-Ruin-   作:Croissant

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後編

 

 

 ここは戦場だった――

 

 

 倒しても倒しても敵は現れ、

 

 援軍はなく孤立無援。

 

 隊長は未だ帰還を見せず、

 

 送り出される兵は瞬く間に返されてくる。

 

 何故自分はここにいるのか?

 自分が悪いと言うのか、お節介だったと言うのか?

 それとも運が悪かったのか?

 

 ……今更、嘆いても遅い。

 状況は抜き差しならぬのだから。

 

 ならば――後悔、しているのか?

 

 いや、それこそ何を今更だ。理由に対する文句は最早浮かばない。

 それにそんな間はない。そんな間すらない。

 

 だが、現実は非常なもので、度重なる運動によって積もり積もった疲労も相俟って、状況は彼を責め苛んでいた。

 

 

 

 

 「はい、18番テーブルのお皿お下げしましたレス~」

 

 ―五目炒飯セットとミニ点心、上がりました。

 

 「-10番テーブルの食器をお下げしました。洗浄をお願いいたします」

 

 今年の客の入りを見たオーナーが、念の為にと食器洗浄器という一大戦力を投入してくれたのはありがたいのであるが、朝っぱらからこうまで客の入りが多のは予想外。こうなってくるとまだ戦力不足と言わざるをえない。

 愛妹が苦労しているのを兄貴センサーで素早く察知した彼は、これはいかぬと洗浄係を買って出たのである。

 

 だがしかし、客の出入りはそんな彼の気遣いを上回っていた。

 

 何せ洗浄&乾燥は確かにオートなのであるが、洗い上がって乾燥がかかって熱い食器をそのまま厨房で頑張っている少女に素早く手渡さなければならない。

 尚且つ今年は例年以上に人の入りが多いらしく食器のローテーションの早さも半端ではない。

 彼はその下半身を固定したままの格好で、上半身のみを汚れた食器の受け取り、洗浄器に投入、乾いたのを厨房に……という旋回運動ともいえる流れをマシーンが如く続けさせられる羽目に陥っていた。

 

 「ぬぉおお……

  少女臭の中で徹夜した挙句、

  朝っぱらから美少女救援の大立ち回りかまして猛ダッシュした果てはコレかぁああっっ」

 

 『ホレ、手が止まっているぞ。

  どんな団体か知らぬが、朝から点心セットを大量注文しておるの。

  蒸篭も10は足りてないぞ』

 

 「くぉおおおっっ 蒸篭は手洗いだから大変やっちゅーのにっっ!!」

 

 夜通しの作業と早朝大運動によって疲労困憊ルな彼であるが、それでも作業速度はそこらのバイトくんよかはるかに早い。

 よって結局皆はその手際に頼って仕事をドシドシ回してくる訳で……まぁ、言ってしまえば自業自得である。

 

 「-18番11番14番15番8番3番テーブルの食器、お下げしました」

 

 「大学部の団体さん入りましたレス。それと高等部のサッカー部の人たちが……」

 「ぴぴぃ」

 

 ―ご注文をお願いしますね。

 

 怒涛。正に怒涛。

 次から次へとやって来ては出てゆく食器の波に、彼は茫然と呟いてしまった。

 

 「My god! It's full of tableware(スゴイ 降るような食器だ)…… 」

 

 

 

 

 

 

 

 で、結局は今日という期限ギリギリまで準備を続けていた生徒達や、本番での出し物の早朝練習を終えた者たちが訪れる波が途切れるまで、彼の戦いは続くのであった。

 

 

 嗚呼、次もまた“洗浄”だ――

 

 

 

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         ■二十五時間目:イマをイきる (後)

 

 

 

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 「ハイ、お兄ちゃん。お疲れ様レス。お茶をどうぞレス」

 

 「おう サンキュー。

  ……しっかし、ナナはスゲェなぁ。あんな数捌けるんだから大したもんだよ」

 

 「-ハイ。ナナさんとかのこ様にはかなり助けられています」

 

 「エヘヘ……」

 「ぴぃ~」

 

 と、二人の褒め言葉に照れてはにかむナナと喜んでいるっポイかのこを見、その微笑ましさに頬を緩めるバカ兄とバカ姉になりかかっている茶々丸。奥の厨房では五月も同様の笑みを浮かべていたり。

 

 実の所、今さっきまでの騒動と言うか食事という名の戦闘は、時間にして30分程度だったりする。

 単純に入れ代わり立ち代わりで大忙しだっただけなのだが、それにしてもアホほど多い。どれだけこの店が知られていると言うのか。まぁ、確かにスゲェ美味いけど。

 

 何か、どっかの爺さんが『美味いぞー』と叫びつつ口からビーム放ったりして煩いので放り出されたるハプニングもあったが、それ以外は単に忙しかっただけ。

 洗浄器があったとはいえあの忙しさ。自分が来るまでは愛妹と茶々丸、そして厨房の五月だけでやっていたと言うのだから、どれだけ有能なんだこの娘達はと改めて感心してみたり。

 がしょんがしょんと機械のレールに沿って下から上がって来た皿(これがまた熱い)の様を眺めながら、ナナが淹れてくれた茶を啜りつつ横島は、テーブルの間をすり抜けて頑張っている愛妹という癒しがいなければぶっ倒れてしまっていたかもしれない。等と疲労の蓄積もあってかなりリアルな自分の姿を幻視して眉を顰めていた。

 

 

 「おや? 横島君」

 

 「え? あ、高畑さん。チース」

 

 ピークを終えたからだろう、グッタリさんなままである横島は、お客だというのにぞんざいだ。

 その事でナナに叱られているのが何とも微笑ましい。

 

 「高畑せんせー いらっしゃいレス。

  カウンター席でいいレスか?」

 

 「ああいいよ。キミもがんばってね」

 

 「えへへ はいレス!!」

 

 そう元気に返事を返しつつ、メニューを手渡すナナ。何気に慣れているようでそれからも頑張り具合が見て取れて何とも微笑ましい。

 

 高畑が珍しくメニューを見つめつつ「ふむ」と顎に手をやって悩んでいたが、ナナは特に気にする事も無く、「では、お決まりでしたらお申し付けくださいレス」とペコリと頭を下げて他のテーブルへと駆けて行った。

 元気に働く様を見送り、高畑も柔らかい笑みを浮かべ、横島に至っては目尻を下げ過ぎて縦になってる。

 

 「ところでエラくお疲れのようだけど……超君はいないのかい?」

 

 実のところ悩んでいたのもポーズに過ぎず、理由はナナを下げさせる事にあった。あんまり彼女に聞かせたくない話になるかもしれないからだ。

 

 「へ? 鈴ちゃん? まだっスよ」

 

 「ふぅん……」

 

 何気なくそう返した横島であったが、高畑は何気ない風を装ってその言葉を心に刻む。

 “それ”が確認したかったのだろう。

 

 だが、横島の次の言葉に彼に下は珍しく眼を剥いてしまう破目になる。

 

 「いやだって……あれ? 連絡行ってないんスか?

