-Ruin-   作:Croissant

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予約投稿失敗例その2(涙)
ご迷惑おかけします。
大修正したのに上書きミスしてますので、おいおい修正させていただきます。



二十三時間目:黄昏ぞーん
前編


 朝の登校は相も変わらず学生達が地響きを立てて爆走するのであるが、放課後……それも土曜日ともなれば他校と然程変わりはない。

 

 無論、下校する人口密度とかを横に置いての事であるが、遅刻とかの理由が関わってこないからであろうか、全力全開の疾走は見られない。単に朝が異常過ぎるだけだ。

  

 彼がここに来てもう何ヶ月も経つのでいい加減見慣れてきているはずであるが、やっぱり朝と放課後のギャップは凄いと感じる。

 

 「……まぁ、単に例の認識阻害とかいうのに掛かってないからかもしれんが」

 

 『だろうな。

  一般人ならその呪式に掛かっていなければこの街での生活は受け入れられまい。

  何しろ日常の光景からして無茶なのだから』

 

 「ま、そりゃそーなんだが……」

 

 本日は土曜日。

 

 学校も部活がなければ半ドンなので家(寮)路に着くのが普通であるが、どういうわけか生徒達の数は少ない。

 おかしいなぁ、クラブ活動に勤しむ輩じゃない限り、土曜だったらとっとと帰って遊びに行くだろうのに。それとも、駅に直行してコインロッカーで着替えるんか? それにしたって駅に行くヤツの姿くらいあるだろーのに……と人通りが少ない道を歩く一人と一匹。

 歩きやすいからか小鹿はぴょんこぴょんこ跳ねて喜んでいる。

 そんな所作に癒されつつ、横島は首を傾げていた。

 

 「あ、そうか」

 

 が、はたと今の時期との関連を思い出した。

 

 考えてみれば生徒の影が少ないのも当然。

 何せ大型イベントである学園祭が刻一刻と近寄りつつあるのだ。

 そんな時にお気楽極楽に寮に帰るヤツなどそうそういる訳がない。

 

 用意がある者は当然居残りであろうし、無いヤツは他の学年やクラスの出し物を冷やかしている筈。

 学生時の自分がそうだったのだから、ド外れたお祭り好きのここの生徒達がそれをやらない訳が無いではないか。

 

 つーか、確かに人通りこそ少なくなってはいるが、周囲はドコよこのカオス空間? と聞いて回りたいほどの仮装集団がチラホラ。

 遠くには突貫工事で作られたにしては出来が良すぎるインチキ建造物もおっ建っている。凱旋門見上げた時には、頭が痛くなったものだ。

 

 それに用務員ズの毎朝の朝礼で学園祭時の担当地区と行動範囲、およびローテーションの確認なんぞを繰り返しているのだ。だというのに気付くのがここまで遅いというのは如何なものだろうか? 

 

 ……尤も、それは彼だけが悪いのではなく、ここ最近の鍛練によって日数感覚はムチャクチャになっているというのが主な理由だったりする。

 

 “本当の十七歳”の時ならいざ知らず、今の彼は女の子達(と、ネギ)の鍛練には慎重に慎重を重ねた気の使い方で取り掛かっている。万に一つの失敗も無いようにだ、

 例え怪我する破目になっても痕を残さないよう、そしてそれを肥やしに出来るよう、心眼と共に最善の注意を払って少女達(しつこいようだが+ネギ)を鍛えているのだ。

 

 戦いとは千変万化。自分の得意フィールドだけで戦えるとは限らない。そして常に相手が自分と同等以下とも考えられない。

 

 あらゆる状況下で敵の力量を量り、さりげなく威力偵察をし、情報を集める。

 相手の誘いに乗って舞台に登る等、愚の骨頂。寧ろ相手を舞台から引き摺り下ろす事を考えさせるよう努めていた。

 

 零は良い。やや自ら闘いに走りがちであるが、経験の多さから場を読む能力は異様に高い。

 楓や古も零には劣るものの、その駆け引きが出来る。元々が武術家であるのだし。

 実はド素人の円にしても、感受性の高さから相手に呑まれることもあるが、霊的な見極めの取っ掛かりは掴めて来ている。

 

 明日菜も、ドが付く素人だったはずなのに、持ち前のド根性と常軌を逸した身体能力によってグングン成長してきている。横島並みに無駄な動きが多く、持久力が彼を下回っている為にスタミナが切れるのが早いのが難点か。

 意外にも木乃香は場の空気が変わろうと自分のペースを崩さず、落ち着いて座学やら札術やを学んでいたりする。おまけに結果も出ているし。これが天賦の才というものか。

 

 だが、更に意外なのは刹那である。

 

 実力の点ではそんなに心配する事は無い。

 本気の楓と良い勝負であろうし、何より横島が鍛えている今の古よりもまだ強い。翼を出した本気モードに入れば、二人がかりでも闘えるほどなのだから。

 剣の技術云々はまだ大振りが多く危なっかしいものが残るものの、そんなに文句は無い。鍛練の時、わざとそこを突いた攻撃をしているので、慣れてきたらどうにでもなる位になっているのだから。

 修行不足云々は人の事を言えない彼であるが、達人クラスを見た経験ならそこらの魔法使い達すらも凌駕している。そんな彼の目をもってしての感想なのだからかなり正確だ。

 

 しかし、そんな彼だからこそ言える事なのであるが……

 どういうわけかこの娘、桜崎刹那は、腕前云々は別として精神の方は木乃香にかなり依存していたのである。

 

 「なんつーか……

  こんだけ依存しとったら拙いんでないかい?

  木乃香ちゃんが行方不明とかになったら幼児退行とかしそう」

 

 『何バカな事を……』

 

 そうかな(笑)?

 

 いやまぁ、それは兎も角――

 これまた人の事言えた義理ではないが、京都の一件で木乃香の危機に対し彼女はその身を曝して庇っている。

 一時覚醒した木乃香の力と無意味に凝縮した横島の“珠”の効果もあって、結果的に皆無事で終わった一件であったが、文字通り『木乃香を守る為に命を懸けている』ので危険なこと極まりない。

 

 下手をすると後先考えず彼女を守ってしまい、結局“護り切る”に至れない可能性が高いのだ。

 

 「守ったつもりで相手の命縮めたら世話ねーしな……」

 

 『ヨコシマ……』

 

 溜息と共に呟かれた言葉が異様に重い。

 

 心眼はまだ話を詳しく聞いていないので要領を得ないのだが、このお調子者がこうまで変わっているのだから相当の事があったであろう事だけは掴んでいる。

 

 ただ、元々自分は彼をサポートする為に生まれた存在で、彼を支えたり助言をしたりする事に存在意義を見出していた。そんな自分が肝心な時に彼の側におらず、間を抜かす形で“結果”に至ってから再会を果たした。その事が無性に悔しい。

 奇しくも、心眼も横島も誰かを庇って逆に力になれなくなっている。そんなところばかり似ずとも良いものを。

 それもまた繋がりであると言えなくも無いが、時折夕日に寂しげな眼差しを向けている彼を見た時にはやはり悔みの方が大きく湧いて来るのは如何ともし難い。

 

