-Ruin-   作:Croissant

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中編

 

 

 よく顔を合わせてはいても、珍しいシチュエーションで出会えば対応は変わる事がある。

 

 無論、そんなに意外極まる状況が訪れるはずもないが、今目の前にいる彼女は本当に珍しく——いや、“久しぶり”が正しいか——良いモノを手に入れたと言わんばかりに機嫌が良い。

 

 よって道端でばったりと旧知の人間に出会っても、今までのように眉を潜めたりしない。

 

 

 「お」

 

 

 等と今更気が付いたかのような声を漏らし、片手をひょいと上げて「やぁ」というニュアンスで挨拶を送られても、

 

 

 「ん」

 

 

 と、珍しく反応は薄いものの彼女の方も(僅かなものであるとは言え)笑顔でそれを受けていた。

 

 これで? 等と言う事無かれ。今までの彼女は本当に無関心だっのだから。

 

 今の極々簡素な掛け合いにしてもそれはしょうがない事。

 何せ元は同級生。嫌でも気心は知れているし、“それ以外”でも長い付き合いなのだ。

 

 彼の人生の半分以上の年月を籠の鳥としてこの地に縛り付けられていた彼女である。

 虚脱やら絶望やらするには十分な時間だ。

 

 だから以前の彼女なら声をかけても無視するか空っぽの眼差しを送ってくるか、良くて鼻先で笑う程度だった。

 

 

 ——そう、“だった”。過去形なのである。

 

 

 「一人かい? 珍しいね」

 

 「あぁ、茶々丸はメンテだ。

  最近の私はことさら(、、、、)体の調子が良いからな。一人で散策をしているのさ」

 

 「ふぅん……?」

 

 

 時間は逢魔が刻。

 そろそろ“裏”に関する見廻りを始める時間ではある。

 

 そんな時間を学園の結界に大半の力を封じられている筈の彼女がこれだけ自信たっぷりなのだ。良い触媒でも思いついたのかもしれない。

 

 ただ、それでも面倒くさがりの彼女が侵入者が現れてもいないのに自分から動いているのは珍しい。

 ちょっと前なら吸血行為をぶちかましているのでは? と、ヒヤヒヤさせられていたのであるが、幸いにもあれからは(、、、、、)行っていない。なら本当に何らかの理由で調子が良いのだろうか?

 

 尤も、ちゃんと受け答えをしてくれる事に不満がある訳もなく、元同級生として嬉しい限りなのだが……

 

 しかし彼女の目は警戒しているとは言い難い期待にも似た楽しげなもの。

 見廻りが楽しいという訳ではなく、その後に思いを馳せているのだろう。

 

 付き合いの長さからかそれが解ってしまい、苦笑してしまうのは仕方のない話だ。

 

 

 「うん? 何だ?」

 

 「いや、何でもないよ」

 

 「フン……おかしなヤツだ」

 

 

 そんな彼の笑みに気付いた彼女であるが、文句もこの程度で終わる。

 

 余りに以前と違うので物足りないという気がしないでもないが、それだけ今を楽しめているのは重畳だ。

 

 尤も、彼女を楽しませる羽目になった根本的な原因……死んでいると想っていた想い人の生存を知る事……は良いとしても、もう一つの機嫌が良い理由であろう、下僕にされた“あの青年”から言えば災難以外の何物でもないだろうが。

 

 

 「あ、そう言えば……」

 

 「あん?」

 

 「楓君から聞いたよ。昨日は大変だったそうだね」

 

 

 余りお行儀良いとは言えないが、あの青年の事で件の茶々丸という名の少女に起こったという一件を思い出し、くくくと笑ってしまう。

 

 そんな様子を見た少女は、彼が何を思い出し笑いしているのか解る訳もないので、眉を顰めて僅かながら首を傾げていたのであるが、流石に長く生きている所為か勘働きは良いらしく直に何を笑っていたのか気付いてかぁっと頭に血が上った。

 何時もの……いや、昔見せてくれていた彼女の怒っているそれの顔で。

 

 

 「ええい笑うなっ!!」

 

 「いや、ごめんごめん……

  でも、考えてみれば確かにそうだったんだよね。

  気付かなかった僕らも悪いんだけど……くくく」

 

 「……くそっ」

 

 

 ふんっと鼻を鳴らしてズカズカ大股で歩いて行く。

 

 折角久しぶりに穏やかな会話ができたというのに元の木阿弥。からかい過ぎた事を恥じつつ、彼もまた速度を上げて後を追った。

 

 ちょっとだけ嫉妬していたのかもしれないなぁ……等と苦笑しつつ。

 

 

 二人が言っていた茶々丸の話と言うのは、彼女の元に一人の青年が少女二人を連れて訪れた時の事だ。

 

 彼女がその青年に戦い方を教えてやる事を決めた後、小一時間(別荘の外の時間で言えば数分)ほどして戻って来た噂の少女茶々丸であったが、この学園都市に張り巡らされている認識阻害の魔法の所為だろうか、少女二人は彼女が人造人間であることに気付いていなかったのである。

 

 確かに表情の方は読みにくいが全く動かない訳ではないし、所作や心使い等を見ると優しい少女にしか見えない。食事をしているところや入浴などを行っていない事がちょっと変かな(、、、、、、、)? と思う程度だった。

 

 しかし、よくよく見直してみると関節はマリオネット然としていて接合部が目立つ。

 足からジェット噴射で空を飛ぶし、耳の辺りにはセンサー(アンテナ?)がついている。

 冬服なら兎も角、夏服ならば足元の球体関節まで目立つのでロボロボしまくっているというのに、青年が『見て解らんかったんかいっ!?』とツッコミを入れてしまうほど、誰も彼女がロボであることに気付いていなかったのである。

 尤も、魔法によって神秘的なものに気付き難くされていたのだからしょうがないのであるが。

 

 

 ——問題はそんな事ではない。

 

 

 その程度の事なら彼にとっては実に大した事ではないのだ。

 

 何せその茶々丸という美少女ロボの主は真祖の吸血鬼であり、同じクラスに人外ハーフもいる。更に裏で名の知れたプロの狙撃手もいるし忍者だっている。担任の先生なんか若干十歳の魔法使いだ。

 

 おまけに彼自身が宇宙人(正確には別宇宙の人間)である。

 

 今更何をどう問題視しろというのだろうか?

