カエンジシみたいな父を探しております。ついでにミアレも救います。 作:幽
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「・・・・どれがええかな?」
カラスバはぽつりとつぶやき、まじまじと物件の情報が載った紙面を見つめる。
そうして、その後に何をしてるんだろうと紙面を片付ける。
(・・・オレが用意できるもんやないのに。)
カラスバはそんなことをぼんやりと考えた。
久方ぶりにあった、恩人の片割れは、フラダリとは違いそう変わること無くカラスバの前に現れた。
姿勢のよい立ち姿に、雄々しい黒い髪、セイカに似た鼻筋や口元、唯一違うのは鋭い印象を受けるアイリスの瞳だろう。
愛らしい女ではない、自立した、確固たる何かを持った生き物。
「ちび、変わらず元気か?」
男にしては高く、女にしては低い聞き心地のいい声が聞こえる。
「・・・カヌス、ちびはどうなんですか?」
「あー、昔のままに呼んだから。確かに、もう大人になったならだめか?」
その隣で、ずっとしかめっ面で、画面の中であの日のように笑ったことが一度も無い恩人が柔らかく苦笑していて。
ああ、と。
それは、とても。泣きたくなるほどに。
(嬉しい・・・・)
夢だろうかと考える。
その人たちがまたミアレで息づいていることが、彼らの住処として、いつかのように足を動かせば会いに行ける今が、夢のようで。
けれど、日々更新される写真や記録がそうでないことを告げている。
カラスバがぼんやりと見つめているのだって彼らに関係しているものだ。
(・・・こっちは人通りがなあ。こっちは立地的に不便やし。こっちは。)
ああでもないこうでもないなどと考えているのは、物件情報なのだ。カラスバは何をしているんだろうとぼんやりと考える。
(オレが関われることなんてろくにありもせんのに。)
そう、彼はため息をついた。
カヌスたちは現在、ホテルZに滞在している。カヌスとフラダリはどこか適当なホテルをとるとは言っていたが双子が同じ場所に滞在したいと希望し、部屋も余っているからと提案されてそうなった。
けれど、ずっとホテルにいる気はないだろう。
(せっかく、家族水入らずなんやし。)
MZ団は善良ではあるけれど、それと同時に、家族として過ごせるスペースが必要なはずだ。ならば、物件がいる。
もちろん、治安もよく、設備が行き届いた物件が。
(・・・ねーちゃんは設備のええキッチン欲しがるやろうなあ。フラダリさんは本棚が置ける書斎とか?いや、でも、あの人らのポケモンは大柄な子が多いから広いスペースで、頑丈な家。キョウヤとセイカの部屋もいるし。)
ぐるぐると、彼らが住む家の夢想が止まらない。だが、願ってやまない。
大好きな人たちの居場所。
大好きな人たちのいるべき場所。
大好きな人たちの帰ってきてくれる場所。
(治安のええとこ、安全な、場所。それなら、オレの家から近くて、すぐに、駆けつけられるような。)
どこにもいかせないための、檻。
熱っぽく吐き出した息に、カラスバは改めて愚かなことを考えたと自己嫌悪染みた何かが迫ってくる。
分かっているのだ。今のところ、そう言った話は出てきていないが、自分のような日陰者が関われることではないだろう。おそらく、ユカリが手を回すことになるだろう。
(・・・・永住権も、まあ、問題ないやろし。)
元より、人がいなくなっているミアレでは移住が緩和されているし、カロスリーグの殿堂入り記録のあるカヌスは移住を歓迎される。
(でも、ねーちゃん、仕事どうするんやろう?)
もちろん、バトルの腕はそれこそ筋金入りではあるし、今ならロワイヤルで一日に何十万も稼ぐことは出来るだろう。
けれど、元より堅実な彼女がそんな生活を望むとは思えない。
双子も、一旦は落ち着いたミアレでどうにか職に就くことだろう。
(キョウヤはフラダリさんに似て頭がええし。工学の大学、もっかい入学になるんかな?学費ぐらい工面。断られるかな?セイカは調理関係の仕事かな?ねーちゃんと一緒にまた、ビストロとか・・・)
そこまで考えてセイカが懐いているヌーヴォカフェで、母と働く少女の姿を思い浮かべカラスバは不快感に顔をしかめた。
確かに彼らの立場として受入れられる場所ではあるだろう。けれど、けれど、だ。
ヌーヴォカフェのボスであるグリや、同士のグリーズとカヌスの関係は微妙だ。
言っては何だが、カヌスはお世辞にも上流階級の人間であったフラダリの隣に似合う人間ではない。元々、彼女と関わりのあったヌーヴォカフェのメンバーはそれこそ懐くポケモンのごとく、サビ組も似たようなものだが、彼女に群がっていたが。
やはり、二人の目線は複雑そうだった。
ホテル・シュールリッシュでは一旦はセイカたちの友人だと紹介していたが。それ以降は、はっきりとした接触は無いはずだ。
そうだ、きっとまあ気まずいだろう。働き口は別に用意してもいいはずだ。また、
ビストロをするならカヌスの腕ならば十分な出来になるだろう。
もしも、そうするならば出資者が必要では無いか?
