「−NIVIS CASUS!!−」
呪文が紡がれた瞬間、ドッと空中に突然大量の氷が出現し、一方向に向って爆発する。
その衝撃波は凄まじいものがあるが、意外にも“的”は健闘してそれを防ぎ切った。
凍気を伴った爆風が襲い掛かるも、杖に跨ったまま器用に右手に出した障壁でレジストしたのである。
それでも完全には防げていないのだろう。
身体の所々が凍り付いており、動く度に氷片が舞い飛ぶ。
杖に跨り空を飛んでいるのは少年。
まだ歳若く…いや、幼いと言っても良い程の。
それでも追撃してくる相手を見据えながら、杖に跨り空を飛ぶ。
追撃者はというと、そんな彼の背を追いつつ、自分の術が抵抗された事に苛立ちも持たず、どちらかと言うと防がれた事を悦んでいるかのように口元に笑みすら浮かべていた。
「ハハハ どうした逃げるだけか。
尤も呪文を唱える隙も無いだろうがな!」
楽しげにその“小さき者”を追うは二体の影。
その一つは闇。
いや、闇の福音と呼ぶのが正しいだろう。
漆黒のマントに金色の髪をなびかせる少女のような異形の者。
それに付き従い空を飛ぶ第二の影は黄緑色の髪の黒い侍女服の少女。
ただし、こちらは両の足でバーニアを噴かせているのだが。
「−…マスター」
加速中にも拘らず普段通りにその侍女が主に…主である金色の髪の少女に話掛けた。
「ん? 何だ?」
狩りを楽しんでいるのか少年の力を楽しんでいるのか解からないが、その少女は鼻歌でも歌いそうなほど機嫌が良い。
「−都市外部でキルリアン反応多数。
魔力の該当波形から式神の類かと思われます」
「ほぉ……? では餌に喰らい付いた馬鹿がいたか」
「−……おそらく」
かなり児戯のような勝負ではあるが、自分の前方を杖に跨って飛んでいる少年は“奴”の息子だ。
だからこそ“目的”以外に純粋に楽しみたいという欲求が生まれるのもしょうがないだろう。
事実、自分は楽しんでいるのだし。
だからこそ、“自分との繋がり”以外の無関係な魔法教師どもに邪魔に入られたくなかった。
だからこそ、侍女にある一つの命令を出していた。あるネタを外部にまけと…
——この日、何者かがシステムクラックを行い、麻帆良の結界が緩む——というネタを……
案の定、馬鹿が引っかかって周囲を調べ、その信憑性の高さから計画を組んで襲撃を掛けてきている。
魔法教師らと魔法生徒らはその対応に追われており、こちらには手が届くまい。
言うまでもなくかなり危ない行為ではあるが、そいつらが狙っているという情報もこっちに撒いているからそれなり以上の警戒を行っていたのも確認済みだ。
『まぁ……結界内に入られるほど危なくなれば私も動くがな……』
等と思ってはいるが口には出さなかった。
「−…マスター?」
「あ…いや、何でも無い」
怪訝そうな顔をする従者の声に苦笑し、彼女は獲物の少年に意識を戻した。
楽しい。
楽しいなぁ……
何年ぶりだろうこんな気分は……
昂揚する気持ちの裏に、ひっそりとした寂しさを感じなくもないが、少女はその気持ちに鍵を掛け、少年の背に意識を戻し、
「Lic lac la lac lilac
来たれ氷精 大気に満ちよ 白夜の国の凍土と氷河を…
CRYSTALLIZATIO TELLUSTRIS(凍れる大地)!!」
魔法を紡いで攻撃を再開するのだった。
さて——
学園都市内でそんな魔法合戦が行われている事等露知らず、ゲートの外では三対多数の肉弾戦が続いていた。
「シ…ッ!!」
下腹から練り上げられた氣が外に向って突き進み、“踏み込み”と“突き入れ”の同時動作と共に相手に突き刺さる。
無論、正確に言えば掌底なので抜き手の様に貫通はしない。
それでも対象は貫かれたと感じている事だろう。それほどの鋭さがあるのだから。
煙と共にそれを喰らった敵が消滅して視界が奪われるも、その攻撃を行った少女は舞でも行っているかのように、華麗に身を回して煙りの向こうから突き入れられた槍の穂先をかわしている。
しかも避けると同時に柄を掴み、“引き”と踏み込みを同時に行ってまたも相手の腹部に掌底を叩き込んで打ち倒す。
攻撃そのものが単調なので避けるのも撃つのも難しくはなかった。
「手応えが無いアル〜 数だけアルね」
しかも彼女の体力が無茶苦茶あって、数十体も屠ったというのに息を荒げてもいない。
「折角オバケと戦てるいうのに、手ごたえ無さ過ぎるヨ」
また出現した相手に肘を入れ、そのまま裏拳も入れつつそう愚痴る。
鎧武者はその二撃の音を同時に聞いた事だろう。
つまらなさそうに級友に眼を向ければ、分身に飽きたのか疲れたのか、楓は攻撃をかわすだけにとどまり、攻撃を中止していた。
「アイヤ 相変わらずアルネ」
相変わらず…というのはその動きの無駄の無さだ。
必要最小限の動きで紙一重に避けているのだから。
