-Ruin-   作:Croissant

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十九時間目:雨に撃たえば 
前編


 

 

 出会いに劇的なものは無かった。

 

 

 親を亡くした男の子の兄貴分。

 お母さんの思い出の地を旅する男の子の後をつけ、見守っていたという男の人。

 

 見た目ぱっとしない人だったけど、今時のチャラさは無くて、自分らと余り歳は変わらないのに何処か大人っぽく、それでいてどこかバカっぽい……と、私的ポイントは結構高かったり……イヤイヤ

 

 兎も角、急にいなくなった男の子の説明を律儀にも皆に話してそれでおしまい。

 お別れしてバイバイで終わった。

 

 

 あの時はそんなに縁があると思えなかったんだけど、再会は早かった。

 

 

 何だか良く解らないけど、ネギ君が試験を受ける事になってて、こりゃあ応援せねばなるまいと夜中に集まったんだけど、その試験として戦う(?)相手があの人だった。

 

 ネギ君が特訓してたのは聞いてたし、くーちゃんからもそこそこ強いって聞いてはいたけど……良く考えてみたら試験をするっていう理由も、何の試験をするのかも解んなかったんだよね。

 

 だって、この歳で『戦う』んだよ? 疑問に思わないとどうかしてる。

 

 なのにその時には何の疑問も湧かなかったんだよね。

 戦う事に意味があって、戦う力が必要だって事に……

 

 で、何か良くわかんない内に試験が始まったんだけど……ネギ君は私が想像してたよりずっと強かった。

 あんな小さな身体で、あんなに子供なのにあんなに強いなんて思いもよらなかったから、桜子や美砂もそうだったけどホントにスゴく驚いた。

 

 私も皆も実はネギ君が強いなんて半信半疑。

 くーちゃんが強いのだってウソくさいのに、ネギ君があんなに強いなんて信じられなかった。ホントに。

 

 

 だけど…………あの人はもっともっと強かった……

 

 

 後でくーちゃんに聞いたんだけど、それでもあの時の力でも相手が子供だから徹底的に手を抜いてたとの事。

 本気を出せたら長瀬さんと二人がかりでも瞬殺されるって……どんだけ〜?

 

 

 結果的にはネギ君の勝ちだったけど、傍目から見てもアレはあの人が勝たせてくれたと解る。

 戦い方も私みたいな素人でも解るくらい、ネギ君が怪我をしないよう細心の注意をしてたみたいだったし。

 

 そのネギ君が小石みたいに吹っ飛ばされたのには流石に顎が落ちそうになったけどさ。

 

 あの時は『氣の使い手!?』とか桜子と騒いだっけ。

 

 

 だけど気になったのはそんなネギ君を見つめてたあの人の顔。

 

 あえて反則行為をして勝たせてくれた筈なのに、何故か悲しそうで痛ましくて……

 

 美砂から良く聞いてるような男の子の雰囲気じゃなく、何て言うか……私の知るどんな大人より大人っぽくて……

 

 声を掛けたかったけど、何を言ったらいいか全然思いつかなかった。ちょっと悔しかったけどね。

 

 

 その時は声も掛けられずそのまま別れちゃったんだけど、再々会はまた早かった。

 

 

 食事というか……急に何時もの店で何時ものアレを食べたくなって我慢が出来なくなり、雨が降ってたけど構わず一人で出たんだけど……

 

 何でかキャンペーンやってて、合計三杯分のポイントでくじが引けて、当たりが出たら携帯ストラップ(ドンブリに牛が入ってるという、駅前店オリジナルらしい)がもらえると言う。

 当然の如く私は、数打ちゃあたる戦法を取ろうとがんばって“それなりに”食べて(量は秘密。体重計が……)、くじを引こうとしたんだけど……何と私の直前の客がストラップを引き当てた上、その時点で在庫が無くなってキャンペーンは終了してしまったという。

 

 おまけにコッソリ教えてくれた話では、夏までにここの店は撤退してしまうらしい。

 Wショックを受けた挙句、無茶食いしただけという辛い支払いを終えて帰ろうとしたら何と傘がない。

 

 踏んだり蹴ったりとはこの事だ。

 

 桜子連れて来りゃ良かった……と肩を落としても後の祭り。

 涙雨の中、服を濡らしつつ寮まで駆けて行く途中、

 

 

 私はまた、彼と出会った——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な? もう泣くなって」

 

 『あうう〜……ごめんなさいレスぅ』

 

 

 ……何か、銀色の女の子(、、、、、、)と話をしてるトコに。

 

 

 

 

 

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            ■十九時間目:雨に撃たえば (前)

 

 

 

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 「うひゃー スゴイ雨や」

 

 「カサ一本しかないですね」

 

 「と言うかまだ降ってたですか……あ、外は一,二時間しか経ってないですね」

 

 

 別荘での一日を終えて外に出てみればまた雨。

 

 無論、夕映のぼやいた様に別荘の一日=外の一時間なのでせいぜい雨宿りをした程度。

 ギャップというか、ズレというかも大概である。改めて魔法の不思議さを思い知った気がした。

 

 

 「エヴァちゃん

  テスト勉強で時間足りなくなったらまた別荘使わせてよ」

 

 

 しかし明日菜はその時間のズレという便利さに頭が行っている。

 あんなモノ見たというのに……図太いな……と、明日菜のお気楽なセリフに呆れつつエヴァは、

 

 

 「別にかまわんが……女には薦めんぞ。歳取るからな」

 

 

 注意を混ぜながらも割と簡単に認めてやる。

 明日菜はその事実に気付いて(ちょっと気付くのが遅いのが彼女らしい)眉を顰めるも、和美とか全然気にしていな

い。

 

 

 「いいじゃん二,三日くらい歳取っても」

 

 「若いから言えるセリフだな それ……」

 

 

 実際、古等は全然気にせずあそこを使っている。

 ひょっとして子供体型を気にしてる? とか言ってはいけない。死ぬから。

 

 様々な施設等を子供料金で入れなかったりする楓は最初の方は割と気にしてはいたのであるが、

 

 

 『む? という事は、すぐに実年齢が女子高生くらいになるかもしれないでござるな……』

 

 

 等と、何時もより素早い計算を終わらせるとイキナリ気にしなくなっていた。

 そこに如何なる思惑が混ざっているかは不明である。

 

 そして横島であるが……そんな帰宅組の中に姿が見えなかった。

 

 

 「ム? 老師は何処行たアル?」

 

 

 流石に古は彼がいない事に気付く。

 

 宴会の時にはネギの過去に涙し、彼を励ます意味合いも込めてテンションを上げていたので気が付かなかったのであるが、別荘から出る際に様子がおかしかった気がするのだ。

 

 だから結構気にしてはいたのであるが……

 

 

 「ああ、アイツはとっととメシを食いに行ったぞ」

 

 「ハレ? 何も言わずに行たアルか?」

 

 「私には用件を告げていたぞ?」

 

 

 当然である。

 大首領に挨拶も無しに出れば後が怖い。

 

 尤も横島の残した挨拶というのは書面であったが。

 ……まぁ、理由が理由だったので今回は良いかとエヴァは気にしない事にしている。

 

 

 「ふ〜む………ハっっ!?