ちび、また食いに来たのか?
いつかに、全てが、惨めなこともあれども、確かに宝物のように輝かしいあの日々が帰ってくるような気がした。
自分の作った場所に、完璧な、愛しい人たちが収ってくれる。それはなんて甘美な夢だろうか?
けれど、それが愚かな夢だと言うことも分かっている。
自分には彼らに深く関わる資格は無い。それでもいい。表立って助けられる立場では無いけれど、裏から助けられることならいくらでもあるだろう。
喉元過ぎれば熱さ忘れる。それは残酷なようで、救いでもある。フラダリの犯した罪から五年が経った。それは過去と言えばそうだし、最近と言えばそうだ。
けれど、これが十年、二十年となれば人々はフラダリのことを記憶から、記録にしてしまう。
それまでしてやれることは多いのだ。
(それで十分や。)
カラスバはそう思ってまるで幼い子どもがままごと遊びでもするように、送ることも出来ない彼らの住処として選ぼうとする紙のしまう。
あの人たちが自分の側から離れなければ、カラスバはそれで満足しようと決めていた。
『お前ら、荷物を早く片付けるんだぞ。もうすぐ帰るんだから。』
そんなことを、カヌスが言っているのを聞くまでは。
日々が変わらずに続いていることにグリは心の底から安堵していた。
「グリさーん!」
「はい、なんですか?」
グリは普段は穏やかな印象を受ける笑みを崩して、ひどく甘ったるい笑みを浮かべる。
それは珍しくグリが買い出しからの帰り道でのことだった。軽やかな音と共に自分に走り寄ってくる少女にグリは当たり前のように両手を差出した。
それにセイカは一瞬、ためらうように速度を下げ、けれどすぐに割り切るようにグリの腕の中に飛び込んだ。
「グリさん、こんばんは!」
弾むようにそう言った少女ははにかみながら、けれど男の腕の中に飛び込むことに恥じらいがあるのか頬を染めてにこにこと笑う。
「はい、こんばんは。」
グリはあくまで穏やかに、けれど、心の中でくらくらするような喜びを感じていた。
素直すぎるのも考えものかもしれないとグリは目の前でにこにこ笑いながら、ロワイヤル帰りのセイカを見つめる。
セイカとキョウヤはそこまでスキンシップを嫌がらない。といってもさすがに異性に対してはためらいはあった。
グリーズを入り口に、それならば自分にしてもいいだろうと説き伏せてこうやって抱きついてきてくれるようになったのだ。
そういったことに対して警戒心の強いキョウヤも、グリならばと止めなかったのもあるだろう。
グリはじっと隣を歩く少女を見つめる。
やはり、彼女の母であり、彼の敬愛すべきフラダリの妻に当たる女には似ていると言えたし、似ていないとも言えた。
カヌスの、己と同じ灰を意味する名前の女への印象はなんて粗野な人間だろうかというものだった。
初対面があまりにもどたばた劇すぎたというのものあるだろうが。グリのイメージしていたカヌスという女はもっとセイカに似て愛らしく、朗らかな女性だった。
けれど、蓋を開ければ、なんというかカヌスはとても、粗野な女だった。
いいや、粗野というのも何か違うだろう。
それは、野生のポケモンのような女だった。
動きやすそうな黒い衣服に、頑丈そうなブーツを履いた女は驚くほど静かに歩いた。足音を立てずこちらを観察するような静かで鋭い瞳は、それこそ野生のポケモンのようだった。
粗野で乱雑で、敵意をふくませた、けれどそのアイリスの瞳に浮ぶ理性と言える光が人目を引いた。
どちらかと言えばカラスバのようなアウトローの隣にいる方が違和感のない女だった。
がっかりした、というのは嘘ではない。フラダリの恋した女で、グリの焦がれる美しい生き物たちの母ならば、と期待を裏切られるような思いがないわけではないのだが。
それについて口を出すべきではないと言う理性も存在していた。
けれど、そんな思いが覆されたのはキョウヤから横流しされる写真を見たときだった。
フラダリの隣にいる女は、セイカとよく似た笑みを浮かべていた。
朗らかで、楽しそうで、無邪気な、グリの愛する美しい生き物のそっくりの笑みを浮かべていたものだから。
なるほど、彼女は双子の母親であるのだなあと静かに納得したことを覚えている。
まあ、グリの、カヌスへの印象なんてそんなところだろうか?
