-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 「く……うう……」

 

 

 足元から微かに聞こえるのは呻き声。

 学校に続く通学路脇の小さな公園の中、象を模った遊具の側。砂場に顔を沈めて無様に突っ伏している男のもの。

 

 そしてその男を僅か一撃で打ち倒した者はその直横に立っていた。

 

 眼に見える被害は無く、あったとしても微々たる物。侵入者が倒れ伏している砂場にも誰かの力作であろう小山も無事。ご丁寧に避けて男を打ち倒したのだろう。

 少なくとも明日の日にここで遊んでいる子供達を悲しませる事は無いようだ。

 

 そう、彼はそれほどの力量を持っているのである。

 

 

 「……向こうは残っている!?」

 

 

 だが、その表情は硬い。

 

 

 倒した相手は黒いコートに身を包んだスキンヘッドの男。

 

 普通、こんな男がこんななりでいれば目立って仕方が無いだろう。

 眼つきの悪さもあるし、頭部に何やら幾何学的な刺青まである。昨今の犯罪からして通報間違いなしだ。

 

 だが、この男は全く持って目立っていなかった。

 そこに“いる”という認識すら殆どしていなかった。

 

 それがこの男の隠術なのか、何かしらのアイテムの力なのかは知らないが、どちらにせよそのような手段をもって都市の結界を越えて来たのだから碌でもない輩である事に違いあるまい。

 

 現に、この男は“ナニカ”を放っていたのだし——

 

 

 「く……っ!!」

 

 

 術者と思わしき男を打ち倒したのだから式であれば制御を失うだろう。

 そう思っての行動であったが、何と放たれているものは式ではなかった。

 

 都市を守っているものとは別の、学校を守っている結界の“内側”に放たれてしまったそれ。

 

 立ち込めている霧からして、異界の存在である感触がありありだ。

 

 

 考えられる事は一つ。

 術者である“この男”が囮で、本命はあちらだ。

 

 術者である自分を餌にして距離をとらせ、それを活動させる。

 自爆テロが如く後先の考えを感じられない暴挙であるが、実際に引っ掛けられたのだから言い訳の仕様も無い。

 

 慌てた彼は足元に転がる男を放置し、学校に向けて駆け出そうとした。

 

 

 「まぁ、待て」

 

 

 だが地を蹴った直後、彼のその身体は、弦を弾くような音と共に空中で静止……いや、ギシリとその身を軋ませ、空中に縫い止められてしまった。

 

 “それ”が巻かれた事に気付けないほど焦っていたのには呆れるが、相手の技量を考えればさもありなんだ。

 

 

 「な、何を……?!」

 

 「だから待てと言っているだろう? 焦るな」

 

 

 ゆっくりと歩いてくる声の主。

 

 闇が迫りつつある時間だからこそ映えるその身体。

 力を封じられて尚、その闇の輝きを失っていない者。

 

 眼に見えぬほど細い糸を彼に巻きつけてその身体を止めた者。

 

 見た目は年若い少女であるが、その実数百年を生きる闇の者。

 

 そして彼の元同級生で、現教え子の少女だ。

 

 

 「しかし!!」

 「しかしも案山子(かかし)も無い。落ち着けと言うに」

 

 

 足元の男を単なる路傍の石であるかのように視界の隅にも入れずに蹴飛ばし、彼の側までやって来る。

 しかし靴先がめり込んだのは男の腎臓の位置。狙ったものか偶然か判断が難しいところ。

 

 そんな彼女であったが。その目線は彼に向けられていない。

 その赤く色を変えた瞳の眼差しは、そのずっと先……校舎の方向に向けられたまま。

 

 彼女はじっとそこで起こっている事に目を向け続けていた。

 

 

 「確かに女生徒は巻き込まれているようだが……あいつは一般生徒ではないぞ?

  一応は裏に関わっている奴だ」

 

 「いや、だけど……」

 

 「落ち着けと言っただろう?」

 

 

 彼のその身を縛っていたのは細い糸。

 特殊な加工が施されている特性の糸だ。

 

 それでも彼はぶつりと自力で糸を切り地に降り立つ。

 

 簡単に切られてしまうのは面白くないが、彼ならば気にもならない。

 できて当然だし、できない方が腹が立つ。

 多少とはいえ扱いた(虐めた?)事もあるのだから。

 

 

 「それにな、丁度いいんだ」

 

 「何がだい?」

 

 

 やや落ち着いたのか、彼の言葉の端から険が薄らいでいる。

 彼女の説得……というか、落ち着きを見て判断したのだろう。

 

 

 「今、あそこにはいるのは“ウチの”馬鹿だ。

  そして横にいるのは女だ。それがどういうことか解るか?」

 

 「ウチの馬鹿……?」

 

 

 その言葉からそこで誰が出くわしているのかやっと理解できた。

 

 何だかんだで昔の自分のように、彼女に修行をつけてもらっている“彼”があそこにいるというのだ。

 

 根っからのトラブルメーカーであり、トラブルに巻き込まれやすい困った体質(?)。

 存在自体が破天荒で、異世界出身等というトンでもない人間。

 

 やる事成す事無意味なところだけ全力で、息切れをしてはセクハラで回復。ロリではないと断言しつつも、女子中学生の色香に迷いかかって悶えている問題青年。

 それでいて実力は相当なものであり、彼すらそれを認めているし、この少女も何だか信じている様子。

 

 そして今、そんな彼の横には女がいるという。

 

 場所が場所だけに少女である可能性が高い。

 こんな時間、校舎裏で女の子と二人でいた理由は教師としてちょっと気になるが……

 

 

 「あの馬鹿の実力と才能は本人が思っている以上に高い。

  自分では全く気付いていないようだがな」

 

 「それは……」

 

 

 彼も何となく知っている。

 

 自信は持っていないようだが、腕試しの場で十六分身した少女の全攻撃を往なしている。

 尤も、見た目には激しくみっともなかったのであるが、それでも双方無傷で終了させているのだから尋常ではない。

 

 しかし彼は、自分のその実力を全然信用していないように見えた。

 周囲が異常能力者ばかりだった事も手伝って、堆く積み上げられてしまったコンプレックスは如何ともし難いのだ。

 

 

 「普段は見た目と珍奇な行動も手伝って御世辞にも使えるようには見えん。

  見た目もナニな奴だしな。

 

  だが、信じ難い事にアイツは自分の持っている甘っちょろさを力とする事ができる。

  解るか?」

 

 「え……?」

 

 

 女に甘い。

 それだけでマイナスだ。

 

 特にこの少女はそういった甘さを大嫌いだった……筈。

 

 だがどういう事であろう? 今この少女は喜びを見せている。

 甘さを持つと言い放った青年の事を思い、嘲る事無く感心するかのように。

 

 

 「アイツの真骨頂は足手まといを守る時に出る底力だ。

  普段の逃げ腰は消え失せ、守り戦う事にだけ意識が向く……

  いや、それ以外の事が頭から消える。

  

  そうなった時のアイツの力を……見てみたくはないか?」

 

 

 それはキミの方だろ……? そう口に仕掛けたが、彼はあえてその言葉を飲んだ。

 そう言いたかったのだが、彼とて見たいと思っている事に違いはないのだから。

 だから彼は、ここに来て見学側にまわる事にした。

 

 それにこの少女は身の程知らずは好きではないが、力なき者や知人を見捨てるほど非道ではない。

 そんな彼女がここまで余裕があると言う事は、その巻き込まれた少女とやらが危機に陥る事はないと確信があるのだろう。

 

 或いは——

 

 

 『そこまで彼を信じている』のだろう。

 

 無論、聞いて答えてくれる彼女ではない。

 

 諦めを含んだ色の溜め息を吐き、彼女に蹴転がされて苦悶する男を一応落して意識を奪い、ふん縛ってから彼女の後を追った。

 

 

 「見せてもらうぞ?