 

  かえでとレイは!!??」

 

 

 何時もと違う横島の行動に首をかしげた古であったが、何度も何度も出し抜かれれば彼女は直にそっちに繋がった。

 いくらバカイエローとはいっても勘が悪い訳ではないのである。

 

 

 「ナニを疑っているか聞かずとも解るが……違うぞ?

  案ずるな。奥で話をしていだけだ。

  ちなみに横島はメシ食ったら直帰すると言っていたし、楓と零は話が終わったら帰るそうだ」

 

 「へ? あ、はぁ、そう、アルか……」

 

 

 流石にエヴァも二人の扱いに慣れていた。

 遠回しに言えば誤解し、ハッキリ言っても誤解するなら歪曲して伝えればよいのである。

 現に古は納得しきれない顔をしつつも皆と共に雨の中を駆けて行ったのだから——

 

 そんな古達の後姿を眺めつつ、エヴァは深い溜息を吐き、ようやく疲労に身を任せた。

 

 

 「……やれやれ。

  やっとウルサイ奴らが出て行ったか」

 

 「−楽しそうでしたが? マスター」

 

 「阿呆」

 

 

 まぁ、最近は教師役みたいなものが板についてきているのか教えるのが楽しいのは事実だったりする。

 

 夕映に魔法を教えてといわれた時も、めんどくさいとは言ったがネギが基本を叩き込んだ後はちょいと手ほどきをしてやろうという気もしているくらいなのだから。

 

 流石に吸血鬼である自分や、ネギや木乃香のような馬鹿でかい魔力タンクは持ち合わせていないので英雄クラスには届かないだろうが、バカみたいに努力を続けて己の伸ばそうと足掻く者は嫌いではない。

 それに、魔力の容量だけが決定的ではない事は良く知っているし、思い知ってもいるのだし。

 

 現に……

 

 

 「圧倒的過ぎる力の差を機転だけで切り抜けたバカもいることだしな……」

 

 「−? どうかなさいましたか?」

 

 「いや……」

 

 

 さも面白そうに唇の端を歪め、ログハウスの中に踵を返す。

 

 件のバカの事で暗くなっている愚か者が二匹ほど残っているが……ま、気にしなければ良いか。

 そう諦めムードで玄関を潜ろうとして……

 

 

 「−どうかしましたか?」

 

 「……ちょっと、な……」

 

 

 少女らが駆け去った方向に不快そうな眼差し向け、面倒臭そうにもう一度溜息。

 

 どうやらまだ今日という日は終わりそうにないな……と。

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 

 らしくねぇ……ったく……——

 

 疲労ではなく、落ち込みで肩を落として歩くのは頂けない。とは思うのだが、自分でも意外なほど気が重くなっていた。

 安っぽいビニール傘(そこそこ給料をもらえるようになったというのに、やっぱり貧乏性)を叩く雨の音も気を沈ませるのに一役買っている。

 

 こんな面を女の子達に曝したくなかったし、何より落ち込みの原因であるネギに顔を合わせ辛い。

 

 だから彼は大首領に書置きを残し、小鹿と共にログハウスを後にしたのである。

 

 

 彼——横島忠夫が落ち込んでいる理由は、当然うっかり見てしまったネギの過去の所為だった。

 

 ネグレクト寸前の孤独な生活。

 それでもネギの世界全てだったそれも、理不尽にもある日突然全て奪われてしまう。

 奇跡的に英雄である父が“出現”し、村を滅ぼした悪魔をなぎ払い従姉弟の少女と彼の命を救ったのであるが……

 

 

 「……な〜んか作為的なモン感じるんだよな〜……」

 

 

 村人全員が強力な魔法(?)で石にされてしまった訳であるが、高度の石化魔法とはいえ何故か石にされただけ。まるで頑張って石化を解けと言わんばかりに。

 

 おまけに憧れ求め続けていた英雄魔法使いである父親に杖を渡されたものだから、ネギも魔法にのめり込まざるを得ない。

 

 それだけならまだ良いとしても、

 

 「何でかネギだけ(、、)殺そうとしてんだよな……」

 

 

 そう——

 ネギの記憶の中にあった村人は、石像の様子からして問答無用に石にされている。

 

 しかしどういう訳かネギだけ悪魔の集団に殺されかかっているのだ。

 

 ネギ以外に子供の姿が無かった以上、それなり以上の魔法使い達が住んでいた筈。

 そんな村人(魔法使い)達の中、未来像は兎も角として当時のネギを用心するのは不自然過ぎるのだ。

 

 無論、記憶はネギ主観であるからそれが真実だとは断言し切れない。

 しかし裏はどうあれ、起こっていた事実は変わらないはず。

 だからこそ横島は作為的に感じてしょうがないのである。

 

 尤も、偶然だって重なる事はある。

 ぶっちゃけありえない状況だって起こり得るのだ。

 

 そんな事は——

 

 

 「思い知ってはいるんだが……う〜ん……」

 

 

 神族がいて魔族がいて妖怪がいた世界に生れ住んでいた横島である。

 

 世界の修正力というものを目の当たりにしていたのだから、そういった偶然の重なりすら信じられるのだ。

 無論、“この世界”でそんな横島の常識まで通用するかどうかは……半信半疑と言わざるを得まい。

 

 しかし“あの”学園長が何の手も打っていないとは考え難い。

 あの福禄じ……もとい、学園長はかなり狸なのだ。

 自分の世界にいた某女学院の理事長で式神使いの大家の女性に届くほど。

 

 となると、そんな学園長と懇意にしているという、話に聞くイギリスの魔法学校校長もそれなり以上という事で……

 

 

 「そーなってくると何かしらの治療はしてるはずなんだよなぁ……」

 

 

 それに治療途中で卒業させた挙句、一人国を離れて日本に来させる訳が無い。

 だが、ネギのあの拘りと、子供らしからぬ達観し過ぎところは歪だ。

 いや治療が進んでいるのでこの程度で終わっている可能性も無い訳ではないが……

 

 等と独り言を呟きつつネギの事で考え続けている横島であるが、エヴァの別荘にいる時に比べて大分落ち着きを取り戻している。

 

 ログハウスを後にして早々は、高畑や近衛の所に直電話を掛けて問いただそうとしたし、双方ともが所用で出かけていて留守電になっている事に憤慨もした。

 他の魔法先生に連絡を入れようとして電話番号を知らない(聞いていない)のを思い出し、男先生しか会えてへんのはどういう了見やと訳の解らない怒りを迸らせたりもしていた。

 無論、生来の女好きであり、霊力不足になると倫理が吹っ飛ぶのを見られている所為なので自業自得である。

 こーなったら事務室に押し入って調べちゃるっ!! というレベルにまで暴走していた横島であったが、駅に来たあたりで腹ごしらえをしようと思い当たったのが良かった。

 

 学生時分から給料が入った時だけ奮発して食えていたというゴチソウ……所謂、牛丼(ココでは“牛めし”だが)の大盛りを食している間に段々と冷静さを取り戻してゆき、店を出る頃には自分が目にした情報を分析出来るレベルにまで回復を遂げている。

 

 消化の為に胃袋に血が回ってくれたから良い感じ頭から血が下がったのだろうか?

