

 

 

 

 「うう…ん……老師ぃ……」

 

 「横島殿ぉ……」

 

 

 

 降ろす前に現実に先制攻撃を受けた。

 

 

 

 ざ ぐ っ ぶ し ゅ う っ ! !

 

 

 

 精神に痛恨の一撃。

 びしょうじょのねごとこうげき!! こうかはばつぐんだ!!

 おまけに地獄の連続攻撃である。

 

 何と敵は二人いた。

 

 

 「な……ナニがあった?! 夕べ何が起こったんや!!??」

 

 

 しかし全然記憶は無い。

 

 氷漬け状態から脱出を果たして以降の記憶が全く無いのだ。

 

 

 「それとも何か!? オレはついに自分を止められなかったというのか!?」

 

 

 おおっ、神よっ!! どーして私にこれほどの試練を与えやがりますか!!??

 

 等と罰当たり&何様のつもり? なセリフをぶっこいてなく男。見苦しいというか、往生際が悪いというか。

 まぁ、寝乱れた浴衣姿というステキ過ぎる格好の美少女二人に抱き付かれた目覚めという、どこの御大尽!? な朝を迎えれば、彼でなくともテンパるだろう。

 

 

 「と、とにかく、二人を起こして話聞かな……

  ひょっとして……せ、責任とらされるんかな……?」

 

 

 既にテンパりまくっているのだろう。手を出した事が前提のようだ。

 

 ともあれ状況を打開すべく、人の気も知らんでミョーに安らかに眠り続けている二人に手を伸ばした。

 

 とその時——

 

 

 「二人とも起きて!! 大変だよ!!

  実は旅館に飛ばした身代わりが……」

 

 

 

 

 「あ……」

 

 「あ……」

 

 

 

 

 髪をアップにまとめた少女、和美が飛び込んで来てくださった。

 

 

 「えと……」

 

 

 流石の横島も状況の悪さに凍りつき、次の行動がとれない。

 

 感覚的には永劫とも言える一瞬が二人の間に流れていたが、どこかから聞こえてくる人の声によって和美の方が先に再起動を果たした。

 

 

 ——そう。落ち着いて見てみれば別に不思議な光景でないのだ。

 

 男がいて女がいる。

 やや年齢的にどーとか、倫理的にどーよ? という問題も無きにしも非ずであるが、双方に強い好意があるのなら一室に篭れば当然の成り行きだ。

 

 ただ、3(ピー)というだけである。問題は無い。

 

 ここは一つ、同級生として目を瞑ってやるのが人情というものだろう。ウン。

 

 

 そう結論に達した彼女は、掴んだ障子の桟を元のように引き、

 

 

 

 

 「ごゆっくり」

 

 

 

 

 と、出会い茶屋の女中さんが如く何事も無かったかのようにピシャリと閉めた。

 

 

 「え……ちょっ、ま、それ誤解ぃいいっっ!!」

 

 

 余りに自然な動きであったが為、流石の横島も止められなかったが、流石にその痛すぎる誤解に現世復帰を果たして、真実を告げんと後を追おうとする。

 

 しかし世は無情だ。

 

 

 「ぴぃいいいっっ!!」

 

 どかんっっ

 

 「のわぁっ!!」

 

 

 障子を開けた瞬間、白い塊……外で待っていたのだろう かのこが突撃を仕掛けてきたのである。

 

 その気持ちはありがたいだろうが、横島は寝起き。エラいバランスが悪くてそのままひっくり返ってしまう。

 

 

 「ぴぃ、ぴぃぴぃぴぃ!」

 

 「あ、ああ、悪かった。

  ナニが何だかサッパリ解らんが心配掛けてすまなんだ」

 

 

 うつ伏せに倒れた彼の背に乗っかってぴぃぴぃなく自分の使い魔に、ひたすら謝る主。

 

 姿形がハッキリと見える精霊という上位存在を使い魔にしているというのに、何とも様にならない光景であろうか。

 

 それでも、思いっきり懐いているのだけはハッキリと解る。横島の背に顔をすりすりして鳴いているのだから。

 

 それを感じているからこそ、横島も苦笑するだけで怒れないのであるが……

 

 

 むにゅ ふに

 

 

 この……掌に感じるやーらかくも芯のある手触りは何ザマス?

 

 

 

 

 

 「ひゃっ!? あ……老師?」

 

 「ふわぁっ!? よ、横島殿?」

 

 

 

 

 

 見事にお約束。

 

 前につんのめった拍子に手をつき、見事に二人の胸を鷲掴みにしちゃってたのである。

 

 

 「ご……誤解やっ!! ちゃうっ、ちゃうんじゃぁ——っ!!!」

 

 

 何だか必死な叫びに、二人して問い詰める事も忘れてしまう。

 

 だがその手はその場から離れはしない。

 身体を起こそうにも かのこが圧し掛かっている事と本能が邪魔していて動けやしない。

 

 

 「ち、ちゃうんやっ!!

  し、鎮まれ、鎮まれオレのお手て!!」

 

 

 等と本能に逆らおうと奮闘するのだが、ジャスティスがお暇をもらってっちゃっているので口ばっかである。

 

 

 その叫びに混じり、離れた場所からは、

 

 

 「ダメですよ刹那さん!

  僕だって みんなに正体バラされたらオコジョにされちゃうんですから——っ」

 

 

 という子供の声まで響いてくる。

 

 

 普段は静かな本山は妙に騒がしい朝を迎えていた。

 

 だが、昨晩のような石の静寂に比べれば何という事も無い。

 

 ここで今騒げるという事は、皆が助かったという証であるのだから。

 

 だから仮眠に入ろうとしていた詠春も苦笑するだけに止まり、巫女達も微笑ましく子供たちを見守っている。

 

 

 事件は終わり、穏やかな朝が訪れたのだから。

 

 

 

 「冤罪じゃあ——っ!!

  これは呂尚(りょしょう)の罠やぁ——っ!!」

 

 

 

 ただ、泣いて意味不明な自己弁護を続けていた横島の手が、二人の胸から離れない理由をド否定したままに——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バカ……

 この二人、大事にしなさいよ?

