-Ruin-   作:Croissant

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十六時間目:功夫・Hustle 
前編


 

 

 『もうじき時間っスね』

 

 「うん」

 

 

 肩から聞こえる声に、やや緊張した面持ちで答える少年。

 

 約束の時間よりやや早めに来てしまった彼であるが、その間ずっと手の指を握ってはひろげ、握ってはひろげさせて見つめ続けていた。

 それはその緊張の表れなのだろう。

 

 無理も無い。

 彼はこれから試験を受けるのだ。

 

 それも自国で受けたものより数段上且つ本格的な魔法を使いこなせる本物。伝説級の魔法使いに師匠になってもらう為の試しを行なうのだから。

 これで緊張しなければウソだろう。

 

 何せ彼は十歳。

 技術や才能に恵まれてはいるが経験でも精神的にも成熟しているはずもないのだから。

 

 

 それでも少年は目指さなければならない。

 

 目標はずっとずっと向こうにあるのだから……

 

 

 「ネギ、大丈夫?」

 

 「あ、ハイ。大丈夫ですよ」

 

 

 最初の出会いこそ最低であったが、持ち前の面倒見の良さも手伝い、すったもんだの末に少年と仮契約まで結んでしまった少女……神楽坂明日菜は、やはり心配なのだろうそう声をかけた。

 

 ハイと返事を返したものの、少年……ネギ=スプリングフィールドの緊張は和らいだりしていない。

 そんな彼に対し、ありきたりの励まししか行えない少女らは黙って見守る事しか出来なかった。

 

 深夜にも関わらず集まったギャラリーの少女らを、上から見下ろす時計の針がやがて十二の位置で重なろうとしている。

 

 その時は、刻一刻と迫ってきている。

 

 それでも緊張から来る震えはあっても、逃げるという気がしないのは流石と言えよう。

 

 

 ——事は、水曜の明け方に起こっていた。

 

 

 ある一件から自分が受け持っている生徒の一人、古 菲が武術の実力者だと知った彼は彼女を師として功夫を習い始め、早朝練習を行い出していた。

 

 そこまでなら真面目さに感心すればよいだけの話であるが、そんなネギと同じように早朝からランニングに出ていた新体操部のまき絵に見つけられ、彼が習っている功夫の型を見たいと彼女がせがんだ辺りからおかしくなってくる。

 

 まぁ それくらいなら…と披露したところをエヴァに見られてしまい、自分のトコに師事を請いに来たのに古に功夫を習っているとはどういう事だ? と責められてしまったのだ。

 そんな彼女に腹を立てたまき絵がネギを庇い、何も知らないのにめちゃくちゃに褒め称え、エヴァを面白がらせてしまった。

 

 結果、そこまで言うのなら……と、無理難題な試験を受けさせられる羽目になってしまったのである。

 

 

 曰く——

 

 茶々丸に一撃でも入れられたなら合格。出来なければ不合格。

 

 

 実戦仕様の素手格闘戦プログラムを実装されている茶々丸に対して攻撃を当てる……彼女の計算でも、達成率僅か3%の試練であった。

 

 おまけに期限までの時間は三日しかない。

 どう考えてみても合格させる気ナッシングである。

 

 それでも彼はがんばっていた。

 

 元々の才能も冗談のように高く、加えて集中力も並ではない。

 何せ教えている古が腹を立てるほどの飲み込みが早さで、様になるのに一ヶ月はかかる技でも数時間でマスターしてしまったほど。

 

 それでも圧倒的に足りない時間は如何ともし難く、実戦経験の無さだけはどうしようもない。

 “上手く出来る”というだけで相手に勝てるなら苦労は無いのだ。

 

 

 「やれるだけの事はやたアル。

  後は思い切てやるだけアルね」

 

 

 それでも“あのまま”よりずっとマシだ。

 だから古もそう言って励ました。

 

 

 「ハイ!」

 

 

 今日までずっと鍛えてくれた古“師匠”の言葉。

 

 それで気合が入ったのか、ネギの体から緊張が取れた。

 

 その際、きちんと拳を合わせて礼を言っているのだから律儀な少年である。

 

 ネギが何とか落ち着いてきたので、明日菜も一安心だ。

 

 が——

 

 

 「ところで……」

 

 

 明日菜はやや疲れた眼差しのまま、くるりと後ろを振り返る。

 

 

 「ガンバ——っ!」

 

 「ネギ先生、がんばって!」

 

 「大丈夫? ネギくん」

 

 「ネギせんせーっ!!」

 

 

 「……何でギャラリーがこんなにいるのよ?」

 

 「そ、それは僕もサッパリ……」

 

 

 この試験を受けさせる状況を発生させたまき絵や明日菜、ネギの師匠である古、明日菜に剣を教えている刹那は兎も角として、ドコで話を聞きつけたのか亜子に裕奈にアキラまで付いて来てたりする。

 

 おまけに……

 

 

 「まぁ、良いではござらぬか。拙者らもネギ坊主が心配なのでござるよ」

 

 「それはそうかもしれないけど……」

 

 

 楓までいた。

 尤も彼女の場合は、

 

 

 『……エヴァ殿が来るという事は、会えるかもしれないでござるし……』

 

 

 という思惑も見え隠れしないわけでもないが。

 因みに鳴滝姉妹は例によってお香によって強制就寝させてたりする。やり過ぎだ。何か手段選んでないし。

 ……どこかでガンスリンガー少女が深い深い溜め息を吐いている気がする。

 

 

 「ダイジョーブ、ダイジョーブ。

  訳わかんないけど、私達もバッチリネギ先生を応援するよ」

 

 「まーかせてっ!」

 

 「アンタらねぇ……」

 

 

 更には何が何だか解っていないチアリーディング部の三人までいた。

 

 刹那や木乃香、そして古の様に理由を知っているのならまだいい。

 この一件の口火を切ったまき絵も話半分しか解っていないが……まぁ、良いとしよう。

 

 だが、裕奈に亜子、アキラと楓、そしてチアリーディング部の美砂に円に桜子までいるのはどういう事だろう。

 

 

 「え? でも教室で噂になってたよ?