 

 ——腹が満たされたらコレかよ、と呆れる無かれ。

 

 実のところ、楓と零がエヴァのところで相談している理由は自分の担任の過去の話を知ったから……ではなく、横島がネギの心の傷痕で悩んでいる事についてだったりする。

 

 そんな風に心配されてたりする彼であるが、今回は彼の不手際ではないし、何より昔をどうこう思うより“これから”をどうするかが問題なのでそのまま内に抱え込むような愚行は犯さないでいた。

 

 こんな外見をしてはいても、元の世界で横島は一線で活躍していたプロのGSである。

 よって回復も早いのだ。

 

 それでもネギの周囲について考え続けているのはご愛嬌だ。

 

 まぁ、ネギがそういった環境という名の檻に入れられている可能性もゼロではないので、彼の悩みもあながち間違いではないのかもしれないが。

 

 

 「そういやぁ、明日菜ちゃんとネギの従姉弟のねーちゃんは異様に似てたっけなぁ……

  キティちゃんによるとネギと父親は外見しか似てねーけど、明日菜ちゃんの性格はネギの父親と似てるって言うし」

 

 

 言うまでもないが のどかのヘタクソな絵でそう感じたわけではなく、修行の時に交わしている雑談で知った事。

 写真も見せてもらっているし、ネカネという少女はかなり美少女だった為、当然の如く紹介しろとネギに言って楓らに血達磨にされているが、それは兎も角(どーでもいい)

 

 何というか作為的なものを感じるな、という方に無理がある話ではないか。そこら辺にも裏があるかもしれない。

 

 大体、異様に魔法防御力が高い明日菜は、あの学園長の孫である木乃香と寮で同室なのだ。

 

 関西最大の魔力タンクを持つ木乃香と、何故か魔力を霧散させるアーティファトを呼び出せる明日菜を同じ部屋の人間にする。

 更には明日菜の身元引受人は魔法界でも有名な戦闘者らしい高畑だ。

 ぶっちゃけ怪しさ大爆発である。

 

 しかし傍からしてみれば、裏でコソコソしまくられ過ぎて面白くない。

 

 一応、エヴァにその事を問いかけてみたのであるが、言われてみればと横島と同じような表情をして奇怪な笑みを零している(その際に黒い怒りをウッカリ目にしてしまい、チビリそうになったのは秘密である)。

 

 ——まぁ、今はしゃーないか……

 

 溜息混じりに諦めのような言葉を噛み砕く横島。

 

 もちろん足掻くのを止めるという意味での諦めではない。

 『面倒臭いけどいっちょやるか』——という意味合いでの諦めだ。

 

 ネギほど酷くない(と、横島は思っている)が、彼とて同じような経験をしている。

 ネギの今の欠点、歪みはそのまま彼が思い知っているそれと重ね合わせる事が可能で、ネギが何を歪めているかも何となく理解できる。

 そんな彼が導き出したネギの状態は……無理やり眼を逸らせている——だ。

 

 だからこそ、慎重にならざるを得ない。

 

 『忘』れさせるのは論外。生きる為の原動力を失う。

 教えるのも除外。頭が受け入れても心の底で否定されるから歪みが酷くなりかねない。

 となると……

 

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「え? 何だ…って、うおっ!? ずぶ濡れっ!?」

 

 

 かのこの声によって傘から零れた雨雫が牛めしの入ったビニール袋に入りまくっている事に気付かされた。

 何時の間にか彼は立ち止まって思考に沈んでいたようである。

 

 小鹿によって幸いにも牛めし弁当が水に沈むという惨劇は防げたが、それでもギリギリだった。

 慌ててビニール袋に溜まりつつあった水を捨て、持つ部分をギュッと縛って家に着くまでの浸水を備える。

 結局、オレは悩んでるんかと肩を竦め、横島は牛めしの袋を握り直し かのこを(うなが)してまた歩き出す。

 

 

 兎も角、裏があるにせよ、それが気の所為にせよ、立場的にはネギは自分の弟弟子。

 元よりやたら面倒見の良い横島であるし、自分らの上に立つエヴァも(元雇い主には決して勝てまいが)底意地が悪いものの結構面倒見が良い。

 如何に“裏”が動き、上手く掌に乗せたつもりでちょっかいを掛けてきたとしても、この二人が動いているのなら大火傷間違いなしだろう。

 

 それに忘れてはいけないのは彼は反則が常套という事である。

 何せエヴァよか底意地が悪いのだから始末が悪い。

 

 幸い(?)ネギは自分からエヴァの弟子になりに来たし、修行は主にエヴァの別荘である。

 外の一時間が中の二十四時間という“すんばらしい環境”だ。

 

 つまり……未だ正体不明の裏の思惑から斜め45°ズラす事も可能なのである。

 更に横島はそういった事が得意中の得意中の得意なのだ。

 

 

 「あ、そっか。

  何時も通り(、、、、、)に引っ掻き回しまくりゃいいのか」

 

 

 その事に傍と気付くと幾分気が楽になってきていた。

 

 魔法戦闘云々はエヴァが教えているし、そして古から教えられている中国拳法をそれに混ぜ、アヤシゲな魔法戦闘術も編み出しつつあったネギ。

 それらを自分が満足できるレベルまで固めさせ、後は如何なる状況でも先の手を計算できる捻くれた頭があればいい訳で……

 

 

 「……うん。だったらもう手加減はいらねーな。

  楓ちゃん達と一緒にボコってやろう」

 

 「ぴ、ぴぃ?」

 

 

 ……本当にネギを心配しているのか、一抹の不安が残るセリフである。何かかのこもちょっと引いてるし。

 それで良いのか? という疑問が湧かないでもないが、残念ながらこの場に常識人はいない。小鹿にとっては横島の方が大事であるし。

 

 だからツッコミを入れられる事もなかった横島は、比較的アッサリと悩みと落ち込みから回復し、身体を休めるべく家路を急いだ。

 

 

 いや、急ごうとしていた——

 

 

 

 

 

 

 

 『えっぐえっぐ……お姉ぇさまぁ、どこレスかぁ〜?』

 

 

 

 

 

 

 こんな声を聞いてしまうまで。

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 実際、自分はみそっかすだと思う——

 

 生れてすぐ耳にした言葉は『失敗だ』であったし、他のモノに比べて大した能力も無い。

 だから他の子がどんどん出て行ったのに、自分はずっと瓶の中に閉じ込められていた。

 失敗作だからしょうがない……ちょっと悲しかったのは秘密だ。

 

