-Ruin-   作:Croissant

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中編

 今日も良い天気。

 

 何でこんな時期に学祭何ぞやるのだろうかと思っていたのだが、体育祭→学園祭よりかは準備期間に余裕が持てるためマシになるのかも知れない。そう思い始めていた。

 尤も、その所為で仕事が増えるのだけど。

 

 お陰様で今朝はちょっと早めに家を出る羽目になった訳であるが、何れ来るだろう愛妹が登校するその日の為に早く起きる癖をつけてきているので苦にもならないのだが、急にオフの日に仕事を入れられるのは勘弁して欲しいところ。

 まぁ、件の愛妹は姉達の部屋にお泊り(今日は明日菜の部屋)していたのでちょっと妹分が足りない程度だ。

 ちょこちょこ着いて来てる小鹿がいなければ心が凍死していたかもしれない。

 

 「え~と……ココか?」

 

 ともあれ心の支えである かのこを連れて今日の仕事場へ。

 

 担当範囲から大きくズレるのだが、見えて来たのは展望台みたいなのまである大きなビル。

 超高層ビル、というほどではないものの、学校の建物としては大き過ぎるだろう建物の中が今日ヘルプとして向かう仕事場である。

 

 麻帆良学園大学部工学部。

 信じ難い事に、あのビルが丸ごとそうであるらしい。

 

 「MITかここは……」

 

 彼がそう呆れるのも仕方のない話である。

 何しろ認識阻害結界の影響かどうか知らないが、ここ(、、)()とのテックレベルには大きなズレがある。

 その証というか代表格というかが、この都市では堂々と中学校に通ってるし。

 いや、彼がいた世界では金持ち以外は買えないとはいえ、確かメイドロボなるものが販売されており、世界一というシェアを誇っていてジャパンバッシングの題材にもよく使われていた……よーな気がするけど。ンん~? 間違ったかな?

 それは兎も角としても、学園外で売られている雑誌とかに載っているものは、二本足走行程度の技術でひーひー言ってたのに、学園内を走り回っているロボットは明らかに人より速くて会話も出来ている。

 企業体なんかより学園内の方が遥かに上の技術で作られていて、間違いなく実用レベル。そのくせ技術的な機密は悲しいほどない。何だか理不尽過ぎてて泣けてくる話だ。

 

 「魔法の秘匿は守るのに、園外より確実に技術革新が起こっとるのは許されるんか?

  ちぐはぐにも程があると思うんやが……」

 

 『いや 例の結界によってここで見たものは不思議に思わず、また技術情報も漏れていないようだ』

 

 「何だそりゃ? ここの技術使ぅたら介護とか看護婦不足とかも解消されるんじゃねぇの?

  そっちの方がずっと人の為とかになる思うんやが……」

 

 『この世界では<看護士>と呼称するんだそうだぞ?

  それは兎も角、血が通っていないヒトガタに世話を焼かれるのはイヤなのではないのか?

  というか、妾もそんな愚言としかいえぬこじ付けでないと意味が解らぬのだが……』

 

 「そっかぁ~?

  ちーちゃん(茶々丸)ならそこらの看護婦が裸足で逃げるほど心が篭った世話やいてくれると思うんやけど……」

 

 『だから看護士と……もういい。あれだけ人間らしいのは茶々丸殿くらいのものだろう?』

 

 「でもダウングレードしたって、ここの技術使うとったら相当なもんと思うぞ?

  それにちーちゃんの姉さん、アメリアとかはそこらのウェイトレスさんよか甲斐甲斐しいぞ?」

 

 『知らぬわ。技術を落とせん理由でもあるのだろうよ。

  大体、アメリアのアレは相手がお前らだからだ。

  それにあいつらは別の意味で人間臭うて引くわっ』

 

 等と世界の認識のズレについて会話をしつつ、ぽてぽてと今日の仕事場へと向かう一人と一匹(+一体?)。

 仕事具セットを担いだ赤いバンダナの青ツナギ姿の男は、先に貸し出されていたIDをガードに提示してその学園外と技術差がありすぎるSFチックな門を潜るのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんな青年の行動(奇行?)を、監視カメラで少女は見つめ続けていた。

 彼女の共犯者(、、、)は何時ならばもっと余裕があり、或いはどこか状況を楽しんでいたりもしたのであるが、もし仮に“あの地”が関わっているのなら話は別と、めったに見せないほどの真剣な光を見せている。

 別の彼の名が売れている訳ではないし、“本国”のAクラスのように特に優れた点も見えない。そしてデータ的にも他の魔法教師らをはるかに下回っているにも関わらず、だ。

 

 即席とはいえこんな舞台をでっち上げた事にしても、気にし過ぎだと思いはしたのであるが念の為だと言われ仕方ないと受けただけ。

 まぁ、する事は単純で良く言えば値踏み。悪く言うなら威力偵察である。

 データ収集は嫌いではないし、彼が障害になり得るかどうかの事前調査も必要なわけであるから意味はあるだろう。

 

 それでも取り掛かりが予定より遅かった為にやる事は多く、こんな事に時間を割くのもなぁと、須らくを論理的に考えている彼女からしてみれば時間の無駄と思ってしまうのは仕方のない話なのであるが。

 と、面倒くさそうにモニターから顔を離そうとした瞬間、

 

 「……っっ!?」

 

 弛んでいた少女の表情が強張った。

 

 

 モニターに映っている彼が、

 

 自分らが絶対的な自信を持っている光学迷彩システムを掛けた小型スパイロボを配置し、尚且つ鏡面反射という安っぽいがバレ難いトリックを、相方の念の為という言葉にまさかと半信半疑ながらも配して様子を窺っていたというのに、

 

 視線を感じていたのなら、画面の中の目はこちらを……鏡の方を向いているはずなのに――

 

 

 

 

 

 

 彼は、観察の視線が来る方向ではなく、

 