 

 ホント……いい娘なんだから……

 

 

 それじゃ、またね……ヨコシマ………

 

 

 

 

 

 

 

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             ■十三時間目:The でい After

 

 

 

 

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 「いや——

  またまた大変だったねー」

 

 『全くだぜ』

 

 

 紆余曲折はあったものの、少女らは何とか宿泊先に駆け戻り、自分らの式が起こしていた騒動を静めていた。

 

 とは言うものの、単にテキトーな理由を貼り付けただけ。

 夕映がウッカリ水筒に酌んでしまった縁結びの水……例の酒がまだ残っていて、それを間違えて口にした少女らが悪酔いをしてしまったとか何とか言って誤魔化したのだ。

 

 夕映も、

 

 

 「まぁ、いいです。

  どーせ説明できる話ではないですから」

 

 

 と快く了承してくれていたし。

 

 問題は……

 

 

 『姐さん達の分身がストリップを始めてた時にはどうしようかと思ったけどな』

 

 「そだね……」

 

 

 彼女らの分身が起こしたストリップ事件である。

 

 どういった流れでそーゆーコトをおっ始めたか全く持ってナゾなのであるが、詠春が手配してくれた分身のほぼ全員がロビーでストリップかましていたのである。

 幸いにして級友らの計らいで新田らにはバレていなかったのであるが、それでも相当の被害が出てたりする。主に当事者の精神的な。

 

 

 「ま、時が解決するでしょうね。後から思い出せば結構楽しい笑い話さ」

 

 『そだな。御山と違って人的被害も出てねーし』

 

 

 それに、いい絵も撮れたしね……

 

 ククク……と、妙な笑みを浮かべる一人と一匹。

 

 

 「朝倉さーん

  班別の記念写真、しっかりお願いね——」

 

 

 そんなアヤシゲな一人と一匹の様子が気にならないのだろうか、和美が歩いている事に気付いたしずなが声をかけてきた。

 

 何だか邪な思考に浸っていた和美も、そんな明るい声に導かれるように笑顔を見せ、

 

 

 「はいよー

  わかってるって しずな先生」

 

 

 と言葉を返す。

 

 しずなはその返事を笑顔で受け止め、班の見回りに戻っていった。

 

 

 『何の話だ?』

 

 「私には私の仕事があるのさ♪」

 

 

 新聞部ならぬ報道部ではあっても、写真を扱う事に変わりは無い。

 だから彼女には記念撮影をするという仕事が任されているのだ。

 

 何気に学生という領分を飛び越えたプロ技術の所持者が多い麻帆良の学生。

 お陰でこーゆーところでは業者等を雇わずに済むのだからお手軽である。

 

 

 『へぇ……じゃ、イロイロなのが撮れんな』

 

 「そ、“イロイロ”ね……」

 

 

 またもクククと笑い合う。碌でも無い奴らだ。

 

 

 それにまだ約束の時間まで間がある。

 外出時間まで撮りまくったとしても、かなりの量がイケるだろう。

 

 和美はカモを伴い、軽い足取りで廊下を歩いていった。

 

 

 

 この日——

 ネギは彼の父の家に案内される事になっている。

 

 

 今回のネギの目的。

 父の情報に触れるという願いが果たされるのだ——

 

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 「身体はもう大丈夫みたいですね」

 

 「おかげさんで」

 

 

 屋敷の人々に見送られつつ、二人は山を降りて行く。

 

 衛士に手を振る詠春はジャケットを羽織ったラフな洋装で、こういったものに弱い(というか好物)の明日菜であれば大喜びだろう。

 その直横を歩く横島は相変わらずのジージャンにジーンズ。赤いバンダナという出で立ち。

 センス云々より、何だかこれが彼の制服のようにも見えてしまうから不思議だ。

 ただ、一緒にいる小鹿…かのこの所為で二人とも周囲から浮くの何の。

 

 しかし、そんな かのこの頭を撫でつつ穏やかな顔をして歩いている詠春を見て、誰が関西呪術協会の長だと思うだろう。

 それほど威圧の無い、極普通の大人の男性。普通の穏やかさを彼は持っていた。

 

 対する横島は面白くなさそうで、どこかぶすったれている。

 その事が手伝ってか、教師に連れられているアホ学生のように見えてしまうから笑えてしまう。

 

 

 「何でやねん……」

 

 「は?」

 

 

 ぶすっとしたまま横島が口を開いた。

 

 

 「何で巫女さんおれへんねん……」

 

 

 そう。

 

 学生らは騒動があったから急遽宿に戻らねばならなかったが、横島は本調子でなかった。

 だから御山で暫く休むことと相成った訳であるが……どういう訳か昨晩はたっぷりといた巫女さん達が一人もおらず、朝食の世話から湯浴みの案内までしてくれたのは全員男。

 平安然とした陰陽師の様な衣装を身に纏った男たちだったのである。

 

 

 「ああ……成る程」

 

 

 その横島の不機嫌な理由にやっと気が付いた詠春は、笑顔のまま納得する。

 

 

 「あのお二人から言付かってたんですよ。

  横島殿に巫女さんを近付けさせたらいけない。五メートル範囲に入ったら妊娠させられるぞと」

 

 

 少女らの残した余りと言えば余りな助言に、がくんっと足を滑らせてしまう横島。

 

 が、ついでに足を滑らせた場所も余りと言えば余りに悪かった。

 

 

 「あ゛、あ゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛〜〜………ゴシャッ!!」

 

 

 そのまま池田屋落ち……にしては長すぎるが、石段を転がり落ち、昨晩横島が開け壊した頑強な門のヘリでバウンドし、更に下へと転がり落ちて行く。

 何とダイナミックな転がり方であろうか。正にこれぞ真の奈落落ちであるとでも言いたげに。

 

 やっと止まったのは石段のずっと下方。ほぼ麓。

 そこには糸の切れたマリオネットのような有様の無残な遺体が……いや、遺体のように気を失っている横島が転がっていた。

 

 首や手足がどっか向いてるし。でも生きてるし。

 慌てて駆け寄ってぴぃぴぃ鳴いている かのこがまるで遺体に縋る家族のようであるが。

 

 

 「あ〜……ええと……何と言いますか……」

 

 

 ここまで豪快なズッコケを見せられれば流石の詠春も次の言葉が思いつかなかったのだが、

 

 

 「……ホント、皆を思い出させる人ですね」

 

 

 何だか考えなしの脳筋剣使いとかが思い出され、何時の間にか笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「スクナの再封印は終了しました。貴方にもお世話になりまして……」

 

 「やっぱ現界しきってなかったから死んでねぇのか……

  つーか、倒したのはあのロリっ娘やん。俺は時間稼ぎしただけっスよ」

 

 

 無傷とはいかないものの、やはり何事もなく立ち上がって詠春と共に歩き出した横島であるが、何とゆーか詠春は慣れているかのように気にしていなかった。 

 事実、岳父(がくふ)である近衛門も木乃香にボコスカ金槌で殴られているのだし、この程度でおたついたりしたら先に述べた脳筋剣使いの友人なんてやってられない。

 ぶっちゃければ、ひじょ〜に不本意ながら本当に慣れてたりする。

 

 

 「その時間稼ぎがありがたかったんですよ。被害は最小限になりましたしね。

  ……方法は兎も角」

 

 「あ゛あ゛〜 言わんといて〜〜っ!!」

 

 

 昨夜の顛末はというと……

 

