-Ruin-   作:Croissant

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中編

 ――計画通り。ニヤソ

 

 等と余裕ぶっこいて歩くバカ一人。

 

 いや、確かにこの麻帆良という都市にはこんなみょーな奴は多い。

 例えるなら女子中等部の3-Aとか。妄想で暴走して爆走する女の子にあるまじき行動をかます女子中学生がやたらいる。

 しかし、顔のタッチまで変えて歩くバカは彼くらいだろう(主に自称:新世界の神っぽく)。

 

 ――言うまでもない。横島忠夫である。

 

 『おい。何か知らぬが負けフラグ臭がするからその顔を止めい』

 

 「……すまん。オレもそんな気がした」

 

 しゅるるると何時もの間抜け顔……もとい、平凡顔に戻った彼は凝った顔をほぐしつつそう言葉を返す。

 はっきり言って、計画通りに進んでいると余裕こいたり、相手を格下だとナメて掛かっている時点で策士としては失格だと横島もそう思っているのだ。

 何せ件の神とやらは女をナメめていた。この時点で策士失格と言わざるを得ない。

 横島は実体験から須らく計画を崩壊させるモノは女であると身に沁みているのだから。

 

 ――閑話休題(それはともかく)

 

 横島は珍しくそんな余裕こいていたのは、先ほどまでのやり取りを終えていたからだ。

 あの少年、小太郎はホントにどっかの魔装術使い宜しく勝負事と強さに対する飢えをもっており、横島がどれくらい強いか闘いたいと必死になって噛み付いてきていた。

 コイツのよーな輩をよ~~~~~~く身に沁みている横島は、どこをどう引かせても絶対に付きまとわれるであろう事を理解してしまっているので、勝負を受けるなり修業させるなりしなければ退かない事が解っているのだ。

 

 とは言え、ムリヤリとはいえ自分はまだ大首領様の弟子(下僕?)であるし、自分の弟子ポジションにも楓に古に円がいる。その上、何故かここ最近はネギや刹那にまで戦い方を教えている(教えさせられている?)のだ。彼にこれ以上の余裕はないのである。

 だが、そうはいっても彼を突っぱねられる理由には程遠い。そんなタイプなのだ。こーゆーヤツは……

 

 その時、苦悩する彼に天啓がひらめいた。

 

 チートな才能を持っているとはいえ経験が圧倒的に足りないネギであるが、修業と言う名目で小太郎を引っ張ってきて競わせれば彼から身体で学ばせる事が出来る。

 それにネギも同年代の同性と一緒にいればじゃれ合いの中から“競い合う”という事を覚えるだろう。

 何せ遊び心も持てないという事は、余裕がないという事でもあるのだ。

 

 ネギは悩めば立ち止まるが、小太郎のようなタイプはガーッと走り出す。それに付き合っていれば彼も悩む暇も無く素を見せられるだろうから、溜め込む事によるストレスも押さえられるだろう。

 尚且つお互いをライバル視させることによって向上心を養わせ、術と経験でギリギリ伯仲している実力でもって相手の裏をかくという経験を積ませられるのだ。

 更に更に、これによって二人で闘い合ったりしてくれるだろうから横島の手も空き易くなるだろうし、少しでも余裕が持てればあの固いを通り越して“硬い”と称したくなるネギのド頭もちったぁ柔らかくなるだろう。

 

 遊びとかでも、ルールを作って楽しむと言うのがあるが、ネギの場合は自分でルールを作ってそれに縛られて雁字搦めになる感が強い。

 はっきり言って、この歳でそこまで頭が固いのは異常と言える。

 その事でついウッカリ高畑に愚痴を零し、彼に苦い思いをさせてしまった訳であるが……

 

 「何となく問題を先送りにしただけっつー感もあるが……気にしないっ

  兎に角、コレでオレも楽になるだろうしネギの為にもなる。

  そして小太郎も納得できる環境が手に入る訳なんだし。

  正に一石三鳥!! オレスゲ――っ!!」

 珍しく(はかりごと)が上手くいった(よーな気がする)ので、横島は上機嫌だったのだ。

 これがさっきまでのヘタクソなモノマネの理由である。

 

 『そう上手くいけばよいがな……』

 

 「何だよ。テンション下がるなぁ」

 

 『大体、オマエがそうやって調子に乗った時には何時も碌な結果に終わっていまい?

  オマエはそういう星の元に生まれているのだ』

 

 「 ン な 宿 命 星 や イ ラ ン わ ―― っ っ ! ! 」

 

 先ほどのやり取りにしてもしっかりとオチがあり、小太郎から逃げ回った挙句に一応の解決を見た件であったものの、それは“一緒に買出しに出ていた女の子達”をほったらかしにしていたという難点が残されていた。

 お陰で小太郎と二人して千鶴らに土下座を披露する破目になり散々だったのだ。

 

 千鶴は笑顔を見せていたのだが、背後に見える擬音は┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨……

 何故にこの学園には幽波紋使いがこんなにも多いのだろうか?

 その剣幕に尻尾撒いた二人が少女に対してDO☆GE☆ZAを行ってしまうのも仕方のない話だろう。

 特に神ですら罪悪感に駆られる横島のDO☆GE☆ZA。夏美も『ふ、ふつくしい』という感想を持ったものだ。

 

 隣で横島を真似て土下座ポーズをする小鹿がいなければもっと怖い目に遭っていた事だろう。

 かのこさまさまである

 『喚くな。(かまびす)しいわ』

 

 「うう……心眼が冷たい」

 

 「ぴぃ~」

 

 まぁ、心眼がそう責めるのも仕方あるまい。

 

 時間は夕暮れとなってはいるが人通りが絶えた訳ではないのだ。

 そんな往来を小鹿を連れてブツブツ独り言を零しつつ歩いている若い男なんぞにイタイ以外の感想を持てる訳がない。いや通報くらいはされるかもしれないが。

 

 兎も角、只でさえベーコンレタス(言いがかり)やら、ロリコン(否定し難い)やらと陰で言われ続けている男である。流石にこれ以上の汚名は勘弁だ。

 

 どれだけ頑張っても言いがかりだけ増えてゆく謎の循環。

 あんまりな環境に自然流れ出ていた涙を横島はグイっと拭い、再び家路に着いた。

 

 何か予想以上に時間が遅くなってしまった(含む、一人ボケ時間)から、ちょっと急ぎ足。

 幸いにしてナナは今日もお手伝いで遅くなるので一人ぼっちになっている事はないが、念の為というヤツだ。

 無駄な時間はエロに走る為にあるとしていた以前の彼とは大違いである。

 

 『尤もその所為で理性が追い詰められているのだから世話はないな』

 

 「ほっといてくれっ!!」

 

 ジャスティスが去り、切羽詰った横島は理性の蓋として守護騎士を創造(笑)していたりする。

 

 ただ、その頼みの守護騎士ですらジャスティス同様に横島を別方向に導いてゆく。

 

 「「姦っ 初っ姦ぁん!!」」「ローリころりーんっ!!」

 「ツルっぺったーんっ!!」「Tぃーバックーん」「Teacherっちゃーっ!!」

 

 ……一体ナニを守護しているというのだろう? やはりNGなKnightという事か。

 

 「オレにゃあ味方はおらんのかっっ!! もーええわいっっ!!」

 

 いいもんっ オレにゃあ愛妹と愛鹿がいるもんっっ と、涙を拭った筈の目から新たに悲しい汁を零しつつトボトボと戻ってゆく。

 ヤレヤレと溜息を吐く心眼の下ではやるせなさUPさせたままのアホと、それわんな彼を心配して頭をすり寄せる白小鹿。

 何ともシュールな光景である。いやこの場合、使い魔()甘やかし過ぎていると言った方が正しいのか?

 どちらにせよ難儀な話である。

 

 「お兄ちゃぁーん」

 

 「むっ!? 呼んでいる」

 

 『何を言っているんだ? お前は』

 

 小太郎の様な犬耳(狗耳?)があればピンっと立っていたであろう、動物的超反応。

 つーか、心眼ですら聞き遂げられていない小さな声に反応したと言うのか?

 

 「お兄ちゃーんっ!!」

 

 「ぴぃ?」

 

 「ナナがオレを呼んでいるっ!!」

 

 『大丈夫かオマエ?

