-Ruin-   作:Croissant

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休み時間 <幕間>:子鹿モノ語リ
本編


 

 

 調書を眺めていた老人が溜め息をついて眼を離す。

 

 

 いや、書類に不備があったという訳ではない。

 

 その調書を纏めた者はそれなり以上に信頼の置ける男性教師。

 表裏で活躍し、魔法世界でも名を知られている魔法教師だ。

 彼が動けば事件は解決するとまで言われ、体質的に魔法を唱えられない(、、、、、、)人間であるが所謂“立派な魔法使い”と同等の扱いを受けている英雄でもある。

 

 その彼も苦笑を浮かべながら老人の手元の書類を見つめていた。

 

 

 「しかし……妙な因縁じゃのう……」

 

 「ま、確かに……」

 

 

 呆れると言うか何と言うか……やはり老人の表情は微妙である。

 

 

 この調書——

 これは、先日この学園都市に侵入し、霧魔を女子中等部の校舎に放った犯人についてのものだ。

 

 事件は起こりはしたが、幸いにして被害は極めて軽微。

 公園のブランコのポールが歪んだ程度。

 

 やはりと言うか何と言うか、襲撃者は小物ではあるがテロリストとして手配されていた男。

 無論、小物とはいえテロリストとして認定されているのだから厄介な相手である事に間近いはないが。

 そんな男を事も無げに打ち倒し、被害も出さずに捕えられたのもこの男性教師の腕前あってこそである。

 

 

 で、その霧魔の方であるが……それは一人の用務員の手によって退治されていた。

 

 こちらも被害は軽微。

 非公式ではあるが“裏”の関係者となっている少女が憑かれかかってはいるものの、少々精神疲労した程度で一日〜二日程度休めば完治するだろうとの事。

 後は皆無(、、)である。

 

 あ——件の用務員のポケットが関連した事柄で裂けてしまっているが……まぁ、それは由としよう。

 

 兎も角、侵入してきた男が所持していた瓶(魔封じの瓶らしい)に封じる事しかできなかった“筈”の霧魔は、怨霊の部分のみを用務員によって滅されるというユカイな最期を迎えていた。

 

 

 「ヤレヤレ……

  あの氣の盾を更に凝縮して霊体を封じ、そのままエネルギー転化させて浄化したと?」

 

 「ええ。見事なものでした」

 

 ついでに言うなら、霊気の腕に意識を込めて周囲の霧ごと喰らって漉しとった(、、、、、)訳であるのだが、どちらにしても……

 

 

 「とんでもない能力じゃのぉ……」

 

 

 ——である。

 

 

 「いや、全く……

  僕も今までそれなりに術者を見てきましたけど、完全に物質化させたのは初めて見ました。

  霧魔の()からして、それごと封じた強度も収束速度も半端ではありませんでしたしね。

  アレだったら魔族すら封じられるかもしれませんよ?」 

 

 「う〜む……頼もしいと言うか末恐ろしいと言うか……」

 

 

 元々その話に出ている用務員の青年は、氣を収束して頑健な盾にしたり、剣状に武器化させたりしていた。

 理屈から言えば、更に収束度を上げると物質化できてもおかしくはないと言えなくもない。

 言えなくもないが……

 

 

 「それは理屈“だけ”の話じゃし、机上の空論を実行されたらワシら魔法使いも立つ瀬が無いわい」

 

 「御尤もですね……

  まぁ、彼ですから理屈じゃなく、屁理屈を実行したという感もありますが……」

 

 「言いえて妙じゃの」

 

 「感心だけしててもしょうがないんですけどね」

 

 まぁ、娘婿から聞き及んでいる京都でしでかした(、、、、、)活躍もとんでもなかったので、ある意味想定内。

 ヤツならヤっちまうんじゃね? という気がしないでもない。

 

 つーか、そう思わないとやってられないっポイ。

 元からそこらを神様が歩いてた世界から来たという人間なのだし。

 

 

 「まぁ、ええわい……気にしたら負けじゃしの」

 

 「ですね。僕もそう思います」

 

 

 何気に丸投げ気味ではあるが、それも致し方ない事。

 

 そもそも自分らも魔法使いという非常識な存在だ。

 その中に常識の斜め上を行く男が入って来てたとしても余り奇怪な話ではないだろう。多分……

 

 それに、何だかんだ言って二人は結構彼の事を信頼してたりする。

 

 確かに非常識な能力を持ってはいるが、一般市民に被害が出るような事はしないだろう。

 少なくとも女生徒らは絶対に守り抜くだろうし、彼女らの笑顔が曇るような事だけはすまい。

 それだけは断言できる。底抜けにお人好しでもあるし。

 

 どちらかと言うと、彼が厄介事を抱え込むだろう事を危惧した方がまだマシだ。それはそれで頭の痛い話であるが。

 

 

 何しろ、先の修学旅行で連れ帰ってきた使い魔というのが……

 

 

 「精霊の集合体。

  どちらかというと妖怪に近いのじゃがのう」

 

 「普段は可愛い小鹿なんですけどねぇ」

 

 

 

 山の精霊の集合体なのだ。

 

 

 

 

 

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          ■休み時間 <幕間>:子鹿モノ語リ

 

 

 

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 普通なら受験に突入する筈の中学三年という微妙な時期に修学旅行を行なっているのは、ここ麻帆良学園がエスカレーター式だからであろう。

 

 それが理由の全てとまでは言わないが、進学コースを突き進む気でもない限り、学力向上にそんなに力入れる必要も無いので呑気な者が多かったりする。

 

 その分、部活に精を出す者も多いが、そう言った学生達も成績が悪いだけで授業を疎かにしている訳でもない。

 そこらが他の学校と違う点かもしれない。何せ授業をサボるような輩が極端に少ないのだから。

 

 