何せグリの、フラダリという存在への感情は未だに複雑極まりないのだ。
彼が幸福に笑っていることをよかったと思う心。
彼が全てを忘れてしまったことにどうしてと嘆く心。
彼のなした罪への悲哀。
その三つを当たり前のように抱えているのだ。
抱えているけれど、それ以上に、グリはやっぱり目の前で笑う美しい生き物と出会えた喜びの方が強くなってしまっていた。
世界をよりよき方向に、美しいものになるように、グリは明日も一杯のコーヒーを入れるだろう。その隣に、その美しい生き物がいれば少なくともグリは間違うことはないのだとそんな希望を持っていられる。
「それでですね!グリさん!」
「はいはい。」
しれっとグリはセイカと手を繋いで隣を歩いている。
セイカは照れ照れとしながら、あまりにも自然なグリの仕草になるほどこれは普通なのかと流しているようだ。
それにグリは、セイカのことが可愛くてたまらなくなる。
双子はグリが思った以上に人に対してよく懐いた。今まで、立場が立場のせいでろくろく彼らと親しくならず、助けられた人たちから話を聞く程度しか知らなかったグリは実際に声をかけるようになったわけだが。
双子はとても、なんというか、されるがままになることが多かった。
セイカはグリーズに対して触れたりだとか、抱きしめることに戸惑いがない。
それは女性特有の距離感故かと思っていた。が、あるときのことだ。丁度、ロワイヤル帰りの双子が人もいなくなったヌーヴォカフェを訪れたときのこと。グリーズがグリを見て言ったのだ。
「グリが寂しそうだぞ~」
「・・・グリーズ。」
呆れた声のグリにセイカははっとした顔になる。そうして丁度同じようにコーヒーを買いに来ていたキョウヤとアイコンタクトをする。
二人は神妙な顔で頷き、そうしてキッチンカーに向けて両手を差出した。
一瞬の沈黙。
それは、来いよ!という意思表示に見えた。それにグリは一瞬迷いはすれどわざわざそんな態度をすると言うことは。
そっちがその気ならば乗ってやろう。グリはキッチンカーから降りて二人に近づいた。
冗談だったと躱されるかと思いきや、二人は当たり前のようにグリのことを自分たちの懐に迎え入れた。
「どうしたの、グリ。」
「寂しかったですか?」
一つは柔らかく、もう一つは骨張っていた体は当たり前のように、いつかのように暖かいままだった。
双子は人に親切にすれどもきちんと距離感というものは存在していたはずだ。が、改めて理解する。二人はこれならばいいと決めると非常に何をされてもされるがままになる。特に、母親が口下手だったらしく、愛情表現というものを動作で表す家庭だったこともあるのだろう。
一度、グリは試しにキョウヤに頬に触れたことがある。試し行動のように、無言で。けれど、彼はきょとりと目を瞬かせはすれどされるがままだ。どれぐらいが許容範囲なのか、グリは一種の危機感のままにキョウヤの顔やら、そうして顎を撫でるように指先でこする。
キョウヤは何も言わないまま、ゆるりと目を細めてどうしたの、とでも問いかけるようにグリを見つめるだけだった。
(・・・あの時は理不尽だが叱ってしまった。)
だって、あまりにも無防備すぎるだろう。
自分たちは同じ呪いと祝福を背負った子どもたちだった。グリ自身、彼らに魅入られ、せっせとヌーヴォカフェに入るように勧誘は行ってはいるものの、そこまで年の離れていない同性の、しかも男同士で赦されていいスキンシップでは無かったはずだ。
キョウヤはグリの無防備すぎるというそれに不思議そうな顔でグリだから赦しているとそんなことを宣う。
「・・・・なんや、お前も知ったんか。」
心底残念そうに言ったのは、コーヒーを買いに来たサビ組のボスだった。
丁度、グリーズがトイレに行き、グリが注文を取っていた。
二人はキッチンカーを隔ててぼそぼそと話をする。
グリは特別カラスバのことが好きでも嫌いでもない。敵対する理由が突出してないし、関わる理由も特になかったというのもある。
が、今は微妙な関係になっている。
だって、目の前の男も、あの美しい生き物を欲しがっているのだから。
が、それと同時にグリと男は同士でもあった。
美しい生き物が美しい生き物のままであれるように。
それと同時に、グリは知っている。カラスバは双子に執着しているけれど、彼の本命が、その両親に比重が寄っていることを。