う〜む…私もまだまだ頑張らねば……と、一人でウンウン頷き、はたともう一人いた事を思い出して楓と反対側の場所を走り回っているモノに眼を向ける。
「おが———んっ!!」
脱力の余り肩が落ちてしまいそうになるほど情けない悲鳴をあげ、襲い掛かってくる鎧武者の攻撃から逃げ惑っている青年の姿……
涙を振り撒きつつ喚いては避け、避けては喚くを繰り返している。
体捌きもクソも無いその動きは何とも無駄だらけで動きも大げさ過ぎるが、迫り来る全ての攻撃を紙一重でかわしていたりするのだからとんでもない。
無様過ぎる言動と回避する格好がナニ過ぎて理解出来様もないが、実は楓や古以上に相手の攻撃を捌き切っているのである。
楓ですら前日の回避行動を見忘れているようで呆れているのだから、接触を果たして間もないはずの古が気付けずともしょうがないだろう。
だが楓は気付いていない、自分が攻撃した時に出していた氣の盾すら出現させていない事に。
強い男が好みだと豪語する中華娘にとって、その青年…横島は面白そうな男であって惚れる対象とは別の存在なのかもしれない。
「あ、でも優しいトコロはポイント高いアルネ」
等と呟いてみたりもするが、何処まで本気なのだろうか。
ともあれ、こんなおバカなイベントを起こしつつも、ゲートを挟んでの内と外との戦いはいよいよ終盤に差し掛かっていた。
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■三時間目:ナニかがミチをやって来る (後)
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古にしても楓にしても、“氣”を察知できる程の実力者である。
後、この場にはいないが学園公認の狙撃手である龍宮真名は更にその上に“魔眼”を持っている。
その知覚力を持っているからこそ、この三人の隙を突くのは至難の業なのだが……
この横島という青年は知覚系の才能(性能?)“だけ”なら、そんな三人すら凌駕する。
更に彼の本質は天性のトリックスターであり、イカサマ師だ。
その点だけは“向こう”でも信頼されていたのだろう、彼の雇い主すらここ一番で何かを起こし、状況をひっくり返してしまう点を強く買っていた。
だから泣きながら、喚きながら走り回っていたとしても油断をしてはならない。
天界で指名手配を受けていた某邪竜の女性も、それによって何時も飲みたくもない煮え湯をグビグビと飲まされ続けていたのだから。
『敵を欺くなら味方から…』とはよく言うが、彼の場合は『敵を欺くなら味方すら…』なのだ。
時折後を振り返り、追いついてくる鎧武者を目に入れて悲鳴を上げた…ように見える——
前をよく見ず逃げ回り、別の鎧武者と衝突して腰を抜かさんばかりに驚いて四つ足で逃げている…ように見える——
だが騙されてはいけない。
その眼は全然死んでいないのだから。
上級の魔族すら騙くらかして実力を発揮させずに終わらせるのが彼の真骨頂なのだ。
数日とはいえずっと共に居た楓ですらそんな彼の行動に呆れているのだから、“それ”が気付く訳も無い。
この場にいる三人の中では、はっきり言って単なるオミソ。何の為にいるのか解からない。
確かに実力はあるのだが、残る二人も子供である。
これから考えるに研修中の魔法協会関係者…といったところだろう。
喚きながら逃げている男は兎も角、残る二人は“氣”を使っているので退魔業関係なのだろう。式神にも然程驚いていないようであるし。
だが、その戦闘方法は大体見て取れた。
実力者には違いは無いが、万全の態勢では無さそうだ。
時間を消費する戦い方からして、ここに援軍が到着するまでの場繋ぎ程度の実力しかないのだろう。
こちらとしても何時までも遊んでいられないし、他の場での時間稼ぎも早々長く続くまい。ここは一つ一気に片を付けるとしよう。
そして“それ”は使う<式>を組み替えた。
疲労は溜まっていないが、いい加減飽きてきた。
強い者と戦う事を良しとしている古であるから、露払いにしかならない数散らしの作業は暴れられるから良いというだけの事。
当然、飽きも早い。
体重移動だけで相手の懐に肩から飛び込み、その衝撃で動きを止めてから身体を巻き込んで、掌底をぶちかます。
ズドンッ!! という重い音を立てて吹き飛び、背後に居た別の武者を巻き込んで消えてしまった。
弱いし、隙が多いし、脆い。
だから数だけを取り揃えているのか、直にまた影から湧いてきていた。
「ヤレヤレ…」
それでも止める訳にはいかない古は、めんどーアルな…等とゆるりと構えを取ろうとしていた。
正にその時、タイミングが良いというか、最悪というか、
「来たれ雷精、風の精。雷を纏いて吹けよ南洋の風。
『JOVIS TEMPESTAS FULGURIENS』!!!」