  エヴァちゃんとネギ君が何かするって」

 

 

 その疑問に、あっけらかんと円が答える。

 

 別に秘密にしていた訳ではないし、実際に裕奈達もまき絵→亜子経由で話を聞いているのだから別段おかしな話ではないかもしれない。

 かもしれないのであるが……

 

 

 「……ん? でも、それは変じゃないですか?」

 

 「どしたん?」

 

 

 だが、話を聞いていた刹那が首を傾げる。

 

 

 「だって私達は同じクラスにいるのにそんな噂を耳にしていませんよ?

  お嬢様はどうです?」

 

 

 またお嬢様ってゆ〜……と不満を漏らしつつ、木乃香もちょっと首を捻ってみるが、やはりそんな噂の事は聞いた覚えが無いと答えた。

 ルームメイトの言葉を聞き、噂話にそんなに聡い方ではない明日菜も『そう言えば私も聞いたことない』と今になって思い出す。

 

 だが、そのお陰でちょっと話がおかしい事に気がつく。

 

 亜子や裕奈、そしてアキラはまき絵から話を聞いているからからこそ知っている訳で、クラスで広がっている噂を聞いたから来た訳ではない。

 

 何だかんだで生徒に人気のあるネギだ。もし、噂になっていると言うのなら、この場にはもっと少女らがいるはずだ。

 

 例えば、ストーカー一歩手前のあやか。

 そしてネギに告白までし、彼を想い続けている のどかもいない。

 噂が広がっていると言うのであれば、この二名がこの場にいないのは幾らなんでもおかし過ぎる。

 

 おまけに——

 

 

 「へ? ネギ君の試合って茶々丸さんとするのと違うの?」

 

 「何でエヴァちゃんが出てくるん?」

 

 

 裕奈らには茶々丸と試合をするとしか伝わっていない。

 

 これはまき絵の伝え方に『エヴァの試験』という部分が抜けていたからであるが、そうなってくるとやはり噂の出所がおかしくなってくる。

 何せクラスの女子の中で確実にやってきて邪魔をしそうな人間には伝わっておらず、更には広がっていると言う『エヴァの試験』の噂は茶々丸と戦うという試験に繋がりが無く、それでいて真実に近いモノなのだから。

 

 となると……

 

 

 「何者かが意図的に流した噂という事になるでござるな」

 

 「だな……」

 

 

 忍の使う術に竜舌華というものがある。

 

 竜の舌から零れ落ちる華は毒を含み人心を惑わすという。

 これは人遁の一種で、意図的な噂を流して民衆を操るものであるが、くノ一である楓が真っ先に思い浮かべたの当然の流れかもしれない。

 

 というのも、噂を用いて特定の少女らをここに“連れて来た”感があるからだ。

 

 だがそうなると理由(ワケ)が解らない。

 

 普通であれば魔法封じの為だとかんがえられるが、相手は茶々丸。

 ネギや古の話によるとかなりの使い手らしい。

 

 試験内容はそんな茶々丸に一撃を加えるというものなので、素人に毛が生えた程度のネギに対しての牽制にしては大げさ過ぎるだろう。

 

 それともネギの試合を見せる意味があるというのだろうか?

 

 楓達が首を傾げている間にも時間は進み、その時刻が迫っている。

 十中八九エヴァの策であろうが、意図が読めない少女らは奇妙な不安を抱え始めていた。

 

 と——

 

 

 「 ゴ る ア ァ ーっ!! 

   こ ん な 時 間 に 何 や っ と る か ーっ!!」

 

 「「「ぴゃあっっ!?」」」

 

 

 唐突の怒声に、飛び上がらんばかりに驚かされてしまう。

 

 気配も何も無かったのだから驚愕も一入だ。

 

 何せ彼女らは、夜遊びと言われてもしょうがない事をやっている。

 門限を思いっきり破っているし、深夜徘徊だ。

 

 そんな彼女らが見つかれば、そこらの学校の生徒指導員なんぞ目ではないくらい怖い麻帆良の広域指導員が黙っていない。

 

 楓や古、刹那が頭を竦め、一般人にしては結構大胆不敵である裕奈ですら思わず頭を抱えて蹲っている事からも、その恐ろしさが理解できると言うものである。

 

 

 が……

 

 

 「……なんってな。驚かせ過ぎたか?」

 

 「え?」

 

 「あ、あれ?」

 

 

 正に恐る恐るといった風に頭を上げてゆく少女たち……それとネギ。

 緊張が緩んだ瞬間に怒声を浴びせられたのだから、そりゃあ驚いただろう。

 

 

 「そ、その声は……」

 

 

 考えてみれば古は元より、楓や刹那すら近寄ってくる気配に全く気付けていなかったのだ。

 

 となると、それなり以上の実力者か、“裏”に精通するものという事となる。

 

 そしてその声は古や楓は良く知っている男のものに良く似ていた。

 

 

 「悪りぃ悪りぃ。ゴメンな。

  でも、こんな時間に出歩いてたらロンゲのエロ道楽公務員に拉致られちまうぞ?」

 

 

 かなり微妙な上、解り難い例えを口にする何故か白い小鹿を連れている青年。

 つーか、よく似ているも何も御本人ではないか。

 

 

 「よ、横島殿……?」

 

 

 虚を突かれたのが効き過ぎているのか、或いは何の気構えも無く出会ってしまったからか、楓は顔を真っ赤にしてそう名を呟いた。

 深夜であるし、外灯の明かりしかなかったのは幸いであろう。

 

 名を呼ばれて彼女がいる事に気付いたのか、青年は側らの小鹿を促して石の階段を登りつつゆっくりと楓らの元にやって来る。

 

