多くの観客が行き交い、歓声を上げ、非日常的な祭りを楽しんでいる中、
黒く色を塗られてどこか可愛らしくデザインされた小さなチリトリに、これまた小さな箒でゴミを集めている少女がいた。
白いひらひらのワンピースに赤い靴を履き、これまた白い帽子をかぶっており、斜めに下げているポシェットがなんとも愛らしい少女だ。
やや時期的に早い気もするコーディネイトであるが、それでも十二分にその少女の魅力を引き出している。
それだけではなく、子羊なのか小鹿なのか判別し難い白く可愛らしい動物を連れているものだから余計に目立つ。
事実、観客の中にも足を止めて眺めている者もいるくらいだ。
しかし少女は黙々と、それでいて楽しそうにその
そんな少女であったが、ふいに何かが気になったのか身を起してある方角に顔を向ける。
こんな喧噪の中で何に気付いたというのか。
だが彼女には…彼女
と言っても、この二人(?)だけが聞こえている可能性も無くはない。
何しろ
実際には『聞こえた気がする』程度なのかもしれない。使い魔である動物が同時に反応しているから空耳とは言い難いし。
そこでは武道の大会とやらが行われており、少女の大切な人たちが出場しているので見に行きたいし応援にしたいという思いも持ってはいる。
そう願えば誰も反対しないだろうし、兄も快諾してくれるだろう。
それどころかVIP席とか用意してくれる可能性が高い。とても。
が、今の少女は“お兄ちゃん”のお手伝いをしたい気持ちの方が大きい。
この娘が、
罰当番というか、罰則というか、事前説明をしてくれなかったか学校側に非があるとはいえ、世界樹の魔力を使った騒動を起こしてしまった事実に変わりはない。
当事者つーか被害者である少女らに至っては、『被害? いや御褒美やわぁ』等とエラいボケかます娘もいたりいなかったりするがそれは兎も角。
やっちゃった、やらかしちゃった罰はやっぱ受けねばならぬのだ。体面的にも。
てな訳で、会場から
まぁ、この娘にしても好き好んで怖いお兄さん達のバトルなんぞ見たくないし、お手伝いとかしている方は好きだ。
学園祭時期に入ってからずっと出店でウエイトレスをしているのは伊達ではない。
もちろん皆の応援に行きたい気持ちはあるのだけど、やっぱり
何しろお兄ちゃんのお役にたてるのだから……
「……」
自分を呼ぶ声が耳に入り、はっと我に返る。
振り返るとゴミを入れるカートを押す用務員の服を着た青年の姿。
この辺りのゴミを集め終わったのだろう、移動する為に声をかけたのだ。
少女は声を出して応え、その頭に赤いバンダナを巻いた青年の元へ駆けて行く。
無論、この娘にとっての最速で。
どこか危なっかしい走り方をする少女に付いて、小鹿も駆ける。
一瞬、少女が気にしていた会場に目を向けたのだが、すぐに目を青年に戻して少女に気を使いながら付いて行く。
まだ
————————————————————————————————————————
■二十七時間目:始めの一歩 <弐>
————————————————————————————————————————
踏み込みながら繰り出される掌底。
かと思えば跳躍してからの足刀。
小刻みに、そして素早いラッシュ。
ステージから離れて見ていても、風を切る音すら手数に劣って感じられる。
それほど素早い連撃。
「フッ!! シ…ッ!!」
小刻みに吐かれる呼気の強さからも一撃がどれほどのものか解るというもの。
「はは…っ」
この少女が相手でなければ、の話であるが。
先ほどからラッシュを繰り出す功夫服の青年も確かに只者ではない。
その体躯の大きさからは考えられないほどの軽快さとしなやかさでもって攻め続けている。