  鈴ちゃんトコの工作室にドロボーが入ったって……」 

 

 「……は?」

 

 「え? いやだから、鈴ちゃんと聡美ちゃんトコの……

  ええと、大学部の研究棟? にドロボーが入ったって……

  その現場検証が中々終わんないって連絡があったんスよ。

  んで、二人ともそれが終わるまで付き合ってるって……

  ありゃ? “そっち”に連絡が入ってないんだったら大したモン盗られてないのかな?」

 

 「ちょ、ちょっと待って」

 

 ハテ? と首を傾げている横島を他所に、高畑は驚き腰を浮かべてしまう。

 慌てて携帯を取り出し、学園に直で連絡。“表”の警備所の方に連絡を入れ、その捜査状況を聞き出したのであるが……

 

 さっきの一件で一番容疑が掛けられていた超 鈴音である。

 

 アレだけのものを作る事が出来、尚且つこちらをからかう余裕をもって逃亡を果たせる者となるとかなり限られてくるのだ。彼女一味が挙げられるのも当然だろう。

 だがしかし、何と彼女と葉加瀬は何時の間に侵入されたのだろうか盗難に遭っており、事情聴取と現場検証を“今さっき”終えたところだというのである。

 

 普段であれば過分にも程があるセキュリティやら、ひしめくガードロボたちに阻まれてドコのスパイ(本当に来るらしい)だろうと過剰防衛ともいえる目に遭わせられるのであるが、何せこの前の茶々丸大暴走の一件で研究棟も未だ修繕中で、ガードロボも全滅。セキュリティも完全復旧には至っていないらしい。

 勿論、最重要部はとっくにセキュリティの修繕も完了してはいるのだが、モノを組み上げるだけに近い工作室の方は不完全らしく、鍵の方もおざなりで大したものは付けられていなかったようだ。

 何しろ超 鈴音は大天才として知られている。だから工作室に置いてある程度の物は持って行かれても痛くも痒くもないのだ。

 

 しかしそれは“彼女にとって”の話であり、一般のテックレベルからすればかけ離れたモノだって多量にある。

 

 現実面、人間サイズのロボット用超小型オートバランサーのシステム一式、超強力超小型サーボモーター、超小型推進器等も無造作に転がっているのだが、どれ一つをとっても学園外からすれば五歩も十歩も先を行っている。

 それに彼女は良いかもしれないが、大学部や学園側からしてみれば何を盗られたのか報告しなければならないモノまで混じっているらしい。

 だから何が盗られたのか調べねばならないし、確認もあるので彼女は警備部の聴取に付きっ切り。色々と聞かれてウンザリしているようだが、それでも警備部には裏の者も混ざっていた為、手洗い以外で席を外していないという証言が取られてしまっていた。

 

 そして盗られた物もそれなり以上にあり、その中に……

 

 「多目的ラジコンヘリ、か……」

 

 小型の無音ローターで移動し、マニュピレーターも装備されているので簡単な作業も可能。そして遠隔作業に使う為にカメラもついているらしい。

 そんなヘリも盗難品に混ざっているというのだ。

 

 彼女自身の方も、警備部が到着してから『そこ触ったら危ないヨ』『それ、爆発する可能性があるネ』等と検証している者にちょっかいを入れられながらも調書を取り始めたのがニ時間近く前。

 つまり、彼女には完全なアリバイがあったのである。

 

 「ヤレヤレ……」

 

 「?」

 

 完全に嫌疑が晴れたわけではないが、少なくとも間接的以上の関わりはあるまい。

 

 疑う者はまだいるだろうが、彼女が関わっていたとしたら盗撮に使えそうな多目的ラジコンヘリが盗られた情報なんぞを伝えたりはすまい。それは担任をしていた高畑だからこそ解る事である。

 いくら結界を過信している者がいようと、そんなものが奪われた等という情報が出ればスパイ活動に使われかねないと警戒する筈。そうなると使う意味が薄くなるのだ。

 逆に、如何なる警戒をされようと件のラジコンヘリとやらなら大丈夫等と性能に自信を持っているのなら、もっと粗が出る筈。その事が彼の頭を痛めていた。

 

 その逃走に関与していた謎の人物にも当然ながら感心は高く、実のところ横島にすら容疑が掛かっていたのであるが……3-Aの手伝いを終えてこちらに来てからずっと手伝っていたらしく、徹夜明けと店の手伝いによる疲労でボロボロだったし、何より射撃魔法らしきものを使用していたという報告があったので除外。横島が接近戦特化だと知っているからだ。

 氣を使える達人であり分身の術まで使える元担当していたクラスの少女もかなり怪しいと思ったのであるが、騒動のあった時間は横島の住居前でクラスメイトと死闘を演じていたという報告が入っていた。

 流石の彼女も魔法か使えないのでやはり除外。一緒に居たバカイエローも同様だ。

 

 男の部屋の前で何をやっているんだと、倫理的な意味合いで頭が痛むが、事件とは関わっていないようなので一安心である。

 だが、そうなると……一体何者がちょっかいをかけていたというのか? という大問題が残ってしまう。

 

 「(あの少年の調査も遅々として進まないし……何か関係があるのか?)」

 

 彼が何を悩んでいるのか解らないので首を捻っていた茶々丸に頼んでお冷をもらって一気飲みし、頭をクールダウンさせた。どうも脳が煮詰まっているような気がしたからだ。

 そんな彼の脳裏に浮かんだのは帰国する直前に聞いた噂だった。

 ついこの間、“向こう”から戻った高畑であったが、どうにもこうにも影すら掴めずに終わってしまったのである。

 

 『完全なる世界』の関係者だと思われる容疑者、フェイト=アーウェルンクス。

 “本国”にいるのか? と疑いもいたのだが、その特異な外見をしているにも拘らずどのゲートでもその姿を確認されたという話がない。無論、手段が全く無いという訳ではないのだが、それでも僅かな噂くらい立つ筈だ。

 せめて似た外見の少年のネタでも出ていれば良いのだが皆無。

 

 まぁ、下手にニセ情報が出れば“裏で動いている”という証拠となるので動かないのも当然だと言えるのだが。

 しかしそれは、逆に影に潜んだまま行動し続けている可能性も孕んでいた。

 だからこそこの件も無関係だと言い切る事が出来ないのである。

 

 疑心暗鬼―――正にそうなりかかっている事も自覚しているのであるが、繋がりが全くないと言い切れないのもまた恐ろしかった。

 

 『完全なる世界』 奴らの恐ろしさを知っているが故に―――

 

 「えと、その……た、高畑センセイ?」

 

 「……え? あ、ゴメンゴメン」

 

 ナナの戸惑いを隠せない問い掛けに、やっと思考の海から復帰する高畑。

 飲み干して空になったコップを持ったまま、凍りついたかのように動かなくなっていたのだから、ナナでなくとも戸惑うだろう。

 

 「え~と、この冷麺を頼もうかな」 

 

 「は、はいレス!

  お姉ちゃん、イー・リャンメン」

 

 「-ハイ。冷麺、1。お願いします」

 

 たどたどしい中華な口調で茶々丸に注文を述べ、彼に聞いている間にはいった客がいるのだろう、コップを二つとって冷水を注ぎ、お盆に乗せてテーブルに駆けて行く。

 そんな一生懸命さを見せる小さな背に笑みが浮かぶが、見送った後に高畑はまた深い溜息を吐いてしまった。

 

 何せ問題の山は少しも崩れてもいないのだから。

 

 悩み事をした時の癖になったのか、つい懐をあさって煙草の箱を取り出すも、良く考えたらここは禁煙。あんな子供がいる事もあって苦笑しながら懐に戻す。

 となると本格的に手持ち無沙汰となってしまい居心地が悪い。

 

 話し相手になってくれそうな横島というと、洗物との死闘を繰り広げた直後だからかヘバっていて話しかけるのも何か気の毒なする。

 

 さて、どうしようかと思ったところに茶々丸がお冷の御代わりを入れに来てくれたのだろう、ステンレスの水差しを片手にやって来てくれた。

 

 「-失礼いたします」 

 

 「ありがとう」

 

 クラッシュアイスが入っていて若干入れにくいのであるがそこは茶々丸。水一滴氷一片も零さず綺麗に注ぎ入れてゆく。

 流石はエヴァに鍛え上げられているだけはあると妙な感心してみたり。

 

 「あー 茶々丸君」

 

 「-ハイ。何でしょうか?」

 

 まぁ、一応。念の為だ。

 そう頭の中で言い訳しつつ高畑は嘘の吐けない茶々丸に問い掛けた。

 

 「横島君は今日ずっとここを手伝っているのかい?」

 

