-Ruin-   作:Croissant

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中編 -壱-

 

 暗く、それでいて穏やかな空間——

 

 圧倒的な広さと、息が詰まるような閉塞感。

 それでいて気が休まるという矛盾に満ちた空間の中、

 相変わらず“それ”は居た——

 

 

 他者のその場に居てはいけない存在であり、例え何かしらのモノが居られたとしても“それ”だけは容量からしてありえない。

 例えるなら六畳間に星を閉じ込めるようなもの。

 

 何より、ここにそれが入れられる入れられない以前に、それに会う事すら夢物語。

 仮に会ったとしても、その圧倒的な存在感によって自我を保てまい。

 

 それほどの存在が“ここ”に在る——

 

 絶対にあってはならない現実がそこにはあった。

 

 

 −おや?

 

 

 ふとそれが面を上げる。

 

 珍しい何かが起こったのだろう、興味や感心の色がその眼差しにあった。

 表情にも明るさが混じり、やって来るそれを待ち望む。

 

 面白そうに、

 

 楽しそうに、

 

 嬉しそうに、

 

 それでいて、微かに悲しそうに——

 

 

 −珍しいね。

  君の方から来てもらえるとは思わなかったよ。

 

 

 「しゃーねぇだろ? キティちゃんやオレじゃ思いつかんし他に手段がない」

 

 

 −フフフ……相変わらずだね。

  自分以外の事には獰猛で貧欲過ぎる。ああ、もちろん良い意味でだよ?

 

 

 「そー聞こえねぇって……

  で? 解ってんだろ? オレが何を欲しがってんのか」

 

 

 無理もないが、手早く用件を告げる青年。

 その理由も解るし、自分しか出来ないだろうという事実も解っている。

 

 だからこそ、彼の表情も微かに曇る。

 

 彼が何かと気にかけている少年にあるそれ。

 人を巻き込む事や女性に対してのみ蠢きだす心の痛みと歪み。

 女が傷付くとより一層自分の心を傷付ける見当違いの歪み。

 傷付ける者を排斥する事に何の感慨も浮かばない冷徹さも、対象をとことんまで守ろうとする暴走具合も。

 

 その全てが一つの事柄から派生したもの。

 それを生み出せる事を起こしてしまった彼は、未だ胸が痛んでいる。 

 

 

 −まぁ、ね……

  だけど無茶をする。下手をすると廃人だよ? キミの脳が持たない。

 

 

 「“だから”オメーに話しかけてんだろーが!

  自分でやったら頭が弾けてまうわっ!!!」

 

 

 −確かにね。

  ふむ……こんなもんで良いかね?

 

 

 青年にやらせるのではなく、自分が自分の記憶からそれを引き出して図として描く。

 

 見ただけでは青年には解らないだろうが……

 

 

 ——いや、青年は見てはいけない。

 

 

 記憶とは厄介なもので、何かしらの切欠から連鎖的に噴出してきたりするもの。

 

 例え青年が知らない事柄だろうが、記録として霊的に所持してしまっているのだから、知りもしない記憶が引き摺りださてしまうかもしれない。

 

 

 そうなると“個”がただでは済まない。

 

 

 最悪、青年の肉体は跡形もなく爆散し、殻を破ったイメージが物質昇華に至り大地を覆い尽くさないとも限らないのだから。

 

 

 −一応、キミの手を動かして紙に図式を書いておいたよ。

  後はあの可愛らしい吸血鬼のお嬢さんに任せると良い。

 

  それと……

 

 「解っとるわい。

  絶対に図式を見るな……だろ?」

 

 −ああ……

 

 

 以前のようなギスギスした口調で言葉を投げつけてこない。

 

 それだけ自分が受け入れられているという事か?

 

 だとするとそれは何と嬉しい事か。そして何と悲しい事だろうか。

 

 紛い物とはいえ、自分の心を理解してもらえるのは嬉しいのだが、理解させてしまう自分が腹立たしくもある。

 

 

 「世話ンなった。

  ……じゃあな」

 

 −ああ……

 

 

 来たときと同様、別れも唐突。

 

 だが、そうじゃないと付き合えない。

 悲しいが自分達にはコレが正しい付き合いなのだ。

 それに、早く帰らせないとあの可愛らしい少女達を悲しませてしまう。

 

 今回は(、、、)——

 

 

 −フフ…ははは……

   少年、最後に手を振ってくれたね……

 

 

 背中を向けたままであり、手の甲を向けて左右に二,三振っただけ。

 それでも彼はその事がとても嬉しい。

 

 そんな微かな喜びを糧に、彼はまたまどろみに戻る。

 

 自分では何も出来ない。

 

 青年を癒せるのは、彼の痛みを理解してくれるであろうあの少女らだけなのだ。

 

 青年が彼女らを想う分、彼女らを彼を想うだろう。

 

 その想いこそが彼を救えるのだ。

 

 

 だからこそ少女らを信じて彼は瞼を閉じる。

 

 何れ迎えられるであろう虚無の時を夢見ながら——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「うおっ!? よ、横島、スゴイ鼻血だぞ!?」

 

 「や、やっぱキツイかっ……

  とにかく、こ、この……術式を円ちゃんの……」

 

 「ぴ、ぴぃ!?」

 「「「「−ああっ お義兄さまっ!」」」」

 

 「チッ この馬鹿が。脳に負担を掛け過ぎだ。こうなると解ってたな?

  だからナナを釘宮に預けていたのか……愚か者が。

 

  オイ、例の部屋にぶち込んで寝かせてこい」

 

 

 

 

 

 

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              ■二十一時間目:あくの分岐点 (中) −壱−

 

 

 

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 あんまり集中し切れなかった所為か、切り上げるのは早かった。

 いや、正確に言うと皆が気を使って早く切り上げてくれたと言った方が正しいだろう。

 学園祭が迫っている今は、部活よりも学祭での出し物等の方が主になっている。

 

 現に自分のクラスも出し物でもめまくっていたのだから。

 

 円達はチアリーディングの三人+1で組んでいるバンドで演奏をやる事になっている。

 その名は<でこぴんロケット>。

 可愛いとゆーか、ユニークとゆーか、ともかく特徴的な名前である。

 

 間近まで迫った発表の日までもうひと頑張りといったところなのであるが……どういう訳か、セッションを始める直前までは何ともなかったのに、練習を続けているうちにどんどん言いようのない不安感に見舞われていた。

 

 一度集中力を失うと、呼吸もテンポも合わなくなる。

 音も声も噛み合わなくなると、それは音楽ではなくなり単なる騒音と成り果てる。

 こうなるともはや練習どころではない。

 円の様子を見兼ねた美砂が中止を提案。

 

 申し訳ないと思いはしたが、意識は既に何時ものエヴァの家の中にある練習場に飛んでおり上の空。

 それを見てコイツもついに……といったニヤつきで三人は円を意味深な笑顔で送り出していたりする。

 兎も角、仲間達の冷やかしの声も右から左。足早に桜通りを通ってエヴァの家に向かっていた。

 

 

 『あの……大丈夫レスか?』

 

 「う、うん……」

 

 

 どこからか聞こえてくる声に、息を整えつつ無事を伝える。

 実際に体験しなければ解らなかったが、実際に彼女のサポートを受けてみれば良く解った。

 本当に、自分の持久力やらダッシュ力やらが上がっているのだから。

 

 尤も、彼女を相棒として纏った(?)のは昨日の今日。

 まだ完全に慣れた訳ではない。だからだろう、少しだけ息切れを起こしていた。

 いや、それでも妹分()のサポート力は大きく、表社会での(、、、、、)楓レベルの速さは出ていたというのに疲労は無いに等しい。単に不慣れなだけだ。

 

 何とか深呼吸等で息を整えてからノッカーを握り、コンコンと音を出して来訪を伝える。

 すると三十秒と待たさず中から返事が聞こえ、ギィ……とログハウスらしい軋む音をさせてドアが開けられた。

 

 

 「−ようこそいらっしゃいました。

  さっきぶりです。釘宮さん」

 

 「あ、う、うん」

 

 

 迎えてくれたのは裾の短いメイド服を着た級友。言うなればロボメイト。

 先ほどまで同じ教室で授業を受けていたのだから、成る程“さっきぶり”だ。

 