 『(至らなさで悔むのは生きる上での業なのかもしれんが……)』

 

 そう、横島とは別の意味で溜息を吐く心眼だった。

 

 

 と――

 

 

 

 「あぁ――――っ!!! 見つけたでぇっ!!!」

 

 「ぬぉわっっ!!??」

 

 『!!??』

 

 ちょっとばっかおセンチさんになりかかっていた横島の後頭部を、関西弁の馬鹿声が殴り飛ばした。

 至近距離ではないのに耳にこの威力。押さえた耳の奥がギシギシ撓っている。

 

 「ちょ……ま……だ、誰 じ ゃ ―――― っ ! ! ? 」

 

 頭の中で独楽が回っているかのようにぐらんぐらんと首から上の座りが悪い。

 

 気の抜き過ぎだといわれればそれまでであるし、自称:大首領にバレたらただではすまない。ちょーオシオキは必至だ。なので大声で誤魔化してみたり。

 

 「オレやーっ!!」

 

 しかし相手も然る者。つーか空気読んでないだけか。

 横島の問いに対しその声の主は、ビシィッッ!! と自分の胸を親指で指して答えたではないか。

 

 「あ……お前は……」

 

 幾ら人影がまばらとはいえ往来のど真ん中。

 そのやり取りに人目は集まり、好奇に満ちた目が二人を見比べている。

 

 片や、青いツナギの用務員。

 赤いバンダナが特徴的だが、さりとてそれ以外が目立つわけでもない、そこらにいる平凡そうな青年。

 

 その当たり障りのなさ過ぎる外見から目立たない事この上もない。

 

 だからもう一方。声を掛けて来た側の方がハッキリ言って目立っていた。

 

 幼さを残す、十代前半もいいとこの少年が一人。

 黒い短ラン手前の学ラン姿。

 生意気そうなツンツン頭には何故かネコ耳ならぬ犬耳があり、それがまた妙に似合っている。

 パッと見はそこらにいるだろう、背伸びした生意気なガキであるが、実のところちょっと違う。

 

 その血の半分は人以外のものが流れているのだから。

 

 「やっと見つけたで! 兄ちゃん」

 

 そう。

 

 ヘルマン襲来からこっち全然会っておらず、西の本山からどういった沙汰が下りたのかすら殆ど知らなかった狗族ハーフで犬神使いの少年。

 

 元、西の刺客としてネギと戦ったこともある彼、

 

 

 

 

 

 

 

 「―――……誰だっけ?」

 

 

 だぁああっっ!! とおもいっきり滑りコケル少年。

 いやぁ~どーもヤローの顔は覚えにくいと後頭部を掻く横島の呑気な顔が恨めしい。

 

 「それに、やっぱこういったシーンやったら、かまさなあかんやろ? お約束は」

 

 「そ、そんなお約束はイランわ――――っ!!!」

 

 「何を言う!! 例えウケんでもお約束は続けるもの!!

  ウケずとも続ける事によって笑うてもらえる場合もあるんやぞ?!

  それを否定するというのか!!?? お笑い芸人に謝れ!!!」

 

 「 ア ホ か ―――― い っ っ ! ! ! 」

 

 

 

 ………まぁ、そういった訳で、

 横島とこの少年……犬上小太郎はやっと“素面”での対面を果たしたのであった。

 

 

 

 

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            ■二十三時間目:黄昏ぞーん (前)

 

 

 

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 「ふーん。ほな、コイツは夏美ちゃん達のトコにおんのか」

 

 「うん。なんか千鶴姉が気に入っちゃってさ」

 

 「だって、ねぇ……?」

 

 そう小太郎に微笑みかける千鶴であるが、彼からしてみれば ねぇと言われても返答に困る。

 そのやり取りに言い様のない憤り(主に嫉妬)に駆られる横島であるが、よりにもよって小学生×中学生に嫉妬を覚えるわけには行かないので口を噤んでいた。

 

 この三人。

 

 小太郎が引き取られた部屋に住んでいる夏美と千鶴が、一緒に校舎への通学路を歩いていた理由は、

 

 「ああ、出しモンの準備か」

 

 「正確に言うたら食いモンの買出しな。菓子とかが多いさかい、荷物持ちしとんや」

 

 という事らしい。

 これだけ大掛かりな学際なのに、その準備を余裕もってやり過ぎていたという気がしないでもなかったのだが案の定だ。

 

 いや、実は横島が意外なほど丁寧に鍛練をつけていたので、ネギも少女らもやたら疲労が抜け切らず日中ぐったりしてたりする。それが学祭の用意時間を押していたりするのだ。

 その件に関しては大首領様(エヴァ)に詰め込み過ぎだバカモノと叱られ(拷問)ているので、カッチリ教えつつ余裕を持つ事にしている。それが今日のような休息日である。

 時間的に言うのであれば、エヴァの城で休めば良いという説もあるのだが、あの場所は修業場でもあるので身体は休めても気が休まらないのだ。

 横島が何時でもドコでも爆眠できる体質なので起こった大失態の一つである。

 

 もう少し気がつくのが遅ければ、学生生活を捨てさせるに至っていたかもしれない。

 だから横島にとっては猛反省期間中でもある。

 

 「ん? 言うたらお前部外者やろ? 校舎入ってええんか?」

 

 「オレ、今は夏美姉ちゃんの弟って事になっとるんや。

  せやから名前も“村上”小太郎や」

 

 「ほぉ~」

 

 聞けば、反乱の関与やら本山脱走やらは、関西追放というだけでほとんどチャラだったそうだ。

 そりゃ確かに間違っても彼は悪人ではないし、麻帆良に対して悪魔が侵入してきた事を告げに来てくれたし、何よりその悪魔を退治する為に尽力しはした。

 ではあるが、本山壊滅の危機の一端を担った筈の小太郎に対し、余りに軽い刑罰のような気がしないでもない。

 

 まぁ、横島にしてもあんまり嫌いになれないタイプの少年だと感じていたので文句を言うつもりは無いが。

 

 「……ん? 夏美ちゃんの弟って事で書類が通っとるんやったら、おまえ……」

 

 全ては語らずチラリと二人に顔を向けると、二人の話の邪魔にならないよう かのこを愛でていた千鶴が小さく微笑んで頷いて見せた。

 つまり、この二人は“裏”の事を――

 

 「おぅ。

  兄ちゃんが言うたように、よう考えてから二人には言うとる。

  あぁ、あやか姉ちゃんには言うてへんで。

  即行で眠らされとったさかい、何があったか理解してへんみたいやし」

 

 「そっか……」

 

 横島はそれ以上の事は聞かず口を噤む。

 

 事件に巻き込まれたというのに何の手も打たず、生徒に丸投げしている感も強いのだが、それでも小太郎は小太郎なりに考えて決断し、尚且つなにかあった場合の責任も取るつもりでいるようだ。

 だったら自分はこれ以上何も言う事もなかろう。

 