「来たれ氷精、闇の精。闇を従え吹けよ常夜の氷雪。
『NIVIS TEMPESTAS OBSCURANS』!!!」
唐突に、途方も無い衝撃が後方から伝わってきた。
「な、何アル?!」
古や楓が知る由もないが、強力な魔法同士がぶつかり合った衝撃波である。
麻帆良内ならばこんな衝撃波でもそれほど認識できず、伝わったとしても落雷程度にしか思わずにいたかもしれないが、ここは結界外。
尚且つ結界が弛んでいる大停電の最中であり、今も淡く掛かっている認識阻害の“外側”なのだ。
だからこそそれを、魔法衝撃を“異質”と認識してしまったのだろう。
そしてそれは致命的に隙となる。
「古!!」
「ほえ?」
何やら焦った友の声に慌てて振り返ったその目前に迫ってくる拳。
微塵も気配を感じられていなかった所為でギョッとするが、かわせられない事も無い。
僅かに首を振って回避するだけで事足りた。
普通なら——
「ぐっ?!」
無意識に使った硬氣功。それができていなければ腹に受けた一撃で意識を刈り取られていたかもしれない。
それでも相当な威力であったが。
「く…」
しかし流石はウルティマホラ優勝者。次の打撃は受けず、腹に喰らった打撃の威力に任せて背後に飛び、その間合いから完全に離れていた。
浮身は出来なかったが、距離だけはとる事ができたのだから重畳であろう。
意外と言う無かれ。古は完全に相手の拳を完全に見切っていたのに当てられたのである。その理由が解からず踏み込むほど彼女は愚かでは無いのだ。
だが、一旦離れてみれば理由は簡単だ。単に当てる手数を増やしていただけなのだったのだから。
「ア、アイヤ…そんな手があったアルか」
正しくその言葉通り。
そんな手があった…つまり、物理的に手の数が多かったのである。
その鎧武者には“脇”からもう二本、手が生えていたのだ。
「油断したアル……」
同じパターンで再登場を繰り返していた事と、背後に発生した魔法衝撃波に驚いた隙を突かれた為、相手の技量を完全に見誤ってしまっていた。
責められはすまいが油断は油断だ。今の一撃が武器であれば、下手をすると命を奪われていたかもしれないのだから。
「く…」
楓は風車手裏剣を旋回させ、古の正面にいる鎧武者に向って投擲する。
唸りを上げて飛んで来た大型手裏剣。
目標の鎧武者はそれに反応できなかったのだが、
もう一体現れた別の鎧武者が何と両の手で挟み込むようにそれを受け止めていた。
「?!」
倒すというつもりで、本気で投げたものを苦も無く受け止めた。
という事は、その実力は桁違いといって良い。
だが楓がそう驚く隙すら与えるつもりは無いのか、その鎧武者は彼女から奪い取った手裏剣を楓の投擲の勢いを殺す事無く、何と古に向ってそのまま投げつけた。
「……っ?!」
流石に予想外だったが、古も慌てて回避しようとする。
しかし、膝から力が抜けてガクンと体が傾いた。
『まさか…痺れ薬アルか?!』
正確には“効果”。
この式神の隠し腕の攻撃が命中すると、仕込んであった<式>が発動し、対象の運動中枢を弛緩させるのである。
氣を練っていたのが幸いしてか倒れはしなかったものの、それでも動きが鈍くなっているのだから防げたとは言えまい。
とはいっても余り意味の無い解説だろう。
この攻撃が当たれば最低でも致命傷になる事は間違い無いのだから……
尤も——
「あ…」
「ああ…」
「……痛ぅ〜〜…」
彼がいなければ、の話である。
「な……っ?! だ、大丈夫アルカ?!」
「な、何とか〜……」
痛てて…と表情を歪めたものの、意外に元気そうだ。
横島は式神が何を行おうとしていたかは理解していなかったのだが、天性の勘が警鐘を打ち鳴らしたのだからそれに従ったまで。結果オーライであるが相変わらず規格外だ。
尚且つ、楓すら一歩が限界だったその隙間を物凄い速度で駆け抜け、古を抱き締めて飛んだのだから恐れ入る。
「怪我…は無ぇーか?」
「え? あ……平気アルヨ!!」
「そっか…」
ご丁寧にアスファルトで身体を擦ったりしないよう、腕を背中に回して密着させていたりする。無論、横島の腕の方には擦り傷ができていたが彼は気にもしていない。
抱き締められているという現象を頭で理解できた古が何故か唐突に抱き上げられた子犬のようにジタバタし始めた事に首を傾げつつ、腕から開放して彼女を庇うように前に立ちはだかる。
幸いと言うか何と言うか、その間の追撃は無く、二体の強い式神はこちらの様子を窺うだけに留めていた。
——いや?
「「??!!」」
二体は動かなかったのではない。既に動けなくなっていたのだ。
唐突に式神二体の脇腹がバックリと裂け、そこから式を形作っていた魔力が漏れて塵になった。
その位置は二体の左右対称の位置。丁度二体の隙間を刃が抜けたらこのような感じになるのでは無いだろうか?