 ある日、久しぶりに意識が戻ると()は廃墟に変わっていた。

 

 自分が起きる事ができたのは、天井が崩れて瓶を割ったから。

 

 つまりはそんな事故(、、)が起きなかったら自分は眠り続けていたという事。

 つまりお父様は失敗作である私を置いてどこかへ行ってしまったという事。

 そしておうちが廃墟に変わってしまうほど時が過ぎていたという事……

 

 何せ右も左も解らないし、ココがどこかも解らない。というより何一つ知らない。

 

 必要最低限の知識だけは入力されてるからお話くらいはできるけど、自分の能力は泣けるほどヘッポコだった。

 

 あても無くさまよったけど、何せこの身体が身体だから皆に怖がられたり逃げられたり、挙句は魔法使いさんに魔物として攻撃されて追い回された。

 

 拾ってくれたお姉さまが教えてくれたけど、指名手配まではされてないけど銀色の魔物として有名になっていたらしい。

 何も悪い事してないのに……

 

 お姉さま達が色々教えてくれないと野垂れ死にをしていたかもしれない。

 

 だから頑張って恩返しをしようとお姉さま達にくっついて色々やってたんだけど、やっぱり自分はドジで抜けてて能無しで……成長しない困った子だった……

 

 今日だってお手伝いを頑張ろうとココに来たんだけど……イキナリ道に迷って皆とはぐれてしまった。

 

 皆を呼ぼうにも念話は論外。

 ココの魔法使いさん達にナイショで入って来てるからバレたら困る。

 

 でも何処に行くのかは知ってても、それがドコなのかサッパリ。

 それ以前にココがドコなのかもサッパリサッパリ。

 

 かと言って人に聞くのは論外。

 そもそも、自分は人に怖がられて逃げ回っていたのだ。

 聞く聞かない以前に話しかけるなんて怖くてできない。

 

 全く持ってダメダメなのだ。

 

 

 

 そんな自分ができる事といえば……

 

 

 

 

 

 

 

 『えっぐえっぐ……お姉ぇさまぁ、どこレスかぁ〜?』

 

 

 

 

 

 

 泣く事だけだった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お嬢ちゃん。どうかしたのか?」

 

 『……ひっ!?』

 

 

 掛けられた言葉に、恐怖の余り硬直してしまった。

 

 

 見付かった!?

 “こんな形態”の自分に話しかけて来たという事は、自分というものに気付いているという事で、

 これだけ力を隠しているというのに見付かったという事は、それなり以上の魔法使いという事で、

 

 

 つまり……

 

 

 『ふぇ……ふぇええ〜〜〜ん ご、ごめんなさいレス、ごめんなさいレスぅ〜!!』

 

 「うぇっ!? な、何だ!?」

 

 『殺さないで〜〜っ!!』

 

 

 思い出すのは魔法で追われた日々。

 

 目を、放つ気配を恐怖に染め、人間の敵とばかりに魔法攻撃を仕掛けてられていた記憶。

 

 何もしないのに敵として見られ、死にたくないから防御すればその分憎しみを強められて追い回された。

 話なんか一方的に無視され、泣いて謝っても信じてもらえず、

 叩きつけられるのは怒りか憎しみか恐怖の感情。

 

 

 心に浮かぶのは悲しみと孤独感。

 

 

 放置され、投棄され、拒絶され、嫌悪され、敵として見られ、あたたかいものに歩み寄れない。

 思い出せば出すほど、物理的には無い痛みが心をきしませてゆく。

 

 

 『やだやだやだぁ〜!!』

 

 

 だから泣く。

 

 

 この街には強力な魔法使いがいるという。

 

 いや魔法使い“達”がいるという。

 

 だから隠れて潜めて明るいところに出て行きたいのをぐっと我慢していたのに……

 

 

 こんな事で終わってしまう。

 

 

 それに失敗したのだからお姉さまたちに見捨てられるかもしれない。

 

 一人が怖い。そして悲しい。

 

 孤独は嫌。冷たくて痛いから。

 

 それが嫌だから、逃げたくても怖くて動けなくないから、非力すぎて抗い切れないから、

 

 

 彼女は泣く事でしか抗う術を持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 ……のだが。

 

 

 

 

 「ごめんっ!! 何か知らんけど謝るっ!!

 

  オレが一方的に悪かったからっ!! 生きててスンマセンっ!!

  生れてきてスンマセン!!

 

  せやから、せやから泣かんといてぇ〜〜〜っ!!!」

 

 

 その男に対しては効果絶大だった。

 何とこの降りしきる雨の中、突如として彼女に見事すぎる土下座を(何故か)小鹿と共に披露したのだ。

 

 

 『ふ、ふぇ?』

 

 

 流石の彼女も涙が止まってしうほどに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「な? もう泣くなって」

 

 『あうう〜……ごめんなさいレスぅ』

 

 声を掛けてくれた(、、、、、、)その男の人……

 

 白い小鹿さんを連れた若い男の人。

 大人というにはちょっと若く、でも若者というには落ち着き過ぎている気がしないでもない人は、彼女が会った事がない人間だった。

 

 落ち着いてよく“観て”みると彼に魔力は——無い。

 

 慌てふためいて解らなかったのだが、どうも彼は魔法使いではないらしい。

 

 

 赤いバンダナ頭に巻いた青ツナギという作業員姿。

 きょとんとした顔の真っ白の小鹿と共に、自分を見つめている。

 

 その手にはテイクアウトした牛めしが入ったビニール袋。

 

 仕事をやり終え、おうちで食べようと夕飯の弁当を買って帰ろうとしている若い労働者そのもの。

 

 うん。間違っても魔法使いには見えまい。

 

 

 いやそれ以前に……

 

 

 『(何だろう……? すごく優しい)』

 

 

 のである。

 

 少なくとも彼女は人間にこんな優しい言葉をかけられた事が無かった。

 

 

 「ん? どうかしたのか?」

 

 『え、えぇ? な、何れもないレス』

 

 「そうか?」

 

 

 彼女は彼女で不思議と緊張していた。

 

 いや、自分をやっつけようと追い回していた魔法使いを目にしている時と別の……表現し難い不思議な緊張を感じている。

 対するその青年は実に不思議そうに首をかしげつつも、彼女の言葉を待っていた。

 

 まるで困ってる娘に手を貸すのは当たり前と言わんばかりに。

 

 

 心あたたまる光景。

 

 何と優しさに満ちたシーンであろうか。

 

 しかし、ぶっちゃけその光景は異様の一言。

 

 傍から見れば青年は頭にナニやら取り返しのつかない深刻な病気を持っていそうなのだ。

 

 というのも……

 

 

 

 

 

 

 雨の中で泣いていたのは銀色の水溜り(、、、、、、)であり、

 青年は極自然にその言葉を解する水溜りに話しかけているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横島は悩んでいた。

 

 いや、ずっと悩み続けていたモノは横に置いとくとして、今の問題は目の前の女の子(?!)である。

 