 

 白いTシャツにジーンズ。ジージャンを引っ掛けて足元は安くて丈夫さだけを取り得にしているような会社謹製のバッシュ。

 

 そして、頭には楓が巻いてやった赤いバンダナ。

 

 

 「よ、楓ちゃん。久しぶり」

 

 

 楓から言えば一週間ぶりであるが、彼からしてみれば実に二ヶ月ぶりの再会。

 

 霊能力の師であり、彼女のパートナー。

 

 久し振り(?)だからか、何だかちょっとだけ大人っぽく見えてしまう青年。

 

 横島忠夫、その人であった——

 

 

 

 

 

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             ■十六時間目:功夫・Hustle (前)

 

 

 

 

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 「脅かさないでよーっ!! 腰抜けるトコだったじゃないかーっ!!」

 

 「ヒドイよーっ!!」

 

 

 京都奈良への修学旅行の後半で出会った青年、横島。

 タダキチという少年の一件で出会っている少女らは、半泣きで彼に文句を言った。

 

 あの程度で半泣き? と言うなかれ。

 女性らの身体の生理的な仕組みから言って、あんまり驚かされるとタイヘンな事態を招きかねないのだ。

 

 具体的な説明は省くが、男性らよりトイレを我慢し辛いのは尿道の長さが余りに短いという理由が一つとして挙げられる。それから察して欲しい。

 

 幸いにも“粗相”は起きなかったが、彼女らの剣幕からするとちょっとヤヴァかったっポイ。

 だから自他共に認めるド助平な横島もそれを察したのだろう、かなり本気で謝っていた。

 

 因みに、一番怒っていたのは裕奈だ。一番拙かったのかもしれない……

 

 

 「正直スマンかった!!」

 

 

 とりあえずは土下座。それが彼のクオリティ。

 この世界に来て一番役に立っているような気がする見事な土下座スキルである。

 

 何だかこのスキルの経験値ばかり溜まってゆく気がしないでもない。

 

 その余りと言えば余りな達人クラスの土下座に、本気の謝罪というものは伝わってくるのだろう、少女らも『も、もういいよ』と謝罪を受け入れてくれていた。

 いや、余りに見事な土下座っぷりに感心したのかもしれない。

 

 ……まぁ、そんな土下座を見慣れてしまった かのこが横で真似しているのも一因だったりするのだけど。

 

 

 兎も角、裕奈や亜子の許しを得、やっとヤレヤレと腰を上げる事ができた横島に、今度は別の者達が近寄って来た。

 

 ん? と流石に美少女の気配には敏感な男。すぐにその気配に気付いて首を巡らせる。

 するとやはり見知った顔。

 この前の一件で関わった子供教師ネギと、護衛対象だった木乃香らだ。

 

 

 「あ、あの……こんばんわ!

  この前はお世話になりました」

 

 「あ、ええと……こんばんわ〜」

 

 「お? ネギと木乃香ちゃんか。こんばんわ……って、お前らまでいるのかよ?!

  いかんだろそれ!! ネギみたいな子がこんな夜更かししたらオネショするぞ!?」

 

 「ええーっ!!??」

 

 

 おもっきりオコサマ扱いであるが、夜更かしをするとオネショしてしまうと聞かされ、ガビーン!!とショックを受けているネギ。

 日本だけの諺ではないが、それでも初耳であり尚且つマトモに信じてしまうものだからショックは大きそうだ。

 イギリス紳士を目指す彼としても流石に嫌なのだろう、内股になって怯えてたりする。

 

 

 「ほれに木乃香ちゃんみたいな美少女がこんな時間出歩いとったら。

  ヘンなヤツに見つかったらお持ち帰りされてまうぞ?」

 

 

 なにやら親しげに挨拶をかけてきた彼女達に、これまた親しげに挨拶を返す横島。

 が、直に我に返って似合わぬ説教。

 

 彼なりに美少女らを心配しての事であるが、彼女らの歳が後一,二歳上だったら、当の犯人に彼がなりかねないのだが自覚は無いようだ。

 

 幸いにも彼女は気付いていないので、本気で身を案じてくれている横島に対して好意的な目を向け、

 

 

 「いややわぁ、もう〜っ」

 

 

 と、テレながら何時ものツッコミを入れてしまう。

 

 

 ゴイーンっ!!

 

 「うぼぉっ!?」

 

 何時もの様に玄翁(げんのう)で。

 

 

 ぶっ倒れてキレイな赤い噴水を上げてしまうが、そこは横島忠夫。

 そのままむくりと起き上がって『そのツッコミは激しすぎるわ!!』と涙混じりに文句を言う。

 

 余りに丈夫さに少女らにヒきが入るが、学園長に対する木乃香のツッコミをよく目にしているネギや明日菜らは余り気にしていないようだ。

 

 当の横島も、“元の世界”で撲殺手前のツッコミをよく受けていたので然程は気にしていないが。それでも大した器である。

 

 

 「あはは……ゴメンなぁ。

  なんやツッコミ入れやすい頭やったんよー」

 

 「どんな頭やっ!!」

 

 

 赤くなって頭を掻きつつ、本気やらふざけているのやら解らない謝罪をする木乃香。

 

 そこらの大人なら本気で怒り狂うだろうが、その木乃香の仕種に中にきちんとした感謝と照れ隠しが混ざっている事に気付いていた。

 だから横島もズビシッッとふつくしい(、、、、、)ツッコミ(、、、、)を右手のスイングで披露しているが、そんなに声を荒げるような事はしないでいる。

 

 本当に、女子供には心底優しいのだ。

 

 

 「あ、それと……あん時、ウチを助けに来てくれたそやなぁ……ありがとなぁ」

 

 

 流石にあんな事件が遭った後だ。何時までも木乃香に裏の事を教えずにいる訳にはいかない。

 あの後、木乃香は父親である詠春から直接、事の次第(タダキチの件込み)を聞き及んでいた。

 