 

 尚且つその青年は相手が美女美少女であれば種族とかの問題は二の次三の次四の次以下。

 

 話に出ている茶々丸という人造人間は行きつけの飲食店で働く可愛い女の子で、自分の相棒二人の同級生。そういう認識で思惑等は終了し、『血の通わない人形』等といった判断は起こらない。

 そう言った言葉で茶々丸を傷つけようとする者がいれば、『地獄に行くのとヘルに叩き落されるのとどっちが良い? 選べ。さもなくばKILL』と激怒るほどに。

 

 初めての恋人が決戦用女性型造魔だった彼だ。

 “人間ではない”等という“些細な話”は彼にとっては何の問題にもなりゃしないのである。

 

 そう——そんな事ではない。そんな事ではないのだ。

 

 

 その問題とは……

 

 

 『ハイ。

  私はエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル様をマスターとするガイノイドです』

 

 

 と彼女が名乗った事である。

 

 その言葉が出た瞬間、空気がカチンっと凍りついた。

 主に青年の周囲のみが。

 

 ギリギリと錆ついたブリキ人形の動きで首を回し、マスターとやらに視線を向け、またギリギリと音を立ててその少女人形に眼を戻し、

 

 

 「マジ?」

 

 

 と、聞くと、彼女も簡素に「ハイ」と返した。

 

 側にいた二人の少女と小鹿が「?」と首を傾げ、とりあえず訳でも聞こうと声をかけようとしたその瞬間——

 

 

 「 見 損 な っ た ぞ っ !! キ テ ィ ち ゃ ん っ っ !!!」

 

 

 彼は感情を爆発させた。そりゃもう、ドカーンっ!!と。

 

 

 何だ!? 一体何がどうしたというのだ!?

 わーっ!! 老師ーっ!! 御気を確かに!!

 落ち着くでござるっ!! 殿中……もとい、別荘でござるよ!!??

 ぴぴぃ!?

 あ、えと、何がどうなって……

 

 どこから取り出したか楓謹製『ツッコミ&模擬戦専用ハリセン』を振り上げて唐突にエヴァに襲い掛かる青年。

 

 急にいきり立った青年に呆気に取られて中々動き出せなかった三人の少女らを他所に、真剣宜しくハリセンを振りたくってエヴァを追回す彼の奇行には、流石の真祖の吸血鬼も魔法を使って対応する事すら思い付かなかったという。

 

 少女らはその後何とか再起動を果たしたものの、ロケットアームまで駆使し、三人がかりで取り押さえるのにかなりの時間と手間を労して、機械の身体ながらその茶々丸も冷や汗を掻いていたらしい。

 

 

 で、ナゼに彼はここまで暴走したのかというと……

 

 茶々丸の語った紹介の中にあった単語、ガイノイド。

 これは女性型の人造人間を指す言葉であるが……この女性型アンドロイドを意味する単語には隠語も含まれているのだ。

 

 古典SF用語でもある女性型人造人間を指すガイノイドという単語であるが、わざわざ“女性型”と区切りを付ける理由に、『女性の“機能”を持つ』という意味合いがある。

 要するに用語的な意味だと『夜のお相手用』という事になるのだ。

 

 だから平たく言えば……

 

 

 『私はエヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル様をマスターとするセ○サロイドです』

 

 

 と名乗ったようなものなのである。

 

 無論、そんな戯言に聞こえたのは青年の耳だけ。

 知識が無い人間なら、言葉の意味は良く解らないけどハイテクロボという事かな? てな感じに捉えた事だろう。

 

 つーか流石は超煩悩魔人、古典SF用語のそーゆー知識にも事欠かなかったらしい。

 確かにそういう事なら、彼がそうまで暴走した理由も解るというもの。

 しかしそれはエヴァが茶々丸をそういう理由(、、、、、、)で傍に置いていると言っているようなものなので、

 

 

 『 私 を 何 だ と 思 っ て る ん だ っ !!!』

 

 

 彼女自身による、ちょっちキツ目の教育的指導がぶちかまされて騒動は集結した事は言うまでもない。

 

 そして更に、以後ガイノイドという自己紹介はしないようにという命令を茶々丸に下した事もまた語る話でもないだろう。

 

 

 

 その話を付き添いをしていたくノ一少女から聞き及んでいた男は、内容が内容だけに未成年の少女の前で笑うような事はしなかったが、今になって思い出し笑いをしてしまっている。

 

 これで話に出た青年がちょっとでも茶々丸に対してロボ扱いがあれば別の話になるのだろうが、やはり彼は人であろうがなかろうが女子供に優しい為、単なる笑い話にしかならないでいた。

 

 どうせあの青年の事だ。この元同級生の少女にも“女の子”として接する事だろう。

 

 そんな事が極自然に行える彼にやっぱりちょっと妬ける気がしないでもないが嬉しかった。

 

 ウッカリからかってしまったのはそんな嬉しさからか。

 自分もしょうもないところで子供っぽいなぁと苦笑しつつ何とか謝罪に成功し、横に並ぶ事を許された。

 

 

 「でも、今日は朝から機嫌が良かったじゃないか。

  彼の事、そんなに気に入ったのかい?」

 

 

 そしてこの地に封じられている彼女の事を気にかけていた分、こんなに楽しそうな笑顔をさせられている事を羨ましく思う。

 

 

 自分には——いや、“あの人”以外の何者にも叶わない事だったのだから……

 

 

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、彼女——どう見ても小学生然とした少女であるが……——は、何時の間にか機嫌を直し、実にイイ笑顔で空を見上げている。

 

 

 「くくく……まぁな……あまりのヘッポコさ故に面白くて仕方がない」

 

 

 少し前なら忌々しく観えていた空の色。

 

 赤ければ血の色に見え、青ければ切り捨てられている気がしていた。

 如何に学校に通おうと何回も何回も中学生をやり直し続けさせられ、同級生は片っぱしから卒業して行き、自分を知られている一般生徒なら記憶まで修正される者までいる。

 明るい世界の中を歩めるようにここに入れてくれた筈が、クソ明るい箱庭に閉じ込められているようなもの。 

 