 

 

 

 

 ――そのスパイロボットが身を隠している場所だけをじっと見つめていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

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            ■二十四時間目:うおっちめん (中)

 

 

 

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 「いやぁ、すみませんねー

  どーにもこーにも手が足りなくて」

 

 のこのこ大学部の工学研究室にやって来た横島を出迎えたのは、ゴーグルにショルダーアーマー(にしか見えない、多目的マニュピレーター)+白衣という、何が何だか解らない格好をした葉加瀬だった。

 一瞬、引いてしまいかける彼であったが、吸血鬼宜しく漆黒のマントを纏った背の高い不老不死のボケ老人に比べれば、彼女程度なぞ如何なるものか。

 それに幾らマッドでも葉加瀬は美少女の端くれなのだから、まだまだ眼に福である。ボリュームの点は……まぁ、未来に期待なのだけど。

 

 「うん、まぁ、それはいいんだけどさぁ……」

 

 「? どうかしましたか?」

 

 いや言いたい事は色々ある。

 何だか知らないが人が乗ってるカニみたいなロボットが作業してたり、マンガの中でしか見られない多脚ロボが一人(一体)でカシャカシャ歩いてたり、下半身のフレームが剥き出しの恐竜ロボが見えてたり、あれあれ? ここって未来世界だったかな? と言いたくなるターミネーターにしか見えないロボがいたり、ナニこのターミ○ーターのお手てにしかみえないの…的な腕が転がってたりするが、それはまぁ(あんま直視したくない現実だが)良いとして……

 

 「色々とツッコミ入れたい事はあるけどさ」

 

 「はい?」

 

 

 「ナニこの廃墟。

  爆弾テロでもあったんか?」

 

 遠目からは良く解らなかったが、そのビルの中は惨憺たる有様だった。

 

 壁には穴が空き、天井の一部は噴き剥がれ、窓も枠を残して砕け散っている。

 かのこも興味深げに鼻を鳴らしているようだが、壁には焼け焦げた細い溝とか、ピンポイントの陥没痕も目立ち、

 さっき言ったようにあちこちに何か機械っぽい腕とか頭部とか転がっていて、何かしらのテロ行為が行われたとしか思えない騒乱後のシュールさに拍車が掛かっていた。ぶっちゃけ、未来から状況を好転させる為にアンドロイドが送られてきて破壊活動を行ったと言われても納得しちゃうくらい。

 近未来のデトロイトか? ここ。等と横島がタワケた事を口に出してしまうのも当然だろう。

 

 いやぁ~ ははは……と誤魔化そうにも、よくよく考えてみると自分たち工学研究部の人間から言えば何時もの光景であるが、外部の者から見れば惨憺たる有様である。

 常識というものをすこーんと忘れてしまっている葉加瀬であったが、やっとこさその事に思い至り頭を掻いて笑って誤魔化した。勿論、誤魔化し切れる訳もないのであるが。

 それでもまぁ、隠すほどの事でもないか(注:あくまでも葉加瀬の主観)と思い、怪訝そうな顔をしている横島に、昨日ウッカリ暴走してしまった事を解説すると、

 

 「ナニしとん?

  プライベートって言葉知っとる?」

 

 ナニしでかすか解ったモンじゃない例の様な男に、呆れられた挙句に正論をぶつけられてしまう破目になった。

 

 簡単に言えば、葉加瀬らが生み出した茶々丸の様子がおかしい事に気付き、バグか何かと思って調べてみたらまさかの恋バナ。

 ロボットが恋ですとーっ!!?? とコーフンしてファイルを暴きまくった挙句、ついにその相手の画像ファイルを発見し、開発者権限でハイケーンとばかりに本人に承諾なしにそれを勝手に開いた為、茶々丸が暴走して暴れまくったというのである。

 茶々丸の整備に不安を感じて付き添っていたネギが強制停止スイッチを押してその場を何とか治めたものの、時既に遅しで研究部棟はメタメタになってしまったらしい。

 

 「……なんつーか……研究者とか錬金術師って暴走せなあかん職種なんか?」

 

 「いやぁ、マッドの性と申しましょうか」

 

 「ちょっとは省みようと思わん?」

 

 「後悔先に立たずですっ」

 

 「いや諺の使いどこ違うし、そんな事で(薄い)胸張られても……」

 

 何気にヒデェ事をツッコミつつ、葉加瀬の後をぽてぽて着いて行く横島。

 

 菓子の缶みたいな丸くて薄っぺらい掃除ロボやら、割れたガラスを取り替えている虫みたいなロボットの邪魔をしないように歩く彼女をこれまた器用に追う。逆にかのこは好奇心が刺激されているのか後を追って足止めされていたりする。

 無論。彼が呼んだらすぐ飛んで来るのだけど。

 

 何だか奥へ行けば行くほど被害が大きくなってきているよーな気がしないでもないが、大人しく続いて行くとそこはこの研究部棟に設けられた葉加瀬の私室。

 ここが祭り会じょ……もとい、彼女の部屋だろうか?

