-Ruin-   作:Croissant

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休み時間 <幕間>:WALL外
本編


 

 

 ――あの晩、彼が見たものを表現するなら峰打ちが近いだろう。

 

 それも刃を鞘に納めた上で尚且つ峰で打つという徹底した不殺の戦い方で、更には衝撃の方が強く激痛によって悶えさせるような事も行っていない。

 相手を打ち倒しはするがそれ以上のダメージはない為、当然ながらその相手は直に立ち上がってきたのであるが、今度は攻撃もせずに沈黙させていた。

 だが、その得物は刃に非ず。かと言って無手……所謂、手刀でもない。

 

 それは――闘氣。

 

 戦い続けた者が放つそれは千百の兵に匹敵するという。

 単なる学生の身である相手がそんな強者の氣に抗える筈も無く、萎びた草花の様に腰を抜かして己の愚かさを悔いていた。

 

 しかし、そんな氣を放っていた方はというと、そんな輩など眼に入らないのか妹と思わしき少女の相手に大忙し。

 やはり怖かったのだろう、兄に甘えてぐずぐずとえずいていたのだか…ら?

 

 ――とその時、彼の頭を電気が走った。

 

 ぐずぐずと泣いて甘えている(、、、、、)

 あれだけの氣を発している者を相手に……だと?

 

 あんな幼子が闘氣に怯えぬはずがない。どれだけ慣れていると言えども――だ。

 物理的な圧力すら感じさせるあの氣を間近で受けて平気でいられようか。

 

 とすると……少女には塵ほどの怒気も闘氣も掛っていないという事となる。

 

 何という事であろう。

 自分はこれほどの男を知らなかったというのか?

 

 ショック。

 うむ確かにショックだ。

 短い人生ではあるが、武の道に入ってそれなりの経験を積んでいたというのに、これだけの男に出会えず、そして知らずにいたという事が。

 あれだけの技量を持つ者の存在の噂も知らず、その力を欠片ほども感じられず井の中の蛙でいたという浅はかな自分が。

 

 それを思い知らせてくれた者は……そう、当のあの男だ。

 弱者を労わる優しさと、雑魚とはいえ格闘をやっている者達の前で怯みもせず平然と背を向けられる器を持つ男。

 

 否、“漢”。

 

 

 当然のように彼への興味は膨らんで行く。

 いや、それはそれは“必然”であったのかもしれない。

 

 ――等と、あの晩の一件に思いを馳せていた男の視界の隅を、

 パレードの人ごみを何となく避けて歩いていた男の目の端をあるものが掠めてゆく。

 

 普段ならこの地ではそんなに珍しい事ではない為、殆ど気にもならなかったであろう。体術に優れた者に事欠かないし、最強と謳われている人物なんぞ女子中学生であるこの地なのだから。

 しかし視界の隅を駆け抜けていった者は例の漢。そうあの漢だったのだ。

 

 何を急いでいるのかは不明であるが、アスファルトの道路を恰も氷上を滑るように突き進む。

 初めて見にするが、恐らくは話に聞く古代中国武術にあったという歩法という奴であろう。

 成る程。納得した。この間ザコをすっ飛ばした技もその筋ならば、八極拳……貼山靠というやつだったのかもしれない。

 

 やはり只者ではなかったか……否! 思っていた以上の強者!

 それが解った事が、確信できた事がよほど嬉しかったのだろう、彼は野獣を思わせる笑みを浮かべその背を追った。

 

 結論から言えば追跡は失敗し、彼は漢を見失ってしまうのであるが失意は無い。

 何せ僅かとはいえ漢の戦いをその眼で見る事ができたのだから。

 

 影のように地を這って襲い掛かるのは恐らく話に聞く布槍術というやつであろう。或いは暗器。

 それを使っているのは自分と然程年齢差の無い少女のようであったが、中等部に麻帆良最強の武術家がいるのでそんなおかしくは無い。暗器使いというのなら普段の行動も潜められているだろうし。

 執拗に漢を攻撃している理由は不明であるが、そんな目に逢っているというのに件の者は妨げとなる布槍or暗器以外は歯牙にもかけず突き進む。

 愚直なほどただひたすら真っ直ぐ歩き続けているのだ。

 

 やはり……

 やはり自分が見込んだ漢だ。と彼は一人ほくそ笑む。

 

 あの晩、少女を守る事以外に手を上げていなかったくらいだ。相手が女ならば尚更だろう。

 

 だが恐らく彼女はライバル。

 

 漢の移動術が古代武術であり、少女の技も古代中国の戦闘武術を基にしているのだからそうに違いない。

 この平和で長閑な麻帆良の裏でこのような戦いが起こっているとは……なんとも興趣の尽きない話である。

 

 しかし、女とはいえ敵だというのに何と甘い事か。

 これだけの攻撃。まともに受ければ命の危険もあるだろう。だがしかし漢は微かな笑みすら浮かべてそれら全てを捌き、彼女の制止を振り切って突き進んでゆく。

 やはり甘い。反撃すら行っていないのだから。

 

 ――だが、彼はそんな馬鹿は嫌いではなかった。

 

 その時、男の頭を又も電気が走る。

 そうだよく考えてみると、二人が向っているその方向には龍宮神社があるではないか。

 

 毎年恒例のイベントに、『まほら武道祭』というものがある。

 名前からして説明の必要のないイベントで、それなりに腕に自信のある者が出場して戦うというものだ。

 

 しかしその優勝賞金はというと十万円。

 

 確かに学生の身分であれば結構な額であるが、巨大な催し物がひしめく麻帆良祭の中ではかなりショボイ賞金額で、当然ながら出場者も小遣い稼ぎ程度か暇つぶし程度のものとなっていた。

 無論、腕に確かな自信を持っている者で、強者との戦いを望む者ならば見世物じみ過ぎていて見向きもしないだろう。

 男も真の戦いが出来るとは考えられなかったので、暇つぶしに冷やかしに行く程度にしか思っていなかった。

 

 だが、今年は違う。

 

 ある人物が色んなイベントをM&Aし、一つのイベント『まほら武道大会』として纏め上げ、賞金金額もどーんと一千万に跳ね上がったと聞く。

 賞金の釣られて噂が広がり、噂によって人が集まり、その集まる人数によって強者が集まってくる。

 雑魚もかなり多くなるだろうが、強い者が残るのは世の習い。そしてそんな者達と戦いたいと思うのは……漢として当然の話であろう。

 

 まぁ、会場が龍宮神社所摂斎庭というのが罰当たりっぽくてナニであるが、伝統行事であった麻帆良の武術祭の復活なのだから武道の神がとりなしてくれるに違いない。ウム。

 

 そして彼らにしても、恰も誘蛾灯に誘われるかのように戦いの気配に惹かれているのだろう。

 当然だ。武の血が流れる者はその胸の高鳴りを抑え切れるはずが無い。

 しかしあのライバルの女は戦いの刻まで待ちきれず、かまってもらおうと攻撃した……という事だろう。そしてあのような逃走バトルとなったと見た。

 

 フ…… 流石はオレが認めた漢。やはり無駄に戦いはしないという事か。

 正に鞘に収めた刃だと感心する。

 

 しかし、そうなってくるとその鞘の中身が見たくなるのは当然の流れ。

 仮にその刃に打ち倒されようとも、その斬れ味を我が身で受けたくなってしまう。

 自分の拳から放つ漢の氣と、件の漢の刃との討ち合い。何とも心が動かされる語かされるじゃないか。

 

 だから……

 

 

 だから、だから!!

 

 

 「例えぼーずのような子供が相手でも、手を抜く訳にはいかねぇんだ!!」

 

 「な、何が何だか解りません!!」

 

 氣を下腹にギュっと落として練り上げ、構えた拳に集中。

 旋回させながら引っ張り出すイメージで、腕という銃身を通らせて前方に放つ!!

 

 「漢魂! 漢魂!! 漢魂!!!

