屋上のドアが開き、その少女が駆け込んで来たのが見えると、輝く笛をようやく下ろした。
この笛どころかこの身すら模造品であるが、本物以上に本物といえるレベルで、深く深く自分の事を覚えてくれている事が嬉しくて、笛を吹く時に必要以上に力を使ってしまったのは秘密だ。
尤も、笛の力は100%再現されてはいたけど外見はえらくあやふや。
形を思い出せない為、形を取り損ねて光る笛になっている。
反対に“自分”の再現率は頭に巻いたバンダナ以外パーフェクト。まぁ、そんなところも実に彼らしいと苦笑が浮かぶ。
高校生時分の外見年齢である事と何時もの巫女服姿なのもご愛嬌だ。
“それこそ”が彼らしいと言えるし、ここまで覚えてくれているのはやっぱり純粋に嬉しかった。
『あ、あ……』
そんな彼女を、外見だけならほぼ同年齢の少女の幽霊が呆然と見つめている。
真っ直ぐ自分を見てくれている女性に出会い、
真っ直ぐ自分に声をかけてくれている事による感情のうねりに戸惑っているだろう、この幽霊の気持ちは……彼女には実によく解った。
――ああ、昔の私もあんな顔をしていたのかもしれないなぁ、と。
三百年という長き自縛霊生活の果て、浮遊霊として“あの事務所”でアルバイトを始め、様々な経験を経て人間に戻った自分であるが、そこに至るまでに全く問題が無かった訳ではない。
はっきり言って彼との出会いも『殺す』という物騒な理由であったし、自縛から解放される事が目的だった訳であるのだけど、後になって考えてみたらとんでもない話。
それでも怖がるでもなく受け入れてくれたあの人達には、“この身”でも感謝の念が尽きない。
因みに、ずっと後になって『雪山で追いかけられた時に何で抵抗したのか』と後悔してたりなんかするのだが……今は関係のない話である。
『はじめまして、さよちゃん』
あの時の事を懐かしく思い、そして深く気持ちが解ってしまうからこそ、
彼女がハッキリと見えているという意味も込めて、自分の名を告げてあげる。
『私は氷室キヌ。よろしくね』
あの時、居場所をくれた皆の様に――
『……あ、あああ………
わ、わぁああああああああああん!!』
幽霊の少女――相坂さよは、泣きながらその氷室キヌと名乗った女性に飛びついていった。
それは無理もないと言えるだろう。数十年もの間、孤独の中にいたのだから。
見えないのに彼女というものを認識できていないのに祓おうとする自称退魔師や、霊を慰めると妄言を騙る霊能力者はそれなりにいたのだが、その全てがさよの居場所どころか存在にすら掠りも出来ていなかった。
見てくれない、気付いてくれないならいっそ……と捨て鉢になってそれを受ける気にすらなった彼女であるが、その全てが空振りばかり。
中には本物っぽい人間もいたようであるが、目の前に立っても位置の認識すらしてもらえない有様だった。
かと言って、仲間というか同じような存在はいるようだが、そこに行く事は躊躇われる。
行ってはいけない、気持ちが悪い、嫌悪感が強い、という感触があってそこには一歩も進めないのだ。
それに下手に“そこ”に入ると同級生を害するほどの事をしなければならなくなる。
それは……それだけは勘弁して欲しかった。
成仏させてもらえる訳でもなく、鎮守してもらえる訳でもない。それでも闇に入る事も堕ちる事もできない。
ただぼんやりと無気力に日々を送り、楽しそうな学生達を見ながら、その眩しさに顔を背けるくらいの事しか出来ないでいた。
奇跡的に他の生者を妬んだり怨んだりする事もせず、文字通りの幽霊生徒として通い続ける さよ。
友達がほしいというささやかな願いを胸に秘めたまま、気がつけば六十年の月日を送っていた。
そんなある日、気の所為かもしれないがクラスの出し物について子供担任が多数決を取っていた時に、手を上げた自分の名もカウントしてくれたようなのだ。
これには驚いた。何せ数十年も誰にも認識されずい続けていたのだから、こんな子供に感じ取れた事は驚愕以外の何物でもない。
だから彼女は、微かな希望を持って自分のクラスの子供教師に挨拶してみようと勇気を振り絞ってみた。
結果的に挨拶そのものは失敗したのだが、僅かとはいえ自分を感じ取れているという事はほぼ間違いない事が解ったのである。
この事は彼女を奮起させた。
数十年目にしてやっとさよは、お友達を作るという想いを強く再燃させ、まずは挨拶からと教室で学園祭の小道具を作っていた少女らに近寄って行ったのだ。
しかしここで思わぬアクシデントが起こる。
何と頑張ったのは良いが波長が上手く合わない者ばかりで、彼女の姿がエライぼんやりとしか見えなかったらしく、悲鳴を上げて逃げて行ってしまったのだ。
直後、物凄く怖い二人に追いまわされて大変な思いをしたのだが、次の日に張り出された麻帆良スポーツを見て納得がいってしまった。
あんなに風に見えたのだとしたら、そりゃあ悲鳴も上げるだろうと。
夜中にテレビ画面からずるりと出てくるものと同じだと見なされても不思議ではないくらい不気味に映っていたのだから。
そんな彼女の手をとり、真っ直ぐ見て温かく慰めてくれているのだから感激しない方がおかしい。
見た目より更に幼い童女のように泣きじゃくる さよを、キヌはやんわりと優しく抱きしめ、母親のような眼差しであやし続けた。
キヌの様は堂に入ったもので、その手つきはどこまでも優しい。
頭を撫でつつ彼女の髪を梳いてやり、余計な口を一切出さず、ただ優しく抱きしめ続けてやっている。
子猫のように目を細めていた さよが涙目のままふと見上げると、やはりそこには優しげなキヌの笑顔。
その心地よさが嬉しいのか、照れたのか、さよは涙を拭うようにまたキヌの巫女服に顔を埋めた。
さよの所作が微笑ましいのだろう、キヌが笑みを深めていったのだが、ふと何かに気付いたかハッと顔を屋上の入り口の方に向ける。
と――?
ダンッッ!!