 ふと三人から目を外せば、出し物であろう気の早い露店が営業を始めていた。

 横島はその店に立ち寄り、クレープ屋で五つ買って二つを自分と小鹿にとって残りを小太郎達に勧めた。

 なんやクレープや女の食いモンないかと文句を言いつつも、横島と小太郎の分は中身がハンバーグとチーズにしていた事を理解するとバクバク食い出す。

 もちろん かのこはラズベリージャム。手には持てないので彼が千切って分け与えているのも自然な流れか。

 

 そんな気遣いや、好物を渡された子供の様な横島の食いっぷりに千鶴達は微笑ましげな表情をしながら奢ってもらったブルーベリーカスタードを食べた。

 

 横島はまさかこのオレが男に食いモン奢る日が来るとは……等とみょーに感慨深いもの感じつつ自分の唇についていたソースを舐めとる。

 具材が良いものを使っているのだろう妙な風味もなく、街のクレープ屋よりずっと美味い。侮り難し麻帆良の出店。

 

 「ま、こっちがバラしたんやなくて、向こうから関わらせ来たんやからな。

  最悪、向こうはあのジジイの目を通して見て関係者扱いしとるかもしれん。

  それやったら逃げ方か、迂回の仕方くらい教えんと話にならんしな」

 

 そう他人事のように言いながらも、横島は小太郎にちょっと感心していたりする。

 この少年はちゃんと自分で考えて無関係な者と、関係してしまった者との対応をの仕分けを行っているのだ。

 

 “何故か気になる”という場所や、“何故か気になるモノ”にはなるべく近寄らせない。

 不安がらせるのは嫌なので、天井裏などに祓いの札をコッソリ仕掛けておく。

 あんな事があった後なのでという理由で“裏”のお守りを持たせておく、等々……

 元々が部外者である小太郎に出来る範囲は狭い。だがそれでもかなり的確ではないかと感心してたりする。

 

 いや少なくとも、関係してしまった人間に対しては上等の方法であると言えよう。

 特に“何故か気になる”場所やモノに近寄らないように言っているのはかなり点数を入れたくなる助言だ。

 それは“何か”の誘いか、認識阻害が掛かっていないに他ならないからだ。

 

 「……ま、難点は他の人間の力借りてないとこだな」

 

 「しゃーないやろ。こっちに伝なんぞないわい」

 

 「せやったら今度その天井に仕込んどるっちゅー札か、

  お守りに使うとる式、オレに見せてみい。

  足りんとこ直しちゃらぁ」

 

 「ホンマか!? ちゅーか、兄ちゃん西の術や解るんか!?

  ほれにさっきから関西弁になったり東の喋りンなったり忙しいな」

 

 「質問は別個にせぇ! 

  まぁ、正確に言うたら術や式の方は記憶しとるだけやけどな。

  少なくとも封じ札やら結界の式の図柄は100%描けるぞ。

  関西弁が出たりするんはオレが元々大阪に住んどったからや」

 

 「「「へぇ……」」」

 

 と、小太郎達が同時に感心の声を上げた。

 そのユニゾン具合は本当の姉弟のようだ。

 そう素直に感心している小太郎に、横島は心眼と二人して内心で苦笑していた。

 何せ、優等生とは程遠いこの子供の方がネギより周囲に馴染み、気遣いが出来ていたのだから。

 

 どうもネギは小利口に纏まりすぎている所為か、周囲への気遣いの判断基準が吹っ飛んでいる。

 紳士的な行動はとれているのにどこか抜けていたり、手堅く素早い方向に向いても明らかに的外れだったりするのだ。

 成績を上げる為に生徒達に魔法を使おうとした話を明日菜から聞いた事はあるが、その魔法には一ヶ月ほど頭がパーになるという副作用があったという。

 その場限り以外の何物でもないし、後の問題はほったらかしだ。修業に来たのかテロ行為を起こしに来たのか判断に困る行為である。

 

 まぁ、確かに以前の横島ならそういったおバカ行為も考えただろうが、流石にある程度(笑)の分別は付くようになっている彼だ。話を聞いた時の頭痛は相当なものだった。

 それでも楓達が止めなければMIKAMI流オシオキ術を行使してしまいそうになっていたりする。やっぱり女の子にパーにする魔法をかけようとした事は赦し難かったのだろう。

 

 まぁ、それはさて置き。

 

 「兎に角だ。

  お前一人やったらええけど、女の子が関わっとるんだったら話は別や。

  いざンなったらオレなりネギなり、それか高畑さんに言うて安全策の相談せえや。

  何だったら“飛び切りの魔法使い”に言うたるし」

 

 「マジか? それは助かるけど……ええんか?」

 

 「アホぉっ 今言うたやろがっ!!

  お前一人やったら放置やけど、未来の美女を危険に曝せるかっっ!!」

 

 「ありがたいんやけど、納得し難いなぁ……」

 

 尤も、横島の知る“飛び切りの魔法使い”なんぞエヴァくらいなもんだ。

 

 手を貸してくれるかくれないかは運次第であるし、もし貸してくれたとしてもけっこうな対価を求められるだろう。

 

 まぁ、自分の血は不味い(拙い)らしいし、小太郎のも求められないだろう。『フン。獣臭い血なぞいるか』とか言う様が目に浮かぶし。

 となるとネギが代わりに求められるかもしれない。

 でもそれだったら良いや。どーせ死ぬほどは吸わんだろうし。と横島は締めくくった(←そこらは他人事)。

 

 「ま、そー言うこったから、そん時に声掛けてくれ。

  コトがコトやから手が空いとる時にちょちょいとやったるさかい」

 

 「お、おお、スマンなぁ」

 

 「何だかよく解りませんけど、お手数かけます」

 

 礼を言い慣れていない小太郎は詰まりつつであるが、千鶴はしっかりと頭を下げて礼を言う。

 何をしてくれようとしているのか良く解らないのであるが、自分たちの為である事だけは解るので彼女も本当に感謝しているのだろう。

 

 夏美も慌てて頭を下げようとするが横島は手をヒラヒラと振って止めさせる。

 

 「ええって。

  ま、四,五年くらい後に二人を茶に誘うからそん時に誘われてくれたらええわ」

 

 「あらあら」

 

 「ええっ?! 千鶴姉なら解るけど、わ、私も?!」

 

 「ん? いや、二人とも可愛いやん。

  今でこんだけ可愛いかったら先がごっつ楽しみやし」

 

 小太郎からすれば女に色目を向けるような軟派な考えには付いて行けないのだが、言われた方の二人。可愛いと言われて戸惑っている夏美もそうだが、特に千鶴はそう言われて喜んでいた。

 大人っぽいとか、年齢詐し(ry……とかはよく言われているのだが、可愛いと言われるのは久しぶりなのだ。

 

 奇しくも横島は、自分の父と同じ言葉で(無意識に、ではあるものの)口説くという行為を行っていた。

 

 「ま。覚えとったら、でええからそう気にせんでええわ。

  そん時に覚えとってくれたらサプライズで嬉しいしな。

 

  ほな、そろそろエエ時間になってもたからオレも帰るわ」

 