 予想通りと言うか、なんの捻りもなくそのまんまと言うか、マッドの城を思わせる、ごちゃっとしてメカメカしい何だか悪の組織の秘密研究室のような部屋だった。

 これで壁とかに翼を広げた鷲とか鷹のタペストリーがあれば完璧だっただろうに。いや、あったらあったで激しく嫌なのだけど。

 

 兎も角、どうやらココが今回の仕事場らしいので、横島は疑問に思った事を口にした。

 

 「えっと……んで、オレはナニをどう手伝えばいいんだ?」

 

 今回、横島が雇われたのはこの工学部の奥。葉加瀬の個人研究室の掃除&片付けのヘルプとしてであった。

 

 何でも件の暴走によって施設の重要部や学園祭での展示品等にも大きい被害が出てしまった為、工学部全員が出払ってしまって手が足りなくなってしまっているらしい。

 葉加瀬と超は確かにロボ研に席を置いてはいるが別に料理研の屋台なんかもやっているし、研究部破壊事件の当事者である(無論、原因は葉加瀬であるが)茶々丸は何せ大人数の客には欠かせない人材である。よって決定的に手が足りない状態になってしまっているのだ。

 まぁ、それ以前に超が疲労(主に心労)してたりするのも一因であるのだが。

 

 「ですので古菲さんと中々性交してくれず、

  超さんにストレスを掛けてくださった責任を取っていただこうと……」

 

 「マテや」

 

 ナニやら聞き捨てならない事をおもっくそぶちまけられ、流石のフェミニスト横っちも額に井桁マークを浮かべるのだが、葉加瀬はあははーと笑って気にもしない。

 

 彼が怒鳴ったりしないのは、ココでムキになった方が意識しているようなので耐えているだけ。

 間違っても大人になったなぁ……等と思ってはいけない。

 だからその苛立ちも心の棚の上に押し隠し、ぶちぶち不貞腐れつつ彼女に作業内容を聞くのだった。

 

 先に述べられた理由によって手が足りなくなっている彼女の研究室であるが、無論の事それだけが理由ではない。

 確かに力技や人海戦術なら足りない手はどうにでもなる。ぶっちゃければ土木研等にバイトを雇ったって良いのだから。

 

 ただ、モノがロボット工学研究なので細かい作業も混ざっている上、コッソリと魔法研究に関するものまで混ざっているらしい。

 となると必然的に裏に関わっている者であり、それらの危険さを感じ取れ、尚且つ手先の器用な人間である必要がある。

 だから彼が選ばれるのも仕方のない話であろう。

 

 「超さんと茶々丸はお店に出てもらわないといけませんし、

  幾ら麻帆良の大学部でも魔法関係者はそんなに多くいません。

  いえ、いる事はいるんですけど、工学部関係者は余りにも少ないもので……」

 

 「ま それじゃあ、しょーがねぇか。で、ナニをどうすりゃいいんだ?」

 

 「いえ、する事は簡単なんですよ。

  私が指示を出しますんでその通りに物を動かしていただくだけです」

 

 「だったらさっきの作業ロボとか使ったら良いんでね?」

 

 「ですから精密作業用の機体が足りないんですってば」

 

 「だったら新しくロボット作るとか」

 

 「開発部どころか片付けの手も足りないのにですかー? 本末転倒ですよ」

 

 「ですよねー……」

 

 尤もモノが厄介そうなメカ等にあんまり触りたくない横島だからそれはそれで良いのだけど。

 何せロボやらカラクリやらややこしい物に触れて碌な目に遭った事がない為、警戒色が強かったりする。

 まぁ、あんな想い悶える中国武人像みたいな事は二度ないだろう。つーか御免だし。

 

 「え~と……無造作に脆そうな水晶塊が転がってたりするんだけど……」

 

 入って一歩目からイキナリだ。

 足元でキラキラとしか結晶体。見た目は水晶っポイのだが、何だか意味ありげなものを感じてしまう。

 あくまでも勘であったが、横島のそれは普通人を凌駕しているのだし、何より小鹿がやたら気にしているのだから。

 

 「ああ、よく気がつきましたね。実はコレが一番気をつけていただきたいモノなんですよ」

 

 「いいっ!? やっぱし!?」

 

 「これらは魔法技術から生まれた新構想の記憶素子なんです。

  既に基本データは入力してますので、まぁ言ってしまえば茶々丸の妹みたいなものですかねー

  ただ、基本モーション等を焼き付けた程度なのでまだ硬化させてないんですよ。

  ですから構造的にまだ脆いので気をつけてくださいね」

 

 「うわっ 要はちーちゃんの妹か。そりゃ、責任重大だな」

 

 ンなセリフを聞いたら気を引き締めざるをえまい。

 横島は、腕を捲り上げつつ気合を入れ、葉加瀬に渡された専用の保護ケースに丁寧に水晶の結晶体に似た記憶素子をはめ込んでゆく。

 

 そんな彼の様子に苦笑しつつ、彼女は何やらキーを叩いて何かの端末を弄りだした。

 

 不幸中の幸いと言うか、横島は細かい作業に関してプロ級でありド器用である。

 とんでもない速度でホイホイとケースに記憶素子をはめ込んで彼女に手渡してくる。

 そして小さい結晶とかも かのこが注意を促してくれるので踏む事もない。打って付けの人材もあったものだ。

 

 だけど作業が早ければ早いで、今度はそれぞれをチェックし、小さな傷が付いていないかどうかを確認を急がねばならない。

 そうなると葉加瀬は手を止めざるを得なくなる。何というか便利すぎて不便といったところだろうか。

 

 それでも得難い作業員には代わりない。

 チェックしたものが無事であればすぐさま真空の無菌室に持って行けるし、僅かでも傷があれば残念ながらダストシュート行きなので手早いに越した事はないのだ。

 

 尤も、彼女が想定していたより傷物は少なく、再利用できるものばかりだった。

 本来の目的(、、、、、)に叶うほど傷ついていないものはないのだが、想像していたよりはずっと被害が少ないのでちょっとは機嫌も良くなるというもの。

 それは硬いリノリウムの床に直接転がっていたり、壁にぶち当たってから廊下に落ちた物ですら……

 

 

 「……ん?」

 

 

 と、そこまで作業を続けていた彼女であったが、今になってハッと思い立った。

 確かに小鹿が咥える(、、、、、、)という馬鹿な事はさせていないものの、横島はひょいひょい無造作に拾っているのだ。

 精密作業ゆえ指先の感覚を阻害する軍手を付けていない素手の作業だというのに、水晶体には指紋の“し”の字も着いていない。

 