 無茶をしようにも力は出ず、抗おうにも術がない。

 高く飛べていた夜空すら遠く、昼の空も如何に色合いを変えようと井戸から見上げているような気にさせられていた。

 

 

 しかしながら今の心境からすれば生活を飾る色彩に感じられる。

 

 何せ自由になれる方法が僅か一個で数多(あまた)と手に入ったのだ。

 余りに便利すぎる能力なので、かえってその手段を思いつくのが難しいほどに。

 

 余裕が生まれれば期待も高まり、削れて消えかけた夢すら頭を(もた)げてゆく。

 そうなると余裕も生まれ、ここを出た未来を考えるという事も考えられる余裕すら生まれてくる。

 

 追い求めるモノが生きている事を知り、外に出る手立ても今は兎も角、近しい未来で実現できるだろう。

 色々考えるのもまた楽しい物だ。

 

 新しい配下や下僕も手に入り、そいつらを鍛え上げてゆくのもまた一興。

 

 今の問題は“奴”の行く方のみ。

 

 逆に言えば行き先が知れるまでここにいれば良いだけ。

 仮に今外に出ても名を売ろうと襲い掛かる輩を相手にしなければならない可能性が高い。この間の西の一件で生存が知られた可能性も捨て切れないし、戦いそのものは嫌いではないが、蝿のようにたかって来る雑魚との戦いは煩わしいだけだ。

 

 だから今はこの地に封じられた当初のように、ヒトとしての不自由さを満喫できている自分がいる。

 

 そう意識が切り替えができるようになっている自分がいる。

 

 そんな影響を与えてくれるほど興味深く面白いのだろう。あの男は。

 

 

 「へぇ? だけどエヴァは物覚えの悪いヤツは嫌いとか言ってなかったかい?」

 

 

 その彼女の言葉がちょいと気になっただろう。彼はそんな事を口にする。

 

 普段の彼女はここまで話し易くないのでそれも手伝っているのかもしれない。

 

 

 彼女はふふんと鼻を鳴らしつつ、出会った頃よりずっと高い位置になってしまった男の顔を見上げる。

 

 

 「何か勘違いしているようだな」

 

 「え?」

 

 「アイツはな、キサマ同様ほとんど魔法が使えん。

  お前のように詠唱ができんのではなく、

  使えるのに(、、、、、)魔力を持てん(、、、、、、)のだよ(、、、)

 

 

 それは仕方がない事。

 

 何しろ彼の概念には、魔力持ち=魔族という図式がカッチリ入り込んでいるのだから。

 

 どれだけ頭で『それは違う』と解ってはいても、魂に焼き付けられた概念は取り除けない。

 よって彼は魔力を集められても持つ事は出来ないのである。

 

 

 尤も——

 

 

 『その代わり……魔力の収束能力はナギすら超えているがな』

 

 

 彼女は、そう小さく口の中で言葉を続けていた。

 

 つまりはそんな矛盾している点も気に入っているのだろう。

 

 無論、付き合いの長い彼はその含み(、、)を感じ取っていた。

 

 普段の彼ならばここで深く問い掛けたりはしない。

 答えてくれるような彼女ではないし、後ろ暗いものがあればはぐらかされるだけなのだから。

 

 だが、珍しく彼は好奇心から理由を聞きたくなり、その意味を聞こうと口を開きかけた。

 

 

 その刹那——

 

 

 「っ?!」

 

 「む……っ?」

 

 

 二人してその気配に気付き、同時に顔がその方向に向く。

 

 

 「数は?」

 

 

 流石は裏の世界で名の知られている二人。

 

 悪の名を持つ少女の方は兎も角、魔法世界で英雄視されている男の顔は幻視している敵に向けられ引き締まっていた。

 

 

 「さて……二匹といったところか……

  使っている奴と使われている奴(、、、、、、、)……だな」

 

 「式、か?」

 

 「知らんな。使い魔っぽいが……」

 

 

 その言葉を聞くか聞かぬかで男は地を蹴って姿を消した。

 

 正確にはとてつもない足さばきで駆けて行った訳であるが、余人ではその“入り”も“抜き”も視認できまい。

 それほどの力量を持ち合わせているのだ。

 

 

 「お〜早い早い。まだまだ現役と言ったところか」

 

 

 くくく……と含み笑いでその背を見送り、彼女はゆっくりと後を追い始めた。

 

 確かに結界を越えて侵入させてきた方法は気にはなるが、侵入してきたモノがどこに向っているかは“知覚”しているのだ。慌てる必要はない。

 

 

 それに——

 

 

 「よりにもよってあの馬鹿がいる場に向っている……か。運の無い奴め……」

 

 

 口元に浮かぶ笑みは小さいが、その実は嘲笑に近い。

 

 それらが向う場には新しく手に入れた下僕がいる。

 

 霊体に対して絶大な力をふるうあの馬鹿が……

 

 

 言うまでも無く、運の無い——と言葉を向けた相手は侵入してきた曲者に対して。

 いや、ヘタレなくせに戦わねばならないのだから、そいつに対しての言葉も含まれているかもしれないが。 

 

 

 「ま、いい暇つぶしにはなるな……」

 

 

 少女は長い髪を揺らしながらゆっくりと道を歩く。

 

 戦いを丁度良いタイミングで見物できるよう。

 

 “アレ”が負けるとは欠片ほども思わず。

 

 何だかんだで“アレ”の強さを理解している彼女は、掛かる状況を楽しみながらそこへと向って行く。

 

 壊滅的に物覚えが悪いくせに、どういう訳か要点だけはボロゾウキンのように素早く染み込ませてゆく。

 基本的な魔法知識がない為、染み込んだ知識を自分勝手に解釈したあげく、端的な方法を思いついては使用し、間違いを犯し続ける。

 

 しかし、その間違いの中にはとてつもない成功が含まれており、成功すればより効率的な方法を定理や論理等を無視して構築して行く。

 