『ま、まさか……?!』
愕然として楓は横島に眼を向ける。
考えられるのはあの彼の刃。
氣を凝縮した霊波刀とやらの仕業としか考えられない。
だが彼は何も変わらず痛そうに腕の傷を確認しているだけ。
如何に強くなろうと、如何に凄まじい力を持とうと今一つ自覚が無い……
それこそが彼、横島忠夫という男なのだ。
楓は今こそ昨日の驚愕を思い出し、さっきまでとは違う目で横島を見つめていた。
突き刺さったりはしていないし、霊気でもって防御をしていたのか致命傷は免れている。
それでもじくんじくんと痛むのはどうしようもない事で、目の幅の涙が零れて痛ぇ痛ぇと声には出さない泣きが入る横島であるが、身体に不調の出ている女の子を前に出すほど落ちぶれてはいない。
それに、
『やだなぁ…』
そうと嘆くのも何時もの事。
どのように強くなっても、妙に平和主義というかヘタレなのは変わっていない。
それでも横島の気配は変わって行く。
気を抜けば女の子が怪我をする事を理解したのだから。
「……?!」
そんな彼の背後で、古は別の事に息を呑んでいた。
『何アルか…この背中……』
自分の前に立ち、凄まじい勢いで駆けて来た男の背中。
その勢いによって地面との摩擦で破れたジージャンとシャツ。
そこから覗く彼の背には、大小様々な傷痕があり尚且つ確実に致命傷ともいえる大きな怪我の痕まであった。
逃げ惑うその背に受けた傷痕の可能性もある。
だが何故だろう? 古にはその怪我の一つ一つが、何故か他者を庇った事によって刻まれていった傷だと奇妙な確信が宿っていた。
『闘士……いや、戦士だたアルか?』
武の気配はチリ程も感じられない。
その鍛錬の匂いがまるで無い。
にも拘らず、古は横島に対してそんな印象を持ってしまった。
——と、その程度の事にばかり驚いてはいられない。
「わっ?!」
二体の鎧武者に向って翳された左手に六角形の盾が出現した。
鈍く光っているそれは、明らかに氣を凝縮したモノ。古の目からすれば硬氣功の超最上級版といったところか?
つい今し方までのボンクラ具合が嘘のようである。
「え…○Tフィールド?!」
「メタなセリフ禁止——っ!!」
それでもボケかますのは流石はバカイエローだ。
ちゃんとツッコミを入れる横島も称賛に値する。
しかし、そんなツッコミを入れつつ彼はちゃんと仕事もしていた。
サイキックソーサーは手の前に出現する盾なので、どちらかと言うと野球のモーションではなくフリスビーのモーションに近い形で投げる事となる。
ビュ…と腕を鳴らして投擲したそれは、霊気の固まりなので風の抵抗やらを受けたりせず真っ直ぐ飛んでゆく。
霊気の盾(古達から見れば氣の盾)を出現させるという時点で既に論外だというのに彼はそれを投擲するのだ。初見でそれに反応するのはかなり難しい。
何せ自称ライバルの格闘馬鹿とて回避できずに直撃を受けたのだから——
当然の如く狙ったものに命中するそれ。
そう、高が道路脇の
「…って、イキナリ外したでござる?!!」
「ノーコン?!!」
カッコ良く割り込んでイキナリ攻撃を外せば彼女らとて文句も言うだろう。
しかし彼はちゃんと狙ってたりする。
「ぐぉっ!!」
「へ?」
「え?」
サイキックソーサーが命中した街路樹が紙屑のように破れ散り、黒いコートの男が転がり出てきた。
歳の頃は三十後半くらいか。
短めに髪を刈り込んだ、この時期には不似合いなロングコート姿の細身の中年男性である。
そして街路樹があった場所には札が一枚落ちており、火の気も無いのにしゅうしゅうと白い煙を放っていた。
「街路樹を模した式の中に潜み、気配を押し隠してたんだ。
楓ちゃんにも気付かせてなかったから、コイツの木遁も相当だなぁ…オレも中々見つけられなんだし……」
「え……?」
意外なセリフに楓が驚いた。
と言うか、まさか彼がそんな事をしていたとは思いもよらなかった。
「ゴキブリの様に逃げていただけでなかったでござるか?!」
「単なるボンクラとは違てたアルか?!」
「誰がボンンクラじゃ——っ!! 失礼やど——っ!!」
こういった信用の無さとお笑い担当をさせられるのは運命なのだろうか?