グリもフラダリには執着している。けれど、すっかり彼の頭は双子の、朝日の中で輝く蒼炎とアイリスで埋め尽くされてしまっているわけで。
それはヌーヴォカフェの、カヌスに関わりがあったメンバーや彼の言動からの予想でしか無いけれど。
上手く棲み分けが出来ればそれ以上のことはないのだろう。
そんな微妙な関係であったが、同時に双子のことの身辺について相談できる貴重な人間でもある。故に、グリは双子の流されやすさについて愚痴染みた話をしたのだ。
それにカラスバは残念そうな顔をした。
「・・・その顔、知ってたんですか?」
「当たり前や、こちとらお前よりも早めにあの子らのことは知っとったし。兄ちゃん兄ちゃんって懐かれてんねん。」
「・・・治した方がいいのでは?」
「治らんやろうな。あれは、良くも悪くもねーちゃん似やから。」
フラダリさんと一緒におるときのねーちゃんの同じ。
その時のカラスバからは腐敗臭に似た甘いにおいがした。それをグリは否定しない。
双子に誰かを重ねているのはお互い様だ。本質がそれではないだけで、もう、自分たちの心はまるで何色もの絵の具を適当に混ぜ繰り回したかのようなものだから。
ただ、あの子たちが幸せであればいいという事だけは同じなだけで。
「妙な奴らに付け入れられますよ。サビ組でも、欲深な人間がおられたようで?」
それにカラスバは舌打ちをした。
「・・・・どっからや?」
「・・・・夜とは言え、川辺で騒ぎすぎです。そこで過ごされてる方もおられるんですから。」
「・・・おお、迷惑かけてたか。」
「ええ、それに、キョウヤがさみしがっていましたよ。母と父の写真を欲しがるほど慕ってくれていた組員がいなくなったと。」
それにカラスバはホームレスたちからの情報から予想したのだろう事を理解した。それに加えて、サビ組とヌーヴォカフェにはミアレのストリートチルドレン出身の人間がいる。そうして、キョウヤ自身。
その辺りから予想は簡単だったろう。
「あんたらも精々気をつけることやな。」
それにグリは苦笑した。
「・・・・うちにそんな野心を持つような人間ははいってきませんよ。」
その言葉にカラスバは軽く肩をすくめた。
喉元過ぎれば熱さ忘れる。
おそらく、今はその境に入っているのだろう。故に、ヌーヴォカフェがフレア団に関係していると認識されながら客も普通にやってくる。
だが、わざわざそう言った場所に入ってくる人間も少ない。何より、ヌーヴォカフェ自体が人を募集していないのも含まれるのだろうが。
グリが顔をしかめたと同時にカラスバが肩をすくめた
「まあ、言いたいことはわかるけどなあ。それで、自分だけには今のまんまでおれ言うのは無理な話やで。」
釘を刺されるようにそう言われるとグリだって弱かった。
ちらりと、隣の少女を見つめる。繋いだ手は温かく、さわり心地がよい。
心の中で元フレア団の自分と共にいるなんて、という考えが頭を擡げるがそれもすぐに同胞なのだからと言う免罪符に溶けていく。
グリたちと共にいて嫌な思いをしないわけではないのだろう。
キョウヤとセイカたちがそう言った人間に絡まれていたという話はよく聞く。けれど、彼らは相当図太いらしくのらりくらりと躱しているようだった。
罪は己だけのものなのだと、そんな彼らの母の言葉故に彼らはそれを受け止められないという悲哀があることもグリは知らないのだけれど。
ただ、現在そうやって連れ立って歩いていることがぬるま湯のように幸福で仕方が無いのだ。そうやって、親しく振る舞えばこの美しい生き物に近寄る愚か者も減るというものでもある。
といっても、腕っ節だけならばサバイバル生活染みたものを送ってきた双子の方が手慣れているわけなのだから、そう不安になることも少ないのだが。
そうやって甘い時間を過ごしていたグリの耳に声が飛び込んでくる。
「セイカ・・・」
「あ!」
するりと暖かな体温が消えて遠ざかっていく。グリが未練がましくセイカの背中を見つめる中、少女は当たり前のように背の高い女の腕の中に飛び込む。
「おかーさん!!」
「はいはい、元気でいいな。」
そう言って顔を近づける少女に呆れたように抱き留める女は気だるそうで写真の中のような面影はない。
「・・・お迎えですか?」