 しかしそんな言葉を聞くまでも無く、今の円は彼女を茶々丸だと解っていた。

 迎えてくれた彼女は、間違いなく茶々丸(、、、、、、、、)である(、、、)と。

 

 

 「あの、エヴァちゃんは?」

 

 

 しかしそんな些細な事を気にしている暇は無い。

 聞きながら彼女……円の足は既に地下室に向かっていた。

 

 

 「−マスターは既に城に入っております。

  例の物が仕上がったので、釘宮さんがいらっしゃったら直に向かわせろと……」

 

 「う、うん、解った」

 

 

 “二人して”あそこにいると解れば良い。

 

 そんな感じに円は、木の階段を飛び降りるように駆け下りて廊下を走り、連結されている大きな瓶の下で不思議な輝きを見せている魔法陣に飛び乗った。

 

 

 カチリ

 

 

 スイッチが入るような小さな音と共に切り替わる風景。

 

 入るたび、円には世界を切り替えるスイッチの音のように聞こえていた。

 

 実際、異空間なのだから——

 

 

 「−ああ、くぎみー様。お待ちしておりました」

 

 「だからくぎみーって……お待ちしてた?」

 

 

 入った途端、待ち構えていた茶々姉に一瞬面食らうも、そのお陰というか何と言うか、毒気が抜かれて落ち着きを取り戻していたりする。

 尤も、この茶々姉は何時も給仕してくれている一人。大して驚きは無い。 

 

 実は円は会うだけで茶々ズの区別が付いたりする。

 例の能力によって微妙な霊波の差異が解るようになっていたのだ。

 

 

 「−兎も角、こちらに……

  マスターがずっとお待ちです」

 

 

 そう言いながら円に白いワンピースを手渡す。

 すると円の両腕の一部がずるりとズレ動き、そのワンピースの中に流れ込んだ。

 服の中で何かがムクムクと膨れ上がり、忽ちの内に少女(幼女?)の形をとった。

 言うまでも無くナナである。

 

 

 『今日は仕事は無いけど、

  代わりに面倒くせー事やんなきゃなんないから円ちゃんと一緒にいてくれ』

 

 

 と、朝の内に横島が預けていたのだ。

 ナナの特性なのか、張り付いている間は皮膚呼吸も行えるようだし、害意のある気体ならシャットアウトできるので防弾チョッキよか信頼できる。

 それに接触しているという感触すら感じられないほどで、一日中身体にピットりと張り付いていたのに負担も違和感もなかった。

 

 このように本人は無自覚のようだが、ナナは極端にサポート能力が高かったりする。

 

 無論、ナナに対する相性も必要だろう。

 現に円は銀色スライムの移動と変形を思いっきり目の前でされたというのに全然気になっていないし。

 

 

 「−下着を忘れてますよ」

 

 「えっ!? はう〜っっ」

 

 

 わたわたと慌ててパンツを掃いているナナ。

 それを見たら流石に笑みしか零れない。

 

 

 「そ、それでその……横島さんは……」

 

 

 落ち着いた——とは言っても焦りが止まっただけ。

 エヴァが呼んでいるという事より、横島の件を口にする。

 

 

 「−……それは……やはり、奥に……」

 

 

 その質問に対して茶々姉……流石にこの呼称も何であるから仮にAとしよう……の顔色は自動人形なので変化は見られなかった。

 仕草も同様。普段通りである。

 

 しかし勘が鋭くなっている円は、彼女が言い澱んだ事に対して敏感に反応していた。

 

 (やっぱり(、、、、)何かあったの?)

 

 

 そうは思ったのだが、その件を問う前にナナが横にいるのを思い出し、言葉として紡ぎ出す事無く飲み込む事に成功する。

 

 円の様子に気付いたのだろう、茶々姉A(仮称)は小さくコクンと頷いて見せる。しかしそれがまた円を不安感を誘った。

 

 

 「−兎も角こちらへ……」

 

 

 向こうも藪を突付いて蛇を出すのは本意でなかろう。

 

 彼女は二人を誘導するように先に立って歩き出した。

 

 

 「……ほらナナ。行こ」

 

 「はいレスっ」

 

 

 なるたけ明るい声で内心のざわめきを隠し、円はナナと手を繋いで後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 「あ。おーいっ円ちゃーんっ!!

  早速キティちゃんに作ってもらったぞ。円ちゃん専用の霊力調整用のチョーカー」

 

 

 案内された奥の部屋。

 

 茶々姉Aによると何時も横島が疲労回復に使っている部屋だそうで、床にはそれ用の魔法陣も描かれているらしい。

 

 その部屋に置かれた小さなテーブル腰を掛け、向かい合わせに座っているエヴァと何やら話をしていたのは、当の横島だった。

 

 こちらの心配も何のその。

 円達を目にするや、お気楽極楽な笑顔で挨拶してきやがった。

 

 そして今のセリフだ。呆れるやら気が抜けるやらで二の句が繋げられない。

 

 いや、何とかするとは聞いていたが、昨日の今日で用意されるとは思っていなかったので円もちょっと驚いていたりする。

 

 ナナは呑気にお兄ちゃ〜んと飛びついて甘えてたりするし、ド勝手に心配したのはこっちの都合とはいえ、いきなりクソ呑気にチョーカーの話なんかしやがってコノヤロウ。

 殴ったろかボケェと言いたくなる。

 

 

 だが、円はそれを踏み止まった。

 

 

 以前ならばもっとプンスカ怒りまくっただろう。 

 ちょっと、ナニよーっ!! と文句を言いまくったかもしれないし、ひょっとしたら引っ叩いたりしたかもしれない。

 

 だが、円はそうしなかった。

 

 

 ——いや、“それ”ができなかった。

 

 

 確かにパっと見は元気なように見えている。

 声に張りもあるし、顔色が悪い事も無い。

 ナナに向けられている笑顔も何時もの柔らかさに溢れた物だ。

 

 しかし円は気付いてしまった。

 いや、ひょっとしたら横島を見た瞬間に気付いていたのかもしれない。

 

 まずここにエヴァがいる。

 

 部屋に呼び出す事はあっても、自分から訪れるとは到底思えない彼女がいるのだ。

 

 その上、使い魔と教えられた小鹿…かのこが彼の足元にぺたんと座り込んで動こうとしていない。

 傍目には眠っているようにしか見えないのだが、今の(、、)円の目には何かを恐れて離れようとしていないように見えている。

 

 尚且つナナを受け止めた時、少しよろめいている。

 

 別に彼女はダッシュして体当たりしたわけではない。だというのに横島はナナを受け止め切れていない。昨日(別荘の時間を入れるともう少し日が伸びるが)と大違いなのだ。

 それにナナが走って来ているというのに、椅子に座ったまま受けているのである。

 

 極めつけは霊波だ。

 

 感応力に目覚めている円は、横島の霊波が弱まっている事にあっさり気が付いてしまっていたのである。

 

 無論、解りゃ良いという訳ではない。

 円のような娘からすれば尚更だ。

 何せ気が付いたところで何も出来ない、何もしてあげられないのだ。

 他の者に教えれば良いと言われればそれまでであるが、何せ主であるエヴァ様が御自ら御出でになっていらっしゃるし、侍女’Sも知っているようだ。つまり教えるまでも無いという事であるし、今までの様子からナナに言うべき事ではないという事だろう。

 

 だからこそ円はやれる事は無く、無力さを味わう事しか出来ないのである。

  

 嬉しそうに横島にじゃれているナナの後方で、円は複雑な眼差しを送り続けていた。

 

 

 「さて、これから円ちゃんの修行始めるから、ナナは向こうでお勉強だ」

 

 「はいレス」

 

 

 スキンシップもそこそこに(それでも頭を撫でたくって、ナナを物理的に蕩かしていたが)に、何時もの姉ーズに預ける。

 一瞬 立ち止まって小鹿を見たが、『−お(ねむ)のようです』と教えられると、しー…と指を立てて起さないようにこの部屋から出て行った。

 

 別に教育兄貴になる気はないし、そこまでさせるつもりも無いのだが、今のナナはお勉強すら楽しい。

 早いとこ日本語の読み書きができるようになれば行ける場所も広がってゆくし、外で人間のお友達が出来るかもしれないのだから。

 