 時間稼ぎに成功したまでは良かったのだが、霊力を使用し過ぎて何時もの煩悩暴走が起こってしまい、千草にイランことぶちかまそうとしていた横島であった。

 まぁ、尋問しようとした事までは本当なのであるが、問題はその手段。

 口に出すのも憚られる……とゆーか、間違いなく18禁〜21禁サイト投稿用の内容が横島の頭に中に出来上がっていた。

 言うまでも無くそんな手段以外は頭に浮かぶはずもなく彼は邪の化身と化していたりする。

 

 天の采配か、千草を哀れに思った神の情けか、或いは悪魔の悪戯か、そのヨコシマなる波動と残留魔力を感じたエヴァは彼を敵だと判断してしまい、彼に正義(笑)の鉄拳を加えたという訳だ。

 

 しかし、そこは不死身の煩悩魔人横島。完全に意識を刈り取られるまでには至らなかった。

 

 エヴァは彼の生死なんぞ気にかける訳ないし、あんまりにもあんまりなスクナの様子に憐れみと苛立ちを感じてあんな魔法を放った訳であるが……

 その直前に横島は千草がまだ霊的に縛られている事に気が付いた。

 

 流石に霊力を解いたとしても回避は叶わないだろうし、助けに行く暇もないし霊力も絶対的に足りなくなっていた。

 だから即座に横島は奥の手である“珠”を投げつけて千草を『護』ったのだ。

 

 問題は、千草を護るのに珠を使用し、手持ちの全てを無くしていたという事。

 

 お陰で“地力”でのみで命を繋がねばならなかった。

 

 

 「と言うか……貴方の力は知りませんが、あの極寒地獄の中をよく無事で……」

 

 「いや、死ぬほど寒かったっスよ?」

 

 「寒いとかいう次元を飛び越えてたと思うのですが……」

 

 

 それでも生きているのはその地力が存外な為か? 単にしぶといだけという説もあるが。

 やはり横島忠夫、人間ぢゃない。

 

 ともあれ、茶々丸の助力もあって何とか氷から助け出された横島であったが、彼にとっては寒さよりも氷漬けで息ができなかった方が大変だったそうだ。

 絶対零度の中に置かれて“寒い”と言える超存在。何と規格外の存在であろうか。

 

 

 「つか、絶対零度程度で死んでたら“前”の職場で三日と生きられないっスよ」

 

 

 いや、それは言い過ぎだろう。

 例え彼にしてみればそうだとしても。幾ら自業自得とは言え。

 

 セクハラで死にかけるのも日常茶飯事なら、嫉妬によって全殺し(割増し付き)にされるのも日常茶飯事。イヤ過ぎる事この上もない生き方である。

 

 しかし事実を知らないものから言えば死闘の連続を想像させられる事だろう。

 詠春にして『……どんな凄惨な戦場だったんでしょう?』と勘違いしてしまうほどに。

 

 

 「ま、それは兎も角として、あの眼鏡姉ちゃんは……」

 

 「天ヶ埼……千草の事ですか?」

 

 「うん。その千草さん」

 

 

 自分の半死半生事件なんぞ喉元過ぎた何とやらで、既に塵ほども気になっていない。

 今気になっているのは、

 

 

 「それとあの人狼……いや、ハーフかな? あのバトルモンガーなガキは……」

 

 「犬上小太郎君の事ですね」

 

 「うん」

 

 

 千草と小太郎の事であった。

 

 何せ横島の見立てでは千草は流され、小太郎は乗せられたとなっている。

 現実もさほど変わりはないのであるが、そうなると大きくカテゴリーを別けると被害者とも言えなくもない。

 

 無論、乗せられたとはいえ悪事に加担した事は許されざる事であるが、判断力を低下させる術だって存在するのだ。

 それを絶対に使用されていないと断言はできまい。

 

 何せスクナ“程度”の鬼神。それも僅か一体だけで関東魔法協会と戦おうとしたのだ。

 一般社会に大きな混乱と騒動を生むだけで侵攻もままならないし、夜の内に連絡はあちこちに飛んでいるので朝になればいろんな方面から手勢が押し寄せてくるだろう。下手をすると京都から一歩も出られない内に沈黙させられてもおかしくないのだ。

 

 更に全責任は関西呪術協会だけが被らされる事となる。

 これでは一泡吹かせるどころか一方的に責められ、単に呪術協会の立場を悪くするだけで終わってしまうだろう。

 

 千草は前の大戦時に西洋魔法に恨みを持ったとされている。だとすると被害者遺族であるし、仮にも術師なのだからそういった威力被害やその時の状況も調べているだろう。

 

 ならば“この程度”でどうこう出来る訳がないと理解できているはずなのである。

 

 いや、復讐心に目がくらんでそういった理性やらを無くしていたのでは? という見方も出来なくはないのであるが、それでもかなり矛盾が残るのだ。

 

 一番納得できるのは、そういった意識誘導が成されていた可能性である。

 

 だから……というか、情状酌量の余地ありという事なのか、千草もそれなりの罰で済むようだし、小太郎も然程の罰は与えられないのとの事。

 

 詠春のその言葉に横島もホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 

 「……でもそーなってくると、やっぱ……」

 

 「ええ……あの少年が一番臭いですね……」

 

 

 あの少年——

 石化魔法を使って本山の皆を石に変えた謎の少年魔法使い。

 下手をすると今回の事件の真犯人、フェイト=アーウェルンクスの事である。

 

 詠春らの調べによれば、公式にはイスタンブールからの留学生となっていたが、これは偽造であった。

 

 大体、何で嫌っているはずの西洋魔法使いを受け入れたのかも不明であるし、

 事前調査もそうであるが、その後の調査も遅々として進まないのだ。

 手の長さ(、、、、)で知られている魔法関係者の調査力を持ってしても、未だ正体不明であり行方不明。その上、詠春からいえば因縁深過ぎる苗字(、、)を名乗っているのだ。

 

 探れば探るだけこんな妙な点が幾らでも出てくるのだ。怪しいなんてもんじゃない。

 

 

 「つか、あの姉ちゃんが裏も取らずに西洋魔法使いを“雇ってしまった”って事は……」

 

 「ええ……“当たり”かもしれませんね」

 

 

 認識がズラされて、信じさせられて雇わされた可能性が濃くなってきた——と言う事である。

 

 

 「木乃香ちゃんが目的だった……っていう感じじゃなかったし……

  あの鬼神が欲しかった訳でもなさそう。

  ホントに一体何が目的だったんだろ?」

 

 「さぁ…それは調査中なんですが……」

 

 

 詠春にしても頭が痛い話である。

 何せあのフェイトと名乗る少年の力量は凄まじいの一言だったのだ。

 

 本山の守護結界を潜り抜け、衛士や巫女達に逃げる間も与えず石に変え、詠春自身も石化されていた。

 横島の謎の力によって解呪されはしたが、彼らがいてくれなければ無様にも全ての終焉まで石像にされたまま突っ立っていた事であろう。

 その御山の石化も、彼の使い魔である かのこが角の一刺しで治してもらっているし。

 

 方法というか、その力は強力且つ不明なのであるが、当人(当鹿?)の説明はモノが鹿語なのでサッパリ解らなかったのでどうしようもない。まぁ、皆を治療してくれたのだから文句は無いのだけど。

 

 それに件の鹿は元は山の精霊であるらしいし、使っている符も見た目花札調。

 パクティオーカードのような西洋風のモノを感じなかった事も皆が受け入れた理由なのかもしれない、というのは考えが穿ち過ぎだろうか?

