-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 中身は二十代後半、外見年齢は十代後半。

 十年も肉体が若返った理由は全くの不明で、その間の記憶の大半も失われているので便宜上“青年”とされている彼。

 

 

 昔っから脊髄反射で行動しており、特に中高生の時のリビドー反応は人外すら驚かせていた。

 

 

 尤も、そのオカルトという世界に関わったのも能力の覚醒も、その始まりはセクハラ行為が一番酷かった高校生の時で、そのセクハラ…つーか痴漢行為…のお陰でオカルトに足を踏み入れ、その世界でも名が知られるようになったのだから世の中ナニが幸い(?)するか解かったモンじゃない。

 結果としてそれで世界が救われたのだし……

 

 

 当然ながらそんなワイセツ少年の犯罪がそのまま捨て置かれる訳もなく、喰らわされるお仕置きもかなりエスカレートし、日常的にバイト先の上司に撲殺されかかり、とある猿神にも『ワシの修業よりキツい』と称される目に遭っていた。酷評もいいトコで嬉しくも何ともないが。

 

 流石に二十代の後半ともなると僅かにラインを見極める能力を身につけており、やや生臭い言い方をすれば、“女”を知ったお陰で青臭い十代の時よりはがっつかなくなっていた。

 まぁ、スケベレベルと煩悩レベルが下がった訳では無いが。

 

 

 

 そして今の彼——

 

 

 

 確かに記憶(経験?)消失ではあるが、人間的な本質が消えているわけでは無いので性格はそのまま。

 メリットとして、十代の頃の柔軟さと真っ直ぐさ、二十代の大人の落ち着きと判断力を持ち合わせている為、外見年齢度外視の駆け引きに長けた能力が備わり奇妙な魅力を漂わせている。

 

 元々から人外堕としとか、人外ハンターとか言われていたくらい人間以外の女達を無意識に篭絡しまくっていたし、人間の女性にしても彼の本質に気付けばメロメロになってしまう。

 それのパワーが少し上がったようなものである……ハッキリ言って厄介な事この上もないのだが。その自己評価の低さから本人は信じてくれないだろーけど。

 

 

 しかし、その魅力の素となる記憶消失によるデメリットは無茶苦茶大きかった。

 

 

 二十代の頃の霊能力の使い方をすぽーんと忘れている上、記憶“消失”なので思い出す事は不可能。

 何かの能力が使えた——という記憶だけは残っているから歯痒い事この上もない。

 

 だが一番の問題は……

 十代の頃の煩悩と妄想力、二十代の頃の欲望とみょーなテクニックが混じり合った状態でしっかりと根付いているという事である。

 

 現に彼は交渉術に長けており、海千山千の猛者どもと対等に会話し、自分らに有利になるように会話を進ませられていた……筈だった。

 

 しかし、何とも稚拙な少女の申し出——女の子を紹介するといったアホタレな材料に一も二も無く飛び乗ってしまっている。

 

 言うまでも無く交渉材料が不十分であり、

 例えれば場の捨て札も見ず、相手のカード枚数も手札も想像する前の状態でウッカリ勝負に出たようなもの。

 アホの見本である。

 

 まぁ、何時もの大失態に比べれば、ルール“だけ”でも聞けていたのでナンボかマシであろうが……

 

 

 

 

 世界樹と呼ばれている巨大な樹の前の広場。

 

 人払いの結界が張られているその広場の前に二人は対峙していた。

 

 少女はさも嬉しそうに。

 青年は自分のスカタン具合に落ち込みつつ。

 

 ただ少女の出で立ちは中学の制服。

 青年は青い作業服。戦いに不似合いなのも甚だしい。

 

 

 「ちょ、ちょっとタンマ!! せ、せめて制服はやめてくれんか?」

 

 「ほぉ…脱げと仰られるでござるか?」

 

 「ちゃうわーっ!!!

  ンな格好で動き回ったらスカートめくれるやろがっ!!

  女の子なんやから慎みっちゅーモンもちなさーいっ!!!」

 

 

 萌えたらどーしてくれるっ?! という心の声は内緒だ。

 

 

 「まぁまぁ…模擬戦とはいえ戦いの場でござる。

  本格的に裏の戦いに関わった折、羞恥に拘っていては怪我をしてしまうでござるよ」

 

 「い、いや、そりゃまぁ、そーだけど……」

 

 

 結構、正論だ。

 こうなると反論が難しい。

 二人の試合を見守っている魔法教師らも、何だかんだでモラルがあるんだなぁ…と変に見直してた。

 

 尤も、青年はミニスカートの少女が動き回る事態にやや喜んでたりする自分の本音を理性を総動員してフクロにしていたりするが。

 

 

 「ま、それで納得できなければ、こーいった衣装も術の内と思ってくだされ」

 

 

 これも策でござるよ? 

 

 そう後を続けてニンニンと微笑む少女。

 

 

 「ぬぅ……」

 

 

 そんなコドモの魅了に引っかかるもんかっ!! と強く言い返せない自分がイヤ過ぎる。

 かと言ってせめて戦闘装束に着替えろとか言うと、この少女の事だ。何だか露出が多いのをわざと着てくるに違いない。

 

 

 「解かっているでござるな。ニンニン」

 

 「心読むな——っ!! 泣くぞ——っ?!!」

 

 

 何とも気が抜けるやり取りであるが、こんな会話を続けつつ少女は氣を練り続けていた。

 

 元担任の教師は、相手とやり取りをしつつ隙を窺って氣を高めてゆく少女の狡猾さに舌を巻いていた。それも掛け合いとか間の取り方で相手の気勢を削いでいるのだから始末が悪い。

 

 

 『やれやれ……彼女が言っていた通り、厄介な子だなぁ……』

 

 

 こちらの仕事を手伝ってもらっている狙撃手の少女。その彼女から予め聞いていたとはいえ、思っていたより戦いというものを解かっている少女には只呆れるばかり。

 