 如何なる豪胆な人間でも、精密作業を行えば緊張し確実に指先の熱が上がり、素手であればどうやっても指紋が残ってしまう。

 何せ精密機器。僅かな埃や指紋すら致命的なものになりかねないデリケートな結晶体だというのにだ。

 考えてみれば、葉加瀬は作業に入るまでの横島の流れがあまりに自然だった為に、精密作業用のマニュピレーターやマジックハンド等を渡す事をうっかり失念していたのである。とすると彼は一体どうやって……

 

 そう首を捻って丁寧に拾っている横島に眼を向けると――

 

 「え……?」

 

 やはり横島は細かい作業専用のマジックハンド等を使っておらず、そのまま素手で拾っている。

 いや、素手は素手なのであるが、2,3cmの水晶体を<指で挟む>のではなく、掌で掴むようにして拾い上げているのだ。

 そして更に気を付けて見れば、拾っている水晶は掌の中で浮いていた。

 

 だが、それだけなら――

 

 それだけならそれほど気にしなかったかもしれない。

 魔法使い連中なら、程度こそあるだろうがそれくらいの事はできない事もないのだから。

 だが、タイミング良くと言うか、間の悪い事に言うか、葉加瀬がその技量に意識を向けていた正にその瞬間、彼は“それ”を起こしてしまった。

 

 彼女の言葉を深く受け止めてしまった横島は、慎重且つ丁寧にそれらを拾い続けていたのであるが、壁に叩きつけられた一つを拾い上げた時にその表情がやや曇りを見せた。

 

 クリスタルに何かを見て取ったのだろうか、電灯の光に翳して何かを確認した後、それを握り込むと手の中で何かが一瞬ピカっと光を放ったのだ。

 

 僅か一瞬の間ではあったのだが、直後に広げられた掌に乗っていたクリスタルはパッと目にも透明度が上がっており、それを電灯の光に翳して何かを確認すると、彼は何事もなかったようにそのクリスタルをケースにはめ込んだ。

 

 職人の流れ作業が如く、余りに自然で黙々とした所作の一環しか見えず反応し切れなかった葉加瀬であったが、流石に直にハッと正気に返ってゴーグルと端末をケーブルで繋ぎ、今まで同じものを見ていたであろうカメラの画像データを急いでチェックした。

 元々こんな事態を想定していた訳ではないものの、解析システムだけはとっくに組んでいたので数秒と待たずデータはグラフに変換され、その奇怪な現象が数値的に弾き出されてゆく。

 

 「これは……」

 

 葉加瀬は元々リアリストなので、オカルト的なものには賛同できない人間である。

 

 だから技術的なもので歩み寄れるものでなければ受け入れられなかったのだが、超に出会い、魔法という裏の世界を知り、ここで多くの人間と共に認識阻害に掛かっている事を体感し、魔法というのが科学で裏付けられた技術で歩み寄れる事を知ってから少しはマシになっていた。

 まだ氣に関しては歩み寄りを見せていない彼女であったが、魔法に関しては既に研究レベルに入っている。

 

 だから当然、魔力はもとより……まだ受け入れてはいないものの……氣というエネルギーもデータとして持っているのだ。

 

 しかし――

 

 「き、九割以上がキリルアン反応?! それも掌にのみ高度集束してる?!

  それに一般人の十倍以上の数値って……」

 

 氣でも魔法でもなく、万物が存在を訴えるオーラ。

 “表”の情報としてのオーラは、微弱な電気エネルギー、電磁場、光のエネルギー等であるとされている。つまりはその存在を信じられていないのだ。

 

 だが、それの実在を知る“裏”ともなると、扱いはまた変わってくる。

 

 とはいっても、それが実在すると確認されているのはずっと以前であるし、自力でどうこうできる物ではない事も理解されているので、ここ麻帆良でも魔法に対する科学の視点からの研究も進んではいるのだが、このオーラに対するものはほとんど手付かずの状態。使っても警戒時のセンサーくらいなものだった。

 それでも超や葉加瀬といったバケ学者はそれを利用した式神やらの強度を測定したり、術者の強さ等を割り出すのに利用してたりするのであるが……流石にそのオーラ計測数値であるキルリアン値が人間の波長そのままに、グラフの中でその限界数値を大きく飛び越えて見せてたりすれば絶句の一つもしてしまうだろう。

 

 おまけに掌が光った瞬間の数値は計測不能――いやこのゴーグルでの計測値は人間準拠なのでそれ以上というだけの話であるが、そうなると“向こう”の存在である式達がこの現世に実体化する時と同じかそれ以上のレベルとなってしまう。

 

 物凄く乱暴且つ大雑把に言うと、無から有を出現させるレベルなのだ。

 

 それは人が出せる数値ではない。いや、仮に出せたとしてもそれは何らかのアーティファクトを使用して、という前提が必要である。

 いや、仮に出せたとしても、その莫大なエネルギーを何をどうやって制御し、何に使っているというのか?

 そこまで大きければ絶対に呪式なり装置なり、或いはそれなり以上のアーティファクトを使用していない限り制御は不可能であり、維持なんて持っての他だ。

 

 では彼は一体何を――

 

 

 

 

 

 

 「……どーもおかしいと思たら、調査が目的だったんか?」

 

 「ひゃっ!?」

 

 思考の海に沈みこんでいた葉加瀬は、いきなり掛けられた声に驚いて飛び上がってしまう。

 彼女は研究者の性か、一度思考のループに入ると外界から意識が切り離されて自力での復帰が難しくなるのだ。

 その間に彼女の様子の異変に気付いた横島が不審に思って近寄り、口から駄々漏れになっていたのだろう彼女の思考を聞いてしまったようである。

 

 「あ、あの……えっと、そのですね……」

 