成程確かに相当の修練を積んでいるのだろう事が解るというもの。
「
それでもまだ彼女には足りない。
「く…っ」
その声がはっきり聞こえたか、青年は歯噛みをして速度を上げた。
隙は増えるが速度は上がる。
手数で防ぐつもりなのか。
「そーじゃねぇったら」
速度が増した
いや身を沈めつつ青年の足を軽く蹴った。
「うおっ!?」
震脚気味に踏み込んで来たその足が地に触れる直前、蹴り払われたのだ。それは堪らないだろう。
当然ながら体重を掛けてきた脚なのだからそんなに軽く払える訳がない。
その事を彼も理解できたのだろう、その背中が汗でびっしょりと濡れた。
だが当の少女はやや眉をひそめた程度で実に事も無げ。
この程度でおたつくなといった具合。
「おめー拳法やってんだろーが。
なんでピストンみてぇなラッシュしやがんだよ」
等と説教する始末。
だが態度は大きいのだが、それに見合う実力を持っているのは明らか。
何しろ息も絶え絶えの青年に対し、少女の呼吸は些かの乱れもないのだから。
悔しいが相当の実力差がある事を身をもって知った青年。それでも勝負を捨てず構えを小さくしつつ隙を窺っているのは大したものだ。
だがその小さい構え方に少女は小さく舌を打つ。
「アホが。
柔軟殺してどーすんだよ」
瞬間、
「!?」
青年の視界から少女の姿が消えた。
無論、消えたのではない。
小さく
そして戦いの最中での一瞬の隙は余りに大き過ぎる。
「うわっ!?」
パンっと先ほどの同じように足が払われる。
だが今度は逆に…右回転で。
一応は払いも考慮していたとはいえ、逆方向に攻められると虚を突かれてしまう。僅かとはいえ体勢を崩してしまう青年。
だが次の瞬間、そんな彼の脇腹に衝撃が走った。
少女は足払いをしたまま身を捻って拳を入れたのだ。
隙を貫かれ、一瞬息が止まる。
しかしてそれで終わってはくれない。
「か゛!?」
ぱんっと乾いた音が場に響く。
回る軸を腕に変え、膝から突き上げて鞭のように弾き出した足の甲で頬を打ったのだ。
一呼吸の動作で三連。
途切れぬ円の動きだけで少女は彼を圧倒した。
人が起こした旋風。
その一連の動きの後に風が舞い、少女のスカートも再度ふわり持ち上げる。
体格的には小学生にも見えてしまうほどの小柄な少女であるが、何故か年齢不相応な色気があり、先ほどから曝している薄紫色のインナーも異様に似合う。
その不思議な雰囲気と相まってここが舞いの舞台であるかのように錯覚してしまうほどに。
「ったく……
童貞じゃあるまいし前後運動だけクるじゃねぇよ。
緩急くらいつけてみな」
だが口から零れる毒舌はとんでもなく品がない。
何だか似合っている分性質が悪いし。
尤もその理由は相手との実力差から来たものであるからどうしようもない。
何しろ――
『き、決まったー!! これは予想外!!
Aブロック第一戦は意外にも大穴、
絡操 零の勝利だーっっ!!!』
顎への一撃によって青年を意識を飛ばされていたのだから。
ウ オ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ ッ ! ! !
たちまち湧き上がる歓声。
野郎どもが上げる悲鳴に近い歓声はかなりアレであるが、その実力やいでたち(主にパンツ)は観客の目を大いに引き付けられていた。
よく聞けば名前を連呼する男どももいたりする。
「ありゃ?
手加減間違えたか」
まぁ、当の本人は我関せず。
つまんねーとばかりに肩を竦め、観客に向かって笑顔で中指を立ててからステージを後にした。
ウ ォ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ オ ッ ッ ! !
れ゛ー い゛ ち゛ ゃ゛ ー ん゛ ! ! !