 

 『さて…キミはどうするのかな? 横島君』

 

 

 期待を感じる。

 そして好奇心も。

 

 彼がどう出るか、そしてどう戦うのか。

 異世界で培った技を見せてくれるのか。

 

 対峙している少女同様、彼もまた青年の実力を楽しみにしているのだ。

 

 

 「もういいかな?」

 

 

 ス…と手を上にやり、そう口に出す。

 

 

 「あい♪」

 

 「うう…し、しゃーないなぁ……」

 

 

 二人の返事も対照的。

 

 ノリノリな少女と、何だか肩を落とした青年。

 

 それでも期待感は下がらない。

 

 何故なら、あれだけの気が抜けるやり取りをした後なのに青年に隙が無かったからだ。

 

 

 「それじゃあ…始め!!!」

 

 

 手を振り下ろすと同時に放たれた元担任教師の言葉に少女が動いた。

 

 同時に青年も。

 

 だが、青年が動きを行動に転ずるその直前、

 

 

 「忍…っ」

 

 

 少女の中で組み上げていた術が開放され、実体を持った分身が出現すると、

 

 

 「は、反則じゃ——っ!!」

 

 

 流石に彼は泣いて大後悔したという。

 

 

 

 —— What's done cannot be undone...

 後悔先に立たず。

 

 

 やっぱ昔の人は偉かったんや…。

 

 デートというエサに喰らい付いて死線に飛び込んだおバカさんは、意味も無く英語で諺を思い浮かべ、その意味を噛み締めさせられていた。

 

 

 

 

 

 

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                ■二時間目:キセキの価値は?(後)

 

 

 

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 直線的な攻撃と、しなやかな攻撃。どちらが有利かというとこれは実は難しかったりする。

 

 確かに勝負事となれば直線的な攻撃はしなやかさに負ける事は多い。

 

 格闘戦ともなればそれは如実に現れてくる。

 如何に破壊力があろうとも、踏み込まれて避けられたり、関節技の様なものを喰らう事すらあるのだから、巻き取られれば一巻の終わりなのだ。

 

 尤も、

 

 

 

 「あんぎゃーっ!!」

 

 

 

 存外の速さを持っていれば直線的な攻撃は破壊力がある分、何の問題もなかったりする。

 

 ごっつしょーもない理由で何度も死線を渡り、その果てに会得した勘だけでの超絶回避。

 その神技は二十代どころか十代の後半にはほぼ完成形を迎えている。

 

 それが無ければ一秒も待たずに意識は刈り取られていたであろう。

 

 

 まぁ、見た目は異様に見苦しいが……

 

 

 風を切る音すらなく無音で迫り来る氣弾。

 その軌道に背骨をへし折るように身を伏せて避ける様は正に妖怪変化。幾分控え目な言い方をしてもゴキブリだ。

 

 だけどそれでも完全回避ができるのは感嘆の溜息が零れそう。

 

 尤も、息を吐く間もないのだけど。

 

 

 「うわっ?!」

 

 

 一撃を避けた地点。

 避けられる事を前提として放たれた訳でもないのに、恐るべき直進速度でその避けた地点に、ドドドッと三方向から同時に放たれた氣の塊が集中する。

 

 

 「のわーっ!!」

 

 

 だが、信じ難い事にそれでも彼は回避していた。

 

 直前の氣の塊をゴキブリの様に這いつくばって避けたまでは良かったが、避けた場所に襲い掛かってくる三つの氣には涙がチョチョ切れる。

 とはいえ、この程度を避けられねば彼の名が廃るというもの。

 

 バネ仕掛けの人形のように跳ね起きて一発目を避け、そのまま海老反って二発目を回避。芋虫ゴーロゴロと転がって三発目すら完璧に避け切って見せた。

 

 

 「おおっ♪」

 

 

 語尾の音符をハートマークに変えても良い程嬉しそうな声で、四体に分身した楓が追撃に入る。

 

 

 「おお…ぢゃねー!! ちったぁ手ぇ抜いてくれーっ!!」

 

 

 はっきり言って見るに耐えない程の無様さであるが、彼の回避技能は正に神の領域。本物であった。

 

 

 「はっはっはっ…そんな失礼な事は出来ないでござるよ」

 「貴殿の実力…かなり見誤っていたようでござる」

 「まさか掠りもしないとは思わなかったでござるよ」

 

 

 それぞれが適当に喋る様は滑稽であるが、それ故に恐ろしい。

 

 

 「ニンニン♪」

 

 

 ビンッ…と弦を弾く様な音を立て、楓女の右手の指の間に挟んでいたクナイが青年の顔面に襲い掛かってくる。

 

 

 「ちょ、まっ!!」

 

 

 完殺の気すら感じられる投擲であるが、実はこれフェイント。

 本命はそれより僅かに遅れて分身らが投げた黒い釘にも似た棒手裏剣だ。三方から同時に投擲されたそれは、クナイを回避すると思われた位置を予測して投げられている。ぶっちゃけて言うまでもないが“やりすぎ”だ。

 

 避ければ死んじゃうし、避けないと死んじゃう。

 どっちにしたって死ぬやんけ!! 死んじゃう死んじゃう死んじゃう自摸(ヅモ)ーっっ等とおバカなセリフ叫ぶより先にどちらか…いやクナイが間違いなく先か…が突き刺さるだろう。

 

 ただ楓は横島が黙ってそれを受けるとは微塵も思っていない。

 ある意味究極に近い信頼である。

 

 無論、彼女の高い信頼を受けている横島もウケを狙って当たってやる義理もない。

 しかし、只黙って回避しないところが彼の良いところ(?)だ。

 

 まずクナイを後ろに飛んで避ける。

 だがそうすると頭部目掛けて真横から飛んで来る棒手裏剣に対応できない。ハズだ。普通なら。

 