そんな空気を読まない音が、唐突にドアの方から響き渡った。
霊視をしたか波動を追ったかは定かではないが、ここだと見当を付けた追っ手が、ついに到着したのである。
気が弛みきっていた さよは『ひゃあっ!?』と驚き、思わずキヌに抱きついてしまう。
追撃者は当然、刹那と真名。
“何故か”一時的な鬱状態になっていた二人であったが、“何故か”唐突に立ち直り真名の眼を頼りにここまで追って来たのだ。
自分らが行動不能に陥っていた理由は不明であるが、それを調べるのは後。
今は依頼された仕事を片付けるのが先である。
ドアを蹴破って屋上に躍り出た二人。
眼前にはターゲットと見知らぬ女性(少女?)。こんな時間にこんな場所にいる理由は不明であるが、兎に角押さえてからだ。
二人は屋上に出た瞬間にそう判断し、左右に分かれて同時に攻撃。
真名が牽制し、刹那が突っ込むという役割分担は普段のまま。
場を見て素早く判断するのは流石。
何時もと調子は違えどタイミングは完全であり、時々一緒に仕事をしていると言う事だから本当に見事な連携と言えよう。
さよも怯えてキヌにしがみ付いたまま何も出来なかったのであるし。
当然、そんな風にしがみ付かれたら動きが取れない。さよを守る為に抱きしめるという行為がそのまま不利に繋がってしまうのは皮肉なものだ。
さよが反射的にとった行動が折角出会えた人の妨げとなり、彼女はさよを守るチャンスを失い、彼女と共に屠られてしまったかもしれない。
無論――
『女の子に暴力振るっちゃダメでしょ?』
何の防御手段も講じていなければ――の話であるが。
が き ん っ っ ! !
と、まるで鉄塊をバットでぶん殴るような重い音がして弾丸は弾かれ、刹那の刃は見えない手で握り締められたかのように空中に停止してしまった。
当然ながら刹那も真名も驚愕する。
弾丸だけが弾かれ、刃はそれ以上進められないという二種の現象を起こしたのだから当然であろう。
何せそんな術の見当がつかないのだから。
「くっ ならばっっ!!」
しかし障壁の系統であろう事だけは解る。
そしてこんな時間にこんな場所で……それも見慣れぬ女性が見知らぬ術を使って幽霊を庇えば警戒レベルも上がろうと言うもの。
真名は弾丸を変え、刹那は本気のモードに切り替える。
氣の練り具合を上げ研ぎ澄まし、剣先にまですべらかに流すと振り抜きながらそれを解放。
同時に真名は引き金を引き、三点バーストでその女性を狙った。
「斬岩剣!!」
正に岩を切断する斬撃――それも今の流れを断つと云われる<弐の太刀>と、結界を貫く特殊弾頭が同時にキヌとさよに襲い掛かる。
のだが、
が ぎ ん っ っ ! !
結果は変わらず。
と言うより、無駄だ。
魔界でもそれと名を知られる悪魔でも一回で貫く事が敵わず、東京全土の怨霊による同時攻撃にすら三十秒以上持つというふざけた強度の大障壁。
敵意ある者の侵入と攻撃のみ防ぐというふざけるにも程があるそれが二人を守っているのだから。
キヌの足元には『護』という文字が浮かぶ珠が置かれている。
その珠こそ、このドふざけた障壁を生み出しているものであり、キヌが刹那らを全く危険視していない理由。絶対に大丈夫だと確信できている理由だ。
それに以前より更に霊波収束度が上がっているのだからその余裕も当然の事だろう。
だが、そんな想像を絶するアイテムがここに無造作に転がっている等と誰が想像できるだろうか?
尚且つキヌは“彼”に対して全幅の信頼を置いている。
特に女の子を護るという時の踏ん張りに勝てる存在は地球上に存在しないと断言できるほど。
そんな彼女の信頼に応えるかのように、その強度は果てしない。
か弱き幽霊の美少女と思い出の少女を守る為に起動したのだ。
山を動かす勢いでもない限り、この珠の力は超えられまい。
そして――
何時の間にかキヌ達の前に小鹿が立ち塞がっていた。
真っ直ぐ無垢で、
それでいて恐ろしく深い黒の眼が襲撃者達を見つめている。
天然自然の精霊集合体。
白小鹿の姿をしている天狗が、
幻想の天狗という
真を見抜く眼を持つ真名に眼で訴え返している。
自 分 が し て い る 事 を 理 解 し て の か ――と。
さよも当然驚く現象であったが、それは襲撃者の攻撃を防ぐ事が出来たからであって今の状況ではない。
何せ彼女には小鹿の背面しか見えていないのだから。
真名も刹那も忘れていた。
この小鹿の主の普段を見、この使い魔の愛くるしさにより失念していたのだ。
この小鹿は精霊。
超一級の霊能力者と契約を結び、実体化した精霊なのだ。
それなり以上の技や
尤も、これは怪我の功名を生んでいる。
何せ刹那は奥義である<弐の太刀>が効いていないし、真名は“その眼”で障壁をまともに見てしまった。
その想像の限界を超えたあり得ない強度に呆然とする事しか出来なかったのだが、この小鹿の放つ意外な圧力により かのこが防いだと思ってしまったのだから。
白小鹿は天然自然の精霊集合体。
このくらいの奇跡を起こしても不思議では……と
まぁ、力はあっても普段のボンクラが目立ち過ぎてるお陰ともいえる。
どちらにせよ不名誉な助かり方であるが。
で、当のさよは助かった理由が理解できず強張ったままだったりする。まぁ、当然の事だろうけど。
そんな さよの頭を撫でて落ち着かせてやりつつキヌは、
『こんなに怯える娘に乱暴したりして……二人ともダメでしょ!?
霊体が見えてないから素人みたいだけど、素人の生兵法は事故の元よ?』
二人に思いっきりダメだしを喰らわせていた。
やや遅れて駆けつけたネギと明日菜が見たものは、
「「素人って……」」
見た目おもっきりド素人のハチマキ巫女娘にダメだしを喰らい、orz状態になっていた二人だったという。
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■二十三時間目:黄昏ぞーん (後)
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「……これは一体何事アル?」
流石にこれ以上オカルトに関わらせる訳にはいかないので、他の級友達をのどかや夕映らと共に撒いてからやって来た古が見たものは……
『大体、感じる事はできても見えてないんでしょ?
相手の善悪も確かめず追いかけ回すなんて素人もいいところよ?』
「ぴぃぴぃ」
見慣れぬ巫女少女に説教され続けている刹那と真名、そして杖に乗って飛んでいたので自分よりも先に到着していたはずであるが、何故か知らないが一緒に正座させられて説教を受けているネギと明日菜の姿だった。
かのこも混ざって説教しているのが何だか微笑ましい。ナニ言ってるのかはサッパリであるが。
大体の見当は付くのであるが、間のイベントを抜かしているので細かい所はサッパリサッパリ。
仕方なく四人を怒っている巫女少女をぼ~っとアホの子宜しく眺めていたり。
しかし、その少女の頭に赤いバンダナが巻かれている事にふと気付く。
だったら説教を受けている理由も解るというもの。古はやっぱり人心地付くまで待つ事にした。
「だが、幽霊の善悪を判断するのは」
そんな古の呑気な気持ちを知らない真名は、何とか言い返そうと言葉を紡ぐ。
何せ彼女はプロ。できる事とできない事はきっちり区分し、命すら懸けて仕事を完遂してきたのだ。
さよという霊体はそんな彼女の魔眼をもってしても捉え切れない難しい相手だったのである。
しかし……
『え゛!? 見て判断できないの?