 そう言われて自分の腕の時計を覗いてみると、気が付かなかったが確かにけっこう長く話をしていたようだ。

 横島は食い終わったクレープの包み紙を皆から受け取り、くしゃっと丸めてからゴミ箱に捨て、そのまま三人の歩く方向とは別の道に足を向ける。

 

 このまま冷やかしなり、作業の手伝いなりに向かっても良いのだが、流石に毎日毎日鍛練漬けだったので楓たちも自分が姿を現したら余計な気を使わせてしまうかもしれない。それでは日常が保てないだろうから、少しでも自分の姿を見せないであげよう(←余計な気遣い)。

 まぁ、こっちも連日連投だっので、既に日常とのズレが出ているのだし。

 何より栄養分(かのことかナナとか)が減るのも早い。ぶっちゃけ癒されたいのだ。

 

 そんな彼の背中を見ながら、何だかんだで気が張っていたのだろう小太郎も笑顔を見せつつ、片手をひょいと上げて見送――

 

 「おぅ。気が楽になったわ。

  ほな…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  っ て 、 待 て ぇ や っ ! ! 」

 

 「チィッ 気付かれた!!」

 

 ――れなかった。

 というか、我に返った。

 

 「思わず呑気に会話してもーたやないかっ!!

  食いモンで釣るとはズルイでっ!?」

 

 「じゃかーしわいっ!!

  釣られたヤツに言われたぁないわいっ!!

  そのままマターリとしていれば良いものを!!」

 

 「うっさいわっ!!

  こっちは兄ちゃんに散々コケにされとるし、

  あのジジイおちょくりまくっとった実力も侮れん。

  せやから白黒つけな気になってしゃないんやっ!!

  オレと勝負せぇっ!!」

 

 「だが、断るっ!!」

 

 「聞く耳持たんっ!!」

 

 「まさかの切り返し?! こいつ、ユッキーより知恵が回る?!」

 

 本人が耳にしていたら激怒狂乱しそうなセリフをかましつつも全力で逃げる。そして当然、小太郎は追う。

 

 「しもたっ!!

  確か人狼はイヌ属やから逃げるモンを追いかける習性が……」

 

 「人をイヌコロ扱いすんなっ!  待てぇーっ!!」

 

 「待てと言われて待つアホがおるかーっ!!!」

 

 逃げる青年、追う子供。

 真昼間なので目立つ事この上もない。

 美女美少女に追いかけられるのなら兎も角、こんな子供それも男に追われて嬉しいはずが無い。

 ぶっちゃけ、追いかけてくるのが地雷女でも美女美少女なら男よりマシと言い切れる人間なのだから。

 

 『別に闘り合っても良いのではないか?

  軽く揉んでやったらあの少年も納得するだろうに』

 

 「アホぬかせっ!! アレはユッキーと同類じゃっ!!

  一回でも相手したったら永遠に付き纏って来るぞ!!?」

 

 ユッキー? と首を傾げかかった心眼であったが、前に話した時にその呼び名が出ていた事を思い出す。そう、あのGS試験会場で自分を消してくれやがったあの男の事だった筈。

 何だかよく解らない流れで横島をライバルとして見続け、結局は腐れ縁が永遠と続いてしまったとの事だった。

 戦闘狂等と言われるだけあって、事ある毎に横島に勝負しようと誘いを掛け捲っていたらしいが……よくもまぁ、あの乱暴者がそんなはっちゃけたキャラになったと呆れたものだ。

 

 『アレと同類?』

 

 そう言われて心眼は背後に意識を向ける。

 

 「 待 た ん か コ ラ ァ ア っ ! !

  正 々 堂 々 と 勝 負 せ い や ぁ ―― っ っ ! ! ! 」

 

 納得出来るような出来ないような微妙なものを感じる心眼であった。

 

 

 

 

 

 

 「あらあら 小太郎君も楽しそう」

 

 「な、何だかよくわかんない人だったね」

 

 「でも私達の事を真剣に考えてくれているのは解るわ。

  どこまでがポーズで、どこからが本音か解り難いけど」

 

 「そっかぁ……」

 

 「あ、でも、私達を可愛いと言ったのは本音みたいね。

  良かったわね。夏美ちゃん」

 

 「ち、ちょっ、千鶴姉ぇっ」

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「そー言えばさ。

  楓ってもう横島さんに抱かれた?」

 

 ぶ ふ ぅ う う ――――― っ っ っ

 

 

 和美から唐突に放たれた質問に、身構える暇も無かった楓は口に含んでいたペットボトルの茶でもって霧を噴いてしまった。

 お昼という事もあって見事な虹が披露されていたりする。

 中々の霧具合。流石はNinjaである(?)。

 

 「 カ~~ エ~~ デ~~……」

 

 「ぬぉおおっ!? も、申し訳ござらぬっっ!!!」

 

 真正面で同じように一時休憩としゃれ込んでいた古に直撃しなければ、の話であるが。

 尤も、一連の流れは傍で見ている分にはコミカルで笑いを誘う。現に騒動の着火人である和美は大爆笑だった。

 

 ここは彼女達の教室。

 

 学園祭が始まるまであまり日数が残されていない事もあり、認められていない居残りまでして急ピッチで用意が進められている。

 

 何せ教室を完全に改造までしてお化け屋敷……ホラーハウスをするというのだから、もちろん収益トップを目論んでいる。小道具にも相当手を入れねばならないのだ。

 

 その上、この麻帆良という巨大学園は“外”と違って無駄に技術が進んでいて尚且つ無駄に凝り性が集まっている。そんじょそこ等のレベルで満足する訳がない。

 よって女子中等部3-A教室は、そこらの遊園地もビックリなアミューズメントコーナーへと変貌しつつあるのだった。

 

 ……まぁ、まだ見えないゴール地点の話は獲らぬ狸なので横に置いとくとして、現実面今は単なる準備段階。

 

 運動系の部員が多い事も災いしてか製作時間がやたら限られてくるし、作業時間と小道具係が少ない少ない。

 

 お陰で文化部なんだか運動部なんだか判断の難しいさんぽ部も優先的(?)に居残りを命じられているし、普段の部活が謎である図書館島探検部も全員いるし、自分の部の出し物もあるだろうのに古もいる。尤も古の方は出し物が既に決まっているらしい。

 兎も角、それら有志達のお陰でスタートは遅くともそれなり以上のピッチで進んでいるのが現状である。それでも時間が足りない事は言うまでもないが。

 

 時間は正午。

 当然ながら運動部系は自分らのクラブがあるので出払っていて不在。

 よって彼女らがいない間に教室に残って用意をしているのは文化部と帰宅部だ。がさつという程ではないが、ちょっと細かい作業が苦手である運動部よりは文化部の方がそれなり以上に手先が器用な者が多いのも事実。

 思っていたより手早くコトが進められているので気楽さが漂っている。

 

 無論、懲り過ぎているが故に夏休み最終日が如く時間が足りないとか言って泣き悶えながら仕上げにかかる可能性が高いのであるが……あえて語るまい。

 

 とはいえ、そういった修羅場でも学生主導の行事なので嫌という訳でも無く。皆で残って何かを成したという記憶は後々良い思い出となるだろう。 

 当然ながら、休憩中のハプニング。級友達の前でブチ蒔けられたトンデモ発言もだ。ブチ蒔けられた当人にとっては碌な思い出となるまいが。

 

 さて、その当人。楓も身構える隙も無かったので慌てふためくのも当然というものだろう。

 無駄に大きい胸の力によって放たれた茶は、実に見事に古の上半身に直撃。

 一度咽て大量に吸い込み、且つおもっきり噴出したのだからけっこうな濡れ具合だった。

 何時もかまってくれる円がメンバーと共にバンドの練習に行っているので、こっちのお手伝いに来ているナナもビックリしている。

 

 顔面をびしょ濡れにした古は、慌てたナナからタオルと楓から手拭い(タオルではない)を渡され、それでもってプリプリ怒りつつ顔を拭き拭き。

 それでも彼女が使っていた超包子謹製の中華弁当は無事である。運がいいのか悪いのか。それとも反射的に庇った事を流石と称賛すべきか?