 何せこの男、元より生き汚い事では元上司に匹敵する。

 つまり、助かる為にはどのような理不尽な事だってして見せるのだ。

 

 つまり……

 

 

 がちんっ!! と響く金属音。

 何と彼、棒手裏剣を歯で噛んで止めたのである。

 

 無論、毒なんかが塗られていたら堪らないので直に顔を振って飛ばし、ついでに唾もまとめて吐いておく。

 もし付いていたとしても即効性のものでない限りはマシだろう。まぁ、万が一の場合でも解毒が出来ないわけでもないし。

 

 

 「お〜♪」

 

 

 思わず拍手でもって感心する楓。いや、楓の一体。

 無論、それで攻撃の手も止まる訳がない。幸い少女は数が揃っているのだし。

 

 その横島の顔面と腹部に少女二体の拳と膝が迫る。

 

 

 「ふがーっ!!」

 

 

 頚椎の仕組みを医師が本気で悩んでしまうであろうほど彼は首を真横に倒して一撃目を避け、まるで器械体操の選手のように腰を跳ね上げ前転しつつ腹部を狙う膝を避けた。

 

 と、それだけでは終わらない。

 

 何を思ったか、着地した瞬間にはロケット花火宜しく跳ね飛んで一気に距離を開けた。

 直後、彼が居た地点に氣の塊が直撃し、固い敷石が粉々となる。

 

 

 「し、死んでまうわーっ!!」

 

 

 涙眼…というより、完全に泣き顔でそう喚きつつも、着地した瞬間にはコンニャクの様に身を捩った。

 丁度彼の腰があった辺りを拳がすり抜け、何時の間に距離を詰めていたのか、楓の一体が感心した顔を彼に向けているではないか。

 

 

 「何と何と…これでも掠りもしないでござるか」

 「ちょっと悔しいでござるが」

 「実戦経験の差でござろうか?」

 「拙者より実戦を知る者と手合わせをするのは思っていた以上に楽しいものでござるな」

 

 

 悩んでいたり、何か悔しがっていたり、首を捻っていたり、喜んでいたり……

 何ともバラエティに富んだ分身もあったものである。

 

 彼の知る分身の術ではなく、実体を持った分身のようで、踏み込まれると確かな存在感すら伝わってくる。

 まぁ、感心するより前にどないかして欲しいというのが正直なトコロで、軽い手合わせというよりは殺し合いじみてきた事は勘弁して欲しい。

 

 

 「ちょ、ちょっ、まっ!! 幾らなんでも当たったらマジで死んでまうわぁっ!!!!

  オマエも“アイツ”と同類かぁーっ??!!」

 

 

 “前の世界”にはバトルジャンキーというか、バトルモンガーな自称ライバルがいた。

 流石にあんなキ(ピ——ッッ)はいないだろうと思っていたのに、何とこっちでは女の子方がアレと同じモンを持ってやがる。

 

 しかし、彼がおもっきり泣き叫んで嫌がっても、

 

 

 「アイツとやらがどなたかは存ぜぬが…」

 「当たらなければどうという事は無いでござるよ?」

 

 「オレはどっかのNTか?!

  それとも『見えるっ!!』とかほざいて全部避けぇとでも言うんか?!」

 

 「実際、拙者の攻撃の全てを見切っているでござる」

 

 

 と言い返されてしまう。

 

 彼女の喋り方というか、口調は彼が良く知る自称弟子の人狼少女であるが、頭の回転や速度やら口の廻り様やらはあの少女など問題にならない。

 頭の回りが良いバトルモンガーなぞ性質が悪いにも程がある。

 

 その喋り方に騙くらかされてしまって実力を見誤っていた横島のダメージは大きい。自業自得ではあるが。

 

 

 「それに……」

 

 

 尤も、彼女からしてみれば彼に本気を出してもらいたいという想いの意味があるのだ。

 

 

 「何故先程から拙者に…」

 

 

 キラリと少女の細い眼が、針の様に光った。

 

 

 「拙者の“本体”にだけ話し掛けてるでござる?」

 

 

 そう…

 横島は、この殺合を嫌がるのも否定するのも、そして文句を言うのも、全て分身の術を行使した本体…四体の分身に紛れている“五人目”である“本体”にのみ行っていたのである。

 

 

 「へ? あ、いや、その…分身は所詮分身だし……」

 

 

 うわ、ヤッベ!! 何かマズい事した?! と焦ってももう遅い。

 

 元より“向こう”では口は災いの元という言葉を体現していた彼である。気付いていないのは彼らしいという気がしないでもないが、それ故に罪深い。

 

 いや、ウツケ者と言った方が良いのか?

 

 兎も角、今のその言動がこれから起こる事への道を決定付ける“トドメ”となっていたりする。

 

 

 「ほぅ…拙者の分身の密度は本体並にしていたはずでござるが…?」

 

 「え、え〜と……

  い、いくら密度を上げても、存在感持ってても楓ちゃんの“霊気”は本体しか無い訳で……」

 

 

 要するに、分身は“存在”しているというだけで“生きている”訳ではない。

 彼は生きている波動を持つ本体にだけ話掛けていた…という事なのだ。

 

 

 「ほほぅ……つまり、拙者はまだまだ見誤っていたという事でござるな……」

 

 

 楓の気配が、変わった。

 いや、更に氣が高まった。

 

 

 「あ、あっれぇ〜〜??」

 

 

 冷や汗垂らして焦ってももう遅い。

 

 確かに少女は彼の力が見たくて何時の間にか熱くなり過ぎていたのだろう、ほんの少しだけ本気を出していた。

 

 これは手合わせであり、お互いの力量をお互いで戦って量るという学園長らの目論見を理解していたからこそ、そのついでにと話に乗ったのである。

 確かにこの青年に好意の様なものを持ってしまったのも事実であるし、異世界の技とやらも実際に体験してしまいたいという好奇心の方が強かった事も事実だ。

 だが、楓は横島の戦闘レベル…その実力の程にはかなり疑問をもっていたのである。

 