  ……いや? これは……』

 

 

 よく感覚を伸ばしてみれば、こっちに向かって駆けて来る見知った霊波があるではないか。

 何とびっくり使い魔のかのこよか一歩早く気付いているのだ。

 全くもって呆れたシス魂である。

 

 まぁ、女の子の助けを呼ぶ声に反応しないというのならそれはそれで横島らしくないとも思うのだが。

 

 

 ――ん? 助けを呼ぶ声?

 

 

 「お兄ちゃん、お兄ちゃーんっ!!」

 

 その噂に上がっていたナナ当人が半泣きで走ってくるではないか。

 何があったか知らないが、怯えているような顔をしている。

 

 「なっっ!? 何があった!? ナナっっ!!」

 

 余りに可愛いからヘンタイな大きいお友達に言い寄られたか!? それともニタニタ笑うロンゲの道楽公務員をハッケソしてしまったのか!?

 おのれさいじょーっ 天が許そうと神が見逃そうとこのオレが許さんっっ 人誅を加えてくれるわっ!!

 七回生まれ変わっても失禁しながら泣き喚き、拝み伏して許しを請うほどのぢごくを味あわせてくれようぞ!!!!!!!

 

 『モチツケ……もとい、落ち着け』

 

 大体、その道楽公務員とやらはこの世界にいないだろう? まぁ、テンパっている横島には意味の無い説明であるが。

 兎に角、女を泣かす=さいじょーという図式が出来上がっていると言うのだろうか? 人の事は言えないのに。

 

 「お兄ちゃあああーんっっ』

 

 「どうしたーっ ナ…… う べ ぼ ー っ っ っ 」

 

 横島を見つけたナナは、勢いそのままに彼に飛び掛った。

 いやナナは足は遅いし非力なのであるが、いくら50メートル14秒の足で走って来たとは言っても状態が状態なら話は別。

 というのも、何を焦っているか今のナナは本体の特性丸出し。つまり半流体になっていたのだ。

 忽ち横島は銀色のジェルに包まれて陸地で溺れる破目に陥っていた。

 

 『あ゛ーんっ 怖゛か゛っ゛た゛レ゛ス゛~~っっ』

 

 「ゴボゴボゴボ……」

 

 『お、おいっ 落ち着け!! 落ち着かぬとヨコシマが……』

 

 「ぴぴぃっ ぴぃ!!」

 

 『お兄ちぁあーゃんっっ』

 

 

 「…………ガクッ」

 

 『ヨ、ヨコシマーッッ!!??』

 「ぴぃいーっっ!!??」

 

 

 その時の心眼の叫びは、彼にはどっかの川の向こう岸から遠くに聞こえていたという。

 

 

 一難去ってまた一難。

 

 その言葉の非常に解りやすい喩であった。

 

 

 

 

 

 

 

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            二十三時間目:黄昏ぞーん (中)

 

 

 

 

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 「は? お化け?」

 

 『えっぐえっぐ……はいレスぅ……』

 

 妹で溺死という特殊にも程がある最期を迎えるところであったが、何だか仲良くなっている脱衣婆の孫娘の懇意で奇跡の復活を遂げた横島は、ずっと泣いているナナを抱えて(掬い取って?)家に戻り話を聞いた。

 よく解らないのだが、夕暮れまで小道具の準備を手伝っていた時、何の前触れもなく寒気を覚えて背後に怪しげな気配を感じたとの事。

 

 皆して恐る恐る振り返ってそこに見たものは、ぼんやりとした黒い影。

 だけどただの影ではなく先程感じた怪しい気配を持ち、意思らしきものを感じさせる動きを見せていたとか。

 大抵の事には動じない3-Aの面々も流石に驚き、慌てて逃げ帰ってしまったという。

 

 『怖かったレスぅ……』

 

 「う、う~ん……」

 

 話を聞き、ナナの頭を撫でつつ横島は悩んだ。

 いや、本体能力から言えばそこらのお化けとかよりずっとナナが上だ。ぶっちゃけよっぽどの使い手とか悪魔とかじゃない限り逃げる必要もないのだから。

 

 それにここ麻帆良には結界があるのだ。

 尚且つ前にナナと出会う事になった事件、ヘルマン襲来の一件からその結界も式が見直されて強化されていた。

 だからナナが怯えるような相手が出てくるとは考え難いのである。

 

 それに横島は用務員という立場上、校舎の中を歩いたりしているのだが、その彼の感覚が悪意らしきものを全く感じ取っていない。

 特に最近は心眼が着いているのでより強力に感じ取れるようになっているはず。その感覚を使っても学校妖怪の気配の“け”の字もなかったのだから、首を傾げるのも当然だろう。

 

 尤も、時たま黒い影みたいなのが街中で見かける事もあるが悪意が全然ないので放置している。

 

 『察知できないほど希薄なのではないのか?』

 

 「それはねーな。だったらナナどころか他の娘が見れる訳がねぇよ」

 

 『確かにな』

 

 言うまでもないが浮遊霊の可能性も低い。件の結界がある為に入れる訳がないのだ。

 後は中等部の少女達に“懸想”した性少年の妄念が、その想いの強さ故に実体化したか、だろう。昔、美女で有名な小町が男達の妄念に襲われたという記述もあるのだし。無論、そうであれば滅殺するが。

 

 「兎も角、ここだったら大丈夫だから。な?

  どーんなヤツが来たってお兄ちゃんがぺぺぺのぺーいとやっつけてやるから。

  な? な?」

 

 『スンスン…… うん……」

 

 横島の膝の上に乗り、ぎゅっと抱っこしてもらう。そして小鹿もすり寄ってくれているのでヒーリング効果抜群だ。

 そんなコミュニケーションを続けつつ頭を撫で撫でしてもらえば、そりゃあ怯えきったナナも落ち着きを取り戻してゆくというもの。

 覚醒しつつあるブラコンパワー。侮り難しだ。

 

 尚且つ横島の方も癒し分×2なので萌え分を補給できて一石二鳥。良きかな良きかな。

 

 「ま、どっちにしても明日やな。

  皆がそんだけ騒いどったら警戒されて校舎に入れんだろうし、そいつも出てこんだろう。

  今日のトコは飯にしようや。それとも風呂に入るんがええか?」

 

 「……(ふるふる)」

 

 顔を横島の胸に押し付けたまま頭を横にふるふる。その仕種に横島は萌え死にそうだ。

 

 「もうちょっと抱っこ……」

 

 「おおぅ……」

 

 危うく鼻血噴いて悶絶しかかったが何とか踏み止まり、彼女が完全に落ち着くまでずっと抱っこし続ける横島であった。

 

 

 因みに、楓と古は校舎に残ってずっと怪しい影を追い続けていたらしい。

 お陰で次の日、横島は二人に大いに責められる事となるのだが……過分に妹分を補給している彼には余り効かなかったという――

 

 

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 

 

 「そ、そんな事あったんだ……」 

 

 「ホントにびっくりしたんだよー?」

 

 「こ、怖かったですー!」

 

 朝になり、廊下の掲示板に張られていたのは麻帆良スポーツなる名前を聞くだにアヤシゲな新聞の号外。

 そこに書かれている見出しトップは『3-A教室に霊再び』であった。

 

 これを見て初めて知った者も多いのだろう、昨晩の事件である。

 当然のように怯える女生徒も多かったのだが、それ以上に面白がっている生徒の方が多い。

 事実、誰かの悪戯であると広域生徒指導員のコメントも書かれているし。

 

 当然ながらオカルトに触れているメンバーは事実っぽいと感じており、間近で見た明日菜と木乃香はちょっと興奮していたりする。

 

 「ああいうのが幽霊なのね。いやぁ、初めて見たわ」

 

 「せやな。自分の目で見られるやそうないわ。スゴイなぁ」

 

 「 人 事 み た い に ー っ っ ! ! 」

 

 実は怖がりな鳴滝姉妹は呑気過ぎる二人の言葉に文句を言うが、実際この二人は然程怖がっていなかったりする。

 

 いや、確かに訳の解らない存在は怖いっちゃあ怖いのであるが、某邪龍様の魔氣なんぞ知ってしまった今の彼女らからすればナニコレ? てなモンだ。

 そこら辺は経験というか体験なのでしょうがないだろう。

 

 「夕べは楓姉も帰って来なかったしさー」

 

 「二人だけだったから怖かったんだよーっ!?」

 

 「も、申し訳ござらん」

 