「ああ、青年。すまん、世話になった。」
話しかけないわけにはいかないとグリがそう言えば、カヌスは変わること無く淡々と礼を言う。
普通だ。セイカほどの年齢の女の回りをうろつく男への対応にしてはあまりにもフラットな気もする。
カヌスがセイカたちを迎えに来た日以来、といっても彼らがこの街に来てからそう時間も経っていないわけだが。
「それではセイカ、またカフェに来てくださいね。」
「はーい!」
「ああ、おまえさんも気をつけてな。」
気まずさが勝ち、二人と別れる形で道を歩く。そこで、一つの台詞が耳に入ったのだ。
「お前、いい加減に荷物片付けろよ。家に戻るまでそこまでないんだから。」
そう、セイカを叱るようなことをカヌスの声を。
その時、グリは茫然として、話を聞く前に二人はその場を立ち去ってしまった。
だからこそ、グリはぐるぐると頭の中でいくつものことが頭を巡る。
戻る?どこに?セイカとキョウヤのいるべき場所はここのはずだ。
彼らはそのためにここまで来たのだから。
カヌスという母が帰りたがっていたこの街に。
そこでグリは軽く頭を振って家路を歩く。
いいや、そんなことはない。彼らが、あの美しい生き物が、自分たちを見捨てるはずがないのだ。
(だって、言っていたじゃないか。)
自分たちを過去から解き放つと。
(きっと、こちらに住むための手続きをしに。家だって、そのままのはずだ。)
だから、一端帰るのだと、そう、そのはずで。
けれど、そう思うのに、誰かが。今の今まで、散々に後ろ指をさされて傷ついたいつかの心が囁くのだ。
でも、あの子たちはそうならば声をかけてくれるはずだ。お土産は何がいい、なんて聞いてくるはずだ。
それでも、彼らが自分たちを見捨てるはずがない。過去から、解き放つと。バトルを、これからも。
だって、彼らはその過去そのものじゃないか。
違う。彼らは未来だ。だから、一緒にいてくれるはずだ。
何を言うんだ?
誰かが、せせら笑う。
一度だって、彼らは自分たちと一緒にいてくれるなんて言ったことが無い。
どくりと心臓が鳴る。
誰か父の罪の象徴と共に人生をともになんてしてくれる?
己だけが過去から解き放たれるなんてそんな甘いことあるはずがないだろうと。
「どう、いう、ことだよ・・・・」
グリーズが目の前で顔を青くしている。二人は共に住んでいる。きょうだいのようなものであるし、そうしていたほうが色々と都合がよかったというのもある。
顔を青くした男の帰宅にグリーズがなにかあったのかと気遣わしげに言ってきたことに、グリは思わず先ほどの話のことを喋ったのだ。
そうして、そんなことあるはずがないというグリーズが叫ぶのを見てグリは血を吐くような声で吐き捨てた。
「・・・・なら、どうしてそのことをおれたちに教えない?」
それにグリーズは唇を噛みしめて癇癪を起すように叫んだ。
「なら、直接聞けばいいだろ!?」
ロトムを取り出したグリーズの腕をグリが掴む。
「グリーズ、止めなさい・・・」
「なんでだよ!?」
「・・・仮に、彼らがあくまで手続きとうで帰るならばいいでしょう。ですが、もしも、帰ることを隠していて。この街から離れることが目的なら。俺たちがそれを知っていることはばれない方がいいはずです。」
「なんで、この街から離れるなんて。」
グリは気まずそうに視線を床に這わせた。
「・・・カヌスは、セイカとキョウヤを、フラダリ様の罪から遠ざけるためにこの街に、彼らを迎えに来たのでしょう。だから、三人を連れて、この街を離れようとしているのではないかと。」
その言葉にグリーズが迷子のような、そんな頼りない顔をしているのが見えた。
きっと、それは自分だって同じだった。
カヌスは、セイカとキョウヤ、そうしてフラダリのことを心底大事にしているのだろう。それは理解できた。
キョウヤが送ってくる写真の中では、彼らはまるで互いしかいないというように隣だって映り込んでいた。
怒られちゃった。己の幸福と、俺たちの幸福ならどっちを取るかも分からなかったのかって。
母に叱られたことを、キョウヤはそんな風に語っていた。
そうだ、大事だ。大事だから、カヌスという女が何よりも誰よりも、彼らの安否を優先するというのなら。彼女にとって選択することは一つだろう。