 ま、それは兎も角。

 

 「あ、あしゃくりゃ ……朝倉殿!

  いっ、いきなり何を言い出すでござる!?」

 

 折角ここ最近になって落ち着いてきたというのに、また切羽詰って近寄れなくなったらどーしてくれるでござるか!? という意味合いが在ったり無かったり。まぁ、和美にはそんな想いは丸見えであったが。

 当然、和美はじぇんじぇん進展してない事に直気付く。彼女は心の中で『龍宮、超りん乙』と拝んで冥福を祈った。

 

 「ふぇ? 私、寝る時はお兄ちゃんにだっこしてもらってるレスよ?」

 

 「あはは……そっちの“抱く”じゃないよ~?」

 

 思った通り意味を理解していないナナのお気楽発言を、ハルナが笑いながら頭を撫でてやりつつ否定する。

 頭を撫でてもらって嬉しいのか、ナナはうにゅぅと子猫が如く目を細める。

 

 ちょっと向こうで、『ああ、私は可愛らしい少年の方が……しかし、今の表情も捨て難い』と苦悩している いいんちょの姿が見えたような見えていないような……いや気の所為だろう。

 責任者として居残りを買って出ている彼女がそんなヘンタイな訳ないだろう。ウン。

 

 「違うんレスか?」

 

 コテンと首を傾げるナナに、内心『その絵イイっっ!!』とか悶えつつ、表面的には欠片も見せていない。

 無論、『ナナちゃんを男の娘として脳内変換すれば……イケルッッ!!』等とタワケた事は考えていない筈だ。健全な少女的に。

 

 「違うよ~? あのね――」

 

 「純真無垢な女の子を汚染すんなーっっ!!!」

 

 スパーンッッ!! とイイ音を立ててハリセンが横薙ぎに一閃。

 ハルナの首がコキン☆と実に良い角度にひん曲がって見えた。

 流石は明日菜である。そのパワー。恐るべし。

 しかし、そんな危険極まりないシーンをナナに見せるわけにはいかない。ヒットする直前に木乃香が目を隠しつつ掻っ攫っているのは流石。ナイスなコンビネーションである。

 

 木乃香は白目をむいた“それ”をロッカーの前に転がしてナナの視界から隠す。

 はわわ……等とのどかが慌てているが夕映は良い薬ですと無視していた。

 

 「で? 未だ横島さんからそーいったアプローチは無いの?」

 

 「しょ、しょれは……」

 

 聞くまでも無い。この様子を見れば誰だって解る。

 和美の見立て通り、横島のからの方も進展ゼロだろう。

 

 大体アプローチも何も、鍛練の時は師弟そのものであるし、終わってもまだその時のテンションが続いてしまっているので色気の無い事この上もない。

 古にしても、楓同様で間合いというか距離を測りかねていたりする。恋愛慣れしていない事がここまで躓きを続かせている。

 二人ともそういった空気にならなければ凄く自然に付き合えるのであるが……本当、世の中儘ならないものだ。

 

 「せやったら、くぎみーの方が進んどるんえ?」

 

 木乃香の何気ない言葉に、ぐぅっと悔しそうに唇を噛む二人。

 それもそのはず。

 実のところ“触れ合い”という点では二人は円に差をつけられつつあるのだから。

 

 何せこの二人はもう横島に手伝ってもらわなくともチャクラを回せるようになっている。

 意外に師としての才能を彼が有していた事もあるが、彼に対して頑張りを見せようと二人が張り切ったお陰でその成長は著しかった。

 特に修学旅行の戦いで思う所があったのだろう、帰ってきたからはエヴァの別荘を使わせてもらえて人目をあんまり気にしなくて良くなった分、そのペースは上がっていたのだ。

 

 が、彼の手を離れて個人鍛練が可能になったが故、後発の円が横島とマンツーマンで教えてもらう事になってしまったのである。

 

 当然ながら二人に割っていた霊波は円が一人で受け持つ事となり、そりゃーもーたいそう色っぽい声をあげまくっていた。

 何せ円は感受性の霊能力者。攻性霊力の才が突出している楓らより霊力を受け止めやすいのは当然だ。

 詳しく説明できないのは残念であるが、それは『え? 板変えるの?』と皆様に問われてしまいかねないほどで、御多分に漏れないセリフ『らめぇ』が入っていると言えばお分かりいただけるだろうか?

 

 ――いや、真に声をお聞かせできないのが残念である。

 

 そんな訳で、二人の修業風景は、言ってしまえば特異なプレイを楽しむ様を見せ付けられているようなもの。

 おまけに横島には苦悩且つ苦痛ではあるが、円には必要な修業とキている。文句らしい文句も言えやしない。自重しろと言いたくも、自分らとて耐えられた記憶が無いのでそれも無理。

 

 そりゃあ二人が悔しそうなのも当然であろう。

 

 「? だっこしてって言ったら楓お姉ちゃんもだっこしてもらえると思うんレスけど」

 

 「あー それは、ねぇ……」

 

 しかし、ナナにはサッパリサッパリ。

 

 彼女もここ最近、ちょっぴりそーゆーのを見た時に胸がチリチリするのだが、私もだっこーと言えばしてもらえるので問題ないのだ。彼女が気にし出すのはもーちょっと先だろう。

 よって、どうしてーどうしてーと彼女の眼差しはものごっつ無垢無垢(ピュア)

 

 そんなな目で問われると流石に明日菜も答えに窮してしまう。つーか、解ってしまう自分が穢れているよーな後ろめたさが湧いてくる。

 

 ああっ、そんな目で私を見ないでーっ!! という奴だ。

 だから無理だと言うのは簡単であるが、理由を聞かれると難しいのだ。

 

 「楓はなぁ、ナナちゃんよかちょっとお姉ちゃんやから言うん恥ずかしいんや」

 

 そんな親友のピンチに見かねた木乃香が助け舟を出す。

 

 「そーなんレスか? だったら皆に内緒で……」

 

 「いやいや、ナナちゃん。そりゃダメだよ。

  二人っきりでだっこしてーなんて言ったら即行で……へぶぅっっ!?」

 

 イキナリ復活を果たしたしたメガネ魔人が割り込んできたが、言い切る前に明日菜がハリセンをフルスイングさせて沈黙させる。無論、直前に木乃香はナナの目を庇っていることは言うまでも無い。

 

 「つまりな、二人ともだっこしてもらいたいんは山々なんやけど、

  “まだ”恥ずかしゅうて言えへんのや。

  せやからもうちょっと待っとったら、

  この二人のどっちかか両方ともが一緒に寝とうと思うえー?