……何だかみょーにアレな声援を受けつつ。
「……僕、何かの間違いが起こって奇跡のバーゲンでタカミチに勝てたとしても、
あの人と戦うかもしれないだよね……」
「大丈夫や。
お前に唱える念仏くらい覚えたるさかい」
『フォローする言葉も思い付かねぇ……』
****** ****** ******
「案の定というか思った通りというか……」
「やぱりレイが勝たアルな」
舞台の脇でそう苦笑する楓と古。
言っては悪いが零の対戦相手、大豪院ポチの動きを見てすぐに敗北を確信してしまっている。
いや彼が弱い方かというとそんな事はない。
先にも述べたが、あの年齢にしてはかなり鍛錬しているようだし、試合経験も多そうだ。そうでなければ予選落ちしていた筈だ。
ただ、相手が悪い。
古のように本格的な拳法の修行を行ってる訳ではないし、誰かに武術を習っている訳ではない。
そういった意味では古どころか大豪院にすら劣っていると言えるかもしれない。
が、零の実戦経験の豊富さに敵う訳がないのだ。
それも単に豊富なのではなく、戦って勝ってきた経験が豊富なのである。
主であるエヴァンジェリンは600年を戦って生き延びてきた吸血鬼で、零のベースはその最初の下僕だ。
あらゆる戦闘を、あらゆる命のやりとりを共にし、様々な強者を間近で見、その対策もとってきたのである。
如何に中国拳法が優れていようと、その途方もない経験に対抗するには器が足りていないのだ。
「武の基本ができてなかたら当然ネ。
円の動きできなかたら必ず止まてしまうアル」
「まぁ、零相手では大き過ぎる隙でござるし」
―― この少女らは別として、だが。
時代が生んだ逸材、というよりは異常者と言って良いだろう。
酷い言い様に聞こえるのだが、これが本当に言い過ぎにならないのだから性質が悪い。
例えば楓は中学三年生という若輩で
そして古もこの齢で氣を自在に練れ、踏み込み無しに浸透剄が
刹那にしてもこの年齢にして神鳴流の奥儀が使えるという非常識の範囲なのだが、何と明日菜はそんな刹那の動きに反応できつつある。この間まで完全に素人であったはずの彼女が、だ。
他にもかなり年齢度外視の実力者は多いのだが、よりにもよって同じ時代の同じ場所に寄り集まっている。
意図的な何かを感じなくもないのであるが……
「老師みたいに無駄の無い無駄な動きができる方がおかしいアル」
「ううむ…言い得て妙とはこの事でござるな」
そんな馬鹿げた実力者の内の二人、楓と古。
そして零も含めた三人がかりでも某人物には攻撃を当てられないのだから世の中は不思議で満ちている。
あんなドふざけた回避能力を持っているバカタレを相手にする事に比べれば、大豪院の動きはハエが止まる程度だ。
まぁ、三人ともあらゆる手を尽くして当てようと躍起になっていて、相手も命がけでそれを避けるてゆくものだから双方のレベルが上がってたりするのだが実感はなかろう。
「こう言っては何でござるが相手に同情するでござるよ。
中心が全くぶれず軸を変える独楽……ぞっとするでござる」
零が回転して攻撃した際に、頭頂から腰、重心の中心線は縫いつけたように真っ直ぐだった。
初撃、二撃目も同じ中心線であったが、最後の蹴りの際には回転に全く負荷をかけず軸を腕に変えている。
単に変えるだけならばできなくもないが、回転モーメントに負荷をかけずに滑らかに移動させるのは人間業ではない。
いや実際に人間ではないのだけど、それでも一朝一夕にできる筈もない達人業だ。
尚且つそれでも本気ではないのだからシャレにならない。
シャレにならないのだが……
「そんな本気な私たちが束になてかかてるのに、
それでも相手取てる老師は何なのかと」
「それを言ってはおしまいでござるよ……」
実戦に勝る修行無しという言葉はあるが、
馬鹿らしいほどの妖怪や魔族と戦い続け、どれだけ手加減されていたとしても本物の神から修行の手ほどきを受けているその某人物はどんなレベルに値するのやら。
或いは単に規格外れという事か?
兎も角、何れ彼の全てを感じ取ろうという意気込みがあったリなかったりする二人は同時に苦笑し、舞台から降りてくる零の元に向かって行った。
戦い…というか、零にとってほぼ暇つぶし程度に過ぎなかったじゃれ合いを終え、二人と合流して他愛無い会話を交わしつつ控室に下がって行く。
その間に舞台の調整などを行い、次の試合に備えられたのであるが……
『では続きましてBブロック第一戦!