 成績が良い者が求めればもっと勉学に励めるようになっているし、成績が悪いなら悪いなりに学園生活を楽しむ。

 丸投げでは無く、ちゃんと教師が締めるところは締め、生徒に任せるところは任せる。自立心を養わせつつも、それに付いて回る責任もちゃんと教えているのは教育カリキュラムがしっかりとしている証拠かもしれない。まぁ、その代りに自立し過ぎて暴走する生徒がいないでもないが。

 

 よって暴力的な行動等で問題を起こそうとする輩が出れば武術関係のクラブ(時には何故か存在する武闘派の文化系クラブも)が出場って騒動を鎮圧(注:“鎮静”ではない)する様になっている。万一の場合でも有能過ぎるくらい有能な広域指導員が黙っていないし。

 だから騒動は多いが深刻なものは無いと言って良い(その代り羽目を外した場合の騒動は半端ではないが)。

 

 

 昨今の学校事情から鑑みても、かなり平和な学校である。

 

 

 で、そんな学園に存在する数多過ぎるクラブの中、どう見ても真面目に考えてないだろう的なクラブがあった。

 

 その名も“さんぽ部”。

 

 部員はたった三人。クラブとして成り立っているのか判断に困るところである。

 実は他にも部員がいるという説もあるが、誰も実際に目にした事が無い為、真偽の程は定かではない。

 

 が、この文化系なのやら体育会系なのやら線引きが微妙なクラブ、無意味なほど体力がある事で知られていたりする。

 

 一人飛びぬけた体力,体術持ちがいるがそれを別にしても、見た目が幼児の残る二人の体力も普通ではなく、麻帆良のど真ん中にどどーんと突っ立っている“世界樹”のかなり上の方まで息切れもせずするする登って行けたりする。

 部活動にしても、小休止も確かにとりはするが、目的地を決めた後は寄り道をしつつもただひたすらウォーキングし続け、お腹が空くと『ご飯だからかーえろっ』とばかりに寮へと戻って行くというハードなもの。

 

 暢気と言えばそれまでだが、その実は三時間ほど歩きまくる持久力迸る運動モドキだったりするのだ。 

 

 それでいて学園内の各施設、各クラブの事情にも詳しく、それらを紹介して歩く事も出来てしまう。

 何だかんだで報道部並に学園内の事情に詳しく、それでいて人並み以上の体力がある。

 

 だから区分が難しいクラブなのだ。

 

 他にも、ロッククライマーのスキルを必要とする図書部という謎クラブもあるが、それは横に置いといて……

 

 ——兎も角そのさんぽ部であるが、珍しい事に今現在やたら激しい活動を行っていた。

 

 

 「か、かえで姉ぇ……」

 

 「……ド、ドコまで行くですかぁ〜?!」 

 

 

 体力馬鹿が多い3−Aの中では霞がちであるが、けっこう体力があったりする風香と史伽の二人。

 その二人が今、ひぃひぃと息切れをしつつ走っている。

 

 そしてその前をズンズン歩いている長身の少女。

 

 

 「おろ? どうかしたでござるか?」

 

 

 悲鳴にも似た二人の訴えに初めて気付いたか、その長身の少女……楓がくるりと振り返った。

 ……その歩みを止めぬまま——

 

 

 「ど、どうかしたじゃないよーっ!!」

 

 「ひぃひぃ……ペ、ペース、速すぎるよーっ!!」

 

 

 現在、時間にして午後四時五十分。

 

 今日は土曜だったので授業は半ドン。

 

 授業を終わらせ、さっさと寮で着替えて昼食を取ってからず〜〜〜〜〜っと、三人は歩き続けていたのである。

 にも関わらず、ペースが速い事だけを咎めているのだから、この姉妹も大概フツーではない。

 

 

 「おろ?」

 

 

 言われて初めて気付いたのだろう、楓は頭を掻きつつやっと足を止めた。

 

 彼女が足を止めてくれたので、やっと二人は彼女に追いつく事が出来た。と言っても、楓が平然としているのに対し、二人はへたり込んで道端で大の字。

 ボロボロである。

 

 

 「いや、面目ない。二人の事忘れかかっていたでござるよ」

 

 「ひ、酷いよ〜〜……ゼェゼェ……」

 

 「申し訳ないでござる」

 

 

 流石に気不味いのだろう、楓の後頭部にでっかい汗が浮かぶ。

 

 と言っても、今は何かしてやれる事は少ない。

 この有様では手を貸して立たせてやるにはまだ早すぎるし、精々そこらの自販機でスポーツドリンクを買ってきてやるくらいだ。

 

 

 「ありがとー!」

 

 「喉、からからーっ!!」  

 

 

 それだけでコロリと機嫌が良くなってくれるのはありがたい。

 楓も一安心だ。

 ……決して、“お手軽”だとか思ってはいない。

 

 ごっごっごっと、かなり早いペースで500mlペットボトルを空にした風香が、安堵の表情を浮かべて楓に眼を向けた。

 無論、飲み終えた後にぶはぁ〜っと息を吐くのも忘れてはない。

 

 

 「それでさ、何でかえで姉、ここんトコそんなに走り回ってるの?」

 

 「は?」

 

 

 急にそんな事を言い出されれば楓でなくとも疑問符を浮かべるだろう。

 

 

 「だって、かえで姉。何時もだったらもっとのんびりしてたじゃない。

  だけど今週はず〜〜っと走り回ってたよー」

 

 

 史伽にもそう言われ、改めて楓は首を捻った。

 

 確かに彼女のペースからすれば“歩行”であろうが、一般人からすれば“走行”以外の何物でもない。そしてその事に気付いていないのだから恐れ入るというか何というか。

 

 そんな姉貴分の様子を見、双子は同時に思う。

 

 『無自覚だった(ですか)んかい』

 

 と——

 

 

 事実、楓は本当に無自覚だった。

 

 只でさえ尋常ではない体力、体術を持っている彼女だから、イッパソ人である二人が付いて行くのは大変である。

 言うまでも無く、楓も本気や全力で歩いている訳ではない。それなら二人は影すら見えぬだろう。

 だから何時もはもっとのんびり歩いていたし、二人の後を追うようにして歩いていた。

 