 だから小声でその事にも礼を言ったのである。

 

 

 一瞬、いきなり礼を言われて何の事だかよく解っていなかったが、そのセリフが小声であった事と、彼女らの眼差しからようやくそれだと思い出し得心が行った。

 

 しかし横島からしてみれば礼を言われる程の事でもない。

 

 彼の持論からして、

 

 

 「ん? あぁ、気にせんでええて。

  木乃香ちゃんみたいな美女予備軍が不幸になったらオレがハルマゲドンが起こすわ。

  神が許してもオレが許さん」

 

 

 ——というものなのだから。

 

 

 横島的に語るのであれば、美少女を救うのは天の意志。或いは大宇宙の決定事項。アカシックレコードに描かれた必然の事象である。

 彼女のような心身共に美少女な娘は、ナニが何でも不幸になってはいけないのだ。

 

 だから彼は木乃香の京都弁に引き摺られたか、大阪弁になりつつも正直にそれを述べた。

 

 京都弁を使う者は、大阪弁に不快なものを見せる者も少なくないが、言うまでもなく木乃香はそんな事をするような娘ではない。

 それどころか、同じ関西系の方言を使う者として更に親しみを高めたようだ(因みに亜子も訳が解っていないが嬉しそうだ)。

 頬を染め、笑顔を更に深めているし。

 

 見た感じの変化はないがその花の綻びのような愛らしい微笑みを目にし、

 

 

 『チクショーっ!! この娘が高校生やったらぁああっ!!』

 

 

 と、横島が心の中で血涙を噴霧しつつ絶叫している事は言うまでもない。

 

 

 「私からもお礼を……

  疑ったりして申し訳ありませんでした」

 

 

 次にその木乃香の背後から前に出、律儀に頭を下げたのは刹那だ。

 

 木乃香同様、長である詠春に話を聞いているので、タダキチを西の刺客だと疑ったりしていた事を恥じているようである。

 

 

 思い出してみるとシネマ村で木乃香共々救われているし、あの時にも二人を傷つけた事を『このくらい』と称した千草に激怒していた。

 

 本山襲撃時にはあの銀髪の少年が木乃香を使おう(、、、)とした事にも本気で激怒し、彼女を救う為に奔走した事も聞いているし、実際に救われている。

 

 いくら知らなかった事とは言え、完全に筋違いの非礼を行ってしまっているのだから、謝罪と礼を言うのは当然の事であろう。

 

 が、タイミング悪いというか……戦いが終わった後はイロイロあって彼は意識を失ってしまっていたし、朝になると自分らの身代りが起こしたストリップ騒動で挨拶もできず、麻帆良に帰るは同じ新幹線だったにもかかわらず気の緩みが出たか爆睡してしまって会う事も叶わなかった。

 

 無論、彼は横島忠夫だ。ンな程度の事を気にする男ではない。

 

 つーかあの程度の誤解など大した事ない。 

 

 

 「あ〜……

  いや、あん時はイロイロ怪しい行動かましてたからな。疑うなって方に無理がある。

  だからあのくらいの用心は当然の事だと思うぞ?」

 

 

 だからこんなセリフも言えたりする。

 

 何せこの男、喉元過ぎれば何とやらで、溺殺されかかっても相手が美女美少女で他に手が無かったり、悪気が無いのなら一時の憤りで許してしまうおバカさんだ。

 “元の世界”ではもっともっとイタイ記憶があったりなかったりするし、刹那自身から受けた実害は無かったとはいえ大したものだ。

 

 まぁ、呆れた甘さだと言えなくもないが、刹那の方としては器を見せ付けられたようなものなので恐縮してしまっていたり。

 おまけに小鹿にまで『ぴぃぴぃ』鳴かれて気を使われてたりする

 

 エラく可愛い白鹿の子がつぶらな瞳で見上げつつ、慰めるつもりなのだろう擦り寄ってくるものだから、刹那としても対応に困り、嬉しいやら恐縮やらで絶賛混乱中だ。

 

 そしてそんな かのこの仕種に我慢できなくなった少女らが刹那に群がってきて余計に混乱していたりする。

 

 

 木乃香からしてみれば、そんな自然な表情を見せてくれるようになった幼馴染に頬は弛みっぱなしだ。

 

 しかしそう微笑ましく幼馴染の困惑を見守っている彼女自身も、表情が更に豊かになっている事に気付いていない。

 

 裏を知らされた時は確かにショックであったし、自分の立場というものを改めて思い知らされたものであるが、それでも周囲がどれだけ気を使ってくれてきたか、

 

 そんな立ち位置にいたと言うのに変わらない距離を置いてくれている友人達を見、そして以前のような距離に戻って来てくれた刹那…と得られたものは大きかった。

 

 だからこそ、芯からの笑顔を深める事ができるようになっていたのであるがその事に気付いていたのは同室の明日菜……それと、

 

 

 『どや? 諦めんといて良かったやろ?』

 

 

 そう眼で問い掛ける横島だ。

 

 

 何だかんだで妙な眼力がある彼は、木乃香が刹那が隣にいて喜びに満ちている事に気付いていた。

 

 悲しい別れの経験から、辛いのを内に隠した『作り笑顔』を横島は死ぬほど嫌いになっている。

 だからこそ、本当の笑顔を浮かべた木乃香を見る事ができて嬉しかったのだ。

 

 辛いなら辛いと、悲しいなら悲しいと言って欲しい。だったら天地が裂けようがどうにかしてやる。

 それが、今の彼の心に突き刺さって抜けない想いなのだから。

 

 そんな横島が笑顔で自分に向けた眼差しに問い掛けを理解できたのだろう。木乃香も、

 

 

 『うんっ!』

 

 

 と輝くような笑顔で頷いて見せるのだった。

 