  その時のキサマ(、、、、、、、)を……

 

  我が下僕、横島忠夫よ」

 

 

 ククク……と忍び笑いを漏らす少女に眉をひそめ、とんでもない奴に目をかけられたもんだとちょっとだけ同情もしていたりもするが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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              ■十五時間目:TRAINING Day (後)

 

 

 

 

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 視界を霞ませながら覆い包まんと纏わりついてくる気配。

 

 それ以外を感じる事ができない、異様な敵。

 

 見えているのは霧そのもの。だが、霧だからこそ全体を見ることが難しいのだ。

 

 

 敵の名は<霧魔>。

 それなりに知名があると言うのに、わりと知られていない奇妙な存在である。

 

 

 「オメーハ“ドッチ”ダト思ウ?」

 

 「解ってて聞いてんだろ? 霊の方」

 

 「ケケケ……当タリダ」

 

 

 困ってはいるが、慌てて暴れたりせず、あえてゆっくりとした緩慢な動きで霊波刀を突き出し、纏わり付いてくる霧でてきた霊体を斬る。

 

 どちらかと言うと押し潰すといった塩梅だ。

 

 「古ちゃん。大きく(あお)ぐなよ? 空気を巻きこんで纏わりつかせちまうからな」

 

 「わ、解たアル」

 

 

 ついでに呼吸も浅くしろよ? 吸い込んだらシャレになんねーぞと注意を促し、壁に背を預けたままかき回すように霧を破壊して行く。

 

 前に突き出した霊波刀が当たる度、バチバチと火花が出て何かが散るのは何かしらのダメージを与えているからなのだろうか。どちらにせよ厄介な相手である事に変わりはないが。

 

 

 尤も、かのこは然程困ってはいない。

 というのも、この小鹿を恐れて霧が近寄って来ないからだ。

 

 かのこは森の霊気から生まれた精霊。

 そんな見た目だけ(、、、、、)小鹿な かのこに対し、霧でどうこうできるほどの力は流石に無いようである。

 

 何せこの小鹿がぴぃと鳴いて前に出るだけで恐れるように下がるのだから。

 

 

 反して古の方はちょっと難しかった。

 

 何せ彼女の持つ魔具、宴の可盃は魔法を含む射撃攻撃と直接攻撃にほぼ無敵の防御力を誇れるのであるが、こういった絡め手には打つ手がない。

 せいぜいその形状を利用し、扇を広げて(あお)ぐぐらいの事しかできないのであるが……

 

 

 「古ちゃん、気ぃつけろ!! 大きく振ったら自分の方に空気を呼び込んじまうぞ!!」

 

 「ひゃっ!? わ、解たアル!」

 

 

 何かしらの神事でも行っているかのように、下から上へ、上から下へとゆっくりと動かし、接近を許さないように扇ぐ。

 

 無論、その時に霊気を込めればもっと良い。それを理解した古は、横島を真似てそれを行い始める。

 途中からとはいえ、自分でその事に気付いたのは見事であるが、それ以上の手立ては思いつかない。

 直接攻撃専門である古には絡めての手合いは些か荷が重いようだ。

 

 

 「ろ、老師。これは何アルか?」

 

 

 

 だから敵の情報を得ようと、注意を怠らず隣にいる横島に問い掛けた。

 

 彼は古に意識を向けてはいるが、顔は向けずに空に絵でも描くように霊波刀を扱いつつ、

 

 「さっき言ったろ? 霧魔(むま)だよ」

 

 

 と、素人が知る由もない名前を口にしていた。

 

 

 日本語での音だけなら“夢魔”と変わらないが、霧の魔と書いて<霧魔>。

 先ほど述べたように結構名が知られているにも関わらず、それがどうとは余り知られていない存在である。

 

 と言うのも、日本での発見例が余りに少ない事と、霧と共に現れる為に局地的にしか知られていない事。

 そして、霧魔という名の同名の存在がもう一つある事が挙げられる。

 

 その一つは文字通り“魔”としての霧魔。

 もう一つは悪霊としての霧魔だ。

 

 魔としても霧魔は霧そのものが本体で、その中に入った人間に求めていた光景の幻を見せたり、トラウマを穿り返したりして心を惑わし、夢幻の中を彷徨わせて精気を吸い、心身共に取り込んでしまうというもの。

 ものが霧だけに一般人では……いやそれなりに“できる者”でなければ見分けがつかず、気が付けば取り込まれた後と言う事も珍しくはない。

 

 しかし、今目の前にいるのは魔の方ではなく悪霊の方。

 

 それだけ聞くとこちらの方がまだマシに聞こえてしまうのであるがさに有らず。どちらかと言うと厄介なのは悪霊の方だったりする。

 

 

 「ク……!? 気配が散らばててよく解らないアル!!」

 

 「気配を追うな! 纏わりつく霧にだけ注意するんだ!」

 

 

 これが“魔”の方ならば霧そのものが本体。

 霧にダメージを与える方法は無い訳ではないのだから火の結界で包むなりできるし、エヴァであれば広範囲魔法の凍結魔法等を使用して動きを完全に封じる事だろう。

 

 だが、今目の前にいる悪霊の方の霧魔は、その正体は霧の中で死んだ者。

 霧に“混ざっている”だけで本体ではない為、普通に魔法を使用したとて本体は退散するだけなのだ。

 

 霧が多いイギリス等では、これに目をつけられた者は霧の多い日には家に閉じこもり、暑い日でも暖炉の火を欠かさないという。

 つまりはそれほど厄介な相手と言える。

 

 

 「しっかし、何でこんなトコに霧魔が出やがんだ?」

 

 「決マッテンダロ? 誰カガ連レテキタンダ」

 

 「霧魔をか!?

  つーか、霧を持ち運べたりできるのか?」

 

 「方法ガネー訳ジャネェカラナ。

  例エバ ゴ主人ナラ霧ヲ凍ラセテ、カキ集メテ瓶トカニ詰メ込ムダロウシ」

 

 「ああ、成る程……」

 

 

 距離を置いて見物を決め込んでいるエヴァが敵を楽観視している理由がコレである。

 何せ封印さえ解ければ氷系の広域殲滅魔法を使用できる彼女の事。魔であれば本体に、霊体であれば潜んでいる霧ごと凍らせるだけなのだから話は早い。真に相性の良い相手だと言える。

 

 とはいえ、方法が解ったといって今ここでできる訳ではないし、横島はそんな便利な魔法を使えない。

 まぁ、それ以前に、身体強化くらいは何とかできなくもないところにきているが、魔力を解放する攻撃魔法等は今だにサッパリなのだが。

 

 

 「しっかし、これじゃあジリ貧だ。どーすっかな……」

 

 

 一番手っ取り早い方法は、珠に『浄』を入れて使用する事だろう。

 これなら一発で浄化できるはずだ。

 

 ただ、ここ麻帆良は魔法学園都市。

 どんな“目”が見ているか解ったもんじゃない。だから横島は彼女にきつ〜〜く使用を厳禁されていた。

 その上、ポッケの中にお目付け役がいる。

 

 何せ戦闘が始まって直、

 

 

 『オイ、例ノ珠ハ使ウナヨ? 使ッタラオレト朝マデ“らんでぶー”シテモラウゼ』

 

 

 と脅されているのだ。

 

 これが高校生以上の美少女であり、“そーゆー意味”なら大歓迎なのだが、相手はこのチャチャゼロだ。ぜってー違う事は解り切ってる。

 

 良くても朝まで命を賭けた追いかけっこだろうし、それにチャチャゼロは美少女かもしれないが、正確には美少女型マリオネットなので横島にメリットは全く無い。

 

 はっきり言って霧魔と普通にやり合っている方が命の危機はないだろう。

 何とも難儀な話である。

 

 

 「ソーサーを投げ付けて爆散……は駄目か。飛び散るだけだしな。

  かと言って霊波刀で撫で斬りにしても本体には然程ダメージいってねぇみてぇだし……」

 

 

 彼自身が助かる術は幾らでもあるが、何せここは学校である。潜まれて女の子が襲われたらシャレならない。

 イヤミたらしい美男子が襲われるのなら兎も角、未来ある少女たちに危害が及ぶのは絶対に許されざる事だ。

 それだけは例え天津神や国連が許そうとも、横島は絶対に受け入れられない。

 

 

 とは言っても手立てが思いつかないのが現状で、彼自身が零すようにジリ貧が続いている。

 

 霧魔の動きもネチネチとしていて実にいやらしい。まるで遊んでいるかのようだ。

 

 実際、悪霊なので知性がゼロではないのだろう。

 霊波刀で痛い目に遭っている事を理解しているのか、霧のみでの牽制に切り替えているようだし。

 

 幸い、古の方も横島が霊力の使い方を教えているので宴の可盃に霊気が流れていてダメージらしきものを入れる事ができている。

 だから霧魔も古に対して牽制を行うのみだ。

 

 確かに面倒は面倒なのだが、この相手が“魔”の方の霧魔だったら、二人は直に幻覚に飲み込まれていたかもしれない。

 そういった意味ではラッキーだったと言えなくもないのだ。

 

 

 「いや、襲われてる時点で全然ラッキーじゃないから」

 

 

 御尤もである。

 

 

 「ン〜〜……ドーモサッキカラ気ニナッテタンダガ……

  オメーノ知ッテル霧魔ト、オレラノ知ッテル霧魔トハチョット違ウミテーダナ」

 