 何せ楓、昨晩はずっと探し続けて戻っていないのだ。確かに彼女が強いという事は解っているのだが、オバケ(幽霊?)が相手では解ったものではない。

 尤も、実際には低級霊程度であれば楓も古も一蹴できるようになっている。単に霊能力の事を秘密にしているだけだ。

 しかし、その所為で心配かけているのだから言えない以上、平身低頭で謝る他無い。

 

 「何だ騒ぎにかこつけてお泊りに行ったんじゃなかったのか。

  折角、針で穴を開けたスキン持たせてあったのに。このヘタレめ」

 

 「 よ け ー な お 世 話 で ご ざ る っ っ ! ! 」

 

 真名としてはそれにかこつけて横島のトコにしけ込んでることを期待していたのであるが、実際には霊を追い続けていただけ。勝手な期待で文句を言われれば楓でなくとも怒るだろう。

 楓はペシッとビニールに包まれたゴム製品を叩き返して怒っていたのであるが、級友達には『え゛っ?! 何だかんだ言って受け取ってんのっ?!』という驚愕が巻き起こっていたりする。楓乙ということか。

 

 無論、ヘタレ同志(同士w)の古も向こうで超に責められており、ものごっつ顔を赤くしてナニやら言い合いを続けている。

 ただしこちらはもっと直接的な事を言われているのでここでは表記でないのであしからず。

 皇帝がハッスルしていた時代の後宮には、口に出すのも恥ずかしいブツが多種多様にあったという。それをアイテムとして使う事を勧める超。18禁どころか21禁のブツなので倫理以前の問題である。

 

 「そ、そんなコトしたら壊れてしまうアルっっ!!」

 

 「大丈夫ネ!! 仮にそーなたら横島サンに責任とらせられるヨ!!」

 

 ……とまぁ、このようにナニがどうとか具体的な事は語れない。

 

 「あらあら みんなお盛んなのね」

 

 「ち、千鶴姉……」

 

 3-Aの倫理観や如何に?

 

 それはさて置き。

 

 「でも、どうする? こんな事があったら準備が……」

 

 「そうよねぇ ただでさえウチのクラス遅れてるんだし」

 

 「運動部が多いからしょうがないんだけどさぁ」

 

 一般人である彼女らが怯えるのもしょうがない。何せナニがナニやら解らない相手なのだから。

 例えば変質者や不審者であれば学園側に訴えればそれなり以上の手を打ってくれるだろうし、学園内でもその人と知られているデスメガネ等が出陣してくれるだろう。

 言うまでも無いがそれが裏の関係者とも限らないわけであるから、それなり以上の手というのも“そういったもの”を含んでいる。

 だから実のところ学園都市の中央に近い女子中等部は中枢に近い事もあって警備ランクが高かったりするのだ。

 よって、本気で困っているのなら学園側に訴えた方が素早い対応が取られるのである。

 

 

 

 「あれは本物だと思うですよ」

 

 ずずずと黒酢トマトなる謎飲料を啜りながらそう言うのは夕映。

 トマトと酢はけっこう相性が良かったりするが黒酢はどうだろう? 等といった事はさて置いて、一度一啜りしてからストローから口を離し、

 

 「何というかリアリティがありました。

  ……てっきり またネギ先生がらみの事件かと思ったのですが……」

 

 自分の考えを述べる。尤も、自信が無い事も織り交ぜているのだが。

 その横でのどかが泣きながらコクコク頷いている。よっほど怖かったのだろう。

 

 「私もそう思ったけどね……」

 

 何だかよく解らないのであるが、明日菜は夕べのアレは魔法とちょっと違うような気がしていた。

 違和感というか、ズレのようなものを感じているのだ。自分でもそう感じる理由は解らないのであるが。 

 

 「ウチの教室にはでるっていう噂が昔からあったんよ。

  ここ数年は全然出ぇへんかったんやけど……」

  

 「ちょっと、どうするネギ?」

 

 「うーん……」

 

 だが悲しいかなネギサイドはこの麻帆良の魔法規模がよく解っていない。

 女子たちもオバケが相手だというのに、何故か自分で手を打とうとするし。

 

 「だけど、ホントにいるのかなぁ? 私、全然感じないんだけど」

 

 と零したのは、昨晩はバンド練習で準備に関わっていない円だ。

 ハッキリというには程遠い、かなりピンボケな写真である為に何が何だか解らない。○スポとかのインチキ記事にしか見えないのは和美のお陰か?

 

 「そーゆーのは霊感がないと解んないんだよ」

 

 「え゛? あ、そ、そーだよね。あははは……」

 

 そんな円の呟きを耳にしたのか、横にいた桜子がそう突っ込んだ。

 円は笑って誤魔化したが、どうやら上手く騙されてくれたようで、桜子はまた話に加わって行った。

 その背を見て円はホッと胸を撫で下ろす。

 

 何故なら、円はその霊感を持つ能力者なのだから。

 

 彼女の零した全然感じないというのは、霊感に引っかからない。つまり、害意のあるそれがいるという感触が無いという事なのだ。

 今も首に巻かれている黒いチョーカー(以前の騒ぎの果てに手を入れたエヴァ謹製の方の霊波を抑える道具)を外しても“そういったもの”の感触が伝わってこない。

 確かに浮遊霊や動物霊らしきものの気配ならあちらこちらにあるのだが、ただいるだけの害の無い気配だけしか感じないのだ。

 だからそんなに怖いものいるかなぁ……? という感想しか彼女には無かった。

 

 凄過ぎるモノに接しまくっていた弊害とも言える。

 

 「あ、そういえば朝倉の近くで時々気配感じてたけど……あれがそうなのかなぁ?」

 

 ふと目を向けるとそこは空席。

 和美の隣、窓際の席は何故かずっと空になっているのだ。

 

 「? そう言えばなんで空席のまんまなんだろ?」

 

 噂ではその席に座ると寒気がするという事らしい。

 だから確か皆が気味悪がってそのまんまだったっけ、という事を思い出した。

 しかし寒気がするという事は、何かがいるという事で、今まで気付かなかったが学園側もそこをあえて空席にしているという事だ。

 

 「わぁ……改めて考えてみたら、ここっ不思議でいっぱいなんだ……」

 

 まぁ、東日本の魔法協会の中心的な位置らしいし、考えてみたら世界樹と呼んでいるあの木にしても常識的に考えてみれば大き過ぎる。

 それに都市内の技術レベルも外の方より明らかに優っている。というより、学園内が進み過ぎている。これらを不思議と思わずに受け入れられている事こそが異常なのだ。

 不思議な事を不思議だと感じなくなる認識阻害の魔法。それが曖昧にさせているのだろうか?

 

 いや悪魔だとか吸血鬼だとかゴーレムとかが実在するのだから幽霊の一人や二人がいたとしてもおかしくはないのであるが……

 

 「どうして急に出て来たのか、って事だよね……」

 

 今までずっと大人しくしていたようであるのに、何故唐突に出て来るようになったのか、その理由が解らなかった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 妹に溺死しかかるという、字面だけ見たら何だかインモラルっぽい夜が明けた次の日。つまり今日である。

 今日の用務員としての仕事の割り当ては夜の部だった。

 

 横島はこりゃ幸いと昼休みに楓達を呼び出して騒ぎになってる幽霊とやらの話を聞こうとしたのであるが……

 

 「聞いてるでござるか?」

 

 「ハイ、モチロンデゴザイマス」

 

 ナニか聞くよりも前に、ナナと かのこを膝に抱っこしたまま正座という、考えようによっては拷問である状態で楓と古から説教ぶちかまされていた。

 場所は裏庭。楓が明日菜に悩みを打ち明けたあの場所だ。

 そんなトコで三人の女子中学生に正座させられているという光景は、シュールというか哀れを誘う。何か不良女子にカツアゲされているようにも見えるが。

 

 いやまぁ、彼女らからすれば自分達が必死こいて謎の存在を追いかけまわしていたというのに、その時間帯は妹と使い魔とイチャイチャしてました――等と聞かされれば八つ当たりの一つもしたくなるだろう。

 何せこの妹、飛んで帰ってからずっと抱っこ状態でくっ付いたままで、トイレ以外はずっとこの有様だったという(心眼によると、必死こいて許しを得てなければトイレの中にも付いて来たり付いて行かされたりされていたらしい)。

 今も赤ちゃん返りを起こした幼児が如くペッタリとくっ付いて甘えている。

 二人に付いて来ている円もちょっと面白くなさそうだが、流石に三人ともナナに当たるほど落ちぶれてはいないので結局は横島が一人に被害が集まるのだ。

 

 無論、決してその想いの中にナナが羨ましいとかいうものは混ざっていない。ないったらない。

 尤もそのヤキモチ+嫉妬のお陰で普通に接しているのだから、結果オーライであろう。

 

 「ア、アノ、ヒルヤスミガオワッチャウカラ、ハヤクオハナシシタインデスケド……」

 

 「む? そうでござるな」

 

 「仕方ないアル。今日のトコはこれくらいで勘弁するアル」

 

 「オアリガトウゴザイマス」

 

 だが、そんなアホぉなやり取りの所為で昼休みは十分ほどしか残っていなかった。

 一体ナニをやっているのやら。

 

 「ソ、ソレデ……イ、イや、それでどんなヤツだったんだ?

