カエンジシみたいな父を探しております。ついでにミアレも救います。 作:幽
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ジガルデ・セルを探す傍ら、Fは本当を言うのなら、ミアレシティを歩き回ること自体は、とても好きだったのだと思う。
記憶もないなら、懐かしさも、思い出もないはずなのだ。
なのに、どうしてだろうか?
女の声が空耳する。
バトルコートの前ではポケモンに指示を出す声、カフェの前では何かに感嘆する声、裏路地に入っても時折、女が早く来いと己をせかす声がする。
それは、本当に声だ。
詳しい内容はわからない、おぼろげで、けれど、軽やかで楽しそうな、そんな、女の声がする。
だから、その声を聴きながらぼんやりと歩き回ること自体、嫌いではなかった。
(・・・・あれが、過去の記憶なのだろう。)
Fが犯した罪以外の、男の本当に個人的な何かの一部分。
けれど、Fはその記憶を深掘りしようとは思わなかった。そんな権利など自分にはない。なによりも、だ。
(私がかかわっても、迷惑をかけるだけでしょう・・・)
「泣かせるものではきっとないだろう。」
「何の話でしょうか?」
それは、ホテルに滞在する若者たちが全員あわただしく出かけた、いつかの午後。
Fはおそらく、自分にとって唯一の先達に話を聞くためにホテルを訪れた。
彼はFを歓迎し、茶菓子とお茶を出した。
綺麗な焼き目のついたガレットだった。
「食べないのかい?」
「いえ、けっこうです。」
「そうかい、うちに新しく加わった子が焼いてくれたものでね。おいしいよ。」
「そうですか。」
AZは心底その子供が愛しいのか、顔をほころばせて笑う。
彼の私室に招かれたFはそのあと、いくつかの話をした。
死ねないということ苦悩、AZの功罪、一通り話をした後、老いた男は静かにFに口にしたのだ。
「泣かせるとは、いったい誰のことですか?」
「・・・・私は、ただ、愛したポケモンにもう一度会いたかっただけだ。ゆえに、罪を犯した。だが、それが何よりも彼女を悲しませることでもあった。だから、一つだけ、忠告のようなものだ。」
愛したものを泣かせるものではない。
「・・・・私には、そのようなものはおりません。」
その言葉にAZは静かにうなずいた。
「今は、そうだろう。だが、またできるかもしれない。」
何をそんな荒唐無稽なことを、とFは静かに否定した。
そんな日は永遠に気はしないと。
カヌス、という単語を聞き、Fは自分に誰かの影がまとわりついていることが分かった。
誰かが、ずっと自分の周りで、それこそ懐き果てたポケモンのように笑っている。
けれど、忘れてしまった、思い出せない。
それは苦痛というわけではない。自分にとってなんだったのか。
ただ、己の中に刻み込まれている。
存在はわかっている。けれど、どんな顔をしていたのか、どんな風に振る舞っていたのか、正体の分からないものをつかむようにすべてが遠い。
「・・・ジガルデ、あなたは知っていますか?」
知りもしないことを問うても無駄だと知りながら、Fはそのポケモンに問うた。それに、ジガルデは意外なことにぺろりとFの手をなめた。
そのしぐさの意味が彼には分らない。
頭痛がするのだ。
その、少女のアイリスの瞳を見ていると。
その、少年の黒い髪を見ていると。
黒い髪の中に混ざる、ともしびのような赤い髪。
軽やかに、ミアレシティの中を駆け回る健やかな生き物。
何にも同時に立ち向かう、勇敢な生き物。
ポケモンたちと戦い、勝利する、強い生き物。
誰よりも自由に、他者を助ける、美しい、生き物たち。
(ああ、叶うなら。)
路地裏の、暗がりでもいいから、その生き物たちをずっと見ていたいと愚かなことを考えてしまう自分がいる。
だから、戦うことを決めた。そうだ、それはけじめだ。
その美しい生き物たちへの執着を断ち切るためのそれ。
「・・・これまで戦いとは勝たねば意味がないもの。そう考えていましたが、君たちとであれば心から楽しめそうです!」
口元に無意識に笑みが浮かぶ。
ああ、そうだ。
向かい合わせに見つめる、炎の青と、アイリスの瞳。
何故だろうか、言いようのない高揚感に支配される。
フラダリが繰り出したのは、カエンジシだった。
それにセイカが先行してポケモンを出す。
(ギャラ、ドス・・・・)
「ギャラドス、たきのぼり!」
「カエンジシ、よけなさい!」
突進技であるたきのぼりは、よけてしまえば猶予が少しだけ与えられる。
(その隙に!)