3D柔術の使い手、山下慶一選手!!
けっこう美形だがそのゲームキャラが如き服装センスは如何なものかー!!??』
「余計な御世話だ!」
成程、司会の言うように細面だがかなり整った顔をしており、中々の美青年である。
しかし何故かノースリーブに黒いスラックスにブーツというゲームキャラのようないでたちであるがコスプレではないようだ。
スリーディメンション柔術というのは耳慣れない武術であるが、隙の無い構えからもその実力がうかがい知れる。
『対しますは謎の男、広野 真!!
飛び入り参加で何もかも謎!!
けっこう渋い男だが実力はどうだー!!??』
対するのはオールバックの青年。
美形とまではいかないが割と精悍な顔立ちをしており、目元は大きめのミラーシェードで隠されている為に表情が読み難い。
これまた黒いシャツと黒いスラックスを着ており、その上から小豆色のコートを纏っていて、これでコートの背に紋様でもあればやはりゲームキャラの様だ。
首にかけている銀のアンク(エジプト)がワンポイントだろうか。
棒立ち…と言って良いほど足に余裕を持たせず伸ばしきっており、胴をがら空きにする不思議な構えをとっていた。
山下と違って余りに素人じみた構えである。
「……」
終始無言。きつく結ばれた口元に変化はない。
だが構えに反して何故か隙はなく、尚且つ奇妙なプレッシャーが放たれている。
山下はその事がどうしても気にかかって仕方がなかった。
「(何だ? 素人の様で玄人の様で……)」
しかしその内心の疑問を押し殺し、中央に向かってゆく。
どちらにせよ試合は始まるのだから。
だが、僅かな距離の移動で、彼は気を取られる事となる。
「なっ!?」
何と広野の足捌きが全く見えなかったのだ。
氷の上を滑るが如く、足音どころか足の動きも認識させず移動して来たのである。
『ではBブロック第一戦!!
F I G H T ! ! ! 』
その動揺の隙に放たれる開始の合図。
ハッと我に返って身構えた山下だったが……
「!?」
彼の目に飛び込んできたのは対戦相手の側頭部。
広野が横を向いた――のではない。
「が…っっ!!??」
広野が尋常ではない速度で、
まるで靠れかかる様に身を
そして移動と捻じり込みという体移動によっての体当たりが山下に叩き込まれたのである。
見た目こそ地味であるが、カウンター気味に入ったその衝撃は凄まじい。
何しろそんなに体格差の無い山下の身体が吹っ飛んだのだから。
それは……中国武術の
シン と静まり返る会場。
無理もない。何しろあまりにも呆気無さ過ぎたのだから。
司会をしていた和美も言葉を失い、ポカンとしていたのであるが自分に向けられた広野の視線に気付くと何とか再起動を果たし、
『き、決まったー!!
始まってしまえば何とも呆気ない。
Bブロック第一戦は広野 真の勝利だー!!』
大きな声で広野の勝利を宣言した。
オ ォ オ オ オ オ ー ! !