 ドコをどー見ても人外であり、ナニをどう見たとしても不審人物(?)なのだ。

 

 しかし、のほほんとしてはいてもこの学園都市は魔法使い達の街。

 とんでもない結界で守られている街で、そう簡単に進入する事は出来ないし、無理をすると結界に引っかかって警報が鳴る。

 横島にも侵入者ありという報告は来ていないし、何よりかによりこの女の子(……だよね?)には邪気がサッパリ無い。

 

 いや、魔族には無邪気に残酷な事をやってくださるヤツもいるのだが、この銀色水溜り子ちゃん(仮名)にはそれに属する輩の嫌な感じが全くしないのだ。

 つーか悪気云々ではなく、ドジっ娘オーラ全開なのである。

 

 それでも普段の彼であればもっと用心していたであろうが、今の横島はそれをしていない。

 

 先ほど意図的ではないにせよ、彼女を泣かせてしまった訳であるが……

 あの泣き声、悲しげな声を耳にし、さっき見てしまったネギの慟哭を幻視してしまったというのが大きい。

 

 直前までその事で悩んでいたから、そして女の子の声だったから垣根が下がっているのだろう。もはや垣根の根すらあるかどうかも怪しい。

 

 それに他ならぬ一級の霊能力者の勘が訴え続けている。

 何はともあれ彼女“は”悪い事をすまい。いや、できないと。

 彼自身は余り信じていないようであるが、彼の勘ならばまず間違いないだろう。

 

 ……まぁ、その行為が(のち)を決定付けた訳であるが……今は語るまい。

 

 

 

 

 『えぇっと……その……お兄サンは魔法使いサンなのレスか?』

 

 

 そんな温かいんだか生温かいんだか判断し辛いシーンであるのが、微妙に間が抜けているのだろう、“彼女”はそっちの方が気になっているのかそう問いかけた。

 

 彼がそうでないと勘は伝えているのであるが、確認はとっておきたかったのである。

 

 

 怖くて冷たくて痛いのはもう嫌だったから——

 

 

 「オレ?」

 

 『はいレス』

 

 

 突然ナニを? と思いつつ横島が問い返すとそう言って(多分)頷く。

 何で解るん!? 等とツッコミたい気がしないでもないが、それが横っちクオリティ。気にしてはいけない。

 

 そんな彼だから、何だか舌っ足らずな声が可愛いなぁ……とか思いつつも、

 

 

 「いんや。オレはちょーのーりょくしゃだ」

 

 

 と、ジョークを交えつつ律儀に答えてやった。

 普通ならふざけんなっ!! とか言いそうなものであるが、やっぱり相手は天然のようで……

 

 

 『ふぇええ?! そうなんレスか!? 凄いレス〜っ!!』

 

 

 と、おもっきり素直に感心しているではないか。

 

 間違ってはいないがジョーク混じりに言ったつもりだったのに、余りといえば余りに素直すぎる為にちょっと焦ってしまう。

 何と言うか……“前の世界”にいた巫女少女の幽霊時代に、自称弟子の人狼少女初期型を足したよーな感じだ。

 まぁ、それならそれで接し方は得ている。慣れたモンだ。つか慣れさせられた(、、、、、、、)。ちょっと涙出そうになった。特に自称弟子に巻き込まれた騒動の件を思い出して。

 

 

 「んで、コイツはオレの使い魔の かのこだ」

 

 「ぴぃ」

 

 

 そう紹介すると、小鹿は銀の水溜りにくいっと頭を下げる。

 別に横島に(なら)った訳でもないが、かのこも別に警戒をしていない。この事から横島は完全に警戒を解いている。

 

 

 『ふぇ? 魔法使いサンじゃないのに、使い魔がいるんレスか?』

 

 「うむ。えすぱーだから大丈夫だ」

 「ぴぃ♪」

 

 『ふぇええ……すごいレスぅ』

 

 

 ——とこんな調子だし。

 

 兎も角、何時までも見上げと見下げの会話を続けるのもし辛いかなと感じたのだろうか、銀色の水溜りはムクムクと盛り上がり、見る間に人の型を取り出した。

 

 

 年の頃は十歳前後くらい。

 髪は肩につかない長さでキッチリそろってるボブ。

 服は大人しいデザインのワンピースだ。

 出来上がったのは、のどかに何となく似てるような気がしないでもない、極普通の可愛い女の子の姿だった。

 

 全身が銀色でなければ、であるが。

 

 

 「うぉっ!? 女の子のカッコになれんのか」

 

 『あ、ハイ。そうなんレス。

  ……というより、こっちが私の本来のカタチなんレスよ』

 

 

 無論、普通なら唐突にこんな行動を取り、尚且つ見た目がコレなのだから引きも入るだろう、人によっては嫌悪を持つかもしれない。

 いくらお話をしてくれる人間と初めて出会ったとはいえ、いくら話し辛いとはいえ、彼女のその安易な行為はうっかりでは済まされまい。

 何しろ彼女は不審な侵入者(?)だ。ここが魔法界ならイキナリ攻撃されるかもしれないのである。

 

 

 が、目の前にいる男は普通じゃない。

 

 

 「へ〜……可愛いじゃん」

 

 『そ、そんな……』

 

 

 確かに相手は人外であるがそこは彼、横島忠夫である。

 

 性格が地雷で下半身が海蛇だった乙姫(本物)に巻きつかれても即行で慣れて刺身を食べさせてもらいつつ踊りを楽しんでいたアホ男だ。

 

 確かに彼女の外見は真っ銀々であるが、目の中も銀一色でお人形さんポさが強く、CG等を使った映像の色変化みたいに目だけが白黒といった気持ち悪さは無い。

 どちらかというと色塗り前のメタルフィギュアという感が強く、人外を見慣れ過ぎている横島から言えば特別変と言うほどでもなかった。

 

 それに横島は、この子以外では碌なゴーレムっポイのと会った(逢った?)記憶が無い。

 

 何だか知らないが問答無用でキスして何リットルもチョコレートを流し込んでくるチョコレートゴーレムや、夜のデパートで襲い掛かってきて女物下着を着せたりするマネキン悪魔。

 エセ薩摩弁でハグしにくる中華石像(しかもオッサン)等々……

 

 そんなのに比べたら一兆倍はマシである。もはや比べる事自体が愚行なほどに。

 

 尚且つ彼女は性格もちょっと内気で可愛らしくて天然が入っているとキているではないか。

 これではプラス好感度は出てもマイナスフラグは立たない。

 更には女子供に底抜けに人が良い彼である。となれば優しさMAXで接しようというものだ。

 

 今も彼女は横島の言葉になんか照れて赤くなっている……ような気がするし。銀色で解らないけど。

 

 

 「あ〜……話戻すけど、雨ん中どうかしたのか?