 

  

 

 

 

 

 「ぐ……っ!!」

 

 

 木乃香や刹那からちょっと距離を置いた背後。

 何故かは不明であるが、前に立つ少女の陰に隠れて楓は胸を抑えていた。

 

 

 「え、えと……楓…さん?」

 

 「に、にゃんでもにゃいでおじゃるよ」

 

 「いやその……にゃんでもにゃいってアンタ……」

 

 

 バクンバクンと大暴れする心臓をでか過ぎる胸の上から押さえ込み、何とか息を整えようと奮起する。

 

 しかし悲しいかな思い出されるのはあの晩の事。

 

 怒りの余りに我を失った横島を止める事ができ、そしてその事で礼を言ってくれた彼の顔。

 

 

 月明かりに照らされ、感謝と優しさに満ちたあの笑顔………———

 

 

 

 「うぐぅ……っ」

 

 「ど、どうかしたの?! タイヤキ欲しいの!?」

 

 「にゃんのはにゃしでおじゃる」

 

 「いやだって……」

 

 

 そして今、木乃香と刹那が昔の距離を取り戻せていた事を彼は本気で喜んでいた。

 

 

 その笑顔。

 

 

 木乃香の背後にいた楓はまともに余波を受けてしまったのである。

 

 日本語としては語弊があるかもしれないが、『余波が直撃した』という言葉が相当するだろう。  

 何せ最前線で攻撃を受けている木乃香や刹那よりも楓の方のダメージが大きいのだ。

 横島に対して(けっこー強めの)好意を持っているのが原因である事は言うまでもない。

 

 当然ながら楓とて横島のそばに行きたいし、もっと話もしたい。

 したいのではあるが……

 

 僅か一週間会えなかった事と、PTSDと言っても良いほどの微笑ましいも深く深刻な精神ダメージが相俟って、何だかよく解らない緊張をしてしまって最初の一歩が踏み出せないでいたのである。

 

 もしこの場に、某ガンスリンガーな少女が居合わせたら苛立ちで悶え苦しんでいたであろう事は想像に難くない。

 

 

 「ん? まさか楓さん……

  へぇ……?」

 

 

 が、そこは神楽坂明日菜。楓の奇怪な行動の理由に気が付いていた。

 

 つーか、自分がよくやってしまっているボケを目の前でかまされているのだから気が付かぬ筈が無い。

 

 それでも普段の自分が元担任教師に対してもっと慌てふためいている事も身に沁みている為、何だか物悲しくなってホロリとしてしまう。

 

 いいもんっ 何時か伝えるもんっ と自力では不可能と思われる決意を(一応)固め、鼻を啜りつつくるりと振り返って楓の肩にポンと手を置く。

 

 

 「ひ、ひゃいっ! 何でごじゃる?!」

 

 

 ド素人の自分の行動すら気付けず、おもっきり声が裏返っている楓に対し冷や汗を垂らしつつ、

 

 

 「ね、ねぇ、横島さん……だっけ? あの人のトコ行かないの?」

 

 

 と、ストレートな質問を投げ付けた。

 

 

 「………っ!?」

 

 『う、わぁあ……』

 

 

 途端に楓は、顔を真っ赤にすると同時にびくんっと身体を震わせ、直後ぷしゅるるるる〜〜と蒸気漏れして沈黙する。

 

 何も聞かなくともどーゆー気持ちを持っているのかハッキリ解ってしまうほどに。

 

 明日菜も思わず呆れて絶句してしまった。

 

 つーか、木乃香にからかわれている時の自分が正に“これ”と言って良い。

 それが解ってしまう分、又しても涙が滲みそーになってしまうけど。

 

 

 「楓さん……そんなにまで横島さんの事想ってるのね……」

 

 

 同情とゆーか、同病相憐れむとゆーか、そういった感が満ち満ち溢れ、思わず慰めモードに入っている明日菜。

 考えてみれば、そう言った男女の悩み事を持っている友人はいない。

 

 のどかは想いに気付いてから即行で告っているし、噂だけは耳にしている亜子のそれであるがそっちは玉砕しているらしい。

 美砂には彼氏がいるようだが、相談するには何か信用し切れない。

 

 和美にもそういった噂がチラホラあるが、相談すると薮蛇という諺を体現しかねない。

 

 ぶっちゃけ、初めて同じ悩みを抱えた友達に会えたという事である。

 

 

 こんな事で嬉しく感じてしまうのもナニであるが、相談できる相手ができた事はとても嬉しかったりする。ちょっち不謹慎とも言えるが。

 そんなわけで、楓を見つめる眼差しはとてもあたたかかった(“(ナマ)”はついていない)りする。

 

 

 が、

 

 「ふぇ? 横島殿のことを思ってる(、、、、)とは?」

 

 

 本人がイマイチ理解し切れていなかった。

 

 

 「は?」

 

 

 これには反応が困る。

 

 何せ楓の視線は自分を向いているのに、その意識は確実に自分の後ろ……

 

 

 「可愛いーっ かわいーっっ!!

  ナニこれ ナニこれ!?」

 

 「うっわーっっ 毛がふわふわーっ

  鹿の子ってもっと硬い毛想像してたのに」

 

 「どうしたの この子!?

  鹿って飼って良いんだっけ?」

 

 「ちゃんと許可とってるよ。

  つーか、野生動物が都会でどうやって生活圏を得るのかって調査目的があんだと。

  で、オレが世話役申し付かったんだよ」

 

 「いいなーっ いいなーっ

  ねね、私たちにちょうだい」

 

 「だーほっ!! うちの子はモノちゃうわっっ!!