 ナナは茶々姉らと仲良く手をつなぎ、横島らに手を振って部屋を後にした。

 横島手作りのドリルはまだある。学校の授業にして三学期分は軽いだろう

 

 つーか、妹の事だとしても頑張り過ぎだ。

 その情熱を別の事に使えればもっと大したヤツになれるだろうが……まぁ、無理だろうなぁ…… 

 

 しかし、その何時もの横島もそう長くは続かなかった。

 ヤホーイと普段通りにアホ丸出しで手を振っていた横島であったが、ナナ達の気配が完全に消えた瞬間、ガクンっとテーブルに突っ伏してしまったのだ。

 

 

 「横島さんっ!?」

 

 

 やっぱりっ!! と、円が慌てて駆け寄ろうとするがエヴァがそれを制した。

 

 細い指を二本立てて横島の頚動脈を探り、次に彼の額にその指を当てると……

 

 

 「フン。大した事は無い。

  単に気力が疲労をカヴァーし切れなくなっただけだ」

 

 

 そう言って、軽く突き飛ばした。

 狙ったのか偶然か、吸血鬼の力で弾かれた彼の身体は見事にベッドに追突。

 

 軽くバウンドしてクッションに沈んだ。

 

 

 「え、と……?」

 

 

 横島の様子、そして診断の結果、更に今のエヴァの暴挙によって円は固まってしまっていた。

 というか、流石にどう反応したらよいのか解らないのである。

 怒れば良いのか心配すればよいのか、それでいて自業自得のような気もするわで大変だ。

 

 そんな円にエヴァが何かを投げつけてきた。

 

 

 「きゃっ ……え?」

 

 

 思わず受けてしまったが、それは黒いベルトの付いたアクセサリー。

 

 エヴァの手作りらしいそれは、ベルト止めの部分が銀の蝙蝠の形をしており、その蝙蝠の足が銀の十字架をぶら下げているデザインだ。

 その十字架に縦横の黒いラインが入っているのがエヴァらしい皮肉だ。

 

 

 「この馬鹿が言っていた霊波調整用のチョーカーだ。

  まだお前は不安定だからそれを着けておいた方がいいとさ」

 

 「これを……?」

 

 

 一見、艶の無い黒革のベルトにしか思えないのであるが、試しに着けてみると首に異様にフィットする。

 

 何故かベルトに長さの余りが全くでないのだが、絞められるような感触もないし、ベルト止めの蝙蝠の位置もズレない親切設計。コレも魔法なのかと感心する。

 

 しかし、そういった“見栄え”ばかりではなくその能力も大した物で、円に負担を感じさせず彼女の霊波を受信する能力だけを鈍らせているではないか。

 

 封印等のように圧をかけて阻害するのではなく、霊波を受信はするのだが鈍らせるだけに留められる等、魔法使いらから言えば信じ難いレベルの技術なのだ。

 

 更には、彼女のコントロール能力が上がればその阻害能力が落ちてゆくという。

 

 こんなとんでもないアイテムを作れるのだから、エヴァの能力も大した物である。

 

 

 「ばーか。

  作ったのはご主人だが、それの図面を渡したのはこのクソバカだぜ」

 

 「え?」

 

 

 唐突に投げかけられた声に驚いてそちらに顔を向けると、零がバケツを持って立っていた。

 

 

 「ふん……」

 

 

 誰の目にも不機嫌。

 

 人の姿になって始めて見せる物凄い不機嫌な顔だ。

 嫉妬が入ってイラっとした顔のそれではなく、湧き上がる感情を踏み躙って無理やり押し込んでいるような顔である。

 

 そんな顔のまま、バケツをもってベッドの側まで歩み寄り、どうやら水が張られていたのであろうバケツの中から雑巾を取り出し、軽めに絞ってからベチャリと横島の額に乗せた。

 

 

 「れ、零ちゃん、それ、雑巾じゃ……」

 

 「こんなクソボケの頭冷やすんだったら雑巾で上等だ」

 

 

 大雑把でもどこか甲斐甲斐しかった何時ものそれと違い、思いっきり手抜きの上適当。

 見た目の不機嫌さそのままだ。

 尤も、それでもベットに飛び乗って少しでも彼を癒そうとペロペロ舐めている かのこを気遣う様子も見えており、彼のすぐ側に椅子を寄せてちょこんと腰を下ろしてたりするのはちょっと微笑ましいが。

 

 だけど円は訳がわからなくてオロオロするばかり。

 

 横島が何かやってしまったという程度しか理解できない。

 そういった疑問の視線もイラ付くのか舌打ちをする零。

 そんなやり取りを黙って見ていたエヴァだったが、流石にうんざりしたのかついに口を開いた。

 

 

 「その馬鹿はな……

  お前に渡したチョーカーに仕込む式を調べる為、自分の記憶を探ったんだ」

 

 「は?」

 

 

 そういわれても円にはサッパリだ。

 

 間違いなく八つ当たりであるが、そんな様子にも腹が立つのだろう零はついにそっぽを向く。

 

 長い付き合いの従者がココまで臍を曲げるとは……エヴァはヤレヤレと溜息を吐き、面倒であるが説明してやる事にした。

 

 

 「この馬鹿の特徴は、ある事件から発達してしまった異様なまでに克明で鮮明な記憶だ。

  何しろ記憶の覗いた者は現実と区別がつかなくなり引っ張り込まれてしまうほどでな」

 

 「はぁ……」

 

 「だが反面、その克明さが欠点にもなる。

  コイツの中には更に“ある別存在の記憶”が眠っていて、普段は見られないようにしてある。

  なぜなら、その記憶の量は人間の認識量の限界を遥かに超えているからだ」

 

 「……」

 

 「例えるならコップ一杯の酒しか飲めない奴に、プール一杯の酒を一気飲みさせるようなものだ。

  理解できる範囲を超えるほどの知識を認識できるはずが無いのだからな」

 

 「それって……」

 

 

 そこまで言われてやっと円は理解する。

 

 

 「そうだ。

  この馬鹿者は自分の限界以上の知識を探り、脳に負担が掛かり過ぎたという訳だ。

 

  こうまで回復しているのは奇跡……というか長く生きた私でも信じ難い事だ。

  私の目算でも、良くて人格崩壊。

  悪ければ物理的に頭が爆ぜていただろうからな」

 

 

 向こうの世界にいた時なら兎も角、横島はこっちの世界に来る際に別宇宙の横島達と同調し、記憶を最適化されてしまっている。

 

 そのお陰で、明らかに別の人生を歩んだ部分は矛盾を起こして爆散しており、約十年分の人生経験は消失してしまっている。

 だが、その代わりに同じ人生を歩んだ十七年分の記憶と記録はあり得ないほど強化されており、その克明さと鮮明さは言語を絶するのだ。

 

 その特性は修行の際にも活かされており、彼が不必要なほど克明鮮明に覚えている人物(ただし女性限定)を『再』『現』し、その能力や思考までも完全再現して彼女らの修行に役立たせていた。

 

 

 しかし、その特性故にとてつもない爆弾も秘めている。

 

 

 前世界において、横島は魔神と呼ばれている超存在と戦っていた。

 

 その戦いの中、ピンチに陥った彼はよりにもよって“珠”の力でもってその魔神を『模』すという暴挙に出、何とそれを成功させたのである。

 

 まぁ、模倣は成功したのであるが、完璧且つ徹底的に同位体となってしまい、与えたダメージをそのまま共用してしまうという致命的な欠点を曝してしまったオチもついてたりするのだが……何とその際、相手の思考や記憶まで完全に読み取っており、そのお陰で絶体絶命の危機から逃走を果たした上、恋人の霊的なトラップも外していたりする。

 

 

 そして問題は、魂に刻まれていた魔神の記録にあった。

 

 

 前述の通り、横島の記憶は覗いた者を引きずり込みかねないほど克明且つ鮮明だ。そして魂に刻まれているそれもまた然り。

 

 つまり横島の魂に刻まれた魔神の記録は足りない部分や欠けた部分が充填され、彼の中で確立化されるに至ってしまっているのだ。

 