ホントに素人じゃない。生兵法はいけないんですよ』
キヌにはその理屈は通じない。
横島同様、周囲が天才ばかりで“出来る事が普通”の環境だったので、出来ない=ド素人という図式が完成してしまっているのだ。
何せ彼女が通っていた学校の中で一番落ちこぼれの娘でも浮遊霊を見て善悪の判断が出来るのだし、ぶん殴る事も出来ていた。
キヌからすれば霊視や見鬼は基本中の基本。
彼女の通っていた学園の心霊科は、新入生だって授業で霊撃戦を行うし、船幽霊らと戦う研修だってあったのだ。
だから霊視すらできないなんて論外中の論外なのである。
尤も、キヌ本人も霊力の大きさや身体能力は兎も角として、その霊力のコントロールに関しては世界有数の霊能力者である上司が太鼓判を押すほどであり、元幽霊だった事も手伝ってか世界に数人しかいない本物のネクロマンサーだったりする。
そんな彼女と比較されては堪らないだろう。
流石は元祖ド天然。無意識攻撃がエゲツない。
因みにド素人とダメ出し連呼されている二人は返せる言葉が見当たらないし、見えも判断も出来なかったし、生徒らの暴走を止められなかったネギは二人に代わってorzしていたり。
で、そんな級友&担任のナニ過ぎる様に哀れみを感じてたりする古であったが、このまま見物し続けるのも頂けない。
それにあの巫女ミコには時間が無いに違いない。考えてみたら初対面なので挨拶かもしていないと、古も仕方なく歩み寄って行く。
すると古に気付いたキヌは説教をしていた顔をもの凄く嬉しげな笑顔に変え、
『あ、貴女が古ちゃんね? 初めまして』
と頭をぺこりと下げる丁寧な挨拶をしてきた。
「え? あ、う……は、初めまして」
彼女が“何”であるかは見当も付いていたのであるが、先制を取られた事もあって緊張が表立ってしまう。
何せこの巫女ミコ。漂わせている雰囲気が尋常ではない。
怖さというか、武の強さではなく、何ともいえない穏やかでピンっと芯の通った心の強さを感じるのだ。
同級生でも大人っぽい少女や、落ち着いた少女らはいるが、こういうベクトルで大人の落ち着きを持った人間と相対するのは初めてなのだからしょうがないとも言えるのだが。
正直に言うと、“その魂の強さに圧されている”というところだろう。
……つーか、何で彼の知り合いは全員美女美少女なのかと問い詰めたい。そっちの方を是非に。
長く美しい黒髪。
童顔ではあるが優しげで見惚れるような笑顔。
太過ぎず痩せ過ぎずバランスの取れたプロポーション。白い肌。巫女装束が異様に似合う、どこに出しても恥ずかしくない日本的美少女である。
ぶっちゃけると、こんな可愛らしい女性と“お知り合い”なんだ、あのヤロウ。何も無かったとは思えねーぞ、ゴラァ!!なのだ。
今の古にとってはイラッピキッとするのも当然の事であろう。
で、キヌはというとそんな彼女の複雑そーな顔を見、ピンっとキた。
そりゃあ気付きもするだろう。何せ経験者なのだから。
このおキヌ、あの世界でンな顔させられまくっていたのは伊達ではない(涙)のだ。誰にと問われても、どこのバカなのかは言えないが。チクショーめ。
だからだろう、キヌは古の耳元に顔を寄せ、
『安心して。
今の横島さんの近くにいるのは、間違いなく古ちゃん達だから』
悪戯っぽい笑みを浮かべてそう呟きを残してやったのは。
ボッッ!! と古の顔が一瞬で朱に染まる。
“彼”の記憶を共有している為、キヌの口から出た言葉は事実であろう。いや、間違いなかろう。
大体、その事はよ~~~く解っている のだし。
だからこそ、ちょこっと突かれただけでこんなになってしまうのだ。
何時の間にやら女の子女の子するようになった古に、クスクス笑いながらキヌは顔を離した。
無意識に誰も彼もを引きつけるところは変わりませんねねと、頭の奥に言葉を刻みながら。
尤も、『全く……全っ然っ、変わってないんだから……っっ』という言葉を思い浮かべるキヌに黒い瘴気を感じないでもなかったのだが。
で、当の さよはというと、昨夜追い回された事もあって、霊波に攻氣を持つ古に怯えているのかキヌの陰に隠れたまま。
無理もない。横島との霊能修行によって古達の霊格は上がりつつあるのだから。
しかし さよが怯える理由を件の男の記憶から知っているキヌは慌てたりしない。
この程度で慌てていたら、あの職場では一日と過ごせないのだ。
先にも述べた通り、キヌは霊力のコントロールには定評がある。
そして色んな意味で彼女は古の先輩なのだ。
だから、
『ねぇ、古ちゃん。あなたはお友達にもそんな気持ちを向けるのかしら?』
「ふぇ?」
と、優しくヒントを与えた。
『さよちゃんは見えなかったといっても、あなたのクラスメイトなのよ?
クラスメイトにもそんな硬い気持ちを向けるの?』
「……っっ」
そう言われて古もはたと気付く。
考えてみれば古は拳法家。その防御は柔道や合気道等と同様に“柔”が基本。
修学旅行の時の事件や、この間の悪魔襲来等からこっち、周囲の危機に際して身構え続けていた。
乱暴に言えば『攻撃こそ最大の防御』的思考になっていたのだ。
その事が攻の氣として周囲を刺激し、引いてはさよを怯えさせ、余計に遠ざけさせていたのだろう。
「……」
古達の目には見えない出席番号1番の同級生さよ。
空を掻き抱くキヌの格好から、今も抱きしめられて慰められているであろう事が理解できる。
「(……トモダチを怯えさせるなんて……)」
つまり乱暴に言えば、古はさよをクラスメイトとして見ていなかった事になるだ。
古の拳が白くなるほど硬く握られ、その問題の攻の氣が内側に向かった。
己の愚かさに気付いた彼女の攻撃対象が自分に移った――いや、要は自分を責めているのだろう。単純というか素直というか……それはパッ見でも解るほど。
尤も、キヌからしてみれば“彼”に似てるなぁ、とちょっと微笑ましいのだが。
しかし、放って置いても自分で答を見つけ出せるだろうが残念ながら時間がない。
『あれ?