  おにーさんはそんなコト許しませんよ!?」

 

 

 横島に向けられっぱなし。

 コレでドコをどう見たらそれ(、、)を感じないというのか。

 

 

 「それで横島さんは、何故ここにいらしたんですか?」

 

 「あ、あぁ、

  何か知んねーけど、休んでるトコ叩き起こされて世界樹前に行けーって蹴り出されたんだ」

 

 「蹴り出されたて……ひょとして大首領アルか?」

 

 「そ……」

 

 「だいしゅりょー? 何の話え?」

 

 

 彼のその一挙手一投足に耳が反応してピクピク動いているのだから実に解りやい。

 もー何の説明も要らないくらいの行動だ。

 『目で追う』という行為の上級版と言って良いだろう。

 

 またしても溜め息が出そーになったが、大体の事は解った。

 

 

 ——気持ちに目覚めているのに、“それ”が何であるか全く解っていない——

 

 

 それが楓の症状だったのである。

 

 超とかがこの場にいれば『解離性の感情障害かもしれないネ』とか言うかもしれないほど、楓は自分の想いに気付いていない。

 或いは意図的にズラしているかもしれないが、それを横に置いても酷すぎる。

 真名とかが泣きながら頷いているビジョンが見えたよーな気もするが、それは兎も角。

 

 

 『私も人の事言えないけど、これはやっぱりほっとけないわ……』

 

 

 元々お人よしで世話焼きである明日菜。

 

 こんな身体つき(+けしからん胸)までして、子犬のように震えている様は如何なものか。

 つーか他の事は兎も角、この件についてはまるでオコサマではないか。

 

 それに前述の同類云々のよーな理由で、彼女は激しく楓の力添えをしたくなっていた。

 

 

 明日菜が真名にとっての勇者となった瞬間である。

 

 「楓さ…() () () () っ!!」

 

 

 ガシィッ!! と硬い音が聞こえそーなほど、ドスゲェ力でもって楓のその肩を掴む明日菜。

 

 しかも ちゃん付け。同級生なのにその落ち着きから『さん付け』を行なっていたのであるが、今までのやり取りでそれは止めたらしい。

 

 

 「ひ、ひゃいっ!?」

 

 

 ゴ、ゴリラ? と失礼な感想を浮かべてしまうほど万力のような強い力で肩を捕まれ、楓はマジびびった。

 

 そんな楓の気持ちなど気付く訳もなく、明日菜はくわっ!! と目をかっ開いて楓の糸目にその強過ぎる眼差しをぶっ刺した。

 

 

 「いい? ホントーならもっと手順を踏むんでしょーけど、めんどくさいから先に言うわ。

  ううん。言わなきゃいけないと思う。楓ちゃんはおポンチでド鈍そうだし」

 

 「は……? 何やらエラい事言われてるような気がするでござるが……」

 

 

 気の所為よっ!! と言い切り、明日菜は一度大きく息を吸って言葉を紡ぐ。

 

 

 「楓さんはね、理解しなきゃいけないの。絶対に。

  じゃないと一歩も前に進めないわ」

 

 「は? はぁ……」

 

 「よく聞いてね? 

  楓さん、あなたねぇ、あなたはねぇ……横島さんの事が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「あはは… かのこ、どうかしたアルか?」

 「昨日(、、)、桃やっただろ? お礼言ってんだよ」

 

 「そーアルか? 気にしなくていいアル。

  でもそんなに気に入ってもらえたなら、また持て行てあげるアルよ」

 

 「ぴぃー♪」

 

 「ありがとな。

  あ、そう言えば忘れてた。

  古ちゃん、あの時(、、、)このジャケット忘れてったろ? ハイ、これ」

 

 「え? あ、やぱり老師のトコに忘れてたアルか。助かたアル。多謝ネ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「 ど う い う 事 で ご ざ る!?」

 

 

 「 う ぉ わ ぁ っ ! !

  って、楓ちゃん!?」

 

 

 

 背後ででかい声と驚きの声。

 ハッと気がつくと襟首掴んでいたはずの楓の姿は無く、代わりに丸太が突っ立っていた。

 見事な空蝉である。

 

 

 「か、楓ちゃん!?」

 

 

 慌てて振り返って声を掛けるも、

 

 

 「後にするでござる!! 今はそれどころではござらんっ!!」

 

 

 と、こっちを見ようともせず、横島の襟首掴んでいた。

 

 木乃香は何だか面白そーな眼で見ているし、刹那は楓の瞬動に感心してて意味が無い。

 亜子やまき絵は慌てているし、裕奈は凄く楽しそう。

 チアリーディング三人組に至っては面白そーなので呷っている始末。

 

 何度か手を伸ばすも向ける対象が受けてくれないので空を掴むだけ。

 ここまで無視(というか、気付いていない?)されてるのだからどうこうやっても話を聞いてはくれまい。

 遂に彼女は溜め息を吐き、今はしょーがないかと諦める事にした。

 

 

 何が何だか解らずオロオロする横島を他所に、古はスゴイ剣幕で詰め寄ってくる楓に涼しい顔。

 彼女の勢いに驚いて硬直する かのこを抱き上げて余裕(よゆう)綽々(しゃくしゃく)だ。

 

 

 「ハテ? 何をそんなに怒てるアルか?」

 

 「 怒 っ て な ど お ら ん で ご ざ る っ ! ! 」

 

 

 『『『いや、どー見ても激怒ってるって』』』

 

 

 怖くて口にはできないが、それならせめてとばかりに少女らは心の中でコソーリと右手でズビシッ! とツッコミを入れた。

 

 

 「大首領との確約は、一週間距離を置く事だった筈!!