流石に先ほどの戦いのような華も何も無かったからか、そんなに歓声も上がらなかったが、それでも広野の実力が理解できたであろう武道関係の生徒らからは感嘆の声が上がっている。
「今のは鉄山靠!?」
「やっべ…実戦で使える奴初めて見たぜ!!」
「マジか!? ゲームみてぇ!!」
「渋く決めたな!! 惚れそうだぜ!!」
等と真に汗臭い。
いやある意味大人気と言えなくもないが。
しかし当の広野はそんな歓声に興味が無いのか、くるりと背を向けてさっさと舞台を後にする。
やや足を引きずり気味なのが妙に印象的な歩き方だ。
司会も相手がけんもほろろなので、『では、舞台調整を行いますので次の試合までしばらくお待ちくさい』等と取り繕う事しかできない。
そんな彼女をやはり無視し 去ってゆく彼であったが、ふと自分に向けられている眼差しに気付いて足を止めた。
顔を向けると一人の少女。
高等部の女生徒だろう、制服に身を包みきちんと帽子もかぶっている真面目そうな少女だ。
だが、その眼差しには怒りが混ざっている。
「あの男……」
広野を睨みつけていたのは高音だ。
いや単に怪しいというだけで彼女はこんな不遜な行為はしない。幾ら教師らにすら堅物だと言われているとしても。
この試合の開催者である超は、予選会での言動や、
当然ながら魔法生徒や魔法教師らも用心はしているのだが、高畑といった実力者も参加して調べているようだが、それでも万全とは言い難い。
だから彼女も調査を買って出たのであるが、何と彼女のパートナーの少女が予選でいきなり敗北してしまったのだ。
高音の
まだ中等部二年であるが、大人しそうな外見に反してアメリカのジョンソン魔法学校でオールAをとった優等生で、この歳にして無詠唱呪文もこなすという実力者だった。
しかし予選の最中、多くの選手らに混じって(見た目は単なる女子高生&女子中学生だったので周囲はかなり戸惑い気味だった)乱戦となっていた僅かな隙に、
「愛衣!?」
何と振り返れば彼女が気を失い、件の広野に抱きかかえられていたのである。
その状況に焦り、そして怒り、人目を忘れ魔法すら展開しようとしていた彼女だったが、そんな高音に広野手を上げて無言で制した。
ふと見渡すと舞台の上に立っているのは自分の彼のみ。
つまり予選はこれで終わっているのである。
流石にこれ以上何かしらの行動を起こす訳にもいかず唇を噛む高音に、広野はぐったりとした愛衣をあずけてきた。
当たり前と言えば当たり前の事で、他ならぬ高音以外の誰にあずけるというのか。
頭に血が上ってそんな事すら失念していた彼女は慌てて愛衣を受け取り容体を診る。
外傷は無い。
しかし魔法的なダメージも見られない。
だが意識は完全に飛んでいる。
かと言って気絶とも違う気がする。
強いて挙げるのなら、何かしらの術を使われているとしか……
ハッとして広野を探す高音。
しかし時すでに遅し。既に舞台を降りた後だ。
それでもあちこち目を向けて必死に探すが、やはり近くにはいない。
高音は、ギリ…と歯を食いしばった。
先日の失態に続き、今度は自分のパートナーがしてやられたのだ。
それも衆人観衆の中、堂々と術を使われて。
「あの男……」
先日の謎の術者との関連は解らないし、下手をすると完全な別件かもしれない。
だが失態が続けばどうしても挽回せねばならないという焦りも出てくるし、何より悔しさは増大してゆく。
それに前回の一件と無関係であろうと怪しい術者に変わりはないのだ。
そしてこの本戦で見つけ出した時も接触する隙も見つけ出せず開始時間となってしまっていた。
だから感情を高ぶりもあって彼を睨む眼差しはかなりキツイものとなってしまっている。
「……」
しかし、そんな高音の感情を知って知らずか、当の広野は彼女を一瞥しただけであっさりと視線を外してさっさと奥に引っ込んでしまった。
路傍の石に気が向いただけと言わんばかりに。
「広野…真……」
ギュッと握りしめた拳を白くし、高音は誓う。
必ず彼の元に辿り着き、その化けの皮を剥がす…と。
そして草葉の陰で見守っているだろう、パートナーの愛衣の為にも絶対に勝ってみせる。
正しい魔法使いを目指すものとして、必ず……っっ!!