 

  多分、 裸 で 」

 

 「そーなんレスか?」

 

 

 「「違う(アル)でござる!!!」」

 

 

 顔を紅葉より真っ赤に染めたた二人が同時にツッこむ。

 ちょっと想像したらしい。

 

 「えー? せやけど 絶 対 無 い って言い切れるんえ?」

 

 「「………」」

 

 これまた二人して沈黙。

 実に仲が良い事だ。顔も同じように赤いままだし。

 

 ニマニマしている木乃香と明日菜。プラス鳴滝姉妹と何時の間にか復活しているハルナ。

 流石にそーゆー事が気になるお年頃。特に対岸の火事であるのだから当然だ。

 それでもパワフルな運動部の連中がいないだけマシであろう。

 

 「だ、だいたい、しぇっしゃ……拙者らは中学生。

  そう、まだちゅーがくせーでごじゃるよ!?」

 

 「そ、そーアル!!

  ろーしはじょしちゅーがくしぇーに手を出すことなんかしにゃいありゅヨ!?」

 

 「……舌が回ってないわよ」 

 

 ちょっと前までは距離を測りかねて逃亡に近い行為をかましまくっていた二人であるが、ここ最近になってやっと触れられるほどにまで回復していた……のであるが、流石に枕事やら睦事ともなると話は別。

 何だか知らないが、服を着ていない状態で彼に抱きしめられているシーンを容易に想像できてしまう為に恥ずかしさが突出してくるのだ。

 以前ならここまで慌てなかっただろうのに……恋愛と本当に人を強くも弱くもするものだと改めて思い知らされていたりする。

 

 そんな風に慌てふためいている二人を見ているとおちょくり回したい気持ちがガシガシ膨れ上がってくる和美。

 いやそれはとても簡単な事で、一言ポツリとつぶやけば良い。それで終わるのだから。

 

 つまり――

 

 『中等部卒業まで後十ヶ月切ってんのよ?

  つまり、横島さんの枷が取れるのもよくもって十ヶ月。

  カウントダウンはもう始まってるの』

 

 という事である。

 

 ちゅーがくせーに手ぇ出せるか――っっ!! 等とのたまわっている彼であるが、十ヶ月で中等部卒業。で、高等部だ。

 そうなってくると話は変わる。頑なに自分を押さえ込んでいた彼も、じょ、じょしこーせーっスかっ!!?? も、もー辛抱、堪らんですタイ!! とか言って錯乱するに違いない。

 つーか声だけ嫌がる二人の痴態が簡単に想像できてしまうではないか。

 だからそれを口に出したら余計にややこしくなり、横島との距離は更に掴めくなるだろう。

 だから和美はその事を口にしないのだ。二人の為という事もあるが、余計な事言いやがってと怒りと恨みをぶつけてくるであろう龍宮と超の二人が怖かったのだから。

 

 まぁ、どちらにしても社会的にはロリコンの範疇である事は言うまでもないのだが。

 

 「……それでもさ、何か羨ましい、かな?」

 

 「へ?」

 

 赤くなったりもじもじしたり。そんな風にここ最近まで一番恋バナから程遠かった二人の話の中、机に腰を下ろしていた明日菜が溜息と共にそんな言葉を吐いた。

 焦りというより諦めの色が目立つのは、かなり意外。いや、こんな彼女を見るのは初めてと言ってよいだろう。

 よって聞くとは無しに話に耳をダンボにして傾けていた他の娘らも動きが止まっている。

 

 自分でもらしくはないと思っているのだが、そうあからさまに誰コイツ的な目で見られたり、こんなんアスナじゃない的に硬直されたりすると流石に明日菜の腹も立つ。

 立つのではあるが、言い返せるだけの材料もなかった。返せても溜息だけである。

 

 「もぅっ 皆して馬鹿にして……」

 

 「いやー……だってさ、アンタにしてはとんでも後ろ向き発言じゃん。

  そりゃ誰だって気になるわよ」

 

 「確かに私らしくないのは認めるけど……っていうか、

  パル。何時の間に復活してんのよ」

 

 「気にしない気にしない。ラヴの匂い嗅いだら漲るってモンよ」

 

 「イヤ過ぎるわよ。そんな特性……」

 

 ニヤニヤというより、ニソニソしているハルナに苦いものが沸いてくるが、吐露したものは飲み込めない。

 諦めの溜息と共に、吐露した残りを口から吐いた。

 

 「何て言うかさ、

  二人見てるとホントに変わったなーって思い知らされるのよ」

 

 「うーん。そりゃまぁ、ね……」

 

 ファインダーを覗く側だからこそ和美も良く解るのであるが、確かにあの二人は変わった。

 色々合ったと話を聞く大停電の後くらいから。そして特に修学旅行辺りで。

 

 男の事で悶えたり転がったり焦ったり苦しんだり。

 

 男女の話なんぞどこ吹く風。他の娘の話なら兎も角、自分にはまだまだ先の事。そんな感じだった二人があっさりとその位置に入り、先の如く色々と悩んでいる。

 しかしてそこはそこらの女子中学生の男女の悩みとは別ベクトルであり、その内容もちょっとどころではないくらい重い。

 普通なら距離を置くか逃げるほどの重さにも拘らず、それでも彼に付いて行くと覚悟を極めているのだから恐れ入る。

 それに相手の横島もそこらの男子と違って、女の子……特にこの二人や、円と零とナナを守ろうとする意志は半端ではない。いや命がけだと言って良いだろう。

 何と言うか……子供時代をスっ飛ばして、一足飛びに想い合っているのだ。それも肉体関係もなく。

 

 まぁ、ナナは妹と言う位置であるが、和美の目からすれば時間の問題だと思われる。

 

 そんな関係であり、立ち位置にいる楓達を見ていると、『高畑先生、好き好きーっっ』なオーラを放ちまくってはいるが、何一つ行動に移していない自分を省みればあまりの子供っぽさに落ち込みもするだろう。

 何を今更という気もしないでもないが……

 

 「そんな事をお気になさるのなら、告白の一つでもすればよろしいですのに……

  ホント、このおサルさんは口ばっかのヘタレですわね」

 

 「うっさいねっ!!

