カエンジシみたいな父を探しております。ついでにミアレも救います。 作:幽
平和時空の話、番外編?
元ネタのスレで書いたSSに加筆したものになります。そういうことしてるとき、フラダリさんってうなじに噛みついてるよねと言う話からのものになります。
がりがりとうなじを掻く
治りかけ独特のかゆみは、痛みを過ぎてなお、多くのことを思い出させて苦手だった。
女は恋をすると綺麗になるらしい。
ホルモンの関係だとかそんなことをいつかに聞いたなとカヌスは遠い目をした。
「今度一緒に食事に。」
「これ、似合うと思って。」
「今度、一緒に遊びに行かないか?」
この世で最もいらない時期にモテ期というものが来たらしい。
フラダリと、お付き合いというか、交際というものをするようになってからある程度期間が過ぎた。
だからといってやることなんて変わらない。互いに仕事をして、会えるときに会って、バトルをしたりだとか、そんな生活の繰り返しだ。
(いや、まあ、恋人だからこそ、してることもあるが・・・)
カヌスはなんとも言えない顔で服で隠したうなじの辺りを軽くひっかいた。その下には、恋人に散々に付けられた痕と、噛みつかれた痕が残っている。
それが落ち着かなかった。
(・・・あいつ、今までの恋人にもあんなことしてたのか?)
鬱々としながらそんなことを考えてはあとため息をつく。カヌスはフラダリの歴代の恋人なんぞ知らない。
興味も無かった。カヌスにとって重要なのはフラダリが幸せかどうかで、もしも不幸にしたと話を聞けば殴り込みに行くぐらいはした。
その程度だ。
(・・・どうしたものか。)
そうだ、今カヌスには悩みが二つある。一つは恋人がいるのに来てしまったモテ期と、そうして、夜の諸諸である。
一つ目はシンプルだろう。
断ればいいのだとわかっているのだ。
自分のうなじをがりがりと、だがかさぶたが取れないように細心の注意を払ってかゆさを誤魔化す。
断ればいいのだ、いいのだが。
人の好意を断るというのはなかなかに疲れるものなのだ。
カロス地方は基本的に告白という習慣はない。デートを重ねて、事実を重ねていくのだ。
そのため、そういったことを断ればいいのだが。
「今度・・・」
「あの・・・」
「それで・・」
あまりにも、数が多いのだ。
(おかしい、別に、声をかけられるのが皆無、というわけではなかったけど。)
明らかに数が多いのだ。
カヌスは確かに容姿はいい方だろう。ただ、感性が少々子ども過ぎるというか、恋の駆け引きというものとはほど遠いこともありそんなものからは遠ざかっていたのだ。
というよりも、今の今までカヌスはフラダリのことだけが一心に好きで、他の誰かを見ること何てなかったのだから当たり前だろう。
「どうしたものだろうか?」
思わず隣でいつものようにくつろぐ相棒というか元保護者ポケモンというべきか、それこそ母親代わりに己の世話を焼いてくれたアブソルにそう問えば、それは気だるそうに目を細めて無言で立ち上がる。
丁度、夜も更けて、己の家でくつろいでいたときのことだ。
一緒に住まないか?