 この三年間、そんな気遣いを行なっていた楓が、ここのところ周囲にペースを合わせていない。

 何というか…悪い意味でマイペースとなっていて、登下校時の歩行も彼女のペースから言えば早足程度ではあるが、競歩の選手よかずっと早く歩いている。

 

 まるで何かに急きたてられるかのように。

 

 そして学校での様子もちょっとヘンだった。

 

 普段であれば妹分として可愛がっている二人をちゃんと気遣っていたし、間違っても置いて行くような事はしない。

 

 授業中も(何時もより)どこか上の空に見えていた(ような気もする)し、時々窓から外を見、溜め息を吐いていた。

 

 他愛の無い行為と言えばそこまでであるが、その仕種が妙に女っぽく、ゴシップ好きな年頃の少女らはざわめいていたりする。

 特に眼鏡をかけたアホ毛少女は強く反応しており、授業中に『ラブ臭がぁああっ!?』と叫んで教師に怒られていたりするが……まぁ、どうでもいい話だ。

 

 ……とまぁ、今週はずっとこの調子だった。

 

 そして、週末に近寄るにつれて、楓の所作に妙なものが目立ち始めている。

 水曜あたりからそわそわし始め、木金とかけてそれが目立ちだし、そして土曜の今日、ハッキリとそれが目立っていた。

 

 それが原因で楓はウッカリ二人を引き離してしまったのだろう。

 だとすると、連続幅跳びに近い軽くなった彼女のステップは、ひょっとするとスキップなのかもしれない。

 

 ナニを(、、、)待ち望んでいた(、、、、、、、)のか知らないが……

 

 

 楓は姉妹に謝罪しつつ、やっと息が整った二人に手を差し出して立たせてやる。

 

 迷惑をかけたのだからそのまま連れて帰ってやるくらいのサービスは必要だろう。

 来年に高校生になるとはとても思えないほど小柄で軽い二人をひょいと左右の肩に乗せ、楓は寮に向けて駆け出した。

 

 

 「ひゃっほーっ!」

 

 「キ、キャ——っ!!」

 

 

 こうやって運んでもらう事は初めてではないが、喜びはしゃぐ風香とは逆にやたら焦ってしまう史伽。

 

 二人とも胆力がある方ではないが、姉の風香よりちょっと臆病なので当然かもしれない。

 姉のようにはしゃぐ余裕は無く、落っこちないよう楓の頭に強くしがみ付く事しか出来なかった。

 

 と……?

 

 

 「ん? あ、あれ?」

 

 

 ほんの一瞬。

 

 泡沫の幻覚と言う気もしてしまう刹那の時。

 

 振り落とされそうになって慌てふためいていた史伽の視界の隅に、見知った青年の姿が掠めたような気がした。

 

 見間違いという感も強かったが、妙に引っ掛かりを覚えてしまう。

 

 だが、それも一瞬の間——

 

  

 「ひゃ、ひゃああああーっ!!!」

 

 

 直に頭の中が自分の悲鳴と同一のものとなり、只ひたすら耐える事となる。

 

 しかしどこか頭の隅で見間違いだと認めていた気もする。

 

 

 何故なら……

 

 

 『くーふぇが男の人と嬉しそうに歩いているなんて』

 

 

 ありえないはずなのだから——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——が、

 

 

 「今日もお疲れアルな」

 

 「いや、仕事はいいんだよ? 仕事の方は。

  その後の時間が……終業後が癒されねーってどーよ?」

 

 「ケケケ 倦怠期ノだんなミテーダナ」

 

 「疲労の原因がナニ言うか!!」

 

 実はそんな事(、、、、)はあったりする。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 あの霧魔との一件から、横島と古、そしてチャチャゼロは三人(?)でつるむようになっていた。

 

 尤も、相変わらず古は老師老師と言い続けているが、大首領との約束どおり鍛練はなし。

 何だかんだで彼女もキッチリ約束を守っている。

 

 しかし、鍛練こそ行なってはいないが、ちゃっかり約束の穴をついて鍛練の時間までこうやてブラブラ話しながら歩いたり、じゃれ付いてくる かのこと戯れたりして遊んでいるのだから全然問題はない。

 顔の前で手を組んで、唇をニヤリと曲げつつ『問題ない』と呟いちゃうほどに。

 

 ——まぁ、ぶっちゃければ デ ー ト なのだし。

 

 

 「オイ、じゃーきーヨコセヤ」

 

 「ツマミばっか食うなっ つーか、ポケットで飲むなや。

  酒臭ぅなったらどーしてくれる!?」

 

 「オメーガ飲ンダコトニスリャイイダロガ」

 

 「書類上は未成年やっちゅーに!!」

 

 

 横島の横でニコニコと驕ってもらったアイスクリーム(チョコミント)を嘗めている古と、彼のポケットで酒のツマミばっか食べているチャチャゼロ。

 そして時々フルーツをねだる可愛い小鹿に囲まれているというのに、何故か横島はちょっと不機嫌だ。

 何様のつもりであろうか? 爆死しろと言われても文句が言えない立場だというのに。

 

 

 「つーか、カワイイっちゃあカワイイけど、女子中学生に生き人形に小鹿やん!?