  も一つおまけに超必殺・漢弾!!!」

 

 「う、うっひゃあーっ!!??」

 

 だが少年も然る者。

 その遠当ての雨を掻い潜って避けに避けまくっていた。

 

 流石は戦いの場に上がってきた者。

 なりは子供であるが、中身はどうして武人ではないか。

 彼はニヤリと笑って更に更に気合を入れた。

 

 「やるなっ!! だがここからが本番だ!!!」

 

 「ですから訳解りません!!!」

 

 「最早 問答無用!!」

 

 「ち、ちょ、まっ……ア゛――――ッッ!!」

 

 

 

 

 (ネギ)達の戦いは始まったばかりだ――

 

 

 

 

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         ■休み時間 <幕間>:WALL外

 

 

 

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 「うう……

  ひ、酷い目に逢いました……」

 

 テーブルに突っ伏し、どれだけ苦労&疲労したのか回りに知らしめているのはネギである。

 

 微笑ましく初々しい のどかとのデートも無事終わり、真名との見回り……というかガンバトルで疲弊した彼であったが、途中でばったりと夕映に出会い二人で色々見て周り、夕食をとった辺りで何とか回復に成功していた。

 気が合う――という程ではないが、思考に没頭すると周囲が見えなくなるという同じ欠点を持っているし、何より二人して知的なのだから話は合うのだ。そのお陰なのかもしれない。

 

 その後、夕映との口喧嘩にボロ負けて逃走していた小太郎と合流したまでは良かったのたのが……

 

 「楓さんや古老師が参加してるのは兎も角、龍宮隊長や零さんまで……」

 

 「けけけ こんな面白そうな事やってんのに無視できっかよ。

  まぁ、腕の一本や二本は貰うかもしんねーがな」

 

 「一本でも一大事ですよ!?」

 

 「なっさけねーなぁ ヲイ。

  斬り飛ばされても、ニュッ ニョッキリッと生やすくらいの気骨見せやがれ」

 

 「む、無理ですぅーっっ!!

  僕は虎男でも狼男でもありませーんっっ!!」

 

 ケチの付き始めは武道大会の開催変更からであった。

 

 夕映の説明によると、麻帆良のイベントは大なり小なりあれど基本的には普通の学校の出し物等よりはるかに大きく、クイズ大会とかでもフツーに100万円クラスの賞金が付くという。

 にも拘らず件の『まほら武道大会』の賞金は10万。これは相当ショボイであろう匂いがプンプン漂っているではないか。

 小太郎の落ち込みたるや如何なものであっただろう。

 

 しかし、幸い(?)にもこの年の大会は何時に無く巨大になっていた。

 

 何だか知らないがネギのクラスの超が複数の大会イベントを併合させ、賞金額1000万円。予選大会で人数を振り分け、麻帆良祭二日目に本戦を開くという大掛かりなものへと変わっていたではないか。

 当然、しょぼい内容ではと言われて落ち込んでいた小太郎は元気を取り戻して大喜び。嬉々として自分が戦う事になったグループへと駆けて行った。

 

 と、そこで終わっていれば微笑ましくて良かったのであるが、先のメンバーが加わると言われた上、

 

 「フフフ なかなか面白いコトになっているようだな」

 

 さっきまで自分を疲弊させてくださっていた龍宮真名隊長殿のお姿が。

 くくく 鬱憤を晴らせるし金も入って一石二鳥……という聞きたくないセリフはスルーである。

 

 それだけだったらまだしも、冗談事じゃないくらい剣呑且つウレシソーな笑みを浮かべている零まで見えちゃってるじゃないの。

 命の危機を察知して身体が勝手に動いて全力で眼を逸らしたのであるが次に高畑なんかハッケソしちゃったりなんかしてしまった。

 そして賞金に眼が眩んだかのか、色欲(タカミチ)に負けたのかは知らないが明日菜までも出るというし、何故かは不明だが刹那も出るという。

 

 気が付けば、ネギが勝った例の無いメンツばかりが寄り集まっているではないか。

 

 ネギは小太郎と顔を見合わせ、別荘の二の舞が起こる…というか再現されるだけだと悟り、君子危うきに近寄らずという諺を思い出して棄権しようとした。

 

 しかし運命は実に非情。

 梟から身を隠す鼠が如くその場を後にしようとした正にその瞬間――

 

 「この大会が形骸化する前。

  事実上、最後の大会となった25年前の優勝者は……

 

  学園にふらりとやってきた異国の子供

  ナギ・スプリングフィールドと名乗る当時十歳の子供だった」

 

 等と超が爆弾発言をぶちかましやがり、それを耳にしてしまったネギは反射的に参加を表明。

 え゛ ー っ ! ? と嫌がる小太郎を引き摺って参加登録をして予選出場を果たしたのである。

 

 運良く、という運悪く勝ち上がりはしたものの正気に戻ってみれば問題山積。

 自分と小太郎を除いてトーナメントに残ったのは十人であるが、その内の六人は知りあいもイイトコであるし、何より勝てると思えないメンバーだ。

 その他の三人の一人にしても、予選会場で氣と魔法の撃ち合いで拮抗して、結局最後まで生き残ったのだ。

 あの豪徳寺とかいう人にしてもあれだけ尋常ならざる相手だったのだからただ事ではないだろう。

 

 「……怨むで ホンマ……」

 

 「ごめん。僕も今大後悔時代を思い知ってる……」

 

 無論、黙って負けるつもりは更々無いのであるが、その苦労具合は計り知れない。

 ネギに至っては初っ端から高畑とのバトルなのだ。そりゃあ勘弁してと泣きも入るだろう。

 インチキかまして“四度目”の初日に戻って3-Aの生徒らを手伝ってリフレッシュしていなければ、今も積もり積もった心労で喋る気力も無かったに違いない。

 

 しかし――

 このオコサマ教師は兎も角として、バトルジャンキー一歩手前の小太郎まで自信無さげなのには疑問を感じてしまう方もいらっしゃるだろう。

 立ち塞がる障害を見てはニヤソと不敵に笑い、相手の強さを確認するより先に飛び掛って行くような彼に何があったというのか?

 

 ……と言っても、そんなに深い理由は無い。

 単に鍛練の場でボコボコにされているだけである。

 ぶっちゃけて言ってしまえば、当の昔に鼻っ柱をポッキリパッキリへし折られてしまっているのだ。

 

 鍛練の場として使用を許可されているエヴァンジェリンの城。

 そこの修業場で彼らを鍛えてくれているメンバーはというと……

 

 城主であり“最強の悪の魔法使い”エヴァンジェリン。

 その下僕である“殺害人形”零。

 エヴァの従者である現代の奇跡、魔法と科学の傑作ヒトガタ茶々丸。

 ネギの従者で魔法無効化能力を持つ明日菜。

 第二の従者であり、烏族ハーフの退魔剣士である刹那。

 只でさえ地力がド反則なのにAFの力による底上げで手が着けられなくなっている公然の秘密くノ一、楓。

 ネギの格闘術の師匠であり、元から表の世界で一級レベルの接近戦闘能力を持っていて、小太郎の直線的な格闘術では相性が悪すぎる上、攻撃反射能力のあるAF武具まで持っている古。

 

 そしてその二人の契約者でありド反則の化身。

 或いはインチキの生き神と謳われる横島である。神は一体どないせーと仰っているのだろーか?