  ナナの話だけじゃあ要領を得んし」

 

 何か片言が戻り切ってなかったが、それでも何とか自分を取り戻して質問に入る横島。

 何だかんだ言ってこういった件のエキスパートは横島である。事が事だけに完全に仕事モードの真面目な顔になっていた。まだナナもかのこも膝にちょこんと乗せたままであるが。

 

 ようやく話が進むと溜息を吐いてから、円は小脇に抱えていたまほら新聞の見開きの部分を横島に差し出した。

 まだちょっと怯えがあるのか写真すら見たがらないナナの頭を撫でてあやしつつ、それを受け取って彼は一番目立つ写真をまず目に入れる。

 

 と……?

 

 「ん、ん~~?」

 

 「? どうかしたの?」

 

 横島はいきなり眉を顰めて妙な唸り声を発した。

 驚いている、という感じもあるがどちらかというと呆れているが近い。首を傾げつつ写真を見つめ、書いてある文章から状況を鑑みる。

 そしてまた写真に目を戻し、また首を傾げていた。

 

 「何か問題でも?」

 

 余りに特異なリアクションに、流石の楓も問いかけてしまう。

 ナナもそんなお兄ちゃんの様子に膝の上から顔を見上げる。

 

 「あー……いや、さ」

 

 「?」

 

 「なんつーか、この娘……

 

  えらい写真写り悪りぃなぁと」

 

 「「「はぁ?」」」

 

 

 

 

 

 

 

 「え゛? じ、じゃあ、この子悪い霊じゃないの?」

 

 「いや、霊=悪いって考えはやめよーや」

 

 横島は自分の見立てを述べると、ナナも少しだけ落ち着いたのか恐る恐ると写真を覗き込んだりしている。

 尤も、彼の言うように写真写りが悪過ぎて怖いので直に引っ込むのだが、先ほどまでよりかはマシになってきているようだ。

 「まず、前から3-Aにいたというのに今の(、、)円ちゃんが感じてない。

  それに見回りやら掃除やら用事で教室に行った事あるけど、そういった感触がなかった。

  おまけにかのこが全く反応してないんだぞ?」

 

 「ぴぃ?」

 

 天然自然の精霊集合体であるこの小鹿が、緊張どころか何の反応も見せていない。

 という事は敵意以前に害意がない証拠と言える。

 

 「うーん……言われてみたら納得できるかな」

 

 流石に感応型の霊能力者として覚醒しつつある円は即座に理解した。

 それに自分も席に違和感を感じはしても怖気はなかったのだ。

 この感覚そのものが、相手に悪意が全然無い証なのだと思う。

 

 現に小鹿も件の写真をぴすぴす鼻を鳴らして見てるだけだし。

 

 「なら私達から逃げてたのは何故アルか?」

 

 「楓ちゃんにしても古ちゃんにしても今は攻性の霊能力持ってんじゃん。

  幽霊だったら怖くて逃げるぞ」

 

 「怖いって……」

 

 幽霊が怖がって逃げたと言われて円は冷や汗を垂らした。

 とっくに死んでるものがナニを怖がるというのか。

 

 「いや、死んじゃってても肉体がないだけで感情とか性格は残ってるんだ。

  痛い思いして死んじゃった場合は、その場所の痛みを感じ続けるけどな」

 

 そう言いつつ写真に目を戻す横島。

 

 「だけどこの写真、痛がってるっつーよりビックリしてるって感じだしな。

  多分みんなが気付いたんでビックリしたんだろーさ」

 

 とんでもない手ぶれとピンボケで解り辛ぇけどな。と後を続ける。

 幽霊にすらオートでピント合わせてくれるカメラなんぞ持ってたら、それはそれはでビックリだが。

 

 「気付いてもらったんでビックリしたレスか?」

 

 「ああ。

  だけどお前だったらその娘の気持ち解ると思うぞ?」

 

 「私レスか?」

 

 未だちょっと怯えているナナであるが、ようやく恐れが遠のいて来たのか横島の膝から下りてその兄の顔をじっと見た。

 彼はそんな妹にどこか寂しげな微笑みを向けながら頭を撫でる。

 

 「気付いてもらえない。

  自分がいるって事、言ってる事を解ってもらえない。

  だけどやっぱり女の子としての興味が無くならない。

  だから同年代の女の子の輪の中の話に耳を傾けに来た……ってトコだろうな」

 

 「……」

 

 ナナは黙って写真を見直す。

 今度は目を背けずじっと見ている。

 彼女の目ではまだ表情は読めないのであるが、それでも何かを理解してあげようとしているのだろう事は、少女達に伝わって来ていた。

 

 「それと、悪意があったり、妬みや怨みとか残したやつはそういった表情しねぇよ。

  かと言って、苦しみや悲しさから逃れようと他人を引きずり込もうって感じも無い。

  制服からしてけっこう前からいる娘みたいだけど……

  そんな長い間幽霊やっててこれだけ歪んでねぇっつーのは……こりゃ奇跡だな」

 

 ふと自分の元同僚の女の子を思い出す。

 あの娘も300年ほど自縛霊をしていたが、そんなに歪んでいなかった。

 尤も、身代わりにしようと横島を落石で殺そうとしているのだからギリギリだったのもしれない。彼でなかったら死んでいただろうし。

 

 横島はしびれかかった足の筋を治しつつ、よっと背伸びをしつつ立ち上がった。

 

 「ま、兎も角だ」

 

 その顔には何だか懐かしげな表情が浮かんでいた事を三人は見逃していない。

 

 

 「オレがこの娘の事調べて何とか考えてみっから安心しな」

 

 望んでたら成仏させてあげなきゃなんねぇしな。

 

 そう言って微笑む彼の顔は優しさに満ちたそれ。

 それはどこか寂しさを含んではいるが必要十分以上に彼女らの目を惹き付け、何だか幽霊の少女に羨ましさを感じてしまうほどだった。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 草木も眠る丑三つ時。

 どこで鳴るのか夜陰の鐘が……ではないが、陽もとっぷりと暮れた夜の麻帆良。

 夜回りをしている教師に見付かったら拙いだろーのに、花も恥らう女子中学生が夜中に校舎に入って何をしようというのか。

 

 3-A出席番号1番 幽霊『相坂さよ』除霊討伐隊

 

 これが、彼女達が自称している集団の名前である。

 その主要メンバーは、椎名桜子 朝倉和美 佐々木まき絵 明石裕奈 早乙女ハルナという訳の解らないメンバー。

 どういう判定基準で選んだのかサッパリサッパリ不明であり、どうして誰も文句を言わないのかも不明である。

 そして見物なんだか応援なんだかこれまた不明であるが、止めなきゃいけないはずの担任であるネギと、その従者である少女達。

 +亜子とアキラ、何故かいる あやか。皆の為に夜食を差し入れに持ってきている五月と古。桜子がいるから保護者的にくっ付いてきている円という錚錚足る(?)メンバーだ。

 因みに楓も来る予定だったのだが、昨夜の件で鳴滝姉妹に咎められて不参加。やはり昨晩二人をほっぽり出していたのが響いているようである。

 

 そしてその選ばれし五人の戦士(笑)らの背中には怪しげなユニット。そしてそのユニットとパイプで繋がっているアヤシゲな武器っぽい何か。

 両手持ちの銃っポイそれの側面に《封神》とか書かれている分、インチキ臭さに拍車が掛かっている。

 