 「は? どういう事だ?」

 

 「マ〜……何テ言ッタラ良イカ……」

 

 

 刹那、横島は反射的に身体を反らせた。

 

 

 鍛えぬかれた勘か、霊感なのかは知らないが、彼が間一髪で避けた顔のあった位置を銀の光が通り過ぎて行く。

 

 その勢いは激しく強く、周囲の霧までスッパリと斬り広げられてしまうほど。

 

 

 「な……何アルか!?」

 

 

 殺気もなく、攻撃の気配もなく横島に斬りかかったもの。

 

 的確に下から顔を削ぎ落とす一撃を加えたものは……

 

 

 「お、おい……」

 

 「イヤァ……悪リィ悪リィ……」

 

 

 両の手にナイフを握った殺戮人形——

 

 

 「イヤ、オメーノ居タ世界ト“ココ”ガ違ウッテ事忘レテタゼ。

  マ、普通ハ霧魔ノ能力ニ違イガアル可能性ナンカ思イツカネーンダカラ勘弁シテクレ」

 

 「ひ、ひょっとして……」

 

 「当タリ」

 

 

 チャチャゼロは横島の胸ポケットを切り裂いて地に下り、ナイフを煌かせてケタケタと笑い、

 

 

 「オレラノ知ッテルコイツラナ、人トカニトリ憑イテ操ル事ガデキンダヨ」

 

 

 気イ抜イタラコウナンダ。と、やはり何時もと変わらない顔でそう言った。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 三人……正確には二人と一体……が戦っている場から少し離れた木の陰。

 そこに潜む二つの影。

 

 相手が悪霊の方の霧魔である事は既に解っているが、一方の影……エヴァがもう一方の影である高畑を制止していたので静観を続けているのだ。

 

  

 「どうするつもりだい?」

 

 「何がだ?」

 

 

 高畑は木の幹の陰に立ったまま。

 

 エヴァはしゃがんで足元をつついている。

 正確には足元に転がっている男を……だが。

 

 少し前までうめいていた男であるが、意識が無い内に彼女の術でムリヤリ情報を引きずり出され、とんでもない悪夢に苦しめられて今は悶絶している。

 

 流石に高畑の頭も冷えたので、そのまま放置して人目についたりすると厄介だと気付いているからここまで引き摺って来ているのだ。

 

 

 そんな二人の前方では、膠着状態だった戦いに変化が訪れていた。

 

 霧に纏わり付かれる事だけを警戒していた二人の隙をつき、霧魔が横島のポケットにいたチャチャゼロに取り憑いたのである。

 

 横島は戦った相手を無意味なほど細かく記憶する事ができるのだが、流石に“向こう”の知識と“こっち”の知識に隔たりがある事までは気付けていなかった。

 油断していた訳ではないが、手痛いミスだ。

 

 だが、本来の力は使えずともチャチャゼロはエヴァの下僕。

 幾ら霧魔とて真祖の(ハイ・)吸血鬼(デイライトウォーカー)の下僕である彼女の意識を奪うには至っていない。

 

 が、エヴァからの魔力が途切れている状態の彼女は霧魔からの力を素直に吸ってしまい、あっさりと身体の自由を奪われてしまった。

 

 主の魔力ではない為全力は出せまいが、それでも長い時をエヴァと共に歩んできた人形。その地力はそこらの式神なんぞ凌駕している。

 それが敵としてあの二人の前に立ち塞がっているのだから堪ったものではないだろう。高畑とて油断ができないほどなのだから。

 

 

 「このままじゃ二人とも危ないよ?

  いや仮にどうにかできたとしてもチャチャゼロ君は……」

 

 「良いからほっとけ」

 

 

 そう心配をしている高畑の言を、エヴァはバッサリと切り伏せる。

 

 そしてその目も、“今は”あそこを見ていてもしょうがないとばかりに足元に転がしてある男に注がれていた。

 この玩具をどうしてやろうかと思案しているのかもしれない。名前はおろか顔すらマトモに見られていない男が哀れ過ぎる。まぁ、どうでも良いが。

 

 

 「しかし……」

 

 「ほっとけと言っただろう?

  まぁ、バカイエローはやばいかもしれんがアイツの側にいるのなら大丈夫だ」

 

 

 高畑とて優しい教師であるが、魔法は使えずとも紛いなりにも魔法先生だ。裏に関わる以上、それなりの覚悟を持っているものとして仲間に接する。

 

 横島を然程心配していないのは、楓との手合わせでその実力を見知っているし、京都の詠春からの報告でもそれなり以上のものと解っているからこそ。

 古を心配しているのは、楓のように元から裏を知っている人間ではなく、関わってからまだ日が浅いからだ。

 

 だから静観しつつも何時でも飛び出せる状態で控えている。

 

 そんな彼がいくらエヴァに問うても彼女は無視を決め込んでいた。

 まるで“その時”を待っているかのように。

 

 未だに古を気遣っているのだろうか、心配げな眼差しを向けている高畑にエヴァは溜め息を吐いて立ち上がる。

 

 

 「あのな……さっきから言っているだろう? 放っておけと。

  確かにバカイエローはヤバイかもしれん。

  だが、裏の裏に関わってしまった以上、いつ何時あれくらいの敵と出くわさんとも限らんだろう?

  丁度良い機会だし、良い経験となるだろうよ」

 

 「だけど、チャチャゼロ君が操られてしまったぞ?」

 

 「レジストできなかったあいつが悪い」

 

 

 そう言い放ち、やっと現場に目を向けた。

 

 そこでは横島がどえらい苦労をしているシーンが展開している。

 

 両の手の刃をとんでもない膂力で振り回して襲い掛かるチャチャゼロをいなしつつ、纏わりついてくる霧魔を牽制し、更には古にも気を使い続けているのだ。

 その苦労、推して知るべしである。

 

 

 「もうすぐ……か」

 

 

 そんな光景を見、エヴァの口元が三日月形に歪みを見せた。

 

 

 「何がだい?」

 

 「見てみろ。

  チャチャゼロと霧魔を相手にしつつ、小鹿やバカイエローにも気を割いている。

  流石の奴もいっぱいいっぱいだ。そろそろ限界かもしれんな」

 

 「それが……」

 

 

 高畑が問い掛けようとしたその前で、突然エヴァがまたククク……と笑う。

 しかしその笑みは長い付き合いの中でも初めて目にするような珍しい笑い。

 

 

 「さっきも言ったが、アイツの真骨頂は足手まといを守る時に出る底力。

  そして追い込まれた時に開花するとんでも能力だ。

 

  アイツは力の覚醒の時からずっと追い込まれる時にしか力に覚醒できていない。

 

  この状況、アイツを怒らせ、尚且つ力を発現させるに良いシチュエーションだと思わないか?」

 

 

 「怒らせる?」

 

 

 楽しげに説明をするエヴァの言葉の中によく解らないものがあった。

 

 追い込まれて行く事や、守ろうとする意志による覚醒は解らぬ事もない。

 そうやった状況を打破してきた英雄を間近で見てきたのだから。

 

 しかし今この状況で怒るというのは……

 

 

 

 「………始まったか」

 

 

 

 じわり……と、エヴァの周囲の空気が変わった。

 

 氷使いである彼女の周囲の温度が急上昇しているのだ。

 それは感情の高まりによる魔力の零れ。

 

 愉悦の沸騰だ。

 

 その感情波に導かれるように高畑はそこに目を戻し——

 

 

 「な……っ!?」

 

 

 

 驚愕の声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 チャチャゼロの利点は体の小ささだ。

 

 何せ一メートルにも満たないサイズ。単純な力比べでもない限り体格の差は不利へ繋がりはしない。

 古とてこの体格で自分の倍はある男達を毎朝のようにぶっ飛ばしているのだから。

 

 そしてチャチャゼロは見た目より力があり、自分の体格の倍以上はある鉈を軽々と振り回す事ができる。

 流石に今日は持ってきていないようだが、元々がキリングドールなのでナイフは持ち歩いて(或いは収納されて)いるようだ。

 

 おまけに動きが異様に素早い。

 

 人間との違いは筋肉で動いていない事。

 人形としての素体に、真祖の吸血鬼の下僕として膨大な魔力を受け入れられるキャパシティを持ち、その魔力をもって加速し駆け回るのだ。

 

 ナイフを繰り出す速度で飛び回られるのだから堪ったものではない。

 

 普通の人間であればそれが何かと認識できるよりも前にバラバラにされている事だろう。

 

 

 「のわっ!?