 余りと言えば余りに莫大で途方もない魔神のデータ。人間の人生等、塵にも等しい巨大過ぎる魔神のデータ。

 そんな物から必要なデータだけを取り出すことなど自殺行為……いや、文字通り自爆技である。

 欠片でもその記憶を認識してしまえば、雪崩式に記録を見てしまいかねない。

 そうなった場合の脳や魂に掛かる負担は計り知れない。最悪、横島忠夫という存在が維持できなくなるか、エヴァの言うように物理的に頭が弾けてもおかしくないだろう。

 

 つまり彼は、それほど危険な作業を行ったのだ。

 

 そしてその無理は——

 

 

 「ま、まさか……」

 

 「あぁ、そういう事だ」

 

 

 円の負担を減らす為“だけ”に行われていたのである。

 

 

 「そんな……そんな……」

 

 

 血の気が一気に下がり、貧血を起こしたかのようにフラフラと彼が横になっているベッドに歩み寄ると、そこでペタンと座り込んでしまう。

 

 意識が無いとは言え、何か一言言ってやりたかったが、言葉として紡ぎだす事が出来ない。

 

 泣いているのやら怒っているのやら区別がつかない歪んだ表情を浮かべてはいたが、実際に出来た事はシーツを握り締めて頭を触れる事だけ。

 ついには俯いて泣き出してしまった。

 

 零はそんな円を目にすると苛立ったように舌を打ち、

 

 

 「クソバカが……テメェが心配かけさせてたら意味ねぇだろうが……

  考えなしのドチクショウめ……」

 

 

 見ていられなくなったのか、居た堪れなかったのか、彼の世話を妹達に言付けて部屋から出て行ってしまった。

 

 

 部屋を後にする零の背中。

 

 黙ってそれを見送ったエヴァには、彼女が人形だった時よりその背が小さい様に感じていた——

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 すぱーんっ!!

 

 「ふぎやっ!?」

 

 「アホか。甘いわ」

 

 

 体制を崩し、膝を落とした一瞬の隙に踏み込んだのは良かったのだが、実際にはそれは単なる誘い。

 

 横島のように地を這うというレベルにまでは身を低くしていなかったが、それでもほとんど無防備に飛び込んでしまったのが仇となり、身を捻って避けた横島のハリセンを後頭部でまともに受けてしまった。

 

 ネギ達が遅れてやって来る事約一時間。別荘内の時間にして翌日。

 このタイムラグが横島の調子を(呆れた事に)ほぼ何時も通りにまで回復させていた。

 よって、この三人は何があったのか気が付いておらず、何時も通りに鍛錬を行っているのだ。

 

 

 「あぶぶぶぶ……ズ、ズルイですよ〜」

 

 「だーほっ!! 戦う相手が正々堂々だと誰が言うた。

  某奇妙な冒険なんぞ、正々堂々のフリしてて最後に邪悪な本性見せた奴がいたんだぞ」

 

 「そ、そんな異世界なコト言われても……」

 

 「どぅわーからっ お前はアホなのだぁっ!!

  叩かれるって解ってんなら、叩かれることを前提にした攻撃ぐらいして見せいっ!!」

 

 

 つい最近になってからやっと白兵戦を習いだした子供にかなり無茶を言っている。

 

 相手は魔法で強化されているのでそんなに手加減をする必要は無いが、何せ横島の攻撃は霊波刀がメイン。

 女子供に刃を向ける事は現在の彼でもまだかなり難しいので、結局は楓らと同様にハリセンで相手をする事となっている。

 

 それでも楓が厚紙を折って作ったフツーの物体であるというのに、バシバシ叩いてもこのハリセンはヘタリもしていなかった。

 不思議な話である。

 

 それは兎も角、そんなテキトーな得物しかない横島にボコボコにされれば流石に凹むだろう……と思いきや、

 

 

 「す、すみませんっ!! もう一度お願いしますっ!!」

 

 

 何せこの子供、ただの少年ではない。

 

 思い切り良くそう言い放つと、その勢いのまま跳ねるように身を起こして、再度魔力で身体能力を底上げして立ち向かってくる。

 少年ネギのその愚直さ、後先の考えなさは横島に相通ずる物があった。

 尤も、単純な才能という点ではこのネギは横島を凌駕しているのだが。

 

 何せこの子供は異様なほど飲み込みが早い。

 

 それに愚直なほど言われた事を繰り返し復習を続けるので更に覚えた型が身体に馴染むのが早い。

 多少、自分判断が混じるが、それは経験をしていない分のズレなので、この鍛錬のように横島にその隙を突かれていれば、コツコツと自分で修正して行き、あっという間に自分に合わせた型をモノにしてゆく事だろう。

 流石に陰で天才児等と言われていただけはある。

 

 尤も、如何に才能があろうと能力が高かろうと、実戦経験の少なさやオツムの回転の速さが追い付かないのはどうしようもない。

 今もその心意気虚しく、ネギは何をされたか仕掛けられたか理解できぬまま、あの試験の晩の様にコロンコロンと転がされまっている。

 

 

 「ホレまただ。

  相手に一撃いれる前に、当ったと思ってるぞ。

  『相手をコロス、その言葉を頭に思い浮かべた時点で既にその行動は終わっている』

  そういう名言があるが、それを実践してみい!」

 

 「あぶぶぶぶ……」

 

 

 名言云々の妄言は横に置いとくとして……やはりフェイントや駆け引きの巧みさでは横島が圧倒しており、如何に手加減をしていてもネギを玩べていたりする。

 

 でもまぁ、これでネギが中学生以上の年齢なら足で踏んでグリグリしていた事だろうから、扱いはかなりマシなのだろう。

 

 兎も角、ネギはそれくらい圧倒されていたりする。

 

 超有名人であり英雄である父を持ち、莫大な魔力を受け継いでいるネギであるが、出力というか破壊力で圧倒してはいてもそれらを使えなければ話にならない。 

 何せ元々、横島は自分より遥かに超出力を持つ相手とばっか戦い続けていたのだ。それらを避けるなり利用するなり封じるなりするといった戦法は得意中の得意なのである。

 ぶっちゃければ真っ直ぐなネギは、生き汚くてひん曲がった根性を持つ上、実力を封じる術も非常識な攻撃力も兼ね備えたド卑怯な横島とは相性が最悪なのだ。

 

 

 

 「うわぁ……老師、容赦ないアルな……」

 

 「うむ。

  横島殿相手に直線的な攻撃は全く無意味。

  かと言って生半可なフェイントでは逆効果。

  相手の土俵に入れられている事に気付かねば何時までたっても玩具でござるよ。

  まぁ、気付いても当てられるかどうかは別でござるが……」 

 

 

 二人が——実際には横島が一方的なのであるが——鍛錬を行っているのはせり出しているテラスの部分。

 まだ自分らしい戦い方をきちんと確立できないネギの鍛錬は、今回は“何故か”こんな近場で行われていた。

 

 普段鍛えているエヴァのそれでも、ネギVSエヴァ&茶々丸&零であるが、今回は横島VSネギ一対一。

 ちょっと楽に思えるかもしれないがそうは行かない。何せ相手は横島忠夫なのである。

 エヴァは数で攻めはするが、その戦いは堂々とした実力者のそれ。

 連携戦を取っているだけで正々堂々と言えなくもないのだ。

 

 だが、横島はひたすらド卑怯である。

 

 インチキイカサマ当たり前。

 勝つ為には如何なる手段も選んでくる。

 どんなセコイ方法だろうと平気で取る。時と場合によっては人質も平気で取ってくる。

 

 対してネギはというと、悪の魔法使いという“王者(女王様)”との戦いの経験をし、そんな彼女に魔法使いとして鍛えられているのでそれなり以上に戦い慣れしてきてはいるが、横島という小悪党のチンピラとの戦いは何時まで経っても慣れなかったりする。相手が悪いというか運が悪いというか……兎も角、ご愁傷様と言えるだろう。

 

 流石に『セコくなれ』とは誰も言わないし、思っても居ないが、そんな手合いとの戦いだけはとっとと慣れてほしい。それが皆の望みでもあった。

 

 

 楓たちも自分らだけで呼吸法の鍛錬を行いつつ、後学の為に横島が強いる修行を黙って見守っていたのである。

 

 