 

 その他にも のどか、円、ナナ、番外に使い魔のかのこ。

 魔法という存在を知って(知らされて)自分から進んで勉強しに来ている夕映、せめて護身術くらい身につけたいと魔法を学んでいる木乃香。更に悪魔にちょっかい掛けられて裏を知ってしまったが故に、同じく護身方法を学んでいる千鶴と夏美といった面々もいるが、彼女らは非戦闘員なのでスルー。

 尤も、のどかと円が組んで戦えば大抵の敵は自滅するし、夕映は理論で攻めるタイプで戦術戦略面で相手を煙に巻けるのだが。

 

 因みにナナの相手は超☆論外だ。

 下手なちょっかいをかけたら保護者ズによる防衛行動によって即効で素敵な死亡フラグが乱立し、冗談抜きに命の危機である。泣かせたりでもしたら死んだ方がマシな目に遭わされるだろうし、最悪 死んでも辛い目に遭いそうだ。

 使い魔のかのこも似たような意味で闘うのは無謀。ついでにこの鹿の子は天然自然が味方なのでネギと小太郎が戦う相手としては相性が悪過ぎる。

 天狗の下っ端程度の小太郎も論外であるし、ネギの魔法属性は全部かのこと被っているので、最悪その精霊の力を封じられかねないのだ。

 

 ……まぁ、色々言いはしたが理由は端的である。

 つまるところ、ネギも小太郎も一勝も出来ていない相手ばっかという事なのだ。

 そりゃあ自信もおっぺしょれる(へし折れる)というものであろう。

 

 

 テラスに置かれた上品な白いテーブルに突っ伏し、垂れ滴る涙で鼠の絵を描くネギ。

 

 哀れを誘うよりも前にウザさが目立つのが物悲しい。

 それでも心優しい茶々姉ズが甲斐甲斐しく食事の用意をしてくれているのだから恵まれていると言える。

 

 「-同情はしませんが、メシくらいはご用意してさしあげます」

 

 何かつっけんどんにも程があるが気にしてはいけない。

 兎も角、お腹が膨らめば少しは落ち着いてマシになるかなーと後ろ向き全力な気持ちで用意された食事に意識を向け、手前の食器を……

 

 「……あの?」

 

 「-ハイ 何か?」

 

 「僕のコレは……」

 

 そんなネギの前に置かれた食事はかなり凝っていた。

 ぶっちゃけ匠の技と言って良いほどの凝りまくった盛り付けで、色合いにも下品さは無く上品さと遊び心を感じられる一品である。

 文句なんぞつけたら罰が当るというものだ。

 

 「-問題でも?」

 

 口では丁寧っぽく言ってはいるが、文句あんのか? というニュアンスがバッチリ感じられ、傷付いてるネギノハートにプスプス刺さって痛い。

 いや、文句というかなんと言うか……

 

 「いや、だって……」

 

 「-栄養のバランスも完璧です。

   貴方の体調にもあわせておりますし、

   明日に備えて量も加減させていただいておりますが……何か?」

 

 「何かって……その……このライスは?」

 

 ネギが指差したのは器に盛り付けられている味をつけたご飯である。

 飾りなのだろう、刻みパセリが軽く振られていた。

 

 「-鶏肉と一緒に炊き込み、

   鶏肉から出る肉汁とレモンで味付けしたインドネシアのチキンライスですが」

 

 「じゃあ、これは?」

 

 「-無論、ハンバーグです」

 

 見て解りませんか? と生温かい視線がやはり痛い。

 

 「-系列の良い牛の赤み肉を細切りにし、

   叩いて粘り気を出してから煉って形を整えてオリーブオイルで焼いたものです。

   ソースは一見ケチャップの様ですが、

   トマトピューレを肉汁とフォンドヴォーで味を調えたもの。

   付け合せのパスタも手打ちです」

 

 人参のソテーは焦げ目も無い見事な火加減で作られており、緑や黄色の色は温野菜で彩を整えている。

 ついでに鶉の卵が半熟で半分に切られてチョコンと置かれている。上に掛けられているソースはトリュフソース。其々が一品として楽しめるものの集合体だ。

 確かにコレで文句を言ったら罰も当ろう。

 

 「うん、だけど……」

 

 「-だけど、何でしょうか?」 

 

 料理も盛り付けも文句を言ったらいけないというレベル。

 綺麗だし、小奇麗に纏まっているし、量もほどほど。満足の料理である。

 

 だけど、問題が無いわけではない。

 贅沢にも、問題が無い訳ではなかったのだ。

 

 それらは一つの器に乗っている。

 綺麗にまとめられ、其々が自分のスペースを主張しつつもでしゃばらない見事な配分で。

 しかし、その技術やらは横に置いておく。味やら盛り付けやらが問題ではないのだから。

 

 その食器。

 器の深さ加減や、見た目のユニークさがなんともマッチした茶々姉秀逸の作品なのだ。

 全体が原色の緑で、“窓”や“タイヤ”の部分も下品にならないくらいのレベルにデフォルメが出来ていてなんとも可愛らしい。解りやすく言うと、ハマーが如くぺったんこになったジープの形を想像してくれれば良いだろう。

 

 先に述べたチキンライス、その横には自家製パン粉を粗引きにしたさくさくパン粉のエビフライ。オーロラソースにピクルスや卵を細かく切って混ぜたものが掛かっていてなんとも美味そうだ。

 そして件のハンバーグとパスタ、少な目の温野菜サラダ。これにカワイイ器に入ったコンソメスープとグレープフルーツのフレッシュジュースが付く。

 ご丁寧にも先割れスプーンが置かれているし、チキンライスには『きゅ~ん…』と尻尾垂らして絆創膏貼ってる犬の絵が描かれた旗が立っていた。

 

 「これってひょっとして……」

 

 「-所謂、日本洋食の至高 お 子 様 ラ ン チ です」

 

 彼方にピッタリの負け犬旗付の自信作ですよ?

 そうエッヘンと胸を張って言葉が続けられ、ネギはおちょくられている事にやっと気が付いた。

 

 「あ゛あ゛~~~っっっ 僕は、僕はぁっ!!」

 

 「ああ、ネギせんせーしっかりーっ」

 

 先割れスプーンを握り締めたまま、泣いて転がるネギ。

 

 そんな彼をわたわた慌てつつも労わるのは、のどか一人。その甲斐甲斐しさはダメ夫を支える幼妻のようで微笑ましい。

 小太郎は関わったら飛び火するので見て見ぬふりして我関せずであるし、他の少女ら……特に明日菜はネギの初戦の相手が高畑という事もあってネギを応援し辛くて悶えているし、夕映は呆れて謎ジュースを啜りつつ静観。いや傍観。

 結局、この場には一人しかネギの味方はいなかったりする。

 

 「あ゛~~~っっ どーしよーっっ!!!」

 

 「 せ ん せ ー っ 」

 

 休養の場として貸し与えてもらったハズの城のテラス。

 身体を休めるつもりが、問題の再確認によって心労が更に堪っただけであったのは真に遺憾と言わざるを得ないだろう。

 

 

 

 そして残る少女らはというと……

 

 

 

 「う゛う゛う゛……何でオレが……」

 

 「お兄ちゃん……」

 

 ちょっと離れたテーブルにて、今さっきのネギのように突っ伏している男が一人。

 こちらもまた、溢れ出た涙で鼠(アニメの悪戯ネズミっぽい)を描いていて うっとおしい事この上も無い。

 ただ、ネギと違って膝の上にちょこんと妹と使い魔が乗っかっていて大丈夫? 大丈夫? と労わり続けてくれているのでかなり恵まれてたりするのだけど。

 心の汗がダパダパ溢れ出ても、愛妹と小鹿が優しく拭ってくれるているので癒しの効果はバツグンだ。

 

 「-嗚呼 お義兄様。お労しい」

 

 「-できるなら代わってさしあげたい」

 

 尚且つ、茶々姉ズもそのヘタレ具合を馬鹿にしたり呆れたりせず労わってくれているのでネギよりかなりマシかもしれない。

 というか明らかな贔屓である。

 

 「-もうこうなったら身体を使ってお慰めするしか……」

 

 「-幸い、この城には大きな浴場も大きなベッドも」

 

 「-成る程。確かにお義兄様ならいやらしい事をするだけで元気爆発頑張る牙」

 

 「-大丈夫ですお義兄様。

   茶々丸に頼んでアンダーグラウンドの資料は集めておきました。SMから調教プレイまで幅広く出来ます」

 

 「広 く ね ー よ ! ?

  つか、狭いにも程があるわっ!!

  ナニ!? キミ達の中でのオレのイメージっそれだけなの!?