 まぁ確かに、隙だらけであるし、ナンパというか性犯罪レベルで美女に飛び掛って行っては撃墜されてゆく様を見て実力者とは思うまい。

 良くても人外の生命力と耐久力を持つ“盾役”くらいだろう。

 

 正直に言えば、楓もそんなものだと思っていたいた節がある。

 

 が、いざ蓋を開けてみればどうだろう。

 横島は意外に…いや、想像していたより遥かに高い能力を有している。

 

 防御されるのなら解からないでもない。

 迎撃されるのならまだ納得できよう。

 

 彼は何とひたすら避けに避けて避け続けているのだ。

 

 少し本気になり、瞬動まで使って攻撃を仕掛けても避けられ、分身の術まで織り交ぜて攻撃しても避けまくられて掠りもしないのだ。これには驚く他なかろう。

 

 それだけならまだしも、彼は本体にずっと文句を言い続けている。

 分身を行使し、位置や気配まで入れ替え続けている彼女の本体に対してだ。

 

 

 「……間違いは改めるべきでござるな……

  お詫びと言っては何でござるが……拙者、本気でいかせてもらうでござるよ」

 

 

 楓の声音の——重量が増した

 

 

 「い、いや、いやいやいやいやいやいや!! それ!! ちょっとタンマ!!」

 

 

 ぶわっと風圧すら感じられるほど波動が広がり、少女の気配が膨らみ、ぶれ、

 

 その身が何と十六体に分かれた。

 

 

 「ぶふぅうう——っっっ??!!!」

 

 

 あまりの現象に横島は噴霧してしまう。

 

 確かに同じ顔であり、微妙にストライクゾーンを外している年齢とはいえ、美少女が十六人もいれば彼からいえばラッキー現象だ。

 

 だが、それが全員襲い掛かって来るとしたら話は別だったりする。

 

 

 「いーやーっ!!

  どーせやったら、二,三年後のベッドの上でやってぇーっ!!」

 

 

 テンパった所為だろう、途轍もない問題ゼリフをぶちかまして身を捩って嫌がる横島。何だかカマっぽくてちょっとキモい。

 

 対する少女“ら”はそんな彼を目にしても、『ずいぶんと余裕があるでござるな』と気にもしていないが。

 

 

 

 「「「「「「「「「「「「「「「「行くでござるよ」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 「らめぇっ!! 別のトコ逝っちゃうっ!!!」

 

 

 

 アホゼリフをぶちかますもやはり不発。

 十六人の楓が地を蹴り、彼を中心にして同時に攻撃し始めた。

 

 確かに十六人…本体を外せば十五人…に分身すればその密度はかなり下がる。

 だが、それは密度が下がったというだけで統合攻撃力が下がった訳ではないのだ。

 

 本体が彼に触れればルール上彼女の負けが決定する。よってメインに攻撃を仕掛けられるのは分身体のみ。

 しかし彼女はそんなルールすら忘れているかのよう。

 

 それに、四分身の場合でも本体がばれていた以上、分身の密度を計算に入れるのは間違いだ。

 だから少女は統合攻撃力のみに重点を置き、青年を攻撃する事にしたのだ。

 

 

 「こ、これは…」

 

 「拙いっ!!」

 

 

 流石に見物を決め込んでいた近衛と、少女の元担任だった高畑も彼女の本気には焦りを見せた。

 

 いや、異常なまでの回避能力と、彼らすら見破れなかった分身の術をあっさり見破った横島に呆気にとられていた事が隙を生んでいたのだろう、待ったを掛けるタイミングを完全に外してしまっていたのである。

 

 下手をすると手加減の見誤りをしている可能性だってある。

 このままでは青年の命が危ないと感じたか、その高畑が少女と同じ体捌きである瞬動術を行使し、間に入ろうとした正にその瞬間、

 

 

 

 「サイキック猫だましっ(強)!!」

 

 

 

 横島が自分の頭の上で拍掌した瞬間、パァアアアンっ!!!と、甲高い音が響き渡り光と音の衝撃波が周囲を襲った。

 

 

 「?!」

 

 「「「「「「「「「「「「「「「「!!」」」」」」」」」」」」」」」」

 

 

 高畑の足と、楓“ら”の動きが一瞬停止する。

 

 無論、攻撃を仕掛けていた途中の手が完全に停止する訳も無いし、横島もそんな事に期待など殆どしていない。

 

 単に隙が生まれれば良いだけ。

 攻撃が当たる前に僅かに移動できれば良いだけなのだ。

 

 

 「「「く…っ」」」

 「「「「ぬ…」」」」

 

 

 それだけで、同時という瞬間に“ズレ”が生じるのだから。

 

 

 

 「こ」

 

 

 

 迫り来る氣の塊。頭部を襲う氣が乗った拳を右手に出した六角形の壁によって連続で受け止め、

 

 

 

 「ろ」

 

 

 

 死角から襲い掛かる少女らの蹴りを、何時の間にか左手にも出していた壁でやはり順に受け、

 

 

 

 「す」

 

 

 

 背後より迫っていた氣の塊を、身体が向くより先に手が動いて霊気の盾で跳ね飛ばし、

 

 

 

 「気…」

 

 

 ビュッ…と、上半身を三方向から貫かんと襲い来る氣が篭ったクナイを融け崩れるように身を伏せて回避し、

 

 

 

 「か ぁ あ あ ——— っ ? ? ! ! !」

 

 

 

 涙を振り撒きつつ、分身の背後から襲い掛かってくる楓の本体に対し、地を這うように間合いを詰めて氣弾ごとその腕を掴み止めた。

 

 

 

 「な……っ??!!」

 

 

 

 驚きの声を出したのは少女か元担任の教師か。

 