 そんな二人であったが、ふとある事に気付いた。

 本来なら、やる事は違えど一緒に学ばなければならない者がいない事に——

 

 

 「かのこはナナの所に行てると思うアルが……くぎみーはどこ行たアル?」

 

 

 そう、先にこの別荘に入っている事だけは知っているが、未だに姿を見ていない少女がいる。

 今日は放課後になってからずっと、二人は円の姿を見ていないのだ。

 

 

 「ン〜…… 茶々姉(仮)に聞き及んだ話でござるが、くぎみー殿は」

 

 

 何故か零と一緒に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四人が鍛錬を続けているテラスを見下ろすような高所。

 そんな高い所に二つの影があった。

 

 レーベンスシュルトは城であるからして、当然ながら物見櫓の役目をもった塔がくっついている。

 

 尤も、実際には魔法の目があちらこちらに仕掛けられている為、塔は本来の役目を持っていなかった。

 それでもいざという時には城を囲む塔でもって結界を張る等の仕掛けが施されているので、“魔法世界的に言えば”役に立っていない訳ではない。

 

 まぁ、城がすっぽりと入っている瓶の存在感を阻害すればやり過ごす事も容易いのであるが……それはさておき。

 

 

 そんな塔の一つ。

 

 横島達が鍛錬を行っている場から一番距離が離れ、且つ様子が窺えるような塔の天辺にその二人はいた。

 

 しかし二人は、手すり……というか、外部から身を隠す為の遮蔽壁……にもたれ、ただぼんやりと空を見上げているだけ。

 

 何をするでもなく、ぽけらっとしたその顔。エヴァが目にすれば檄を飛ばされるであろう程。

 腑抜けていると言うか何と言うか、何もやる気が起きないというのが正直なところだった。

 

 正確に言うと、ただぼんやりとしているだけではなく零は紙巻きを吸っていたりするのだが。

 尤も、零の外見はちんまい中学生であるが中身は大人どころではないので禁止するほど悪い事をしている訳ではない。

 

 とは言っても、身体が小さくなっているのでレギュラーは大き過ぎる。だから零が咥えているのは煙草よりちょっとだけ太くて長いシガリロである。

 

 煙草に比べてかなり高めであるが、香りも良く好む者も多い。

 

 肺に入れる者もいるのだが、零は口で味わうタイプのようで、煙を吸って舌で転がしてから吐くという行為を続けている。

 

 オランダ産だかドイツ産だかは不明であるが、細い葉巻を吸う作法は中々様になっていた。

 

 

 「……匂いが残るわよ?」

 

 「気にすんな。何時もは吸ってねーよ」

 

 

 普通の煙草と違って葉巻は香ばしかったり、バニラビーンズにも似た甘い香りのものは多い。だから割と円も平然としているのだが。

 

 人形だった時代もエヴァが嫌がるのでそんなに吸った事は無い。

 麻帆良に来てからはエヴァが呪いを喰らった事もあって動けなくなっている。だから余計に吸えていない。

 

 いや、別に『好きだ!』という程の物でもない。気分の問題だ。

 

 しかし葉巻にしてもこうであるが、飯を食えば美味いやら不味いやら感じるし、甘いや辛いも感じてしまう。

 その事に気付いたのか感情が読み難い顔をしながら葉巻を口から離し、掌に押して消す。ジュッと一瞬焼ける音がするが気にしない。

 

 

 「男らしい消し方ね……」

 

 「……フン」

 

 

 消した葉巻をその辺に捨て、押し付けた掌をじっと見る。

 

 それなりの荒事をやっている男の消し方であるが、零の女の子っポイ柔らかい手は火傷を負っていない。流石は元殺戮人形という事か。

 

 だが、僅かに感じた熱いという感触も本物だ。

 驚くべき事か以前の身体である木の特性も、ヒト……生物の特性もちゃんとある。

 生理(この場合は初潮か?)といったものは“まだ”ないのだが、成長を続ければ起こるかもしれないとの事。

 

 自分の主人より生き物に程遠く、それでいて圧倒的に人間に近い身体を持っている。

 それが今の零……茶々丸達の姉、絡繰 零という存在だ。

 

 何という奇跡だろうか。

 

 数百年の長きに渡って“動く物体”だった存在が、ある日突然(完全な生物ではないとはいえ)血の通った身体を持ったのである。

 ご主人の話では、次元の向こうにある魔法世界でもそんな事は起こり得ないとの事で、霊能力というものは昔話に出てくる『神通力』に相通ずるもので、奇跡を起こす事が普通なのだそうだ。

 

 尤も、横島の持つそれは元いた世界でもド外れているものらしいのだが。

 

 こんな身体にしてもらっても、

 いや、してもらったからこそ、余計に憤りが湧いてくる。

 

 肉体を持つ事により感情が発達し、前より人間味に溢れてしまったからこそこんな悩みを持ってしまうのだから、儘ならぬものである。

 

 

 「横島さん、回復したみたいだけど……大丈夫よね?」

 

 

 零の吐いた煙をぼんやりと目で追っていた二人であったが、いきなり円がそんな事を問いかけてきた。

 

 何の前フリも無い唐突な質問。

 

 不意を突かれたので流石の零も一瞬呆けている。

 とは言っても、今の零にとっては意味が解らない質問でもなかったのだが。

 

 

 「フン おめーも解ってんだろ?

  あの馬鹿……一晩で回復しやがった」

 

 

 外の時間にして一時間弱。つまり実質 たったの一日で全回復しやがったのだ。

 何せネギと楓達がやって来る頃には疲労の“ひ”の字もなかったのだから呆れる他ない。

 

 零も解ってはいたつもりであったが、ホントに不死身の怪人なのかもしれない。

 

 

 「うん……だけど……」

 

 「あぁ……」

 

 

 それは“回復できた”というだけの話。

 

 エヴァの話によると、脳に掛かった負担は想像を超えているらしい。

 DEAD or LIVEの綱渡りだった訳で、単に『生きていたから回復する事が出来た』というだけなのだ。

 

 

 「横島さん……」  

 

 

 膝を抱えるように体育館座りをしていた円は、その立てている足に顔を隠す。

 

 泣いてはいないし、“今は”苦しくない。

 

 それが解るのだろう。零は「フン……」と円を目に入れないようそっぽ向いて紙箱からまた一本葉巻きを抜き、自前のナイフでVの字の切込みを入れてバーナーで火を点ける。

 

 と、何を思ったのか零は口に咥えてから肺まで吸い込んで胸の奥でくゆらせてみた。

 

 

 「うぇっ!?

  ゲホッ ゴホッ グホッ!!」

 

 

 呆れた。やっぱりちゃんと苦しい。

 

 元々の材料が世界樹の若幹であるから、魔力の篭り方や維持力がヒトのそれとは大きく違う。

 それでいて身体はどんどんイキモノに近寄ってきている。

 

 ——だからこそ、あのクソバカの事がこんなに気になってんのかなぁ…… 

 

 生物的なものだけではなく、女として確立されていってる事は自覚している。

 所謂イケメンやらハンサムといったものの区別ができない訳じゃない。彼女とてそれくらいは解る。解るのだが……

 

 

 「……チクショウめ……」

 

 

 恩やら義理とかの話ではなく、授業中とかにふとモップ担いで歩く横島が目に留まると姿が見えなくなるまで眺めてる自分がいたり、

 クラブに入っていないので下校時間は遅くないのに、何故か横島が用務員の仕事を終えるまで待っていたり……

 

 

 「気が付いたらこうなってる……か……

  チッ 何でオレはあんな奴の事なんか……」

 

 

 紛い物の性別であったが、楓らよりはずっと長く女をやっているのでこの想いが何なのか理解はしている。

 

 単に受け入れていなかっただけで自覚も出来ている。

 

 そう、最初は楓らの男を見る目の悪さを笑っていた零であったが——

 

 

 「ざまぁねーな……

  結局、オレも同じ穴の狢だったって事か」

 

 

 けふけふとまだ咽つつ苦笑い。

 目元を湿らせているものは、咽た所為か。

 それに気付いたのだろう、零は舌打ちをして目元を拭った。

 

 円もまだ顔を上げていない。

 結界の中、紛い物の日の光の下で二人はただぼんやりと時を送っていた。

 