  インモラルすら超越しとるわっっ!!」

 

 

 リア充だというのに生意気な事である。

 

 

 「 う っ が ぁ —— っ っ !!」

 

 

 閑話休題(まぁ、それはさておき)

 

 

 

 ぴぃぴぃと鳥のような鳴き声を上げてすり寄ってくる かのこの頭を撫でる古。

 

 その背中には何時の間にかチャチャゼロが乗っており、乗馬ならぬ乗鹿を堪能している。

 この間の事件で横島に霊波を注がれたのが原因なのか、アクティブ…というほどではないにせよ、そのマリオネットの身体をある程度までは動かせるようになっていて、器用に小鹿の背でバランスをとっていて楽しそうだ。

 

 目に優しく、癒される光景であるが、このように寄って来てくれるのは じょしちゅうがくせーか人外だけ。

 何と物悲しい話であろうか。

 

 

 「どうしたアル?」

 

 「いや、なんでも……アイスの冷たさが目に染みているだけさ」

 

 「からし風味わさびアイスなんか頼むからアル」

 

 「どーりでマジ染みると思った!!」

 

 「今更!?」

 

 

 会話そのものはアホタレであるが、何だかんだで楽しそうだ。

 

 横島はイタイ舌を癒すべく、かのこ用に持っていたサクランボを分けてもらい、濃過ぎる顔つきをして舌でレロレロレロと転がして甘さで誤魔化す。

 

 そのアイス、そんなに辛いアルか? と興味を持った古が試しに一舐めして即行で投げ捨てたほど(しかも涙目)。推して知るべし。

 何でこんなものを売っているのやら。 

 飲む気も失せる不思議ジュースすらその辺の自販機に置いてある麻帆良ならでは、という事だろうか。

 

 どちらにせよ被害が出た事に変わりは無いのであるが。

 

 古は『きゃ、きゃらいアリゅーっ』と涙目で自分のアイスをむさぼって舌を慰めていた。

 無論、頭にキーンとキて うぉうっっと悶えた事は言うまでも無い。二次被害だ。

 

 

 「ま、まぁ、気を取り直してとっとと行こうか」

 

 

 そんな微妙になった空気を払拭すべく、古に手を差し伸べて目的地に向う事にする横島。

 

 とは言っても、向うのは希望に満ちたパラダイス等ではなく、死ぬかDEADかの修業場だ。

 

 そんな事実をウッカリ思い出してしまい、気を取り直したら気が滅入ったと落ち込みそーになったのは、まぁ、至極当然の流れか。

 

 

 ふと下を見ると、どーしたの? と自分を見上げる小鹿。

 

 自然、手を伸ばしてその頭を撫でる彼であるが、アニマルセラピーのようなものなのか、それだけで結構癒されてゆく。

 

 御手軽なヤツだと自分でも思っているのだろうか、横島の口元には苦笑が浮かんでいた。

 かのこを引き取ってからこんなんばっかである。

 まぁ、小鹿も撫でられて嬉しいのだから何にも悪い点は無いのであるが。

 

 

 「……にしても、お前ホント撫で心地良いよな?

  何かこー いつまでも撫で続けたくなるとゆーか」

 

 「ぴぃ♪」

 

 何だか(なご)やかなやり取り。

 

 これが、一緒に生活し始めた彼と小鹿の日常であった。

 

 

 

 

 

 

 「普通は子供でも鹿の毛はもうちょっと硬いもんなんだがのぅ」

 

 「まぁ、筆先に使うぐらいですしね」

 

 

 それなりに硬く、それでいて弾力もある鹿の毛の筆は、鹿の個体数のわりに結構高い。

 

 しかし、皆が口をそろえて撫で心地が良いという かのこの毛は、恰も兎のそれか羊のそれの様に柔らかい。

 

 見た目は癖のない鹿の毛であるにも関わらず、だ。

 

 流石は精霊だと言えば良いのだろうか?

 

 

 「……ふむ?」

 

 

 と、一頻り髭を撫でていた近衛の手がピタリと止まり、別の事に意識を取られる。

 

 余りに唐突であったので、高畑は『まさか、ついに学園長もボケが…』と思ってしまったほど。

 

 しかし残念ながら(?)そうではなく、伊達に長く生きてきた訳ではない老人の脳は集まってくる情報から一つの仮説を組み上げつつあったのである。

 

 一瞬…とは行かないが、それでも僅かの間を置いて近衛は口を開いた。

 

 「カテゴリーで言えば、あの子(かのこ)は妖怪の部類に入り、正体は山の精霊の集合体…

  じゃったな?」 

 

 「ええ……

  それが、何か?」

 

 

 いや…と小さく首を振って、別にあの小鹿を危惧しているとかではない事を示す。

 

 今さっき自分で言った事なのに……はっ!? やはり学園長もついに…等と失礼極まるコトを考えつつもそう相槌を打つ高畑。

 しかしその懸念は無意味だ。単に近衛はある事(、、、)に気が付いただけなのだから。

 

 

 「色こそ白いが外見は鹿に酷似。

  体毛は柔らかく、兎か羊……いや、あの手触りは梟の羽にも似ておったの」

 

 「フクロウ…ですか?」

 

 

 思わず高畑が漏らした問い掛けにうむと頷く。

 

 知っての通り、梟は夜行性の猛禽類であり、どちらかと言うと羽が丈夫で硬そうなイメージがあるが、闇の中で音を立てずに羽ばたいて飛び、ほとんど無音で獲物に襲い掛かる為にその羽は意外なほど柔らかい。

 水鳥の綿毛…とまでは行かずとも、そういったものとはややベクトルが違う、しなやか且つ柔らかい羽を持っていた。

 

 近衛が言うには、それに似ているらしい。

 

 

 「山の精霊の集合体であり、山野の動物の特徴を全て持っておる……

  高畑君も見たんじゃろう? 風を味方につけて霧魔を退治する力を貸したところを」

 

 「ええ、まぁ……」

 

 「そして楓君の報告書にもあったが、京都で山野を駆ける際、草木が自分から避けた(、、、、、、、)らしい」

 

 「はぁ……それが?」

 

 

 「解らぬかの?