 わたわたと慌てる葉加瀬。

 ウソを吐く事がそんなに上手くない彼女だからこそ、こういった不意打ちに弱い。

 この彼をココに招き入れるシチュエーションにしても、皆の労力の分散やら、ロボット達の配置まで超が手配したものだし、何より彼に雇った理由を問われた時に顔を向けていない。これは勘の良い人間相手には彼女の嘘が通用しない事を知っているが為の策だったのだが……あっさりバレてしまって二の策が思い浮かばないでいた。

 

 「(どーしたものか……)」

 

 しかし、横島としてはそんなに慌てる理由が解らなかったりする。

 話として葉加瀬が裏に関わっている事を聞いていたし、マッドを自称するものだったら氣でも魔力でもない霊力という一番解り辛い物に興味を持つ事は不思議ではない。

 彼が気にしているのは、何でこんな面倒くさい方法を取ったのか? という事である。

 

 『(後ろ暗い事でも企んでいるのではないのか?)』

 

 「(にしても誤魔化しが下手過ぎんか? 咄嗟の事にテンパリ過ぎとるし)」

 

 『(ふむ、確かに……)』

 

 どーしたモノかと首を捻る横島。

 いや、ここに呼ばれた時から変だなぁとは思っていた。

 用務員ズのおばちゃんから、ここでは研究部の爆発事故等は日常的に起こっていると聞いていたし、何よりこの時期ならどんな騒動だって起きてもおかしくない。

 

 そしてその工学部らの上には超が君臨している。

 普段を良く知っている彼女ならば『そんな事もあろうかと』なんてほざきつつ、コッソリ作って隠していた修理ロボ集団を呼び出してもおかしくない。いや、こんな時期だからこそ最低でもそのくらいの備えは行っている筈だ。

 大首領として横島の上に踏ん反り返っているエヴァですら、アイツには用心しろと言っているのだから相当なものだろう。横島にしても心眼とは普通に会話をしていないくらいだし。

 

 だが、葉加瀬は手が足りないという。

 

 人の手もロボも足りないという。

 

 学園祭に向けた準備に追われて足りないという。

 

 その辺りから何だか不信感を持ってしまっていたし、何よりこの大学部に入ってから巧妙に隠された視線を感じ続けていたのも大きい。

 最初は防犯カメラの類かと思っていたのであるが、心眼に頼んで視線を追ってもらえばその視線の全てが自分だけに集中していたと言う。

 大昔の自分なら兎も角、ベルゼブルの分身体と戦いを経ている今の横島は如何なる小さな動きや潜伏にも注意を払えるようになっているのだ。無論、直に対応もできるようにしていたりするし。

 掌に浮かべている(、、、、、、)クリスタル片を玩びつつ、どう言ってやろうかと悩み続ける横島。

 本当ならピンセットなりで摘み上げるところだろうが、葉加瀬の話を聞いて“茶々丸の妹”というイメージが強く心に働きかけ、彼は気にもせずその能力であるHoG……Hand's of Glolyを使用していたのである。

 これならば直接手で触れていないので指紋も付かないし、握力ならぬ指圧でクリスタルが傷付く事もない。

 

 が、その中の一つに致命的な傷があった。

 先にも述べたが、葉加瀬からしてみれば丁寧に扱ってもらう為に何気なく言ったつもりであろう、『茶々丸の妹みたいなもの』という言葉が彼女の想像以上に横島の心に残っていたのである。

 

 ――この“儚い欠片”に何かがあれば、その命が失われてしまうかもしれない――

 

 確かに、その瞬間を見られてしまった事は拙いだろう。

 エヴァにも口すっぱく言われている事であるし、何よりその力は異質すぎるのだから。

 

 だが、横島に後悔は無い。

 

 運が悪いとかタイミングが悪かっただろうが、そう言われて何もせずに放っておく事等できる筈もないのだから。

 だから心眼も。

 

 『(まぁ、見られたのはキサマのタワケさ故だがな)』

 

 「(うおぉっ!? オレかっ!? オレだけが悪いんかっ!!??)」

 

 『(そうは言っていない。キサマのドジさと抜け作具合とスカタンさ加減を感心しているだけだ)』

 

 「(結局、オレが悪いっちゅーとるやんけーっ!!!)」

 

 おがーんっっ!!! と声を出さずに泣く横島を“その事”で責めるつもりはない。

 心眼も理解しているのだ。

 あの説明を受けた後で、あのシチュエーションで、あのまま彼が力を隠して見逃しておける等とは、欠片も思っていないのだから……

 

 

 それに――

 

 

 

 「聡美ちゃん」

 

 「ひゃっ、ひゃいっ!?」

 

 声を掛けてみれば、葉加瀬はまだテンパッたまま。

 これ以上、色々深読みされるのも拙い。

 

 「この子はどこに入れたらいいんだ?」

 

 ブツブツ言い訳を考えていたようであるが、その独り言が進むにつれて横島の力を考察するものが出始め、思考の渦は探究心の飲まれていた。

 

 -理詰めの人間は己が納得しない限りそれを諦めたりしない-

 

 横島の中にある“無意識の記憶”もそれを、その危険性を訴えていた。

 となると、双方を丸く治める方法は一つだ。

 

 「は、はい?」

 

 横島が差し出したクリスタル片に葉加瀬は意識を向けさせられた。

 その僅かな隙に、

 

 

     パ ァ ッ

 

 

 横島の左手が輝きを見せ――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……と美ちゃ……

  さ…美ちゃんっ」

 

 「……ふえ?」

 

 「聡美ちゃんてば」

 

 「は、はい?」

 

 その近くで聞こえた声に葉加瀬がハッとして見回すと、そこには作業着姿の横島。

 精密作業用のマジックハンドの先にクリスタル片を摘んだまま、こちらに声を掛けているではないか。

 

 「あれ? 横島……さん?」

 

 「横島さん、やないわいっ この子はどこに置いたらええんやっちゅーに」

 

 「……へ?」

 