 「-正確には、3-Aの手伝い後となりますが。そういった意味合いではずっとそうです。

   それ以前に、ナナさんがここでお手伝いをしてくれている以上、直行しないとは考えられません」

 

 キッパリとそう言い切った茶々丸。

 

 当然、疲労の為だろうか高畑の質問の仕方も悪い。その質問に具体的なものが欠けているのだ。

 だから嘘の吐けない茶々丸は、自分の持つ事実だけ(、、、、、、、、)を率直に述べた。

 

 「だろう、ね……」

 

 高畑にしても横島の妹魂っプリは良く目にしているし、同僚達から散々聞かされている。

 あの厳しい新田教諭ですら、妹の為に一生懸命働き、勉強や躾までキッチリ行っている彼を褒めているのだから相当だろう。

 となると、手が空いて直にここに飛んできた事に間違いあるまい。

 

 「やれやれ……僕も大概だな……」

 

 「-はぁ」

 

 「いや、妙な事を聞いて悪かった。すまない」

 

 「-? いえ、どういたしまして」

 

 “元”とはいえ自分の生徒だった少女を疑い、一々確認できても拭い切れない。

 更には“嘘を吐く事が出来ない”のを利用したのだ。それは自己嫌悪にもなろう。

 

 「-冷麺セットでお持ちしました」

 

 「あれ? 単品で注文したんだけど……」

 

 「-お疲れのご様子ですから、サービスですと」

 

 ふと奥を覗くと五月が笑顔で軽く頭を下げていた。

 傍目にも高畑が疲れているのが解ったからこその気遣いだろう。その細やかさは相変わらずである。

 

 「……ああ、ありがとう。

  立場的には何だけど、その心遣いありがたく受け取るよ」

 

 「-いえ。喜んでいただき幸いです」

 

 そう小さく微笑み、音も立てずに食器を並べてゆく茶々丸。

 置き箸すら取ってもらった高畑は、僅かとはいえ疑ってしまっていた相手に気を使われている事に苦笑が浮かべた。

 

 冷たい器に綺麗に盛られた麺と野菜。

 受け取ったそれは込められた気持ちすら感じられる五月の一品である。

 

 しかし高畑はそれにすら申し訳無さを感じているのか、味わっているのか流し込んでいるのか判断がつかないような急かされる様な食べ方をし、ナナや茶々丸の不思議そうな眼差しを背に受けつつ早々に店を後にするのだった。

 

 払拭しきれぬ自己嫌悪を抱えたまま――

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 「あいや 皆、すまなかたネ。

  思たより時間掛かてしまたヨ」

 

 「あ、お帰りなさいレス」

 

 「-お疲れ様です」

 

 超が戻ってきたのは高畑が去って直後の事であった。

 

 タイミングを計っていたかのようだが、実際に何もやっておらず単純にそうなっただけである。

 超はナナに笑顔を向けたまま彼女の頭を一撫でし、屋台である電車の一角、カーテンの向こうに姿を消す。すると早変わりといえる速度で店の衣装に着替えを終え、エプロンを着けながら厨房に入っていった。

 

 「遅くなたネ。申し訳ない」

 

 -いえいえ 横島さんも手伝ってくれていたのでそんなには。

 

 それはそれはと食器洗浄器の方に顔を向けると、どっかのボクサー宜しく何か真っ白に燃え尽きてリング前で椅子に座り込んでいるヘンな奴。

 はて? と首を傾げつつ茶々丸に聞いてみると、横島がやって来て直に去年の二倍から四倍の客がやって来たとの事。

 

 それだけではなく、朝のスタッフが来られない事態がブッキングし、接客が茶々丸とナナの二人になって調理は五月一人という譲許となって、他の全ての負担が横島一人に掛かってしまったらしい。

 

 「あー……それは悪かたネ」

 

 「別に~~……」

 

 謝罪の答えもヘロヘロである。

 

 超はその有様に苦笑し、何かやたらと世話になっている横島にせめて美味い料理を作ってあげようと自ら包丁を取り、野菜を刻み始めた。

 普段、料理に合わせてペティナイフも和包丁も使うが、今回は中華だからか中華包丁を使って食材を刻んでゆく超。

 危なげない包丁使いはやはり手馴れた料理人のそれ。麻帆良が誇る大天才は伊達ではないという事か。正しく何でも来いの少女である。

 

 そんな彼女の様子をぼーっと見つめながら、

 

 「なぁ、何で学校の連中に追いかけられてたんだ?」

 

 横島はそうポツリと切り出した。

 

 超の方はそう問われる事を解っていたのか、包丁のリズムも狂わない。

 精々、微笑を浮かべた程度だ。

 

 「それは魔法使い達の朝会を覗き見したからヨ。

  何か拙い事聞かれたと思われたみたいネ」

 

 以前から超は魔法サイドに関わってしまい、その異様なほどの能力の高さから危険視されているらしい。

 エヴァンジェリン等という魔法界で“なまはげ”扱いされている賞金首と関わっており、茶々丸という鉄の従者を作っているのだから尚更だろう。

 そこに来て朝会の覗き見。そりゃあ、誰だって何をたくらんでいるのかと疑いもする。

 

 まぁ、確かにその話を聞くだけなら筋は通っていた。

 

 軽くそんな話を語った超はというと、学園祭の時にこんな問題が起きるとネギ先生に伝える程度の話だたのにネ、と笑っている。その間も調理の手は止めない。

 横島は『ふぅん』と納得したのかしないのか判断つかないような反応を見せ、ナナが持ってきてくれたお茶のお代わりを笑顔で受け取り、そのまま笑顔で見送る。

 

 だが、彼女が完全に離れると顔つきが変わる。

 

 「鈴ちゃんがアリバイ作ってる間、オレがここに来て手伝いをする。

  確かに学園側にスパイがいるというのなら、その手も良いと思う。

  ちょっと誑かされたのは気持ちいい話じゃねーけどな」

 

 「すまなかたネ。説明する暇が無かたヨ」

 

 そう笑って誤魔化す超であったが、

 

 「そりゃ良いんだ。

 

  だけど――

 

 

 

 

 

 

 

  何やったんだ? 時空震起こすような事して」

 

 

 

 

 

 

 

 ――この言葉には、流石の超も包丁を止めてしまった。

 

 

 

 

 

 「……何の、事かネ?」

 

 僅かな作業停止を挟み、再びトントンと包丁の音を立てる。

 しかしその微かな間隙に彼女らしからぬ焦りが感じられた。

 

 まさかこうもピンポイントに至近攻撃されるとは思ってもいなかった事が大きい。

 

 そして、逆にその彼女らしからぬ態度が肯定であると語っている。

 

 「3-Aの手伝いしてる時、みょーな波動感じたんだよ。

  あの騒動で有耶無耶になっちまったけど、やたらと引っかかってさ。

  朝はそれを追って移動してたんだ。

  んで、さっき超ちゃんと別れた後、こないだ行った研究棟の方で同じ波感じてな。

  それも早朝教室で感じた時よりハッキリと」

 

 超は手を止めず横島の話にずっと耳を傾けていた。

 それでも確実に切る速度は遅くなっている。どれだけ聞く事に集中しているか解るというもの。

 彼はそれを確認するようにチラリと見、コップの水で唇を湿らせてからもう一歩押すべくもう一度問う。

 

 「それで、朝っぱらから何やってたんだ?

  更にアリバイ作りっつって、あんな危険な状況でもう一回(、、、、)何かをやった。

  そりゃ何でだ?」

 

 核心に最も近く、それでいてギリギリ位置の質問。そんな位置から薄皮を剥ぐように相手の手を読むのは常套と言える。

 

 が、彼はここで大きく切るカードを間違えてしまっていた。

 

 ― もう一回 ―

 

 その言葉を耳にした瞬間、超は表情にこそ出さなかったが安堵した。

 

 恐ろしいほど答に近いのだが、ややズレているのだ。

 しかしそれは彼女の所作にも出ており、包丁は元のリズムを取り戻していた。

 

 尤も、そのお陰で横島はカードを切り間違えたかと片眉を跳ねているのだが。

 

 「まぁ、言うなれば世界平和の実験ネ。危険はないヨ?