  そういったモノが伝承にあると」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「かのこ も大分ココに馴染んできたなぁ」

 

 「マ、麻帆良ハ自然モ多イシナ。

  近クニ密林モアルシヨ」

 

 「……それ、日本の学校としてどーよ?」

 

 

 向うは桜通りからチョット外れた小道。

 

 幸いとゆーか何とゆーか、エヴァはクラブがあるのでちょっと遅い為、こんな風に駄弁(だべ)りつつのんびりと歩く事が出来ている。

 単にイタイ修業を前に牛歩になっているだけかもしれないが。

 

 

 「コイツは精霊だから自然が多い方が良いのかもなー」

 

 「ぴぃ?」

 

 

 そう言いつつ鹿の子の頭を てろりと撫でる。

 意味は解っていないようだが嬉しいらしく、つぶらな眼を細めていて何だか微笑ましい。

 古もつられて微笑んでしまうほどに。

 

 だけど続ける言葉が頂けない。

 

 

 「コイツ可愛いから女の子たちにも受け良いからなー

  寄って来てくれるの女子中学生以下ばっかだけど……」

 

 

 ピキリと音を立てて、古の額に血管が浮く。

 

 こーゆーコト言わなけりゃ、もっと機嫌良かったのに。

 気の所為か、チャチャゼロまでムスっとしてるし。

 

 

 「ほほー……かのこをナンパのエサにする気アルか?

  家族で釣りをするなんて外道アルな」

 

 「仕方ネーダロ? コイツハ女無シジャ息モデキン変態ナンダシヨ。

  コイツモ利用サレルダケ利用サレルンダローナ。可哀想ニヨ」

 

 「ちょ…っ!!??」

 

 

 普通に怒鳴られるよりずっとキツイ攻撃である。

 

 そんな事を言われると、きょとんとして見上げてくる かのこの無垢無垢な眼差しが自分を責めているような気さえしてくるではないか。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「やめてっ!! そんな目でワタシを見ないで!!」

 

 

 いきなり身を捩って悶え苦しむ横島。

 

 何だかんだ言って彼の良心はボロボロに脆い為、こういった地味な口撃(、、)の方が効く。ボディブローというより浸透剄に近いが。

 そして泣きながら転がって謝罪する彼を見つつニヤニヤしている古とチャチャゼロ。何と恐ろしい光景であろうか。

 

 当の かのこは横島が泣き崩れる意味が解らずオロオロしているが、それは兎も角。

 

 

 「でもまぁ、確かに かのこ連れてたら成功率上がる気がするアルな。

  この子 人懐こいし」

 

 

 横島の顔をぺろぺろ舐めて慰めている件の小鹿を見ながら、古がそう零した。

 

 そんなあざとい方法なんか使わずとも、彼の良さに気付く者は気付く。

 非常に解り難いのだが、宝物と言って良いほど人間味に溢れているのだから。

 

 逆に言えば、彼を相手にしない人間は上っ面しか見ていないという事なので気にする必要は全く無いのであるが……それは言ってあげない。

 バレたらバレたらでイロイロ悔しい事になりそーだし。

 

 そんな古の言葉を聞き、首を傾げる様な仕種をしつつチャチャゼロは彼女を見上げた。

 

 

 「ハ? ナニ言ッテンダオ前。

  カノコ ガ人懐コイダ?」

 

 

 それも心底不思議そうな声付きで。

 

 

 「ハレ? 違う言うアルか?」

 

 

 それはありえないだろう? という意味合いの言葉であるが、古からしてみればそっちの方がありえない。

 

 出会った当日にしても、自分や木乃香、後で合流した楓に擦り寄っていたし、魔法教師である瀬流彦にもぴぃぴぃ鳴いて気を許していた。

 

 エヴァに会った時も然程恐れていなかったし、茶々丸には一瞬で懐いていたのである。それらを見ていたというのに、どう人見知りをすると思えるのか。

 

 

 「アー……マァ、気付カナクテモ ショーガネェカ。

  解リ辛ェシナァ……」

 

 

 チャチャゼロはコリコリと頭を掻き、一人納得を見せた。

 

 実際、彼女が気付いたのも横島にくっ付いて行動しているからで、もし主の家で待っているだけの立場であればもっと気付くのが遅かっただろう。

 それでもエヴァはとっくに気付いているようだったが。

 

 「コイツ、コノばか(横島)ガ気ヲ許シテル奴ニダケシカ心開イテネーゾ」

 

 「ふぇ?」

 

 

 忘れがちであるが、かのこは横島の使い魔である。

 よって彼が警戒する相手が近寄れば無条件で警戒するし、彼が気を許している相手は害意は無いと判断しているらしい。

 

 無論、自分の判断もあるだろうが、それでも主である横島が基準点に入っているのは当然であろう。

 

 何しろベースが野生動物、その上 正体は精霊であるので負の感情波にも敏感だ。

 

 

 ——そう、例えば武術関係のクラブの人間。特に横島の近くにいる中華な武道少女に懸想して彼に嫉妬する輩等には間違っても近寄らないし、悪感情の大きさ如何によっては敵意すら持つ事もある。

 

 しかしまぁ、逆から言えば この小鹿(かのこ)がこれだけ懐いてくれているという事は、それだけ信用も信頼もしてくれているという事なので、小鹿の意外さよりそっちのこっ恥ずかしさが前に出ていたり。

 

 

 「ナニ照レテヤガル」

 

 

 と、呆れるチャチャゼロであるが、そう言う彼女(?)も背中に乗せてもらっているし、会話っぽいものも出来ているので思っているより近しく感じているという事なのだろう。

 それが表現し難い感情を生み出しており、かのこの背中に顔を擦り付けて誤魔化してたりする。

 

 しかし、そうなるとエヴァに警戒していない理由が解らない。

 

 初対面で横島は彼女が放った魔法に巻き込まれているし、何より彼女自身が真祖の吸血鬼というとびきりの人外だ。

 だというのにほとんど無警戒というレベルで、そんなエヴァに頭を撫でさせているのはどういう事なのか?