 

 

 

  

 

 楓と古がアジトにやって来たのは授業を終え、部活(さんぽ部や中武研)を終えて直の事である。

 

 教師としての仕事があった為、ネギの方も僅かに早く着いた程度だったのだが、何せこの結界内は時間の流れが逆浦島太郎なので三十分違うだけで半日ほどもズレが生じる。よって、二人が到着した時には横島は数日間も休んでいてすっかり回復しており、好き勝手絶頂にネギをボコっていた所だった。

 

 

 それでも流石に霊能力を学び始めている二人は勘も良くなっている。

 

 円と零がこの場におらず、尚且つエヴァの放つ空気に妙なものを感じていた。

 

 その時点では些細な事なのであったが、時が経てば経つほどどんどん気になって来た。

 

 こうなってくると二人も黙っていられない。いられないのだが……

 

 悲しいかな、二人は彼の事をよく知ってしまっているのである。

 

 

 「老師が話してくれる訳が無いアルな」

 

 「どーせ理由を聞いても、はぐらかされるのがオチでござるし」

 

 

 今回はネギが独占状態だった鍛錬であるが、本気で無い横島に翻弄された挙句、その疲労で件のコドモ先生がかなり早くつぶれたので終了。

 

 幾らイケメン予備軍で未来の女殺しであろうと、まだまだ子供。だから手加減もしているのだが、フェイントと罠だらけの攻撃に気疲れも大きいのだろう。

 

 そして修行が終わった事を勘で気付いたナナがやって来て、横島にダイブ。

 抱きとめる事に失敗して後頭部を床石に打ち付けてイイ音を立てたりするのもお約束。

 

 ここのところ見慣れた光景であり、何時ものパータンだ。

 しかし、だからこそおかしい(、、、、、、、、、)

 

 横島にナナと かのこがじゃれていて、ネギがウッカリ属性が働かせて足を滑らせナナにダイブ。

 直後、シス魂エネルギーによってヨコシマン(しっとマスクでも可)に変身した横島にぶっ飛ばされる。

 

 確かにここ最近で見慣れた光景だ。

 

 しかし、しかしだ。

 

 何時もは『お義兄様』等と謎のセリフをほざいて楓らの歯を食いしばらせている茶々姉達も、妹の茶々丸のようにオロオロしているように見えるし、主であるエヴァも偶にしか顔を見せない。それだけでなく、来たとしても非常に表情がきつく不機嫌だ。

 

 逆に茶々丸は甲斐甲斐しくネギの世話を焼いていて姉達のような動揺は無いし、彼女らのような不安感(のようなもの)も見えない。

 

 そして極め付けは円と零の○○コンビ。

 二人して横島から逃げるように彼の側に近寄ろうとしないのである。

 

 まだ慣れていない円は兎も角、普段の零の行動からすれば理解し難い行為。

 

 これで何も無かったと思う方がどうかしている。

 

 

 茶々丸は楓らが到着するまで“外”にいて、エヴァ達は中にいたのだから、入る前に何かあってもこちらに伝わってこない。

 エヴァも横島も不必要なほど口が堅い。だから教えてはくれまい。それだけは解っている。

 

 

 何せこの鍛錬場は外の一時間が二十四時間。外の一時間の差が一日だ。

 

 早めに切り上げたという円とナナが“何日前”に到着したのかは不明であるが、不安を感じた円が飛んで来たという事は少なくとも彼女らが来る前。

 

 だとすれば、横島とエヴァの二人が何かやったという事だろう。

 いや、エヴァがあれだけ不機嫌なのだから彼がやったという事か?

 

 何れにせよ、ナナに何も話していないのは、それだけ彼女を不安にさせるという事。それほどのコトが起こったという事となる。

 

 

 「それほどの事態なら、聞いても無駄アルな」

 

 「しょーも無いくらい抱え込む御仁でござる故」

 

 

 幸いと言うか、既に諦めていると言うか、二人ともその程度の事はとっくに理解できている。

 というか、良く見ている。

 

 とは言え、異変に気付けたからといって内容やら理由やらに気付けた訳ではない。

 

 しかし、彼は何故黙っているのだろうか? その事にやたら腹がたつ。

 何の為に自分がいると思っているのだ。

 

 まったく……水臭いではないか。

 

 

 「「拙者(私)という相棒がいるというのに……」」

 

 

 言い放ってから、二人して全ての動きが停止していた。

 

 お互いの言の葉に気が付いたのか、シンメトリー且つユニゾンした見事なタイミングで同時に顔を見合わせる二人。

 

 それも、何かみょーに笑顔で。

 

 

 「はっはっはっ

  古、勘違いはいけないでござるよ?

  横島殿のパートナーは拙者でござるよ」

 

 「アイヤ、かえで。その言葉はそくりお返しするアル。

  私はかの御仁を“老師”と呼ばせてもらているネ。

  殿をつけた他人行儀な関係と違うアルね。

  つまり深い繋がりを持てるのは私アル」

 

 「ほぅ!

  つまりは師弟関係でしかないという事でござるな?

  それはそれはご愁傷様でござるな」

 

 「ほほぉ……『しかない』なんて形容詞使うアルか……

  かえで様ともあろう者がお忘れのご様子。

  師弟関係というものは血より濃い関係アルよ?」

 

 

 楓の言葉を受けた途端、じわりと古の周囲に陽炎が立つ。

 しかし当の楓はそんな古の闘氣を見ても気にも掛けずに口元をニヤリ。

 

 

 「したりしたり。これはしたり。

  どうやら古師匠はお忘れのご様子。

  拙者は横島殿と共に警備班として働いてるでござるよ?

 

  つ・ま・り、学園側は、拙者“こそ”がパートナーであるとして認めて登録しているでござる。

  古は<弟子>でござろう?

  血よりも濃い師弟関係ならば弟子は何時までも弟子。

  残念でござるな〜♪ いや同情するでござるよ。

  生涯、隣に立つ者になれないとは……」

 

 

 「 ほ ぅ …… 」

 

 

 みしり……

 と、古の周囲に軋みの音が響いた気がした。

 

 

 

 

 

 「よ、横島さん……」

 

 「気にするなネギ。気にしたら負けだ。

  オレ達は明日に向かって進むんだ」

 

 

 足をカクカク震わせつつも、あまりに重過ぎる氣から庇うようナナを懐に入れ、ネギと小鹿を小脇に抱えて城の中に逃ぼ……もとい、後方に突撃してゆく横島。

 

 吐き出すセリフが訳が解らないのは恐怖の為、混乱している可能性が大である。

 でなければ、子供とはいえ男をだっこなんてすまい。

 

 本当なら次に楓たちの鍛錬を見るつもりだったのだが、ここは去るに限るのだ。

 いや、ゴゴゴ……と氣が増大してゆく二人に恐れをなした訳ではない。決して尻尾巻いて逃げた等といったことはない。だろう。多分。

 

 

 

 ……しかし、そんな横島であったが、内心ホッと胸を撫で下ろしていた。

 

 というのも、二人に余計な話をせずに済んだからである。

 後は部屋で少しでも体調を戻し、何を聞かれても惚けられる様にするだけだ。

 

 そう、言葉にできない想いを噛み締め、横島は控えていた茶々姉の一人にネギを手渡し、自分用に用意してもらっている回復の為の部屋に飛び込んで行った——

 

 

 楓と古、そしてネギとナナには完全に誤魔化せているが、実のところ横島は元気にはなっているのだが本調子には程遠い。

 

 ある程度回復してから“珠”まで使って治療してはいるので、見た目は完調であるが、何せダメージの原因は直接脳に掛かった負担である。そんなに早く治れば世話が無いのだ。

 

 そしてその原因は、よりにもよってこの馬鹿男が自分の記憶の奥に情報を取りに行った事である。

 それも封じている“記録”の方に……だ。

 

 とはいっても自力では不可能だった。

 

 はっきり言って、脳と魂の認識能力の限界を超えているのだから、横島自身が思い出すという行動に出ればそれこそ廃人直行である。

 

 だからこそ横島は彼に——

 