お友達ほったらかしにしてまで自照するのが大事かしら?』
自照――つまり、自分自身を省みて深く観察することであるが、確かに今はそれよりも大切な事があった。
本当は自分で気付いた方がはるかに実になるのだけど。そう、ちょっと惜しい思いはしたが、仕方なくキヌはまた口を出した。余計なお世話だと解ってはいたのだけど。
だが、当の古は単純というか素直というか気にもせず、『私また、何してるアルか……』と反省時間を終了し、今度こそはと顔を上げて静かに瞼を閉じた。
眼を閉じて我を鑑み、第三者的見て初めて解る自分の攻の氣。
ああ、自分は“これ”に気付かなかったのか。
これは完全に相手を探り、隙を窺っている時の構えではないか。本気で私は馬鹿アルなぁと思い知らされる。
やっぱり似てる。と苦笑しているキヌの目の前で、古の霊気が恰もチャンネルを切り替えるように別物になった。
薄っぺらい反省なら全く懲りないけど、本気の本気で反省した時の切り替えの速さは神がかっていた彼。
そんな彼と同じように切り替えと共に空気すら変える事が出来ているのはキヌにとって微笑ましく嬉しい事なのだ。
彼女の見立て通り、その古が放っていた攻の氣はみるみる変化してゆく。
氣が萎んでゆく、のではない。
なだらかに、すべらかなものに変わってゆくのだ。
鳴滝姉妹らとふざけ合っている時や、のどかや木乃香とのんびり話をする時、そしてナナと遊ぶ時。
そんな時に自分は皆をどう捉えているのか。皆にどう接しているのか。それを具体的に説明する事は出来ないだろうが、その時の心境にはなる事はできる。
自分の意識の改革を終え、改めて眼を開けてキヌの方に目を向けると、その腕の中に何だかぼんやりとしたものが見えてきていた。
ハッキリとは見えないものの、ここに来てついに姿らしきものを捉えられるようになったのである。
それが解ったのだろう、キヌは古の手をとり、もう片手でさよの手を取った。
ここまでしてやる必要はないかもしれないが、言葉を伝えただけで直にさよを友達だと受け入れられた古がよっぽど気に入ったらしい。
『横島さんに霊気の動かし方習ってるでしょ?
あなたのその手じゃなくて、この娘が見える“その手”でこの娘に触れてみて』
古は言われるままゆっくりと手を伸ばす。
いや、鍛え上げた手ではなく、
“それ”が見えたのだろう、さよはビクっとして手を引っ込めようとするが、キヌがそれを許さない。いや、怯えさせない。
引き止めるのではなく、やんわりと留めさせる。
『大丈夫よ。
それにね、相手とお話したいのなら挨拶から始めなきゃ。ね?』
さよはそう諭されると、まだビクビクしてはいたが手を引っ込める事は止めた。
『古ちゃん。心の手を伸ばして練り上げた霊波をここに送るの。
流し込むイメージはダメよ?
スープをお皿に注ぐような優しいイメージでゆっくり……ね?』
「……明白了」
それは経験がある。
以前、霧魔と戦った際にゆっくり霊気で扇いで遠ざけさせた経験がある。
速度と流れはそれ。
だけど霊波を伝えるのは遠ざけさせるの様にではなく、キヌに言われたように皿に注ぐように静かに優しく……
目の前にいる。と認識ができれば後はそんなに難しくは無い。
恰も幼子に湯をかけるよう、“そこにいる彼女”に静かにそれを行うと、器に当たるものをぼんやりと感じ取る事が出来た。
そして更にそれに手を伸ば……すような性急な事はせず、それの形が解るよう、なぞる様にゆっくりと同じ事を続けてゆく。
すると器の形が感触として解り始める。
なぁんだ、こんなに小さかったんだと苦笑すると共に、害意を向けた自分を思いっきり恥じた。
と同時に霊波の優しさが増す。
こうなってくると、もう伝える事は何もない。キヌは安心してさよの手と古の手を触れさせる。
同時に、その行為を静かに見つめていた小鹿が、夜空を見上げて月に向かって小さく鳴いた。
ぴぃいいい……
先ほどのキヌの笛の音にも似たそれ。
それでいて邂逅の邪魔にならない程度の抑えられた静かな鹿の音が月の光を震わせる。
パァ……
その練りに練った霊波を月の波動が後押しし、さよに強くゆっくりと伝わってゆく。
鹿の音によって静かに震える月光が二人の霊波を優しく同調させ、希薄だった幽霊少女の形がハッキリと姿を現していった。
そして鹿の音が止んだ時、そこには手を結んでいる少女が二人。
え? え? と状況を理解できていない さよは兎も角、古は事が成功した事に満足して彼女に向かって笑みを――
親しい友達に向けるそれを向けた。
「晩上好♪
クラスメイトに自己紹介するのも今更アルが……私、古菲よろしくアルね」
『あ、ああ……』
場違いな冬の制服を着たその少女、相坂さよは級友に受け入れてもらった事に感激し、ポロポロと涙を零した。
古の知る誰よりも豊かな感受性を持っている少女。
零やナナ、エヴァや茶々丸と同様に人間族と違うという“だけ”。おまけに級友だ。
それが相坂さよという“女の子”だと、古は完全に理解したのである。
嬉し泣きをするさよの頭を撫でて労わる古の姿は、往年の友人を支える友達同士のそれであった。
「あ~ やっと見つけた……って、ナニやってんのアンタら」
一人階段を上ってきた和美が目にしたものは、異様な光景。
月明かりの下で抱き合って見慣れぬ……セーラー服の冬服を来た女の子を抱きしめて慰めている、薄水色のツーピースという珍しい服を着た古という構図。
その足元にいる可愛い白小鹿も相まって中々絵になるではないか。一応、このシーンをパチリともらっておく。
携帯で撮った亜子のもののようなピンボケではないだろう。現にさっき逃げ惑っている さよが撮れたのだし。
そして目立つのが、そんな二人を温かく見守っている赤いハチマキ(バンダナ?)を着けた巫女装束の少女。
少なくとも和美の持つこの学園のデータには、木乃香風のこんな黒髪美少女はない。そりゃあ、探せば見付かるかもしれないが。
――とも思ったが、やっぱりいないと思う。こんなに大人っぽく落ち着いた美少女なら否が応でも目立つはずだから。
そんな和美に気付いたか、キヌはニッコリと微笑みで挨拶をしてきた。
その親しげな笑顔に釣られて和美も頭を下げたが、やっぱり記憶にはない。首を捻るばかりだ。
さてこんな状況の中、正座連中はナニをしていたのかというと、やっぱり正座したまんまだった。