「最初に見た時に式神から霊糸が見えてたんだ。
だったらその糸を辿れば術者の居場所が解かると思ってたんだが……こんな近くに隠れてやがったのか…」
術者と思わしき男は両の足をガクガクと震わせ、それでも何とか立ち上がる事に成功する。
プライド云々より、そのまま転がっていない方が得策と判断したからだ。
言うまでもなく横島は油断なんぞしておらず、その男から眼を離さずに自分の名誉を回復すべく少女らに今の話を語っていた。
尤もそのまま転がっているだけなら、横島も余裕を持ってエゲツなく追い撃ちを掛けていたであろうからけど。
まぁ、そのお陰でエゲツない追い討ちがなかった事によって少女らからの印象が悪くならなかったのだから、双方にとって最良だったのかもしれないが。
それは兎も角として、その男はその言葉を聞き、二人の少女らと共に驚きを見せていた。
何せこの三人は横島が単に逃げ回っているとしか考えておらず、謀られていた事を今初めて思い知らされたのである。
まぁ、横島の…というか、彼の居た職場のオーナーが騙してかわして頭を使って戦うのが王道だったのだ。
何せ相手をする輩は怨霊や妖怪や、魔族等だ。元々のスペックからして人間なんかよりぐぐっと強い存在である。
そういった存在を相手にするのに力尽くばかりでは話にもならないのだ。
無論、力押しもしない訳では無いが、それはそれだけで片が付く時くらいである。
そんな職場で働き続けていた横島だからこそ行えた演技だと言えよう。
「キ、キサマ……俺と式との“繋がり”が……」
「ああ、見えるぞ」
思わず問い掛けてしまった術者の男は、横島の軽い返事に愕然とした。
式神に命じて街路樹の一本を引き抜き、その木を触媒にして式を組み、元の様な木に化けさせて人の眼を謀っていたというのに、目の前の若い男は式神と自分との“繋がり”を辿って発見したというのである。
そんな見つけ方など聞いた事が無い。
「ま、とにかく大人しくしろ。もう勝ち目は無ぇぞ」
そう言って無用心に近寄って行く横島。
繋がりを見つけられはしても断たれた訳ではない。その事にこのガキは気付いていないのか?
術者は、そんな無防備な彼の行動を嘲り、“糸”を通じて自分の式に命を送った。
命令は単純。
−この男を殺せ−
単純だからこそ素早く動ける。
繋がりを持たせ、最低限のレベルでしか自分の意思を持たせず己で操っているからこそ失敗も無い。
それで男は今まで生きてきたのだから。
横島の近くの影から鎧武者…おそらくは古に一撃を入れる事ができたのと同格以上のヤツ…が現れ、横島に襲い掛かる。
その腕の数は四本。
其々に形の違う剣を持ち、兜の面当ては髑髏にも似てその強さも伝わってくる。
しかし世には規格外という言葉があり、それに該当するのは彼…横島だ。
右腕を盾と同様に光らせ、稲妻の様な速度で四方向から同時に迫り来る剣先に向け、無造作に腕を振った。
バギン…という金属音が一つ。
折れたのは四本。
そして断ち切られたのは一体。
「ゴァ……」
吐血するような声を漏らし、出現した時と同様に唐突にその身を霧散させた。
「な……?!」
術者の驚きは如何なるものか。
「な、何アルか………
ハっ?! まさかライト○ーバー?! 理力使いだたアルカ?!」
「ネタも禁止——っ!!」
古のノリは相変わらずだった。
というより、戦いの中で力を見出す事を良しとしている古なのだからテンションを上げているのは当然なのかもしれない。
楓はというと、初めて目にした訳でもないのに、横島の霊力であるエメラルドブルーの輝きに心を奪われていた。
彼に使う言葉としては不適当であり、尚且つ不釣合いで不似合いの言葉であるが、
自分の風車手裏剣すら軽がると受け止めた鎧武者を、手にしていた刀ごと斬り伏せたその霊気の刃を、
『何と美しい輝きでござろうか……』
と見惚れていたのである。
古も似たようなものだった。
彼女が知る強き者は大体がその強さを発してくる。
それは気配であったり、仕種であったりと様々だ。
しかしこの横島には“それ”は全く無い。
確かに異様に高い氣は最初から感じているのだが、使い手である事や強者の気配は微塵も感じさせられなかった。
エラいこき下ろしていたが、古が言っていた通りのボンクラ。
それが相当する印象だったのである。
しかし、その本質は全く違う。
それはその右手の凝縮された氣の色を見れば……とてもよく解かった。
彼は——強いのである。
術者の方はプロだった。
だからこそ油断もしていないし、逃げる算段もずっと練り続けている。
“この仕事”を受けた時は、その内容の容易さから楽なものだと思った。
確かにターゲットには厄介な流派の剣士が張り付いているようだが、その実力はひよっこ。西のバケモノ女に比べれば猫にも等しかろう。
調書から鑑みても、正面衝突を避ければ実に大した事が無いレベルだ。
如何に結界があろうと、補助結界程度なら通り抜ける事も然程難しいものではない。
あちこちで陽動するだけで、警備がバラけるような拠点防衛用の連携がとれていない烏合の衆に何ができようか。
堂々と正面から入るとは流石に思わないだろうし、ゲートにいたのは小娘二人とボンクラそうな男が一人。チョロイものである。
だから一時間程で全ての仕事は片が付く。その筈だった。
だが、蓋を開けてみればどうだ?