  ちょっ、当たるってば!! やめんかーっ!!」

 

 「ムチャ言ウナ。

  ツーカ、モット上手ク避ケネート死ヌゼ?」

 

 

 しかしそれを回避し続けられる横島の能力は如何なものか?

 

 いや、当たらないのに越した事ないのだからこれでよいのであるが。

 

 

 「ぴ、ぴぃっ!?」

 

 「オット モット上手ク距離トンネート切ッチマウゼ?」

 

 

 かのこは身軽であるし何より霧が寄って来れないので避けるのはそう難しくはない。

 

 しかし、チャチャゼロを動かしているモノは積極的にこの小鹿を狙わせている。

 潜在的な恐ろしさを理解しているのかもしれない。

 確かに かのこが魔 具(アーティファクト)を使用すれば何か変わるかもしれないが、戦闘能力は無い……と思われるので使わせていないようだ。

 

 結局、横島の負担を増やす事となるのだが。

 

 

 「古ちゃん、手が止まってる!!」

 

 「え?! ア、アイっ!!」

 

 

 それでいて彼女の指示できるのは大したものだ。

 

 霧魔に操られているチャチャゼロから一定の距離を取り、身体を動かし続けて回避しつつ、その大げさな動きで霧を蹴散らしてかのこを守り、古に纏わり付く霧を防いでいるのだから。

 

 こんなキリングドールから自分とかのこを守りつつ霧にも対応しているのだから緩慢な動きで回避はできない。

 かと言って、焦って避けまくれば余計な風が舞って霧が纏わり付いて来る。

 

 そうなると攻的霊気が強い横島や霊格の高いかのこなら兎も角、まだまだ霊力の弱い古では抗い切れない。

 そう判断した横島は、あえて大げさに身体を動かして回避し、その強い風でもって霧を飛ばす策に出たのである。

 

 無論、馬鹿げた体力が必要となるが、彼なら大丈夫だ。

 

 しかし、流石にこうまでされると感心するより信じ難くて頭が痛い。

 チャチャゼロは表情が変えられない為にかなり解り辛いが、内心かなり舌を巻いていた。

 

 というのも、

 

 

 『コ、コイツ、別荘ノ中ヨカ動キガ……』

 

 

 ——冴えている、のだ。

 

 

 別荘の中で戦闘経験を積ませているのはチャチャゼロと、かなり手抜きに作られた下僕人形達だ。

 

 というのも、横島は相手が女の子型をしていればどうやっても攻撃ができず、武器を向ける事すらできない。

 よってエヴァに苦肉の策としてデッサン人形に似た木人を組み上げて戦わせているのである。

 

 彼女にしては破格の大盤振る舞いであるが、それは横島が女に手を上げられない理由を知っているからこそ。その理由の重さが彼女に珍しい妥協をさせていた。

 尤も、外見をテキトーにした分、パワーそのものは跳ね上げられているのはご愛嬌。横島の苦労は尽きない。

 

 用意に二日ほどかかっているが、それもまた別荘の中での事。

 のべ十二時間も別荘にいたので実質十日間も死と隣り合わせの猛特訓が続いていた。

 

 何故かエヴァは横島の鍛練の間は茶々丸を遠ざけていたので、その間はずっとチャチャゼロと木人の“鈴木君(仮名)”達が横島と戦い続けている。

 

 

 だからこそ、そのチャチャゼロは驚かされていた。

 

 昨日(別荘内での休息時間を合計すれば二日前)よりも横島の動きが冴えている事に。

 

 

 弾丸の様に得物を前に突撃して相手にわざと防がせ、防御させた間合いで斬撃を振るう。

 

 竜巻のように身体を旋回させ、薙ぎ払い、そのまま身を捻って下から掬い上げ、避けられれてもまた薙ぐ。

 

 また下から顎狙いの刃が襲い、その勢いを殺さず喉を狙って薙ぐ。

 

 魔法障壁とは違う霊的な壁が辛くもそれを弾くが、その所為で僅かに空いた隙を突き脇の動脈を狙ってくる。

 

 

 「ひょわっ!?」

 

 

 だが流石は横島。身体を捻ってそれすらかわす。

 

 何時もながらその反応速度には舌を巻いてしまう。

 おまけに今回は両手を広げてわざと風を作り、霧に対抗しているのだ。

 

 呆れと感心も一入だろう。

 

 

 「オイオイ。今ノヲ避ケルカ?

  フツーハ脇ノ下ヲ噴水ニ変エテルゾ」

 

 「してたまるかっ!! 死んでまうわ!!」

 

 「安心シロ。死ンデモ生キテイケル。

  タダ、あんでっどもんすたーニナッチマウダケデ……」

 

 「安心できるかーっ!!

  どっかで聞いたよーなセリフかますなーっ!!」

 

 

 軽口を叩きながらも風車のように斬撃を送り続けるチャチャゼロであるが、横島はひょいひょいひょひょいと避けまくる。

 

 相変わらずみっともない回避であるが、超接近戦であるのにも関わらず掠りもしていないのには呆れるばかり。

 

 何せ横島という男、元から戦った相手の攻撃パターンをキッチリ記憶する能力がある。

 

 十日間もチャチャゼロとガチかましていた彼だ。

 彼女がどういった間合いでどういった攻撃をしてくる事など気付かぬ筈もないし、操られている状態なのでチャチャゼロの実力ではないからそれはそれで地力でもって避けられてしまう。

 

 チャチャゼロとしても、殺り合っている間掠りもしていない横島に対し、“今の”自分の攻撃が当たるのは不本意なのだからそれはそれで良いのだが。

 

 

 「ソロソロ反撃シテクンネーカ? コッチガ斬ルダケジャツマンネーゾ。

  ホレ、どがっトカ、ぼぎっトカ オレノ身体ニイワセテミロヤ」

 

 「物騒なコト言うなーっ!!

  つーか、SのくせにM的なセリフかますんじゃねーっ!!」

 

 「ウム。ダガ否定ハシネーゾ。貴方色ニ染マリマスッテヤツダ」

 

 

 等と何気にカミングアウトしながら、チャチャゼロは横島の攻撃を誘う。

 

 確かに体の自由を奪われていはいるが、攻撃の際に斬るという気を強めればそれなりに力を増す事ができる。

 言うまでもないが、霧魔に対してはできず、横島に対しての攻撃だけ。

 

 相棒をマジ攻撃してどうすんねーんっ!? という説も無きにしも非ずであるが、そすれば普段のチャチャゼロの攻撃より大振りが目立つのだ。

 数百年もエヴァの下僕としてキリングドールを続けていた彼女であるから、こんなヘッポコな攻撃をさせられるのは結構屈辱的であるが、それでも横島に攻撃を“される”くらいの隙は作る事ができる。だというのにその隙を突いてくれないのは如何なものか?

 

 

 「アノナァ……ソロソロ攻撃クライシロヨ」

 

 「うっせっ!!」

 

 

 全力で刃を振り下ろしつつ、溜め息を吐くチャチャゼロ。

 

 言うまでもなく横島が当たるとは毛ほども思ってもいないが、そろそろ本気になってもらいたいもの。

 

 無論、彼女とて自分の主より横島のことを多少なりとも聞いている。

 

 女に決して手を上げられない理由も聞いているし、チャチャゼロ本人(?)ですら『ジャアショウガネーナ』と思ってもいる。

 

 だが、そのチャチャゼロまでも『女の子』の範疇に入れるのはどうだろう?

 

 

 「アンナァ……オレハ人形ダゼ?

  ソレハオメー自身モ言ッテタダロ」

 

 

 また溜め息一つ。

 

 元々チャチャゼロはエヴァ同様、他人に対しての関心が薄い。

 だが、それが身内の話となるとちょっと変わってくる。

 

 横島とかのこ、そして古やここにはいないが楓も既にエヴァの陣営であり“後輩”である彼らはチャチャゼロは身内として認識している。だからちょっとは気を使う事もあるのだ。

 

 だからこそ彼のその気使いを嬉しく思いつつ、もどかしさも湧き上がってくる。

 

 

 「ソレニ、オレバッカ相手ニシテタラ大変ナ事ニナルゼ?