 ……ああ、そう言えばと葉加瀬は呆けていた頭を振って何をやっていたのかを思い出した。

 自分は超の言いつけ通り、横島の能力を測ろうとその真意を隠したまま作業を頼んだのだ。

 だけど考えてみればそんな作業で力を見る事などできる筈もなく、作業は淡々と進んでしまい、脱力していたんだった。

 

 「あ、ハイ。

  こちらのケース……あ、あれ? 無い?」

 

 「いや、無いも何ももうこの子で最後じゃん。

  ホントに大丈夫か? 学園祭の準備で無理してるんじゃねぇのか?」

 

 「は、はぁ……そうなの……かな?」

 

 何とも釈然としないが、最近の超と真名の事で気苦労もあったのでそうなのかもと納得できてしまったり。

 兎も角、その大事そうに持っているクリスタルをクッション付きのパットに入れてもらい、精密部品なので消毒すべく他のパーツと共に別室に持って行く。

 尤も見た目は無傷でも結晶そのものに致命的な欠損が出来ているかもしれないのでチェックは必要なのであるが。

 

 「……おかしいなぁ……」

 

 ゴーグルのデータを調べても何も残ってないし、削除した形跡もない。

 彼が自分や超が施してあるセキュリティに介入できる訳ないしと首を傾げつつ、葉加瀬はわざと瓦礫を完全に撤去していなかった廊下を歩いていった。

 自分が無意識に浮かべた何も残っていない(、、、、、、、、)という奇妙なフレーズに気付く事もなく……

 

 

 

 

 

 

 『エヴァンジェリン風に言えば、「ようやく気付きおった馬鹿め」と言ったところかな?』

 

 「お気楽に言うとる場合とちゃうんやけどなぁ……」

 

 何だかんだで二時間ほどで全ての片付けは終わり、ドコとなく落胆した態の葉加瀬が見送りを背に、横島は大学部を後にしていた。

 気付かれた事にはちょっと焦りはしたが、葉加瀬一人にしか見られていないという大義名分の下、非常事態なのでと珠を使用して色々消したのである。

 

 ――そう、まだ引っ込みがつく内に記憶や記録を消去してしまえば良いのである。

 

 部屋に隠してあった記録装置は心眼と共に片っ端から見つけ出し、葉加瀬のゴーグルのデータと纏めて一緒に『消』しておいた。

 何せ横島本人すら把握しきれていないほど、珠の力は無闇矢鱈と都合よく効果を出してくれるのだ。

 だから『記録め消えてなくなれーっ!!』という想いで発動させれば、削除云々のように痕跡を残したりせず、きれいサッパリ消してくれるのである。

 

 元いた世界の雇い主のように、例え記録を消しても勘とか理不尽な理由でぶん殴って来るのなら兎も角、見ていて哀れなくらい理詰めで思考する葉加瀬なら証拠とかが残っていなければ何もすまい。

 

 しかし、これで解決かと言えばそうはいかない。

 

 「問題は……」

 

 『ああ 超 鈴音、だな……』

 

 何せ葉加瀬のバックには彼女がいる。

 <超包子>でもよく話しているし、ナナのお手伝いの一件でもよく相談しているので大体把握しているのだが、エヴァを除けば彼女は“別格”だ。

 

 「不幸中の幸いっちゅーか、科学者の側面が強くて助かったっちゅーか」

 

 『理論が実証されていなければ本格的には動かん。それだけが救いだな』

 

 「でなきゃ、とっくにバレとるわい。

  何やろ? あの娘と話しとったら美神さん……いんにゃ、隊長を相手にしとる気になるだよなー」

 

 『隊長?』

 

 「美神さんの母親だよ」

 

 心眼はGS試験までの記憶しかないので、散々話を聞いてはいるが細かいところまでは聞いていないので解らない事も多い。

 よってアシュタロスとの騒動での美智恵の立場までは聞いていたが、彼がどう呼んでいたかまでは聞いていなかったようだ。

 

 「ド汚さと腹黒さでメドーサに勝る美神さんやけど、

  策とか舞台裏の動きとか相手の思考の見切りとかは隊長の方がずっと上。

  美神さんが唯一頭の上がらん人やったしなぁ……」

 

 『……美神殿の頭が上がらない……だと?』

 

 心眼は、冗談や比喩抜きに絶句した。

 

 今この場にメドーサがゴスロリ姿で出現して横島に求愛したとしてもこれだけ驚きはすまい。それだけショックだったのだ。

 何気にヒドイ心眼である。まぁ、解らぬでもないが。

 

 「……お前、今ここに美神さんがおったら引き破られとるぞ?」

 

 『勘弁してくれ。あまりにも想像し易い』

 

 身体があれば肩を竦ませている様な声音の心眼に苦笑しつつ、横島は超の事を思い浮かべていた。 

 営業スマイルもあるだろうが、ニコニコとしていて可愛らしいのだけど掴み所がない少女で、麻帆良が誇る大天才。

 五月には劣るとはいえ同じくお料理研究会で一級レベルの料理能力を持ち、古とがライバルと見ているほど同じく中国武術研究会で高い格闘能力を見せ、葉加瀬と同じくロボット工学研究会で数多くのシステムを生み出し、東洋医術研究会、生物工学研究会、量子学研究会と様々な所に席を置き、その全てで名を残している大天才……いや、これは“超”天才と称するべきだろう。

 その上特許まで取っている発明品もあるそうなので、どこまでチートなんだと言いたい。尤も、やはり麻帆良以外では殆ど知られていないのだが。

 

 だが、その事実より何より、何故かは知らないが横島の勘が彼女に対しての用心を手放せずにいる。

 

 「隊長より厄介なのはその馬鹿げた技術と知識。隊長よりマシなのは地位がない事。

  せやけど何を考えとるのか解らんトコは隊長より上や」

 

 『そんなにか?』

 

 ああ、と首を動かさずに肯定する。

 