「あの…お姉さま……私、死んでませんけど」
「それ以前に 高音クン。調査に来てる事忘れてないかい?」
****** ****** ******
「……」
派手な試合が行われていなかったからか、舞台調整とはいっても幅の広いダスターモップで拭く程度で終わる。まぁ、床の歪み等のチェックもするが。
そこら辺りはプロではないとはいえ、高等部や大学部の専門の生徒ら有志によって行われているのでそつがない。
テープの剥がれや
手早く作業が進められてゆく間も、観客は次の試合への期待を高めてゆく。
A,B共に第一試合はあっさりと終了してしまった訳だが、それは参加選手に実力者が混じった故の事。
つまり本物の強者の戦いを目にする機会に恵まれたという事だ。文句の出ようがないのだ。
ここ麻帆良という土地はその異質さからか妙な人間が集まって来る。
そしてそれは何かしらのイベントに比例して数を増やす。
このような学園都市を挙げてのイベントでは園内はおろか外からも
当然、武闘大会も妙な輩が結集していた。
どう見ても年齢詐称な自称学生どもやら、住所不定 職業:格闘家等、訳の解らぬ者たち。
ぱっと見、小学生にしか見えないが不思議な色香を持っていた零もそうであるし、ミラーシェードをかけたコートの男 広野もそう。
本物を見に訪れた者たちは、前座としか思っていなかった第一戦目からいきなり良い意味で期待を裏切られている。
仮にショーだとしても、思ってた以上に楽しそうなのだ。
次の試合は何が起こる?
次の試合を何を見せてくれる?
どんな戦い方、どんな武術を見られるのか、彼らは皆ワクワクしながらその時を待っていた。
当然ながら参加している選手の方はそこまでお気楽極楽になれる訳もなく、ただ自分の戦いが起こる時に備えるしかない。
先ほどから無言で会場を見つめているネギもその一人だ。
「大丈夫なの? ネギ」
「ぴゃっ!?
って、アスナさん……」
緊張からか、後ろから近寄って来た彼女の気配に気付けなかった彼は、かなり大げさに驚いてしまった。無論、すぐに気を取り直せはしたが。
まぁ、無理もない。彼が戦う相手はあの高畑なのだ。
数年前にちょっとだけとはいえ戦い方等を教えてもらった相手であり、魔法界でも有名な英雄。学園最強クラスで知られるタカミチ=T=高畑である。
魔法使い見習いであるネギにどーせいと言うのか。
未だその実力を目にした事はないが、話だけは以前からエヴァや零に聞いているので想像はつく。
イマジネーションがアレなので『とにかく凄く強い』という程度であるが。
『つっても、小隆起だっけ?
あのオンナよかマシだ。
本気だされたら御主人でも一秒ともたん』
等と酷い言い間違え込みでフォローも入れてはくれている。何の慰めにもならないのだけど。
「やっぱ緊張してるわね?」
「緊張…ハイ。まぁ 緊張は緊張してますが……」
そう言ってから溜息一つ。
明日菜には、ネギの口から落っこちた幸せがクラウチングスタートからのダッシュで逃亡してゆくのが見えた気がした。
「どうしたのよ辛気臭いわね」
「どうしたもこうしたも……
タカミチに全力出された負けるのは良いとして、負けたらマスターらによって全殺し。
仮に何かの間違いで勝てたとしても、刹那さんとか零さんと戦う羽目になるんですよ?」
「あー……」
そりゃ気も重かろう。
高畑はそれなりに手を抜いてくれるだろうからこの試合は良く解らないが、次からが地獄。
負けたらエヴァが嬉々として虐めてくれるに違いないし、零と当たるとしたら戒名を考えた方が手っ取り早い気がする。
マシな進み方もないでもないが、奇跡が起こらないと無理だ。
そして死神が酒にでも酔ってネギの名前を記載忘れをして、ウッカリ決勝に進めたとしても待ってるのはやっぱり死闘。
優勝できたら遠慮なく修行メニューを増やされるだろうし、負けたら負けたで不甲斐無いと言い掛かりをつけられる事だろう。何という理不尽。
「でも、ここで怯えてる方が不味くない?