  にも関わらず古は横島殿と……くぅううう〜〜〜〜……抜け駆けでござるよ!!」

 

 

 『『『『『『『『 抜 け 駆 け っ ! ? 』』』』』』』』

 

 

 その聞き捨てならないセリフに、少女ら全員が耳をびよんっと大きくした。

 

 まるで関係ないが同時刻、女子寮の一室で一人の少女がペンを片手に立ち上がり、

 

 

 「 何 か も の す ん ご い ラ ブ 臭 キ タ ———— っ ! ? 」

 

 

 等と大興奮してたりする。

 

 尤も、それを感じは出来たものの、修羅場の真っ最中であった為に部屋を出るに出られず泣く泣く諦めたと言う。

 

 それは兎も角——

 

 勢いが止まらない楓に対し、古はというとはっはっはっと腹直筋を震わせて笑うではないか。

 

 

 「な、何がおかしいでござる!?」

 

 

 当然、楓が噛み付くが、古は依然として余裕を手放さない。

 

 

 「フ……何を言うかと思えば……

  かえで、大首領がナニを命じたか忘れてるみたいアルね」

 

 「何を……」

 

 

 何故か気圧される楓に対し、大首領ってナニ? とツッコム少女らの疑問は当然ながら無視である。

 

 そしてそんな楓に対し、古は余裕の笑みを浮かべていた。

 

 

 「私達が禁じられてたのは『老師と一緒に修行をする事』アル。

  つまり、単にお話をしたり、一緒にゴハンを食べたりする事までは禁止されてないアル!」

 

 「 な 、 何 と —— っ っ ! ? 」

 

 

 因みに大首領にも確認済みネ♪ テヘペロと某菓子会社のマスコットキャラ少女のような憎たらしい笑顔を見せる古に、楓は更に打ちのめされる。

 

 古の背後に見えた大波のビジョンに飲み込まれ、もがく暇もなくブクブクと沈んで行く。

 

 初めて彼女から勝利をもぎ取れた事がよっぽと嬉しかったのか、跪く楓を見下ろしつつ古は勝ち誇るような高い笑いを上げた。

 

 ギャラリーから言えばドン引きの光景であるし、抱っこしていた鹿の子が怯えまくって青年の腕の中に飛んで逃げていたりでシュールにも程があるし、ナニがナニやらの話であるが、あの二人からすればそれはそれは真剣な話だったらしい。

 何せバカレンジャーで知られる成績劣悪五人衆の二人が引っ掛けで勝敗を競っていたくらいなのだから。

 

 とは言っても、古は自分でその事に気付いた訳ではなく、授業中の夢見の悪さから出た不可思議な行動から仕出かした偶然によって横島と会う事ができ、更に運良くポッケにナイナイしているチャチャゼロから話を聞けたから解っただけの話。

 ぶっちゃければ単に運が良かっただけである。

 

 まぁ、運も実力の内と言うからあながち間違った訳ではないが、当事者の横島の方から見てもサッパリサッパリな戦いだ。

 鈍くて解らないのではなく、彼女らが勝手にイロイロな私情を絡め過ぎているから訳がわからないと言う所が興味深い。

 

 

 それに、楓の自爆も含まれていた。

 

 ナニを考えていたのか知らないが、携帯を持ってたらウッカリ横島に電話を入れてしまいそうだったので、寮の机に放り込んでしまっていたのである。

 おまけにその間にバッテリーが切れて使用不可となっており不通状態。

 

 だから古と会うようになり、それなら楓ちゃんとも……と横島が電話を入れても繋がらなくなっていた。

 

 無論、楓も横島と共に裏の仕事をするようになっているのでこの状態を彼も疑問に思ったのであるが、

 

 

 『ああ、カエデはクラブ活動が忙しいみたいアルよ』

 

 

 という古の言葉を鵜呑みにしてしまったのである。

 

 

 ハッキリ言ってウソではない。

 本当に楓は第三者には判りようもない理由によって忙しく走り回っていたのだから。

 

 古も何となく理由に気付いてたりするが、あえて言わなかっただけ。横島や楓に聞かれれば答えただろうが。

 

 兎も角、そんな訳で楓は自らのウッカリで横島との接点を消していたのである。

 

 

 「くぉおおお……拙者という女はぁ……」

 

 

 ものごっつ悔しそうな楓の声。

 その真ん前で腰に手を当ててふんぞり返る古。

 何とゆーか物凄い微妙な光景であった。

 

 

 「え、えと……? 古師匠……?」

 

 

 ネギ少年がリアクションに困ってしまうほどに。

 

 楓と古が誰を狙っているのか見て取れた者達はヒューヒューと呷りまくり、

 下界との接触が十日に一回状態だった横島は空気が読み切れずオロオロし、

 何時の間にやら女幹部的な空気を身に纏っている古を中心とし、そんなカオスな状況が広がりを見せていた。

 

 

 そんな空気を払拭したのは——

 

 

 「おお、早いな貴様ら」

 

 

 「あ……」

 

 

 無言ではあるが、頭に“姉”を乗せたまま丁寧にペコリと頭を下げる茶々丸を連れ、深夜という時間にしては余りに不釣合いな白いワンピースを纏った少女……

 

 

 「エヴァンジェリンさん」

 

 「ふ……時間に正確だな ぼーや。

  それは感心してやるぞ」

 

 

 今回の茶番の発起人。

 エヴァンジェリン=アタナシア=キティ=マクダウェル。

 

 彼女の訪れと同時に十二時の鐘が鳴った——

 

 

 

 

 

 

 「試験内容は簡単だ。

  前にも言ったが、茶々丸に一撃を入れる事それだけだ」

 

 「ハイ!!」

 

 

 試験が始まるであろう空気を感じ、少女らは邪魔にならないようススっと下がって行く。

 

 楓も立ち直ってはいないが何とか立ち上がり、古より先に横島を促してその場を離れる。

 

 

 「フ……」

 

 「く……っ」

 

 

 それでも古には今週ずっと横島と一緒だったという余裕があり、別段気にした風もない。

 

 そんなライバルの笑みを見て楓は唇を噛んでいたりする。

 

 何時も飄々としている忍者少女の様子を見、刹那は目を丸くし、木乃香は実に楽しそうだ。

 

 

 「……何か今一つ空気が緊張にかけるが……

  それは兎も角、そろそろ始めるが良いな?」

 