 確かにその力の容量はかのサウザンドマスターのような英雄に劣るだろう。

 

 未来的な力のタンクの大きさも然程でもなく、ひよっこ魔法使い以下という程度。魔法使いとしては落第点しかやる事ができない。

 

 

 だが、あらゆる不利な状況をひっくり返し、根本から破壊し尽くす能力は過去の英雄どもすら凌駕する。

 

 何しろ自分より地力が上の者以外と戦った事がなく、それらをその時に倒さねば全てがお仕舞いとなってしまうというギリギリの戦いばかりを行ない、それらに勝って尚且つ無事に生きて帰っているのだ。

 

 そして彼は裏の世界でもお目にかかれない卓越した霊能力者であり、魔力では圧敗していようがその力の“性質そのもの”は数多の幻想を超えている。

 

 

 今だ感じる男の気配をトレースし、少女は更に足を速めた。

 

 悲鳴を上げまくり泣き喚くくせに必死に喰らいついてくる青年を思い、優しげな笑みを浮かべながら……

 

 

 

 

 何故か急に“霧”が掛かってきた学び舎に足を向けつつ———

 

 

 

 

 

 

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              ■十五時間目:TRAINING Day (中)

 

 

 

 

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 どことも知れぬ場所を駆ける駆ける。

 見慣れぬ廊下を走る走る。

 

 知っているのに知らない場所という矛盾も気付けず、

 記憶にも無い建物の中を疲労も湧かずただひたすら走り回る。

 

 何故足を動かしているのか、何に飢えているのか全く理解できないのだが、そんな疑問すら浮かぶ事無く彼女はフォーカスがかってはっきりしない場所をただただ駆け回っていた。

 

 

 何時も以上に身体が重く、足も考えられないほど重くて速度が全くでない。

 何かが纏わり付いているかのように、意識の後から足が引っ張られる。

 

 それでも必死になって捜し続けていた。

 

 

 異様に長い廊下を抜け、

 

 異様に高い階段を降り続け、

 

 風景と区別がつき難い人垣を越え、

 

 彼女はただ走り回っている。

 

 

 やがて校舎の脇を抜け、人気のない建物の影を走り抜け、人目から完全に陰となっている場所……校舎裏へとやって来た。

 

 

 と———?

 

 

 『あ、見つけ………っ!!??』

 

 

 やっと見つけた。

 

 捜し求めていたヒトを。

 

 今の今まで想いも浮かべられなかった飢えの理由……

 それが求め訴えていたモノを今になってやっと気付いたのである。

 

 

 しかし——“彼”は“独り”ではなかった。

 

 

 『あ……』

 

 

 思わず息を飲む。

 

 彼の向こう側には誰かがいる。

 

 顔は見えずとも誰かは解る。

 あの髪型と雰囲気、そして彼よりやや背が高い少女であるし、良く見知った相手なのだから。

 

 

 彼は、その少女と見詰め合うように向かい合わせで立っていた。

 

 

 『え……?』

 

 

 そんな彼女の困惑など知る訳もなく、青年と少女は穏やかに、そして楽しげに話を交わしている。

 

 青年の顔は嬉しげで、少女の頬はやや薄桃色。

 

 そんな二人を見ているだけで、胸に湧いたもやもやは痛みへと形を変え、彼女の胸に深く突き刺さってゆく。

 

 

 この場を逃げ出したい焦燥と、地を足の指で握り締めているかのような悔しさが身を焦がす。

 

 胸の鼓動が耳の奥まで響き、

 冷水をぶっかけられたように体温が下がるのに頭は異様に熱を持つ。

 

 苦しいのに何が苦しいのか解らず、

 痛いのに原因が解らない。

 

 こんな気持ちを持った事がない彼女は、それが何を意味しているのか気付く事もなく、ただひたすら不快感に苛まれていた。

 

 

 知っている二人が楽しげに会話を交わしている。ただそれだけの事なのに——……

 

 

 『あっ!?』

 

 

 そして二人の動きが変わった。

 

 いや、正確には動きが止まった。

 

 見詰め合ったまま二人が動かなくなったのである。

 

 

 目が細く、目が開いているのかいないのか良く解らない少女であったし、何よりこちらに背を向けているというのに何故か瞼が閉じられている事がよく解る。

 そしてその顔を見つめている青年もまた瞼を閉じた。

 

 

 ——顔を寄せながら。

 

 

 流石の彼女も、何をしようとしているか理解できる。

 

 

 『あ……ああ……』

 

 

 そして解ってしまったのだから当然のように、

 

 

 『———く……っ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ち、ちょ、駄目アルよっ!! 楓は駄目アル!!

  勘違いはいけないアル!!」

 

 

 大声で止めた。

 

 

 「楓は(ピ——ッ!)アルよ!?

 

  (ピ——ッ!)で(ピ——ッ!)で(ピ——ッ!)アル!!

 

  おまけに(ピ——ッ!)で(ピピ——ッ!)だから(バキュ——ンッ!)アル!!

 

  そんな楓に(ピ——ッ!)したら(ピ——ッ!)になてしまうアルよ!!

 

  (ドキュ——ンッ!)(ピヨピヨピヨ!!)アル!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 水を打ったように静まり返る教室。

 

 チョークを持ったまま、今一つ言っている事がよく解らず凍りついている子供教師。

 

 真っ赤になってはわわと慌てる目隠しヘアな図書部の少女やら、ギュピーンと目と眼鏡を光らせている触覚アホ毛の同部の少女。

 すわっスクープか!? と一瞬でデジカメとレコーダーを取り出す報道部。

 

 そして……

 

 

 「だから(ピ——ッ!)で(ピ——ッ!)で………ふぎゃっ?!」

 

 

 授業中、机につっぷして居眠りぶっこいていた少女、古は、

 

 

 「 古 ぅ 〜〜〜〜……… 」

 

 

 何時もとは逆。

 ものごっついおどろおどろした気配を放つくノ一少女に、万力のような力で頭を掴まれ、やっとこさ強制的に目覚めを迎えたのであった。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 「あ痛たたた……

  まだちょと痛いアルな。ヒドイ目にあたアル……」

 

 