  エロスに走らないと生きていけない怪奇な変態生物とでも!?」

 

 「「「-??? 違うのですか?」」」

 

 「 あ が ー っ っ ! ! そ の 無 垢 過 ぎ る 視 線 が 痛 い ー っ っ ! ! 」

 

 ――訂正。

 本気で労わってコレなのだから、ネギの方より性質が悪い。

 

 言うまでもなく、このお義兄様とやらは横島である。

 この落ち込みの意味もやはり言うまでもなかろうが、さっきまでの騒動が一因だ。

 

 世界樹の魔力を散らして負担を減らしてあげようという、珍しく余計なお節介を起こしたまでは良かったのであるが結果は最悪。

 圧縮した魔力によって意識を乗っ取られ、よりにもよって“じょしちゅーがくせー”に接吻を迫る変質者へと変貌してしまったのである。

 

 何でもこの世界樹は世界に108ヶ所ある魔力ポイントの一つで、横島知識から言うと冥界のゲートに近いものらしい。

 言うなれば、妙神山から発せられている力をたった一人でコントロールしようとしたようなもの。出来る筈が無いのだ。寧ろ片手間程度の備えであそこまで成功していたという事の方が奇跡。信じ難い事なのである。

 

 「まぁ、惜しかったな。

  だけど成功した方が問題だったぜ?

  そんな離れ業が出来る人間を組織が放って置く訳ゃねぇんだし」

 

 ネギいじりに飽いたか、そんな彼の真向かいの席に腰を下ろす零。

 少年にはからかい一色だったというのに、彼にはこの態度。その扱いの差は如何なるものか?

 ……まぁ、強いて言うなら彼女もオンナだと言う事だ。

 

 それは兎も角として、珍しい事に(彼女にしては)見事なフォローであった。

 ただ、先ほどと同様にテーブルに並べたみょーに使い込んでそうなナイフを研ぎながら、というのがナニであるのだけど。

 

 「うっうっ まぁ、そう考えたら気が楽だけど……」

 

 無論、横島はその程度は気にしない。

 何せじょしちゅーがくせーにキスを迫って追い回していたというイタさ全力全開の記憶の方が圧倒しているのだ。

 

 円が気付いたように、あの時の横島は霊波で持って必死に抵抗を続けていた。

 その所為というかお陰というか、彼にはその時の記憶が残っていたりするのだ。その為にずっと自己嫌悪で悶えている訳であるが。

 

 「まぁまぁ そう気にせんでもええやん。

  おじいちゃんも自分のミス認めてくれたんやろ?」

 

 「うん。まぁ……」

 

 横島の右隣に座っている木乃香が言うように、幸い学園側も自分らのミスをしっかり認めていた。

 彼らが余計な気を回し過ぎず、しっかりと世界樹の魔力について説明していれば横島とてもっと別の方法をとっていただろう。

 

 例えば楓と組ませたら暴走しそうになってもテンションを下げて止められた訳であるし、

 古と組ませてると、やや激しすぎる感もあるがツッコミで止められていたに違いない。

 攻撃は避けられてもツッコミは避けなれないという関西の血がそうさせるのだ。

 

 初見での印象は確かにアレにも程があったのであるが、彼らも考え過ぎていた。

 冷静に考えてみると、最近の彼は妹のお手本になるべくそれこそ命がけと言って良いほど真面目に生活している。

 それを見て自分も感心していた筈なのに……と、厳しいガンドルフィーニですら彼を責め切れなかった。

 

 まぁ、そんなこんなで彼の非はそんなに重くはならず、学園祭の期間中の仕事を増やすだけでのペナルティーで終わる事になったのである。

 そして彼が今ヘタレている理由のもう一つは、騒動直後にその仕事(、、、、)に就かされたからだ。

 

 実のところかなり面倒な仕事だったりする。

 ある意味彼の真骨頂(、、、、、、、、、)ともいえるし、あんな一件の後なので身体を動かしていた方がマシであろうが、心の回復は出来ず仕舞いなのだから学園長もけっこう業が深い。

 

 「私もお手伝いするんレスよ?」

 

 「へぇ…お兄ちゃんのお手伝いかぁ」

 

 「えへへ……」

 

 「ぴぃぴぃ」

 

 「わかっとるよ。かのこちゃんも頑張んねんな?」

 

 「ぴぃ♪」

 

 それでもナナとかのこ がいるだけちょーマシであろう。

 愛妹と小鹿からしても彼のお手伝いが出来、その役に立てるのが嬉しくて堪らないらしいし。

 大体、自分の為に一所懸命になってくれている大好きな兄のお手伝いが出来て文句があろうはずがないのだ。

 

 そして――

 

 「……え、えっと、その……

  ま、前に言った二日目のアレは……」

 

 「え? え~と ま、前に言ったアレって、ま、円ちゃんのバンドのだろ?

  勿論行くよ?」

 

 「そ、そうですか……よ、良かった」

 

 円は円で、彼を挟んだ木乃香の反対側の席で小さくなったり何か頬を染めてたりして初々しく、これまた彼にとっても甘酸っぱく拙い癒しとなっていた。

 それにしても……左右に華を供え、更には膝の上に華の蕾と愛玩動物とは良い御身分である。

 こんな状況&状態にいてこれ以上文句言ったら天罰が下る事間違いなしだ。

 無論、彼自身もそのくらいの事は理解しているのだけど。

 

 で、この城の主であるエヴァはというと、そんなやり取りを耳に素通しさせつつ、またしても木を削り続けていた。

 普通に考えれば、世界樹の魔力が高まるこの時期は、結界の魔力が高まるのだから呪いも強くなって余計に弱体化するはずなのであるが、どういう訳か今年の彼女はそれなりの活動が可能となっている。

 

 流石に全盛期の力は不可能であるが、外界で低級魔法が使える程度までは回復をしているのだから、彼女に掛けられている呪いがどれだけ不条理か解るだろう。

 だがエヴァは、そんな貴重な期間だと言うのに部活の出し物以外は別荘(城)に引きこもったまま、彼女にしては丁寧さを欠く“何となくヒトガタ”という程度に木を削り続けていたのである。

 

 「まぁ、いいさ。

  私の被害が及ばぬのなら軽犯罪法違反をしようと児童買春しようと知った事ではない。

  好きにしろ」

 

 「人 の 話 聞 い て る ? !

  オレを性犯罪者前提で話聞いてない!?」

 

 話半分だった所為か、ポツリと返した言葉も実に適当。ある意味正鵠を射ている為、今の彼には痛いかったりするが。

 半泣きで否定してみても聞く気が更々無いので鼻先で笑われるだけだし、尚且つ邪魔するなと起こられる始末。踏んだり蹴ったりだ。

 

 とは言え、エヴァがそんな作業に集中している原因も横島が生み出したもの。

 魔力による暴走もそうであるが、彼という世界の異物と関わり、零という半成功半失敗の存在を見せてしまった事が招いた結果と言えるのだから。

 何せその過程を経て“とある計画”を思いつかせてしまったのだから。エヴァはそれにかかり切りで忙しく、一々泣き言を聞いていられないのである。

 エヴァからしてみれば千載一遇のチャンス。邪魔する方が無礼といえよう。

 

 何様だという説もあるにはあるのだが……まぁ、それは兎も角。

 

 そんなこんなで心身共に疲労してしまった横島とネギは、エヴァの許しを得てここレーベンスシュルト城でタレていたという訳である。

 特に異様に高いテンションの初日の人ごみを四回(、、)も味わっているネギはヘトヘトのぷーだ。

 尤も、ラストの四回目は朝の四時までクラスの女子達とバカ騒ぎをしていたのだから自業自得である。

 

 ――しかし、だからと言って、

 

 「ほほぅ 拙者らを見てみぬふりでござるか……」

 

 横島の方が気が楽という訳ではない。

 

 地の底から響いてくるような声音に、横島の身体がビクンと震えた。

 

 いや確かに彼は落ち込んでいたし、強いショックを受けて悶えてもいた。だが、少女らに魅かれている自覚もちょっとばっかしあったりするので、実のところ普段よりは苦しんではいなかったりする。

 

 何より可により彼を苦しませていたのは、こんな殺気をおもくそ向けてくださっている楓と古の二人だった。

 

 ぶっちゃけると、児童っぽい逃げ方。都合が悪くなった時の『ああっ お腹が痛いっ』というアレに近い。

 それで何とか誤魔化しきれると思ってたりするところがこの男らしいと言えなくも無いのだが。

 無論、ンなコトで誤魔化せる訳が無いのだけど。

 

 女の子形態やグミ形態で膝に乗って甘えるナナは何時もの事なので誰も気にしたりしない。小鹿も今更感満々だ。

 何となく羨ましそーに指を咥えてみてる見てる者(一部の茶々姉含む)もいるが、まぁそれは横に置いといて。

 エヴァに弄られ、線が四,五本切れたよーな言動をかます茶々姉ズに追い詰められるのも、納得し難いだろーが何時もの事だ。

 

 こんなごっつい目で見られている理由。

 ぎんぎろりんと睨まれている理由。

 それは彼を挟んで左右に座っている少女二人の件。右に木乃香、左に円が座っている事だ。

 

 いや、単に座っているだけなら(悔しげではあるが)そんなに気にはしない。何せ自分(ら)は従者契約をしているパートナーなのだから。ウン。悔しくない。絶対に。

 だが、その二人が横島との間に隙間無くぴったりくっ付いて座っているのは如何なものか?