  ただ見慣れぬ技術だから実証されるまで受け入れられるとは思てないガ」

 

 「ヲイヲイ 勘弁してくれ。

  マッドサイエンティストの危険はないってのは信用できねぇんだぞ?」

 

 中華鍋に具材をいれ、宙を舞わせながら叩き合う軽口。

 親しい友人知人のそれに間違いはないし、本人らも会話を楽しんでいる事に違いはないのであるが、お互いが情報の欠片を得ようと応酬していた。それが何気ない会話で出来ているのが曲者である。

 

 超の方は兎も角、横島はその壁の硬さに舌を巻いていた。明らかにこの年齢の少女のそれではない。

 「ホイ 青椒肉絲(チンジャオロース)ヨ。

  私の愛がゾブリと詰まてるネ」

 

 「ンな愛の込め方はいらんっ 何か病み気味で怖いわっ!!」

 

 やや大き目の皿にでーんと盛られたそれと、物相飯一歩手前の山盛りご飯。縁起悪いわっ!! という横島の訴えを笑って流し、文句を言いつつも手を合わせていただきますをしてからモリモリ掻き込んで食べてゆく彼の近くに椅子を持ってきて腰を下ろした。

 見ていて惚れ惚れするほど美味しそうに食べる様は、料理をする側からすれば嬉しいもの。

 

 超は珍しく裏のない笑顔でそれを眺めていた。

 

 「……横島サン」

 

 「ンあ?」

 

 問い掛けに食事への集中を解き、顔を上げる横島。

 その頬にお弁当が付いているのを見、超は子供みたいネと苦笑してそれを取って自分の口に入れた。

 

 余りの何気なさに思わず照れて赤くなる横島。やはり根っ子の方はまだ純なのだろう。

 

 

 「横島サンは……やり直したいと思たほど辛い思い出あるカ?」

 

 

 ……一瞬、何を聞かれたのか解らなかった。

 

 いや、正確には思考が完全に停止していた。

 

 横島自身は認識できなかったのだが、その“辛い思い出”は完全に脳に浮かんでいる。

 人智を超えた完全さで十七年分の記憶を脳と魂に焼き付けている彼だからこその弊害。

 辛い思い出だからこそ、意識が引っ張られてしまっていたのだ。

 

 そう、ある。辛い思い出が。

 辛さと幸せが表裏一体だからこそ、忘れたいが忘れる気も起きない記憶が。

 

 そんな意外なほどの反応を見せる横島に、超は素直に頭を下げた。

 

 「……すまなかたネ」

 

 そう、意外。恐らく彼女の級友も目にした事はあるまい。

 それほど真摯な態度だった。

 

 「え? あ、ああ、そんなんじゃねぇよ。

  辛い事あっても嬉しい記憶の方がずっとでかいからな。

  急にンな事言われたからポカンとしちまっただけだ」

 

 「そう、カ……」

 

 嘘、でもないが本当でもない。

 本音ではあるが真実ではない。

 そんな風に取れる横島の返答だったが、超にはそれで十分な気がした。

 

 やがて不恰好な会話のキャッチボールはそのまま終了し、横島も居心地が悪そうに食事を再開する。

 今度は超も口を挟まずずっとそれを見つめ続けていた。

 

 だがそんな彼を見ながら『何だろう?』と内心首を傾げる自分もいる。

 生き方や思考が似ている訳もないし、意志や感情を丸見えに出来る素直さは自分にはないものだ。

 

 にも拘らず、

 

 「(鏡を見ている気になるのは……何故なのかネ?)」

 

 

 

 

 

 一度カードを切り間違えると中々自分の利を取り返せない。

 相手にそれを悟られているのなら尚更だ。

 だったら相手の捨て札だけで勝ちを取る以外に道がない。

 

 とは言えヒントだけは山盛りある。そう粗を見せる必要はなかろう。

 

 横島はあえて指摘する事はなくざくざくと超特製のチンジャオロースに舌鼓を打ち続ける事にした。彼の精神衛生上もそれが最良である気がするし。

 それに楓らはまだ来れまい。

 彼の住居は中等部の女子寮よりは駅に近いのだが、やはり学園からは離れている為にそこからこっちに向かってくるとなるとそこそこ時間が掛かってしまうのである。

 

 幸いというか何というか、ピーク時を越えているし、準備中の立て看板が出されているので手伝う必要もなく、皮肉にもその一山が越えたところで洗浄担当の人がやって来ている事もあって彼も余裕たっぷりだ。

 だから今度は見物くらいしか時間をつぶす手段がない。何と言うか……極端な話である。

 そして超はというと、遅れた分を取り戻そうとしているのか、素晴らしい速度で包丁を操って次のピークに備えた下ごしらえをしまくっていた。

 

 こうやって見ているだけなら、学園行事を心底楽しんでいる女学生そのものである。

 何事も一生懸命であるし、あどけない表情は年齢相応の可愛らしさを見せていて、とても麻帆良最高の頭脳と謳われている大天才には見えないほど。

 

 しかし、彼女の生み出すものは時代を先取りし過ぎているし、何よりその開発の概念は先を行き過ぎていた。

 

 そんな超研究者、超技術者である彼女が学園サイドにばれないよう裏で何かを行っている。

 今の今まで発見した概念、発明した技術を発表するという目立つ行動を取り巻くっているにも拘らず、だ。

 横島はそこが今一つよく解らないのである。

 

 「(裏で何かやるのなら全てを目立たないように動く筈なんだけどなー……)」

 

 無論、秘密の一端を掴まれた場合の逃げ道にする為、懐の中をチラリと見せている可能性だってある。あるのだが……

 

 「(どーも納得し切れねぇんだよなー)」

 

 のである。

 

 超のやっている事がちぐはぐなのだ。

 確かに超天才と謳われている彼女の事、簡単に尻尾を掴ませ…いや、その尻尾の先すら見せるとは考え難い。それが彼女の若さ故の粗と言えなくもないのだが……

 

 「……考え難いんだよなー」

 

 「ん? 何カ?」

 

 「いんや。オレの女っ気の無さについてちょっと」

 

 「古とかに聞かれたら処刑されかねない言葉ネ」

 

 「勘弁してくれい。それでなくともドつかれとるんやから」

 

 「解てるなら手を出すなり抱くなり押し倒すなりすれば良いのにネ。

  何なら無理やりでもOKヨ? どーせ和姦扱いされるに決まてるヨ」

 

 「オレを犯罪者にする気かーっっ!?」

 

 半泣きで怒鳴る横島をスルーして笑いながら下ごしらえ五月を手伝って下ごしらえをしに行く超。

 

 そのズ太い神経にはお手上げである。彼も二の句が告げられず、上げかけた腰を沈むように椅子に戻し深く溜息を吐く事しか出来なかった。

 尤も、横島が知らぬ事であるが、超はついこの間まで余裕が全くなくて完全に暴走してたりする。調子を戻したのはそれこそつい最近なのだ。その調子を崩していたのが他ならぬ横島忠夫その人。ひょっとしたら意趣返しが含まれているのかもしれない。

 

 仕方なくボへ~っとアホの子そのままに超を眺めながら楓達を待つ行為を再開する。

 古が親友であり拳法のライバルだと言っていたのだが、成る程動きに無駄が無い。改造電車の屋台の中をするする動き回って作業を続ける様はまるで舞踏のようだ。

 彼女自身が美少女である事も相俟って見飽きる事もなく、調理の様子を眺めているだけでもあんまり退屈はしないのは幸いである。

 

 「ふーむ……」

 

 そんな彼女が企んでいる事とは一体何だというのか?