いや、確かにもういいとは言ってもらってはいないが、そこまで付き合う必要はない。だから止めてもいいのだろうが、四人は今だに正座をし続けていた。
流石にここまでくれば刹那達にもさよの姿は見えている。
ネギがこんな女の子を怯えさせてしまったのかと更に落ち込んでいた事は当然として、刹那も大いに落ち込んでいた。
というのも、こういった手合いに対する対処法は自分が断然前にいたはずであるのに、見た目ド素人のハチマキ巫女に窘められた上、解決に際し古が一押しをして視認できるようにしている。
戦闘技術云々ならともかく、ついこの間まで裏の存在すら知らなかった古にこういった搦め手な手段まで上手く使われたら、そりゃあ落ち込みもするだろう。
ネギと二人して明日菜に慰められてたりするものだから落ち込みも一層だ。
和美としてはあの女性も気になるが、そんな刹那達の様もナニ過ぎてかなり気になっていたり。
双方とも放っておく事も出来ず、どうしようかと悩んでいた。
だがその思考の時間が命取り(?)となってしまう。
『流石にそろそろ時間だから私も戻るわね』
そう、時間切れであった。
折角のコミュニケーションである。あんまり邪魔はしたくなかったのだが、流石に十分という括りはまだ超えられない。
カラータイマーはないが、限界は解るらしくキヌは古とさよの二人にそう切り出した。
『え? 行っちゃうんですか?』
その別れの言葉に、まだ目元を濡らしたままの顔で さよは面を上げる。
これだけお世話になったのに、ずっと求めていたものをくれたのに何もお礼が出来ていないのに。言葉にはなっていないが、そう訴えている事は目で解る。
キヌはクスっと小さく微笑み、
『大丈夫よ。時間さえ置いたら何時でも会えるわ。
それに私がいなくなっても、もっともっとあなたの事を考えてくれる人が出てくるから』
『え?』
さよの不思議そうな顔を受け、本当に嬉しげで優しげな微笑を浮かべて見せた。
月の光の元、その表情は現実離れした神秘性を醸し出し、さよと古にはまるで女神のようにも見えている。
『そ♪ 可愛い女の子の為なら身体張ってどんな無茶もして、
それでいて限界を超えて何でも出来ちゃうスゴイ人。
どう見られても気にしないでとことん底なしに優しくて、どこまでもまっすぐで楽しい人よ』
柔らかく、本当に幸せそうにそう語り さよの頭を撫でて安心させてやった。
そのキヌが語る時に纏っていた空気も表情があまりに幸せそうだったので、さよは何も言えなかった。
そうこうしている間にキヌの身体は仄かな光に包まれてゆく。
『……もう時間ね』
『あ、あの……』
思わず手を伸ばす さよ。
キヌはその手を優しく取り再会を約束するように両の手で握手した。
『じゃあ、またね』
『あのっ あのっっ
あ、あり、ありがとうございました!!』
その言葉を満面の笑顔で返すキヌ。
彼女は笑顔のまま、光の粒子に還って行ったのだった。
****** ****** ******
いや、流石に横島が姿を戻した時には真名とさよは驚いた。
今までいた見知らぬ少女が突然知り合いになったのだからそりゃあ驚いただろう。
古は当然として、刹那とネギ、そして明日菜は何時も召喚魔法(偽)で別人になっていた彼を見ていたので『ああ、そうだったのか』という納得があったのだが、初見の真名とさよの驚きは大きい。
尤も さよの方は、
「あ、あの、私、お兄ちゃんの妹でナナというレス。よろしくおねがいします」
『えと、えっと、ハ、ハイ、宜しくお願いしますっっ』
「でこっちが かのこちゃんレス。
私のお姉ちゃん分レス」
「ぴぃぴぃ」
『え、えと、ハイ。お世話になりました』
横島の姿に戻ったと同時に、給水タンクの陰から唐突に幼女が……ナナが出てきて、挨拶なんかしてきたのだから、そっちの驚きにとって代わられていたりする。
その所為(お陰?)で、キヌが横島に変わったという珍現象の驚きも引っ込んでいたりするけれど。
何せさよはこの幼女に見覚えがあった。
このナナという幼女は、さよが昨晩出て来たときに皆と同じく3-Aの教室にいたし、他の面々と共にさよに驚いて悲鳴を上げて逃げていった子なのだ。
その彼女が夕べの恐怖心も何のそので挨拶をしてきたのだから、それは驚き半分嬉しさ四分の一戸惑い四分の一だろう。
で、横島はというと二人のぎこちないやり取りが微笑ましいのだろうか、口を挟まず距離を置いて見守っていた。
無論キヌを戻す際、ちょっとさよが可哀想かな? とも思ったのだが、やっぱり十分間という時間制限の壁は分厚かったし、蟠りを取っ払うのも大事だと神妙な心掛けで折り合いをつけようとしたのであるが……
「ちょ、ちょっと横島さん!! さっきまでの女の人ナニ!?
古ちゃんや楓や零ちゃんや円だけじゃなく、あんなヒトにもコナかけてたわけ!?」
「人聞き悪いこと言うなーっ!! おキヌちゃんは元同僚じゃわいっ!!」
「おキヌちゃん!? 何かニュアンスに甘いもの感じるんですけど!?」
「そんなロマンスいっぺんも無かったわいっ!!
……って悪かったなぁっっっ!!! ドチクショーッッ!!」
「涙目で逆ギレ!?」
……こんなおバカな言い合いをしてたら神妙な気持ちもヘッタクレも続く訳がない。
流石に怒声が響き過ぎただろうけど、それでも空気から暗さは吹っ飛んでいる。お陰でやや緊張の解けた さよは周囲を見回す余裕を取り戻していた。
言い合いをしている知らないお兄さんと同級生、朝倉和美。
目の前にはボブカットの可愛らしい女の子、よこしまなな(←口頭なのでまだ使っている字が解らない)。
そんな二人を生温かい目で見ているのはさっき紹介を終えた……とは言っても前から知ってはいるが……クラスメイトの古菲だ。
この目の前の女の子と古の二人であるが、自分が幽霊だと解っても別に気にもしていない。
実はさよ、あまりに自然に接して来たのでどう驚いていいのか解らなくなっていたりする。
『え、えと、あの~~』
「何アル?」
「何レスか?」
その問い掛けも普通に返す二人。
『私、その、幽霊ですよ?』
「? 知てるアルよ?」
「お兄ちゃんに聞いてるレスよ?」
ナニを今更。
二人は暗にそう言っていた。
それがまた、さよを混乱させる。
「それに、既に私のクラスにはロボと生人形と吸血鬼なんているアル」
「私のお姉ちゃん、
スライムとお人形(茶々姉ズ、零)とロボット(茶々丸)と吸血鬼(エヴァ)レスよ?