 

 おまけに円とかにしても昨日までそれなりの距離を置いていたにも拘らず、件の騒動後にはなんつーか……初々しい恋人同士? そんな彼女っポイ空気を纏っているのである。

 そりゃ文句や怒気や暗黒闘氣も湧き出すというもの。

 瘴気、とまでは行かないがそれに近い怒気に恐れ戦いていた横島は、必死こいて眼を背けていたのであるが……そんな行為かましたところで解決に向ってくれる訳がないのである。

 

 「まぁまぁ 猫田さんも落ち着かなあかんえ?」

 

 「誰が猫又疑惑の女子高生でござる?!

  いやまぁ、確かに拙者もちょっと思わなくもなかったりしてるでござるが……」

 

 しかし、そんな攻撃を事もなく往なす猛者が一人。

 先の騒動でイロイロと吹っ切れてしまった木乃香だ。

 

 「大体、何でコノカがそんな側にいるアル……」

 

 実際、古もこの有様だというにその怒気をそのまま受け止めてケロリとしているし。

 

 『お嬢様…… 何とお強く……』と等と幼馴染がその成長に涙を拭っていたりするがそれ横に置いておく。

 いやまぁ、これでも横島の元雇い主の女性が放っていたソレに比べたら生温いのだけど、この年齢でこのレベルの怒気を放てるのなら同じ年齢にまで育ったら超えてしまいかねない。そんなのを受け流しているのだから、彼女の才気恐るべしだ。

 

 「ああ、これな?

  くぎみんが霊力いうアレを鍛えよるやろ?

  ウチも使えるかもしれへんさかい練習しよんよ」

 

 アッサリとその怒気も流しているし。やはりコレは瞠目して流石と褒め称えるべきであろうか? 単に図太いだけかもしれないが。

 本当アルか~? とかなり疑わしい古の問い掛けも、『ホンマやで? せやけどウチも始めたばっかやから、くっついとらな力感じられへんのよ』と返している。

 鋭い攻撃をカキーンと跳ね返す即答である。真偽は兎も角、そう言われれば黙る他ない。

 

 「……では、何故にいきなりそんな修業始めたでござる?」

 

 「んー……」

 

 楓のツッコミも軽く受け、テーブルに置いてあるお茶のお菓子……本日はパルミエ……を取り、ぱくっと噛んでから答える。

 

 「ほら、今さっき横島さんが言うとったやろ?

  魔力に乗っ取られて暴走して暴れてもたーって」

 

 暴走して、のセリフ辺りで円がびくんっと反応し、その頬が余計に赤く染まったのだが幸いにも怖い二人は木乃香の話に集中していて気付いていなかった。

 傍で見ていた刹那は偶然気付いて、ハテ? と首を傾げていたがそれだけである。

 因みに横島もちょっと赤かったりするのだが、こちらは顔を伏せていた為にやっぱり気付かれずに済んでいた。耳は赤いけど。

 

 「せやから、霊能力のヒーリングいうやつも覚えられたら、

  その暴走も止められたんとちゃうかなー思ぅたんよ。

  横島さんも、才能あるさかい いけるかもしれへん言うてくれたし」

 

 「「……」」

 

 ……まぁ、筋は通ってる……か?

 あの時、皆して困っとったのに、ウチは足引っ張っとっただけやったしな。と、悲しい笑みを浮かべて俯いたりしてるし。

 流石のしっとマスクレディな二人も、そんな無力さを悔いている木乃香をみれば矛を下げざるをえない。

 納得は仕切れないが、自分らがその場にいてそうなっていれば同様の悔いを持つだろう。

 

 

 だから――

 

 

 だから円は、『……う、上手い』と戦慄していた。

 

 横で座っているから丸見えなのであるが、俯いている木乃香の顔は悔いているそれではなく、下をペロっとだした悪戯っ子それだ。

 何せ嘘は言っていない。現実面、本当にあの時は無力さを悔いたのには違いないのだから。

 

 しかし、仮にそうだとしても別に今からくっ付いている理由にはならない。

 

 円も解っているから言わない。というか“言えない”のであるが、くっ付いているのは『後遺症』だったりする。それも乙女的な意味での。

 言う方も聞いている方も若輩なので穴も見つけ辛いし突き難い。

 そして頭の回転という点では木乃香の方が上だったりする。

 

 横島の恥であるし、暴走して公共物を壊してしまったので説明がし難い。尚且つ、どう考えても無理ではあるのだが、止められずにただ見てる事しか出来なかったので、その無力感から頑張ろうと発起したと言われれば成る程なーと納得するしかない。

 要は実に拙いトコだけ省いた都合の良い話を述べただけであるのだが、そんな理由をスムーズなやり取りの中で行えるのだから木乃香の実力恐るべし。

 

 「だ、だたら、何でクギミーはそんな顔してく付いてるアルか?」

 

 しかし、上手く行ったと思われた次の瞬間、古にちょっと痛いとこ突かれてしまう。

 チッ やっぱり誤魔化し切れんかったかと内心舌打ちをする木乃香。

 

 何せ件の少女は初夜明けの幼妻のような照れ具合で彼にくっ付いてもぢもぢしているのだ。

 昨日までの様子から一転してるのだし、嫉妬は女を名探偵に変えるというくらいだ。気付いて当然だろう。

 尚且つ、そう名指しをされた時に彼女らの視線から赤くなった顔を隠すように横島にくっ付いたのだから更に更に疑念が高まってしまう。

 

 「……どういう事でござる?」

 

 ああ……また剣呑な空気に……と、後頭部にでっかい汗を掻く木乃香。

 かといって円を咎める事も出来ない。何せ自分だってさっきまでそうだったのだから。

 別に色恋沙汰に慣れている訳ではない。こういう時にポーカーフェイスをやり慣れているわけでもない。

 単に早く腹を括れただけなのだ。

 知らぬ間に騒動の渦中にいたり、贄にされ(?)かかったり、と円より揉め事経験が多い為に立ち直りが早くなっているだけなのである。

 

 それでも掛かる状況の説明には二の句が浮かばない。

 幾らなんでも彼女の雰囲気が変わり過ぎているのだ。ぶっちゃけ誰の眼にも“事後”にしか見えないくらいなのだし。

 

 さて、困った。

 流石に『一緒にチューしまくったら、目覚めてもたんやー』とは言えん。

 横島は九割九部九厘殺し……は何時もの事だが、そうするようにウッカリ願ってしまったのは自分らだし、言うとこっちに向うだろう飛び火が痛すぎる。飛び火どころか火山弾になりかねない。

 

 「このか殿……?」

 

 あー あかん。また疑われてきよるわー 等と呑気に構えている場合ではない。

 こういうところが似ても嬉しくもないだろうが、横島と同様に表面上は取り繕えてもはその内面は大焦りで大慌ての全泣き。小さな妖精達がダイコン振りたくっていた。

 まるでマルチタスク思考を行っているかの如く、焦る自分と逃げ道を思考している自分と現実逃避している自分とがキッチリ別れて会議中だ。尤も、思考三分割は見事だが全部が後ろ向きなのはいただけない。

 

 だけど世の無常。

 

 頭の中の思考速度が現実の時間進行に追い抜かれ、ついに楓らが問い詰めようと唇を動かした。

 と、その時――

 

 「けけけけけ まぁ、言い辛いだろうさ」

 

 あ゛ーっ どないしょーっっ と木乃香の中で三分割したはずの思考が同時同様の悲鳴を上げた正にその瞬間、彼女にっとて正に救いの神が訪れた。

 世にも珍しい救世の殺戮女神人形であったが。

 