 

 学園側は元より、周囲の人間には毛の先ほども匂わせず、中学に通い、大学部に顔を出し、この<超包子>を切り回しつつその裏で何かを進めている。

 

 一体どこにそんな隙があるというのか?

 

 いや、その“表向き”の全てが大切なものとして見ているようにしか――

 

 「ン? ナニ私を視姦してるのカ?」

 

 「人聞き悪いコト言うなっっっ!!

  オレはただ、えーと……そ、そう、古ちゃんの方がプロポーションええなぁと……」

 

 「OK その喧嘩、格安で買たヨ。

  横島サンと古達二人を監禁して媚薬飲ませて閉じ込めるネ」

 

 「正直スマンかった――っっ!!!」

 

 思わずこの間までの暴走具合を取り戻しかけた超であったが、余りに見事過ぎ、ふつくしい土下座をさらされて毒気が抜かれた。

 あの小さな腰掛に座ったまま、瞬時にキチンとした土下座かできるスキルには感心するしかあるまい。

 

 しかし、何時ものよーに米搗きバッタが如く頭を下げる横島の動きは、超の言葉で止められる事となる。

 

 「いい加減、もと考えて喋る事を覚えないといけないネ」

 

 「お、仰るとおりで……」

 

 「口では何とも言えるヨ? 女の扱いはもと丁寧にするネ」

 

 そんな彼の無様過ぎる様を眺めながら、まったくもうと溜息を吐きつつ、彼女は自然に。極自然に――

 

 「それとも、“その相棒”にストッパー役でも任せる――カ?」

 

 こう言い放った。

 

 

 『…………何時から気付いていた?』

 

 

 僅かの間を置き、先に言葉を発したのは心眼である。

 その間は時間にして僅か数秒。一分どころか三十秒にも至っていなかったのだが、体感時間は異様に長く重く、横島にはズシンと何かか圧し掛かってくる音が聞こえた気がしていた。

 

 しかし超は“それだけ”の女ではない。

 

 「おお、“そこ”だったのカ。確証無かたから良かたヨ」

 

 その言葉に、心眼は強く舌を打った。引っ掛けられたのである。

 

 「いや、逃走中にも会話をしてたからネ。いるのは解てたヨ。

  ただ場所は解らなかたから助かたヨ」

 

 「完全にお前のペケだな」

 

 『………返す言葉も無い……』

 

 まぁ、解るのも当然だろう。

 超を守りつつ逃走をしている間、隙を見たり様子を窺ったりする霊視をずっと任せて指示をしてもらっていたのだ。

 これでバレなきゃどうかしている。

 

 尤も、実際には横島もその事を失念していたりするのだが、心眼に擦り付けていたりする。相変わらずコスい男だ。

 

 しかし――

 

 

 「……となると、横島サンのデータ消したのはそのAFさんカ?

  成る程、そう考えると納得いくネ」

 

 

 まだ超のターンは終わっていないのだ。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 カウンターの周囲の空気は、先ほどまではまだ呑気なものが混じっていたのだが、今はそれから一変し、重い空気に満たされていた。

 

 ナナはというとそれを敏感に察知してオロオロとしていたのであるが、茶々丸が素早くフォローに入り、視界に入らない木陰へと連れて行っている。

 かのこの方は落ち着いている。普段は愛玩動物てせあるが、これでも横島の使い魔なのだから。

 話は良く解るまいが、空気の機微は感じ取れるので話の邪魔をしないようナナに着いて行き距離を置く。

 

 丁度人気が絶えた事もあって気を利かせてくれたのだろうか、五月は素早く準備中の立て看板を置いて洗い場担当者には買い物を頼んで店から出し、カウンターの周囲は超と横島の二人だけにしてくれていた。

 

 『……何の事だ?』

 

 そんな中、重く、低い声で心眼が先に切り出す。

 

 脅しを含んでいるのだろうか、文字通りの『切り出し』。刃物でも突き立てられているかのようだ。

 

 だが怒気というより殺気に近いそれも超には効いていないのか、飄々とした笑顔でそれを流し、その問い掛けに答える。

 

 「センサーと能力は一級だガ、こういた交渉事には向いてないようだネ。

  脅しから入たら、認めてるのと同じヨ?」

 

 『……ッ』

 

 横島の“額の目”が言葉に詰まり、押し黙ったのを見て小さく頷く超。

 そのままカウンターに肘を着き、コケテッシュと言ってよいほどの可愛らしい顔のまま、横島に笑顔を向ける。

 

 「私ネ、わりと自分に自信持てるヨ?

  勿論、できる範囲、手が届く範囲だけどネ。

  だから手が届く範囲、私の領分内では失敗はしないつもりヨ」

 「……ああ、やっぱな。消した事で(、、、、、)気付かれたか」

 

 「流石に横島サンは気付いてたカ」

 

 「ちーと遅かったけどな。研究棟を出た後さ」

 

 そう言って肩を竦める横島。

 頭に手をやって椅子をぐるぅりと回す様は諦めというより、先手を取られたーと拗ねてる様で彼女の笑いを誘う。

 そんな子供っぽい彼であるが、超の言っている事が理解しているのだ。心眼は気になったのだろう横島に問い掛けた。

 

 『どういう事だ?』

 

 「いや簡単な話だけどさ、あん時お前スゲぇ葉加瀬ちゃん警戒してたろ?」

 

 『それが?』

 

 「だからだよ。それがいけなかったんだ」

 

 しかし残念ながら横島の話は要領を得ない。

 

 眼だけなので解り辛いが、超からはよく見えているその眼の形は歪んでいるのだから戸惑っているのかもしれない。

 しかしまだそのヒントだけでは解り辛いのだろう、それはどういう事かと問い直そうとする彼が口を開く前に超が答えた。

 

 「ハカセの記憶を改ざんしたまだ良いネ」

 

 彼女は、その手口が魔法使いっぽいのは減点だがネ、と語尾に続ける。

 記憶の改ざん……いや“何かやった”と気付かれないよう、きちんと珠を使って危険な情報を消したというのに、何が悪かったというのか。心眼は超の言いたい事を掴みかね、訝しげな眼差しを向けたのだが……

 

 「同じ事が続いても偶然とは言えるネ。一回二回程度ならまだ、ネ。

  だけど全ての事柄が連動すればそれは作為という事ヨ……」

 

 彼女の答に目を向く事となる。

 

 「ハカセと私、その二人が仕掛けたカメラとレコーダー、データロガーの一式。

  その全てのデータが消えるなんて偶然あるわけないネ。

  電源を入れた。データをとた。録音した。

  データをとたという形跡はあるのに何も残てない。

  コレはどういう事だろうネ?」

 

 『……ッッ!!』

 

 そう。心眼はやり過ぎたのである。

 

 正確には横島に“やらせ過ぎた”であるが、それでも病的とも言って良いほど警戒したのは心眼のミスだ。

 もし本当の意味で警戒しているのなら、録画,録音は終了しているにも拘らず“何も残っていない”という不自然な現象を残すまい。

 

 それだけではなく、葉加瀬の記憶を改ざんしているのが痛恨のミスである。

 つまり、電子的なデータやアナログデータ、そして人の記憶というデータにも介入できる程の能力があるという事を証明してしまっているのだ。

 

 「どーせ鈴ちゃんの事だから、オレ以外の出入りをチェックしてから確信したんだろ?」

 

 「当然ネ。横島サン以外の出入りはないし、魔法的な移動の痕跡もない。

  にも拘らずああいった怪奇現象が起きてる……消去法をするまでもないヨ」

 

 そう言われると心眼はぐうの音も出なかった。

 確かに思い出してみるとあの時は冷静とは言えなかっただろう。

 

 理由の一つはこの世界そのものにある。

 

 心眼が確立化してずっと横島とエヴァは元の世界とこの世界の差を説明していた。

 例えば、この世界では魔族の存在は(魔法使い等、裏の世界では)認められてはいるが、神族は未確認だ。

 どちらかと言うと精霊扱いではあるが小神等は魔法界でも知られているのだが、元の世界にいた生活神,龍神,邪神,古代神らは正しく神話の世界。つまりフィクション扱いである。