 

 ともあれ、本山の騒動は一応の収束に向っていた。

 

 

 無論、課題は山積であるが。

 詠春からして、

 

 

 ——やっぱり平和ボケしてたんですかね……

 

 

 と、不甲斐無さに溜息しか出せないのだから。

 

 

 

 

 

 男二人連れであるし、かのこは可愛いが鹿なので(いささ)か華やかさに欠けていたが、流石に人里まで降りてくれば麻帆良の生徒達のような修学旅行者の姿もちらほらとしてくる。

 残念ながら京都奈良への修学旅行は小〜中学生が圧倒的に多いので、如何に美少女が目に入ろうともストライクゾーンを離れていて然程目の保養にならない。

 

 本山で休んでいたお陰であろうか、横島の霊力はほぼ完全に回復しているので暴走の気配はなく、よってこの光景でも何となく微笑ましく見守る事が出来ている。

 

 無論、美少女二人の添い寝のお陰という理由では無い。絶対にだ!!!!!!

 

 

 そんな横島を見、詠春は苦笑を浮かべてしまう。

 

 

 『異世界の人……ですか……

  見ただけでは想像もできませんね……』

 

 

 彼が異世界の人間である事は、既に近衛門から聞いている。

 もちろん普通に聞けば単なる与太話。信じられる話ではないし、ついにボケが……と本気で心配してしまったほど。

 

 だが、あの高畑までも証言し、尚且つ関東魔術協会理事という立場から間違いなく彼は異世界からの客人であると念を押されれば信用せざるを得ない。

 

 それでも半信半疑ではあったが、今目にした山門のように防護結界すら無視した挙句“逆向き”に開け放ち、瞬時に自分に掛けられた術を解き、山の精霊の集合体を使い魔として確立させ、氣と微妙に違う力を武器にして戦うところを眼にすれば流石の彼も信用する他なかった。

 

 信用すれば信用したで色々と心配も湧き上がって来るのだが、件の岳父が、

 

 

 『何というか……今一つ信用し切れんところもあるが、信頼は置けるぞい。

  多分、誰かを助けようとした時の行動力はナギに勝るとも劣らんだろうの。

  特にそういった場合に手段を選ぶ気を起さんところとかな』

 

 

 と、想像以上に彼の事を買っている。

 

 詠春も昨夜の一件でその理由はよく解った。

 

 ナギとの違いは、力の差以上に力の質。

 奴のような力押しではなく、ベクトルを捻じ曲げる事に長けているようなのだ。

 

 だが、行う事は全く同じ。

 となれば信頼もできようというものだ。

 

 

 「? 何スか?」

 

 

 自分に対して、妙に懐かしげな眼差しを向けていた事に気付いたのか、横島が不思議そうな顔をして振り返った。

 

 

 「いえ……」

 

 

 上手く説明できない話なので、笑って返すのみ。

 ますます首を傾げる横島に、笑みも深まる。

 

 

 

 騒動が終わった後なので、空気も軽い。

 

 やはり脱力感は拭えぬのだろう。待ち合わせの場所に来ると、横島は近くにある石段に腰を下ろした。

 

 

 「それで、今日はどのように?」

 

 

 そんな彼に詠春は煙草を咥えながら問い掛ける。

 

 横島はパタパタとポケットを漁るが、考えてみれば“この時代の自分”は煙草を吸っていないのでライターの持ち合わせは無い。

 火を点けてあげる事は叶わない。そのまま詠春が火を着けるのを見てるだけ。

 手持ち無沙汰となった彼は、途中で買った菓子を かのこに食べさせる。

 

 美味そうに煙を肺に満たす詠春がちょっと羨ましいのか、小鹿をかいぐりかいぐりして無聊を慰めていたり。

 

 

 「あ〜……いや、今日は楓ちゃんと古ちゃんと京都巡りっスね。

  護衛任務につかせてたから、そのお詫びって事で……」

 

 

 折角の修学旅行っスから。

 

 そんな事を言う横島に対し、またも苦笑が浮かんでしまう。

 そういったトコは彼よりマメなんですね……と。

 

 

 「それでしたら土地に明るい誰かに案内させましょうか?」

 

 「大丈夫っスよ。

  三人で無目的に歩くもまた良し。門限までに旅館に帰れりゃいいんスから」

 

 「成る程……」

 

 

 確かに古都をそういった歩き方してみるのもまた良いものだろう。

 それに、余り無粋な事をしては馬に蹴られそうであるし。

 

 

 「いや、それは誤解で……」

 

 「まぁまぁ」

 

 

 ちゃうんやーっ!! と必死に自己弁護をする横島から眼を逸らしつつ、詠春は腕時計で時間を確認した。

 そろそろお嬢さん達がやって来る時間である。

 

 

 「でも、本当にご一緒しませんか?

  食事くらいご馳走しますよ」

 

 

 彼を誘っているのは、今日これからネギを連れて行くナギの家(正確には京都の別宅)へ向う話である。

 ネギはそこに行く事を強く願っていたのだ。

 

 だから騒動の直後ではあるが、詠春は山を降りたのである。

 

 

 ——決して、騒動の事後処理が面倒だったから部下に丸投げしたなんて事は無いだろう。多分。

 

 

 「オゴリっつーのは魅力的なんスけどね……折角ですけどご遠慮します。

  流石に大勢過ぎる気がしますし、あいつのオヤジさんの家なんでしょ?