 「……どういう意味でござる?」

 

 未だじわりとした怒気が放たれてはいるのだが、口を挟んできたのは零である。その程度なら楽しませるだけだ。

 現に今もナイフのエッジを研ぎながら笑顔でそれを受けている。

 嫉妬の波動が逸れてくれたので、木乃香はばふーっと大きく息を吐いて安堵した。

 おのれくぎみん。一人だけ楽しやがってと憤ってもいたが。

 

 そんな彼女の心情が解るのだろうか、零はクククの笑いながら妹から受け取ったグラスを煽る。中はスコッチ、肴は木乃香らのド苦労らしい。

 今までのやり取りが面白かったのだろう、楽しげにアルコールで口を湿らしつつけけけと笑う。

 そのおちょくるような所作に楓らのイラ付きも上がるが、やはり気にもしていない。

 まぁ、そのまま何も言わないでいるのも義理悪いかと、零はもう一度アルコールで咽喉を湿らせてから言葉を続けてやった。

 

 「お前らみてぇな氣の使い手の言うチャクラの位置には、霊能でいう霊的中枢が“実在”する。

  それはもう知ってんだろ?」

 

 「それがどう……」

 

 「お前らも覚えがあんだろ?

  “そこ”に霊波が注がれたら、ドえらい気持ちイイんだよ」

 

 そう言われ、怒りの顔色を一瞬で別の意味合いの赤に変えて火照る二人。

 当時はそんなに気にしていなかった事であるが、霊能力の訓練を受け始めた頃は下腹の奥から頭頂から抜けてゆく霊波等は、今なら深読みしてしまうと口にも出来ない感覚であった。

 特に古は、霧魔の一件で身体の自由を奪っていた件のモノを追い出す為に一気に霊力を注がれた事がある。その時の感覚は後から響いてきており、部屋に戻った時には腰が抜けて座り込んでいたりする。

 今ならそれが何か解る。

 手段は違えど段階は房中術のそれなのだ。何せ力が直接伝わってくるのはチャクラなので、男ではなく女の身体ではちょっと拙い。

 

 男で言う丹田の位置は臍の奥に当たるのであるが、女の体の場合は名前も位置もちょっとズレてしまい、臍から指一本下の奥になる。

 些か乱暴に言い切ってしまうと子宮の位置がそれに相当するのだ。

 な訳で、カラダに感じてさせられてしまったものは……ちょっと言い澱まざるを得ないモノだったりする。

 

 因みに楓ら武闘派の二人がこれだけマシだったのは、昔から氣を溜める為にチャクラを意識して使っていたからで、そうでなければ中々ユカイな事になっていたかもしれない。

 もう、ここで言葉に表すのが躊躇われちゃうほどに。

 

 「コイツがこうなっちまったのは簡単だ。

  今まで霊的中枢としてチャクラを鍛えてもらってカラダが横島の霊力に慣れちまってる。

  そんなトコに、魔力で暴走したバカ霊力が入っちまった。

  ま、言っちまったら優し~くされ慣れたカラダが、強引にされて何時もより感じちまったってトコだな」

 

 「え……と? そ、それはつまり……」

 

 流石の楓も顔が赤くなり、古もチラチラと円を見てしまう。

 当の彼女は恥ずかしいからだろう、顔を隠したまま。横島と共に真っ赤な耳を曝してはいるが。

 そんな二人を辱められて楽しいのだろう、零はニタリと笑い止めを刺した。

 

 

 「解りやすく言っちまえば、イっちまったって事さ」

 

 「 わ ぁ ー ん っ ! ! 」

 

 

 おもっきりハッキリ言われ、耳を塞いで声を上げる円。

 それでも隣から離れない事が興味深い。

 

 あーあー 聞ーこーえーなーいー と塞いだ手をぱたぱたさせて聞かないようにしている事から、どれだけ恥ずかしがっているのか解ると言うもの。

 零が言ったように円が霊的に齎されたのは快楽であり、尚且つ意識を飛ばされた理由はその向こう側まで押しやられたという事となる。だから身も蓋もないが霊的にも性的にもイッてしまったのは本当である。

 そりゃあ言い難いだろう。色んな意味で。

 ンな事を皆の前でぶっちゃけられてしまった円の心情たるや如何なものか?

 木乃香も南無…と冥福を祈ったのも当然といえよう。自分が槍玉に挙げられなかったという感謝の意味もあったりするが。

 

 「だから今くっ付いてる理由も解んだろ?

  いきなりぶっとい霊力注がれたもんだから、コイツのチャクラにダメージが入ってるっポイんだ。

  だからカラダくっ付けてヒーリングしてんだよ」

 

 その後ろに『お前らみたく頑丈じゃねぇからな』と言葉を続けてケケケと笑う零。

 だがこうまで説明されると『な、成る程それなら仕方ないでござる……か』『納得し難いアルが……』と渋々納得の色を見せるしかない。

 表面兎も角、内的なダメージは計り知れないし何しろ自分らではどうしようもない。この世界でもエキスパートは横島だけなのだ。

 まだブツブツ呟いてるのはナニであるが、どうにかこうにか矛を収める二人であった。

 

 そして――そんな二人を見、安堵するよりも戦慄している少女が一人。

 

 『う……巧い……流石や』

 

 楓らの視界に入らない顔の位置で、自分にウインクをした零を見て木乃香は内心ぐるんぐるんと舌を巻きまくっていた。

 何しろ彼女の言ってる事に嘘は全くないのだ。

 彼女らの経験でもって茶化しつつも説得力のある事実を述べ、一番肝心である横島がどうやって霊力を注ぎ込んでしまったのかは暈しているのだ。

 

 先に経験を思い出させたのは、自分を例にとって方法を想像させる為。二人が顔を赤くしてから告げたのは、思い出せる事に成功したと確信したから。

 そうすれば自分の経験から勝手に過程を想像する事だろう。それを読んだ上での説明だったのである。

 

 『恐るべし零ちゃん……

  ウチはただただ感心するのみや』

 

 木乃香は、これは見習わなアカンなー 等と身内が知ればその先行きに不安に感じてしまうであろう事を考えていた。

 横島はというと物凄い安堵の溜息を吐いてたりする。具体的には、ぶっはぁぁああああああぁあ~………っっ

 無論、コレで終わった訳ではない。この所為で始まる訳であるが、精神衛生上、今は見て見ぬふりに限るのだ。

 

 これで貸し一つな。

 という零の眼差しも全力で見ないフリしつつ。

 

 

 

 

 「そ、それで、ナナちゃんは何をするの?」

 

 「え~と……

  学園内のお掃除レス。使った釘も抜かなきゃいけないんレスから」

 

 「釘?」

 

 何とか場が落ち着いてきたので、空気を換えようと気を使ったのかナナに問い掛けた明日菜。

 そんな彼女に帰ってきた釘を抜く、と言うやはり意味が解らない。

 

 『……世界樹のポイントと、教会跡とを霊的に繋げていた依代だ。

  それを使って魔力ポイントから魔力を吸い上げようとしていたのだ……』

 

 そんな彼女の疑問に、今まで沈黙していた心眼がそう説明してやる。

 しかし、つらつらと語る調子はどこか不機嫌で硬い。

 

 「そ、そうなの? よく解んないけど、そんな事できるの?」

 

 『できる、筈だった。実際、途中までは成功していたよ。

  ……妾が世界樹の力のベクトルを読み切れてさえいれば、な……』

 

 そう言ってからまた押し黙る心眼。

 心眼はその生まれからして横島のフォローを第一としている。

 だからして、横島を失敗に導くような愚行は許し難いのだ。

 

 先の失敗は心眼がしなければならぬ事を怠ったが故の結果。防げた筈の事件であり、事態の筈だ。

 注ぎ込まれかかった魔力を逸らせる事も、万が一の事態に対する備えも出来ていなかったという迂闊さ。それを恥じ入り、なかなか気落ちから戻れないのである。

 まぁ、言ってしまえば拗ねてしまっているのだ。

 

 「気にすんなって。

  横島のコト気にし過ぎたジジイどものミスでもあんだからよ」

 

 またまた意外だが、零がそう慰めた。

 この娘、口から出てくる言葉は物騒で剣呑極まりないのであるが、何だかんだで身内にだけは柔らかい。

 茶々姉ズの態度からも解るが、ネギ等は微妙な線引きの中であるけど、横島らはバッチリ自分らの方に組み込んでいるようだ。

 

 『だがな……』

 

 「いや、当事者のオレが言うのもなんだが、零の言い分が正しいぞ?