頭の中で恋人になった昔なじみが再三そう言って来ていたことを思い出す。
(・・・いや、古巣に戻るだけ、戻る、だけ、だが。)
何か危機感が若干ある。そのままだと色々な面でなし崩しに全部引きずり込まれるような感覚。
カヌスが頭を抱えている中、アブソルが大きくため息を吐いて自室の机の上にある写真を指し示した。
そこには写真が二枚飾られており、一枚は子どもの頃の、もう一枚は大人になったときのもので。
「・・・フラダリの恋人だと、公表しろと?」
恐る恐るそう問えば、アブソルは、フラダリがレディと呼ぶ高貴なポケモンは呆れたようにため息を吐いた。
顔が言っていた。
当たり前だろう、と。
フラダリと付き合うようになってから、やたらとお誘いが増えた。ならば、恋人がいると公表すれば寄ってくる存在は少なくなるだろう。
なるほど、心理だ。
けれど、カヌスにはそれをできればしたくなかったのだ。
結局の話、まあ、恥ずかしさと理性の話で。
きょうだい同然に育ったフラダリと恋人めいたことをしていることが妙に恥ずかしく、それと同時になれない恋愛というものに一杯一杯で。
それと同時に、幼い頃にフラダリの生家で叩き込まれた価値観。
あなたはフラダリ様の近くにいるのです。それ相応の振る舞いをいたしなさい。
当時、フラダリの父親、つまりは先代は大らかにカヌスのことを受入れていたけれど、彼らの周りの人間はどこぞの知れない、おまけに女がフラダリの近くにいることをことに嫌がった。
(まあ、一粒種の近くに、野良犬がいるのは嫌か。)
カヌスには、フラダリに見合う家格だとか、財産だとか、後ろ盾なんかも持っていない。ただ、フラダリの父と女の父に親交があり、哀れみで引き取られたに過ぎないのだ。
いつか、フラダリは素敵な奥さんと結婚して、自分はこの家を出ていく。そう教え込まれて、カヌスは素直に当たり前かと頷いた。
持つものが多いと言うことはそれ相応に窮屈さだとか制限があるのだ。多くのことを守るために。
カヌスはただ、フラダリとできるだけ長く遊んでいたかった。ずっと、いつかに美しいものだけで作られたかのような美しい生き物が笑っていてくれれば側にいられなくても構わなかった。
ああ、そう言えば、と思い出す。
だからこそ、胸が膨らみ、体が丸みを帯びていくのが嫌でたまらなかった。
猶予の時間がどんどん終わっていくのを感じた。
砂時計の砂が、落ちていくのを、残量を見つめているような感覚。
そうして、己の股の間から血が流れ落ちたとき、子ども時代は終わったのだと理解して。
思えば、それが、カヌスという女が何よりも絶望したときだったと記憶していた。
(なのに、なんで。いや、私だって受入れて・・・)
ぼんやりと考えてかさぶたになり、かゆみを覚えるうなじを掻いた。かゆみのために、うなじに爪を滑らせる。
いや、もう一つ目の悩みはいっそのこと断り続けよう、そう決めた。
問題は、二つ目で。
目下の悩み、うなじの噛み後の方が深刻だった。
フラダリと自分のそういった行為は普通だったはずだ。なのに、いつからか、カヌスのうなじにはいくつも噛み後が残るようになってしまった。
悩む、ずっと悩んでいる。
(本当になんでだ!?歯がかゆいのか!?それとも何かストレス!?いや、私に噛みつくだけでストレスが軽減されるならいいけどな!?)
他者へのかみ癖というのは甘えというか、ストレスが原因と聞いたことがあるが。
それで自立心の高い昔なじみが甘えられるならそれでいい、はずだ。
けれど、それはそれとして。
もっと、気持ちよくしてもいいかい?
耳元で男の熱っぽい声と、首に掛かる熱い吐息が生々しく蘇る。
胎の奥がきゅうと唸るような感覚がした。
それにカヌスはふらついて、余韻から逃れるように顔を振った。
「・・・ろくでもない。ここまでなって離れることも出来ないし。」
どうしたものかと悩むカヌスにアブソルは呆れたように首を振った。
「あの、フラダリさんと喧嘩でもしたのかい?」
「・・・そんなことはありませんが。」
そんなことをプラターヌ博士と話したのは、とあるポケモンの分布調査の手伝いをしていた時だ。
ポケモンバトルが強いことと、ポケモンの扱いが上手いカヌスはフラダリ経由でプラターヌからの依頼をこなすことがあった。
そんな話をしたのは何かの流れで、フラダリの話になったときだ。
「そうなの?それならよかったよ。」
「ええっと、何故?」
「いやね、君達よく一緒に出かけてただろう?でも、この頃は見かけないし。」
当たり前だ、この頃はずっと家の中で欲に身を任せることが多いのだから。
フラダリがパートナーの必要な催しに出るときだって家族枠でカヌスが担っていたのだ。
今は、下手に露出の多い衣服を着られず、断っている。
「僕はフラダリさんから話を聞くからそんなことはないって知ってるけど。でも、この頃、君がフリーになったって噂があってね。声、かけられてるでしょ?」
(な、る、ほ、ど!!!!)
カヌスは多くの意味でフラダリに近しい人間だ。
人とそう濃い関係を築かないフラダリが唯一側に置き続ける人間。
妹のように可愛がっており、おまけに家族枠で催しのパートナーとして連れて行く。おまけに容姿も悪くなく、ポケモンバトルも強いとくれば、パイプ役として交際を望む人間は多い。
(あああああああ!そうだよ!そういう奴いたよ!そうか!フラダリと仲が悪くなっても、あいつなら妹分だった女のことを無碍にはしないってか!!)