 「ハイっ!!」

 

 

 そのエヴァの言葉を聞き、流石に皆の視線がその場に集中した。

 けしからん乳のくノ一は後で話を聞きゃ良い訳だし。

 

 始めの号令を発する時を聞き逃さんとするかのように場が静まりかえり、ネギの周囲同様に緊張感が高まって行く。

 

 

 しかし、エヴァは口元を綻ばせて意外な言葉を口にした。

 

 

 「……ところで一つルールを改正したいのだが……良いかな?」

 

 「は?」

 

 

 意外も意外。

 とてもじゃないが言いそうにない人物からの改正提案に皆も驚いた。

 

 そんな表情を見回し、悪戯が成功したのを喜ぶような微笑を浮かべ、エヴァは言葉を続ける。

 

 

 「いや何。大した事じゃない。

  よく考えてみれば生徒と教師に殴り合いをさせる訳にはいかんしな。

  それに茶々丸は ぼーやに好意を持っている。そんな二人に殴り合いをさせるのは胸が痛いのだよ」

 

 「−あ、あの、マスターっ!?」

 

 

 イキナリとんでも発言をかまされ、大いに慌てる茶々丸。

 そんな茶々丸を、皆は『ほほぉ〜』と面白そう&なま温かい目で見つめていた。

 

 当のネギも顔が赤いし。

 

 

 『胸が痛いって……どの口が言ってんだろ?』

 

 『さぁ? 私にはそんな口は見えないアルよ』

 

 『俗に言う二枚舌でござろう』

 

 『ぴぃ?』

 

 

 エヴァを知る三人は、何時の間にやら仲良くコソコソ会話。

 横島が緩和材になれば直に仲が修復できるのは、結局仲が悪くない証拠だ。

 

 小声ではあったが、何か悪口を言っているのか察したのだろう、エヴァは射殺すような眼差しを向ける。

 途端に三人は身を伏せて視線を回避。

 回避のタイミングが見事に三人同時であり、三人に習って小鹿まで身を伏せているのが何とも微笑ましい。

 

 

 「ま、まぁ、兎も角だ。

  ぼーやも好きで茶々丸に手を上げたくはあるまい?」

 

 「……ハイ」

 

 

 ネギの脳裏に、春先の出来事が浮かぶ。

 カモの口車に乗り、明日菜と共に茶々丸を襲撃してしまった時の事を……

 

 あの事は今でも後悔している。

 

 

 「そんな訳で代役ルールを入れる事にした」

 

 「代役……ですか?」

 

 「そうだ」

 

 

 エヴァはコクンと頷いてネギの質問を肯定する。

 怪し過ぎる異様に優しげな笑みを浮かべて……

 

 

 「ぼーや もこれぞと思うヤツを選んで私達にぶつけてくるが良い。

  私達もそれを了承し、受けてやる。どうだ? お互いメリットがあるだろう」

 

 「それは……」

 

 

 確かにそうだろう。

 

 ネギの方も古や楓を、或いは刹那や明日菜を選んでも良い。

 少なくともネギ本人が向うより、ずっと合格率は高くなるはずだ。

 

 これが横島ならもっと別の手を考えたかもしれない。

 

 許されるのなら、

 

 

 「じゃあ、高畑さんに頼む」

 

 

 等と平気で言う男であるし。

 

 

 だが、悲しいかなネギは真面目過ぎる。

 

 この場にいるのは女の子だけであるし、横島には修学旅行で陰から守ってもらったという迷惑をかけている。

 

 そうなると選択肢は一つしかない。

 

 

 「いえ、これは僕の試験ですから僕がやります」

 

 

 はっきり言って想定した答え。

 解りきった選択である。

 当然だ、そうなるように(、、、、、、、)仕向けたのだから(、、、、、、、、)

 

 

 「そうか…良いんだな?」

 

 「ハイ!」

 

 

 その問い掛けに、ネギは元気よく答えて身構えた。

 

 エヴァはネギの反応を見て、満足そうに頷き、そして……ニタリとワラッタ。

 

 

 『『『!!??』』』

 

 

 とてつもなくヤな予感がし、楓と古、そして横島に怖気が走る。

 

 楓も古も勘は良い方であったし、霊能修業によって鍛えられて更に鋭くなっているのだから。

 

 

 「……そうか、ではこちらは選ばせてもらおう」

 

 「え?」

 

 

 ダラダラと汗が流れるが、こういった悪い予感は当たると相場が決まっている。

 

 嗚呼、なんで素直にココに来ちゃったんだらぅ……等とミョーな日本語の使い方をして悲観をするが遅きに遅し。

 

 エヴァはホントーに楽しそうに横島の方を向き、

 

 

 

 「よし、横島忠夫。キサマがぼーやとやり合え」

 

 

 

 二人(、、)にとって、試練というには余りな試練を課した。

 

 

 

 




 ハイ、続投です。
 
 前回と今回で明かしましたが、古はあの夕方の一件からずっと、エヴァの別荘まで一緒にいたりしまいす。このかと遊んだり、彼が休んでる間は自己鍛錬したりして時間潰してたりしました。
 無論、彼との鍛錬は不許可なので、ネギ関係の話はしてません。そーいった質問もある種の鍛錬ですからね。
 まぁ、プチデートはしてますがw

 そのお陰でもっと一緒にいたいとゆー自覚が出来てます。
 お陰で楓が出遅れてしまいました。メインの一角ですんで苦労してもらいますヨw

 あと、明日菜が楓の事をさん付けからちゃんに変わりましたが、ちゃん付けで呼ぶ為の長いフリでした。は~やれやれw 前の時は明かせなくて『呼び方が違う』とか言われて悶えてたりしますw

 で、次回は試験本番。
 ネギ君は勝てるかどうか。
 ……つか、“前”をご存知の方ならお解りですよねーww

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