 だが、これでも超が開発した退魔武器なんだそうだ。

 何時作ったのよ? とか、いいのか? イッパソ人にこんなの持たせて。というツッコミはスルーされている。

 

 「さ――て やっつけちゃうよ――」

 

 「3-Aの科学班 超一味が開発してくれたこの除霊銃でね♪」

 

 等と、当の少女達はお気楽全開。

 ハルナに至っては、不敵に口元を歪めてふふふとか笑ってるし。

 

 普段 理知的なあやかですら、

 

 「た、頼みますわよ 桜子さん」

 

 「OKOK」

 

 等とトラブルメーカーの一人に本気で頼っているし。

 案外、いいんちょ様も怖がりさんのようだ。

 

 だが仕方のない話でもある。

 と言うのも、裏に接している魔法使い達ですらも霊の事を掴み切れていないのだ。

 彼らが言うには魔法は理論と科学がキチンとあって、科学とベクトル違えど同等的な学問なのである。

 対して霊といったものはオカルトの位置にあるものなので、どちらかと言うと関西呪術協会の方の管轄だ。

 その西の方にしたって霊と相対する時は敵が普通。

 

 だから、

 

 「大概はこの世への未練や恨みで残った人たちなんですけど……

  人に迷惑を掛ける悪霊もたまにはいるみたいで」

 

 勉強家のネギですらこの認識なのである。

 

 『まぁ、なんだ。何の未練か知らねぇが成仏させてやるのが人情ってもんだ。

  なぁ 兄貴』

 

 一瞬、誰の声だ? と首を傾げられるのだが、そり声の主はネギの頭の上。

 誰あろう久しぶりに登場のカモミール? 事カモだった。

 

 『ちょっ!?

  名前に疑問符付きの上、略称と名前が逆じゃねーかっっ!!』

 

 気にしない気にしない。

 大体、逃げていた理由も脅迫されていたとはいえ自業自得。

 そんなに気にされずに済んでいたものを、疑心暗鬼に駆られて藪の中を逃げ回った挙句、大学の畜産部が仕掛けた害獣用トラップに引っ掛かって捕らわれてしまっていた。

 表向きとはいえ、ネギの使い魔としての登録していなければ見つけてもらえず、学園に紛れ込んだ野生動物として観察飼育されていた事だろう。

 

 それもまた人生(オコジョ生?)だろうけど。

 

 『ヒデェっ!!』

 

 「どうしたのよ? イキナリ声荒げて。

  フィラリアにでも感染したの?」

 

 幻聴に近い地の文程度に心をかき乱されていたカモのあまりと言えばあんまりな奇行に明日菜が冷や汗を掻きつつそう問いかけた。

 彼女達にはンなモンは聞こえていないのだから当然であろう。

 

 『久しぶりの登場だってのに、姐さんもあんまりだぜ……

  つーか、まさか姐さんがそんな予防接種が必要な病気を知ってたってのは意外だな』

 

 「なに? 私がバカだって遠まわしに言ってるわけ?

  何だったら遠まわしに打ち首にするわよ?」

 

 『全然遠まわしじゃねーっっ!? 勘弁してくだせーっっ!!』

 

 カモが久しぶりなのも先の理由によって夕べまで発見されなかったからだ。

 

 逃げ回っていた理由は大体ご承知であろうが、昨晩の追跡騒動の際にネギが引き取りに行ってどうにか定位置(ネギの肩)に戻れたという事である。

 

 尤も、けっこうな長さサバイバル生活をしていた為に新聞紙の様なくすんだ鼠色に染まっていて、帰宅して早々は害獣として追い回され、挙句 大学部で飼育されるわしてやたら獣臭くなっていた。

 めでたく戻れた時、風呂嫌いのネギと共に明日菜によって浴場に叩き込まれタワシでゴリガリ洗われてたりするのだが……まぁ、それはどうでもいい話だろう。

 

 兎も角、クラスの動揺を心配したネギと、そんなカモの進言。そして何時ものノリによってこーゆーオポンチな行動になってしまったというわけである。

 見回りの教職員等に見付かったらどう言い訳するつもりなのだろうか?

 

 「相坂さよ 没年1940年。

  確かにこの学校に通ってたみたい」

 

 と、手帳を広げてメモった情報を口にする和美。

 

 とはいってもどういった経緯でこうなったか、そして死因も不明。

 

 しかし学校に自縛されているのだから校内で亡くなったのだろうし、校内での死亡事故等ならばけっこう情報が残っているはずなのであるが……60年も前だから残っていないとでもいうのだろうか?

 だが、一般情報が殆ど残っておらず、糸を手繰ろうしても途中でぷつんと途切れてしまう以上、魔法がらみである可能性が高い。

 和美は自分の判断であるが、そういった感触があった事は胸にしまっておく事にした。

 特にこのネギという頭が固すぎる少年には言い難いと感じたからだ。

 

 「でも、幽霊なんてホンマにおってんやねー」

 

 「いや木乃香、アンタ占いやってるのにオカルトなコト半信半疑って……」

 

 あははーと能天気に笑う木乃香にこれ以上ツッコム気は明日菜には無い。

 そんなやり取りを笑ってみていたネキであったが、ふと何か思い出したのだろう持っていた生徒名簿を開いて中の写真に目を落とす。

 

 自分の受け持ちクラスの出席番号1番の所。

 そこには今少女達が着ている制服とデザインの違う、昔の麻帆良の制服であろうものを着用している相坂さよの写真が貼られている。

 名簿の写真なので探偵は出来ないのだが、大人しげな雰囲気が感じられる。死ぬとあのように性格が変わるのだろうか?

 それとも久しぶりに現れた事に何か意味が?

 

 しかしネギの考え……というよりただの勘であるが、

 

 「そんなに悪い事をするような人には見えない気もするんだけど……」

 

 と感じていた。

 

 『兄貴。名簿の写真に騙されるなよ?』

 

 「う、うん」

 

 無論、勘でしかないので自信がある訳ではない。

 カモの言葉でその考えを横に置いておく事にした。

 木乃香は、そんなネギの自信なさげな様子に首を傾げ、そう言えばと疑問に思っていた事を口にした。

 

 「せやけど、何でネギ君 横島さんに聞かへんかったん?」

 

 「へ?」

 

 『よ、横島の兄さんっスか?』

 

 ネギは聞かれた意味がよく解っていなかったのであるが、カモは思いっきり不信な慌て方をしている。その意味は押して知るべし。

 

 で、木乃香の方はネギがよく解っていない様子であることにまた首を傾げている。

 

 「?? あれ~ ひょっとして知らへんのえ?

  ウチのお父様も言うてたけど、横島さんて超一級の退魔師なんやて」

 

 「『え゛?』」

 

 ネギとカモ、超☆初耳だった。

 

 「マジに知らなかったの? 私ですら知ってたのに」

 

 「……し、知りませんでした」

 

 正確に言えば、円から木乃香に漏れ、木乃香から明日菜に伝わっているだけで横島や楓達が直接言った訳ではない。

 この世界の人間ではない事は秘密なので、一級の退魔師ある事もまた秘密なのだ。何せ戸籍だって偽造なのであるしこの世界の(、、、、、)術士名鑑にもない名前なのだから。

 円は後でその事を知って慌てたのであるが、木乃香はそういった事を触れ回る娘ではないのでちょっと釘をさしただけでそのまだったのだ。

 

 決して、『くぎみーに釘さされてもたー』と茶化されたから怒って話半分に放置してしまった訳でない。だろう。決して。

 まぁそれは横に置いといて、

 

 木乃香にその事を言われたネギはかなり複雑だった。

 何だかんだいってやたら世話焼きである彼からだったら、かなり詳しい話を聞けたかもしれないし、何よりクラスの半分近くを巻き込んだこんな騒ぎにならなかったかもしれない。

 つーか、深夜に女子中学生を校舎に入れたりしている時点で倫理をブッチしている事に早く気付けと言いたい。

 そんな風に頭を抱えているネギ(カモは何故か更に白くなってる)を他所に、木乃香は夜食を配り終えたらしい古に声を掛けた。

 

 「くーふぇ~」

 

 「ん~? 何アルか?」

 