モテ期到来の理由を知り、カヌスの頭の上で自業自得という単語が乱舞している。そうして、プラターヌ博士が一人の男の名前を口にした。
女には覚えがあった。
何せ、この頃何度も食事に誘ってくる、プラターヌの部下の助手の名前だ。
(・・・そういえば、あの人、どっかの旧家の人だった気が。)
幼い頃に叩き込まれたカロス地方の名家や旧家の名前をぐるりと思い出す。
「だいぶしつこいみたいだけど。大丈夫かい?」
「あー、大丈夫です。断ればいいので。」
「・・・・本当に?」
プラターヌからすれば普段は仏頂面で、良くも悪くもクールなカヌスのその様子に心配になる。が、カヌスにはそんなことを気にする余裕はない。
同様でわたわたと出て行くカヌスの後ろ姿を見送った後、プラターヌは少し考えて電話を取る。
「あ、もしもし、フラダリさん?」
(・・・頻度、減らそう!)
カヌスは今日も今日とて会う約束をしているフラダリに、そういった行為の頻度を減らすことを提案しようと誓う。
恋愛に興味が無く、交際経験の少ない女には平均的な行為の回数など分からないが。考えれば明らかに多い気がする。
付き合いたてのティーンエイジャーじゃあるまいし。カヌスはティーンエイジャーの恋愛なんて知らないのだけれど。
(もっと、別の!そう、出かけよう!)
フラダリと会う約束の時間まで悩みに悩んだ結果、出たのがそれだ。
自分たちが共に行動しているのを見れば、また、フラダリという高値の花の虫除けが発揮されるだろう。
フラダリへの扱いは酷いが、それはそれとして今の状態からの脱却が先だ。
ばたばたとフラダリの家に、己の古巣につき、使用人たちに慌ただしく挨拶をしてフラダリの自室に飛び込む。
「フラダリ!!」
「ああ、来たのかい?」
彼はいつも通り、というか、何かの資料を確認していた。仕事用の机に腰掛けていたフラダリはカヌスが自分に近づいてくるのを見て笑みを浮かべた。
優しい、穏やかな笑みだ。
けれど、カヌスは知っている。
その笑みの中に、確かな怒気が混じっていることに。
何かしたか!?
頭の中をさらって、目の前の昔なじみを怒らせそうな要因を探る。
「え、えっと、フラダリ、あの?」
フラダリはゆっくりと起き上がり、そうして自室と地続きになっている寝室に向かって歩き出す。
カヌスは今日はしないぞと決意して、否の言葉を吐こうとした。けれど、寝室の扉を開けたフラダリが一言言い放つ。
「・・・来なさい。」
「・・・・はい。」
カヌスの脳内には、高らかにドナドナが鳴っていた。
「博士から連絡があったんだ。なんでもこの頃、君に近づこうとする男が多いのだと。」
「こ、ことわって・・・」
「君が魅力的な人だと誰よりも私が知っているよ。でもね、そんな奴がいると君から聞いたことはないんだが。」
「えっと、細事な、ことかなって。」
「・・・君に惹かれる男の数が多くなっているのに?」
「・・・ぜ、全部、断って、る。」
カヌスは怒られても仕方が無いというか、確かに恋人の回りに異性が多いのは気分が良くないだろう。おまけに、それが本人ではなく、他人から聞いたとすれば。
カヌスの背筋にはだらだらと汗が滑り落ちていく。
「・・・ところで、前から言っていたけど。恋人としてちゃんと紹介したいんだがな?」
「・・・まだ、その、心の準備が。」
カヌスの脳内には、男の立場的な諸諸だとか、自分が妹分とかではなくしっかりとフラダリの隣に立つと公表したときのやっかみだとか。
そういったことへの対処について考える。
そんなものちぎっては投げと対処できる胆力はあるものの、そういったことが苦手な女としては尻込みする。
いいや、それと同時に、幼い頃に叩き込まれた貞操観念みたいなものもぐるぐるするのだ。
フラダリの隣には、高貴な姫君が立つのだと。
(いや、今時、といえばそうだけどさ。)
それと同時にフラダリが望んでいるからと言う思いが天秤の上でゆらゆら揺れている。
(いや、それは、そうだけど!でも、それ以上に!!)