お兄ちゃんはちょーのーりょくしゃレスし。
使い魔の かのこちゃんはせーれーレスよ」
『え、え~~と……』
「確か老師の後輩は貧乏神憑きで、
同級生がバンパイアハーフと机の学校妖怪で、
バイト先の居候が妖怪で、弟子一号が人狼だと言てたアル」
「ちょーのーりょくをくれた先生が、龍の神様だって言ってたレスよ?」
「「今更幽霊の娘(お姉ちゃん)が出てきてもナニに驚いたらいいのか……」」
――そう。よくよーく落ち着いて考えてみたら、驚いたり慌てたりするポイントが無かったのだ。
それに件の老師様(おにーちゃん)も古達の修行中にポンポン人外に姿を変えるので、本当はいい加減彼女達も慣れていた筈なのである。
「言い忘れてますけど、私も人間じゃ無くてゴーレムなんレス』
ホラ、と言いながら肌の色を銀色に変えて見せた。
その際、古はあっと驚いて前に出ようとするがナナが真剣な眼差しでその動きを止めさせる。
彼女のその眼を見て大事な意味があるのだろう悟り、古は動きを止めた。
流石にメンタルは普通の女の子である さよは『ひゃあっ!?』と驚くが、直後に見せたナナの無表情な笑顔にギリギリで踏み止まる事に成功する。
何故かは知らないが――その不自然に崩れない笑顔が自分の泣き顔に似ているような気がした事も大きい。
ナナが“自分”を見せた理由は、謝罪も含んでいる。
背を見せられるその痛みや、歩み寄ろうとしても取り残される寂しさを知っているはずの自分が、
わけの解らないものとして恐れられ、追われていた自分が、よりにもよって他の人に同じ事を行ってしまっていた。
その上、今朝諭されるまで怯え続けてその事に全く気付いていなかったのだ。こんなに恥ずかしく悔しい事は無い。
だからこそ、ナナも自分を曝したのである。
どう逃げられようとも、どういう目で見られようともだ。
だが、そんな彼女の心情が解る訳もないのに、さよは何か感じるものがあったのだろう、
『あ、あの、だったら……』
さよは逃げたりせずそのナナの銀色の手を取り、幽霊なりに…非力な彼女なりに強く握った。
『ふえ?』
当然、ナナはちょっと戸惑う。
しかしその銀色の表情に怯む事無く、さよは、
『そ、その、握手です』
『握手……レスか?』
『その…………………………お、お友達の挨拶です』
小さくはあるが、ハッキリとそう想いを言葉とした。
一瞬、ポカンとしたナナであったが、直に満面の――僅かに涙を滲ませつつ本物の笑みを見せ、
『は いレス!」
人の肌に戻して繋いだ手に自分手を重ねて、力強くぶんぶか振り握手をし続ける。
小鹿は、そんな二人を見つめながら また静かにぴぃと鳴いた。
「……横島さん、嬉しそうだねー」
「さて、何の事やら」
古と小鹿が見守る前で元気にシェイクハンドする妹と少女が、例えようも無く微笑ましい。
若干、その勢いに さよが振り回されているよーな気もするがご愛嬌だろう。
そんな激愛妹の良い子ちゃんなシーンなんか見れば、そりゃあ目尻も垂れ下がって縦にもなろうというものだ。
「いや、そんな嬉しさ満々々々々々溢れる顔してナニ言ってんのさ」
「ハッ そっちこそ何言ってるんだい?
ナナがイイ子なのは宇宙の真理だヨ?
宇宙創生からアカシックレコードに記載されてるじゃないか」
「……その壮大過ぎるシス魂に頭が下がるよ」
とっくに言い合いを終えて仲良くなった三人(+1)を温かい目で見守っている二人。
他の生徒は、しっかりと和美が夕映達と組んで情報操作で別方向に誘導しているので、まだまだこちらには気付くまい。桜子がいるから油断は禁物であるが。
それでもあの騒がしい集団が近付けば流石に気付くのでかなり気は楽だ。
だからこそ、ゆっくり見せてってね! と言わんばかりに彼女たちのやり取りを堪能している訳であるが……
横島の壮大スグル説は兎も角、何だかんだ言って彼女らに向けられているその眼差しはひたすら優しい。
色男に対して怨念を持ち、霊力が下がれば理性をコントロールできなくなるという欠点持ちであるが、それでも女子供に優しいところは変化が無いのだ。
例えば、和美はコソーリと彼にさよの真横にずっと座っている為に霊的な繋がりを持ち易いという事を告げられている。
だから少し霊圧を上げたからもっと接点が上がるだろうとも。
「どうする? 気持ち悪いんだったらどうにかするけど?」
等と言われた時、舐めんなーっっ!! と言い返してしまっている。まぁ、彼もそんな感じの言葉を返してくれる事を期待して問うたのだろうけど。
実際、言葉の中にあった“気持ち悪い”という単語にやや怒って見せたのであるが、それが横島にはツボだったらしく、
「いや、試してゴメンな。
そう言ってくれたらオレも嬉しいよ」
と、微笑で返してくれた。
困った事や問題が起こったら何でも言ってくれ。そういった厄介ごとならドンドン任せろ。
無駄に自信たっぷりにそう言った彼の笑顔は、次の言葉を思いつかなくなるほどのモノだった。
苦言といってしまうのもナニであるが、さよは既に死んでいる存在なので生半可な気持ちで付き合う事は止めさせたい。だけどそれを踏まえた上で付き合えるのなら、と先に牽制したという訳だ。全くもって頭が下がる。
だが相談を受けてくれるというのならそれは途轍もなく有り難い。何せ霊と付き合う上での注意点を全て理解している彼が相談相手なのだ。これほど心強い事は無いだろう。
さよの危険度の低さは他ならぬ横島も自信を持って言えるレベルであるのだが、それでもちゃんと理解させようとあえて悪口を吐いた。つまりはそれくらい皆の事を考えてくれているのだ。
今の横島の笑顔からそれも解る。元々、どう泥を被っても彼女を十分満足させてから成仏させる気なんだろうなぁ……と解ってしまうほど。
まぁ、受け入れてもらえるのは解ってたけどね。
古ちゃんもソッコーでおキヌちゃんに気に入られてたし。
……結局、みんな素直でいい子なんだよな」
思考が言葉で漏れてるよ? 横島さん。
そう苦笑する和美であったが、不快さはゼロ。というか彼と話して慣れれば慣れるほど不快さは減り、好感度はゆっくりと上がってゆく。流石に惚の字には程遠いけど。
……こんな状況でこんな笑顔見せまくってたら、そりゃくーちゃんや楓もオチるか……無意識だから余計に性質悪いわ……
そう口から言葉を零しそうになるほどに。
――目で見える事だけが全てではない。
その事を理解しているはずだったのにな……
森羅万象の中において“今”を、流れを斬る。それこそが奥義、の筈だったのであるが……
目の前のやり取りを見ていると、流れ云々以前に、森羅万象の中にいる事すら理解できていなかったという後悔が湧き上がってくる。
成る程、確かに迷える霊魂を祓う事や退ける事は大事であり、やらねばならない仕事だろう。
この学園は強力な結界があるので然程腕を振るう事も無いが、退魔にしても敵を見据えて認識し、然る後あるべき場所へと送り還す事が神鳴流の剣士である自分の仕事である。
それに退魔以外で霊を送る方法を知らない以上、剣を振るう以外の術は無いのだ。
――だからと言って、何の罪も無い霊を追い回していいという理由にはならない。
そう刹那は己が浅慮を深く悔いていた。
何せナナもそうであろうが、追い回されたり迫害されたりする痛みは自分とてよく知っている筈なのだ。
そしてナナが横島と出会えて安らぎを得たように、自分も木乃香との仲を取り戻し、真の意味でネギや明日菜に受け入れてもらえ、安らぎと喜びを得た。
だからこそ、依頼されたとはいえあっさりと仕事を請けた自分が腹立たしいのである。
それに受けたのなら事前調査も必要であるし、因果捜査すら行っていない。
何事も餅は餅屋とは言え、和美に丸投げ状態でただ闇雲に武器を振るうなど無頼の輩とどう違うというのか。
自分が剣を振っていたのは自分以外を弾く為ではなく、木乃香やこの学園の生徒を危険から守る為だ。
決して、クラスメイトに手を上げる為ではない訳で――
びすッッ!!