 木乃香に呼ばれ、トコトコやって来た古は、薄水色のツーピースに緑色の野球帽を被って髪型もツインに別けていた。

 おまけに緑色のリュックなんか背負っていてなんとも胡散臭い格好だった。

 そのリュックからはみ出しているのは彼女の持ち物だろう、様々な武具。衣服の雰囲気と違ってなんとも物騒である。

 しかしその格好……馬鹿馬鹿しいので来ていないが、同じクラスの長谷川千雨とかが目にしていたら思いっきり毒づいていた事だろう。

 

 『河童か!? 体当たりが得意な河童なのか?!』

 

 と。

 

 まぁ、理由は詳しく語るまい。幻想界の話なんかはここでは関係ないのだ。

 

 「あー くーふぇは部分装甲薄いさかい中国のカッコは無理やしなー」

 

 「何アルか? 私に対する挑戦カ? 売られた喧嘩は買うアルよ?」

 

 呼んでおいてそれは流石に失礼だと思われ。

 まぁまぁと明日菜が執り成し、木乃香もあははーごめんなーと謝った(←悪気ナシ)ので古もしぶしぶではあるが矛を収めた。

 

 「で? 何の用アルか?」

 

 「え、あ、うん。

  ホラ、横島さんの事なんだけどさ」

 

 「老師の?」

 

 そ、と明日菜は古の顔色を伺いつつ頷く。

 何せこの間まで件の男性の所為で楓と古、円も零も様子がヘンだったのだ。昨日もどたばたしてたのだから気にするのも当然だろう。

 

 尤も、当の本人は極自然に頷いており、その心配は杞憂で終わっているが。

 

 「えっとね、横島さんってすごい退魔師なんでしょ?」

 

 「ん~……退魔師とゆうか、ゴーストスゥイーパーて言てたアルよ?

  何でもオカルト事件専門家らしいアル」

 

 「ごーすとすいーぱー?」

 

 「スィーパー。掃除人って意味とちゃう?」

 

 ちょっとアホの子であるのを曝した明日菜をフォローする木乃香。

 尤もそのフォローも、え? そうなの? という明日菜の反応で台無しだ。

 まぁ、皆が皆して力のバカレッドと認識しているので取り立てて拙い事もないが。

 

 「へ~ だったら横島さんだったら直に解決するんじゃないの?」

 

 「それはそーだと思うアルよ。

  現に昼から調査してたアルし」

 

 「「「は?」」」

 

 全く何と言う事でしょう。

 アレだけウンウン唸っていた楓と古は、円と共に昼休みに会っていたと言うのです。

 

 どこでどういった流れがあったのかは不明であるが、何とも腹立たしい話ではないか。こっちの心配していた時間を返せと言いたい。

 

 「い、いや、私達も四時限目の終わりくらいにメール受けて……」

 

 「呼び出されてのこのこ出向いていったと……」

 

 「あ、いや、その」

 

 「イヤだったんえ?」

 

 「それは~~……」

 

 答を聞くまでもない。

 恐らくウキウキ&ドキドキで向かったのだろう。楓と共にギクシャクしつつ机に足引っ掛けたりして出て行ったのを目にしていたし。

 チクショウめと言いたい。つーか恨めしい。じぇんじぇん進展もクソもしていない明日菜は特にだ。

 

 「え、えっと、師匠。

  それで横島さんは何と……?」

 

 兎も角、落ち込んでいる明日菜を木乃香がおーよしよしと慰めているだけでは話は進まない。和美など焦れていたりするのだから。

 その和美が問いかける前に、ネギが口を開いた。

 

 「えーと……

  老師は、随分前の生徒の自縛霊に違いはない、

  けど物凄く穢れを持ていない娘だと言てたアル」

 

 「穢れを持ってない?」

 

 「もし悪霊化してたらくぎみーが気付いてたし、何よりこの学園サイドが何か処置をしてたと」

 

 「鈴宮さんが?」

 

 「くぎみーは老師との鍛練で感度、もとい感知力が凄く上がてるアルよ」

 

 ……何故か話してる途中から、古を中心に気温が下がった気がする。

 つーか、冷や汗が止まんないではないか。

 特に噂の円は桜子の横でコキンっと縮み上がってたりするし。

 

 「と、兎に角、その相坂さんって子はあぶなくないって事ね?」

 

 あからさまに話を逸らしているのだが、古はそれにすぐ乗ってくれて室温も何とか戻ってくれた。

 尤もその被害は少なくはないようで、

 

 「わーっ い、今、ぞわっっとキターっっ」

 

 「さ、さぶイボがーっっ!!」

 

 「これって心霊現象ぉーっっ!?」

 

 等と、ナゾの殺気をピンポイントで放たれたであろう、円の周囲では怪奇現象として騒ぎになってたりする。さもありなん。

 

 「こないに写真は怖いのに、無害なん?」

 

 「あー……それも言てたアル。

  何でもこの子……すごく写真写りが悪いんだそうネ」

 

 「 は ? 」

 

 横島の言うには、元々心霊写真というものは映るはずの無いものが映ってしまうし、何より霊的なものにモノにピントが合うカメラなんぞがその辺にある訳ぁないので、よっぽど波長が合わない限りきれいに撮る事も映す事も難しいんだそうだ。

 だから顔だけはっきり映るとか、手だけが映るとかいう不気味な写真ばっか撮られていき、妙なうわさが独り歩きして行ってしまうとのこと。

 おまけに彼の目(心眼)で見た彼女はかなり引っ込み思案っポイので、写真に撮られた時は見られた事に驚いていて表情もブレてしまっているらしい。

 

 「そ、そんな事まで解るんですか……」

 

 「他ならぬ老師の目だからこそ解たことアルね」

 

 その眼力に感心しきりのネギに、古は胸を張って彼をそう讃えた。

 ノロケ? ノロケやな。ヤレヤレだぜ……と、明日菜達も呆れてたり。どれが誰のセリフかはお分かりであろう。

 

 「あ、それと幽霊だから本屋ちゃんのアレでは読めないかもしれないとか言てたアルな」

 

 「は? それってどういう事?」

 

 横島の話を我が事のように自慢していた古は、調子に乗っていた所為か彼が呟いていた事まで思い出して口に出しした。

 読心能力を持つ のどかのアーティファクトでは幽霊の心が読めないとは一体どういう事なのか? 疑問に思うのも当然だ。

 明日菜がそれを問うと、古はちょっと頭を捻って記憶を取り戻し、彼女らの方を向いて問いに答えた。

 

 「ん~~~

  何でも幽霊は肉体を持ていないから、心がそのままあるんだそうアル」

 

 「えっと……? 意味が……」

 

 まぁ、あすなには意味フだと思てたアル。私も最初聞いた時そうだたけど、と古は自分を棚に上げて小さく呟く。

 

 「えと、幽霊は肉体が無いから本性とか本音とかがを押し込める器がないそうアル。

  相手が強い欲望とか持てるのなら兎も角、これだけ存在を掴み難いて事は、心も認識し難いという事。

  だから、浅いトコしか読めない本屋ちゃんの道具だたら、細切れにしか読みとれないそうアルよ?」

 

 「ナルホド……

  悪霊とかも強い未練とかが人の形とったりしてるみたいですからね。

  彼女が無害な霊だとすると、そんなマイナス意識が強くないからカタコトでしか見えないと」

 

 流石にネギは頭がよく回る。

 明日菜なんかは頭からプスプス煙吹いてたし、説明していた古でさえショートし掛かっていたのによく解ったものだ。

 つまり、六十年もの間ふよふよと悪意も持たず、ただ何となく漂っていたっポイこの少女は、そういった意識を強く持った事がないのでどこからどこまでが表層意識なのか解り辛いので読み難いのだそうだ。

 楓と古の攻の氣に気圧されて逃げ回るだけでなく、感受性が強くなって感じ易くなっている円にすら、悪意どころか嫌な気すら感じさせていないのだから筋金入りなのだろう。

 

 

 「ん? という事は……」

 

 

 となると、和美らが立てていた策。

 のどかのアーティファクトを使って相手の気持ちを代弁しようとしていた『不思議少女のどかのチャネリング(?)で聞いてみよー作戦』は意味がないんじゃ……

 

 と、ネギ達が思い至った瞬間、

 

 

 「 悪 霊 で す っ

   や っ ぱ り こ の 人 悪 霊 で す ぅ ー っ っ ! ! 」

 

 

 絹を裂くようなのどかの悲鳴。

 ウッカリ話し込んでいたネギ達を他所に、夕映達はどんどん話を進ませていたようである。

 