  世界樹の魔力が告白関係にのみ働くや、フツー気付かんって」

 

 流石に横島も口を出したのだが、零と横島の言い分は確かに正しいだろう。

 世界に12ヶ所ある魔力拠点の一つである麻帆良の世界樹。

 二十二年に一度、世界樹から放出される魔力はある一定の行動,思考にのみ反応し、魔法として発動するのだと言うが……まさか告白等の恋愛行動にのみ反応する等と誰が思いつくというのか?

 

 更に更に、本来なら来年に起こる筈のそれが一年早まって今年発動。

 原因はおそらく異常気象が原因であろうと思われているという。

 

 即物的な願いには反応しないくせに、告白等の恋愛関係には発動し、告白成功率はなんと120%。

 ホンマに魔力の重要拠点なんか? オカルトなめとんか!? と横島がツッコミ入れるのも当然である。

 

 とは言え、説明してないのはお互い様。

 学園側――特に女性職員らは横島の最初の印象から不要な警戒を持ってしまっていたし、横島は横島で件の呪式をお節介だから言う必要はないと判断してしまっていた。

 もうちょっと歩み寄っていれば……と悔むも、後の祭りの良い見本である。

 

 ――或いは……

 

 「まだ壁作ったままなんかなぁ……」

 

 軽い溜息と共に思わず零した言葉。

 呟いた程度だったので、耳に入ったのは周囲の少女らのみ。

 誰が、誰に、という意味合いまでは読み取れなかったのであるが、それだけに彼女らの耳内に重く響き、その心に強く残った。

 

 

 

 

        ******      ******      ******

 

 

 

 

 初日の打ち上げを終え、次の日に備えて仮眠(睡眠ではない事がスゴイ)をしようとベットに入った和美であったが、気持ちが高ぶっているからかそんなに睡眠欲が出てきてくれないでいた。

 クラスの出し物を冷やかしたり、報道部で使う記録写真を撮りに回ったり、果てはクラスメイトに頼まれて出し物の司会を務めたりと大忙し。

 

 何だかんだで走り回っていたようなものなのだが、疲労が溜まって当然なのにテンションに体力が引っ張られているのか元気が有り余っていた。

 それは打ち上げの間も続き、今部屋に戻って仮眠をとろうとしていたというのに眠気が近寄ってくれないとキてる。寝不足はお肌に悪いというのに。

 

 『眠れないんですか?』

 

 「んー まぁ、ね。やっぱ高ぶっちゃってるのかねー」

 

 闇の中、急に虚空から声を掛けられたというのに彼女は驚きもせず返事を返す。

 何の事はない。単に慣れただけだ。

 

 『そーですかー

  私もドキドキします。クラスのお友達とご一緒できるなんて初めての事ですし』

 

 「あはは……

  ま、ヨロシクね」

 

 六十年も浮遊&自縛やってて、尚且つ人に気付かれずにいたというのに負に傾いていない貴重な幽霊。

 それが今虚空にいる幽霊部員ならぬ幽霊級友、相沢さよである。

 

 元々はもっと暗かった彼女であるが、横島に見つけてもらい尚且つ言葉を聞いてもらって夜の居場所すらもらえている今の彼女には以前の暗さは余り見られない。

 夜は暗くて怖いという変り種の幽霊であるし、横島に関わってからは少女らも他称はオカルトに耐性が付いてきているし、彼の読み通り学園の認識阻害結界によって『さよという幽霊なクラスメイトもいるじゃね?』と受け入れられていた事も大きい。今では交代で泊めてくれる娘まで出てきており、死後の人生(?)をそれなりに堪能しているようだ。

 和美もその泊めている者の一人で、それだけではなく彼女は さよの姿がクラスメイト以外の人間には認識し難いのを良い事に報道部の調査部員としてクラブに引き込んでいたりするのだ。正しく幽霊部員。

 だが、要はそれだけ友達として受け入れられていると言う事である。

 

 そして今晩、さよは和美の部屋にお邪魔していた。

 

 楽しげに飛び回っている情景が眼を閉じてても解る。

 人との付き合いが出来るようになった日々が楽しくてたまらないのだろう、日中もよくそう飛び回っているのを目にしているし。

 和美は眠ろうと努力をしながらも、さよの笑顔を想像して笑ってしまう。

 

 だが……そうそう笑っている訳にも行かない。

 いや、あんまり笑ってられない事を思い出した。

 

 『……やっぱり、気になってるんですか?』 

 

 「ん? んー……

  まぁ、ねぇー……」

 

 顔に出ていたのだろう、直さよに突っ込まれた。

 そー言えばこの娘って暗いのが苦手なだけで、目は見えるんだっけ? と、苦笑しつつゴロリとベットの中で寝返りを打ち、枕に顔を押し付ける。

 別にさよに寝顔を見られようと恥ずかしくはないが、どんな表情をしてしまうのか今の和美は他者に悟られたくなかった。

 

 彼女が気になっているのは、今日引き受けたバイトの事である。

 別に危険なものでもいかがわしい物でもない……と思うのだが、後になってから話が美味過ぎる事が気になってきていた。

 

 その仕事というのは、クラスメイトの超に頼まれたアルバイトで、二十年ぶりに復活させたまほら武道祭の司会を一手に行うと言うものである。

 何せ全地区お祭り状態。学園都市全域がアミューズメントパークと化しており、皆が皆してハイになっていて判断力が鈍っている。

 記事になりそうな事に事欠かず、当然ながら和美もどこか舞い上がっていて判断が鈍っていたのであろう、超の申し出を二つ返事で引き受けてしまった。

 イベントそのものも大成功で、ネットで調べてもその注目度は半端ではなく、賞金額の高さもあって和美が想像していた以上の集客数とネット記事Hit数を得ていて、注目度はナンバーワンだといって良い。

 

 それだけならまだ良い。

 流石は麻帆良が誇る何でも天才の超。こんな大掛かりなM&Aを何時の間にか取りまとめ、イベント権まで買収して龍宮神社という場所まで借りてそれは始まった。

 超スゲーっ さっすがーっ そこが痺れる憧れるぅーっ!! と言えるのであるが……

 

 

 何故だろう?

 バックに超がいると言うだけで不安が拭い切れなくなるのは。

 

 

 超の側に付くと決めたからか、彼女は意外なほどあっさりとその目的を語ってくれている。 

 “それ”が彼女の言うとおりならば、成る程確かに一理あるし、何より彼女の言うような事をした方が良いだろう。

 面白そうであり、裏に更に何かあると感じたのでわりと簡単に引き受けた和美であったが、先にも述べたようにジャーナリストとしての勘が今になって不安を膨らませてきたのである。

 

 あえてネギを大会に引き入れた理由は大体解る。

 彼のウッカリさに期待をしているのだろう。

 実力は高いらしいのだが、誤魔化しとかそういった事が苦手…というか下手クソで、気が付けば魔法を使ってる。

 そんな彼だからこそ、その背景も相俟って映えるし目立ってくれる事だろう。

 

 まぁ、策としては間違ってはおるまい。親しい子供を“利用”しようとしているのはちょっとナニであるが……

 

 しかし何だろう? 時が経てば経つほど不安感が増してゆく。

 

 何か大事な事、大切な事を忘れている。気付いていないと勘が訴えている。

 それは自分では気付かない。いや、気付けないもので、だからこそ不安を拭い切れないのだと。

 

 だが誰にどう聞けと言うのか?