 

 実のところ、それは横島の所為(おかげ)と言える。

 

 

 

 

 

 

 

 「言霊、ですか?」

 

 「そうじゃろうの。

  強力な霊能力者である彼が名付けた。という事は名前でその存在を(くく)ったと言えよう?」

 

 「ははぁ……

  名前を“鹿()()”としたから鹿の子で固定された、と」

 

 「おそらく、の」

 

 

 最初は鹿の群れに混ざっていた為に鹿の子の姿をしていたのだろうが、彼が血を舐めさせつつ名付けてしまったが為に姿や存在を固定され、文字通り鹿の子になってしまったのだろう。

 近衛はそう見ていた。

 

 無論、冗談みたいな話であるし信じ難い事この上も無いのであるが、間に横島という存在が入ってくると『まぁ、彼だしなぁ』と納得してしまうから不思議である。

 

 

 「話を聞けばエヴァも可愛がってるそうじゃしの。

  その属性上、動物にはあまり好かれ易いとは言えぬ彼女が…じゃ」

 

 「それは……」

 

 

 勘ぐり過ぎでは? と思わなくも無いが、彼女は自分の従者である茶々丸が世話している猫たちにすら近寄ろうとしない。

 

 呪い等によって10歳の身体能力しか出せないエヴァは、どういう訳かやたらとアレルギーを持っている。それが原因かと思っていたのであるが……

 

 成る程。そう言われてみると確かに学園長の言うような理由もあったのかもしれないな、と高畑は思った。

 

 

 「それで……

  あの小鹿は本来なら()だと仰るんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「にしても、お前が人見知りしてるとは知らなかったなー」

 

 「ぴぃ?」

 

 

 どうにか立ち直った横島は、そんな事を呟きながら かのこの頭を撫で撫でしている。

 オドレガ気付カンデドースル!? とチャチャゼロに呆れられたりもしたがそれは些細な事だ。

 

 尤も当の小鹿自身はサッパリサッパリの態であるのでやや間が抜けているのはご愛嬌である。

 

 

 「マ、残念ナ事ニ オメーハ血ヲ好ムヨーナ奴ジャネーシ、好キ好ンデ山ヲ汚シタリシネーカラナ。

  オメーヲ中心ニ信頼ヲ広ゲテイッテンダローヨ」

 

 

 チャチャゼロにしては珍しくストレートに横島を褒めていたのであるが、横で聞いていた古は『ほえ?』と首傾げる。

 

 確かに、ぶち切れた時の彼は兎も角、普段の彼はそんなに物騒な性格をしていない。

 それは解るのだが、それが今話している事にどう関わっているのかさっぱり解らないのだ。

 

 首を捻りまくっている古を見、かのこの背でチャチャゼロは小さく肩を竦めた。

 然も有りなん。この件(、、、)に関して、主は誰にも…それこそ横島にすらも漏らしていないのだから。

 

 それでも『何れジジイには気付かれるだろうがな』と楽しそうに言っていたので、然程は心配していないだろうが。

 

 

 しかしヒントは出している。

 

 山を血で汚す事を嫌うモノであり、木々や風といった自然が味方する…或いは扱える(、、、)存在であり、山の生物の特徴を全て持っているモノ。

 

 

 そして——

 

 

 「そう言えば、カエデがヘンなコト言てたアルな」

 

 「ん?」

 

 「何となくカエデも かのこが言てるコトが解る気がすると……」

 

 

 何故か楓と相性が良いのだ。

 

 

 つまり かのこは正体は——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 天 狗 ですか?」

 

 「うむ。まぁ、恐らく——といった確信レベルじゃがの」

 

 

 名前という言霊に括られてあの外見となってしまったようであるし、人が分け入った所為で山の神秘が薄れて弱体化したようであるが、外見以外の天狗の特徴は全て持っているのだ。

 

 もちろん民間伝承におけるそれを信用するのなら『違う』と断言できるだろうが、“妖物(あやかし)”という区分で別ければその特長がよく出ている事が解る。

 

 

 尤も、エヴァはあえて学園側に伝えてはいない事であるが、彼女は既に確信していた。

 何しろあの小鹿、横島は(もと)より楓ですら意思疎通が可能なのである。

 

 “懐く”というのなら、横島を通じて様々な人間にそれを見せてはいるのだが、使いの契約を結んだ横島なら兎も角、同じ従者である古ができないと言うのに片方の楓もそれが可能なのはちょっとおかしい。いや忍法だと言われればそれまでかもしれないが。

 

 エヴァの仮説はこうだ。

 楓は横島と仮契約を結び、その不可思議極まる仮契約()を手に入れ、その際に天狗の力…というか属性(、、)を得ている。

 

 それによって同じ属である かのこと拙いとはいえ意思疎通が可能となっているのだろう。

 

 

 「ま、あの様子なら悪さなんぞせんだろうしの。

  大体、見ているだけで目に優しい」

 

 「手触りの良さから癒されますしね。

  木乃香くん達もえらく気に入っているようですし」

 

 「……あの小鹿を通じて木乃香を励ましてくれたそうじゃしの……

  これくらいなら目を瞑っても罰は当るまいて」

 

 

 ——……あ、そういう事か。

 

 ここに来て、ようやく高畑も合点がいった。

 

 要するにあの小鹿の正体を知り、理解しているのにも関わらずその神秘を学園が抱え込み、何か事を起こせば自分が責任を負うと明言しているのである。

 

 甘いというか器が大きいというか……真祖の吸血鬼と対等に付き合い、更には横島という神にすら接見している異世界の能力者を抱えて普通に生活をさせているのは伊達ではないという事か。

 

 尤もそのお陰でこの学園の防御力は極端に上がっているのも事実だ。

 何だかんだでエヴァは義理堅いし、横島は一般人…特に普通の女の子が巻き込まれる事を決して許さない。

 お陰で何だか知らないが以前より防衛力が上がっている気さえしてくる。

 

 普通に考えれば『混ぜるな危険』のこの二人を一緒にさせている時点で正気を疑うところなのだが、何だか上手くいっているのは読みが正しかったのか、偶然なのか。

 

 

 「最近は横島君を相手に鬱憤を晴らしているらしくて殊更機嫌が良くての」

 

 「僕は同情しか浮かびませんが……」

 

 「なーに 彼の事じゃ。案外、美幼女に虐げられて悦んどるやもしれんぞい」

 

 

 本人がいないと思ってエラい事言いまくるジジイ。

 

 高畑は後頭部に冷たくてでっかい汗をタラリと流す。

 

 

 色んな意味で野生動物である彼が果たして気付かないものなのだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「…………何か知らんが、ジジイに復讐したくなってきた」

 「いきなり何を言い出すアル」

 

 

 流石は現時点でこの世界最高の霊能力者。勘の良さもハンパ無い。

 

 ピキュイーンと脳裏に電気が走って悪口の気を感じ取っていた。ホントに無駄なトコで高性能な男である。

 

 

 「ホレ、トットト行クゼ。

  早ク着イタラ休憩クライデキルダローヨ。三分クライハ」

 

 「虐めじゃーっっ!!」

 

 「デ、ばかいえろーハ カノコ ノ世話頼ムゼ?