遠いいつかに世話をしたというストリートチルドレンよりも、夫の罪の象徴足る自分たちよりも、子どもたちが絆を繋いだ仲間よりも、優先すべき事があるのなら。
彼女はどんなことがあっても、彼らを連れて、彼らを傷つける可能性から遠ざけるだろう。
彼女は、フラダリと共にいると誓っても、この地で生きると誓ってはいなかったから。
ああ、妬ましい。
グリは拳を握りしめた。
思い出すのは、己と同じ燃えかすの女。
ずるい、ずるい、ずるい。
フラダリの罪から遠のき、そのくせ、彼の人の愛と、彼の人の子どもたちの愛を一身に受けて。
全てを捨てて、美しいものだけを抱えて地獄から一抜けする女。
セイカとキョウヤ、そうしてフラダリはカヌスの一存に異を唱えられないだろう。
彼らは、あの灰の女を愛しているから。
双子はそのためにミアレにまで旅をして、フラダリは唯一彼女のことだけは思い出せるほどに思っていたから。
あの女はこれからも、グリの焦がれる美しい生き物たちのことを独占し続けるのだろうか?
ずるい、あまりにも、ずるいじゃないか?
そうして、この街から去った後、セイカとキョウヤは、あの朗らかさでいつかにグリよりもなお誰かを愛するのだろうか?
温かな抱擁と、美しい笑み、焦がれる瞳を誰かに向けるのだろうか?
自分たちの知らない、遠いどこかで。
いやだ、ゆるせない、ずるい、ねたましい、さみしい、かなしい。
また、おいていかれる。
ぐちゃぐちゃにヘドロのような感情が交ざってグリの臓物を焦がすような感覚がした。
隣でグリーズがタウニーに電話をかけている。
少なくとも、MZ団はこの話を知っているのかと、タウニーの番号を知っていたグリーズが確認のために連絡を取ろうとしていたのだ。
ベッドに腰掛けて、グリはただ自分たちに伝え忘れていただけなのだと、それだけを願って手を組んだ。
そうして、タウニーに連絡が取れたグリーズが事情を話す。
それにタウニーは掠れた声で呟いた。
『・・・・やっぱり、帰っちゃうんだ。』
目の前が真っ暗になる気がした。
IF世界のZA時空、末っ子の日常
その日、プラターヌはげっそりとしながら仕事をしていた。
何せ、現在のミアレシティではポケモンがわらわらと集まってきており、そのためにホロを使ってポケモンと人の生活圏を分けてなんとかやっている。
そんな中、ポケモン博士であるプラターヌもまたそのためにせっせと働いているのだ。
プラターヌはそのままパソコンに向かい、届いたメールに目を走らせる。
「うわ、フラダリさんからまた来てる・・・・あの人、ちゃんと寝てるのかな?」
プラターヌは友人であるフラダリのことを心配してそんなことを呟く。
五年前の一件でフラダリは多大なバッシングを受けた。古代兵器について報告せずにひそかに解体しようとしていたのだがまずかった。
が、あくまで兵器のスイッチを押したのはクセロシキなのだ。その辺りのことを考慮して、あくまでフラダリは古代兵器のことは知らなかったという発表されている。
フラダリもさすがにと思いはしたのだろうが、今後の彼の部下たちの処遇を考えるとヘイトを下手に買うのもという話しになったのだ。
が、それはそれとしてフラダリは矢面に立つことになった。
それは仕方が無いだろう。フラダリはフレア団を解体し、財産を処分して被害に遭ったセキタイタウン全体への慰謝料を払った。
元々、物欲も薄めのフラダリは金銭がなくなること自体に興味は無いようだったが、彼が何よりも心配したのはカヌスと子どもたちのことだった。
(離婚しようって言ってたもんなあ。)
自分に関係していては相当の苦労をするだろうとフラダリはカヌスや子どもたちの籍を抜こうと考えていたようだが。
それにカヌスは怒り狂った。
お前が困ってるときにそれを支えるために籍を入れたんだろうが!?庇護下に入りたくて妻の席に座ったと思うな。
それはまあ怖かったし、とんでもない大喧嘩だったとセイカからプラターヌは聞き及んでいる。結局、カヌスとフラダリは離婚することも無く、子どもたちも籍を抜くことなく過ごしている。
フラダリはどこかおかしくなったミアレシティのために研究者として、外様企業のクェーサ社と提携しながら働き、カヌスは行き場を失った人間のために四天王を降りて働き口のためにカフェをしている。
(・・・コーヒー買ってこようかな?)