 えっぐえっぐと泣いて抗議している横島の顔は間抜けさ全開であるが、その技術というか技には感嘆の声しか漏らせない。

 それほどまでに見事なものだったのである。

 

 呆然とする楓は兎も角、少なくと彼女よりかは理不尽な人生経験を積んでいる元担任は当然の如く先に再起動を果たし、腕時計に眼をやった。

 

 勝負を始めた時より八分弱。

 自分が呆れ返っていた間がどれくらいか解からないが、どちらにしても制限時間内である。

 

 暴走した彼女に対するものか、これから先の事に対する不安なのかは定かでは無いが、彼は深く溜息を吐いて、

 

 

 「それまで…横島君の勝ちだよ」

 

 

 と、終了を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一応…というか、文句無くというか、横島の腕試しは合格点だった。

 逆に楓の方が減点されていたりする。

 言うまでもなく熱くなり過ぎた事に対するお小言であるが、彼女自身やり過ぎた事を自覚していた為、かなりしゅんとして落ち込んでいたのだが、

 

 

 「ま、まぁまぁ…」

 

 

 と殺されかかったハズの横島の方が近衛と高畑をあやすものだからそのお小言も長続きしない。

 

 尤も彼にしてみれば、

 

 

 『どーせ死なないからと高括って盾に使われたり、

  オレが隠れ潜んでいるボストンバッグに鎖を巻き付けて崖から海に蹴り落したり、

  錨に掴まらせて水深80mくらいのトコに素潜りさせられたワケじゃないからいいっス』

 

 

 である。

 

 流石にそれを口にしたら呆れ返られてしまったが。

 

 ほぼ毎回が死ぬかくたばるかの仕事であったし、何より弟子に無理矢理連れて行かされる散歩で死にかけてしまえるほどデンジャラスなトコに住んでいたのだ。

 今さっきの楓の攻撃なんぞ、彼からしてみれば一,二分も文句を言えばスッキリしてしまう程度だ。その程度の憤りを一日以上持っていては“あの”職場に二日と勤められなかったであろう。

 

 死に掛けた事より楓が落ち込んでいる方を見るのが辛いのだから呆れたフェミニストっぷりである。

 

 

 「ま、これを教訓にしてくれたらいいよ。

  それよりオレとしては約束守ってくれる方が嬉しいナー」

 

 

 何ともお優しい事だ。

 

 三人はその懐の大きさ(というか馬鹿さ加減)に感心していたりする。

 まぁ、嘘偽り無い彼の本音である事に間違いは無いのだが。

 

 ともあれ、楓の実力も理解してもらえた事であるし、明晩から二人は“仮免”ではあるが“裏”の仕事に関わる事となった。

 

 

 

 

 

 

             *****     *****     *****

 

 

 

 

 

 

 

 「どう見る? タカミチ君」

 

 「そうですね……」

 

 

 二人の手合わせ見物の帰り道、

 ゆっくりと斜めになってゆく陽光に眼を細めつつ学校へと戻って行く近衛と高畑。

 

 落ち込んでいる楓と、必死になって慰める横島という取り合わせをもうちょっと見ていたかったよーな気がしないでもないが、明日という日に備えなければならない二人は暇人では無い為、二人に明日の仕事場を伝え、横島に連絡用の携帯電話を渡してから別れを告げて学校の仕事へと戻って行く。

 

 男二人というのも華は無いが、今の心境からいえば乙なものである。

 何というか…期待を外さず良いものが見れた…という想いを分かち合っているといったところだろう。

 

 感嘆と満足の間のような表情を見せつつ、何となく近衛は横を歩く男につい今し方の意見を求めてみた。

 

 

 「本気…というか、実力は見せてもらってないという気がしますね。

  楓君の実力は聞き及んでおりますが、実際に見て驚きました。それでも……」

 

 「……彼の本気には届いておらなんだ…か……」

 

 「飽く迄も自分の“勘”ですけどね……」

 

 

 確かに見苦しいほど喚きまくってはいたのであるが、横島は理不尽レベルの攻撃自体には驚愕してはいなかった。

 攻撃される事に対する慌てっぷりを披露しただけ。攻撃方法にはそれほどは慌てふためいていたりしていないように見えた。そしてそれは、彼がああいった摩訶不思議な攻撃を見知っている証拠でもある。

 

 

 「いやはや……確かに楓君の体術は聞いていた以上のものじゃったが、横島君のは……」

 

 「確か、サイキックソーサー…でしたか?

  楓君のあの巨大な氣を受けてなおそれを弾き飛ばし、揺るぎもしていないとは…」

 

 「ふぅむ…」

 

 

 二人とも、既に楓を保証する人物…というか、よく仕事を頼んでいる少女から彼女の実力を聞かせてもらっている。

 まぁ、ぶっちゃけて言えば、楓の同級生である龍宮真名であるが。

 

 

 −普通に行動しているのに隙らしい隙を見つけられないし、本気で戦ってもどちらが勝つか解からない−

 

 

 幼い時から世界中の戦地を飛び回っていた真名が誇張無しに楓の事をそう述べていたのだ。これは贔屓無しに本物だろう。

 

 だが、そう評価されていた彼女の攻撃が横島には完全にいなされていたのだ。

 彼女が不甲斐無い訳では無く、横島が更に非常識である事は口に出すまでもない。

 

 あの場に来ておらず、魔法の眼で持ってずっと“対決”を見つめていた学園の魔法関係者らも、横島の馬鹿げた回避能力とサイキックソーサーという霊能力の事を論じ合っている。

 

 異世界の技…

 それだけでは納得し難いような能力だったのである。

 

 

 

 “だからこそ”の仮免。

 

 

 人となりを知らねば保安の一端を託せない。

 無論、あんな目にあっても楓に対して手を上げなかった事もあって、殆ど信頼してはいるが確証を掴んでいる訳ではない。

 だからこそ(、、、、、)、誰よりも彼の為に確証を掴む為、本格的な争いではない明晩の守りの一つを任せる事にしてみたのである。

 