  お姉さん探してみたいだけど……」

 

 『え? そ、それは……』

 

 

 さて、そこで困ってしまう。

 

 実は彼女、秘密の任務でこの地に赴いているのだ。

 いくらこの青年……横島が良い人っポイとはいえ、ホイホイ気軽にしゃべる訳にはいかない。

 尚且つ彼女にとっては初任務。他人であれ身内であれ少しでもヘマを見せたくないのである。

 

 

 「ん〜 ま、言いたくないなら言わなくていいよ。

  あぁ、でも道に迷ったんなら送ってってやるけど」

 

 『ふぇ!? い、いいんレスか!?』

 

 

 だが、意外にも彼は深く問い詰めたりせず、泣いていた理由の方の解消に走った。

 

 

 「いいって。雨ン中、女の子ほっぽらかす方が気分悪いわ」

 

 

 そう言って手を差し出す横島を見、

 その手と思わず伸ばし掛けた自分の手を見、

 安心させようとしているのだろう、優しげな笑顔を浮かべている彼の顔を見、

 

 

 『お、女の子……?』

 

 

 と、縋るような確認するような言葉を彼に零した。

 

 

 「うん。

  女の子って……ち、違うの?」

 

 

 そんな彼女の問い掛けに、違うんだったら鉄拳制裁(理不尽)だぞ? と眉を顰めて返す横島。

 

 無論、彼女は“彼女”。

 生物学的という括りで語るのなら『女の子』ではないかもしれないが、性別的に言うのなら間違いなく女の子である。

 しかしその単純な単語(、、)が——

 

 何より他者によってそれと認められる事がどれだけ彼女にとって衝撃だった横島に理解できる訳もなく。

 

 

 『ふぇ……』

 

 「What!!??」

 

 

 落ち着いたからか、優しい言葉を受けたからか、胸に湧いてくる嬉しさの為か、或いはその全てか不明であるが……

 

 生れて初めて、悲しさ以外の理由で彼女はまた泣いた。

 

 

 

 

 

 

 そのお陰で、ナニを勘違いしたのか神レベルのスンバらしい土下座…水上波紋土下座が披露された事は言うまでも無い——

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 きゃあきゃあと何が楽しいのやら、裸体の少女らは楽しげに浴場で騒いでいる。

 

 中等部の寮にある共同浴場、『涼風』。

 

 ハッキリ言って、ドコのアミューズメント? と聞きたくなる程むやみやたらと広く、露天風呂宜しく樹木まで植えていてとっても贅沢だ。

 この造りのお陰か、この寮に住まう者は皆が皆して風呂好きになってゆく。

 無論の事、現在生活をしている少女らもそろいもそろって風呂好きだ。

 

 だからこそ騒がしいのかもしれないが。

 

 

 「「「……ふぅ……」」」

 

 

 そんな中、何故かアンニュイな溜息が三つ。

 位置はちょっと離れているがタイミングは同時。

 

 内二つはのどかと夕映。

 別荘での一件で、自分らがネギの苦労や想いも知らず、魔法使いが実在するという事に浮かれて安易な気持ちで彼に引っ付いて地下に下りた事等を恥じているのだ。

 特にのどかは(エヴァに誑かされたとは言え)アーティファクトの力を使って彼の過去を覗き見てしまったのだから、恥じ入り方も一入(ひとしお)である。

 

 

 「ナニナニ? 何か二人ともミョ〜な溜息吐いてるけど。どうかした?」

 

 「いえ、何でもないです」

 

 「ホントに〜?」

 

 

 面白がっている節もあるが、心配したハルナが問いかけるが夕映はお茶を濁す。

 

 まぁ、内容が内容だけに言えるはずも無いのであるが、それ以上にこの女にバレたら拙い。何せ理性より先に勢いが出てくるのだからパパラッチ和美よりひどいのだ。

 溜息云々以前に、既にネギ絡みである事に気付いているようなのだからシャレにならない。

 

 ——彼女(この女)にはバレてはいけない。

 

 これが、のどかと夕映の共通意見だった。

 

 

 そしてもう一つの溜息は……

 

 

 「どーしたの? 円」

 

 「んぁ?

  えっと、その、何でもないわよ」

 

 

 流石に何時ものテンションというかノリが無ければ気付くというもの。

 何せ今問いかけた桜子、そして美砂と円を入れた三人は同じチアリーディング部だから気付きもする。

 

 

 「ホントのホントに?」

 

 「ホントだってば。ちょっと疲れただけ」

 

 「ふ〜ん?」

 

 

 言える訳が無い。

 銀色の女の子(、、、、、、)と親しげに話(、、、、、、)をする人がいた(、、、、、、、)だなんて……

 

 とは言っても、別にそれだけ事でアンニュイになっていた訳ではない。

 

 あの後、横島が大声で泣くあの銀色の女の子を何とかあやして何処かへ連れて行ったのであるが、円はずぶ濡れになりながら呆然とそんな二人(?)を見送る事しか出来なかった。

 

 何せ如何に騒動に慣れまくっている麻帆良っ娘であろうと怪奇現象は初体験。

 

 おまけにちょっと気になってた男が中心にいたものだから——

 

 

 「……って、そーじゃなくて」

 

 

 思わず、裏平手で虚空に突っ込みを入れてしまう円。

 横にいる桜子も突然の奇行に『ま、円?』と冷や汗タラリ。

 

 尤も、円は件の青年と銀色の少女との会話で信じ難い情報を得て知恵熱が出そうだったりするので、ある意味当然の奇行かもしれない。

 

 雨の中という事もあってそんなに詳しく聞けた訳ではないのであるが、それでも青年が泣く少女をあやしている時にはそこそこ重要な情報が彼女の耳に届いていた。

 

 銀色の少女曰く——

 

 

 『魔法使い達が生活する都市では日本最大』

 

 『別の場所に魔法世界がある』

 

 『自分はゴーレムであり、ずっと昔に魔法使いによって生み出された』etc...

 

 

 青年曰く——

 

 

 「ココには魔法使いは先生と生徒含めていっぱいいる」

 

 「自慢じゃないがオレだって別の世界から来た」

 

 「別に初めて視た訳じゃないから気にしない」etc...