 放課後。

 学校帰りと言うにはちょいと遅い夕暮れの通学路を、古は頭のタンコブをさすりさすり一人歩いていた。

 

 どんな夢を見ていたのか、すぽーんと忘れてしまっているからどうしようもないが、級友らによるとその夢の所為でドエラい寝言をぶちかましたらい。

 何せ楓が怒っている顔というレアなものを目にできたほどなのだから。

 

 尤も、古は夢の内容を全部忘れてしまっている。その所為というのもナニであるが、何か理不尽な目に合わされてしまった気もしないでもない。

 彼女とてあんな事言われたら激怒って殴りかかっであろうが、どんな暴言ぶっ放したかは誰もが黙して語らず。よって何を怒っていたのかサッパリサッパリなのだ。

 

 けっこーとんでもなかったらしいが、元々が竹を割ったような正確の楓であるから然程は気にはしていないようであるし、今更弁明するのもナニな気もする。

 

 ただ、のどかなど真っ赤になって口噤むのだからどんなスゲェ暴言だったか気にはなってたりするが。

 

 

 「はぁ……ヤレヤレ……」

 

 

 昨日の今日で溜め息一つ。

 

 ただ老師に会えな……もとい、霊気の鍛練ができないだけでこのだらけっぷりは頂けない。

 

 幾ら届かなくとも手を伸ばしたい地平を感じられているとはいえ、その鍛練が行なえないだけでこう(、、)なってしまうのは修業不足以外の何物でもないだろう。

 

 何しろ、彼女はそんな事を気にし続けられるほど暇ではなかったりするのだから。

 

 

 この麻帆良学園はエスカレーター式なので、外の学校を受験したりしない限り最終学年でけっこう余裕があり、絶望的な成績を取らない限り三年生になっても部活に精を出す事が出来る。

 

 そして彼女は中武研の“部長様”。

 幾らなんでも部長自ら休みぶっこく訳にはいかない。

 

 意識を別に取られて集中し切れないというだけで、部活動を蔑ろに出来るほど“ご立派な立場”ではないのだから。

 

 

 しかし、集中し切れないという事は、ゆっくりと心労が溜まるという事でもある訳で。

 無駄な思考を続けてしまった結果、普段以上の疲労を身体に齎せる結果となっていた。

 

 授業中の居眠りといい、この部活態度といい、正に自業自得である。

 

 そんなこんなで妙な気疲れで気だるくなった身体を引き摺るように部活を行い、やっとこさ帰宅しているという訳だ。

 

 

 もー 部屋に帰ったら即行で寝てしまうアル。

 

 寝たらどーにかなるとゆー訳もないアルが、疲れてるから仕方ないアル。

 

 ……等と、この学校の気風に浸り尽くしているからか、結構お気楽である。

 幾ら私立でエスカレーター式でも今日の様な授業態度を続けていたり、成績が悪過ぎたりすれば早々上に上げてくれる訳が無いのであるが……

 

 

 それは兎も角——

 授業中にうっかり爆眠した挙句、とんでもない寝言ぶっこいてしまうという失態を演じてしまったのは、流石の古とて けっこー恥ずかしかったりする。

 

 ハッキリ言って自業自得であるし、彼女だって楓が寝言で『あぁ……横島殿……そ、そこは駄目でござる……こんなところでぇ……』とかほざけば全力でぶん殴るだろう。主に宴の可盃を手に握ったりして。

 

 そう人の事言えないのも理解しているし、何かしらのもやもやがを胸に溜め込んでいるからこそ、あんなポカかましている事も解ってはいる。

 

 解ってはいるのだが……

 

 何に嫉妬して何がそんな気になるかは不明だったりする。

 

 

 

 

 「オ、オノレぇ……」

 「わぁっ!? ち、超さん、どうかしたのですか!?」

 

 

 

 

 某研究施設からそんな声も聞こえたりしていない。してないったらしていない。

 

 

 「はぁ……」

 

 

 何とかズキズキする痛みが引いてくれたタンコブを擦り擦り、古はもう一度溜め息を漏らす。

 

 尤も、痛むから溜め息が零れたわけではなく、胸の奥から湧いてくる奇妙な感触が溜め息を吐かせているのだ。本人に自覚がないだろうが。

 

 

 

 「ぐぎぎぎぎ……」

 「ち、超さぁ〜ん!!」

 

 

 

 それは兎も角(笑)。

 

 古はある理由(、、、、)によって放課後もそんなにヒマでなくなっている。

 いや、今述べたように部活も行っているのだが、それとは別の件でだ。

 

 何時もなら部活が終わってから横島に霊力の鍛練(横島にとっての試練とも言えるが)をしてもらうのだが、それは他ならぬ“大首領様”の御命令によって叶わぬ願い。

 

 楓もそれが堪えているのだろう。その憤りを誤魔化す為か、風香、史伽より部活に勤しんでいるし。

 

 

 「か、楓姉ぇ〜 ペース速すぎるよぉ……」

 

 「お姉ちゃん……も、もうだめ……」

 

 「史伽ぁ〜っ!?」

 

 

 トライアスロン的な散歩に付き合わされる二人には災難だろうが。

 

 

 兎も角、

 帰って寝ようと決めていたと言うのに、何故か足が別の方向を向いていたり。

 

 ほんの僅かの間であるのに、修業していた教会跡地に行きかかっていたのだからそれは古だって苦笑もするだろう。

 

 そんなに修業がしたかたのか…と。

 

 無論、“誰かさんと”という自覚は無い。

 

 

 何だか帰宅すら気が乗らなくなってきたのだが、それでもトボトボと寮へと戻って行く古。

 

 超からもらった“普通の”肉饅の残りをもそもそ食べながら歩くその姿からもやはり気力は感じられない。

 五月病さながら、無気力になっているのである。

 

 

 古は肩を落としつつ、何げなく校舎を見た。

 

 夕陽に染まる校舎はノスタルジックで、見ているだけで余計に物悲しさを加速させる。

 いや、別に彼女は悲しみになど浮んではいなかったのであるが、そんな気にさえなってしまうという事だ。

 

 何でアルか……とぐちゃぐちゃの感情の意味も解らず、再度溜め息を漏らして道に目を戻……

 