  できれば苦労しないわよっ!!」

 

 何時もの事なので口を挟まなかったのだが、流石に幼馴染の煮え切らない態度にイラっときただろう。あやかまでもが口をはさんできた。

 そこそこケンカをしている二人であるが、その実あやかは明日菜と気の置けない位置にいる。よって彼女の口は容赦がない。

 

 とても仲が良いケンカ友達。それがベストポジションなのだけど。

 

 「ま、アスナの事は良いとして……」

 

 「ちょ、ちょっと――っ!?」

 

 「いや、だって、告れるかどーとかって本人の問題じゃん。

  私らが必死こいてお膳立てしてあげても明後日の方向に逃走しちゃうだろーし」

 

 和美の言葉にあやかを始め、全員がウンウンと頷いてみせる。

 明日菜はガーンッ!! とショックを受けていたのだが無視されてたり。

 いや、人前で好き好きーっ!! と叫べるお馬鹿さんであるし、何より普段の勢いが勢いなのに彼本人に言えないのは如何なものだろう?

 冷静に考えたら、上手くいったらいったで大問題であるのだが。

 

 「まぁ、アスナ殿の気持ちも解るでござるよ。

  上手くいくにせよ、いかないにせよ、以前のような間には戻れない。

  自分の居場所が壊れてしまいそうで怖いのでござろう?」

 

 「楓ちゃん……」

 

 解ってくれるの!? と救世主を見るような目で楓に縋る明日菜。

 

 「無論でござるよ。

  と言うか、今だからこそ解る、といのが正しいでござるが……」

 

 だが、その明日菜に励まされたからこそ今があるのも事実。

 

 発破掛けた方が二の足踏んでいるというのもナニであるが。

 

 そんな二人はガシッと手を取り合ってお互いを慰めあっている。見ようによっては感動のシーンであるが、その実は臆病な自分らの単なる傷の舐め合いと言ってよいだろう。

 

 マスコミ的な活動でシビアな目で見られる和美からしてみれば、今から付き合い始めたとして何が悪いのか? と疑問が浮かぶ。

 何も一生添い遂げる相手をここで選べと言っている訳でもないのに、ここまで相手にハマっている感情の盛り上がりが今ひとつピンとこないのだ。

 

 楓達の方は何となく解る。

 横島に直撃インタビューしたからこそ解る事であるが、彼は事の他二人を、いや楓達四人の事を考えているのだ。

 彼が四人に手を出さない“理由の一つ”に、霊能力者であるが為に下手にそういう関係になりたくないというのがある。

 

 ただでさえ霊的な繋がりを持っているというのに、そーゆー仲になって霊的な相性を高め過ぎてしまうと肉体相性までそれに引っ張られてしまうらしい。

 

 物凄く乱暴な言い方をすると、魂レベルで自分を刻み込む……言うなれば霊的調教を施してしまうようなものらしく、そうなってしまうと彼女らは自分以外の男に興味がなくなってしまいかねないのだ。

 

 特に思春期の女の子は情緒不安定になりやすい為、陥る確率が高いとの事。

 だから彼は歯を食い縛って耐えているらしい。みょーなところでお堅い人間である。

 

 「(まぁ、楓達がその霊的耐性とやらが付いたら耐え切る自信はないとか言ってたけどね……)」

 

 その事は四人……あ、“三人”はまだ知らない。

 

 下手に伝えたらまた緊張して距離を作りかねない。恋愛オンチとゆーか、恋愛ポンチとゆーか、女子校である弊害ゆーか、経験値不足に泣けてくるし、じれったいにも程がある。

 しかし下手こいてまた彼女達が距離を置いたりなんかしたら、責任取れと超と真名に絶対コトを強いられるだろう。つーかやらされる。言われてるし。

 

 『何簡単な事だ。お前が身体を犠牲にして横島さんを受け止めればいい。

  そうなると倫理の垣根は下がって楓を抱いてくれるだろうしな。

  気にするな……天井のシミでも数えてたら終わるさ』

 

 『心配は無用ネ。いざと言うときの為に媚薬も催淫剤もたくさんたくさん用意してるヨ。

  副作用でチョイと倫理観念を無くすが気にしないでいいネ。

  たぶん横島サンが飼てくれるネ』

 

 ……追い詰められているのか、正気の色が薄いのなんの。

 

 和美は言われた時の彼女らの黒い表情を思い出しブルっと震えがキた。とっとと忘れよう。今はこの娘達の事だ。ウン。

 

 明日菜の方はどちらかと言うと親愛と憧れの方が強いと見ている。

 順応性が高過ぎるので解り難かったのだが、明日菜は麻帆良外の事に異様に疎い。まるで麻帆良以外の事は知識でしか知らないかのように。

 当然ながら、異性として接する男の数はそこらの娘よりずっと低い。何でも保証人になっている高畑以外では教師とバイト先の男性くらいだそうだ。

 

 察するに、明日菜の“それ”はファザコンに属するものであり、その想いを恋愛として誤解しているのだろう。

 で、悩み事を聞き、自覚してその想いを受け入れた楓を見て、自分の気持ちが恋愛のそれなのか自信を無くしているといったところだろうか。

 

 どちらにせよ気が急き過ぎだ。

 

 あと十ヶ月弱とはいえ、自分たちはまだ中学生なのである。

 二十代以上の女達ですら二度目三度目の恋愛を経験する方が多数だと言うのに、何が悲しゅうてこの歳で生涯の伴侶を決めようとしているのだろうか?

 

 「特に楓と古はねぇ……」

 

 「ん~? どないしたんえー?」

 

 「イヤイヤ 何でもなーい」

 

 あの二人(いや、正確に言えば四人か)はとっくに彼についていく事を決めている。それだけ気持ちが大きく重く、ひしてそれを受け入れる事を覚悟しているのだから。

 

 零は言うまでもないし、意外だが円にしてもその覚悟が見え隠れしている。

 

 だが、この女たちはそれだけではない。

 

 「……優柔不断なのになぁ……」

 

 「もー さっきからなんなん?」

 

 「いやいや 単なる独り言だから」

 

 「む~」

 

 “彼女”によると、横島は自分らの中で『ただ一人』という選択肢を持てないという。

 そして皆、それを理解しているとの事だ。

 そんな男に四人が四人とも付いていこうとしている。

 その気持ちが、和美には解らないのである。

 

 チラリとさっきから盛り上がりを見せている二人に目を戻す。

 

 「アスナ殿。気持ちが本物かどうかが問題ではないでござる。

  ここに在る確かな想いを持ち続ける強い意志が、何かを起こす。

  それを信じるでござるよ」

 

 「楓ちゃん……ウン!! 私、頑張るわ!!」

 

 ……何だか三文芝居みたいな事を言い合ってお互いを慰めあっているが……ホントに大丈夫なんだろーか?

 クラスメート達はおおーっ と感激しているのだが、よくよく考えてみると楓はただ煽っているだけではないか。自分の事が決着し切っていないとゆーのに。

 

 「(でも、意味解んないんだよねぇ……)」

 

 “彼女”は和美に言った――

 

 

 あの男は誰も切れない。

 

 誰かを選ぶ為に他を切ると行為ができない。

 

 今となっては女との絆を切る方法を持つ事が出来ない。

 

 それはとても悲しい事であり、とても優しくて残酷な事。

 

 だけどどうやってもそれを改めさせる事は出来ない。そう、魔法の力を持ってしても。

 

 その程度の奇跡では、他すらも想うあの男の心は曲げられない。

 

 それを理解し、自覚しているからこそ自分たちは異常ともいえる関係を平然と受け入れられている―― と。

 

 重要な部分を煙に撒かれているのは十分承知。

 その時の“彼女”の表情からすると、絵日記ごしに見たネギの過去に匹敵するほどの理由があるようにも思える。

 いや、事によるとそれ以上の――?