  妹ドモモイルガ、猫ッ可愛ガリシ過ギンダヨ」

 

 「解てるアル。その代わり時々覗くのは……」

 

 「無論、アリダ。

  横島ト修業スルンジャナク、強サヲ見テ盗ル(、、、、)ンダカラ罪ハネーヨ」

 

 

 このやり取りが最近のポジションである。

 

 流石に拷問と区別がつかない鍛練を かのこ にまざまざと見せる訳には行かないので、横島と距離を置かせているのだが、彼の悲鳴とか苦痛が伝わって飛び出して行きそうになる小鹿を止めるのが彼女と、チャチャゼロの妹ズの役目だ。

 

 幾ら覚悟を決めようが心が助けを呼んでしまう。

 

 どれだけ苦痛が伴おうと止める気が無いのは間違いないのだが、元が痛がりなのでやはりみっともなく悲鳴は出てしまうのだ。

 

 

 だからエヴァは、古が着いて来たのを見てあえてこの修業の形をとるようになった。

 

 回避力と防御力の大向上。手段や戦法の増加等々……色々とやっているのだが、その中に感情制御を組み込んだのだ。

 

 

 目下の課題は、彼の感情の波に敏感な かのこを来ないようにする事である。

 

 無茶にも程がある題材であるが、やはり彼は嫌がりつつも止めるとは一言も漏らさずそれをやり続けていた。

 

 だからこそ(、、、、、)エヴァも余計に機嫌が良いのだ。

 

 無様だろうが、泥を(すす)ろうが、岩に齧りついてでも力を得ようとする生き汚さは彼女が好むところである。

 

 敵じゃない限り女に手を上げられないという余りにも愚か過ぎるデメリットを持ってはいるが、それを凌駕するメリットを使いこなせるようになる可能性を秘めているのだから。

 

 

 「(マ、ゴ主人ノ機嫌ガ良イノハ ソレダケジャネーンダガヨ……)」

 

 

 学園側に伝えてない事に、横島の力の根源があるのだが、実はそれが かのこという個に強力な影響を与えている。

 いや、学園長が予想しているように、元々“これ”という形を持っていなかった天狗という概念に、<鹿の子>という()を言霊でくっ付けた事に間違いは無いのであるが、それだけではないのだ。

 

 

 学園側…というか学園長には余り詳しく伝えていない話であるが、横島が知る人外の中にとんでもないものがある。

 

 

 それは、彼が霊刀による辻斬りに伴ったフェンリル復活の事件に巻き込まれた事だ。

 

 北欧神話のフェンリルが日本で復活しかけた、というのも突拍子も無い戯言としか思えない大事件なので詳しく語っていないのであるが、それを止める一端を担ったのはその狼王の血を引く人狼であり、彼らが崇める月の女神アルテミスを降ろした少女と雇い主の活躍があった。

 

 何で北欧神話の狼王の血族がギリシャの女神を崇めていたのかはサッパリ不明であるが、兎も角 実は獣っぽい女神だったアルテミスの力を借りて件のフェンリル(モドキ)をボコボコにし、女神に連れられてどこかへと旅立って行き、事件は一応の解決を見たらしいのであるが……

 修学旅行での一件で彼自身が漏らしているのであるが、アルテミスの飼い鹿は角のある雌鹿(、、、、、、)である。

 

 

 何が言いたいのかというと、彼も無意識でやってしまったのだろう、実はこの『角のある雌鹿=月の女神の鹿』という概念(、、)が、かのこに混ざっているのだ。

 

 

 だからこそ月下であれだけの力を見せ、神話にある雌鹿そのままのような途轍もない足の速さをもっているのである。

 

 そしてそんな小鹿は、山神に属するモノなのでどちらかというと陰の気が強く、尚且つ紛い物とはいえ件の角のある雌鹿の概念も混ざっているので月の波動まで持っている。

 

 よって かのこは陰の氣の化身のようなエヴァに殊更(ことさら)強く作用するのだ。

 

 何せ かのこは限りなくエヴァと同属(、、)に近いのである。

 それは彼女も機嫌が良くなるだろう。

 

 

 近衛らが気付いていないのは、そんな存在は妖怪だとか精霊の集合体だとかのレベルでは無いという事実だ。

 

 

 確かに普段は天狗モドキであり、角が生えそうな雌鹿で精霊としても妖怪としても中途半端な愛玩動物だ。

 

 しかし仮契約によって得た札の力を使えば格が上がり、魔法こそ使えないが月が出ていれば無尽蔵ともいえる魔力を使いこなせ、自然を味方につけた超存在となる。

 

 

 言わば かのこは幻想種なのだ。

 

 

 そんな超危険な存在を魔法使い達の拠点であるここに迎え入れてしまっている。

 

 確かに見た目も内面も無垢で可愛らしい精霊であろうが、その実 竜種に匹敵し、時と場合によってはあらゆる幻想種より厄介である事に気付いていない。

 

 気付けというのが無茶な話なのであるが、それにしてもそんなモノをアッサリと迎え入れてしまっているお人好しというかウツケというか、はっきりと言ってしまえば無様にも程がある話で、

 そんな学園の魔法使い達の腑抜(ふぬ)け具合が余りに滑稽で、それがエヴァの機嫌を更に良くしているのである。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「ン? イヤ、何デモネーヨ」

 

 