ゲートを守っていた少女らは意外なほど強く、わざと手を抜いて造ったとはいえ“式”である雑兵の生き鎧達が手も足も出なかった。
予想通りボンクラは逃げ回っていたのは良しとしても、全然戦力を削れないのは大問題である。
それに時間だけが刻一刻と過ぎて行き、下手をすると情報にあった結界が修復される時間が来てしまう。
そうなると自分の信用も失墜してしまうでは無いか。
だから——
だから自分の本当の手持ちの式神を使用したというのに……恐ろしく容易く葬られてしまった。
男は、今まで感じた事も無い不安を拭いきれず、じりじりと近寄ってくる横島に呑まれ続けていた。
三人の驚きはさておき、横島は今の鎧武者らの事等気にもしていなかったりする。
実のところ伝わってくるプレッシャーにしても、修業場である霊山の門を守っている二馬鹿程度であるし、剣の速度もその修業場の四肢が刃の奴と同程度。管理人の竜神娘の剣速からすれば欠伸が出る。
そんな剣を見切る事は難しくもなんとも無いのである。
近寄ってゆく横島を遮るように間に割り込む新たなる三体の式神。
デザインは今までと同じだが、霊圧そのものがまるで違う。恐らくは強者の部類だろう。
突き出される十字槍、
振り下ろされる鉄棍棒、
横薙ぎに迫る白刃、
今までの鎧武者の速度では無い。
様子見ではないのだから完殺意思が強いのは当然だ。
だが、横島は別段慌てたりしない。
その攻撃の全てが……遅く、尚且つ軽いのだから。
某邪竜の女の三叉槍すら避けている彼はその厄介な“筈”の十字の槍先を切り飛ばし、
白猿神の神珍鉄に比べれば飴細工にも劣る鉄棍棒をあっさりと霊気の盾で受け止め、
霊刀、妖刀でなければ傷つける事も適わぬ霊波の掌によって白刃は止められ、
その“栄光の手”の横薙ぎでその三体は文字通り消し飛ばされてしまった。
「…!!」
楓と古は更に息を呑んだ。
横島の攻撃は荒く、技と言うものがまるで存在しない反射的なものである。
誰かに学んだものであればそういった癖が見え、流れというものが戦いに混ざっているはずだ。
だから何流や何々派というものが見て取れるし、対応も出来るのだが……横島には“それ”が無い。
にも拘らず無駄がまるで無いのだ。
無拍子…という訳でもなく、無意識の一撃でもない。
それでも狙って出したのも間違いは無いだろう。
だが、その一連の流れは思い付いて出したとは考えられない行動であり、それでいて無駄を感じさせない見事なものであった。
言うなれば風か水。
形に囚われず千変万化な状況に対応する恐るべきものである。
まぁ——
「脅かすなボケ!! 死ぬ思たわっ!!」
関西弁で泣いて抗議する彼を見て使い手だと思う変わり者は居るまいが。
しかし、こうなると楓も古も気を取り直し、術者に意識を向けられる。
確かにほぼ無限に湧いて来る鎧武者は難敵であるが、この男がその要である事は魔法を知らずとも何となく理解が出来ていた。
まぁRPGの敵の倒し方のノリで…ではあったが。
二人の技量を観察していた所為で余計に自分の不利を悟る術者。
最早逃げ道はなく、ターゲットの元へ向う術も残されていない。
そしてその微かなチャンスも——
「え?」
「あ…点いたアル」
追い撃ちをかけるように夜の闇を切り裂くように光が灯り、僅かな勝機も消え失せた。
タイムリミットである。
仮に都市内に侵入できたとしても、逃げ出す事は適うまい。
男は、術者として…プロとしてあってはならない失態を演じてしまったのだ。
「く……っ」
こうなるとこのまま撤退する他無い。
恥辱極まりないが、勝負に拘って余計な怪我を負うほど彼は愚かではないのである。
残った式を壁として前に出現させ、懐に手を入れて逃走用の式を引き抜——
「させるかアホ」
——こうとして、首に手刀を喰らい意識を刈り取られてしまった。
術者が意識を無くすと結界外の全ての鎧武者が消失し、
数多くの魔法関係者が何が起こり、何で決着が付いたのか理解が出来ぬまま、その夜の防衛戦は電灯の回復と共に静かな終わりを告げたのだった。
「あ〜……やっぱコレか」
気絶させた術者のコートを剥ぎ取り、一応用心の為に他の装備品を漁ってからロープでなんだか手際よく拘束してゆく横島。
「何で男なんぞ……」
とぶつぶつ文句を言う横島に苦笑しつつ、楓は自分らの担当者である高畑に連絡を入れた。
幸いに携帯は直に繋がり、捕縛者の話を聞いて驚いていた。ちょいと時間が掛かるかもしれないが高畑本人が後で迎えに来てくれるとの事。
後で…というのは、今は“何故か”橋が使えなくなっており、横島らも橋を渡って帰ってはいけないらしい。
だからここで高畑を待たねばならなくなっていた。
別にここで野宿しろと言われた訳でも無いし、魔法合戦もあったようだから揉み消しでもしてんだろ? と解釈した横島の言葉に一応の納得をした楓は、すまなそうに言う高畑に『別に良いでござるよ。でも、なるべく早くお願いしたいでござる』と言って携帯を閉じる。
その間、横島は術者の装備品をチェックしていたのであるが……“それ”は案外早く見つけ出す事が出来た。
「このコートが何アルか?