「カエンジシ、ソーラービーム!」
「させない!なみのり!」
突進の後、なみのりのための溜めの時間が必要だった。ギャラドスが倒れると同時に、なみのりで押しのけられたカエンジシもまた倒れる。
フラダリがつぎにフラージェスを出すと、キョウヤがフシギバナを出した。
「ダストシュート!」
キョウヤのそれにFはフラージェスに叫ぶ。
「サイコキネシス!」
自分に向かってくるゴミを弾き飛ばす。それにキョウヤがねむりごなを繰り出した。
眠りでふらつくフラージェスであるが、眠気に勝ち、再度サイコキネシスを繰り出す。
倒れそうになりながら、フラージェスにどくどくを飛ばして退場した。
(最後に状態異常をしかけて退場。見事ですね。)
Fの口元に笑みが浮かぶ。
追い詰められてなお、次のための一手を判断する少年に笑みが浮かんだ。
次に、セイカがルカリオを繰り出した。
ずきりと、頭の奥が、痛む気がした。
ルカリオ越しに、いつかに、自分はそうやって、アイリスの瞳が、自分を見て。
「ルカリオ、ラスターカノン!」
頭痛で一瞬、指示が遅れる。それによってフラージェスが倒れる。なによりも、どくどくでダメージが入っていたのもそうだろう。Fはフラージェスに申し訳なく思いながら軽く頭を振った。
へへ、耐久高くても、どくで削り切りながらすればそこまで怖くないんだぞ!
誰かが、そんなことを、ロゼリアと、笑って。
頭痛がする。それなのに、何か懐かしい、子供のころに読んだ絵本を読み返すような。
泣きたくなるほど懐かしいのは、どうしてだろうか?
オンバーンを繰り出し、空を飛んで攻撃を回避しながらぼうふうを叩き込む。
そうすれば、次に、キョウヤはオーダイルを繰り出した。
見れば鍛えられているのがわかる個体だった。
オーダイルはオンバーンの動きを見切り、そうして、れいとうビームで陥落する。
(・・・・女の、声が。)
Fは頭痛の中、ヤミラミを繰り出した。そうして、彼はあやしいひかりを繰り出す。
「オーダイル!」
混乱する中、オーダイルは攻撃をするが、その間ヤミラミは小さな体躯を駆使してよけていく。その間におにびとシャドークローで削りきる。
ふふん、どうだ!小さな体躯は脆いけど、その分翻弄したら強いだろ!?
そういって、誰かが、ブースターを抱えて、言っていた。
誰だろう、誰だろう?
顔も分からない。でも、泣きたくなるほど懐かしく、狂おしいほど美しい生き物が、笑っていて。
ダストダスは、セイカの繰り出したバンギラスに倒される。けれど、バンギラスもまた相打ちに陥落した。
頭痛がする。けれど、泣きたくなるほどの懐かしさが、ずっと、このままバトルをしていたい。
子どもたちは、泣きそうな顔をしている。
どうしてだろうか?
泣いてほしくない。泣くな、泣くな、何が悲しいのだろうか?
そんな疑問が出てくるのに、それと同時に、子供たちは、笑っていて。
フラダリ!なあ、ほら、そんな顔するなよ!バトルしよう!
夜の淵、酒の入った、年若いいつか、誰かが、そういって、夜のミアレを走って行って。
「・・・・ああ、美しい。」
そうやって、ポケモンと、当たり前のように生きていく世界は、そうだ、美しいもののはずで。
Fは最後のポケモンを繰り出した。
それに、キョウヤもまた、最後のポケモンを選ぶ。
「アブソル!行こう!」
繰り出さされた、それ。
アブソル、白い毛並み、赤い瞳。
けがれない、色。
Fは無意識のように、ずっと、ポケットに入れっぱなしの指輪を取り出した。
へえ、メガシンカかあ。いいなあ。アブソルもできるのかな?
・・・・きっと、君にはできるよ。アブソルと、君になら、きっと。
そうか?でも、メガシンカするための道具って珍しいから手に入らないよなあ。
じっと、見つめる。
キーストーン。
いつかに、母が言っていた。あなたのお嫁さんに渡しなさいと、そう言った、指輪。
かちりと、何かがはめ込まれる。
指輪から光が放たれる。
ギャラドスが光に包まれる。そうして、メガシンカをしたそれの前に、キョウヤが、隣にいた姉の手をつかんで祈るように言った。
「アブソル!メガシンカ!」
白い毛並み、赤い瞳!
美しい、自分を前にして、ギャラドスを前にして、怯えも、震えもしない高貴なレディ!
そうして、その奥で己を見つめる、鏡写しの青と、アイリスの瞳!