 宇宙の卵すら生み出せる技術を持つ“彼”にコンタクトをとり、“彼”に円の霊能制御式を書き写してもらったのだ。

 しかし、それでも自力で彼に会いに行くという行為は、記憶を辿りながら意識の底に潜ってゆくということで、例え“珠”の力を借りて直接そこに行けたとしても、鮮明且つ克明な記憶を持っている彼であるから脳の認識能力を軽く超えてしまっていた。

 

 その結果が脳に対する負担と、個を保つ為に霊力が枯渇するほどの激しい消費。

 エヴァに式の図を手渡した途端、意識を完全に失って一時昏睡状態に陥ったのも当然だろう。

 

 尤も、彼はそうなってしまう事が解っていたのか、事前に圧を抑えるように式を組み、最悪のケースに備えている。

 だからこそ、意識を失う前にエヴァに描いたモノを手渡し、彼女が懸念していたほどの深刻なダメージは残らなかったのだろう。

 とはいえ、それは円達が思っているように『生きていられただけ(、、)』なので、シャレにならない事態に陥った事に変わりは無い。

 

 本人にそのつもりは無いだろうが、生きるか死ぬかの賭けに出ていたという訳だ。

 いや、無自覚だから余計に怖いのだが。

 

 先に横島に接し、彼の人となりを見知っているはずの楓と古より、後から関わってきた円の方が気付いたというのも何であるが、取り返しがつく前に気付けたのは重畳と言える。

 

 ただ言うべき言葉、言える言葉が思いつけなかっただけで……

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 最後にやって来たのは図書館島探検部の木乃香達と、バイトで遅くなった明日菜だった。

 

 当然というか、刹那も皆と共に遅れてやってくる。

 剣道部の活動があったという事もあるが、主な理由は言うまでも無く木乃香。彼女を待っていたからだ。

 

 そんな刹那の横で木乃香は終始ニッコニコ。

 何年ぶりかで一緒にいられるのが嬉しいのだろう、修学旅行からこっち、木乃香はず〜っと機嫌が良い。

 

 

 しかし修行とは言っても、才気に満々ている木乃香にせよ、契約によって地力に下駄を履いたのどかにせよ、ド素人の夕映にしてもする事は同じ。

 

 

 「「「プラクテ・ビギ・ナル」」」

 

 

 魔法使いにとって基本中の基本である魔力発動の繰り返しだ。

 

 そしてその側らで刹那が軽く打ち込んでくるのを明日菜が捌くという特訓が行われていた。これがここ最近の少女らの日常である。

 

 

 尤も、才能も下駄もない夕映は三人の中で一番取っ掛かりが見付からなかったのであるが、実は今の夕映は魔力発動能力では三人の中でトップだったりする。

 

 

 「風よ」

 

 

 言葉を紡ぎ終えると共に、夕映が使っている練習用の杖の周囲に風が巻きついた。

 

 彼女はそれを確認するより前に成功する事を確信していたのか、驚く事もなくその杖を軽く振って集まった空気の流れを解放する。

 

 

 ——いいか? 夕映ちゃん。

   風は集めたとしても空気の動きだから止まらない。だから杖に纏わり付くイメージを持つんだ。

   そして維持するときのイメージは“独楽”。

   うん。あれを杖に乗っけてるイメージで操るんだ。

 

 

 『確かに空気の動きなのですから、回る独楽はイメージにピッタリです』

 

 

 何となく感覚的にかくし芸の練習を続けている気になってしまうが、指示としては適切だった。

 

 前方に解放されたそれは、小さなつむじ風となってその場で維持され続け、夕映が集中を解くと共に霧散する。ほぼ完全にコントロールできていた証拠だ。

 

 

 「わぁ……ホンマ、ゆえスゴイわぁ」

 

 「う、うん……ネギせんせーも練習用の杖でここまで出来る人は珍しいって言ってたよ」

 

 

 そんな二人の賛辞にも夕映は然程喜びを見せたりせず、どちらかというとホッとした表情で、

 

 

 「ありがとうです。

  でも、私には才能がありませんからね。

  これくらいで喜んでいてはいけないです」

 

 

 自分を戒めて再度集中に入った。

 

 思い出すのは膝を付くほど練習を続けていた時。

 魔法の基本なのやら、発声練習なのやら判断が難しくなってきた夕映の元に、見兼ねた様に彼がやって来てくれた時の事。

 彼は夕映に目を瞑らせて、彼女の額に指を当て、

 

 ——ええか? 目で見るんじゃなくて、感覚で感じるようにするんだ。

 

 とイキナリ指示を始めてくれたのだ。

 

 無論、言われたからといって直に出来るわけが無い。

 それに異性を感じさせるものに触れられるのは初めてという事もあってなかなか集中し切れなかったのであるが、彼は辛抱強く彼女が落ち着くまで待ち、それどころかリラックスするように深呼吸までさせてくれたのだ。

 

 数分だったか、一時間だったか、それがどれくらいの時間だったか定かではないが、何時しか夕映は落ち着きを取り戻し、周囲の気配を探れる程にまでなっていた。

 

 彼女が完全に落ち着きを見せると、彼は今度は触れている指に意識を向けさせ、その部分から意識が広がってゆくイメージを夕映に持たせる。

 

 すっかりリラックスしていた夕映は、言われた通りに従って意識を拡散させる。

 

 無論これは彼が夕映のチャクラを軽く刺激して感覚を増させているから出来た事であり、他の者であればもっと集中力を要しただろう。

 

 

 だが、夕映自身は半信半疑であるが、実のところ彼女はかなり才能がある。魔力云々は兎も角、集中力が尋常ではないのだ。

 それに凄まじいほどの努力家である。だから教えられた事を愚直なまで続けられるのだろう。

 

 そんな彼女だからこそ、一度感覚を掴むと簡単だった。

 

 周囲に漂う物。意思の無い無指向性のエネルギーに意識で触れるという、抽象的な感覚練習。

 前記のように彼の後押しがなければ言葉の意味すら把握しかねるそれも、先に感覚で教えられれば言うほどの難易度ではなくなる。

 それなり以上の集中は要した物の、忽ちそこらの魔法使いなどよりもずっとマナの存在を意識できるようになっていた。

 

 マナの“感触”を覚えさせると、次に彼はイメージを持たせて属性の相性を調べさせた。

 火や風、大地や水に持つ特性や力のイメージを投影し、それにマナが反応を見せればそれとの相性が良いという訳だ。

 

 その結果、夕映は風、光、水の属性と良い相性を持っている事が解った。

 

 一応、ネギに教えられているから、アイツと同じよーな属性になってんのかもな……そう彼は笑って言ったものだ。

 

 

 『訳の解らない人ですが……

  何となく楓さんやくーふぇさんが慕っている理由が解った気がします』

 

 

 夕映の成功を我が事のように喜んでくれた彼の顔を思い出し、くすっと口元に笑みを浮かべると彼女はまた集中に戻る。

 

 

 ——後は自分で練習する事。

   教えられた通りじゃ、それ以上の実力はつかねーからな。

 

 

 その言葉には夕映も同意している。

 何事の成功も積み重ねの向こうにあるのだから。

 

 礼を言いはしたが、大した事はしてねーよとヒラヒラ手を振って歩いていった彼。

 

 そんな彼に報いるのは早く魔法を使えるようになる事かもしれない。

 

 お馬鹿は好きではない夕映であるが、彼のそういった点には丸をつけていたりする。

 だからこそ、集中力も持続しているのかもしれない。

 

 木乃香とのどかは、そんな夕映を見て微笑を浮かべると、顔を見合わせてうんっと頷き自分達もまた特訓を再会した。

 

 

 「「「プラクテ・ビギ・ナル」」」

 

 

 そう、積み重ねが大事なのだから——

 

 

 

 

 

 

 

 

 「お前ら……

  少しは遠慮するという気は起きんのか?」

 

 「あははは まぁまぁ」

 

 

 どういう訳だろうか、何時も修行が終わると宴が始まる。

 

 最初に音頭をとったのは和美であるが、学園祭が近寄ってきている事もあって取材スケジュールを組んだりする事に時間をとられて来ていない。

 後に『エヴァちゃんの別荘で組んだら良かったのにー』と木乃香に言われて初めてその手があったかと気付き、私の時間と手間が……とショックを受けていたりするが、それは兎も角。

 

 例え和美が抜けていたとしても元気印の集団で名が知られている3−Aの一味。シラフでもヨッパライ的に大騒ぎが出来るのが自慢である。

 

 何せ癒し系として知られている木乃香ですら異様にノリが良い為、誰かの騒動をサポートすれば不必要なほど盛り上げられるのだ。

 

 今回は古が音頭をとり、木乃香が囃して楓が応援して更に盛り上げて、何時もの煩さを演出していた。

 

 おまけにエヴァの下僕である茶々姉ズまで、いそいそと準備を整えるのだから彼女も頭痛が止まらない。ご愁傷様である。

 

 

 「……これでワインの備蓄が減っていたら全員、縊り殺すところなのだがな……」

 

 「ウチらが飲んどるの、ジュースやしなー」

 

 「だーかーらーっ!!