 「ああーっ!? 遅かった!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ちょ、まっ、

  皆、ちょっと待ってってばっっ!!!」

 

 円が何とか声を上げるのだが、皆、聞く耳を持ってくれない。と言うかその余裕がなかった。

 

 さもありなん。

 何せあの娘は円が想像していたよりコミュニケーションがヘタクソだったのだ。

 

 横島が想像していたように、のどかが読み出そうとした意識は片言で、絵日記風な絵も相俟って呪われた言葉にしか見えなかったし、霊圧を挙げて言葉を伝えようとしてポルターガイストを起こすわ、字で説明しようとして血文字っぽくしてしまうわ、裕奈の口を借りようとして意識を飛ばしすぎて半憑依してしまうわで、どう見ても悪霊にしか見えまい。

 

 だが、自分から積極的に話しかけようと力を出しているお陰か、横島によって開発された円の目にはさよの姿がはっきりと見えていた。

 

 自分らと同年齢の気の弱そうな長い髪の少女。

 話しかけようとして失敗し続け、パニくって慌てふためいてアタフタしている姿がはっきりと。

 

 「ゆ、幽霊ってあんなんだったの?」

 

 と、流石にそんな様を見せられれば怖がるのもアホらしいと悟る事が出来ていた。

 しかし当然ながら冷静になれたのは円一人。のどかはパニくっているし、ハルナも慌てて引き金引いて謎光線を乱射している。

 夕映に至っては念の為にと雇っていた刹那と真名を呼び出し、その二人による追撃戦を始めてしまっていた。

 

 「ねえってばっっ!!」

 

 ハルナ達から光線が放たれ、刹那の剣気が飛び、真名が何かを投げて廊下を駆けて追いまくっている。

 そしてそれを追う残りの生徒達。

 当然、円も追うがそれは霊を追うのではなく攻撃を止めさせる為だ。

 あんな顔を見た後では、相坂さよという女の子の表情を見てしまった後では攻撃どころか敵意を持つ事すらできないのである。

 

 さっきから彼女が言っていた事は『友達になってください』という心からの言葉。

 

 これだけ存在を認識できない霊であれば、孤独感も半端ではないはずだ。

 触れ合いどころか話すら出来ない。気持ちに気付いてももらえないし、いる事すら認識されない。

 六十年間もそんな孤独の中にいて悪霊化していないというのは、横島の経験をもってしても奇跡と言うより、信じ難い事なのだ。

 

 それが彼女の持つ特性……穏やかさや優しさと言うのなら、何とかしてやらねばならない。

 

 自分はプロのGS。

 彷徨う霊を何とかしてやる事は仕事であるし、何よりこんな娘が寂しいままでいるのは間違っている。

 

 そういった彼の気持ちが何だか解ってしまうほど。

 だが悲しいかな彼女の足が運動部の猛者達や、プロである刹那や真名の着いて行ける訳が無い。

 声を出しても喧騒にかき消されるし、何より息せき切っているので何時ものボリュームにすら程遠い。

 

 何とかして助けなきゃ……

 

 気持ちだけは先頭を走れているのに、着いていかない足がもどかしい。

 思わず涙が滲んできたそんな時、

 

 

 

 

 

 ――円の携帯が、鳴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「く、くーちゃん!!」

 

 遅れて走るのとかと夕映に付いた形で走っていた古の元に円が必死の声を上げて駆けて来る。

 

 「……ん?

  おおうっ!? どうしたアル!?」

 

 古が驚くのも当然で、駆けて来た彼女の姿はあの宝具を纏った姿。

 彼女は幾ら夜でも人目に付きかねない自分の宝具を出して衣装を纏っていたのだ。

 僅かとはいえ霊的感受性が高い円は、宝具を纏うと身体能力が上がるのだ。今の時期ならあまり違和感がないとはいえ大胆な娘である。

 

 「話は後!! 横島さんから連絡!!

  この子持って桜咲さんのそばに行って!! 早く!!」

 

 円が差し出したのはウシガエル程の大きさのデフォルメされたカエル。

 そう、円の宝具の一つだ。

 

 「お願いっ!! 早くしないと相坂さん助けられない!!」

 

 「……っ!! 了解アル!!」

 

 そんな必死な声を聞くと、古はカエルを受け取って帽子の中に入れ、今度は全力で、氣と霊力を足した加速で、前方を走る全員の驚きの声を置き去りにして駆けて行った。

 

 取り残された夕映とのどかはというと、円の宝具を初めて見た訳であるから彼女が何をするのか解らない。

 だが、それがさよという幽霊を救う為という事だけは解るので口を挟まずただ見守っていた。

 

 その前で円はストラップの柳の葉を一枚引き毟る。するとその長い葉は一瞬で三角のピックになった。

 びぃんと琵琶ギターの弦を爪弾けばやっぱり自分にあった音色。何時もながらチューニングできっぱなしだ。

 便利すぎて自分のギターのやり方を忘れてしまうかもと奇妙な危機感を持ってしまう程に。

 

 だが、今こそこの宝具が役に立つ時。

 

 

 「《蛙の唄》、ダウナー!!」

 

 

 ボッッ

 

 

 足元に残っていたカエル……背中に『弐』という紋様がある……が、ギターではあり得ないほどの重低音を放つ。

 

 

 瞬間、

 カエルから放たれた音により、場の空気は円によって支配された――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「目標の姿が殆ど見えないぞ」

 

 「私達が今まで気付かなかったんだ恐ろしく隠密性の高い霊体だよ」

 

 最前線を駆けて行く二人は当然、前方を逃げ惑う影が見えている。

 刹那も退魔業を行っている事もあって感覚が優れているのだが、真名は更にその上を行く。

 

 それは彼女の持つ目。

 魔眼と呼ばれる能力がある。

 それは物の本質を見抜いたり、見えないものを認識できる能力の一つであるが、普段は使用していない真名の力を使うと如何なる存在でも闇の中で姿を捉えられるのである。

 

 そして目標を射抜くべくその目に更に力を――

 

 

 「……しかし、我々は高があの程度の霊に気付けなかったんだな……」

 

 「……ああ、いくら隠密性が高いとはいえ、同じクラスにいて数か月も全く気付けていなかった」

 

 

 使う前に、唐突に気力が失せた。

 

 

 「……情けないな……

  お嬢様を守るといっていた私が、

  あんなにすぐ側にいた霊に今まで気付けていなかったとは……

  ああ、あの霊が暗殺者だったら今頃私はお嬢様の骸の前で割腹して果てていただろうな……」

 

 「ふ……自分の事をプロだと言っておいてこの体たらく……

  靴磨きの少年に爆殺された傭兵より無様だ……

  何時か私はギランバレー症候群を発症して身動きが取れなくなるだろうな。

  そこを狙われて射殺されるんだ……ふふふ お似合いなのかもしれないな」

 

 その歩みも肩を落とした力ないものへと落ちて行き、ついには立ち止まって体育館座りをしてゆくではないか。

 

 「ああ、どーせ私には才能なんか無かったんだ……

  草葉の陰から見守ってくれていただろうお嬢様に申し訳が……」

 

 「ふふ……

  こんな無様な私なんぞミラノでコールガールでもやってた方がお似合いさ……」

 

 何かウザくブツブツ言ってる上、内容はムチャクチャである。

 床に『の』の字を書きつつ、思考はどんどん鬱に一直線。

 その上、まるでそれが移ったかのように後を追って来ていた面々も次々と体育館座りになってゆく。

 

 「……どーせ私みたいなガキなんか高畑先生にふさわしくないわよ……

  バカだしさ、呆れてるわよね……」

 

 「お父さんの足元にも及ばない……何て非力なんだろう……

  やっぱり僕に才能なんて無いんだ。努力したって無駄なんだ」

 

 「は、はは……

  こんな子供好きの変態なんかネギ先生が気に掛けてくれる訳もありませんわね……」

 

 「美砂も円もとっとと売れちゃってさ、私だけ売れ残りなのよね……

  きっと運が良いっていうのは売れ残れるって運なんだ」

 

 「……いっつも〆切に間に合わなくてヒーヒー言っててさ、バカだよね……

  別にプロでもないのにさ……」

 

 

 

 ――すごく、ウザいです……

 

 

 

 「お、恐ろしい力アル……」

 