  それに邪魔をする気はないっスよ」

 

 「そう……ですか」

 

 

 「それに何より」

 

 

 

 野郎の家に行ってナニが面白い……

 

 

 

 ものごっつ正直すぎるセリフに、場の空気が真っ白になった。

 

 

 「ぷ、くくくく……」

 

 「あっ ナニがおかしいんスか?! フツーそーでしょーに!!」

 

 「いやいや……確かにそうですね。くくくくく……ははははは……」

 

 「あ゛〜〜っ 笑わんといてぇ〜〜〜っ!!!」

 

 

 

 

 

 

 成る程……お義父さん。

 解りますよ。解りました。

 

 貴方がそこまで信用できたのは、ここまで彼に似てるからなんですね。

 

 

 穏やかな風に花弁の舞う木々の下、

 詠春は泣いて身を捩る横島を前に笑い続けていた。

 

 本当に、嬉しげに——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ま、またくヒドイ目にあたアル……」

 

 「そ、そうでござるな」

 

 

 制服を着た凸凹コンビ。

 長身の楓と、やや低めの古はゲンナリとしながら京の道を歩いていた。

 

 いや、朝方に起こった騒動の事ではない。

 アレはホントに冤罪なのだから。

 

 というのも、横島の布団の中で朝を迎えたのは単なる医療行為なのだ。

 

 何とか氷の中から助け出された横島であったが、言うまでも無く生きてはいるが身体は完全に冷え切っている。

 まぁ、横島ならばその程度、ほっときゃ治るだろうし悪くとも風邪を引く程度。

 初見から不死身さを見せつけられている楓がいるのだから、もっと冷静に対応できた筈である。

 

 が、何だかよく解らないが楓はスッカリ冷静さを失っており、ネギ達はおろか古までもと一緒になっておたつく事しかできなかった。

 

 そこは年長者である詠春が収拾が付かなくなっている状況に呆れつつも、本山に置いてある治療符を使用するか、今も心配そうにしているこの精霊(かのこ)に治してもらう事を提案しようとしたその時、

 

 

 「−この場合、一般的には人肌で温めるのが一番だと聞き及んでおります」

 

 

 なんて事を茶々丸が言いだしたから話がヘンになってしまった。

 

 『『成程っ!!』』と楓と古は何の疑念も湧かずあっさり納得し、詠春と木乃香に部屋を借りるでござるよーっと、事後承諾ぶちかましつつ屋敷にすっ飛んで行ったのである。

 

 後に残ったのは急な展開について行けていないネギと明日菜、そして刹那とただ見守る事しかできない木乃香。

 長である“ハズ”の詠春と、何が何だかサッパリ解っていないエヴァ、そしてその従者の茶々丸だけであった(あと、カモね)。

 

 

 てな訳で三人同じ布団で朝を迎えたわけであるが、お約束とゆーか何とゆーか朝目覚めた時にはその事をすっかり失念しており、焦りまくって横島にごっつい一撃を加えたりなんかしたものである。

 それに関して問わないのがエチケットであろう。ウン。

 

 その事を思い出すと流石に二人とも顔が真っ赤に火照り上がってしまうのだし。

 

 まぁ、起きたら横島に胸を掴まれていればそりゃ驚きもするだろう。

 

 

 と言っても後悔はしていない。

 あの時には本当に焦っていたのだし、横島の体もまさしく氷の様に冷え切っていたのだから。

 

 

 

 しかし問題はその後だった——

 

 

 

 そのまま顔を合わせるのもなんか気恥ずかしかった二人は、体力が完全に回復していない横島をお山に残し、旅館にすっ飛んで帰ったのであるが……

 

 

 「楓……」

 

 

 微笑んではいても目が笑っていない真名と、

 

 

 「古……」

 

 

 ごっつ笑顔なのに何だか怖い超による尋問が待っていた。

 

 

 「「え、えと……?」」

 

 

 ロビーの端に追い詰められた二人に逃げ場はなかった。

 

 真名にしてみれば散々苦労を背負わされているのだからそれなり以上の進展はしておいて貰わないと割に合わないし、超にしてみても親友である古の進展は是が非でも望ましい事なのである。

 つーか、とっとと進展してくれないと胃が持たん。

 

 

 「昨夜は横島さんを追って行ったな? 綾瀬が言ってたが、何だか礼を言われて悶えてたと?」

 

 「え? あ、いやそれは……」

 

 「古。横島サンとの距離は取り戻せたようネ。前以上の絆を得たみたいで友人として胸を撫でおろしてるヨ」

 

 「あ、そ、それは、感謝してるアルよ……」

 

 

 「「で?」」

 

 

 真名と超の、声の重さが増した。

 

 

 「「ハ、ハイ!?」」

 

 

 余りの大迫力に、追い詰められている二人は更に気押される。

 

 

 「「いい加減、気が付いたか(ネ)?」」

 

 

 「「は?」」

 

 

 目がキリキリと釣り上がってゆく二人の表情に楓と古は怯える事しかできないが、何を問われているのやらサッパリサッパリ。

 二人してポカンとする事しかできない。

 

 真名達からすれば殺意が湧くような返答であるが、バカレンジャー相手にこの問い方は間違いだナと理解を見せ、深呼吸してもう一度問う。

 

 

 「昨晩、横島さんと共闘してたよな?」

 

 「あ、ああ、そうでござるよ」

 

 「その時、散々心配させられたとか……心からハラハラしたネ?」

 

 「う? え、あ……そ、そうアルが……」

 

 

 まだ解っていなさそーであるが、流石に二人の心にも進展っポイものが感じられる為、真名も“多少”は落ち着けている。 

 だからといって、イラつきが解消されたわけではないのだが。

 

 

 「「で、」」

 

 「「ひ、ひゃい!!」」

 

 

 

 「「そんな彼を見て二人はどう思った(カナ)?」」 

 

 

 「「は?」」

 

 質問の意味が解らない。

 というか、意図が解らない。

 

 しかし考えてみれば真名は学校の裏に関わっていて、それなり以上の調査を行ってもいる女であるし、超は超で突拍子も無いくらい多方向に手を伸ばしまくって研究をしている麻帆良の頭脳とまで言われている大天才だ。何気に“裏”まで知ってるし。

 だったら横島という存在がイロンナ意味で気になるのかもしれない。

 確かに、昨夜の活躍……というか奇行は想像の斜め上だったし。

 

 何だかその意図を右斜め上くらいに履き違えている気がしないでもないが、一応の納得がつくと二人は顔をを見合わせて小さく頷き、真名たちの目を見ながらこう言った。

 

 

 

 「「超・気合の入ったドスケベだった(アル)でござる」」

 

 

 

 直後、真名達の膨れ上がった殺気から逃走するのに札の力まで使わねばならなかったという——

 

 

 

 「イヤハヤ……あの二人、ナニをあんなに怒ってたでござろう?」

 

 「不明アル。アノ日だたアルか?」

 

 「さて……二人の周期まで存ぜぬが……」

 

 

 見知らぬ地ではあるが、楓が道を覚えているので迷ったりせずに道を進む事ができていた。

 

 しかし二人してがっくりと肩を落とし、その足取りもぽてぽてとしていて疲労が見える。

 

 まぁ、夕べから続いて朝までドタバタ。

 何だか疲労が抜けきらないのもしょうがないだろう。

 

 

 「横島殿を見てどう思った……で、ござるか……」

 

 「ヘンな質問だたアルな」

 

 「そうでごさるなぁ……」

 

 

 どこからか歯軋りでも聞こえてきそうである。

 

 

 「確かに暴走はしたでござるが、それは彼奴らが木乃香を企みに使用せんと誘拐したが為。

  非は向こうにあるでござるし……」

 

 「エヴァが魔法使いという事は知らなかたアルが……

  敵であたにも関わらずその魔法からあのメガネ女護ってたみたいアルな」

 

 

 その言葉に、楓の口元に笑みが戻った。

 

 

 「横島殿らしいでござるな」

 

 「そうアルね」

 

 

 そして古の口元にも。

 

 笑顔と共に元気も少しは戻ってきた。

 

 だから足取りも軽くなり、スピードもついてくる。

 

 

 「流石は拙者の横島殿でごさるな」

 

 「ウン。私の老師らしいアル」

 

 

 何というか……真名達の耳が無ければするりとこんな言葉すら出てきたりする。

 

 おまけに二人して気付いていないようなので、かなり自然に出た言葉っポイ。

 極普通にそんな事を思っているのだろう。

 

 ただ、無自覚なだけで。

 

 

 結 局 は 変 化 無 しか ぁ —— っ ! ! ? ?