 

 

 悩んでいたからか、或いは雨音で誤魔化されたか定かではないが、彼には珍しく他者——円の気配に気付けていなかった。

 そのお陰で円に齎された情報は、魔法関係者にバレてたら困っちゃうモノが満載だ。

 女の子で大失敗かますのは彼の大欠点であり、ある意味美徳なのであるが……円以外が耳にしていないのは不幸中の幸いであろう。

 

 それに円の目から見ても、彼の女の子のあやし方は及第点はやれない。

 

 ただひたすら小鹿と共にペコペコ謝るだけなど、女の子との会話としては赤点ものである。

 

 しかし……だからこそ、彼の真っ正直でお人よしで優しい心が良く見えていた訳で——

 

 

 「……って、違うってばっ!!」

 

 「え、ええ〜と……」

 

 

 流石の桜子にも引きが入った。

 同じクラスであり、同じクラブ員である彼女のこんな壊れ方を見るのは初めてなのだから仕方あるまいが。

 チアリーディング三人娘の中で、どちらかというと円のポジションはツッコミ役である。

 桜子が暴走し、美砂が面白がって続き、円がツッコミつつ付いて行く。そんな感じだ。

 

 そんな彼女がおもっきり壊れているのだから桜子の驚きも一入だろう。

 

 

 「うう……もっと驚かなきゃなんないのに、何故か納得してる自分がいる〜……」

 

 

 そう、魔法使いが実際にいるっポイ事、

 ここ麻帆良は魔法使い達の街であり、世界には他に魔法使い達がいる街があるっポイ話を聞いてしまい、尚且つ証拠(銀色スライム少女)まで目にしてしまったにも拘らず、円が思い浮かべてしまうのは青年の事ばかり。

 

 “それ”が何であるかは、何でもかんでも応援する事で有名な麻帆良チアリーディング部である彼女は何となく解っている。

 何せこの春休み中も自分の担任と同級生の仲を応援しようとしていたくらいなのだから。未遂の上、ただの勘違いであったが。

 

 しかし、そんな問題が自分に掛かってくるとなると話は別である。

 

 何せ自分は煽っていた側。

 下手に相談して話が拙い人間(特に和美orハルナ等)にバレると確実にややこしくなる。その事を身に沁みているのだ。

 

 となると自分で片を付けねばならない訳であるが……女心が解る、というだけで“そういった感情”まで理解し尽せている訳ではないのである。

 

 

 「……うう……自分でも“そういった感情”なんて思ってるし……

  どーしたんだろう? 私ってそんなに惚れっぽかったっけ? う゛〜〜……」

 

 

 幸いにも最後の方のセリフは桜子の耳に届いていないようだ。

 と言うか、ブツブツと独り言が多いので離れてたりする。

 

 

 確かにあの青年はかなり好みであることは事実。

 

 見た目より何だか大人っぽいが、どこかバカっぽい。

 

 女の子に優しそうであるし、正直者みたいだ。

 

 ぶっちゃければ円の好み、ド真ん中ストライクなのである。

 

 

 「だからって早すぎない!?

  会ったのって二回よ!? ナニそれ!!?? ビビっとキたってヤツ!!??」

 

 

 うが〜っ!! と頭を抱える円。

 うっわぁ〜……と周囲の少女らいくら風呂の中とはいえ、全裸で身悶えするも彼女にドン引きである。

 

 しかし、ドコをどう悩んだとしても、彼女のそれが偶然が呼んだ喜劇である事などに気付ける訳が無い。

 

 

 麻帆良学園都市——

 

 この街には多くの魔法使いか家族と共に一般人として生活を送っている。

 いくら気をつけてはいても、魔法使いとはいえ魔法が使えるだけの人間。気を抜いた瞬間に一般人にばれないとも限らない。

 それを防ぐ為か、或いはこの街の“何か”を守る為かは不明であるが、この街には認識阻害という魔法が掛かっている。

 

 要するに魔法という奇跡を目撃されにくくし、それとして認識されないよう仕掛けられているのであるが……

 たまたま不思議なシーンに出くわした円は、件の阻害結界の力によって認識が逸らせられ続けられているのだ。

 

 そしてそのズレ続けさせられている意識は、すぐそばにいた青年に集中していた。

 

 偶々効きが良かったのが災いしたのか、或いは青年の霊波に引っ張られてしまったのがいけないのか。認識阻害が悪い(面白い)方向に効いてしまったものである。

 

 

 ——人、コレをフラグが立ったという。

 

 

 尤も、円にその気が全く無かったのならここまで意識したりはしなかっただろう。

 何だかんだで結構心に残っていたからこそ、魔法がそこに逸らせたのかもしれない。

 

 しかし、何にせよ皮肉な物である。

 

 何せそのお陰で道が分かれたのだから——

 

 

 

 

 

 「くぎみーどうかしたアルか?」

 

 「くぎみー言うなっ!!

  ……って、くーちゃんか……ナニ?」

 

 

 ウンウン悶えていた円に横には何時の間にか古が立っていた。

 流石に他に話しかけられる猛者はいなかったようだ。

 

 

 「アイヤ……

  流石に牛丼仮面ジャイアントと呼ばれてる くぎみーがアレだけ壊れてたらビクリもするアル」

 

 「だ、だれが牛丼仮面よーっ!!」

 

 

 気遣ってもらったと思ったら叩き落とされた。

 流石に拳法家。やってくれる。

 

 

 「それは兎も角。どーかしたアルか?」

 

 「別に……」

 

 

 いや、正確に言うと古と無関係の話ではない。

 何せ彼女の言う事が本当なら、あの青年は古と楓の師匠である。

 となると、間接的に円を悩ませていると言えなくもないよーな気がしないでもない。事もない。どっちだ?

 

 

 『あ゛あ゛……自分でもワケ解んなくなってきた……

  いや、元々あの人の事気にしてたわけだから全然わかんないワケじゃないし。

  でもくーちゃんは今回の件では無関係だし……』

 

 

 そう、何よりかにより問題は円の心境なので、気にし続けているという点ではホントに関係が無い。

 ……まぁ、もし古が彼と付き合ってるというなら最重要参考人となるのだが。

 

 

 『ん……?』

 

 

 が、そこで円は気付いてしまった。

 

 バッと身を起こして古を見る。

 急にこっちに向き直したので古も慌てたが、そんな事にかまっている場合じゃない。

 

 認識阻害の魔法と言うのは、掛かっている間はかなり強力に持続し続けるのであるが、一度綻びるとボロボロに崩れてゆく。

 現に和美や夕映らは認識阻害魔法の外で魔法を知ったのであるが、一度理解をした彼女らは麻帆良での一般的なズレを次々と理解していった。

 

 そして円も、魔法によって阻まれかかった認識がカチリと“正常”にはまり掛かっているのだ。

 

 

 「ねぇ、くーちゃん……」

 

 「な、何アル?」

 

 

 ユラリと立つ円。その奇妙な迫力に、流石の古もちょっと身が引けた。

 というか、鍛えられてきている古の霊感が拙い拙いと訴えかけてきているのだ。

 そんな古の心境など知る訳も無く、彼女の表情の変化を見落とさないよう、その顔を凝視しつつ円は、

 

 

 「くーちゃん、魔法使いの関係者なの?」

 

 「……………………え゛?」

 

 

 と、かなりド真ん中を射抜く質問を叩きつけてきた。

 

 いくら円でも、古は魔法使いではない……と思っている。

 これは古の何時もの行動と姿形が、円の持っている魔法使いのイメージから程遠いからだ。

 無論、彼女の持つ魔法使いのイメージはゲーム等のアレ。そんなのがそこら辺にいたらビックリするし、関係者は慌てるだろう。

 だから普通の魔法使いは、魔法施設で働いている者以外は、案外普通の衣服を着ている。

 言うまでもなく円がそういった魔法世界の事情なんぞ知る訳がない。

 だから『関係者』と問いかけた訳であるが……

 

 

 「な、何でくぎみーが知てるアル!?」

 

 

 根が単純なだけに、バカイエロー古にはおもいっきり効いていた。

 

 

 「やっぱり!!

