TS娘が幼馴染と恋愛できるわけないじゃん 作:GNTNTN
「うーん……」
凪砂は一枚のプリントの前で唸って、何も書けずにいた。
周囲は大学だ就職だと話しているが、どれも凪砂には想像がつかない。
(卒業後、かぁ……なんも思い付かないな)
まだ高校一年生なのだから、将来の自分なんて想像できなくてもおかしくはない。
担任もまだ転校してきて日が浅いから融通は利かせると言われたが、未だにプリントは白紙のままだった。
「まだ書いてないの?」
凪砂が固まっているとれな子が顔を覗かせる。
れな子のイメージでは、こういうことはスパっと決めてしまう性格かと思っていた凪砂が悩んでいるのは少し意外だった。
「そういうれな子は?」
「進学かなぁ。凪砂は何で悩んでるの?」
「なんか、想像つかなくてさ」
改めて進路希望調査のプリントに目を落とすが、何度見たところで白紙から答えが浮かび上がってくることもない。
「やりたいことなんかないの?」
「そんなことあったらもう書いてるよ」
「それはそうだけど……昔は何かなかったっけ。将来の夢とか」
「将来の夢……」
言われて記憶を掘り返してみる。
幼稚園、小学校、中学校。
そこまで遡ってみても、これといって立派な夢を語った覚えはなかった。
「……お金持ち」
「職業ですらないじゃん」
容赦なく夢を断たれてしまった。
そもそもお金持ちになりたいと思った記憶すらないのだが、何もないよりはマシだろう。
「ゲーム関係とかは?」
れな子から出された比較的現実的な案に、凪砂は少しだけ真面目に考える。
「仕事になったらゲーム嫌いになりそう」
「あー……それはちょっと分かるかも」
「好きなものは好きなままで遊びたいし」
ゲームを作っている自分。
大会に出ている自分。
配信者として画面の向こうに向かって喋っている自分。
どれも想像してみたが、どうにもしっくり来なかった。
それ以前にどうにもならない問題もある。
(大学生の俺、かぁ……)
制服を脱ぎ、私服で大学に通っている自分を思い浮かべようとしてみる。
何も浮かばない。
今のままなのか。
それとも元に戻っているのか。
どこに住んでいて、誰と一緒にいて、何をしているのか。
何一つとして想像が付かなかった。
「凪砂?」
「ん?」
「めちゃくちゃ難しい顔してるけど」
呼ばれて顔を上げると、れな子が少し心配そうに凪砂を見ていた。
「そんなに進路決めるの嫌?」
「嫌っていうか、わかんない」
「じゃあとりあえず進学って書いとけば?」
「そんなノリでいいの?」
「私だってそんなちゃんと決めてるわけじゃないよ。大学行ってから考えるのでもいいかなって」
言っていることはわからなくもない。
ただ、凪砂が同じように進学と書こうとしてもペン先が動かなかった。
「……やっぱ今日は無理」
「頑固だなぁ」
少なくとも今日これ以上考えてもお金持ち以上の案が出る気がしない。
凪砂は諦めてプリントを机の端に寄せることにした。
◇ ◇ ◇
「でも意外だったなぁ」
放課後。
駅へ向かって並んで歩いていると、れな子が唐突にそんなことを言った。
「何が?」
「凪砂があんなに進路で悩むの」
「そんなに人生設計しっかりしてるように見える?」
「悩んだら適当に決めて、そのまま突っ走りそう」
「……否定しにくいこと言うのやめて」
しかし昔からの付き合いだけあって、完全に否定できないのが腹立たしい。
凪砂自身、何かを決める時に長々と悩む方ではなかった。
やると決めたらやる。
嫌ならやらない。
ゲームで使うキャラクターですら性能より先に見た目で決めることもある。
だからこそ今回の白紙はれな子には妙に映ったのだろう。
「本当に何にもないの?」
「今のところは」
「じゃあこれから考えればいいじゃん」
れな子は何でもないことのように言う。
「まだ一年生なんだし、卒業後のことなんて今すぐに決めなくても良いんじゃない?」
「……卒業かぁ」
口から勝手に言葉が零れた。
「ん?」
れな子が不思議そうにこちらを見る。
「いや」
凪砂は少しだけ考えてから肩を竦めた。
「長いなと思って。ゲーム何本クリアできるかな」
「気にするのそこなんだ……」
呆れたようにれな子が笑う。
それを見ながら釣られて凪砂も笑った。
三年。
数字にしてしまえばたった一桁の年数なのに、実際に過ごすことを考えれば随分と長い。
「まあ、進学するにしてもさ」
れな子が前を向いたまま続ける。
「近いところだったらいいよね」
「何が?」
「大学。凪砂も進学するならって話」
「……私と?」
「他に誰がいるの」
当然のように返されて、今度は凪砂が言葉に詰まる。
「いや、大学まで近くにする必要ある?」
「別に同じじゃなくてもいいけど、近い方が遊びやすいじゃん」
三年後まで一緒に居る前提で考えられているとは思っていなかった。
その後もいつもの調子で言い合いながら歩く。
少しだけ気になって、凪砂はれな子の横顔を見た。
「……三年後も幼馴染やってくれるんだな」