 

 

 なんて真名の幻聴が聞こえたり聞こえなかったり……

 

 兎も角、足取りが軽くなった事で、鼻歌なんぞ歌いつつ約束の場所へと向う二人。

 

 旅館を出るのはナゾの事件によって遅くなったが、ペースが速くなったので結局は時間ぴったり。結果オーライと言えよう。

 

 

 「あ、老師」

 

 「ふむ。長殿も御一緒してるでござるな」

 

 

 目ざとく見つけた古の指の先。

 

 二人の会話の中心にいた横島は相変わらずだ。

 詠春に対して見事すぎる土下座をかましたり、泣きながら怒ったりしている。

 その横で真似をしているのだろう、かのこがぺたんと伏せているのが何とも微笑ましい。

 

 そんな様子に苦笑し、二人は手を振って駆け出した。

 

 

 「老師ーっ!!」

 

 「お待たせでござる」

 

 

 その声に気付いた横島はこちらに顔を向け、手を振って二人に答えた。

 

 こちらに向けてくれるその顔はやはり穏やかな笑顔。

 何時もの彼でいてくれている証だ。

 

 楓は昨夜のそれを思い出し、顔を熱くしてしまう事を防ぐ事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 「二人とも元気やな〜」

 

 「はっはっはっ これが若さでござるよ」

 

 「そーゆー老師も元気そうアルな」

 

 「巫女さんとお話できてりゃもっと元気だったんだがな……」

 

 

 元気に駆けて来た二人に何時もの口調で話し掛ける横島。

 直に出たのは恨めしげなセリフであったが、二人には目を逸らされ口笛なんて吹いて誤魔化される。

 

 こーなるとどー言っても無駄なのは“向こう”で思い知っている。

 チクショウ、コイツらがじょしこーせーだったらひぃひぃ言わしたるのに……と肩を震わせてみたり。

 

 

 ちょっと涙声が混ざってる男もいるが、会話そのものは実に和やかで楽しそう。

 そんな仲良さげな三人の話に割り込むのは無粋だと解ってはいるのだが、

 

 

 「それじゃあ皆さん。京都の楽しんでいってください」

 

 

 詠春は丁度良いキリだと別れを口にした。

 

 

 「あ、ハイ。お世話になりました。

  報告書、ちゃんとジジ……もとい、学園長に渡しておきます。

  それと……」

 「はい。その件(、、、)もお引き受けいたします。ちゃんと伝えておきますから」

 

 「感謝します」

 

 何とも奇妙な光景であるが、意外なほど慇懃に頭を下げて礼を言っている横島。

 彼が手にしている封筒が報告書だということは会話から解るものの、丁寧な礼の意味は解らない。

 

 何アル? と古が問い掛けるが、横島も個人的な頼み事だよとしか言ってくれない。

 

 

 「まさか女の子を紹介してとかじゃないでござろうな……」

 

 

 等とものごっつい目で楓が睨みつければ、古も忽ち眼つきが鋭くなる。

 古は元々猫っポイ目をしてるので虎の様になってごっつ怖い。

 

 

 「大丈夫です。横島君に頼まれたのはそういった手合いの話じゃありませんよ。多分」

 

 「多分ってナニ!? フォローはもっとキチンとして!!」

 

 

 ほほぅ……と更に鋭くなって行く視線にビビリつつ、そう言って訂正を求めるが詠春は笑うだけで何もしてくれない。

 

 楓と古は、直様横島の襟首掴かみ、尋問とゆーか拷問っぽい問答をおっ始めようとする。

 

 チョークチョークと半泣きの横島であるが、それで止めてくれる二人ではないのだ。

 

 

 「横島君」

 

 「ぐ、ぐぇええ……ふぁ…は、はいっ!!」

 

 

 良いタイミングで詠春が割り込みを掛けてくれなければちょっとだけまた河原を覗いてしまっただろう。

 話し掛けられた瞬間、楓と古が手を放したため難を逃れて一安心。

 

 

 「これだけ君を思ってくれる二人を心配させた君は、その事を決して忘れてはいけません」

 

 

 だが、意外なほど詠春は厳しい言葉を横島に向けていた。

 

 穏やかだった表情も、緊迫とまでは行かないが引き締まって厳しいものとなっている。

 

 それだけ横島の事を心配してくれているのかもしれない。

 

 

 「お、長殿」

 

 「え、えと……」

 

 

 楓と古はそんな言葉に照れが現れ口に出す言葉が見つからない。

 

 かのこも視線を詠春とご主人様の間を行ったり来たりさせている。

 

 その表情は二人と一頭には見えていないが、彼は俯く事もなく真っ直ぐ詠春に顔を向けて言葉を受けていた。

 

 

 「確かに君自身が仰るように、君は未熟です。

  感情に流され、戦いに集中しきれていなかった。

  それでは貴方だけでなく、君の周りの人たち……このお二人にも被害が出てもおかしくありませんでした」

 

 「それは……」

 

 

 と楓らが横島を庇おうとするが、彼は顔も向けずに手だけで彼女らを制する。

 

 彼自身かなり後悔している事柄なのだ。

 

 事実、刹那はおろかズブの素人である明日菜が戦っていた事すら気付けていなかった。

 今も詠春に指摘されて初めて気が付き、散々後悔したものである。

 

 だから忘れぬ為にも、心に刻む為にもこういった苦言は実にありがたい。

 

 

 「……そんな自分の弱さを……

 

  越えねばならない弱さを受け止めている貴方に免じ、

 

  先程の言葉通り貴方の希望をお受けいたします。

 

  この私……近衛詠春の名において確と伝えておきましょう」

 

 

 言葉の意味が解らぬ二人は首を傾げるのみ。

 

 当の横島は、そんな彼の厳しくも優しい言葉に笑顔を向け、

 

 

 「ありがとう……ございます」 

 

 

 真摯な声で礼を言い、頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 「でもね……」

 

 「はい?」

 

 

 

 

 「一人の人間として、

  近衛木乃香の父親として、

 