 何せ件の少女はネギ以外の魔法教師に近寄ろうとしない。

 単なる一般人の教師となら会話も交わすし、キチンと受け答えをするのであるが、魔法関係者とは店での接客としての接し方以外は行っていない。自分からは近寄ろうともしないのだ。不思議と魔法教師達も自分からは近寄ろうとしていないし。

 その超が、間に葉加瀬や茶々丸を挟んではいるのだが、自分に対してピンポイントで調査かまそうとしていた。

 だったら横島の持つ能力に対しての関心だと見て間違いなかろう。

 

 「何やろ……

  非常に面倒くさい事になるよーな気が……」

 

 『気がするも何も、眼を付けられているではないか』

 

 「……現実逃避くらいさせてくれい」

 

 妙に重く感じ始めた掃除用具を持ち直す。

 あんまり使わなかったので、水を吸っていないからそんなに重くはないはずなのだが、悲しい事にやたらと重く感じてしまう。妙に乾いた音を立てて かのこをきゃあと驚かせたりする。

 

 元々横島がいた世界は、オカルト情報が殆どフルオープンだった為、こんな余計な気遣いは必要なかった。

 ちょっこっとGS協会で調べるだけでクラス別の能力まで解ったし、危険極まりないオカルト道具すら看板立てて売られていたほどだ。

 無論、ある一定のレベル以上のオカルト道具ともなれば許可が要るし、とてつもない金額になるので簡単には手に入れられないのであるが。

 それでも情報を隠す必要はなかったし、学校によってはオカルト関係の授業まであったのだ。そんなところから来たのであるから、気を使うのも大変なのだ。

 

 『そんな調子で大丈夫なのか?

  この街は学園祭の当日ともなると一般人で満ちるのだろう?』

 

 「ま、何とかならーな」

 

 と言うより、そう思わんとやってられんというのが本当のトコだろう。

 

 横島はふと立ち止まり、その大きさゆえあんまり遠くに見えない世界樹に目を向ける。

 普通人の目には見えまいが、その根元から“力”が湧き上がっていっているのが二人の目には見えていた。

 それに合わせて かのこも立ち止まって同じものを見つめる。

 

 『凄いな……』

 

 「ああ。

  あんだけの力が無指向に働かれたらそりゃ困るだろうなぁ……」

 

 彼らにはその流れ(、、、、)が見えていた。

 横島と心眼の眼、そして天然自然の精霊の目だからこそ解る不自然なそれを。

 

 確かに自分のような霊能力者がウッカリ関わってしまえば、どんなオカルト事件になるか解ったものではないだろう。

 何せ自分は凶悪過ぎる記憶持ちなのだ。最悪、魔族をウッカリ発生させてしまいかねない。

 成る程、確かに高畑が近寄ってほしくないと懸念する筈だ。横島はそのじわじわと沸いて来ている力を見てそう納得する。

 

 『(そうか、な? 何だか妙な指向が見えるような気が……)』

 

 等と心眼は首を傾げたのだが、まぁ、魔法使い達がそう言ってるのだからとその見立てを振り払い、アホの子丸出しに突っ立っている横島を促した。

 

 『まぁ、それは置いといてだ。今日はもういいのだろう?

  そろそろ行かんとエヴァンジェリン殿が怖いぞ』

 

 「う゛っ そーだな」

 

 今日も今日とて鍛練だ。

 横島用に組まれた拷問だか死罪なのだか判断に苦しむ鍛練の果て、ついに彼は目処が立ってしまったのである。

 そのお陰でエヴァは歓喜に満ちた顔で彼を地獄に叩き堕し続けているのだ。

 

 彼の生態をもってしても、普通で半死半生という豪烈な鍛練。

 よく続くものだ、よく続けられたものだと感嘆する反面、それを続けていられたほどの痛みがまだ残っているだろう事が心眼や少女達に影を残している。

 

 心眼の声が沈まずに彼を勧めているのは、成功に至ったからだ。

 要は、出来る様になったという事である。

 

 「まぁ、二分ともたんけどな……」

 

 『贅沢言うな。というか普通はあんな事は出来んぞ?

  軽々と人間の壁を飛び越えよって』

 

 「……その代わり死ぬ思いしたがな」

 

 それでもまぁ、そんな戯言の交し合いでもかなり気が楽にはなった。

 横島は手足の筋を伸ばし、エヴァの家へと急ぐ。

 明日からは楓らのクラスの手伝いもあって、気合を入れざるをえないのだ。未来の美女美少女の頼みであるのだし。

 

 『今も十分美少女だと思うのだが?』

 

 「じょしちゅーがくせーじゃっつーにっっ!!」

 

 そう言いつつも、楓達の事を考えていると頬が弛む彼がいる。

 いや、色々と拙い事に違いはないのだが、普段のオポンチさを忘れるほど物凄く真面目に取り組む様子や、新たにできた友人さよを快く受け入れる様は、何だかんだロリ否定している彼ですら好ましくてたまらない。

 

 ぶっちゃければ、いと……』

 

 

 「いやいや!! 違うからっっ!!」

 

 『地の文にツッコミを入れるとはヨコシマのくせに生意気だぞ』

 

 「どこのジャイアニズム!?