  やっぱりココには何か秘密があるのね!!??

  だからくーちゃんや長瀬さんはあの人に何か習ってるのね!?」

 

 「あ、あうあうあう〜……」

 

 

 無論、古とて守秘義務については耳にタコができるほど聞かされているし、何より自分が慕っている男である老師の力が表ざたになると、最悪の場合は二度と会えなくなってしまう。

 

 だから楓も古も和美にどう問い詰められてもはぐらかし続けている。

 

 しかし、流石にこのように魔法に接する可能性が極力低い円に、おもっきり不意を突かれるとは思いもよらなかったのだろう。意外なほどアッサリとボロを出してしまった。

 

 

 『うぐぐぐ……し、しまたアル。

  こうなると大首領か老師本人に頼んで記憶を消してもらうしか……』

 

 

 何せ問題はかなりデリケートな話だ。

 

 黙ってろ、口を噤んでろと言ったところで、一度この街の不自然さに気付いて認識阻害の戒めから解き放たれると、ウッカリ関わりをもってしまう可能性が上がるのだ。自分がそうだったのであるし。

 行ってはいけない、行きたくないと思わせているモノから解き放たれ、『何故か足が向かない』とか『何故か皆がそっちに行かない』といった矛盾に気付くのだから、危険に関わる率が上がるのだから当然だろう。

 そして円は魔法使い云々だけではなく、戦いというものからかけ離れた生活を送っている者だ。

 

 既に関わっている明日菜や、実家が魔法使いの大家である木乃香は兎も角として、

 のどかや夕映といった非戦闘少女は戦った相手に顔を知られているので自衛手段として教えなければならない。

 

 しかしそれは止むを得ない状況だからであって、好き好んで無関係な級友をわざわざ裏に引っ張り込む気は無いのだ。

 

 無論、その事も自分が師として慕っている男の語ったセリフ。

 その件で更に好意度が上がってたりするのだが、ここでは関係ない話である。

 

 今の問題は円の事だ。 

 

 

 「い、いや、その……ちよと秘密の話なので後で話すアル」

 

 

 しかし如何に頭が回ろうと、惜しいかな彼女は弁が立たなかった。

 

 

 『し、しまた!? 盲点アル!!』

 

 

 だからこそバカイエロー。素敵である。

 

 

 「ナニ!? そんなに大掛かりな秘密があるの!?

  ひょっとして、私の知ってる人も……あっ!! ひょっとして桜崎さんも!?

  そっか、何時でも何処でも竹刀袋持ち歩いてて怪しいし……」

 

 『あぎゃ〜〜〜っ!!』

 

 自分がそうだったように、円もポロポロと現実……いや、真実(、、)に気付き始めている。

 しかし悲しいかな矛を収めさせられるだけの弁力を古は持ち合わせていなかった。

 それでも自分の師が『裏と無関係な女の子を巻き込まない』考えを持っている為、おバカちゃんなりにがんばって頭をフル回転させる。

 

 う〜んう〜んと必死こいて頭を使うが古の限界値は低い。

 二人っきりなら兎も角、こんなに人目が多い場所での説得は不可能に近いのである。

 

 

 『そうアル!!』

 

 

 しかし、そんな古の頭に妙案が浮かんだ。

 確かに普通の言葉を持って説得する事は無理かもしれない。

 だが、自分には一番使いこなせる特殊言語があるではないか。

 

 

 そう——肉体言語である。

 

 

 ココで一発当身を食らわせ、『あれ〜どうしたアル〜? 湯当たりアルか〜?』等と言ってとっとと連れ出し、エヴァのトコなり師のトコなりに連れて行って記憶を消させりゃいいのだ。なんという妙案であろうか。無論、褒められない事であるが。

 

 流石の円も、唐突にニタリと笑う古に引きが入る。

 何せプロポーションが良い上、ココは風呂場なので全裸。

 全裸の美少女が顔を前髪で隠しつつクククと笑っているのはかなり怖い。

 

 

 「ど〜したアルか〜? くぎみ〜……

  イロイロ説明するからこっち来るヨロシ〜……」

 

 

 思わず鉈もって『ウソだっ!!』と言いたくなった円であるが、何か腰が抜けててそれすら出来ない。

 じゃぶり、じゃぶりと湯の中を身体を左右に揺らしつつ近寄ってくる古。ゾンビっぽくてとってもイヤン。

 

 無論、元気ハツラツな死霊も御免だが。

 

 

 

 だが、悲しいかな古はこのタイミングでこんな事に全神経を傾けてしまっていた。

 

 

 「……んぁ?

  ム……ッ!? 何アルかこの気配は!?」

 

 「へ?」

 

 

 それは武術家にあってはならぬ驚くべき隙。

 これにより初動対処を行えないという失策に陥ったのだから。

 

 師によって霊力を鍛えられており、霊感も上がっている。

 人以外の霊気にも敏感になっており、霊撃戦はまだ無理とはいえそれなりに対応できるレベルになってはいた。

 

 が、如何に格闘戦の玄人とはいえ、オカルトの世界が相手であり、尚且つ隙を突かれればどうしようもない。

 

 

 「くぎみー、危ない!!」

 

 「きゃっ!?」

 

 

 円らは皆とちょっと離れてしまっており、騒がしいのは何時もの事だったのでそんなに気にならなかった訳であるが、この風呂場にはナニかが入り込んでいた。

 何故かまき絵を始めとした数人の少女がぐったりとしており、他の少女らもまるで擽られているかのように身もだえして大笑いしている。

 

 そして……

 

 

 「がぼっ!?」

 

 「くーちゃん!!??」

 

 

 円を突き飛ばした瞬間、まるで何かに引きずり込まれるように古の身体が湯に沈む。

 驚いた円も慌てて古その手を思わず掴んでしまうが、引き込む力は想像以上で彼女もそのまま湯に引きずり込まれてしまう。

 

 

 『な、何なの!!??』

 

 

 何かを考える暇も、思いつく間も無く、古ごと深く沈んでゆく円。

 何時も入っているので深さも知り尽くしている筈の風呂でこんな事になるのか理解する暇もない。

 

 だが、驚く材料だけは事は欠かなかった。

 

 

 『みんな!!??』

 

 

 何だか良く解らないが、自分と同じように沈められている少女らがいる。

 

 夕映、のどか、和美、そして古。

 円が知る由もないがピンポイントで選ばれた四人の少女らが引き込まれているのだ。

 

 

 そして——

 

 

 『アレ? おまけがくっ付いてるゼ?』

 

 『仕方ありませんネ。騒がれると面倒デスから……』

 

 

 

 ともすれば湯と区別がつかないくらい半透明の少女らが、

 

 

 目の前に——いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、あれ?

  ゆえ——?

  のどか——?」

 

 「くぎみーもいないよ〜?」

 

 

 

 

 


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