 エヴァに言われた事を思い出し、改めて感心する様に小鹿の背を撫でていたチャチャゼロであるが、こんな かのこの声を聞けば単なる妄想なんかじゃないかと思ってしまう。

 

 しかし現にこの小鹿は自然を味方に付けられるし、木々と会話も出来るし、

 後で知った事であるが、拙いレベルではあるものの植物の成長速度も上げる事ができるらしい。

 

 自然に関する事だけとはいえ、何でもありなのである。

 

 

 そのお陰で、エヴァにしろ、チャチャゼロにしろ、ここ最近は退屈とは縁遠くなっていた。

 

 最強の魔法使いという座を得てからは退屈続きであったし、この地に封じられてからは不自由しかなかった彼女であるが、

 横島 忠夫という鬼札のような下僕を得、その使い魔である精霊集合体のかのこ。彼の従者(モドキ)である楓と古まで自分の枠の内に入った。

 

 一日一日が今までで一番輝いていると言って良いだろう。

 何しろ彼女の力を封じている封印すら、やろうと思えば(、、、、、、、)どうにできるようになったのだから。

 

 

 「ダカラコソ、丁寧ニ教エテンダローナァ……」

 

 

 ヘタクソな感謝もあったものだ。

 教えられる側は迷惑以外の何物でも無いだろうし。

 

 そういう事もあってか、チャチャゼロは彼を思ってちょっとばっかし同情の溜息を吐いた。

 飽く迄もちょっとだけ(、、、、、、)だが。

 

 

 「ぴぃ?」

 

 「ダカラ何デモネーッテ」

 

 そして何だかんだでチャチャゼロも()を楽しんでいる。

 こうやって周囲とやり取りが行なえているのがその証だ。

 人生(いや人()生か?)、何がどう転ぶが解らないという見本のような話である。

 

 何しろ数百年を通して生きてきたのだが、横島らのような“存在”は初めてなのだ。

 どうしろこうしろと言われたからではなく、影響(、、)によって変えられていったのだから。

 

 そして、

 

 

 「ドーセ オメーモ アイツニ変エラレタンダローナ……」

 

 「ぴぃ」

 

 

 この小鹿に成った(、、、)モノも。

 

 

 実際、かのこは精霊のクセに生まれた土地からこれだけ離れているというのに元気いっぱいなのだ。

 毎日元気に跳ね、横島にじゃれ付き、ごはん(フルーツ)を美味しそうに食べて楽しそうに生きている。

 その可愛らしさによって皆にすぐ気に入られ、頭を撫でられてはぴぃぴぃ鳴いて喜んでいる。

 

 そしてその天真爛漫さに引き摺られるように、僅かではあるがご主人(エヴァ)が微笑を見せるようになっている。

 このバカ(横島)を鍛えている時は別として、それ以外の時間は別荘内の空気がかなり穏やかなものになってきている。

 

 以前は気にもならなかった事であるが、あの別荘内は静かではあるが穏やかさはなかったと思う。

 今頃になってこんな事に気付かされるとは思いもよらなかった。

 

 

 「オメーノ“オ陰”カ“所為”カハ解ンネーケドナ。

  マ、感謝ダケハシテンゼ?」

 

 「ぴぃ?」

 

 「ハハ 解ッテネーンナライイサ」

 

 

 不思議そうな言葉を返す かのこにチャチャゼロは小さく笑い、その柔らかい毛に顎を埋める。

 人形のこの身でも、この毛の寝心地の良さは解るほど。

 

 と言うか、あの霧魔の一件から感じられるようになって来た。

 

 嬉しいと感謝すれば良いのやら、甘っちょろくされたと怨めばよいのやら。

 

 

 「ぴぃー」

 

 「冗談ダ。怨ンダリシテネーヨ」

 

 「ぴぃ〜」

 

 

 そう教えてやるとあからさまにホッとする小鹿。

 背中に乗っているからか、そんな心境が良く伝わってくるので思わず笑みが浮かんでしまう。

 

 戦いの中くらいでしか笑わなかった彼女が、だ。 

 

 

 「ゴ主人モ何カ丸クナッテキテルシヨ……

  変ワンノハ人間ダケジャネーッテカ?」

 

 「ぴぃ?」

 

 「オメーモナ」

 

 鹿の子(かのこ)に馬乗りになったまま、そう言って頭を撫でるチャチャゼロ。

 

 この子が振り返らなくとも解る。小鹿は眼を細めている事だろう。

 それを思い、どこか嬉しげな顔で彼女も眼を細めている。

 

 そんなチャチャゼロも丸くなってきているのだが自覚は無いだろう。

 

 

 「何してるアル?」

 

 「ン? イヤ、コッチノ話ダ。

  ヨシ、行クゼ。ハイヨー カノコー」

 

 「ぴぴ〜ぃ」

 

 「馬のモノマネ!?」

 

 

 

 

 横島とこの小鹿によって齎されたモノが、この先エヴァ達にどういう変化をさせてゆくのか……

 

 

 

 それはまだ、誰にも解らない事であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それでも、ジジイに対して復讐する事は忘れないオレであった」

 

 「言い掛かりにしか聞こえないアルが…兎に角、恐ろしい執念深さアルな」

 

 

 

 

 




 時間かかりました。スミマセン。
 新しいアレルギーの薬をもらったんですが、これがまた身体に合わないw
 今日病院に行ってました。流石に一日中眠いのはシャレになりません。マジにアブなかったです。特に電車の中で。

 さて、今回のは かのこの正体についてのお話。
 民俗学のそれではなく、精霊とかの幻想でいえば正体不明の精霊集合体となるのでこうしたんです。やっぱgdgdしてますが……

 追加であげたお話なのは、古にももうちょっとスポット当ててみたかったのが本音。
 と、後の告白に関する苦悩の下準備w
 
 もっと入れたかったイベントもありましたが、ご感想でも言われたクドさが超加速してしまうのと、無理があり過ぎましたので断念。ouchっ
 嗚呼、表現力をもっと向上させたいっっ

 次はネギくんの試験です。

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