 

 「フォフォ…しかし…」

 

 「え…?」

 

 

 高畑から視線を戻し、通りの向こうに見える学び舎を見つめている近衛の顔は、自分と同様、喜劇を見た後のように笑み崩れていた。

 

 

 「あの時の横島君の焦り具合…そこらの喜劇よか笑えたぞい」

 

 「ははは…人が悪いですよ? まぁ、否定はできませんがね」

 

 

 苦笑しつつも同意する高畑の笑みを肩で受けて更に笑う近衛。

 

 二人とも実際には既に彼を信じている。

 信じているからこそ、これからの事を任せる気になっているのだから、確証を掴んでやりたくなっているのだ。

 

 だが、別の想いも確かにあった。

 

 近衛にとって大切な孫娘、

 高畑にとって大切な思い出の知人の息子、そして師より託された“姫”……

 

 子供達の未来の為にも、何故かは解からないが彼の力が必要でもあると感じていたのもまた事実なのである。

 

 

 

 

 

             *****    *****     *****

 

 

 

 

 

 楓を良く知るもの…例えば同級生、強いて言えば龍宮真名などが今の彼女を目にすればどう思ったであろう?

 

 それほどまでに彼女は落ち込んでいた。

 

 

 「いやー このチョコバナナおいしいなー

  タラコがトッピングされてるトコが何とも言えないなー」

 

 

 ヤケクソな行動でテンションを上げようとしている横の青年…ぶっちゃけ、横島が必死こいているのだが、それでも殆ど回復してくれていない。

 

 

 「スゲーぞぉ、シュークリームの中からドリアンがぁー」

 「アイスに黒蜜が掛かってるのかと思ったらサルミアッキだぁー」

 「ぎゃっふーんっ!! 普通のコーヒーかと思ったらイモリの煮汁だったー」

 

 

 内心かなり涙を噴き噴きしつつ、一人でウケを狙って大騒ぎ。

 自分の恥なんかより、美少女の落ち込みを消す方が大事である彼らしい事と言えよう。

 

 

 まぁ、ここがオープンカェでなければもっと良かったのだけど……

 

 

 タラコトッピングのネタ辺りで他の客の眉が顰められ、

 ドリアンシューの辺りでロコツに嫌な顔をされ、

 サルミアッキ汁のところで食器から手を離し、

 煮汁ネタで席を立つ者が出た。

 

 はっきり言って、完璧且つ徹底的に営業妨害だ。

 

 それでも彼は必死に少女の機嫌をとろうと頑張っている。

 

 その行為、涙ぐましい上に漢らしい。

 ある意味素晴らしい自己犠牲と言えなくもない。デリカシーに欠けるどころか、デリカシーが“無い”という点に気付ければ…の話であるが。

 

 何故にそんなにも楓が落ち込んでいるのかというと、先に行われた手合わせの件である。

 

 確かに横島の底を知る事はできなかったものの、自分と彼の力量を関係者に見せる事が出来ていたので大成功と言えなくもない。

 だがあの時、楓は間違いなく冷静さを欠いてしまっていた。

 

 

 それはあってはならぬ事。

 普段の彼女であれば絶対に犯さない愚行。

 

 

 奥義…とまでいかないものの、必殺の大技ではあった十六分身の一斉攻撃。一歩間違えていれば横島の命を刈り取っていたのだから。

 

 如何なる強敵を相手にしようと、如何なる手傷を負おうと、例え自分の命が失われてしまう直前であろうと、冷静さを欠く事等あってはならない愚挙であり愚行なのだ。

 

 自分の未熟さ、愚かさ、そして殺意に似た闘気を横島に向けてしまった事。

 その事実が楓の心を責めていたのである。

 

 まぁ、横島からしてみれば美女美少女から殺気を向けられる事等慣れ切った事象であり、何時もの事。

 楓が気にするレベルでは決してない。

 つーか、その程度の殺気で殺せるならば十代であの世に行って蛍の化身とヨロシクやっている事だろう。

 

 だから今、彼は必死こいて道化になっているのだから。

 

 横島にオープンカフェに連れ込まれ、下ネタ寸前のさぶいギャグまでしてもらって機嫌をとられている楓であったが、横島の滑りまくっているギャグよりも心の中が冷えていた。

 

 

 「 く ぁ え ど ぇ ち ょ わ ぁ あ あ ん ! ! 」

 

 

 彼の泣き声も良く聞えない程に。

 

 

 三十分もそんな行動をとっていれば流石にキレたのだろう。

 とってもマッスルな店長が額に#な形の血管を浮かべて登場し、おもいっきり叩き出してくださった。

 

 その際、横島のケツだけにケリが入ったのも何時もの事だ。

 

 

 周囲に(乾いた)笑いは取れたものの、肝心の少女の機嫌が直っていない。

 ならここは一発、楓ちゃんのカラダで責任とってもらおーかなー!! 等とぶちかましても良いのだが、自分のジャスティスが揺らいでしまう上、

 

 

 −もし、仮に、なんかの間違いで、楓ちゃんに『それで許してもらえるならば…』なんて言われちゃったら……−

 

 

 十代の頃なら兎も角、煩悩霊力のエロ魔人ではあってもラヴでなければ虚しいだけである事を理解している今の横島だ。責任を取る為だけの身体を提供されたって嬉しくも何ともない。

 手を出したら出したで大問題であるが、それより何より後で後悔の渦の中身悶えして苦しむ事は目に見えているのだから。

 

 まぁ、ぶっちゃけて言えば単なる取り越し苦労である。

 

 楓がそんな事は言わない……と思うし、

 何よりもあれだけ沈み込んでいた楓の機嫌は、店を出る頃にはとっくに直っていたのだ。

 

 