  それはただのジュースではなくてだなぁ……ハァ……もういい」

 

 

 幸い、何だかんだで飲酒はしていないのでエヴァもそれほど酷くは怒っていない。

 

 何せエヴァはそれなり以上に名の売れているワインを一揃え所持しているのだ。

 呪いをどうにかする算段が付いた今、祝杯用に大切に保管しているモノまで飲まれたらたまらない。

 

 まぁ、少女達の食材用にと下僕達が勝手に田畑を作ってたりするが……気にしたら負けだ。うん。

 

 

 『それにしても……今日も横島の旦那にボコボコにされやしたね』

 

 「うん……」

 

 

 ちゃっかり皿に肴を盛り、お気楽にそうネギに言うカモ。当のネギどよ〜んと落ち込んでいたりするが。

 

 それに魔法で強化していたものの、使わない筋肉まで使わされてネギはちょっと筋肉痛気味。まだちょっと辛かったり。

 

 お陰で食事し辛く、茶々丸とのどかの二人に食べさせてもらっている。

 

 わたわたと慌てながらも世話を焼くのどかや、新妻宜しくいそいそと世話を焼く茶々丸の二人が何とも対照的。

 無邪気に世話を焼いてもらっているネギは訳が解っていないだろうが、世の男どもが殺意を向けるだろう状況ではないか。横島がいなくて本当に良かった。

 

 

 「そう言えば、私もまだ一撃も入れられませんね……」

 

 「刹那さんがそれだったら、私なんか全然届かないんでしょうね……

  一体何?! あのムチャクチャな回避力。

  はぐれメ○ルの遺伝子でも持ってんじゃないの!?」

 

  

 『アスナ、遺伝子やいうムズカシイ言葉知っとったんか……』等と全然友達甲斐のない事を考えている木乃香は兎も角、その異様な身体能力には全員が舌を巻いていたりする。

 

 

 「それは当然でござろう? あの御仁と戦(や)り慣れている拙者ですら掠らせるのが限界。

  不慣れな刹那が当てられないのは必然でござるよ」

 

 

 何だか知らないが、みょーにデカい胸を無意味に張って我が事のように自慢する楓。

 その言葉遣いにムッとしながらも、

 

 

 「それに、老師は術みたいなものが使えるようになてるネ。

  元々回避力と防御力が人間離れしてるアル。そんな老師が術使うと手がつけられないアル」

 

 

 と古が後を続けた。

 

 こちらも何だか自慢げだ。

 尤も、楓のような横島との取っ掛かりがなくてちょっと悔しげではあるが。

 しかし古が敵わないというのは事実であるし、楓と二人がかりで戦っても攻め切れない。ネギを混ぜた三人がかりでのどうしようもなかった。

 

 その上、“あの技”があるのだ。

 

 今思い出しても、ネギは身体が緊張で硬くなる。

 

 横島が使った技は未だによく解らないのであるが、自分が知らない召喚術みたいなものらしい。

 彼はその技(術)を駆使し、楓と古、そして白兵戦に慣れてきたネギを実戦形式で鍛えてくれているのである。

 制御時間は僅か十分。

 その間だけの短い鍛錬であるが、相手は格上なんて代物ではなく全くの別次元の強さ。元が横島であるなどと想像も付かないほど。

 

 だがそれより何より、存在感が尋常ではない。

 

 見た目は女子大生くらいのか弱い女性(角はあるが)。だがその鋭さや速さは尋常ではなく、ただ前にいるだけで吹き飛ばされるような存在感をもつ女性であった。

 

 魔法も技もどんどん使ってきてください。と言われた驚いたが、一度やってみればそれも納得で、下手をすると地力でエヴァをも上回る。ネギでは彼女の足元の影にすら届かない有様だ。

 

 それもそのはずで、何処かの深山で武術を教えているとか。

 その仕事故か教え方は異様に上手く、最高の格闘の師になってくれているのだから文句はない。楓も古も大喜びである。

 

 尤も、実力の差があり過ぎてどれくらい強くなってきているのかサッパリ解らないのだが。

 そんな女性(ヒト)を召喚できる横島忠夫という人はどういう人物なのか、未だによく解らない。

 自分より強いという事だけはハッキリしてるんだけどなぁ……と、ネギは肩を落としてみたり。 

 

 

 『そう言えばあの晩、始動キーを使ってやしたね』

 

 

 カモのその言葉で思い出されるのはヘルマンと戦っていた晩の事。尤もカモは楓の指示で木乃香らの側に隠れていた訳だが。

 その所為で横島が何と唱えていたのか聞いていなかったのである。

 

 そう呑気に人参のソテーと蒸し鶏を串に刺して食べているカモに対し、ネギが返したのは微妙な笑顔。いや、苦笑いか。

 

 図書館探検部等というキワモノ部に席を置いている夕映らは基本程度ならラテン語が解るのであるが、戦闘中だったので轟音とかでよく聞こえていない為、カモ同様にネギの反応に首をかしげている。

 

 楓と古、そして明日菜の三人はバカレンジャーの二つ名は伊達ではなく、サッパリサッパリなので首を傾げるのみ。

 

 そんな少女らの様子を目の横に入れつつ、苦い顔でエヴァは一人グラスを傾けた。

 

 

 『酔った勢いとはいえ……あんな始動キーを登録させたのは失態だ……

  式を失念して破棄の仕方も解らんし……』

 

 

 流石に契約を組ませたのは良いが、解き方を忘れたとは言えなかったので放置してしまったのは失敗だと今更悔いてたりするエヴァ。

 

 実のところ横島の珠の力まで借りてムリヤリ始動キーの式を組み込んだ事だけは覚えているのであるが……泥酔した所為で解き方が解らないというのはやはり人に言えない恥であろう。

 

 

 横島の魔法始動キー。

 

 Mamilla(マミナリア)Culus(キュラス)Femu(フェルム)

 

 ぱっと聞くだけなら、真面目っポイそれ。

 

 例えばMamillaは使い方としては『胸』。或いは『乳房』という女性形として扱う。

 Culusは『丸』や『丸いもの』。或いは肉体使用形で『尻』。

 

 となるとFemuが何を意味するか……察しの良い方ならお分かりだろう。

 

 横島は、魔法使用時にそんな事を言わされているのである。

 らしいというか、哀れというか……

 

 

 「はれ? そういうたら横島さん、どこ行ったん?」

 

 

 何時もは欠食児童宜しく、腹を減らして馬鹿食いをしている横島であったが、姿が見えない。

 

 円と零もいない事に今更気付き、騒ぎ出す楓らを見てエヴァはやはり気付いたかと舌を打った。

 

 本当ならあの二人に任せたかったのだが、楓らもいた方が良いのも事実だからだ。

 

 

 この場にはいない横島忠夫。

 

 彼は今——

 

 

 

 

 

 

 「オイ、横島」

 「横島さん……」

 

 「へ?

  零と……円ちゃんか?

 

  どーしたんだ? そんな顔して」 

 

 

 

 遂に岐路に立たされていた。

 

 

 




 御閲覧、どうもお疲れ様です。
 今回の話は、前から言ってる克明過ぎる記憶持ち。そのデメリット故に自力で彼を思い出すとこうなります というネタバレがメイン。
 当然ながら『模』もできません。魂のメモリ使い切ってますから。
 これが横っちの設定のキモであり、あとの話におけるお話のとっかかりに使えるネタなんですよね。

 では、次のgdgdへどうぞ。


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