 

  アノ嬢チャントカナ」

 

 

 その言葉を聞き、横島は慌てて意識を古に向けた。

 

 

 ドサ……

 

 

 

 それと同時の事だった——

 

 

 古がさっき横島が抜いた草の上に鉄扇トンファーを落とし、得物をカードに戻してしまったのは。

 

 

 

 「ろ、ろう、し……」

 

 「んなっ!? 古ちゃんっ!!」

 

 

 修行の最初の方でエヴァが言っていた事であるが、横島のサイキックソーサーは一方向からの攻撃にはほぼ無敵の防御を誇れるのであるが、全周囲攻撃には対応し切れない。

 当然、サイキックソーサーとほぼ同じ特性をもつ宴の可盃もまた同様の弱点を持っている。

 

 確かに三次元的な攻撃でも、一対一という状況ならまだ対応できるかもしれないが、幾ら横島が大げさに動き回って霧を蹴散らそうとも、その全てを押し返す事は不可能。

 何せ数……霧という存在の為に絶対量が違う。

 

 量で押し寄せ、纏わりついてくる霧が相手なのだ。

 何の変哲もない霧が身体に触れた瞬間にその霧に混じって来られたら反応し切れないのである。

 

 現に古は、地面を薄く這って来た霧には気付けず、足首から纏わり付かれていた。

 こうなると動きが鈍くなってしまうのだから、当然のように上半身も霧に纏わり付かれてしまっている。

 

 横島のように神がかった勘で避けまくれる人間がそうそういる訳が無いのだ。

 

 意識を持って行かれてないのは横島との霊的な修行のお陰。

 元々が攻的な氣を持つ彼女は、やはり霊波も攻的なものだったようで何とか抗う事ができていた。

 ただ、流石にまだ霊的なレジストは素人の域なので弾き出す事はできるに至っていない。

 

 どちらにせよ、気力が尽きれば意識を持って行かれるので拙い状況に変わりはないのだが。

 

 

 「ナ? ソロソロ覚悟決メロヤ」

 

 

 彼女にしては珍しく、優しく諭すように促して行く。

 

 何せこの男は下手に挑発すると意地になってやらなくなる。それでは被害が大きくなりかねない。

 

 そんな風に多少の気を使うのも、折角の“後輩”だからなのだろう。

 

 

 「……お前は……それでいいのか」

 

 

 そんなチャチャゼロを前にし、横島の動きが——止まった。

 

 

 「ハ? 何言ッテヤガンダ? オレハゴ主人ノ下僕デ人形ダゼ?

  ココ十何年ハ暇ダッタケドヨ、昔ハ コンクライノ事何カショッチュウダッタゼ」

 

 

 何せエヴァは元600万ドルの賞金首。

 日常茶飯事……とまではいかずとも、それに近い感覚での戦いは数多とある。

 

 壊されかかった――

 或いは壊された(、、、、)回数も少なくないのだ。

 

 

 「がきガ……ナメンナヨ?

  イチイチブチ壊サレル事気ニシテゴ主人ノ下僕ナンゾヤッテラレッカ」

 

 

 だからチャチャゼロから言えば余計なお世話。

 

 いや、気持ちそのものは嬉しくもあるが、それで自分までやられたら本末転倒ではないか。

 

 “先輩”としてそれは許すわけには行かない。

 

 

 チャキリとナイフを構えなおし、横島と距離を離す。

 

 身体の自由は取り戻せていないのだが、本気で殺り合う気になったら急に動き易くなったのは霧魔の戯事だろう。ふざけた奴だ。

 

 自分はぶっ壊されるかもしれない――

 余りいい気分ではないが仕方のない事。霧魔は愉悦だろうが。

 

 尤も、その後で横島は大激怒必至。

 今は()い気になっているだろう霧魔だが、そのときに大後悔するだろう。ザマァミロである。

 

 

 「………」

 

 

 しかし、対する横島は佇んだまま。

 覚悟を決めているのかいないのか。

 

 

 「マ、セイゼイ足掻イテクレヤ。

  注文ツケンノナラ、『痛クシナイデ』ッテトコカナ?」

 

 

 軽いジョークを飛ばし、何時もの様にケタケタ笑いつつナイフを強く握り締める。

 

 サイズは70㎝程度の人形であるが、その膂力はそこらの人間を超えているのでダメージを受けるとシャレにならない。

 

 だが、言う事やる事無茶苦茶なチャチャゼロであるが、それでも気を使っている事が解る。

 横島に戦い易いよう促しているのだから。

 

 女の子ではなく、単なるキリングドールを相手にするだけだと訴えているのだから。

 

 

 「……」

 

 

 そんな彼女の言葉を噛み潰しつつ、横島は顔を上げた。

 

 彼の意識はチャチャゼロと古に向け続けられてはいるが、何故か目は空の一点に向けられている。

 

 

 「……」

 

 

 呆けたような眼差しが向けられた霧の一角。

 そこには周囲に散っていたモノが蠢いていた。

 

 もぞり……と人の形をとったそれ——

 

 

 

 

 その口元が、楽しげに歪められている事が……横島には見て取れた。

 

 

 

 

 

 

 

                 み ぢ っ

 

 

 

 

 

 

 その瞬間、

 

 

 

 

 絶対的なナニかが、

 

 

 

 

 とてつもない音を立て、

 

 

 

 

            ——切れた。

 

 

 

 

 

 「おい、ゼロ」

 

 

 

 右手に出していた霊波刀。

 

 

 その出力が唐突に上がる。

 

 

 「略スナヤ。何ダ?」

 

 

 そして、

 

 

 「おめーは先輩で、オレは後輩だったな?」

 

 「オオ」

 

 「そっか……だったら……」

 

 

 横島の霊気が、上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 L e t ' s 下 克 上 ぉ——っ!!!」

 

 

 

 「ナヌッ!?」

 

 

 横島は唐突に咆え、チャチャゼロとの距離を詰める。

 

 ようやく殺る気になったかと反射的に刃を振るうが斬ったものは空。

 

 体格差からチャチャゼロは掬い上げて斬らねばならなかったのであるが、横島はなんと地面スレスレを影のように滑り込んで来ていた。

 

 チャチャゼロがハッと気付いた時には、彼女の小さく細い左右の腕は彼の左手の指の間に挟まれていた。

 

 

 「ナ、何!?」

 

 

 それだけならまだしも、彼は転がるようにチャチャゼロを掻き抱いたではないか。

 

 

 「コ、コラ離セ!!」

 

 

 慌ててもぞもぞと脱出を試みるが、どういう訳か彼女の力をもってしてもその腕からは抜け出せない。

 意外なほど力が強いというのではなく、何とチャチャゼロを捕まえている彼の左手は霊気で包まれていたのである。その霊気で固められているようなものなのだから早々上手くゆくはずもない。

 

 

 「やかましいわっ!! 後輩が何時までも先輩の言う事に素直に従うと思うな!?

  下克上は時の習いじゃいっ!!

  わいはオマエの命令に反逆する!!」

 

 「コノ馬鹿タレッ!! ワケ解ンコトホザクンジャネーッ!!

  ダイタイ、ンナ事ヤッタッテドーカナル訳ガ……」

 

 

 そう、どうかなる訳は無い。

 

 

     “普 通”なら。

 

 

 「取り憑かれた相手を助ける方法は無い……ってか?」

 

 「エ? ア、アア……普通ハ……」

 

 

 そこまで口にし、彼女もハッと気付いた。

 

 

 その目を。

 

 異様に何かを信じさせるその目——

 

 

 そう、横島は決して“普通”ではないのだ。

 

 

 

 「あんだよな、それがっ!!」

 

 

 

 ゴ…ッと音が響くほどの霊波がチャチャゼロの身体に注ぎ込まれた。

 

 流石の彼女も驚いたが、不思議な事に苦痛に相当するものは無く、不思議な温かさのみが身体を駆け抜けて行く。

 

 いや、人形の身なのでエヴァからの魔力充填時のような達成感は兎も角、『心地良さ』というものは知らない。

 それでも『心地良い』と感じてしまうのは何故だろう?