 『完敗…でござるなぁ……』

 

 

 何しろ彼女は“プロ”である真名から強敵と目されている少女である。

 そんな少女が何時までもウジウジと落ち込んでいる筈もないのだ。

 

 悔しくない…と言えば嘘になるが、それでもかなりスッキリとした気分で道を歩いていた。

 

 言うまでもなくも今落ち込んでいる表情は単なる演技だ。 

 何だかテンパって色々と言って来る横島の行動が面白く、楽しく、深夜ラジオでも聞いているかのように、ややハイとなっている彼女にはとても笑えるので聞き続けているだけである。

 

 

 必死こいて機嫌を取ろうとしてくれている彼——横島忠夫。

 

 

 なんとも気が抜ける悲鳴を上げつつも全ての攻撃を紙一重で回避し、攻撃の合間合間に“本体”の間合いに潜り込んで来る。

 それはなんと言うか、本能から来る動きらしく天衣無縫で全く読めず、それでいてちゃんとフェイントが入っているのだから始末が悪い。

 彼自身は無自覚であろうが、こちらの攻撃の間もかなり狂わされていた。

 

 相手を自分のペースに引き込み、調子を狂わせて体力と気力を削いでゆく。

 それが彼の戦い方なのかもしれないが、どーも今一つシャッキリと理解できていない。

 

 何も攻撃に入っていないのだから。

 

 今回見る事ができた彼の“力”——

 ハンズ・オブ・グローリー…彼が“栄光の手”と呼んでいるあの攻撃(?)手段ではなく、今回使ったのはサイキックソーサーとかいう氣の盾と、サイキック猫だましというスタングレネードの様な技だけである。

 

 このサイキックソーサーとかいう氣の盾。

 これがまた異様に頑丈で、自分が凝縮して放った氣の塊を弾き返したばかりか、衝撃すら与えられていないときている。

 

 

 『いや、ものごっつ強かったけど、如意棒に比べたら…』

 

 

 という彼のセリフは全力でスルー。

 高畑や近衛と共に聞こえてないフリをしていた。

 

 

 そしてサイキック猫だまし…

 

 両の掌に“霊気”を集め、拍掌によって衝撃波を放つというシャレにならない技である。

 

 何せ閃光と衝撃によって一時的に相手の動きを止められる上、手を叩くだけなので動作も速い。

 

 いや、真名の様な魔眼持ちならば、下手をするとその霊的な閃光をまともに()てしまって無力化されかねない。

 

 ひょっとすると彼は気付いていないのかもしれないが、氣を視る能力が高ければ高いほど光を強く見てしまうだろうし、初見で至近距離から喰らったらまず防ぎ様はあるまい。

 

 厄介極まりない能力であるのだが、今回の彼は隙を窺う手段にしか用いていない。

 

 だが、その所為で(いや、その“お陰”か?)彼女は横島の中に存在するモノに気付いてしまった。

 

 

 −強迫観念にも似た女性に対する非暴力−

 

 

 彼の言っていたように、周囲から力づくで学ばされたという理由以外の“何か”。

 何せ彼は楓の分身だと解かっているのに、その分身にすら攻撃を仕掛けていないのである。

 

 だからこそ楓はそれに気付いた。

 

 それは彼自身が持つ単なる優しさとは別の何か。

 

 どれだけ間近を美女が歩いていようとそれに気付きもせず、落ち込んでいる自分を慰める事に必死になっている彼の優しさ。

 その奥に隠れている……いや? “隠してある”だろう。それに気付いてしまったのだ。

 

 大抵の者が“甘過ぎる”と判断を下してしまうだろうが、間近で彼の眼を見た時、その瞳色の中には甘さより影の意味合いを感じられたのである。

 

 

 楓は演技をしたまま顔を上げ、自分の周りで何だか奇怪なパフォーマンスをかまして機嫌をとろうとしている横島を見た。

 

 自分を見てくれた事に心底ホッとした彼の顔には打算の気配は微塵もない。

 

 

 

 しかし、やはり自分より痛みを感じている様に見えてしまうのは何故だろう?

 

 

 

 「あ、あの……楓ちゃん?」

 

 

 恐る恐るといった態で話しかけてくる横島。

 

 二十代の心を持つ彼なのに、接し方はヘタクソな十代の若僧のそれだ。

 

 だが、だからこそ、

 だからこそ楓は信頼もしているのだ。

 

 

 『この御仁は……本当に人が良いのでござるなぁ……』

 

 

 人生二十七年。人にモテた経験は無いと涙しつつ豪語してしまう彼。

 だが、これだけ好ましい人間がモテない筈がない。

 

 もしそうじゃないとすれば、周囲に居たのは人を見る目の無い人間ばかりなのだろう。

 

 実際、友人の名を上げさせてみればかなりの数が出てくるのだ。これは人間的に好かれている事を示している。

 

 ……何だか負けた拙者の方が勝者の横島殿を弁護してばかりでござるなぁ……

 

 そう思うと演技の顔を突き破って笑顔が浮かんできた。

 

 嘘偽り無い、好意的な笑顔が。

 

 

 「うぐぅ…」

 

 

 そのきれいな笑顔に胸を押さえる横島。

 

 恐らく胸にズギュゥウウンとキたのだろう。

 

 自分の中のジャスティス(ロリ否定)を奮い立たせて何とか萌えから逃げようと努力を続けるが上手くいかない。

 

 

 『Noo!! I'm Nomal!!』

 

 

 等と必死に神に訴える様はアホの見本。

 まぁ、本人には切実であるが。

 

 そんな彼の内面の葛藤を知ってか知らずか、楓は笑みを浮かべて蹲って論理防御を固めてゆく横島に手を差し延べた。

 

 

 「さ、何をしているでござる? 時間が勿体無いでござるよ。

  横島殿はゲームの勝者故、賞品があるでござる」

 

 「!!」

 

 

 正に天の声だった。

 

 彼女から贈られた救いの手に、聖女の御手とばかりにしがみ付いて必死こいて感謝する。

 

 

 「そーだった!! それがあった!!