「あ痛っ!?」
と、思考の海に沈みこんでいた刹那を、けっこーイイ音と額の痛みが現実に引っ張り戻した。
ハッとして涙目で見上げた刹那が目にしたものは、自分の額からゆっくり離れてゆく中指。何時の間にここまで接近していたのだろうか、横島忠夫その人の指である。
その離れてゆく指からデコピンをかまされた事は明白だ。
「何時まで反省してんの?」
「へ?」
横島の目に責めは無い。
気遣いは感じられるが、マイナスの意識は全く感じられない。
「ブッちゃ……もとい、お偉い方も言ってんよ?
怪我した時は原因究明よりまず手当てだって」
ホラ、と手を刹那に差し伸べる横島。
戸惑いつつもその手をとり、彼女は立たせてもらうに任せた。
「足は、痛くねぇみてぇだな」
「え? あ、はい」
流石に剣を続けている所為か、正座慣れしている刹那に足の痺れはなさそうだ。
横島は『ん』と納得するように軽く頷き、だったらと刹那をさよの方に促す。
「謝るタイミングってさ、逃したら言えなくなっちまうんだ」
「あ……」
そう言われてやっと何をすべきか気付く。
失敗したと落ち込んだり反省したりするよりも前にやるべき事、必要な事はまず立って向かう事だ。
そんな刹那の背を横島が軽く押す。
後悔すんのはもう嫌だろ?
横島はそう言って小さく親指である方向を示した。
そこには皆を撒いて遅れて上って来た木乃香の姿。
刹那はハッとして横島に顔を戻すが、彼は今度はネギの方に向いていた。
彼女よりももっとややこしい落ち込みをする、才能があるのに方向を見失いやすい世話の焼ける担任の元に……
本当に、古達が言うよう世話焼きなんだな、と刹那の口元に小さく苦笑が浮かんだ。
「はぁはぁ……
? せっちゃん?」
そんな刹那の心情を知らぬ木乃香が、息を切らせたまま小走りにやって来たのだが、刹那は彼女を労わるより優先しなければならない事があった。
「お嬢様、申し訳ありません」
と頭を下げ、刹那はさよの元に賭けて行く。
残された木乃香は一瞬、避けられていた以前を思い出して寂しそうな顔をしたのであるが、見慣れぬ女の子……生徒名簿の写真と、和美の撮ったとデジカメに写っていた姿に似ているので彼女が幽霊なんだろう……の元に行き、何やらペコペコ頭を下げていたので、ああ成る程と納得する。
まだ後ろで皆が来ないよう時間稼ぎをしているだろう円から少しだけ話を聞いているが、恐らく追い回した事を詫びている事は明白だ。
だったらちょっと距離をとって見守るのが親友というもの。
うんうんと何度も頷き、神妙に謝り過ぎて逆にその娘に恐縮され謝り返されたり、ナナに慰められたり、何故か小鹿にまで謝ったりしている
「あは
せやけどやっぱり餅は餅屋やなぁ。横島さん、ほんまに解決してくれたわぁ」
わーわーと騒ぎつつ、明日菜と共に沈み込んだネギを何とか引き上げようと奮闘している横島を見てまた笑みが浮かぶ。
父が太鼓判を押し、古や楓、零に円があれだけ慕い、信用している“ちょーのーりょくしゃ”。
実際、自分達も救われているし、京都では危機の際に文字通り飛んで来るという偉業を果たしている。
今回も、幽霊を“退治”するのではなく、霊的事件を“解決”しているようだ。
それに関してはエキスパートだと古と円から聞いていたのだが、本当にそうだった。
それに、妖怪であれ幽霊であれ、泣く女の子を助ける為にはどんな奇跡だって起こせるというのも本当っポイ。
楓ちゃんもよう見とったなぁ……と今更ながら感心してみたり。よくあの美点に早くから気が付いたものだ。
「ん~……
女の子に優しいから気を揉まされるトコもあるけど」
その件の男を見ながら可愛らしく首をコテンと倒し、木乃香は、
「やっぱりせっちゃんにはエエかもしれへんなぁ……」
等と真っ白で黒い言葉をポロリと漏らすのだった。
あ、こんな事を楓のサポーターの前で言うたらあかんかなー と気付いた木乃香は、未だ正座し続けている真名に目を向けたのであるが……
「? どないしたんえー?」
彼女は正座の格好をしたまま、呆然と横島を見つめていた。
相変わらず派手に落ち込んでいるネギを、明日菜と共に半ば怒りを見せつつも騒いで慰めている横島。
やっぱり最後には二人とも堪忍袋が切れ、強烈なハリセン攻撃を喰らわせて強引に喝を入れ、無理やり立たせてまず謝らんかいっと蹴倒していた。
明日菜の素人ながらも見事なハリセン捌きに感銘を受けたか握手なんかしてるバカタレ男。
そして、長く裏にいる自分と同等の戦闘能力を持つライバルである友人である楓の想い人。“霊能力”とやらの師でもあるらしい。
ある日突然この地にやって来、学園長の後押しで表に裏に働き始めた謎だらけの男。
その学園長自身からその力量を測ってほしいという依頼の折、停電の夜の戦いにおいてその実力の一端を甘っちょろさと共に見せてもらっている。
“あの”修学旅行の事件の際には、奥に潜む刃ごと彼を更に知る事が出来た。
――と、自分はそう思い込んでいたらしい。
小鹿が張ったのであろうあの障壁。
自分らの攻撃を完全に防ぎ切った謎の壁。
魔眼を持つ真名は見た。いや、見えてしまった。
あらゆる障壁、如何なる防壁にも欠点や穴はある。
エヴァの生み出す魔法障壁や、ネギが防御する際の障壁でもそうだ。
この学園都市を守る壁ですらそれがあるのだが……
あの障壁には欠点が全く見えなかった。
尚且つ自分が撃ち込んだ弾。
結界貫通用の特殊弾頭が全く効いていない。いや、効いていないどころの話ではない。
真名の手の中でじくじくと熱を伝えて肌を焼くそれ――
さっき見つけてしまい、恐る恐る拾ってしまったそれ。
そんな事ある訳がないのに、と信じられなかったのに、熱と形状で直前に使用したそれだと理解してしまった、目の前に転がっていたもの。
それが何であるのか理解してしまった時の彼女の驚愕は如何なるものだっただろう。
その弾丸に仕込まれて呪式が起動すらせず、放った直後のまま転がっていたのだ。驚愕しない方がどうかしている。
そして魔眼によって見てしまった瞬間強度に至っては計測不能レベル。
下手をするとこの学園の結界強度より上なのだ。
いくら超一級の霊能力者であるとはいえ、そんな障壁を張れる使い魔を事も無げに使役しているのだ。彼は。
「見誤っていた……? 私が?」
甘すぎるほど女子供に甘く、それによって我を失ってしまう弱さを持ち、それでいてその弱さそのものを恐るべき強さに変えるちぐはぐな能力者。
氣……本人曰く霊力……を集束して剣にするほどの能力を持ち、それと突飛な行動を武器に場を翻弄して自由自在に戦う者。
それ以上の何かを持ち合わせているというのか?