 

 

 — ガ ァ ア ッ ッ !!??—

 

 

 その反対に、苦痛に満ちた叫びが周囲に響き、チャチャゼロの身体に憑いていた霧魔が弾き出せれた。

 

 

 「オ、オォッ!?」

 

 

 無論、チャチャゼロもまた驚いた。

 

 

 先程も述べたが、この横島という男は存外な記憶力を持っている。

 それは確かに勉学等には結びついていないのだが、戦った相手の攻撃パターンや霊気などはハッキリと記憶できるのだ。

 

 彼の魔神との戦いの前、霊動実験室にてその能力は明かされてはいるのだが、当然ながら戦っていた相手が十倍設定だった事など彼は知る由も無かったので自覚は全く無かった。

 

 その能力を持っている彼だからこそ、十日間も戦い通しだったチャチャゼロの霊気などとっくに記憶ができている。

 

 後は自分の霊波をチャチャゼロの霊波に同調させ、異物を叩き出すだけなのだ。

 

 

 それも昔、雇主がナイトメアを患者から叩き出した時の応用である。

 

 言うまでもなく、そこらの退魔師はおろか“元の世界”のGSでもやすやすと出来る事ではない。

 

 だが、鮮明且つ克明な十七年分の記憶があの時の霊波すら思い出せてくれるし、それより何より……

 

 

 キレた横島(、、、、、)に出来ない筈もなかった——

 

 

 

 「古ちゃんっ!!」

 

 「え? きゃっ!?」

 

 

 直後、霧魔を叩き出したチャチャゼロから片手だけ放し、そのままハンズ・オブ・グローリーを発現させて古を引き寄せる。

 そして彼女の身体が動かないのを良い事(?)に、

 

 

 「ごめんっ!!」

 

 

 そのまま強く抱きしめ、思いっきり霊波をぶち込んだ。

 

 

 「きゃんっ!?」

 

 

 なんか可愛く鳴いてしまう古。

 ちょっち萌えたのはナイショだ。

 

 古はずっと横島に霊力の修行をつけてもらっている為、当然ながら彼女の霊波は理解し尽くしている。

 だから彼女の霊的中枢(チャクラ)を傷つける事無く異物だけを引き千切る事など雑作もない。

 

 

 ただ、霊体を直接抱かれたカタチになったのであるが……抱かれている古は兎も角、横島は気付いてなかったりする。

 

 

 

 — グ ギ ャ ア ァ ア ァ ア ア ア ッ ! ! ? ? —

 

 

 

 当然ながら訳が解らない霧魔は痛みと苦しさで悶えるのみ。

 

 しかし直感的なそれ。

 今まで感じた事も無い圧倒的に大きい不安……

 

 “コイツ”と戦う事はあまりといえばあまりにリスクが大きく、拙過ぎるという事だけは理解できた。

 

 

 エヴァに遥かに劣るとはいえ、この霧魔もそれなり以上に長い時間存在し続けている。

 その間にエクソシストやら、退魔の術を習得している者達と戦った事もない訳ではない。

 

 しかし霧に混ざっているだけであり、霧の中がフィールドなので早々危機に陥る事もないし、霧と共に現れる事が出来る為、積極的に関わる事を恐れて追い払う事しかできなかった。

 

 だが、目の前にいる男はどうだ。

 

 確かに打つ手は無さそうだっが、間違いなくダメージを与えて来ている。

 霧を通じて霊波を送り、本体にちくちくとダメージを与え続けていたのだ。

 

 余りにウザいと感じた霧魔は、だからこそ人質兼手駒兼獲物として女に憑いたのであるが……まさかその所為で積極的且つ効果的な攻撃を始められるとは思いもよらなかった。

 

 

 だから霧と共ここを去ろう。

 

 ここには女の、それもうら若き乙女の気配に満ちている。

 

 闇に潜み、霧が出た時に別の女をいただく事にしよう。

 

 そう判断してその場を去ろうとした。

 

 

 無論——

 

 

 

 「逃がす……かぁっっっ!!!」

 

 

 

 かなり手遅れなのだが。

 

 

 

 

 修行が始まった最初の方で、横島はエヴァにこんな事を聞かれている。

 

 

 『ハンズ・オブ・グリード……

  ふん、“栄光の手”とやらに欲を練り込んでスタンドアローンの簡易式神としたか……面白いな。

 

  ん? という事は“別の意識”も込められるのか?』

 

 

 最初はどういう意味か解らなかったが、落ち着いて考えてみると彼もどうなるんだと疑問が湧いた。

 

 あの時はせめて一矢報いる為だけに放ったテキトーな技であったが、そう言われてみれば何ができるのだろうと。

 

 尤も、鍛錬中だった事もあるし、木人やチャチャゼロを前にして余計な思考はできやしない。

 

 だから“試し”すら行えなかったのであるが……

 

 

 「ハンズ・オブ……」

 

 

 今ならどう試したとて被害はない。

 

 

 あんな相手に……

 

 女達が苦しみを、覚悟を見せているのを見て嘲笑う奴なんかに気遣う必要なぞ塵ほども無い。

 

 

 「グリード!!」

 

 

 左腕にチャチャゼロと古を抱きしめたまま、右腕を前に突き出して霊気と意識をぶち込む。

 

 欲望やら煩悩に事欠かない横島だ。

 マイナス想念を込める事に力不足になる事はありえない。

 

 

 ゴ ォ オ ッ !!!

 

 

 瞬間、風が逆巻いた。

 

 右腕に収束された霊力に餓え狂った意識が充填され、膨れ上がって別の形をとったそれが凄まじい勢いで対象を吸いこみ、貪り始める。

 

 

 —!?—

 

 

 流石に霧魔も驚愕する。

 

 慌てて意識を男に向けてみると、軟体生物の口を思い出せる形……巾着の様な形になった霊気の腕が空気ごと霧を吸いこんでいるではないか。 

 ご丁寧にも霊体はフィルターで漉しとられる様にその中に引っ掛かり、空気は肘のあたりから放出している。

 

 

 

 

    足掻く、

 

 

 

 

       もがく、

 

 

 

 

           悶える、

 

 

 

 

    必死になって逃げようとする。

 

 

 した事も無い生存への努力。やろうと思った事も無い無様な遁走。

 

 死ぬとかどうとかではない。

 消える、滅されるという恐怖が噴出し、破裂するような原初の感情が後押しして逃れようとする速度を更に更に速めてゆく。

 

 

 だが遅い。遅過ぎた。余りと言えば余りに遅い。

 それに逃げられない。その方法がないのだ。

 

 

 強い欲望。狂おしい概念。

 

 収束能力に特化した人間の化け物は、“捉え喰らう”という概念を込めて霊力を収束させている。

 

 霧魔は、その体の全てをヴァリヴァリと貪り喰われるという恐怖を死してから初めて味あわされ、必死になって逃れようと更に足掻くが当然のようにそれは叶わない。

 

 

 それに——

 

 ハッと気が付き、そこ(、、)に意識を向ける。

 

 もがこうにも逃げようにも霊気の吸引によって逃れられず、その上真正面から押し込むように風が襲い掛かってきているのだから。

 

 

 そこにいたのは白い小鹿。

 

 

 ——否。白い大鹿。

 

 巨大な角を持った大きな雌鹿(、、)である。

 

 山の気が集まって生まれた山の精であり、大自然の精霊。

 

 普段の小鹿状態なら兎も角、符の力で持って格を上げた かのこには自然が味方する。

 

 つまり、かのこが敵と見做(みな)せば自然が敵と見做(みな)すのだ。

 

 幾ら裏庭という作られた自然であろうと、木々や水、風が敵と見做せばたかが怨霊などに打つ手等あろう筈が無い。

 

 

 その上、横島を怒らせたのだ。逃れる事など不可能である。

 

 

 紛れ、這い寄り、奪い、侵す。

 如何にそれらに特化していようと、霧ごと全て喰われる等という馬鹿けだ手段に敵う訳がない。

 

 霧を幾ばくかに分けて逃れようとしても、どこから飛んできたのか榊の葉やら月桂樹の葉等が突き刺さって霧散する。

 シキミの葉も混じっており、霊にとっては途轍もない苦痛を伴っている事だろう。知った事ではないが。

 

 如何な霧魔とはいえ逃れる術は既に無い。

 出来る事といえばただ苦しみを受け入れる事だけ。

 

 

 しかしそれでもまだ足掻く。

 

 声はおろか、音にもなら無い絶叫をあげ、何とか逃れようと足掻き続ける。

 

 しかし無駄な努力。

 蜘蛛の巣に絡め取られた羽虫や、咽喉に喰らい付かれた獲物のように死ぬまでの時間を待つ事しか出来ない。

 

 呆気に取られる古とチャチャゼロの前で、あれだけ脅威を誇っていた霧魔は、クラゲに呑まれる獲物のように“実体だけ”が霊気に捉えられてしまった。

 

 だが、それでも足掻く。

 直径二メートルにも及ぶ風船状に膨らんだ霊気に閉じ込められたまま、霧魔は……いや、霧の全てが奪い去られて単なる悪霊と化した“それ”は、それでも足掻き続けていた。

 

 

 「往生際が悪りぃぞ…… こ の ク ソ 野 郎 ! ! 」

 

 

 そしてその霊気は更に変化する。

 

 

 

 

 エヴァは更に問う——

 

 

 『確かにキサマは驚異的な収束能力を持っているようだな。

  あの珠はまさしくそれの集大成であるし。

 

  だが……栄光の手とかいう力や、サイキックソーサーとかいうあの力を……』

 

 

 

 ——それらの力のみ(、、)を収束させる事はできんのか?

 

 

 

 

 

 ギシィイッ!!