……うわっ?! 裏地が御札だらけアル」
男が着ていたロングコート。
この季節。夜はまだ多少は気温が低くなる事もあるが、都市周辺は何故かそこそこ暖かい。
そんな暖かくなっている時期にロングコートはやはり異質に映っていたのであるが……
コートの裏側は、びっしりと符が張り巡らされていた。
「これが多分カラクリだなぁ……
式神を呼び出すのに足りない霊力…っと、魔力か。魔力は符に込められている分を使用してたんだな」
「え〜と…電池みたいなものアルか?」
「ああ」
完全にスタンドアローンの式神の大半は、一枚の式神符からは一体しか出せない。
その代わりに同じ格好をしているので見分けがつき難い。尚且つ装備まで揃えているのだから始末が悪く、戦っている相手からすると倒しても倒しても復活する錯覚に見舞われていた事であろう。
召喚に使用する魔力は電池式に符を使用する事でまかない、己の魔力を残さないよう最善の注意が払われていた。
式としての強度も然程でも無い為、そんなに疲れはしないし、楓や古の様な一撃で複数を薙ぎ倒す攻撃方法が限られる者にとっては、数で押してくる最悪の相手である。
横島はその符の中から妙に分厚い紙を一枚引き剥がし、霊気を送って何か調べていた。
「その符が如何したでござる?」
携帯電話を懐に(…胸の隙間か?)にしまいつつ、横島の元に歩み寄る。
側によって来る前に調べが終わっていた横島は、何となくゲンナリとした表情で彼女の問い掛けに答えた。
「……思った通りだよ……“これ”が身代わり符だ」
ほら…と楓の前に翳した大きな符。
郵便封筒より二回りくらい大きな白い紙で出来ており、中に何か入ってる。
大きめの封筒に手紙を入れて封を掛けているのを想像すればお解りになられるだろう。
「身代わり符て、何アルか?」
きょとんとした目で古が聞いてくる。
つぶらな瞳が素直な好奇心を映しているのだが、横島は返答に困った。
説明する=こちらに引き入れるという事なので躊躇は当たり前である。
困った彼は楓に助けてという視線を送るが、楓はニコリとしたまま首を横に振った。
言うな…ではなく、諦めるでござる…の意である事はすんなりと理解できてしまう。
そんな楓の仕種に溜息を吐き、古に視線を戻してまた溜息。
その息はあくまで苦い。
「まぁ、なんだ……名前の通りに身代わりなんだな」
「ほえ?」
<呪>や<式>は術を破られると術者に跳ね返る事がある。それを“返り(かやり)の風”という。
強力な術者であればその反動すらねじ伏せられるのだが、念の為に身代わりを用意する事は普通なのである。
まぁ言ってしまえば、
『オ、オレやないぞ?! コイツや! コイツがやったんや!!』と責任を擦り付ける訳だ。
しっかし……と再度溜息を吐き、横島はその符を両手で持った。
それは丁度引き裂こうする仕種であり、楓は驚いて横島のその手を止めさせた。
「何をしているでござる? それは証拠品でござるよ」
「ああ、そーなんだけどな……」
腕を掴まれた事に不快な顔を見せず、どちらかと言うとやや悲しげな顔で曖昧な苦笑を見せる横島。
「この符……何か膨れてるだろ?」
「え? ま、まぁ、そうみたいでござるが……それが…?」
突然の質問に戸惑いを見せたが、中身を見たいと言う理由で証拠物件を破っては拙いのではござらぬか? 楓はそう口にしようとした。
「中にさ、どうも子供の遺骨が入ってるみたいなんだよね……」
「は?」
楓が言う前に横島が中身をばらしてくる。
ぽかんとする楓であったが、今の言葉が横島から齎されたが故に彼のややこしい表情の意味を悟る事ができた。
彼は無理に笑顔を作っていたのだろう。それが曖昧な苦笑になっていたのだろうと……
「し、しかし、それを破ったりしたらこの男が式神を操っていたという証拠が……」
−確実に減る−
何せあれだけの数を召喚していたのであるし、陽動にも使われている。
無論、スタンドアローンの式神ならばよほどの事が無い限り<返りの風>は発生しないだろう。だからといって“身代わり”を用意してあった事には変わりは無い訳で、楓ら素人目に見ても力を感じられる筆文字で書かれている符はかなり決定的な証拠となろう。
いや横島の言葉通りに子供の遺骨が入っているというのであれば尚更だ。
言うまでもなく、楓の本心から言えば彼がしようとしている事の方を推す。
人道的にも生理的にも外法は受け入れ難い術なのだから。
だがこの件は仕事として受けたものである。
彼の一存で如何こうして良い訳では無い………と思う……
「オレさ……ここに来てこんな生活させてもらってるけどGSなんだよな」
「……え?」
突然、何を言い出すのか。
葛藤を忘れ、彼の顔を見入ってしまう。
立ち位置を変えただけで外灯の明かりで前髪に影が出来て表情が見えなくなっていた。
不思議だが、灯りの無い時の方が表情が見えていた気がする。
「GSってさ、退魔だけが仕事じゃないんだ……
妖怪とか悪霊とかが起こす揉め事を解決すんのが仕事でさ、倒してばっかって訳じゃないんだ」
無論、金をもらっている以上は依頼人に従いもするが、幸いにして自分の雇い主はものごっつい守銭奴ではあるがまっとーなGSであり、所謂“人外”らと共闘する事も当たり前のように行っていた。
そんな彼が懸念しているのは、無理矢理符に閉じ込められて<身代わり>とされている霊が壊れかかっているという事である。
「確かに雇われはしたけどさ、これはオレの…オレらのやり方なんだ」
特に
彼はそう小さく呟きながらビィ…と軽い音を立て、符が引き裂いた。
今度は楓は止められない。
否、止めなかった。
楓も忍者であるから任務を全うする事がどれほど大事か理解している。
任務として受けた以上は、命をとして完遂せねばならないと。
だが——
ふわ……と、破られた符から淡い光が漏れ、横島の回りを舞う。
数にして三つ。三人も閉じ込められていたというのだろうか?