 

 「ん……?」

 

 

 ——そうとして、何かが気になった。

 

 いや、何がどう、という訳ではないのであるが、何だか知らないが校舎が……正確に言えば校舎の裏が妙に気になったのである。

 

 夢の事などこれっポっちも覚えてはいないのであるが、“見た”という事実に変わりはない。

 その記憶がデジャヴュとして彼女を突付いているのだろうか、古は眉を顰めてそこを見つめ続けていた。

 

 

 「何か知らないアルが……」

 

 

 たんっと沓を踏み鳴らし、古はそこに向って行く。

 

 

 「……」

 

 

 自分でも解らない理由により、駆け出してしまう古。

 

 

 まさか本当に何かと出会ってしまうなどと知る由もなく——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 ——校舎裏。

 

 パターンで言えば呼び出しのメッカであり、行われるのは制裁等の名を借りたリンチ。或いは決闘等。

 

 一昔前の学園マンガではそればっかだったらしい。

 

 近年になれば若い……或いは若過ぎるカップルの逢瀬の場とかになっており、どちらにせよ実に教育上よろしくない。

 

 因みに、作者の学校はプール下の物置がそうだったりする。ウッカリと使用中のサインを見落として道具を取りに行ったらタイヘンな事態に出くわす事が多々あったりなかったり……

 

 

 閑話休題(それは良いとして)——

 

 

 その大きな校舎の陰の場所に彼はいた。

 

 

 「……ん……く……」

 

 「……」

 

 

 いや、彼“ら”だ。

 

 

 腰を降ろし、蹲るようにしてもそもそと手を動かす。

 

 その際、妙にぬかるんだ音もするが、それも仕方のない事。

 

 行っている事が事なのだから。

 

 

 「く、う、ふぅっ、ん……っ」

 

 「……」

 

 

 何もこの時間にしなくとも良いものを、彼はがくんがくんと身体を揺すり、全身を使って攻め続ける。

 

 尤も相手は頑強に抵抗……防戦一方ではあるが……を続けるのみ。いや、それ以外を行えない。

 

 彼の手によってなすがまま。

 とは言え、好き候にされるだけというのも癪なのか、抵抗だけ見せて無言を貫いている。

 

 それがまた彼をイラ付かせ、行為そのものを乱暴にさせてしまうのであるが。

 

 

 「くそ……」

 

 

 流石に腹も立つが、乱暴にし過ぎると何にもならない。

 

 後々の事を考えればもっと優しく行わねば話にならないのだ。

 

 とは言え、そんなに時間をかけたくはないし、速くここを立ち去りたいのもまた事実。

 

 彼はぎゅぎゅと力をいれて更に身体を揺すり上げた。

 

 

 「く、お、おぉ……」

 

 

 ぐぐ……と、身体の動きが止まり、腕がピンと伸びる。

 

 歯を食い縛り、意識は一点に集中される。

 

 

 そして——

 

 

 「お、おおお……っ」

 

 

 

 

 

 

 

 ずぼっっ!!

 

 

 “それ”は抜けた。

 

 

 「……や、やっと抜けたぜぇっ」

 

 

 アレだけ抵抗を見せていた雑草の根はズッポリと抜け、青年は何とか根を切らずに引き抜くことに成功したのである。

 

 根を切らずにすべて引っこ抜く事に成功したのだ。何という爽快感だろうか。

 

 

 ズ シ ャァ ア ア ア ア …… ッ ッ ッ

 

 

 それに合わせたかのように何かが青年の後ろを駆けぬ……いや、滑り抜けた。

 

 ここまで見事なズッコケはあるまいと見せ付けるかのような滑り方で、笑いに五月蝿い青年に戦慄が走ったほど。

 

 思わず『何奴っ!?』と奇怪なファイティングポーズで身構えてしまう。

 

 

 「ま゛……」

 

 「ま゛?」

 

 

 滑り込んできた少女の声に巨大なロボの姿を見たか、青年は首を傾げかかった。

 

 

 その瞬間——

 

 

 「 紛 ら わ し い ア ル っ っ ! ! ! 」

 

 「のわ——っっ!??」

 

 

 ばね仕掛けのように跳ね起きた少女の剣幕に、今度は青年がひっくり返ってしまう。

 

 ナニを聞き間違えたか、或いは地の文の騙されたか、何か涙目で飛び出してきた少女は実は単なる草抜きだったというショックにおもっきり滑りコケてしまったのだ。

 

 しかしお互いが顔を合わせた為、少女が何者であったか直に解る。

 

 

 「あ、あれ? 古ちゃん?」

 

 

 ポカンとして少女を見上げる青年……横島忠夫は、何で彼女が自分を睨みつけているのかサッパリ解らず、抜いた草を握り締めたまま呆然と古のその涙目を見つめる事しかできないでいた。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 

 抜かれた草に黙祷していた かのこの声や、

 

 

 「……ンア?

  ドーカシタノカ? 草抜キ、終ワッタノカヨ?」

 

 

 草刈なら兎も角、“抜く”というヒマな雑事に興味はなく、居眠りぶっこいていたチャチャゼロのKYな声が妙に痛く感じたアル——と後に古はそう語った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼、横島忠夫の表の顔は麻帆良学園専属用務員で、そのメインの仕事は清掃人である。

 よって修繕やらワックス掛け、今さっきの様に草むしりもれっきとした仕事の一環だ。

 

 元の世界での職場で丁稚扱い(後期は違うらしいが)だった彼は、当然のように雑事も掃除能力もかなり慣れて専門職のようだったという。

 

 魔族サイドに囚われていた際、何だかんだで雑務に勤しんで洗濯物をキレイに干した時、野望に近付いたと満足していた事も見逃せない。

 

 

 だから、という訳でもなかろうが、横島は本日の仕事場である校舎裏清掃を“みっちり”と丁寧に行っていたのである。

 

 古がナニを誤解したかは知らないが……

 

 

 ともあれ、どこをどう聞き間違えたのかは知らないが、激しい誤解を招いてしまったのもまた事実

 