  ありがとう楓ちゃん!! さー行こう!! 直行こう!!」

 

 「あはは…現金でござるなぁ…」

 

 「そーじゃないとオレのジャスティスが崩壊してまうんじゃ!!

  楓ちゃんもあんまオレに隙を見せんといてや? でないとオレ……」

 

 

 何だか尻すぼみになって行く横島の言葉。

 どうやら相当追い詰められていたようである。

 

 まぁ、幾ら年齢的には女子中学生でも、外見は超高校生クラス。自己保全のブレーキが狂いかかってもしょうがないかもしれない。

 

 

 「ほほぅ…拙者の魅力に参ってしまうと?」

 

 「あ、うん……って、違うんや——っ!!!」

 

 

 又も上がった横島の自己保全の叫び。

 

 楓は今度こそ本当の笑顔でもって、『違うんやぁ…違うんやぁ…』と呟いている横島を引き摺って歩いていった。

 

 自分の機嫌が良い理由が、横島に見惚れられたと言う事に無自覚のまま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 −おまけ−

 

 

 夕食…つまりディナーの席をレストランに設け、楓は横島の為に女性を招いていた。

 

 元より楓は約束を破る事が大嫌いであるし、横島との約束はよほどの事が無い限り守りたいと思っている。

 

 話をつけてくるから後で…と楓は一旦寮に戻り黒が基調のシックな物に。横島もその間にカジュアルな物を買い揃え着替えを済ませており、傍目にはこの二人が夜のデートを始める様にも見えてしまう。やや不釣合いなのは否めないが。

 

 

 「ところでその女の子って可愛いの?」

 

 「無論でござるよ。少なくとも拙者よりはずっと可愛いでござる」

 

 「……それ、人類?

  正直言って楓ちゃんより可愛い子って想像できんのだが……」

 

 「……」

 

 

 こ、この御仁はどうしてこうもストレートに……

 

 

 真顔で褒めてくるものだから楓とて反応しきれない。

 精々、顔が火照るのを誤魔化す事くらいだ。

 

 彼の褒め言葉には世辞を感じられないのだから始末が悪い。

 

 つまり彼は楓の事を本気で可愛いと思っているのだろう。

 

 それに気付いてしまい、尚更必死になって顔色が変わるのを誤魔化しだす。

 

 夕暮れの雰囲気と、今日の見せってもらった彼の実力の一端との相乗効果だ。うんそうに違いない。 

 そんな誤魔化しが浮かぶ時点でアウトっぽいのだが。

 

 

 「と、兎に角、もう来るでござるよ」

 

 「え? あ、あぁ……」

 

 

 何で声が裏返ってるんだ? と首を傾げつつやはり紹介してくれる女の子の事を考えてそわそわと貧乏ゆすりなどしてしまう横島。

 まぁ、仕方あるまい。彼なのだし。

 

 何だか黙ってしまった楓に気不味くなったのか、何気なく窓の外に眼をやると、流石は超巨大学園都市、こんな時間でも子供が出歩いている。

 小学生くらいだろうか。何だか可愛い二人連れの女の子だ。

 ロリでは無いというジャスティスはあるものの、子供嫌いでは無い横島は犯罪に巻き込まれたりしないだろうかとちょっとだけ心配してたりする。

 

 と……

 

 カランコロンとドアベルを鳴らし、その二人がこのレストランに入ってきたではないか。

 ここに用があんのか? と何気なく目で追ってゆくと、

 

 

 「あぁ、いたいた」

 「楓姉〜♪」

 

 

 その二人が楓を見つけて駆け寄って来た。

 

 

 「お、来たでござるな」

 

 

 嫌な予感がする横島を他所に、何故だかホッとした顔で二人を呼んで自分らの席…横島と自分の席の左右の椅子に分けて座らせる楓。

 その二人が鼻歌を歌いつつメニューを広げ始めた時、楓は悪戯が成功した時の子供の笑顔で、

 

 

 「約束通り、拙者の“同級生のお姉ちゃん”を紹介するでござるよ。

  ルームメイトの鳴滝姉妹の姉、鳴滝風香でござる」

 

 

 と、髪を左右に纏めているだけの少女を横島に紹介した。

 

 

 「風香です。今日はボクらにご飯奢ってくれるんだって? ありがと——♪」

 

 

 無論、姉だけを呼び出す訳にもいかないので、妹の史伽も呼んでいる。

 彼が彼女だけを返すとは塵程も思っていないからだ。

 

 きゃいきゃいとメニューを見て楽しげに料理を選び始めている姉妹を前にし、何時もの読めない顔でニンニンと呟いている楓。

 

 そんな三人の少女らを見渡してから横島は、フ…と男臭い笑みを浮かべてからヤレヤレとアメリカンジェスチャーで肩を竦め、

 

 

 

 

 

 

 直後にぶわっと男泣きをした。

 

 

 

 

 

 「それは 同 級 生 “且 つ” 姉 っ ち ゅ ー ん じ ゃ あ っ ! !

 

  ど ー せ こ ん な こ っ た ろ ー と 思 っ た よ っ ! !

 

  ド チ ク シ ョ —— っ ! ! ! 」

 

 

 

 

 

 それでもまぁ、一応は三人に夕食を奢ったのは、やっぱり横島は横島だという事であろう。

 

 

 

 

 




 ハイ、二時間目終了です。
 添削に時間かかるーっっ
 一つが二万文字近くあるから大変っス。
 例え一日に一時間目区切りづつ投稿したとしても一ヶ月はかかるヨ。
 ナンテコッタイ。

 明日も投稿するつもりです。
 全文テキスト変換しなきゃならないから結構大変。
 続きは見てのお帰りです。
 ではでは~

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