「横島、忠夫……」
自分の眼を持ってしても計り知れない何かを秘めている謎だらけの男。
真名は、今更ながら横島のその得体の知れなさを思い知り、思いもよらなかった障害だと気付き始めていた。
「……い、今のは……?」
「……」
秘密の施設の一角。
モニターに映し出されていた画像を前に、二人の少女が呆気に取られていた。
これを行っていたのは気まぐれと言って良い。
貸し出した退魔武器が件の幽霊に効果があるのかモニタリングするだけ。そのつもりだったのであるが……
「……障壁強度はどうだたカ?」
「ちょっと考えられないんですが……上限強度も不明です。
龍宮さんの使用した貫通弾が効果が無く、
桜咲さんの剣にも拮抗どころか微動すらしない結界なんて記録にありません。
瞬間強度だって、この学園の防壁に匹敵しますし……」
「あの女性は何者か解るかネ?」
「本人が言っていた名前で検索をかけてみましたが、同姓同名以外で該当する方は……」
「いない……カ?」
「……はい」
葉加瀬の答えに超は沈黙する。
あの少女が嘘を言っている風にも見えなかったし、何より二人の攻撃を完全に防いでいる事からそれ相応以上の実力を持っている事に間違いは無かろう。
そして不可視と思われていた幽霊少女を視認できるレベルにまでに上げ、古と抱き合う事すら出来ているではないか。
古にアドバイスをしている事から、その対応力の強さが窺い知れる。
「それに……」
カタ、とキーを叩くと今モニターに映っている横島の横に別のウインドゥが開き、なにやらグラフで波長が表示された。
その横にさっきから表示されているウインドゥは横島の生体波長で、今表示されたものは先ほどの少女のものである。
それを見つめる超の目は鋭い。
「バイオリズムが全く違う……キルリアンの波長からして完全な別人ネ……」
頭に巻いているバンダナが同一のものであった事を伝えている。という事はやはり、召喚術等ではないのだろう。
仮に召喚だとすると自分に降ろした事となる。彼女の波長は人間であるし、見た目からして精霊ではないのでその可能性も低い。
つまり、何らかの力を使って別人になっていた、という事となるが……
「アーティファクトなのカ?
しかし他人のマトリクスを完全に使いこなすのは<イノチノシヘン>ぐらいしか」
とある英雄の一人が所持しているというアーティフクト。
他者の人生を写し取り、その人物そのものになって能力を使いこなせるという反則のアイテム。
だが、その人物は行方不明のままであるし、別の人間では使いこなせない。
かと言って、あの青年が彼の英雄と同一人物という可能性は極めて低い。
それにバンダナという共通点を残してしまっている為それとは違うと解る。そう思われる為の偽装ではないとも限らないが。
だが自分らの計画に、他者の……それも実力者の力を使いこなせるという危険度は計り知れない。
「藪を突付いて……ではないガ、とんでもないモノを知てしまたネ。
一連の古の件で目が曇てたみたいヨ。或いは横島サンの力を侮り過ぎていたカ……」
椅子をキィ……と軋ませるほど深く座り直し、溜息をついてモニターの画像を再生する。
今般の為にと貸し出したアレは道具として大した効果は出せず、その後は真名と刹那による喜劇にしか見えない追跡劇となってしまい、見るのに飽きて接続を切って休もうとしたのであるが……最後の最後でとんでもないものを見てしまった。
「あのエヴァンジェリンが不自然なほど隠していたと思たら……」
彼に何かをやらせている時は、わざわざ茶々丸と距離を置かせてその間を全く見せていない。
――確かにその事を気にはしていた。
さり気無く、ではあったが彼女が珍しくこちらにまで隠し事をしていたのだから何かはあるとは踏んではいた。
無論、エヴァは好き好んでこちらに干渉するつもりはないだろうし、あの男に何かしらアクションを行えば敵と認識されかねない。この学園の魔法使い相手なら兎も角、彼女に対して敵対行動を取るのは得策からは程遠い。
しかし――
「考えてみれば横島サンは時折、“こちら”とか“向こう”とかの単語を零してたネ。
あまり気にはしていなかたのだガ……」
彼女の手持ちのカードで組みあがる説は危険を孕み過ぎていた。
何せ、横島には過去がない。
そして現在社会のテクノロジーに疎い。
異様に早くシステムに馴染んだとはいえ、インターネットの活用術をまともに知らなかったくらいであるし、普通サイズの携帯電話を小さいと驚いていたし、小学生だって持ってると知って驚愕していたくらいなのだから。
そのくせ茶々丸のようなオーバーテクノロジーの人型ロボットが普通に歩いたり会話が出来ていたりしていても驚きもしていない。
おまけに吸血鬼や魔族といった幻想種やゴーレムも普通に受け入れられるし、普通に接して会話も出来ている。
本人はちょーのーりょく者だと称し、魔力も無いのにチャチャゼロを人間と紛うほどに変化させていたりする。
尚且つの今のやりとりからして使い魔の小鹿もただの精霊集合体ではなかろう。
ひょっとすると全て彼の掌の上だった……か?
存在自体が胡散臭く、柔らか過ぎるほど柔軟な思考持ち、この世界ではありえない力を持つ人間。
確かに怪しすぎると言えるだろう。
無論、彼を知るものなら幾らなんでも……と苦く笑うだろうが、彼女の手持ちの情報では偏ってもしょうがないのだ。
即ち――
「また、魔法界が感付いてアクションを仕掛けてきた可能性が高またネ」
こんな風に、である。
――そしてまた、横島にとって甚だ迷惑な話であるが、彼は余計な騒動に待ちこまれてゆくのだった。
頭が
……遅くなりましてゴメンナサイ。Croissantです。
さて かのこがいるので横っちの力の一部はまた洩れず、疑心暗鬼にw
超一味に対しての一部ネタバレがメインだったはずなんですが…あれ~w?
やっと明かせましたが、エヴァが超に対して自然に情報を封じてたりします。
それに普段のボケが相まって超は今までそんなに彼の力を重視してなかったりするんです。
勿論まだ勘違いしてる点や、理解できていない点もあり、疑心暗鬼も加算されて注意が余計に向いてたり。
学園祭本編でどう響くか……ハテサテ
さて、始まるは超の第一ターン。対横島戦の威力偵察(笑)。
続きは見てのお帰りです。ではでは~