 目をナルト状のぐるぐる巻きにして暴走する古を必死にとりなし、何とか落ち着きをみせてはくれたものの、彼の話を聞き終えた直後、

 

 

 「だ、騙されたアル——っ!!!」

 

 

 彼女は大きな声で叫んでいた。

 

 近くにいた横島の耳がキーンと音を立て、鼓膜がきしんでしまったほどに。

 

 

 何の話しかと言うと、例の一週間横島と修行するのを禁止した取り決めの事だ。

 

 『一体何の修行してたアルかーっ!!』と慌て怒鳴る古を落ち着かせる為、修行という名の拷問の説明を行った横島であったが……

 

 古や楓らは一週間は一緒に修行できないと言われているので鵜呑みにしている訳であるが、それは修行だけ(、、)の話で、会ってはいけないとまでは言ってなかったのだ。

 その事をチャチャゼロにツッコミを入れられて思わず絶叫してしまったという訳である。

 

 無論、仮にエヴァに対して文句を言ったところで『修行時間以外で会ってはいかんと誰が言った?』と返されるのがオチだろうし、騙されたも何もその事を聞かなかった方が悪い訳で、横島ならば『修行の事は聞いてるが、それ以外の禁止は聞いてない』と平然と突撃をかけていたはずだ。

 彼が口にすれば屁理屈全開にしか聞こえないが。

 

 それに、無理してでも己を研磨し続ける者が結構好きなエヴァであるから、そんな屁理屈ほざいてでも修行を付けてもらいに行けば案外許してもらえるかもしれない。

 

 「マァ、ゴ主人ハ ケッコウ(ワル)ダカラナ。

  ミョーナ言イ掛カリデ半殺シニサレルカモシレンガ」

 

 

 そう“先輩”に言われても、知ってしまった以上は付いて行きたるなるのもまた人情(?)。例えチャチャゼロの言うとおりになっても横島なら少しは庇ってくれるだろうし。

 まぁ、行く理由もちゃんと考えているし、何より今は少しでも強者の意見は聞きたかったのだ。主に老師から。

 

 いきなり弟子をもっ(、、、、、)てしまった(、、、、、)事もあり、横島とその事について色々と…それ以外でも話をしたいし……

 

 

 ——何やら理由の後にオマケっぽく本音らしきものが漏れているが気にしない方向で。

 

 

 「それは兎も角、老師は強くなたアルか?」

 

 「老師言うな……って、もうええわい……

  十日やそこらで強うなったら世話無いわ」

 

 

 十日? と首を傾げた古であったが、直にあの別荘の事を思い出した。

 

 外の一時間が中の二十四時間というふざけた結界の中にあり、横島は昨日二人と別れてからず〜〜〜〜っと虐められ……もとい、鍛えられ続けていたらしい。

 

 

 「そ、それは結構卑怯アルな」

 

 

 しかし逆から考えてみると、漫画とかで『一週間後に決闘する』とかの妙な展開がよくあるが、あの別荘が使用できればフル活用で準備期間は五ヶ月程にもなる。

 完全休養を取る余裕すらあり、三日会わずばドコロの騒ぎではない成長が期待できるのだ。

 その上、鬼教官がセットに付いてるのである。そりゃあ卑怯だと思いもするだろう。

 

 と言っても、エヴァも付きっ切りという訳にも行かないし、横島にも仕事がある。

 彼女の魔力は横島がどうにかできる(、、、、、、、)とはいえ、横島の疲労を蓄積させ過ぎるといざという時に意味が無いし、あの下らない呪いもある。

 その為、休息時間を入れて一日十二時間程度にスケジュールを組んでいるのだ。

 

 しかしそれでも十日間もエヴァの指示によって徹底的にしごかれ続けている訳で、普通の人間……いや魔法使いでも、凡庸な輩ならば廃人は確実だろう。

 何があったか詳しくは知らないし、語ってもくれないが、横島はカタカタと身を振るわせているから何となく想像は出来る。

 

 古はふと足元にいる かのこの眼差しに気付いて目を向けてみた。

 

 小鹿はじっと主横島を見つめている。

 悲しい目をしていた。

 

 

 「マァ、何ダ……地力ハソウトウ上ガッタト思ウゾ?

  アレダケ ゴシュジンガ楽シソーナノ久シブリダシナ」

 

 

 等と笑顔(と言っても、人形だから表情は変わらないのだが)で話すチャチャゼロには古も呆れる他無い。

 

 

 「あれで強うなってなかったら訴えるわっ!!

 

  ハッキリ言って自分でも防御能力は激増ししたくらいは解るぞ?

  いや、もう……これでもかっ!! て、くらい」

 

 「サモアリナン……ダ。

  ツーカ、“アレ”ハ卑怯ダ。マスマス オ前ェヲ斬リ難クナッチマッタジャネーカ。責任トレ」

 

 「アホか——っ!! 何でお前に気ぃつかって斬られにゃならん!!??

  斬りたいんやったら、ハムでも刻んでやがれっ!!」

 「何ヲ言ウ。オレハオ前ヲ(、、、)斬リタインダ。

  乙女ノ告白ミテェナモンジャネーカ。アリガタク受ケヤガレ」

 

 「御免こーむるっ!!

  つーか、ムチムチ姉ちゃんでもないお前に言われても嬉しゅーないわっ!!!」

 

 「ツレネーナ」

 

 

 ケケケと笑うチャチャゼロを見ながら、古は複雑な想いを高めていた。

 

 チャチャゼロがブラックなボケをかまし、横島が突っ込む。

 その間が実に軽妙で、何だかんだ言ってこの二人(?)の息が実に合っている事が解るのだ。

 

 

 考えてみれば隔離された時間の中を、これからもあの別荘で過ごす筈である。

 

 エヴァにしても、チャチャゼロにしても、確かに対人反応はそう良い方ではない。

 自分らは人外であるし、周囲の者達よりずっと長く生きているのでどうしても“合わない”し、何より合わせるつもりがないのである。

 

 

 が、その代わり“身内”に対しては妙に懐が大きくなってくる。

 

 

 自分らと同じ時間を過ごすのなら、如何に生き人形であろうと彼の本質に気付いてしまう筈だ。

 