「ギャラドス!たきのぼり!」
「アブソル、じゃれつく!」
己に突っ込むギャラドスに、高貴な白い獣は臆しもせずにじゃれついた。
「ああ、そうだ!」
水しぶきが上がる。最後に立っていたのは、アブソルだった。
フラダリ!どうだ!うちのレディは!
そういって、真黒な髪に、アイリスの瞳をした、カヌスが自分に笑いかけた。
(そうだ、いつだって、私たちは。)
ボールに戻したギャラドスにフラダリは穏やかに笑いかけた。
「また、じゃれつくで正面突破されてしまったね。」
ああ、なんて、泣きたくなるほど、懐かしく。
自分を見つめる、二人の子供。
(いとおしいほどに、美しい、生き物たち。)
戦い終わった後、フラダリは静かに二人に近づいた。
「・・・・君たちの心の奥底で燃える信念の炎を感じました。見事な、戦いです。」
「・・・・ありがとうございます。」
「ええ、本当に。二人とも、カヌスによく似ましたね。戦い方までそっくりだ。」
最後の言葉に、二人はゆっくりと目を見開いた。
「もしかして・・・」
「ええ、彼女のことだけは、断片的に。そうして、君たちは。」
「娘です!」
フラダリが口を開いた瞬間に、セイカが叫んだ。
「娘です!私、あなたの娘の、カヌスの娘の、セイカです!こっちはキョウヤ!あなたの息子です!」
叫ぶにつれて、涙交じりに、しゃっくりを混じらせて、セイカは叫んだ。
「お、お父さんに、会えないって、思って!でも、会いたくて!お母さんに、会ってほしくて!だから、だから、私たち、ここまで、ここまで、来たんです・・・」
フラダリはそれに呆然としながら、恐る恐るセイカに手を差し出した。
「・・・・・その、今更とはわかりますが。抱きしめてもいいですか?」
その言葉に、セイカは彼の胸の中に飛び込んだ。
少女が、泣いている。ずっと会いたかった父の腕の中で泣いている。
それをキョウヤは少しだけ離れたところで見つめる。
(ああ、よかった・・・)
この、家出じみた逃避行はセイカから始まった。
キョウヤは、別段、父に会いたかったわけではない。
姉の手前、そう振る舞いはしたがそれはそれとして、今更会って何をするんだろうか?
興味はあれども、彼は結局最初から存在しなかった父というものにそこまで目を向けていなかった。
ただ、ずっと、姉と母に泣いて欲しくなかっただけの話だ。
ただ、姉と母が不憫だった。だからここまで走ってきた。
自分たちを受け入れて、輪の中に入れてくれたミアレシティへの、そうしてタウニーへの恩返しで。
自分にとっては、フラダリのことはついでで。
だから、これはハッピーエンドで。
キョウヤは何か居心地が悪くなって、二人から視線を逸らす。
「・・・・キョウヤ。」
「え?」
「君も、来てくれないかな?」
それに一瞬戸惑う。けれど、わんわんと泣く姉のこともあり、そっと近づいた。
「あの、何か・・・」
「君のことも、抱きしめてもいいですか?」
「え?」
キョウヤは固まる。何か、年上の男性にそんなことを言われる戸惑いがあった。いいや、別に人からの接触自体はそこまで忌避感はない。
カラスバやAZは気軽に触れてくる。けれど、フラダリに言われると何か、戸惑いが生まれた。
けれど、姉の手前で断れもしない。
(一瞬、一瞬だけ・・・・)
片方の腕でセイカを抱きしめているためか、もう片方の手が自分の後頭部に添えられる。ぐっと抱きしめられ、フラダリの肩口に顔を押し付ける形になる。
埃っぽいにおいがした。
体がこわばる。固まった。
その時だ、フラダリが静かな声で告げる。
「・・・・ずっと、この子とカヌスを助けてくれていたんですね。私がしなければならなかったことを。」
ありがとう。
静かな声だった。それに、キョウヤの目から、ぼろりと何かが零れ落ちた。
(・・・・なぜだろうか。)
ひどく、嬉しい。
男だとか、女だとか、深く考えたことなんてない。ただ、女ばかりよりも男がいる方がいいことがあって。自分は、それもまた必要だと思っていただけだ。
だから、いない父を恨んだり、苦しんだことはなくて。
別段、誰かにお礼を言われることが好きではないし興味もない。
キョウヤはずっとしたいことをしていただけで。
なのに、どうしてか、今、そういわれることが嬉しくて。
「あんた、ばかだよ・・・・」
キョウヤは、吐き捨てるように、抱きしめられるままに呟いた。
「・・・・すまない。」
「美しい世界なんて。誰かへの救済なんて、望まずに。母さんの傍にいてやればよかったんだ。」
あんたは、馬鹿だよ!!