 よって元々龍神の神通力で生まれた心眼はそのままオーパーツみたいなものであるし、その龍神の後押しで力に目覚め、挙句に斉天大聖に(無理やり)修業を付けられて奇跡の力に目覚めた横島なんぞ存在自体が大反則だ。

 

 特にエヴァが心眼に注意していたのは文珠である。

 確かに以前より集束率は上がっていて、初期は数日も掛かっていた生成も僅か十秒弱にまで短縮されて入るが、その代わり安定率はおもいっきり下がっており十分しか持たず爆発してしまうし、多少なりとも霊力がなければ使えないという欠点はある。

 いや、逆に言えばその程度の欠点しかなく、元の世界にいた時よりパワーが上がっているので範囲や効果が高まっているので余計に使い勝手が上がっていると言って良いだろう。

 

 だからこそ、絶対にそんな彼の力,情報を洩らす訳にはいかないのだ。

 

 空間の概念に干渉する事が出来、それなり以上の魔力を使わねばならない天候操作すら一瞬で行え、何の触媒も無しに物質変換や霊体復元までやってのる万能のアイテム<文珠>。

 横島はそれを生み出す事が出来る唯一無二の存在なのである。

 

 それも、無駄に集束能力が上がってしまっていて、ホイホイ作り出せるようになっているのだから性質が悪い。

 これでもっと使い勝手が悪ければ、もっと生成が難しければ良かったのかもしれないが、余りに容易に生み出せ、尚且つ万能過ぎる為に問題のタネが幾らでも発生するのである。

 この力、正しい魔法使いならば危険だと見なし、性質の悪い術師ならば余りに魅力的過ぎる代物。つまり――

 

 ……後の説明は不要だろう。

 

 そして心眼は、エヴァに言われた事だけではなく横島の変化も気にしている。

 

 元々、彼のおバカで救いようがなく、臆病で痛がりで自分を卑下し過ぎる人間だった。

 しかし、要所要所での踏ん張りと怖さで足を震わせてても立とうとする姿勢、何だかんだで真っ直ぐなところはかなり気に入っており、資格試験の一件で横島を庇って散る際にも後悔はなかった程だ。

 そんな彼と異世界で再会するとは思いもよらなかったが、まさか伝説でしか聞いた事がない文珠を生み出す能力者になっていたり、アシュタロスという神話クラスの魔神と戦う最前線にいたとか聞いた時には、あれから一体何があったんだと呆れ返ったものである。

 

 ただ、それより何より心眼が驚いたのは、横島が積極的に修行を行っている事だ。

 ハッキリ言って拷問と代わらない。いやリンチと言って良いレベルの酷いもので、エヴァが僅かでも匙加減を間違えると一瞬で骸になりかねないほど。

 

 それでも彼は、そんな地獄のシゴキを毎日のように受けに行っているのだ。

 頭で打ってマゾに目覚めてしまったのか? 等と思わなかった訳ではないが、意外にも横島は文珠に頼らずサイキックソーサーと霊波刀(栄光の手という名があるらしいが、何故かネギの前ではその名は口にしない)だけを強化しつつ、真面目に特訓を受け続けている。

 

 自分と共に生み出した捨て身の技だったサイキックソーサーも限界まで集束してほぼ物質化できるようになっているし、彼が得意とする変幻自在でトリッキーな戦法も相まって異様に使い勝手が良い霊波刀。

 その二つの技術と、この世界で覚えた身体強化魔法(逃げ足のみ)だけで戦い方を学んでゆく横島。

 

 彼は心眼に言った――

 

 万能過ぎる珠があり、それを当てにしていたから自身は強くなれておらず、一番力が必要な時に何も出来なかった。

 自分が出したものだから、その力が自分の強さだと勘違いしていた。

 どんなに万能であろうと所詮は道具であり、道具だからこそどれだけ使いこなせられるかが強さだと気付いていなかった。

 

 だから――思い知っているからこそ、自分を踏み躙っても戦い方を覚えなきゃいけない。

 

 せめて自分を慕ってくれる、支えてくれると言ってくれた女の子達だけでも守り切れるだけの強さが欲しい。

 “あの時”持てなかったそんな強さに、今の自分は飢え狂っている――

 

 

 心眼は彼の心境がそうなるまでに至った過程を聞き、納得すると共に何とも言えない痛みを感じていた。

 詳しくは聞いていないし、それ以上傷を穿るつもりもなかったので問いはしなかったが、想像を超える痛みを横島は持っているのだろう。何時まで経ってもその傷痕は醜く残り、痛みを与え続けているのだろう。

 

 そしてそのシーンを彼は体感し続けているという。

 事ある毎にその瞬間が克明にして鮮明に浮かび上がり、再現され続けているという。

 そんな生き地獄の中、彼は少女らに向けて笑顔を向けて生きている――

 

 だからこそ心眼は、彼の事を探ろうとするモノに対し、必要以上にまで警戒しているのだ。

 

 彼の今を壊させないように……と。

 

 

 しかしそんな心眼の気遣いが逆に超に確信させる種を撒く事になるとは……何とも皮肉な話である。

 

 

 「ま、済んじまった事は仕方ねぇ。コイツの事はあんまり知られたくなかったんだけどなー」

 

 そんな心眼のショックを知ってか知らずか、横島はあっけらかんと超と会話を続けていた。

 探っているのか確認しているのか解らないが、超の方はというとそのやり取りすら楽しんでいる風にも見える。

 

 しかしその顔には営業スマイルではない微笑で彼の言葉を素直に受けていた。

 

 「秘密は何時かバレるものヨ?

  存在以外は語られない秘密は<乙女の秘密>だけネ」

 

 「いやいや それを明かしてもらうのは良い男の特権だぞ?

  無論、秘密ごと相手をもらうのも」

 

 「ハ? 良い男? そこまで言える殿方を知ているのかネ?

  だたら紹介して欲しいものだヨ」

 

 「ハハ、ハハハハハ………スルーかい。キッツイなぁ、もぉ~………」

 

 「い、いや、このくらいの事でマジ泣きしなくとも……」

 

 お互いが踏み込もうとせず、そして間合いを置く事もせずに他愛のない話を続ける二人。

 不思議なもので、お互いのぶつけどころが解っているかのようなやり取りが続いている。

 

 確かに超は、横島がこの世界に来てからずっとお世話になっているとも言える少女であるのだが、ここまで自然な空気を保てる事はこの二人も不思議に思っていた。

 それは心眼が喋って失敗をしているからか口にしなかったものの訝しく思ってしまうほど。

 

 そんな二人のじゃれ合いのようなやり取りは何時しか二人の雰囲気の淀みを洗い流し、やがて場の空気を読んだのだろう茶々丸がナナを連れて戻って来た事もあってその話はそこで完全終了。

 後は他愛無い話を超と交わしたり、ナナは今日も可愛いなー等と愛妹をひやかしたりしながら楓らを待つ事となった。

 

 

 話が終わった事に二人して安堵していたような気がする。

 

 

 心眼は後にそう横島に語った。

 

 

 

 

 

 

 

 「お、遅くなてしまたアル」

 

 「面目ない」

 

 最初、何となく汚れて煤けているよーな気がしないでもない二人に、横島はそんなに手強い相手だったのかと眼を剥いた。

 

 焦って腰を浮かしかけた彼を止めたのは当然ながらその煤けた二人。

 コレは何でもなく、単に、その、えーと、自主鍛練を行った所為でござるよ。はっはっはっ という言葉に、やっと落ち着いてはくれたのだけど。

 

 実戦経験が少ない古にしても、確かに相手にした奴は手強かったのであるが鬼軍曹ならぬ鬼大尉に比べたら左程でもなかったし、巧みに撃ち込まれてくる弾丸も件の鬼大尉の猛烈シゴキ道場中にぶちこまれる精霊弾に比べたらそんなに怖くはなかった。