 

 

 空気が軋んだ。

 いや、(くう)が軋んだ。

 

 霊波刀……ハンズ・オブ・グローリーは強化ゾンビに追い込まれた横島が、土壇場で霊格を上げた時に生まれたもの。

 だから、サイキックソーサー“そのもの”の収束度を意識的に上げた事はない。

 

 ハンズ・オブ・グリードは、形を変えてはいるが元は横島のハンズ・オブ・グローリー。だからこそ形を変える事もできる。

 そして当然、それからサイキックソーサーに戻す事も……

 

 横島はその状態で霊体を握り包んだ(、、、、、)まま、それをサイキックソーサーへと変化させた。

 

 悪霊の苦しみ悲鳴ごと霊体は押し潰され、更に圧縮して薄べったく平たく延ばされてしまう。

 

 だが、怒りに満ちた横島の手の中。当然ながら握力ならぬ霊圧は激増している。

 

 収束能力が特化している横島。

 その力でもってサイキックソーサーは更に更に収束の芽を見せた。

 

 

 「う、わぁ……」

 

 

 驚愕する古。

 生まれて初めて(、、、、、、、)呆気にとられて言葉を失っているチャチャゼロの前で、霊気の盾だったものは完全に存在するモノになっていた。

 

 

 大きめの手鏡の鏡に似た六角形の物体。

 

 厚みはあるようで無く、見た目の材質も不明。

 

 異様に収束された霊力がガラスともプラスチックともつかない、光を反射しない淡い赤色の物体となり、その存在感を主張しつつ空に浮かんでいるではないか。

 

 

 

 —△*@□*△★※—っ!!!—

 

 

 

 悪霊を閉じ込めたまま——

 

 

 

 「やれやれ……やりゃあできるってコトか……」

 

 

 意味を込める事が珠、文珠。

 “この世界”のマナは“元の世界”より豊富で、それを数秒で生み出せるようになっている横島なのだから、短時間でサイキックソーサーの霊圧を上げる事も可能なのかもしれない。

 きっかけは霊能力に素人である筈のエヴァの言ではあるが、鵜呑みにするように行って“出来てしまう”のも考えものだ。

 

 

 だがそれでも……

 

 

 「オメーをとっ捕まえる役には立ったよなぁ……

  ええ? おい……」

 

 

 空に浮かんだそれを手帳か何かかのように軽く手に取り、煽ぐように振ってそう言い放つ。

 無論、彼の声音は冷たい怒りに満ちている。

 

 

 逃げようにも、霊体は押し花状態でピクリとも動かせない。

 プレパラートにされたバイキンも真っ青だ。

 

 意識のある霊体で封じられた弊害か、死に匹敵する苦しさと痛みにのたうっているかのよう。

 

 

 しかし、横島はそんな悪霊は完全に無視。

 “そんな奴”の事何かより大切な事があるのだから。

 

 ポイ捨てするかのように宙に放置し、腕に掻き抱いたままの二人に目を戻す。

 

 

 「古ちゃん、ゼロ。無事か?」

 

 「……へ? あ、アイ……」

 

 「マ、マァナ……」

 

 「そっか……」

 

 

 一応はホッとしかけたものの、念には念を入れて霊視してみる。

 それで異状を感じられなかった事を確認し終えると、やっと胸を撫で下ろす事が出来た。

 

 僅かに笑みらしいものも戻り、やっと古を腕から解放してチャチャゼロはポケットに入れる。

 

 ポケットが多い作業着であるが、右の胸ポケットはチャチャゼロが操られた時に破いてしまったので左の胸ポケットに入れた。

 心臓の音がダイレクトに伝わって来てチャチャゼロも何だか妙に落ち着いてしまい、黙り込んでしまう。

 

 二人(?)が無事だった事が解って安心したのだろう、かのこも小鹿に戻っている。

 すると札に戻ってしまいポトリと地面に落ちてしまったので、持ってゆく方法に困っていた。

 

 どういう訳か呼べばどこからともなく飛んでくるので、呼ぶ際はどうとでもなるのだが、しまう時が大変だ。

 

 仕方なく札を咥えて歩く事にしたようである。

 

 

 「え、えと……老師……? アレは……」

 

 

 古は呆然と横島の作業着の袖を掴んだまま、宙に浮かんだままのサイキックソーサーを指した。

 それは何かに吊られているかのようにフワリと浮いたまま。そして中では薄黒い染みにも似たナニカが未だ蠢いている。それこそ苦しみから逃れんと必死に。

 

 

 「ま、アレが修行の成果ってトコか? 成功したのは今が初めてだけど……」

 

 「そーゆー質問では無かたアルが……

  アレを……“氣”だけで作り上げたアルか?」

 

 

 その言葉に、古の眼は驚愕と感心に彩られた。

 

 尤も、正確に言えば氣だけではない。

 エヴァから『イヤッ!』というほど叩き込まれているマナの収束やら、魔法を無詠唱で使用する時と同様の集中の仕方が混ざっている。

 

 それでも存外。

 たった十日間で覚えられる技ではないのだ。

 

 

 「ま、一回できたんだから後は慣れだな。

  ……つーか即行でモノにせんとキティちゃんに殺られる……」

 

 

 そういって顔に縦線をたっぷり浮かべたりガクブルしたりする横島であったが、そもそもモノにできる可能性がある時点で規格外。

 その事に気付いていないのだから、相変わらず罪深い。

 

 無自覚だろうが、修行者が血涙流して悔しがる程の才能もちなのだから。

 

 無論、どれだけ才能があろうと土壇場でこんな事はできない。

 

 となると、想像以上に彼はがんばっている事になる。

 

 

 事実、横島は、費やした苦労を思い出してがっく〜んと肩を落していたし。

 

 何気に夕陽が傾いて影が伸びているのが余計に物悲しさを増す。微妙に絵になっているのがまた遣る瀬無い。

 

 校舎の角まで長く伸ばした影に、ふか〜〜〜く溜め息を吐きかけていた横島であったが、直に頭を上げて古に眉を寄せた微妙な顔を向け、

 

 

 「悪りぃ……霊的防御の上げ方教えてなかった。ゴメンな」

 

 

 と、頭を下げた。

 

 

 「へ?」

 

 

 そう言われても古は困る。何がなんだか解っていないのだから。

 

 ——確かに古は硬氣等で防御を固める事ができる。

 が、それは氣を発現させるという事なので、霊的なモノから言えばご馳走を見せびらかしているようなもの。古のように一般人最強クラスの氣の使い手なら尚更だ。

 だからこそ精気を求めていた霧魔はこの場を離れなかったのだ。

 

 尤も、そのお陰で被害が出なかったという感もあるので、どっちもどっちと言えなくもない。

 

 だが今の横島の立場……紛いなりにも<古の師匠>をやっている彼から言えば、肝心の霊的な防御を伝えていないのはポカである。

 いや、どんな理由があろうと、少なくとも彼はそう思っている。

 

 元々が戦闘スキーでなく、自衛能力から手に入れた彼だからこそ、防御の重要性を理解していた。していたからこその謝罪だ。

 

 

 「ア、アイヤ……そんな事ないアルよ。

  守りの氣を出し切れてなかた私の力不足が……」

 

 「いや——」

 

 

 それでも、と横島は非を口にする。

 

 

 「古ちゃんの才能は知ってるし、努力も知ってる。

  でも、どれだけ才能をもってても使い方を知らなきゃ使いこなせないじゃねーか。

  オレは師匠として古ちゃんにみっちりとそれを教えなきゃならない筈。

  それができていないのはオレのミスだ。

  だから、ゴメン……」

 

 

 一度の失敗で何もかも無くす事もある。

 たった一つを無くす事で、大きな疵を残す事もある。

 

 その事を知っているからこその謝罪。

 

 後悔を知っているからこそ、伝えきれていなかった事を詫びているのだ。

 

 

 理由は解らずとも、彼の“しこり”が何となく伝わり、古は胸が一杯になった。

 

 

 彼が自分をこれだけ想っていてくれた事に。

 

 

 

 

 そして……

 

 

 

 

 疵を残している相手がいた事に——

 

 

 

 

 

 

 ずきん……

 

 

 

 

 

 「……っ」

 

 「え? 古ちゃん?」

 

 

 何となく胸が痛み、右手を当てる。

 

 それを見て怪我でもしたのかと気にはなったが、古は何でもないアルと手を振って誤魔化した。

 

 

 

 ——そう。物理的な痛みではないのだから……

 

 

 

 “これ”が何なのかよく解らないが、古は笑顔を作って痛みを誤魔化した。

 

 