カヌスと、そうして元フレア団のメンバーがやっているヌーヴォカフェのコーヒーがプラターヌは好きだ。
まあ、カヌスが四天王を降りたことでカルネと相当揉めたことを思い出してプラターヌはげんなりする。
あれもあれで相当、どたばた騒ぎだったのだ。けれど、カヌスはもとよりカルネを見てさえいないわけで。
ただ、フラダリの名誉回復のためにリーグ職員として降りてくる案件処理をだけはこなしている状況だった。
(・・・にしても、ワイルドゾーンがまた増えたかあ。また、地価が下がるぞ。)
そんなことを考えていた時だ、軽やかな少年の声が聞こえてきた。
「博士!!!!!!」
文字に起すならばそんなものだろうか、それほどまでの馬鹿でかい声だった。
プラターヌはそれに来たなあ、と思いつつ視線を向けた。
そこにはハツラツとした印象を受ける少年がいた。
年の頃は十歳になるかどうかということだろう。赤いつんつんとした髪の毛に、くるくるとよく回る表情、どこか凜々しい印象を受ける顔立ちに、つり上がったアイリスの瞳。
どこに出しても恥ずかしくない美少年ぶりだ。
子どもの頃のフラダリにそっくりだとカヌスが太鼓判を押していたが、あのダンディーなフラダリもこんな頃があったのかと感慨深くなる。
「こんにちは!!リサーチ更新に来ました!!」
腹に響くようなデカい声に、プラターヌは元気だなあと遠い目をしてしまう。
ジリオという少年がいる。
お察しの通り、カヌスとフラダリの子どもで、家族皆に愛される末っ子だ。
「博士、眠そうですね!ヌーヴォカフェのコーヒー買ってきたのでどうぞ!」
「ああ、ありがとね。」
少年はそう言って持ち替えり用らしいコーヒーのカップを差出してきた。プラターヌはありがとうと受け取る。
「どうせ、博士のことなので朝ご飯もまだと見ました!!クロワッサンをどうぞ!」
そう言って当たり前のようにクロワッサンを机の上に置く。
促されるままにクロワッサンを口にしていると、彼は研究室内を見て、この頃、というか毎日の忙しさのせいで散らかっている本を見て自分に視線を向ける。
「博士―!!この辺りの本は片付けますよ!」
「ああ、うん、頼むよ。」
「お忙しいのは分かりますが、整理整頓は常にしないと。心も乱れますよ?」
そう言って相棒のシシコとせっせと片付けをする少年を見つつ、世話をされる自分を省みるとしみじみと考える。
両親によく似ているなあと。
ジリオは五年前から大分大きくなった。同い年の子どもたちに比べてずっと体格も良い。足や手が大きい様だとか、長身の両親のことを考えると相当成長するだろう。
そんな彼は現在ミアレシティに住みつつ、プラターヌの準助手、という立場に収っている。
もちろん、学校には通っているものの、ジリオは浮いてしまっている。それも仕方が無い。元フレア団リーダーの子どもであることに加え、彼は同い年の子どもたちに比べてずっと優秀でありすぎた。
父親譲りの頭脳と、母親譲りのバトルの腕は人を遠ざけた。爪弾きにされているわけではないのだが、本当の意味で親しくなるには周りの子どもたちは良くも悪くも幼すぎるのだ。
そんなジリオをプラターヌは心配していた。友人であるフラダリの子どもたちとはそれ相応に親しくしていた。
そんな彼は殆ど己の子どもと言っていい程度には可愛がっているし、気遣っている。
ただ、フラダリとカヌスはその辺りをあまり心配していなかった。
(・・・あの二人、元々浮いてるのが普通だったんだろうなあ。)
そんな彼を心配したプラターヌはせめてジリオの居場所が一つでも増えればと願い、ワイルドゾーンの調査、という体で準助手、という席を用意したのだ。
が、悲しいかな。
子どもはびっくりするほどしっかりしており、プラターヌが世話を焼かれるということも珍しくない。
ジリオは、父さんと母さんのいいところを全部ぶち込んで混ぜたような子どもだからねえ。
そんな話をしたのは、ジリオの兄のキョウヤだろうか?