 彼は、エヴァ達と以上に“自分らの側”にいるものに対しては、種族無関係に垣根を完全に取っ払うという事に……

 

 

 

 とくん……

 

 

 

 胸の奥で何かが響いた。

 

 目の前で漫才を続けている二人を見ていられなくなってくる。

 

 いや、不快な事をされている訳ではないのであるが、どういう訳か居心地が悪くなってきているのだ。

 

 昨日弟子にした少年の事も話したいし、大した話ではないが今日一日あった事も言ってしまいたい。

 

 別に何だって構わない。彼と話さえできれば。

 

 そう思いはするのであるが、どういう訳か上手く言葉として紡ぎ出す事ができないのだ。

 

 

 『……老師』

 

 

 我知らず古は口の中でそう呟き、背中を校舎裏の壁に預けてぽすんと腰をおろしてしまう。

 

 出会ってから、ずっとキープしていたする気もする右隣。

 楓がいる時以外はずっとこっちだ。

 

 でもすぐに隣にいるというのに、向こうは壁も作っていないのに、何故だか彼との間に距離を感じている自分がいる。

 

 彼がそんなものを作る訳がないと解っているのに、自分で作ってしまったそれを彼の所為だと押し付けている自分がいる。

 

 

 それが何なのか、

 何でそれを作っているのか、

 

 そういった経験は初めてである古では考えもつかない。

 

 

 ちらりとまだ言い合いを続けている二人に眼を向ける。

 

 

 「せやから霊力使い過ぎたら煩悩が上がると言うたろーがっ!?

  マトモに回復がでけんさかい、力が足りひんのやーっ!!」

 

 「ダッタラソコラデ女襲エヤ。

  散々弄ンデカラ例ノ珠デ記憶消シテぽい捨テシタライイジャネェカ」

 

 「ドコの鬼畜犯罪者じゃ!! 誰がするかそんな事!!

  つーか、オマエはそれをさせんよーにする見張りやろが!! 本末転倒やんけ!!

  見張りが先導してどないすんねんっ!!」

 

 「チ……ショーモナイトコデ御堅イコト言イヤガッテ……ツマンネー男ダナ。

  マ、ショウガネーカ……ココハ一ツ、先輩ノオレガ人肌脱イデヤンヨ」

 

 「は?」

 

 「サ、オレハ抵抗デキネェゼ。好キニシナ……」

 

 「あ……

  ア ホ か ぁ あ あ あ ——っっ!!!」

 

 

 ……何だか不穏なセリフも聞こえたような気もするが、それはスルー。

 

 

 古の額にピキリと血管も浮かんだが、チャチャゼロは言い放ってからケケケと笑っているので恐らく性質の悪い冗談だろう。

 現に横島は血涙振りまいて喚いているし。

 

 だがいくら冗談とはいえ、ベースが少女人形であるチャチャゼロがそういった言葉を口にしているのは思っている以上に横島に対して好意を持っている可能性がある。

 

 彼女がいるのは横島のポケットの中。

 

 胸元までスッポリとはまっていて居心地よさげである。

 

 

 つまりはチャチャゼロは、とっくに横島の中で縁として結ばれているのだろう。

 エヴァの家の地下であれだけ生き人形に怯えていた彼がポケットにいれて口喧嘩をしている事からもそれは見て取れる。

 

 生きるか死ぬかレベルの鍛練を受け続けているのは古も今しがた横島本人から聞いているが、それでもチャチャゼロを毛嫌いしていないのは実に彼らしい。

 その事が置いてけ堀を喰らった様で何だか心淋しかった。

 

 あの言い合いにしてもスキンシップの一環だろう。

 本気で嫌がっているのなら、投げ捨てるなりすればよいのだし。

 

 

 「はぁ……」

 

 

 仲良さげに続けられている口喧嘩に溜め息がまた一つ零れる。

 

 ここに居たいのに、居た堪れない気持ちになってくる。

 

 

 『もう、帰るアルか……』

 

 

 気持ちにやり場を無くしたか、居心地の悪さに耐えかねたか、腰を上げて横島に別れを告げ——

 

 

 「!?」

 

 

 ——ようとした古は、異様な気配に気付いて身構えた。

 

 ふと気が付くと、かのこも何か身構えているし横島の何時の間にか立ち上がって極自然体で構えを取っている。

 

 

 「気付いた?」

 

 「アイ」

 

 

 じわり……と気配が寄ってくる。

 

 しかしてその気配は広い。

 

 そう、『大きい』のではなく、『広い』のだ。

 

 

 「これは……?」

 

 

 その気配の異様さに冷や汗が出、思わず札を取り出して身構える。

 

 普通の相手ならば彼女とて慌てたりしないだろう。

 

 服が張り付いてしまうほど汗もかかないだろう。

 

 巨大な気配の相手も知っているし、強者の気配も見知っている。

 

 が、この周囲に纏わりついてくる気配にはそのどれもが含まれていない。

 

 気配が大きい訳でもないし、強さも感じられない。

 

 

 在るのはただ『広い』という感触だけ。

 

 まるで一人の気配が飛び散って(、、、、、)いるかのような(、、、、、、、)異様な感覚があるのだ。

 

 

 「ケケケ……懐カシイナ。コレハ」

 

 「あ、やっぱ知ってるか」

 

 「タリメェダロ? オレハ欧州出ダゼ」

 

 

 横島とチャチャゼロは“これ”が何か知っているみたいである。

 

 間に入れないのは悔しいが、それより“これ”が何か聞きたい。

 

 

 そう思って、周囲を警戒しつつ問い掛けようとした古の視界を、

 

 

 「あ……何アル? 霧?」

 

 

 唐突に霧が覆い始めていた。

 

 

 「間違いねぇか……拙ったな、こりゃ……」

 

 「こ、この霧、何アルか?」

 

 

 二人と一体だけしかいない校舎裏。

 

 後は校舎の壁、周囲を囲むのは気配を持った霧。

 

 驚いている古の横、珍しく表情を歪めている横島は、

 

 

 

 「多分、<霧魔(むま)>だ」

 

 

 

 

 そう呟く様に答え、栄光の手を具現させた。

 

 

 


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