 

 「(ああ、だから楓達って……)」

 

 和美はカメラを向け、フレーム越しに楓達を見る。

 

 

 

 

 

 

 「フン。

  『拙者らはこれから恋人同士の熱い逢瀬の夜を過ごす故、お帰り願いたいでござる』?

  どの口がそんなコト言たアルか」

 

 「「「おお――っ!!??」」」

 

 「ち、ちょっ、まっ、待つでござ……」

 

 「もう何度もこの身を蹂躙された? ありとあらゆる恥辱を与えられた?」

 

 「え、あっ、が……っっ」

 

 「あの忍び装束は着物脱衣プレイ用で?

  あの風車手裏剣は彼謹製の拘束具だたアルな?

  拙者は自由を奪われてイロイロな事を……とか言てたアルな」

 

 「あ゛~~~っっ 勘弁でござる~~~~~~っっっ!!」

 

 ハルナの大爆笑は当然として、明日菜とのどか、刹那は真っ赤。

 夕映はあまり表情を変えていなかったが、意外にも木乃香はあははーと笑ってたりする。

 やっぱりこの年頃はそういった話がお好みなのだろう。

 

 三文芝居は喜劇へと移行し、また何時ものドタバタが復活している。

 

 その喧騒にあやかがキれて怒鳴り、明日菜とまたバトルをおっ始めていた。

 

 

 ああ、何時もの3-Aの光景。

 

 

 だけどそのフレーム中に見えている、真っ赤になって古を追う楓も、文句を言いながらむくれて逃げている古も、

 

 やっぱり周囲から一歩前に踏み出している、“女”の表情が見え隠れしていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ」

 

 「お前根性あるなぁ~ ようここまで追っかけて来れるわ」

 

 「ぜぇっ、ぜぇっ どないな体力しとんねん……

  に、兄ちゃん、ホンマに人間かぁ?」

 

 「じゃかぁしわいっっ!! 好きでこーなったんとちゃうわっっ!!

  毎日毎朝、自称弟子のボケ人狼娘のさんぽに引張り回されとったんじゃっ!!

  解るか!? 毎日フルマラソンもビックリな距離を走らされる苦痛が!!??」

 

 「し、知るかいな……ぜぇぜぇぜぇ……」

 

 嗚呼、このヘトヘト状態が昔のオレの姿なのか。そう思うとなんだか目の奥がキュンとしてみたり。

 へたり込む小太郎の横ではどーしたのー? とかのこが首を傾げていたりするので対比的にもあんな感じだった。幽霊少女と自分みたいな?

 

 あの時は…と思い出すのはもっとオコサマだった姿のアホ弟子の事。

 さんぽに付き合っただけでとっても嬉しそうに尻尾を振ってたあの頃……まぁ、五,六十キロも走ったり歩かされるとは夢にも思わなかったし、毎日付き合う破目に陥るとは……

 

 そして育つに育った大人時代は、フルマラソンでヘトヘトにした後、抵抗しきれまいとご休憩の施設に引っ張り込まれそうになった事が多々。

 無論、最後の力を振り絞って逃げているのだが。帰ったら帰ったで、狩りの上手い狐が待ち構えていたりで最悪だった。お陰で無駄に体力馬鹿になっているではないか。

 

 正に環境が鍛え、強くすると言ったところだろう。欠片も嬉しくないのだが。

 

 「ま、無駄に動きをさせたからな。

  普段使わない筋肉使ったから、余計に疲れてんだろうさ」

 

 「く、くぅ……兄ちゃんの策にハマったちゅー事か?」

 

 「まーな。逃げたのも本音だけどな」

 

 ただでさえ真面目に教えている自分に違和感持っているというのに、ネギ以外の男の教え子なんぞ取ったらおかし過ぎるではないか。

 昔の知り合いが目にすれば、『お前なんか横島じゃねぇ』とか言われそうだ。

 横島の脳裏にニセモノだと疑われて吊るされた苦い過去が浮かび、彼は頭を振ってその画像を振り払った。

 

 「く、くそ……っ」

 

 「げっ!? もう立てんのかよ。

  やっぱ獣人は体力の回復が違げーな」

 

 横島はさっさと立ち去ろうとしていたのだが、予想外に小太郎はガッツがあって思っていたより早く立ち上がってくる。

 やだなぁ、と露骨に表情を歪めるが、小太郎の顔は真剣そのもの。面と向かって彼を否定するのもちょっと気が引けた。

 

 何せこの小太郎という少年、ネギよりも強くなろうとする“理由”があったのだ。

 

 その一点が横島を拒否させ難くしているのである。

 

 「(ちゅーても、何が出来るって訳でもないしなー)」

 

 『(ネギだけでなく、楓や古、円嬢もいるしな。要は手が足りん)』

 

 「(だよなぁー)」

 

 ふむ、とカクカク足を振るわせつつも立ち上がろうとしている小太郎を眺めながら、どうしたものかと考えてみる。

 確かに許否るのは簡単だ。男っ気を増やすのはイヤぢゃーっっ!! という正当な理由(?)があるのだし、下手をすると片手間になってしまう。

 

 キサマが半人前だというのに、弟子を増やすとはいいご身分だなとか大首領様に言われそうだ。ついでに死にそうだ。

 

 しかし、実際手が足りないというのもまた事実なのだ。

 かといって、将来有望な女の子を危険に巻き込んどいて放ったらかしなのも……

 

 

 「あ……」

 

 

 その時、横島の脳裏を閃光が走った。

 あまりのナイスなアイデアに笑みすら浮かぶほど。

 

 だが、悲しいかなしかし周りから見ればニタリと笑う不審人物そのもの。

 現に通行人にはカワイイ少年を前にしてニタリと笑う変質者として映っており、しかるべき筋か国家権力に連絡を入れるべきかと悩ませていたり。

 

 そんな不穏にも程があり過ぎる空気などものともせず、つーか気付いてもおらず、横島は小太郎に歩み寄ってその肩をガシッと掴んだ。

 

 「なぁ、小太郎」

 

 「な、なんや……?」

 

 あっ やっぱり変質者だったのか?! 

 ウホッ!? いいベーコンレタス。

 あ、ゆーかいはんだー しっ、見ちゃいけないわっ でも、ひょっとして男の子好き? ドキドキ

 

 等といった言葉すら聞こえず、周囲の期待(?)もガン無視し、横島は小太郎に向かってこう言った。

 

 「お前、強くなる為に修業してみねぇか? 」

 

 「……え?」

 

 先ほどとまるで逆である思考の申し出を口にした横島に、小太郎は目を丸くする事でしか答えられなかった。

 

 




 これが掲載された時はSt.VDでした。
 そーいえば皆で大量のクッキー焼いて配ったっけと懐かしがってみたり。

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