 横島から見ても空元気だと解る表情だったが、彼はその理由が満足に戦えなかったのが原因だと勘違いしている。

 

 自分だって今の年齢の時は足手まといだったからその気持ちは良く解る。

 だから今はそっとしておこう。

 

 そう勘違いしたまま横島は手を差し伸べて古を立たせてやった。

 

 

 ——そんな彼の気遣いが嬉しい。

 

 霊気を浸透させて霧魔を叩き出してもらったのだから、古は横島の霊気と直接触れ合いっており、彼の優しさから来る怒りも理解できていた。

 

 その時に伝わってきた自分やチャチャゼロの為に怒ってくれたその気持ちが、優しさが嬉しかった。

 

 

 だからこそ、その怒りの根源に“居る”であろうモノ……恐らくは女性……に対し、奇妙なイラ立ちを覚えてしまう。

 

 

 それがオンナに対しての嫉妬だと未だ気付けぬまま、古は横島の手を握ったまま修学旅行の時と同様に彼の手を引いてこの場を後にした。

 

 

 後に気持ちを引き摺って行くように………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何か忘れられている——

 

 そう、霊体を閉じ込めたサイキックソーサーが完全にほったらかしのようだ。

 

 

 だが当然、彼はそんなポカをかましたりしない。

 

 仲間内には大ボケが多く、人前で三枚目ばかり見せまくる彼であるが……

 

 

 

 ジュ…ッ!!

 

 —…………ッッッ!!!!!—

 

 

 彼らの姿が校舎の角で見えなくなったと同時にまた霊撃エネルギーへと再変化し、その霊体構成を完璧に消滅させた。

 

 

 お人好し故に人前で道化師を演じ、重い空気を台無しにする。

 そんな横島であるが、敵に対してまでそんなサービスをしてやる気は更々無い。

 

 霧魔“だった”ものの断末魔を感じたか、理解していたのか、

 横島はそれに対して片眉をぴくんと動かし、かのこは一瞬だけ振り返った。

 

 しかしそれだけ。

 

 然程も気にせず古を寮の前まで送ってゆく。

 

 

 

 春が終わろうとし始めている晩春の放課後。

 

 夕陽に照らされている校舎裏の陰。

 

 二人と一頭が立ち去った後に残るのは何の変哲も無いそんな日常の光景。

 

 

 後には何も、残っていなかった——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 手に持っていた煙草を何時の間にか落していた事に気付き、高畑は慌てて落ちていた煙草を踏み消した。

 

 ふと横を見ると、エヴァが微妙な笑顔を浮かべて年の差カップルの態で歩く下僕二人+2を見つめている。

 

 だが、不快でない事だけは間違いないだろう。

 クク……と悪戯っぽい笑みを零しているのだから。

 

 

 「まぁ、三十点ってところだな。赤点だ」

 

 

 それでも点数は辛口だ。

 

 

 「ず、随分と厳しいね」

 

 「フン……十二分に慈悲深い採点だぞ?

  現に今の戦いでもヤツの収束は見事だったが、それだけだ。

  思いつくのは遅いし、注意も散漫。

  反応速度は相変わらずだが、チャチャゼロが取り憑かれた事でやや我を忘れている。

  現に霧魔に挑発されてキレていたしな」

 

 「まぁ……ね」

 

 「それに……」

 

 

 文珠の使用禁止の命令を実行したのではなく、最後の方は使うのを忘れていた(、、、、、、、、、)——

 いや、『使う事を忘れるほど怒っていた』が正しいか?

 

 どちらにせよ大減点であるが。

 

 

 「エヴァ?」

 

 

 急に黙った彼女をいぶかしく思ったか、高畑はそう問い掛けてしまう。

 

 無論、下手な事を口にする彼女ではなく、『何でもない』と手を振って誤魔化すのみ。

 甘めに見た理由を口にするほど落魄れてはいないのだから。

 

 

 「しかし……クククク……」

 

 

 思わず笑ってしまう。

 

 横島が自覚しているのかしていないのかは知らないが、我を忘れかかったという事は、彼は間違いなくチャチャゼロを操っていた事にも怒っていた。

 

 つまり、彼の中では既にチャチャゼロという“人形”すら仲間内にいるのだ。

 

 それが面白くてたまらない。

 

 人間と人外の垣根が異様に低い事は知っていたが、ここまで低いとは思ってもいなかった。

 

 

 「ククク……やはり実験も兼ねてアレを試してみるのも良いか……

  長年付き合ってくれているしな……」

 

 「え、え〜と……?」

 

 

 赤点を告げた口でさも嬉しそうに笑うエヴァに、流石の高畑も退き気味。

 

 ただ、苦労はさせられそうだが“悪いコト”をしようとしていない気はしていた。

 

 暫く笑い続けていたエヴァであったが、そんな微妙な顔をして首を捻っている高畑に気付いて笑いを止め、彼のその足を軽く蹴る。

 

 

 「ホレ、コイツを連れてとっとと行け。

  言った通り、単なる『意趣返し』だとは思うが、念の為調べておくのだろう?」

 

 「あ、ああ……」

 

 

 今一つ納得しかねる気がしないでもないが、それでも高畑は元同級生の少女の言葉に従ってグッタリとしている男を肩に担いで茂みから出てゆく。

 

 詰問部屋に連れて行く途中、ちらりと騒動があった校舎裏に目を向けるがやはり何の変哲もない校舎の裏。

 

 いや、何だか昨日より陰の部分が減っているような気さえする。

 

 

 「霊体を吸い込み、氣を凝縮して拘束……

  そのまま氣を物質化して封印した挙句に悪霊を浄化……とんでもないな」

 

 

 学校という場所は、若い思念が良く篭ってしまう場でもあるある。

 校舎裏などの隅に陰が篭るのもそれが理由だ。

 

 その陰が減っているのは、霊体を吸った時に巻き込まれたのかもしれない。

 

 浄霊ができるのだから浄化もできるかもしれないが……それにしても……

 

 

 「やれやれ……学園長にどう報告すればよいか……

  問題ばかり増やしてくれるな。キミは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから尋問するのだろう高畑と別れ、エヴァは家に戻っていった。

 

 如何に力を抑えられようとエヴァは夜の眷属。日が暮れてきているので道が良く見えている。

 だから足取りも軽い。

 

 面白い事もあったのだし。

 

 幸い横島は霧魔の報告にジジイ……学園長から呼び出されるだろうから別荘に来るまでまだ少しかかる筈。

 となると、絶対に指定した時間には間に合わない。

 

 

 「おお、今日も遅刻のペナルティで虐めてやらねばならないではないか。

  心が痛むなぁ ククククク……」

 

 

 何か嬉しそうだ。

 流石はエヴァンジェリン。何気にワルだった。

 

 

 「まぁ 良い。後は方向付けだけだしな。

  しかし……思った通りの力の発現だったなぁ……横島忠夫。

  概念の使い手よ……クククク……」

 

 

 エヴァは笑う。

 

 そしてワラう。

 

 満月でもないのに、意識の高揚に身を任せて。

 

 今日もまた矛盾した刻の中で彼を鍛え上げ、研磨し、弄る。

 

 その事だけを思い描き、足取りを更に軽くして草を踏み家路を楽しむ。

 

 

 いい加減 往復し飽きた道を辿って行くと、何時もの歩調より若干軽めだった為か、慣れた時間感覚より早くログハウスが見えてくる。

 

 ふと気が付くとその窓から生活の明かりが漏れていた。

 

 恐らくは茶々丸。メンテを終えて先に戻っていたのだろう。

 

 彼女を下僕にしたからは別段珍しくも無い光景であったが、それでも何故かその事を嬉しく感じ、エヴァは明るい気持ちでノブに手をかけ、

 

 

 「さて、今日の反省も踏まえてどう弄ってやろうか?」

 

 

 口元を緩めながらドアを開けた。

 

 




 御閲覧、お疲れ様でした。
 ウチの横っちはこーゆー地味で地道にPower Upさせてます。

 ウチの横っちは『魔族因子持ち』ってパターン使ってませんのでイマイチ君。
 いえ、元々才能がスゴい人ですし、能力を弄り倒すだけでスーパーなんですが。

 さて、次ですがちょっと幕間とします。
 そしてその次が“あの”試験の話。ですんでその前フリですかねー

 原作主人公が目立たないのはナニですが、この話の主人公は横っちであり、ヒロインは楓らですからねー
 無論、ネギきゅんも強くなりますヨ? 横っちを基準に置いた拷問みたいな修業になりますからw
 
 兎も角、それがどういう流れになるかは次々回から。
 てな訳で、続きは見てのお帰りです。
 ではでは〜
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