  あの娘の為にあそこまで必死になり、

  あそこまで怒ってくださった貴方には心から感謝しています。

 

  本当に、ありがとうございました——」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 詠春と別れ、三人と一頭で坂を降りて歩き出す。

 

 これといって目的地は無いのだが、何せ二人を連れている横島は無駄知識だけは夕映に勝るとも劣らないし、無駄に体験が多いため話題には事欠かない。退屈する暇も無いくらい。

 

 

 「うん二人の行きたいところは解った。

  ふ……安心しろ。このオレの無駄知識をもってすれば今日にもバスガイドに転職可能だ」

 

 「つか、男のバスガイドなんかウケないと思うアルよ?」

 

 「何だとーっ!? 女装しろとでも言うのか!?」

 

 「言てないアル!! それともムリヤリさせてほしいアルか!?」

 

 「勘弁してください」

 

 「というか、無駄な知識だから無駄知識というのでござらぬか?」

 

 「……生まれてきてスンマセン」

 

 

 ……どちらかというと横島を虐めて楽しんでいるだけという気もする。

 

 詠春との会話で何だか妙にぎこちなくなったが、そこは横島忠夫。そういった機微には聡過ぎると言って良い彼である。身体を張ったバカをやり、あっという間に空気を元に戻していた。

 

 だから当然、彼女らも本気で虐めているわけではないし、横島とてそんな事は理解している。

 

 最悪の場合は、今日こんな笑い話をかましつつ歩く事等できなかったのだ。だからバカでもやってさっさと空気を軽くし旅行の残りを楽しまねば勿体無い。

 

 

 「シネマ村は昨日も行ったけど、また今日も行くんか?」

 

 「拙者は行ってないでござるから」

 

 「私は着物着てみたいアルな。

  かえではやぱり忍者姿アルか?」

 

 「忍者装束で街を歩けと? それは忍んでないでござるよ」

 

 「「アンタが言うっ!?」」

 

 

 何時しかさっきの様に横島の腕を取り、三人肩を並べて歩いている。

 そしてその足に かのこが跳ねるように纏わり付いていて、まるで仲の良い家族の態だ。

 

 無意識に心を許し合っているかもしれない。

 極自然にそう見えてしまうのだから。

 

 

 実際、横島も照れもせずそれを極自然に受けていた。

 

 まぁ、幾らロリちゃうんやーっ!! 等と戯言(戯言ちゃうわーっ!!!)ホザいていても、腕を組むくらいは何てことも無い。

 “向こう”でもず〜〜〜っと自称弟子と腕を組んで(組まされて)いたし。

 胸を押し付けられでもしない限り平気である。押し付けられたらどうなるか知らないが。

 

 それでも嬉しいのだろう。古は腕を取ったまま横島を見上げ、

 

 

 「それで、何をこのかのパパさんに頼んだアル?」

 

 

 と笑顔で問い掛けた。

 

 横島はう〜ん軽く唸りつつ空を見上げ、

 

 

 「いや……そろそろオレも修行しようかと思ってな。

  今回の件でかな〜り思い知ったし」

 

 

 と、意外過ぎる言葉を口にした。

 

 古は熱でも出たカ!? と驚きを見せていたが、楓は何となく理解している。

 

 力の使い方を間違えかかったのだ。

 二度と間違えさせない為にも、二度とあんな顔をさせない為にも彼のその思いつきは賛成である。

 

 まぁ、“自発的”というのが意外すぎるだけで………

 

 

 「ひょっとして……その御仁は妙齢な美女とかではござらぬか……?」

 

 

 ぎちっと万力のような力で腕を掴まれた上、貫くような殺気を浴びせられて一瞬心臓が止まる。

 

 

 「ほほう……そうアルか? 老師……」

 

 

 何故か古の手にも力が満ち満ち溢れ、スーパーな握力で腕がつかまれてしまう。

 なんか腕がとっとと白くなってるし。

 

 

 「んぎょぃいい……っっ!!

  ち、ちゃうから……ちゃうってば!! 離して〜!!」

 

 「本当でござるな偽りならば……」

 

 「ホンマやて!! 嘘ちゃうわーっ!!!!!!」

 

 

 何とか腕を離してもらうが時既に遅し。両の二の腕は二人に握り締められて紫+真っ白になっていた。

 

 流石にやり過ぎた事は理解できるだろう。二人して頭を下げている。

 

 

 「す、すまないアル……」

 

 「……申し訳ござらん」

 

 「い、いや、ええって……何か知らんけど怒りを静めてくれたら……」

 

 

 フーフーと息をかけるがそれで回復するわけも無く両腕はだらんと垂れて痺れたまま。

 

 ぺろぺろと かのこが舐めるがこの姿のままならヒーリングにはならないらしい。心の癒しにはなっているけど。

 

 そんな腕を庇うように二人がまた腕を組んでくるが、流石に横島は緊張を隠せなくなっていて物悲しい。

 

 それても二人の機嫌が直ってるのなら構わないようだが。

 

 

 気を取り直して歩き出す三人と一頭。

 まぁ、今日も自由行動なので然程時間を気にする事もなくブラつく事が出来るのは幸いだ。

 

 

 「そういや、楓ちゃん。オレの財布返してくんない?」

 

 「何に使うでござる?」

 

 

 そう横島が言うと、意外なほどあっさり懐からサイフを取り出して横島の手に乗せた。

 何故彼女が持っているのかというと、彼が不埒な行動を取らないよう財布を握っていたからだ。

 

 自分の金であるのに何故このような言われ方をしなければならないのかサッパリであるが、財布の紐を握られ慣れているかのように気にもしていないのは流石と言おうか……

 

 

 「ん。いや、どーせ今日はおごるつもりだから、幾らあんのか確認するだけ」

 

 「は? いや、流石に拙者らは自分の分くらい出すでござるよ」

 

 「ウン。

  そう言ってもらえるのは嬉しいアルが、裏に関わてからは多少バイト代みたいなものが入るようになたし」

 

 

 だが、横島は笑顔で手を振って二人のありがたい言葉を塞いだ。

 

 

 「いいって。

  デートん時は男が払うもんだ。こーゆー時に遠慮すんなって」

 

 

 とんでもない言葉と笑顔でもって。

 

 

 「ぐ……っ」

 「…っ」

 

 

 瞬時に二人の顔が真っ赤に染まり、言葉が詰まる。

 

 そんな二人に気が付かないのか、横島は返してもらった財布を確認し、『ああこれだったら結構ぶらぶら出来るし、飯もそこそこなのおごれるな』と安心していた。

 何せ使わせてもらっていなかったのだから大半が残っている。帰りの足代と用務員仲間であるオバちゃんズへのお土産の分を差っ引いても結構残るではないか。

 

 嗚呼、今の職場万歳……等と感動してみたり。

 前の職場が賃金に問題あり過ぎただけだという説もあるが。

 