  つーか愛しいっナニ!? どさくさに紛れてみょーな性癖捏造すんなーっ!!」

 

 『おや? 妾が何時“愛しい”と言うたか?』

 

 「………」

 

 棒でも一気飲みしたかのような表情で黙り込んだ横島に対して笑いを堪えつつ、心眼は今日の事を思う。

 

 彼には黙っていたのだが、さよの一件の後、明らかに横島に対して監視の目が着いていた。

 

 それは微に入り細に入りというほどではない物の、彼が何かしら力を使おうとするとその数が増し、観測用のレーザーなのだろう様々な波長の不可視の光が彼を刺している。

 もちろん横島といえどその辺で無闇に力を使うほどスカポンタンではないし、何よりエヴァに脅されているので さよの一件のような事態が起きない限り“珠”は絶対に使用しない。それでも霊気の集束能力は初期から人外レベルである彼は、些細な事でうっかり使用しかねないのだ。

 尤も、心眼は元々横島をサポートする為に生みだされた存在であるからそれは別に構わない事であるし、何よりそれこそが自分の仕事だと自負もできるしやり甲斐もあるのだから。

 

 『肩を並べて一緒に動ける、という事が楽しいと思わせる男だと自覚はないだろうがな……』

 

 心眼はそう呟き、クククと小さく笑った。

 無論、横島は『笑われた!?』とまた泣き出すのだが気にしない。以前よりかはかなり鈍感ではなくなってはいるが、自己評価がおもっきり低い事に慣れているからだ。

 

 

 だからこそ――

 

 『ホレ、とっとと行くぞ。

  それともエヴァンジェリン殿の拷問という名のオシオキがお望みか?』

 

 「う゛……いやそれはご勘弁。つーか、その例えナニ?! 普通、逆じゃね?!」

 

 『どちらにせよ拷問だろう?』

 

 「ですよねー……」

 

 とりあえず立ち上がらせて道を急がせる。

 あのまま言い合いを続けていたい気もするが、見た目が独り言なので周囲の目が痛かったのだ。

 別にこの男の本質を知らない者がどう思おうと知った事ではないのだが、それでも必要以上に低く見られることは不快である。

 何せ、どうこう言っても彼は自慢の相棒なのだから。

 

 『急がんと皆も待っているぞ?

  今日からは小太郎殿も鍛練にくわえるのだろう?』

 

 「おうっ そうだった!!

  行くぞ心眼!! キティちゃんの城でナナとさよちゃんが待っている!!

  るかるかの次はらぶあんどちょいすだっっ」

 

 『ヤレヤレ……ネギ殿らの鍛練がメインだろうが……』

 

 等と呆れた言葉を零しつつも、心眼も苦笑するだけ。

 何だかんだで放って置いても未だ歪みを持ち続けているネギの面倒を見る事に間違いは無いだろうから、クドく言うつもりがないのだ。

 現に、小太郎が鍛練に加わるというセリフで急ぎ足になっているのだから。まぁ、『無意識に』であるのだろうけど。

 

 それに、可愛い妹と新しく出来た妹分とペアを組ませてのダンスもそうなのだ。

 ヒャッハーっ!! さよちゃんは もこたんが似合うぜーっ!! 等とオポンチ大開放を曝しまくっている横島であるが、実のところ趣味丸出しのアホ汁だだ漏れだけでやっている行為ではなかったりする。

 表向きは さよとナナと一緒に遊ばせるペアダンスのように行わせているのであるが、実はさよに上手く霊波を出させるようにする特訓でもあり、横島によって霊的な底上げが起こっているナナとシンクロさせて歌って踊る事により、さよの霊的な底上げを行っているのだ。

 

 ポルターガイストが起こせるほど力が強いのに、何故か彼女の霊波は微妙にズレていて周りに殆ど干渉できない。

 だから見えて感じられるナナを通す事により周囲と波長を合わせさせ、尚且つ彼女が放てる本来の愛嬌を周囲の人間に感知させられれば学園にかかっている認識疎外の力を借りる事により、さよに対する悪感情や恐怖心は霧散する。彼女という幽霊がいても『そんな事もあるだろう』程度に認識させられるのだから。

 

 生きて――いや、“存在”している間は楽しいと思える環境を与えてやりたい。

 

 そして逝きたくなったら時に改めて成仏させてあげたい。

 

 笑顔で逝けるならそれに越した事がないのだから。

 

 そんな想いから出た計画と行動だったのだ。

 

 『(こやつは解っておらぬだろうなぁ……それがどれだけ得難い心根であるのかを)』

 

 表立って言ったりはしないが、前の世界から心眼は横島と共に在ったことを悔んではいない。

 

 おバカ男であったがその心のあり方はかなり好ましく、どちらかというと誇りにすら思ったほどだ。

 

 紆余曲折の末に彼を庇って散り、奇跡としかいえない状況でこの異世界にて再会を果たし、自分が逝ってからの話と口には出していないが未だ燻り続けている彼の心の傷を感じるに至り、心眼は前より強く横島を支えたいと、守りたいと思っていた。

 

 周囲の少女ら同様。いや彼女達より強く彼を想えるのだから。

 

 だからこそ心眼は、遠ざかってゆく建物――大学の研究棟に意識を向け、

 

 『(もし、下らない興味や、愚にも突かない思惑でこやつに近寄るというのなら……

 

 

 

 

 

 

   妾達が……いや、妾が許すと思うな……)』

 

 

 

 ――灼熱の氷塊。殺気にも似た“怒気”を滾らせていた。

 

 




 しまったっ 葉加瀬に死亡フラグ!? と自分でやってて焦ってたり。
 何が懐かしいって、この辺りのルカルカでムチウチしてダンス止めたんだっけ。

 断っておきますが、心眼の滾りは単なる勘ですんで なーんの確証もありません。あしからずww
 ナナはベタ甘えする妹の位置を固定させてますが、さよはイイ子ちゃん妹的ポジションに落ち着くでしょう。
 Love!! は異性に向けるものだけではなく、肉親の情もあるのですからお兄ちゃん大好きーっ的成分でも良いのではと。


 ……因みに、使わない話ですのでここに書きますが、ウチの横っちは魔法世界を一人で救う事が出来ます。
 とてつもない力技ですけど、キズナノセキフを使用して“娘”の知識を引っ張り出してダウングレード版の『卵』を一個作るだけ。これでOKの筈です。
 別に本物の卵のように宇宙丸ごと作る必要ありませんし、ダウングレード版一個程度なら何とかなると思ってますしね。

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