横島の霊気をもらい、楓はおろか古の目にもそれが“それ”として認識できている。
それでもその光はまるで蛍火のように弱々しい。
だがその弱々しい仄かな明かり故に儚く美しくもあった。
一瞬——
その蛍火が彼の顔を通り過ぎた僅かな瞬きの間に横島の顔が見えた気がした。
悲しいような、懐かしむような、それでいて愛おしむような……
「悪ぃなぁ……オレ、
紛い物だけど、勘弁な?」
そう蛍火に語りかけつつポケットから出された彼の両の手の中に何かの明かりが灯っていた。
不思議な色彩で、真珠色とも青色とも見える。
やがてその輝きが増すと、辺りに笛の音が響き渡った。
甲高く、それでいて鈴の音色にも似て優しく、切なく、暖かい笛の音が——
「ああ…いいって。そう気にすんなって。
ほれほれ、母ちゃんが向こうで待ってるぞ」
そう優しげに語り掛けている彼の両の手の中、
『成』『仏』という文字が浮かんでいる。
“珠”に込めるのは飽く迄もイメージ。
彼の中にある成仏のイメージが件の少女の音色だとすると、それはそこで笛の音で持って再現する事もできよう。
霧が霞んでゆくように光が瞬き、速度を上げて天へ登ってゆく。
天に昇ると言う言葉を体現するかのように、三つの…いや、三人の魂はこの世から去って逝った。
どれだけの時間、見上げていた解からないが、三人は走りよってくる車の音に気付いて頭を下ろした。
車種に詳しいわけではないが、何度か聞き覚えのあるエンジン音にそれが高畑の車である事だけは何とか予想がついた。
ああ、迎えに来てくれたのかとボンヤリと考えていたその時、横島はある事を思い出し、この場に居る少女の名を呼んだ。
「あ、古ちゃん」
「な、何アル?」
唐突に名を呼ばれ、夢から目覚めたばかりの様に戸惑いを見せる古。
そんな彼女に横島は、
「悪りぃけど、オレと楓ちゃんの事、皆には内緒にしてくんない?
バレたらひっじょーにマズいのよね。主に給金とかの罰則で……」
と手を合わせて拝んできた。
呆気にとられ、楓に眼を向けると彼女は自分と同じ様な顔をして呆れているではないか。
妖怪変化のような回避能力と、計測しようが無い力量と、死者にすら優しい心を持つ謎の男。
未知なる力を振るう横島忠夫と古との出会いはこうして幕を閉じる。
あの時踏み出した一歩。
その一歩が彼女の居た一般的な道から大きくずれる第一歩だとは……流石に思いもよらなかったが……
「勿論ね。
それにアナタに興味が湧いたアルから迷惑はかけないヨ」
「ちょ、まっ?! ナニその笑い?! なんかものごっつ不穏なんですけど——?!」
「気にしないアルよ。フッフッフッ……」
「ここにはこんな娘っ子しかおらんのか——っ?!」
古は後悔はしない。
別の強さが存在する新しい世界を知ったのだから。
だから笑う。
楽しげに。
このビックリ箱の様な青年に会えたのだから。
「という訳で、これから宜しくアルよ」
古が関わってくる事は間違い無さそうである。
楓は横島よりも先に諦めの溜息を吐き、まぁいいか…とあっさり受け入れていた。
間接的とはいえ、彼女の…古のお陰で横島忠夫という人となりをまた知る事ができたのだから。
アスファルトに突き刺さっていた自分の風車手裏剣を引き抜き、楓も横島をからかいに走る。
“二人”で横島をからかう事が日課…楓はそんな確信めいた事を考えていた。
お読みいただき感謝の極み。
再手直しでも難産でした……
最初の時も横っちを活躍させず活躍させる…それをモットーにしたくて削っちゃ直し、直しちゃ削りの繰り返し。
中身は大人なのに十七歳時の霊力と霊能力しか使えないという設定なので、ごっつタイヘンなのです。
じゃあ、そんな設定にすんなよ!! と言われればそれまでですが……イヤハヤ。
次回は修学旅行前の話です。
長くはありませんが、短くも無いでしょう。多分。
という訳で、続きは見てのお帰りです。ではでは〜