 超に聞く事は出来ない。

 やると決めてしまっているし、言葉で表現できない不安があるだけなので、他に彼女を説得するだけの材料がない。

 

 学園側は論外。

 今は反学園側に入ってしまっているし、これまた何がどう不安なのか解らない為、単なる内部告発者として終了する事だろう。

 無論、“あの”超だから告発したところで抜かりがあるとは思えないし。

 いや仮に告発したとしても不安という胸のしこりは残ったままだろう。

 

 『朝倉さん……』

 

 そんな和美を心配しているのだろう。さよの力ない言葉が小さく響く。

 励ましでも慰めでもなかったのだが、それでも彼女のその声で少し腹が括れた。

 

 ジャーナリストの定めとはいえ、面倒な事に首突っ込んじゃったなーと軽い後悔がない訳でもないが、それでも虎穴に入らずんば虎児を得ずというヤツで、入り口でうだうだしてても真実は得られない。

 そう気を引き締める事だけはできたらしい。 

 和美は再度ごろんと寝返りを打ち、さよがいるであろう方に顔を向け、

 

 「ま、しょーがないじゃん。

  ジャーナリストは真実を追うものよ?

  その報道関係者の端くれの内にビビってたらこの先やってられないわ」

 

 と、少しでも彼女が気にしないよう、そして自分にも言い聞かせるよう強気さをアピールした。

 暗闇の中とはいっても、何だか暗いトコは苦手なさよがいる為に灯りはある。だから余り不安の色を見せていない和美の表情が見え、少しではあるが安堵する。

 とは言っても、浮遊霊歴60年程度ではまだ内心を読み取る力は無いのか、或いはメンタル面がローティーンのままだからか、和美が空元気を出していると言う事にまでは気付いていない。

 精々、『ぢゃーなりすとって大変なんですね……』と若干怯えつつも感心してみせるくらいだろう。

 だから和美が内心で自分と同じような不安を抱えている事には気付いていない。

 

 別に横島との付き合いが増えたからではないだろうが、何というか…“勘”がどんどん研がれて来ている気がするのだ。

 その勘が超から勧誘された時から、そして返事を求められた時からずっと警鐘を鳴らし続けているのである。

 

 だったら普通は拒否するのでは? と思うかもしれない。

 というかジャーナリストの卵であるので危険だという勘が働いて進むのは愚行としか思えないのだから。

 では何故、超の申し出を受けたのかと言うと……

 

 「……それにね、危険があるっていう予感は感じないのよ。

  危ないって感じたら幾ら私だって受けないわ」

 

 『そう……なんですか?』

 

 「当ったり前じゃない。戦場カメラマンじゃあるまいし」

 

 危ない予感はしないし、いやな予感も無い。だから受けたのだと苦笑する和美。

 自称とはいえジャーナリスと端くれ。それなりに鼻が利くから危ない橋は渡らないと、アピールして見せる。

 

 そんな彼女を見てようやく安心したのだろう、さよは見て解るほどホッとして胸を撫で下ろしていた。

 

 そんな仕種や暗闇を怖がるところを見ると、やはり幽霊とは思えない。

 おまけに最近は横島と共に昼寝までし、霊波やら霊力やらを浴びまくっているからか、彼女自身も眠くなったら普通に寝るという存在になっていたりする。

 だから友人宅(部屋)を泊まり歩いている訳である。

 

 そんな さよを布団に誘うと、彼女は嬉しげに飛び込んできて和美にくっ付く。

 ナナと共にずっと横島に妹扱いされているからだろうか、何時からか妹ポジションが似合うようになっており、実際に さよが見えるクラスメイトらも妹のように扱っていた。

 和美も、子猫のように甘えてくる皆の妹分に悪い気はしないのだろう、枕のスペースを半分貸してやって一緒に布団を被る。

 

 「じゃあ、明日は早いから寝よっか」

 

 『ハイっ』

 

 

 

 

 

 

 

 寝間着ではなくセーラー服なのはナニであるが、自分という存在の概念が落ち着いたら服装も自分で変えられるようになると横島も言っていたので、今は気にしないようにしている。

 まだ“寝る”という行動を思い出しきれていないからかコントロールが難しく、異様に眠りに付く速度が早いのだがそれもご愛嬌だ。

 

 普通に考えれば幽霊と一緒に寝る事など考えられない。

 ネット等で得た知識によると、幽霊とくっ付き過ぎると魂が蝕まれて心身を壊してしまうとあった。

 だがオカルトのプロフェッショナルを自称する横島によれば、力の源は学校にいる限り生徒達の念から幾らでも湧いてくるし、自己を認識する力が足りなくなりそうだったら自分が与えられるので全然大丈夫なのだそうだ。

 ただ、やたら煤けた表情で、『スターターが異様にハッスルしてるから幾らでも霊力湧いてくるしさー……』と言っていたのが気になったが。

 

 和美はさよが零す『うーん…ムニャムニャ もー食べられないですー……』という、ベタ過ぎるにも程がある寝言に苦笑しつつ、肩からズレた布団を掛け直してやっていると――

 

 「あ、そうか」

 

 何の前触れもなく、何が気になっていたのか思いついた。

 

 超に感じていたのは距離感だ。

 

 それは横島に感じる距離にていて別物。

 彼が距離を置く理由はこちらの身を案じての事であるが、超が距離を置くのはこれとはちょっと違うと気付いたのである。

 

 信用していない、というのではない。

 

 心配していない、というのでもない。

 

 危険を知り、そのくせ入って来ようとするのなら仕方がない。そんな感じに放置されている気がするのである。

 

 無論。それは自業自得であるし、危険に首を突っ込んでゆくのも自己責任だ。

 横島にしても同様であるし、ある程度知られたら仕方がないと割り切って引っ張り込むようにしている。

 

 同じように引き込むのであるが、二人は同じようでいて決定的に違う。

 横島は少女らを危ない目にあわせないよう、過剰なほど危険を教えるのに反し、超は面白おかしく曝すのである。

 こんな事が出来、こんな真似も出来、こんなものもあって、こういう人物がいて、とやたら興味を引かせて世界を広さを匂わせる。あえて隠された道がある事を気付けさせて進ませようとするのだ。

 

 計画の為に壁を取り払おうとする超であるが、彼女は壁を取り払う為に皆との間に壁を作っている。

 

 布団が掛けられるよう、乱れた髪を一般人の自分が直せるようになった さよを見て改めて思う。

 壁を取り払う為に壁を作るという事は、自分達をも『友達』として見れなくなっている。

 こんなに側に寄れるという心地良さをも捨てて。

 

 

 超が見据えている先にあるのはどんな未来か。それは自分では解らない。

 ううん。恐らく言われても理解できないと思う。

 

 だけど……

 

 ぽすんっと枕に頭を沈め、ようやくやって来た睡魔に身を任せつつ和美は今度こそ眠る為に眼を閉じた。 

 不安は途切れないし、予感も続く。

 しかしどうにかなってしまうようなも気もずっとしているのだ。

 だからこそ明日からの大仕事に気持ちを向け直し、和美は夢の世界に意識を沈めていった。

 

 

 

 ――だけどそんな自分達を、

 彼女を、超を救ってくれるのは、

 やっぱり自分達や日常との間に壁を作り、その壁の外から手を差し伸べてくれる人。

 

 

 皆の日常の為に垣根がおもっきり低くし、それでいて強固で堅牢極まりない壁を作ってくれている横島の手だけなのだろうと――

 

 

 




 初荷ならぬ初投稿でございますww
 お待たせいたしました……って、待っててくれる方ってそんなにいらっしゃるのかしらん?

 元投稿の二十六時間目時点で東方proを遊んで(←実はシューター)いたのに、東方二次のシューティングですよ。メインはスイカバーの氷精霊。

 さて、今回のお話も実は価値観の違いをばら撒いてます。
 時間の違いと世界の違いによる価値観の差は如何ともし難い訳で、特に横っちから言えば超のアレは受け入れられません。ウチの横っちは逆行認めない派です。
 理由もきちんとありますのでまた後日。
 理由と理屈が後から押し寄せてくるので大変ですけどw

 そんなこんなで、本戦開始。やっとネタを広げられます。長かった~~~
 ネギ×高畑…は置いといてw 楓が、古が、そして○○が戦います。何てこったい。
 目立つぞ、○○。オリキャラですが(※重要な意味あり)。

 という訳で続きは見てのお帰りです。
 ではでは~

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