うっかり零ちゃんに見つかったらエラい目に遭わされると思うんだけど」
「う゛…そ、それは……」
「ホラ、こんなとこでウジウジしない!」
「うぷっ」
元より元気娘の明日菜は、自分が落ち込む時は止めどもなく落ち込む癖に、他人が落ち込むのはかなり気になってしまう性質だ。
二人の出会いは最悪であったものの、打ち解けた今ではこのようにヘッドロックをかけたりして励ます事も少なくない。
やや乱暴気味に見えなくもないが、仲の良い姉弟という間柄がしっくりくる。
「高畑先生に勝てる訳ないんだから、おもっきりやりゃあ良いじゃない。
メドーサさんとかタマモちゃんと戦う時よかマシでしょ?」
「そ、それは…ハイ……」
前者には物理的にエラ目に遇わされ、後者には精神的にエラ目に遇わされている二人だからこそ説得力があった。
特に後者はシャレにならないくらいダメージが心に残る。
何しろ負けた幻覚を味わった幻覚を喰らった幻覚…という、夢だか現実だか何も信じられなくなる攻撃をされた事があるのだから。
「やるだけやって後悔しないよう頑張るしかないじゃない。
どれだけ強くなってるか知る為に高畑先生の胸借りればいいのよ」
「ですね……
そうですね」
彼女の励ましが聞いたか、少しづつ顔色を戻してゆくネギ。
無論、自信ができたとは言い難いが、それでもさっきよりかはずっとマシである。
贔屓目もあっても明日菜は高畑にネギが勝てるとは思ってもいない。
だがそれでも、足掻く事もしない少年を見るのは嫌だった。
空元気でも、僅かにでも前を向いてほしい。
英雄になってほしいとは微塵も思わないけど、自分の行いに後悔をするような人間にだけはならないでほしい。
一人前の魔法使いとやらになれずとも、まっすぐ前に進んでほしい。
そんな良く解らない期待の様なものを彼女はネギに持っているだから。
「アスナさん、ありがとうございます!
僕、がんばります!」
「ふんっ 高畑先生に恥かかさないでよ?」
「ハイ!!」
ようやく笑顔を見せたネギの顔を見、明日菜は我知らず微笑みを浮かべた。
何だかんだ言って心配なのだ。この半人前の弟分が。
「じゃ、私は控えの席から見てるからしっかりね」
「ハイ!!」
もう大丈夫かな、と少年に手を振ってその場を後にする。
柄にもなく激励してしまったとやや照れたりもしているが、今に始まった事ではないという自覚はないようだ。
やや足取りも軽くなっているがそれも御愛嬌というもの。
兎も角、愛しの先生(ネギではない)の応援をする為に控えの場所に移動を始めた彼女であったが――
「?!」
その時、奇妙な視線を感じて振り返った。
「何なの?
私…? ネギを見ていた……?」
視界内に視線の主らしき人物の姿はない。
そして感じた方向は後方。今まで話をしていたネギの更に向こうだ。
位置的に考えられるのはBブロックの選手席辺りか。
次の試合を見る為だろう楓らしき姿も見えなくもないが、彼女のものではない気がした。
単なる直観だが、楓であればもっと柔らかい視線だっただろう。
はっきり言ってしまえば、好意的とは言い難い視線だったのだ。
「私でもネギでもない……?
ううん 何か違う。
ひょっとして――」
私
視線に気付き、様子を窺っている明日菜の死角。
彼女が感じた通り、Bブロックの選手席……の控室に入る入口の陰。
明日菜の様子に首を傾げている楓からも死角になっているその場に男が一人。
彼女が未だ視線の主を探しているのを壁越しに感じ、背をあずけていた壁から身を離して静かにそこを後にする。
やや足を引きずっている感もある奇妙な足運びで、それでいて足音を立てず気配も出さずに控室に進んでゆく。
ずれたミラーシェードを指でついと押しつつ、無言のまま男はその場を後にした。
まるで人目を避けるが如く。
誰の目にも留まらないよう、恰も影の如く……
まだ試合は、始まったばかり――
またしてもごっつ遅くなってしまい申し訳ありません。Croissantです。
研修…とまではいきませんが、お仕事の説明とか受けてるだけで日が進みました。ゴメンナサイ。
さて、ちょっち短めの話ですが戦いが始まりました。
学園祭編は元々地雷だらけでツッコミどころ満載でしたから見直しが大変だったり。
風呂敷の一端が出し易いメリットもありましたが。
てな訳で次はアレです。