何よりも、気恥ずかしさが頭を擡げてしまう。
賢しく、優しく、愛らしく、美しく、かっこいいカヌスのお星様。
それが自分に甘い言葉を吐くと、頭が処理オチして何も考えられなくなる。
顔が熱く、心臓が爆発するように鳴り出す。
自分はフラダリにとって妹で、いっそのこと、ポケモンのようなもので。
そんな感覚で防波堤を置いていたから、カヌスはいくらでもフラダリに触れられた。
けれど、今は違う。
恋人という、明確な関係性が妙に気恥ずかしさをもたらすのだ。
それにフラダリは笑みを深くした。
確実な怒りのボルテージの高まりを感じてカヌスはしくじったと頭を内心で抱える。
「・・・なら、お仕置きはしようか?」
「え?」
「私はね、とても傷ついているんだよ。君に纏わり付く存在を教えて貰えなかったことも、恋人だと公表も出来ない。傷ついても仕方が無いだろう?」
あまりにもごもっともなその言葉にカヌスは頷く。
「お、お仕置き、というのは?」
フラダリはさらに笑みを深くして当たり前のように答えた。
「明日、首を隠さずに過ごすこと。」
首を?
隠さず?
過ごす?
女は思わず、己のうなじを隠す。服によって隠されたそこには噛み後と、鬱血痕で埋め尽くされている。
これからおそらく行為をするのだろう。フラダリが上着を脱いでいるのを見て確信する。
するのだ、これから。ならば、絶対にうなじは無事では済まない。カヌスはばっと首を隠して叫んだ。
「きょ、今日は噛まないでくれ!!」
それにフラダリはカヌスのことを見る。戦う前の、攻撃的なカエンジシを思い出す目だった。
ぞわぞわする。カヌスは足を一歩、後ろに下げた。
「何でもする!でも、それはだけは!」
そんな恥ずかしいこと出来るわけがない。羞恥心で顔が今真っ赤になっていることがわかる。
カヌスの必死な懇願にフラダリは少しだけ考えた後、わかったよと頷いた。
それに女はぱああと顔を輝かせる。
ああ、フラダリ、君はほんとに優しい。
自分がひどい恋人であると自覚しながら、それでも気恥ずかしさが勝つ自分の方が悪いのだ。
「でも、お仕置きはするよ。」
その言葉にカヌスはまあ仕方が無いと頷き、なんだいと首を傾げる。
「私がいいと言うまで、行為はしないよ。」
それにカヌスは首を傾げる。それは、罰なのだろうか?
何よりも、自分もそういったことはしないと提案する気だったのだ。願ったり叶ったり、そうに違いない。
そんなことを考えていることを理解してなのか、フラダリはカヌスに近くに来るように招いた。
ベッドに座った形のフラダリの前にカヌスは立つ。
そうして、フラダリはおもむろに女の腰を掴み、そうして、その下っ腹辺りの親指で押した。
それに、カヌスの口から甘ったるい声が飛び出た。驚きで固まるカヌスにフラダリは穏やかに微笑んだ。
「私はいいが。問題は君だよ。」
お腹の奥が、きゅーきゅーする。
腰が震えて、揺れる。
はあと熱の混ざった息を吐き出す。
フラダリは心底楽しそうに微笑んだ。
大きな、温かな手が、体を這い回る。それが、気持ちいい。
そうして、そっと女のうなじに手を添える。
がりっと、引っかかれて、痛みが走る。
潰れたような、甘ったるい声をカヌスは発した。
「君は我慢できるのかい?」
それにカヌスは顔を真っ赤にして荒い息を吐きながらフラダリを見つめる。フラダリはそれに女の体から手を離した。
「我慢できないなら、今日は自分で服を脱いでみようか?」
まるで幼児に語りかけるような、そんな優しい声。
カヌスは、ぐるぐると考える。
そうだ、我慢、我慢しなくては。
ここでなし崩しにそうなれば、明日、どんな羞恥心に襲われるかわかったものではないのに。
暖かく、大きな手で撫でられると、何もかもがどうでもよくなる。どうでもよくて、うなじのかゆみが、まして。
がりっと、痛みを伴う、感覚がして。
痛いのなんて、嫌なはずなのに。なのに。
きもち、がいい。
フラダリがにこにこと笑っている。なのに、めが、ぎらぎらしてて、おなかが、すいてそうなかおで。
食べられる。噛みつかれて、啜られて、舐められる。
怖いだろう、普通なら。