 撃たれるという事は慣れるものなのかと首を傾げたくなる話であるが、実際に彼女はそう心労もなさそうなのでそうなのかもしれない。彼女が特殊なのかもしれないが。

 

 楓の方は相手が未熟だった事もあって、おちょくるようにあしらえば簡単に引っかかってくれたのでもっと楽だったらしい。

 影を使った使い魔というのは確かに特異ではあるのだか、攻撃の意識の向け方もやはり今一歩だったし、心情を見切って戦う事が出来る楓が相手では運が無いにも程がある。攻撃する気がなかっただけ感謝して欲しい。

 

 最後の方に来た援軍らしき者達にはかなりやり手の気配を感じてはいたのだけど、その興味だけで戦うと後にどんな禍根を残すか解ったものじゃないので、もったいないのだけど相手の確認もせずに逃走している。

 はっきり言ってしまえば相手の確認していないのはマイナス行為以外の何物でもないのだが、意識を向けると相手に気取られかねなかった。それほどの相手だと解ったからこその遁走であるので二人も横島も仕方ないやととっとと諦めていた。

 

 「それにしても、この時代に機械や薬に頼らずあそこまで戦えるとは凄いヨ。

  私も感心したネ」

 

 「何言てるアル。超は何でも超人だし、武術でも私のライバルやてるアルよ?

  どの口がそれ言うアルか」

 

 以前チラっと聞いただけの横島であったが、超は古と同じく中国武術研究部にも所属しているという。

 そして同じ部内で南派の古とは逆の北派で武術を通してライバル関係であるらしい。

 勉強や学力は絶対的且つ確定的にどうしようもない古であるが、武術“だけ”でも超と並べるのだから大したものである。神のド情けかもしれない。

 

 「? どうかしたでござるか?」

 

 「……何か知らないアルが、ボロクソ言われてる気がするアル」

 

 それは兎も角っ

 朝っぱらから茶々丸と二人だけで頑張ってくれたナナはここで交代。幾ら戦力になろうと設定年齢的にこれ以上連続で手伝って(労働)もらう訳にはいかないのだ。

 

 今日の日当……は、ナナが未成年(設定上)過ぎる為に渡せないので、この店のデザートのレシピを家庭用にしたものをもらって笑顔でお礼を言う愛妹。何かそれ見れたからどーでもいいやーという横島に心眼は無い頭を痛めていたり。

 そのナナも着替えに向かった。お兄ちゃんと一緒に帰るレス~とご機嫌である事もあって文句も言えないし。

 

 「んじゃ、古ちゃん。また後で」

 

 「アイアイ♪」

 

 横島はそのまま家に帰って後夜祭まで一休み。

 何か知らないが日が暮れてきたら円や さよ、零達と学園内を見て回る事にされているし。

 

 「何時の間にか行動計画が組まれている事について」

 

 「はっはっはっ」

 

 「笑っても誤魔化せんぞ」

 

 等と口先だけで文句を言ってはいるが、横島的に不満は殆ど無い。

 愛妹がこの学園祭を楽しみにしてるのだから期間内に学園外に行く事などありえないし、何より妹含めた五人とも美少女なのである。

 この五人と歩こうものなら、周囲からチクチクと嫉妬の眼差しが突き刺さって何とも心地良い。今まで味わえなかった勝者の美酒を味わえるというもの。これで文句なんぞ出よう筈も無い。

 

 ただ、学園内であるからしてナンパはちょっと無理っポイ。それが前述の“殆ど”の部分である。

 この麻帆良という地は何かしらの加護があるのか、横島はココに来て以来、美女美少女以外を見た事が無い。性格も良い子ばかりで、コレで声を掛けないのは男として間違っているか終わっているだろう。

 

 しかーし楓達といる以上、ハンティングを行う事は不可能。いやそれどころか声を掛けてフラれるという無様なところを妹に見せてしまうと兄貴ポイントが急落しかねないではないか。

 だから彼は己の血の涙を飲み啜り、苦汁の決断(ナンパしない)を決断せざるをえなかったのである。

 

 ……何気にフラれる事が前提であるし、フラれない事によって兄貴ポイントとやらが上がるとは思えないのであるがそこは横島であるから気にしてはいけない。

 

 尤も、こんな綺麗どころと回る訳であるのだから、やはり文句は無い。単に拗ねてるだけだ。

 大体こんな美少女らと歩く訳であるから実際にはそんな事をする気も無かったりする。

 それに楓達の話によると、HRで注意の用紙が配られたらしいのだが、今年の学園祭期間は異性交遊が異様に厳しくなるらしいし。

 

 「まぁ、大人しく拙者らと回るでござるよ」

 

 「わーってるって。

  近くに綺麗どこがおんのに、わざわざいるかどーかも解らん獲物探しに行ったりせんわ」

 

 「き、綺麗どころでござるか……ま、まぁ、拙者と二人で回りたいというのなら吝かでもござらぬが……」

 

 楓らしくない言動ともぢもぢとした所作であったが、最後の方が小声過ぎて伝わりきっていないのが残念である。

 それにその絶妙なタイミングでナナが彼を呼びながら駆けて来たのだから聞こえちゃいねぇ。その間の悪さに楓はコソーリとハンカチを噛んでいたりする。こっち見てチェシャ猫宜しくニヒヒと笑っていた古が腹立たしい。

 

 「さて、と……んじゃあ、行くか」

 

 「はいレスっ!」

 「ぴぃぴぃ♪」

 

 「拙者も一度部屋に戻るでござる」

 

 横島が手を振ると超も無言で笑ってそれを返した。

 

 間に漂う空気は自然なもので、超のその笑顔からもさっきまで心眼を挑発していたとは思えない。

 ナナと手を繋ぎ、小鹿を連れて歩き出した彼の背を見送っている眼差しからもだ。

 

 だが――

 

 「ん? 超、どうかしたアルか?」

 

 「……イヤ、何でも無いヨ。あの兄妹、仲が好くてちょと羨ましいと思ただけネ」

 

 「あー……何か解る気がするアル」

 

 古の問い掛けをそう“誤魔化した”超であったが、彼らを見送った後の眼差しはどこか寂しげであり、悲しげでもあった。

 彼女自身、こんなセンチメンタリズムを持っていたとは思いもよらなかったのであるが、ゴーレム人間と完全な兄妹関係を築いている横島には一種の尊敬をも持っているのだ。

 

 遅れた分を取り戻そうとしているのか、古はいそいそとエプロンを着けつつテーブルを拭き始めている。

 以前からこの臨時バイトすらも楽しげに行ってくれているのだが、彼と行動をとるようになってから更に充実した日々を送っているようだ。

 

 楓にしても、飄々と学園生活を送っていた以前よりずっと充実していて、笑顔が深みを増して魅力を上げている。

 円や、横島の所為(?)で何故か偽体を持ったチャチャゼロ――零にしてもそうだ。いやずっと後ろにいるエヴァも何だか楽しげであるし。

 

 『楽しそう』こう変化させた事が大きい。

 そうしようとしているのではなく、影響によってそれが広がってそうなってゆくのだ。

 

 それもこれも、彼がやろうとしての事ではない為、その器の大きさが垣間見えて頭が下がるような気持ちにすらなる。

 

 

 だが――

 

 自分の行動の結果、それが壊れるかもしれない。

 

 何せ彼の立ち位置が余りに不明瞭である為、いざという時に真っ先に止めねばならず、尚且つあれだけの力を持つのだから学園側に寄ればその動きを完全に封じなければならない。

 

 彼女らにとって大切なファクターである彼を、だ――

 

 さっき、咄嗟の思い付きで行った策、

 どうせならと使ってしまった事により実験は成功した。してしまった。

 