 兎も角、懐の温かさに満足し、横島は二人を促した。

 

 

 「さ、行こか。時間もったいないしな」

 

 「え? あ、う、うん、そう……アルな」

 

 「し、承知したでござる」

 

 

 目の前の問題は解決したものの、裏で蠢いていた問題は何も解決していないと思う。

 だけど迷惑をかけてしまった二人に、頑張ってくれた二人にこれくらいのサービスをするのは男として当然の事。そう横島は思っている。

 

 無論、助けてくれたお前にもだぞーと かのこを撫でる。

 また輸入モノだけどサクランボ買ってやるぞと言ってもらえ、ダブルの幸せで喜びに跳ねていた。

 

 

 「ふ……平安の昔から検非違使から逃げまわり平安京を走りまくっていたオレだ。

  訳の分らん街角の謂れから、漬物キャンディーといった色モノ土産までずずいっと堪能させてやろう」

 

 

 トンデモ発言+嬉しくない土産情報をもらいつつ、横島に引き摺られるように歩く二人。

 

 足取りは決して重くないが、縺れるよ—な気がするのはなぜだろう。

 

 

 不安はないのにも胸のもやもやが消えず。

 苦しくないのに痺れてくる。

 

 気持ちは半ば理解しているものの、想いそのものには気が付いていない二人。

 

 それでも何とか調子を取り戻し、茶屋や土産店巡りを楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 本日何本目かの煙草をくわえつつ、詠春は娘らを待っていた。

 

 岳父はかなり苦労しているだろうが、久しぶりの外の世界をエヴァが楽しんでいるのだから好しとしよう。何気に酷いが。

 

 肺に溜めた白い煙を吐き出しつつ詠春は横島の言葉を思い浮かべる。

 

 

 『あのガキ、何だか知らねぇけど戦闘中にオレに覚悟がどうとか、信念がどうとか言ってきてたんスよ。

  フツーそんな言葉を吐くのは、押しつけがましい戦争観念持ってるやつか、

  自分が悪の汚名かぶってでも闘ってれば結果的に良い方向に向かうとでも思ってるか、

  あるいは正義の徒だとでも思ってるイカレたやつくらいっスよね? 神様とかは別として……

  最悪、そのワケの解らない主義で何か起こすと思うんスよ。だから注意してほしいんですよ』

 

 

 詠春には思い当たる存在があった。

 

 自分がやっている事は非道であるが、結果的には平和に繋がる近道。

 そう信じて暗躍し続けていた者達の事を……

 

 もしそうだとすると性質の悪すぎるジョークだ。

 しかしそうなると“あの名前”を使っていた事も納得できる。今頃行動を再開させたことに驚きを隠せないが。

 

 

 火の付いているそれを再び口に咥え、吸う。

 

 うまいと感じるようになってしまった煙でもって胸を満たして再び横島を思い浮かべる。

 

 

 自己犠牲は自分勝手と変わらない。

 

 自分が犠牲になれば……というのには、自分さえよければという事と違いはないのだ。

 

 昔闘っていた者達は正にそれに値し、尚且つ更に性質が悪い。

 

 

 「だが彼は……彼のそれは……」

 

 

 犠牲のベクトルがまるで違う。

 

 彼は馬鹿になる。持ち前のバカさ加減を曝しまくる。

 

 でも誰も泣かしたくない。

 

 自分を犠牲にする事で、自分の周りから大切な何かを奪う事を知っているかのよう——いや……実際に知っている。“思い知っている”のだろう。だから犠牲のベクトルをちゃんと選ぼうとしている。

 

 そしてあえてバカをやって笑いを取る。

 

 

 ——どうせなら笑わせる。お腹を抱えて笑わせる。

   心配してくれる女の子がいるのなら尚の事。

 

   昨晩の事は幸いにも教訓にできた。

   だから“次”は間違えないようにしたい。

 

 

 真面目な顔をしてそんな事を言った彼の考え方は大いに気に入った。

 

 そこらの馬鹿のような自己犠牲とはまるで方向が違う。

 戦いの只中であたかも道化のような体を張り方をし、全てを御破算……台無しにするつもりなのだから。

 

 

 だからサイアクな行動をとろうと“最悪”を選ばない。サイアクと言われようが皆にとっての“最善”を手にするだろう。

 

 

 「その手助けをしてみるのも……楽しそうですね……」

 

 

 詠春の口元にまた笑みが戻った。

 

 

 「あ、長さーん!!」

 

 

 そんな彼の耳を少年の声がくすぐった。

 

 可愛らしい少年魔法使い。大事な友人にして馬鹿野郎の子供。

 

 その子供があの時の友人のように多くの少女らと共に歩いてくる。

 

 

 そうか……もう戦いは次世代へと移っていたんですね……

 

 

 そう再認識した彼は手を上げて笑みと共に少年を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 ——明くる日。

 少年少女らは麻帆良と言うホームに帰って行った。

 

 

 行く時の騒がしさはなく、心地良い疲労の中でまどろみつつ。天井に小鹿を乗せて——

 

 

 決意や和解……誤解やら絆などを齎し、普通の年代の少女らより思い出深い出来事を心に刻み、彼女らは居場所へと戻って行く。

 

 小さな魔法使いはパートナーの少女と肩を寄せ合い戦いの後の安らぎを甘受し、

 異界の霊能力者は、少女らに泣き顔が訪れなかった事を心から安堵しつつも、必要以上の出費に涙をチョチョぎらせつつ泣き寝入っている。

 

 

 

 一時の安らぎに浸っている次代を担う者たちの大切な時。

 

 

 

 

 

 何かを見、何かを知り、何かを得た忘れ難い旅は——このようにして終わりを告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——蛇足。

 

 

 「超」

 

 「何カ?」

 

 「媚薬か催淫剤は手に入るか?」

 

 「作る過程以外は同じものなのだがネ……ま、何とかなるヨ」

 

 「あの馬鹿忍者に無理やりにでも飲ませて隔離したいと思う。用意できるか?」

 

 「………考えておくヨ。こちらも同じ様な事考えてたしネ」

 

 

 




 御閲覧、ありがとうございました。おつかれさまです。

 エヴァが横島を敵と間違えた。これは後のネタフリでしたが当然バレませんでした。その代り色々言われたりしましたが……嬉しいやら悲しいやらw

 以前にも書きましたが、この流れは元の分岐点の一つでした。
 今は言えませんが、大きく話が割れます。今はまだナイショですがww
 ネタとしては、オカルトとかファンタジーというより、SF…いえサイエンスファンタジーってトコでしょうか? まぁ、エラい先なのですが。

 兎も角、今回はここまでです。なんだか駆け足気味で申し訳ない。
 これから女の子が増えていく事でしょうが、気持ちの高め方に気をつけますのでお許しを。
 
 てな訳で、続きは見てのお帰りです。
 ではでは~

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