 頭の上に歌い続けるカエルを乗せたまま、古は呆然とその光景を見詰めていた。

 台風の目のように中心位置にいたから彼女には被害らしい被害は無いのかもしれないが、直撃を受けている刹那と真名とズタボロである。

 エヘ、エヘヘヘ……と危ないにも程がある笑みさえ浮かべているのだ。

 

 円の宝具、《蛙の唄》は思考速度どころか感情まで操る事が出来る。

 その為、ダウナー系音楽を力いっぱい奏でられればこのような悲惨な状態に陥ってしまうのだ。

 

 「集団戦では最強最悪アルな……」

 

 何せこの力具合なら、やろうと思えば(円はやらないだろうが)狙った任意の集団だけを鬱状態にして自殺させる事も可能だろう。

 これで音楽が止まるだけで元のテンションに戻せるというのだから、逆に大したものだと感心できてしまう。

 

 「でも老師は、ここで時間稼ぎしてどうやてあの娘を助けるつもりアルか?」

 

 今できる事は単なる足止めであるし、かと言ってこれ以上力を加えればホントに自殺ソングになりかねない。

 だが、幽霊とはいえ女の子が掛かっている件で横島がほったらかしにする訳が無い。

 

 

 ちょうど古がそう思いあたったその刹那、

 

 

 「「っ!?」」

 

 

 突如、力強く真名と刹那が立ち上がった。

 今までの鬱状態が嘘だったかの様に生気に満ちた眼をして、だ。

 

 

 「正気に返た?」

 

 

 その二人に釣られように明日菜達もテンションが回復して立ち上がってゆく。

 ふと古も頭が軽くなっている事に気が付いた。という事はカエルも『還った』という事だろう。

 という事は時間を稼げたという事か――?

 

 

 「え?」

 

 「何?」

 

 「この音って……」

 

 

 その時、風の音にも似た何かが少女らの耳内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――彼女はもう何十年も存在し続け、孤独に苛まされて続けていた。

 

 

 楽しそうな同年代の少女達の話を尻目に、孤独を癒す術を求めて彷徨い続け、人に声を掛けては気付いて貰えないという失望を再認しながら……

 

 

 己が死した身でありながらも他の死者を恐れ、

 

 夜の闇に馴染んではいるが陰を怖がり、

 

 長らく孤独を味わいつつも生者を妬む事も無く。

 

 

 もし彼女が生者を妬めるモノであればもっと早く楽にしてもらえたかもしれない。

 

 常闇に心を堕とせていたならもっと早く祓ってもらえていたかもしれない。

 

 ほとんど穢れに向いていなかった事は、ある意味彼女にとっては不幸だったのかもしれない。

 

 それでも彼女はそれすらも気にする事も無く、何時も見てももらえぬ授業に律儀にも出席していた。

 

 

 そんなある日。

 新任の子供教師が手を上げていた自分に気付いてくれた。

 

 いや正確に言えば無意識に認識できただけなのだが、それでも彼女には衝撃だった。

 

 何せどんな霊能力者や祓い師にも、彼女をどうこうする以前に認識する事すら出来なかったのだから。

 

 そして夜の学校が好きではない彼女が何時ものようにコンビニの灯りの元に彷徨い出ていた時、その子供教師と少女らの一団と鉢合わせた。

 無論、誰一人彼女が立っている事に気付いていなかったのだが、それでも勇気を振り絞って彼女は夜の挨拶を行った。

 しかし微かな希望も虚しくその行為は空振り。

 やはり誰一人として声にも姿にも気付けてもらえなかった。そう肩を落としてその場を去ろうした時、件の子供教師が立ち止まり、自分がいた場に振り返って首を捻っていたのである。

 

 彼女の心にまた希望の光が灯った。

 

 次の日、彼女はその希望を糧に積極的にコミュニケーションをとろうと奮闘。

 声を掛けたり、姿を見せようと気合を入れたりしたのであるが結果は大失敗。

 携帯のカメラだった為か、撮った少女の腕が悪かったのか、それとも彼女の写真写りが悪すぎる為か、或いはその全てが原因なのか知らないが、張り出された新聞の写真は怨霊か悪霊。最悪である。

 

 夜中、その写真の余りの写りの悪さに落ち込んでいると、クラスの同級生達が集まって何かしようとしているのが見えた。

 何だかよく解らないが、自分の名前が出ていたようなので近寄っていけば……

 

 『 悪 霊 で す っ

   や っ ぱ り こ の 人 悪 霊 で す ぅ ー っ っ ! ! 』

 

 と、何故か誤解を受けてしまっていた。

 慌てた彼女は、何とか誤解を解こうと努力するのだが、これがまた大失敗。

 ポルターガイストになったり、下手な字の所為で呪い文字だと誤解されたり。女の子の身体を借りて誤解を解こうとして取り憑いて殺そうとしていると誤解を深めたり、と碌な結果になっていない。

 

 要らぬ誤解を更に積み重ねた結果、彼女は退魔されようとしていた。

 追うは同じクラスの少女二人。

 

 今まで知らなかったが、この二人は今まで会った事がある“そういう仕事”をしている人以上の常人離れした力を持っており、どこにどう逃げてもどんどん追いかけてくるのだ。

 確かに、自分を認識してくれるのは驚きであり、願っていた事であるのだが、退魔される為に認識されるとなると話は別。

 級友に追われ、攻撃され、力尽くで祓われようとされるのは想像も出来ないほどの恐怖を彼女に齎せていた。

 

 実際、彼女は死にたくて死んだわけではないし、なりたくて幽霊になった訳ではない。

 いたくて孤独でいた訳でもないし、気付いてもらえない今を受け入れている訳でもない。

 ただ幽霊だから、というそれだけで追われるのだからその辛さも半端ではないのだ。

 

 逃げてどうなるものでもなく、例えここで助かったとしてもずっと孤独が続くのも受け入れ難い。

 だけどただ一人でいるのが嫌で悲しくて、友達が欲しくて出てきただけなのにそれがいけないというのだろうか?

 だから彼女は泣きながら廊下を飛び、自分と追う者だけの夜の校舎をただ逃げ纏っていた。

 

 息切れも無い幽体であるけど気力が尽きれば肉体に負担がかかるのと同様に動けなくなる。

 もうだめかな、消されちゃうのかな、とその力が尽きようとしたそんな時、

 

 

 ふいに追撃の手がぴたりと止んだ。

 

 

 え? と後ろを振り返ると追っ手の少女らは何故か座り込んでいて追う気を失っている様に見える。

 後続の少女らもどんどん座り込んでゆき、立っている一人を除けば誰も彼も彼女を追うという意志を残していなかった。

 

 訳が解らずただ立ち竦んでいた彼女の耳に、

 

 

 その音が響き渡った。

 

 

 『え?』

 

 

 それは笛の音のようだった。

 

 何時か聞いた日本の横笛の音に似ているが、その音色よりも角が無く、

 

 子守唄のようにいとおしげで、童謡のように優しげだと彼女には感じられた。

 

 

 ――こっちよ。

 

 

 『え?』

 

 

 声がする。

 

 その音色に混ざって声が聞こえるような気がする。

 

 

 ――こっちよ、さよちゃん。

 

 

 『っ!?』

 

 

 もう間違いない。

 この声……ううん、この笛の音は自分を呼んでいる。

 

 自分を呼んでくれる。

 正確に自分に向けられているという声。それに抗う術を彼女は持ち合わせていなかった。

 

 その音色に、言葉に、彼女は誘われ、導かれ、

 

 廊下を駆けて階段を上り、一番上の階の更に上、

 

 屋上に出るドアを、開けた。

 

 

 

 そこには、

 

 

 

 『いらっしゃい』

 

 

 

 風にたなびく長い髪を月の明かりで輝かせ、

 

 

 『はじめまして、さよちゃん』

 

 

 間違いなく自分を見、尚且つ優しい笑顔で挨拶をしてくれる巫女装束の少女。

 

 

 『私は氷室キヌ。よろしくね』

 

 

 そう言って優しく微笑んでくれたそのキヌと名乗った少女の眼差しを受け、

 

 

 

 彼女――さよの目元で、今までと違う涙が光った。

 

 

 

 




 我ながらキーが遅い……正確には修正が遅い。
 さよちゃん登場&おキヌちゃん初登場&とあるフラグ発生+……なんて詰め込み過ぎな感もあり、駆け足気味なのが否めませんし。

 また楓出遅れw
 これもまたディスティニー。

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