 という事は、理論は同じであるあの武装もそのまま使える訳であるから計画は楽に進むだろう。

 お陰というか“所為”というか、二時間にも及ぶアリバイも作りだす事が出来た。完全に嫌疑は晴れたりすまいが、それでも外部の臭いを漂わせれば、内部の眼は薄くなる。怪我の光明と言っても良いかもしれない。

 

 今の問題は、彼や彼女らを巻き込む可能性が高まってゆく事。その事だけだった。

 それが超に複雑な感情を齎せているのである。

 

 

 だけど止めるという案は浮かばない。

 

 掛け替えのない犠牲を払って今この地を踏みしめて生きている限り、自分は計画を止める訳にはいかない。

 

 

 

 

 

    今存在するはずの無い自分が生きているからこそ、

 

                 これから先に生まれるだろう自分のようなモノを生まない為にも――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 丁度彼らが去った後、入れ代わるように五月らも戻って来た。

 

 準備中の立て看板も除けられ、待っていたらしい客たちも入って行く。

 朝食より昼食に近くなってはいるが、まだ時間外だというのにこの有様。本当に繁盛しているようだ。

 

 客達にどこかわざとらしい営業愛想を振りまく古の声に苦笑しつつ、そんな店から遠のいてゆく三人。

 傍で見ているだけなら、ナナの手を二人で左右で繋いでいる為、何だか若夫婦のように見えていたりする。何気に満足そうな楓が何とも興味深い。

 

 だが角を曲がって店が隠れて見えなくなる頃、待っていたかのように楓がポツリと呟いた。

 

 「……何か、あったでござるか?」

 

 あ やっぱり気付かれていたかと思ったが、その勘の良さに横島は苦笑する。

 こういうところが女には勝てないと思い知らされるのだから。

 

 「んー……ちょっと、な」

 

 「……」

 

 ナナを手を繋ぎ、お昼何を食べるか等と他愛の無い話をしつつも、器用に思考を切り替えて楓と会話をする。

 それは楓に、その度に思考を切り替えてまで自分と会話をする程のものかという疑念にぶち当たらせる事となった。

 それ故か小鹿もじっと横島を見つめている。

 

 「いや、心眼の存在を気付かれちまってさ……」 

 

 「は? いや、それは……今更では?」

 

 何だかんだで魔法関係者に知り合いが多いのだからバレても別に……と楓は思う。

 しかし横島はエヴァにあんまりバレたりしないようにしろと言われているのだ。

 

 特に超には――とも。

 

 「一応、便利なAFと思わせといたけどな」

 

 「? それは……どこか違いがあるのでござる?」

 

 「ある。大っきく」

 

 「は?」

 

 「心眼の、ってのが大きい」

 

 「……………あっ!?」

 

 横島は、逃走を助けた力は自分のものではなく、心眼の力(、、、、)だとさり気無く匂わせたのである。

 

 その事に気付いた時は、流石に楓も横島のブラフの張り方に感心してしまった。

 

 何せ間違いは言ってはいないが、真実は全く語っていない。

 どうせ横島のAFと言う事は茶々丸とナナを通して知られているだろうが、詳しくその力を知っている者は契約を結んでいる楓ら四人とエヴァだけで、理解力がスカスカなバカレッドがいる為にネギ達には以前関わった人間の再生程度しか説明していない。

 某メドーサに怯えていた事もあって、ナナも修行中は近寄ってこないし。

 

 会話でのひっかけのコツは、あんまりその話に触れない事。

 特に相手がある程度以上頭の良い人間であるのなら、一度匂わせてから直ぐに話を逸らしたりするだけで勝手に深読みをしてくれる。

 相手の理解力を逆手に取る、実にイヤらしい会話術と言えよう。

 

 とは言っても、今ここでその事を口にする訳にはいかない。

 何せ横には愛妹がいるのだ。彼女を通じて超に伝わらないとも限らない。そうなったら意味がないのだ。

 

 よって……

 

 「ま、兎も角。話は後でな……あ、それともウチ来る?」

 

 という形を取らざるを得なかったりする。

 楓は反射的に『無論っ!』と返事を返してしまったのだが、横島がナナの様子をチラリと窺っている事に気がついた。

 

 どうやらナナには……いや、古と距離が空いてから空気が変わったのだから、彼女にも聞かせたくない話なのかもしれない。事は慎重を期さねばならないものだと気付いた楓は、真剣な表情で再度頷きを返した。

 

 「あれ? お姉ちゃんも一緒レスか?」

 

 「あはは 折角でござるし、一緒にお昼寝なぞ如何かな?」

 

 「わーいっ♪」

 

 無邪気に笑うナナの頭を撫で、楓は横島の横顔を覗き見る。

 

 そこにあるのは確かに位置もの彼。

 意外なほど優しかったり、妙なところで厳しい顔をするので気になってしまい、彼と過ごしている間ずっとそれを追っていたからこそ見慣れていったそれ。

 

 彼は妹とじゃれ合っているこの優しい顔。

 

 自分らに曝けてくれる本音の顔。

 

 オオボケぶちかました時のスカタンな顔。

 

 誰か、何かを心配している時の真剣な顔。

 

 本気で怒った時の怖い顔、そしてその向こうにある何モノも寄せ付けない冷た過ぎる顔――

 

 あけすけに生きているからだろうか、その表情は実に多くコロコロ変わる。

 そして側にいるからこそ、その全てを見る事ができるのであるが……今の彼の表情はそのどれでもなかった。

 

 初めて見る――ものではないのだが、何と言うか深みのようなものが違う。

 それで思い立つのが自分以外の件。

 

 何だかんだでお人好しの彼は、他者を非常に気にするのである。

 だが、彼のその表情には……微かであるが、憐憫に近いものがそこに混じっているような気がしてならなかった。

 

 円が加わった件でチラリと見せてもらった彼の過去の断片。

 その中で泣き叫ぶ過去の彼。その自分を見つめていた時のそれ。それに似たものを楓は感じていた。

 

 なれど……――

 と楓は首を傾げる。

 

 もし僅かでもあの時と似たような感傷があるというのであれば、“何”にそれを感じたというのだろう?

 彼が意識を向けていたのは後方の屋台、超包子。となると今回の事件で関わったのなら古と超となる。

 

 ならば超か? 彼女に何かを、共感めいた何かを感じているというのか?

 

 彼の部屋に行き、超を追っていたのがこの学校の魔法先生らしい話を聞いた後も、その件の事の方がずっと気になり続けていた。

 

 「何だかいやな予感がするでござるな……

  学園祭で何かが起こるとでもいうのでござるか?」

 

 紙吹雪が舞い、色んな音楽が鳴り響く麻帆良学園。

 

 周囲の盛り上がりとは裏腹に、楓の心には奇妙な雲が湧き上がっていた――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後――

 

 「お二人とも……それで私たちに言うべき事は解っていまして?」

 

 「「本っ当に申し訳ない(アル)でござる」」

 

 クラスで頑張る級友たちに朝食を持ってゆく事をすぽーんと忘れていた二人は、腹を減らしていた皆の前で横島直伝の“ふつくしい土下座”で持って謝罪した事は言うまでも無い。

 

 

 

 




 またまた修正に超手間取ったCroissantです。自業自得ですが。

 超と横っちのセリフバドルにするつもりが、何故か乱戦ぽく……アっルぇ~?
 いやウチの基本設定上では間違ってない……か? 多分。
 
 現在までの情報では横っちは超を敵だと見なしません。
 つか、最後まで横っちは“敵には”回させるつもりはありませんし。超を止めようとはするかもしれませんが。

 二人とも別の世界(或いは時間)からこの世界に来て、今を生きている。
 そんな似すぎた立ち位置の二人を書きたかったわけです。ちょっと力足りてません。ちくしょーめ。
 
 兎も角、そろそろ騒動の始まり。
 微妙にズレた時系列がどうなるか。

 そんな続きは見てのお帰りです。
 ではでは~

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