とどめなく、涙がこぼれる、恋しいと、恨むことも、憎むこともなかった父の腕の中は驚くほどに、温かくて安寧の匂いがした。
「もう、泣き止みましたか?」
「・・・・はい、ごめんなさい。」
「すみません。」
「いや、いいよ。仕方がないよ。」
フラダリはそういって視線を下に向け、そうして、持っていた指輪を二人に差し出した。
「・・・これを。」
「これ、キーストーン・・・」
「彼女に渡してください。ずっと、欲しがっていたから。」
「直接渡せばいいはずだ!」
キョウヤのそれにフラダリは首を振った。
「いえ、今更、どんな顔で会えばいいのか。」
「そんなの!」
「ダメに決まってるでしょ!!」
二人がフラダリに抗議の声を上げている中、それは誰かの叫び声で強制的に終了した。
「待って待って待って!」
「まだ、まだですって!絶対!!」
タウニーの後を追うデウロとピュールもそれに合流した。
「どういうことですか!二人がジョウト地方から遠路はるばる来たのに!」
「そ、そうです!会うべきです!」
「こ、このまま、会わないのはどうかと思います!」
タウニーの抗議のそれに、デウロとピュールはなるようになれと同じように抗議の声を上げた。
「そうだよ、お父さん!」
「そうだ!母さんに、ほら、連絡・・・・」
キョウヤが今のうちに勢いで押し切れとスマホロトムからこのごろまったく見ていなかった、母とのメッセージアプリを開いた。
「うっわ、着信とメッセージの数えっぐ・・・・・あ。」
キョウヤがアプリを確認している中、顔が真っ青になっていく。
「え、どうしたの!?」
「まさか、お母さんに何かあったんですか!?」
デウロとピュールのそれに、キョウヤがやけにぎこちない動きで皆に視線を向ける。
「・・・・俺たち、そこそこ、ミアレで、大騒ぎしただろ?」
「それは、うん。」
「それで、タワーの崩壊の時、その、ミアレの英雄だってSNSで俺とセイカの顔写真で回ったみたいで。」
母さんに、見つかってる。
冷や汗の量が、現在、どれだけ母の怒りが恐ろしいのか理解して、一様に、親に怒られる経験をした子供たちは顔を青くする。
「え、え、みつ、かって?」
「その、最後のメッセージで、ミアレにいるのはわかった。首を洗って、待ってろって。」
しんと、その場が凍り付く。
「で、でも!今、ミアレシティの一件で、飛行機の便少なくて、予約取れないんじゃないの!?」
「そ、そうです!まだ、時間はあります!」
「・・・お母さん、そらをとぶの、地方間飛んでもいい資格持ってるから。多分オンバーンに乗って、来ると、思う。」
「そらをとぶの!?え、あれって今どき個人資格持ってる人いるんですか!?」
「母さん、カントー地方の、ポケモンリーグで殿堂入りしてるから、特別措置みたいなので、許可が下りてる。」
それにタウニーたちはドン引きする。そうして、この二人を育てた二人の母はそれぐらいでなければやってられないのかと納得もする。
セイカとキョウヤは顔を見合わせる。
「どうしよおおおおお!」
「・・・・でも、ここに来た時点で、まあ、こうなることは予想できてたというか。」
そんな二人の言葉に思わずフラダリが近づいた。
「・・・・カヌスはいいとして。問題はレディですね。」
それに二人はびくりと肩を震わせて、フラダリを見る。
「レディ?」
「彼女の相棒のアブソルの、まあ、あだ名のようなものでしょうか?」
「すっごく、怖いの!!」
セイカが叫ぶ隣りで、キョウヤが頭を抱えている。
そんな中、皆の足元で声がした。
「ゼド?」
「あ、ジガルデ!」
「今日も、食事にありつきに来たんですか?」
皆がジガルデに視線を向ける中、キョウヤがはっとした顔をしてジガルデのことを抱き上げた。
「そうだ!」
「え、どうしたの?」
「ジガルデ、お前、ずっとセルの状態で俺たちの近くにいたんだよな?ジョウト地方から。そして、ずっと疑問だったことがある。うちで、時々、お菓子がなくなることがあった。つまみ食いしてただろ!?」
その言葉にジガルデは一瞬沈黙の後、そっと視線をそらした。
「あー!!あれ、あなただったの!?」
「はっはっは!ちょうどいい!ヘイトは拡散させたほうがいい!道連れだ!」
「ぜ、ぜど!?」
ジガルデがばたばたと暴れる中、フラダリが二人に話しかける。
「ふ、二人とも・・・」
「お父さんもだよ!」
「え?」
「母さんと、アブソルに一緒に謝って!!」
叱られたくない!!
子どもの切なる声はそのままミアレシティにこだました。