言いたいことは分かる。
子どもは、フラダリに似て善良で真っ当で賢しくストイックである。それと同時に、カヌスに似て柔軟で割り切りが上手く図太く、他者と己が分かたれていることを理解している。
だから、彼は明るくて朗らかで、善良ではつらつとしているのだろうか?
誰かに与えることにためらくがなく、裏切られてもそんなこともあるのだろうとあっさりと流し、人を信頼はすれども期待しない。
ぼんやりとそんなことを考えている中、フラダリは突然聞こえてきた声にびくりと肩をふるわせた。
「博士!!」
「あ、ああ!何かな!?」
「これを、リサーチの結果と。あと、言われていたミアレシティのポケモンの分布です。」
スマホロトムに届いた情報に目を走らせれば、その出来に舌を巻く。
「ああ、いつもありがとうね?」
「いいえ!これぐらいいくらでも!また、調べたら来ますから!」
にぱあ!と笑いジリオはぶんぶんと手を振る。
プラターヌはそれに不思議な気分で問いかけた。
「・・・今日はなんだかいつもよりも、なんだか、ずっと嬉しそうだね?」
その言葉にジリオは顔を輝かせた。
「実は、ですね!兄様と姉様がそろそろ帰ってこられるかも知れないんです!!」
「ああ、そういえば、もうじきだったね。あの二人の卒業か。」
「はい!帰ってきたときは、博士もご飯を食べましょうね!父様と母様も、お時間を作ってくださるそうなので!」
るんるんとした様子のあと、ジリオはぴょんぴょんとはしゃいだ様子で、もう一つ付け加える。
「あと、今度、アンシャがミアレに遊びに来るんです!」
「そっかあ、それはよかったね!」
ジリオは、彼よりも幾分か年下のアンシャとは良い友達関係を築いているようだ。ただ、それに対してカヌスだけが少し微妙な顔をしている。
いや、なんか、あの。ガキの頃の、フラダリへの態度がトレースされているというか、まあ、好きにすればいいと思うが。
そんなことを思い出しながら、プラターヌは学校に行ってきますと騒がしく出て行く少年のことを見送る。
変わらずに繋いでいく日常があることを改めて理解し、プラターヌは淡く微笑んだ。
カヌス
子どもたちが荷物をまとめるのを待っている。フラダリのことを考えて、もう一回空を飛ぶルートで頑張って帰るか考えていたが、ミュウツーがテレポートでつれて帰ってくれるらしくほっとしている。
IF世界のZA時空ではリーグの御用聞きをしながら、ジガルデに引きずられてセル集めをしている。たぶん、途中で切れながらセルを抱えて合流する。
フレア団は解散したが彼の願いは間違っていなかったという真っ当な団員のガス抜きだとか職提供だとか、諸諸のことを考えてヌーヴォカフェをしている。
フラダリ
ミュウツーで運搬予定。
IF世界のZA時空ではフラダリラボを最低限の範囲に畳み、クェーサ社と提携して頑張っている。不在がちのカヌスのこともあり、一人で末っ子を育てているがプラターヌ博士も協力してくれて感謝している。支えることがあっても、支えられることは無かったのでカヌスの言葉が何よりも嬉しかった。
セイカ
でかいカナリィぬいをどうするか悩んでる。
キョウヤ
すでに荷物の整理は終わっている。
ミアレの彼ら
幸せがいつだってなんの予兆も無く壊れることなんてよくある話だ。
プラターヌ
IF世界ではミアレに残ってモミジとかも加わって研究所に止まっている。末っ子のことを心配しているが、世話をされる場面も多くて情けなさが出てる。忙しいフラダリに変わって末っ子の保護者役をすることも多い。
ジリオ
全体の顔はフラダリ似だが細部は母親似。正統派の美形になるし、大人になると父親顔負けで2mになる。
明るくて元気な、シシコというよりガーディみたいな少年。フラダリに似て奉仕的な性格だが母親に似て図太くドライなため父親のように病まない。
年が近いアンシャのことが大好き。友達としてか、異性としてなのかまだ分かっていない。
アンシャ
初恋はキョウヤ。