「は?」
れな子が怪訝そうに眉を寄せる。
「何その質問? 幼馴染って辞めれんの?」
「いや、知らないけど」
「じゃあ辞め方見つけたら教えてよ」
「何その退会手続きみたいなの」
十年以上続けておいて今更というのも確かに変な話である。
それにしても、れな子にとっては三年経とうが何年経とうが関係ないらしい。
「……そっか」
三年後。
やっぱり、その頃の自分がどうなっているのかは想像できなかった。
ただ、れな子にとってはそこに凪砂がいることが当たり前らしい。
それだけは少し嬉しかった。
「じゃあれな子は三年後どうなってるんだろうね」
「私?」
「大学行ってるくらいしか決めてないんでしょ?」
人のことを散々聞いたのだから今度はこちらの番である。
「まあ……一人暮らしとかしてみたいかも」
「おすすめしないよ」
「一人暮らししてる凪砂が言う?」
「掃除も洗濯もご飯も全部勝手には出てこないからね」
「当たり前じゃん」
その当たり前が面倒なのだ。
今のところ何とか人として生存できているだけでも上出来だと凪砂は思っている。
「でも大学行って、一人暮らしして……」
指折り数えるようにしながられな子は未来を考える。
「バイトとかもしてるのかな」
「今よりちゃんと陽キャになってるといいね」
「今も陽キャだから!」
即座に食い付いてきた。
「クラスカーストトップオブ陽キャグループだもんね」
「そうだよ!」
「自分で言うと途端に怪しくなるんだよなぁ」
「うるさいなぁ!」
転校初日に聞いた時からその自己申告には疑問を抱いている。
そもそも陽キャは自分が陽キャであることを必死に証明したりしないのではないだろうか。
これ以上はれな子の精神衛生上よろしくなさそうなので言わないでおく。
「じゃあ、三年後には恋人とかもいたりして」
「……」
急に静かになった。
「れな子?」
「えっ?」
少し遅れて反応が返ってくる。
さっきまで陽キャかどうかというどうでもいい話に食い付いていた人間とは思えない。
「いや、なんでもない」
「なんでもない人の反応じゃなくない?」
「凪砂が急に変なこと言うからでしょ」
変なことだろうか。
三年後なら高校も卒業している。
今のれな子なら恋人の一人くらい居たとしても不思議ではない。
昔ならそこから揶揄うところだったのだが、今はあまり深く考えたくなかった。
(……もしかしてもう居るとか?)
自分で考えておいて少しだけテンションが下がった。
さようならしたはずの初恋がなかなか成仏してくれない。
「凪砂?」
「何でもない」
「そっちもじゃん」
さっき自分がしたことをそのまま返されてしまった。
れな子が何か言おうと口を開きかけたところで、短い振動音が聞こえる。
「あ」
れな子が鞄からスマホを取り出す。
何となく横目で見ていると、画面を確認したれな子の動きが止まった。
「……」
ほんの一瞬だけ。
すぐに画面を消してスマホを鞄へ戻したが、見るからに何もないという顔ではない。
「誰?」
「ちょっとね」
「ふーん」
何かある。
流石にそれくらいはわかる。
直接顔を合わせなかった中学三年間でもオンラインで話す程度の付き合いは続いていた。
その前まで含めれば十年以上の付き合いである。
れな子が何かを誤魔化している時の顔くらいはわかる。
(なんか悩んでるのかね)
聞こうと思えば聞ける。
けれど、凪砂はそれ以上口を開かなかった。
自分だってれな子に何もかも話しているわけではない。
言わない方が良いことも。
言えないこともある。
(……俺も人のこと言えないか)
それなら無理に聞き出すのも違う気がした。
「凪砂」
「ん?」
「今日って暇?」
唐突にれな子からそう聞かれる。
「バイトないから暇だけど」
「じゃあゲームしない?」
「いいけど」
断るほどの理由もない。
「何やるの?」
「どうしようかな。結構遅くまでやりたいかなってくらい」
「明日寝不足になっても知らないよ」
「その時はその時」
そう言いながら、れな子は先程より少しだけ早足になった。
何かから逃げるように。
そこまで考えて凪砂は首を傾げる。
(……まあ、ゲームしたいならいいか)
考えてもわからないことを延々考えても仕方がない。
それこそ今日一日、ペラ紙一枚を相手にして嫌というほど思い知らされたばかりである。
「じゃあ帰ったら連絡する」
「うん」
駅が見えてくる。
進路は決まらなかった。
三年後の自分も相変わらず想像できない。
れな子が何を考えているのかもよくわからない。
わからないことばかりだった。
「今日こそボコボコにしてあげるから」
「昨日負け越した人が何か言ってる」
「まだ身体に慣れてないだけだから」
「もうそれ何回目?」
その辺りは三年経つ前になんとかしたい。
結局いつものようにくだらない話をしながら、二人は駅へ向かって歩いていく。
少なくとも今日の予定だけは決まった。
三年後なんて遠い未来より、今夜何のゲームをするか。
今の凪砂にはそれくらいが丁度良かった。