飢えを感じさせる目は、まるで獣のようだった。
叩き込まれた貞操観念。
はしたない、淑女になれなくても、フラダリ様のお付きの者として。
フラダリ様を穢すな。
そんな言葉がぐるぐるする。そうだ、フラダリ、高値の花、高貴な君、尊き貴方。
そんな存在に釣り合うものは、自分ではない、ないのに。
全てが熱に浮かされて、震える手でカヌスは己の服に手をかけた。
カヌスと恋人になったとき、フラダリは素直にどうして今までこの選択肢をとらなかったのだろうと考える。
まるで、欠けていた何かが埋められるようだった。
カヌスとの生活は、正直に言えば幼い頃の過ごし方をそのままなぞるようだった。
幼い頃は寄り添うように常に隣に座っていたままに。
「もう大人なんだからそうくっつくのも可笑しいだろ?」
そう言って時折にしか感じられなかった体温が心地よい。
幼い頃常に隣にいて全てを共有していたときのままに。
「じゃあな。フラダリ。また連絡するよ。」
まるで生きる世界が分かたれるようにフラダリの側から離れていった女の生活が自分で埋まっていくのが嬉しい。
幼い頃特別だと信じていた日々のままに。
「いつか、フラダリの新しい家族とも仲良く出来ればいいけどな。」
フラダリの家族はもう、その女しか残っていないのに。
昔、フラダリはカヌスの全てを知っていた。
好きなものも、習慣も、仕草も、コーヒーに入れる砂糖の数も、愛用しているシャンプーも、着る服の趣味も、寝癖の付き方も、今何の本を読んでいるかも、ポケモンたちに上げている食事のメニューも、全部知っていた。
なのに、彼女がフラダリの家から独り立ちしてから会えば、驚くほど変わってしまった。
髪から香る髪の匂い、着ている服、髪型、聞く音楽、コーヒーに入れる砂糖とミルクの量。
「・・・変わったな。」
フラダリが恐る恐る、何か、溜まらなくなってそう言えばカヌスは苦笑まじりに笑うのだ。
「そりゃあ、これでも大人だからな。」
笑う昔なじみの少女はすっかり大人になって、とても綺麗になっていた。フラダリの知らない場所で。
変わる、変わる、変わっていく。
フラダリの手の中から何かがこぼれ落ちていく。それでも仕方が無いだろうと分かる。自分だって大人になって責任と自由を得たのならカヌスだって同じだろう。
そう思えば、それでも定期的に会う約束は変わらずに、カヌスが浮かべる無垢で無邪気な笑みだけは変わらないのなら。
変わらないものがあるのならそれでよかった、はず、だった。
「君さあ、誰かとお付き合いってしたことがあるかい?」
「は?」
いつものように、カヌスの料理を食べて日々の取るに足らないことを共有のような、雑談のように交わしていたときだ。
カヌスがそんなことを言った。それにフラダリは固まる。
「・・・交際を、という話かい?」
「そうそう。この頃やたらと食事に誘ってくる人がいてな。」
うーんと考えるそれにフラダリは茫然とした。
いつかに、泣き虫で優しくて、美しいだけだったはずの生き物はすっかり大人になってしまった。
背は伸び、胸は膨らみ、体は丸みを帯びて、すっかり女になってしまった。
それは美しい生き物のままだった。
けれど、それにフラダリはようやく思い至る。美しい生き物がたとえ変わることは無くても、周りは放っておいてくれないのだ。
「その、恋人になる、と?」
「うーん、いや、ただ。」
カヌスは少しだけ考えて、苦笑した。
「悩んでるだけさ。」
ああ、また、一つ。
フラダリだけの美しい生き物が、己の知らない場所で変わろうとしている。
だから、フラダリは美しい生き物に手を伸ばしたのだ。
カヌスは最初戸惑った。
いつかに同じ世界で生きた同胞で、きょうだいで、友人で、仲間で、ただ、それだけの関係だった自分たちの間に現れる恋愛に戸惑っていたのだろう。
恋というものがわからないのに、フラダリに甘い言葉を囁かれると顔を真っ赤にしてぐずぐずに惚ける女にわき上がる感情に今までの全ての恋が戯れだったと告げる。
妹のようで、姉のようで、親友だったカヌスが浮かべる、媚びの表情。
女が、恋しい男に向ける粘着質な視線。
美しい生き物が、生々しいまでの女であったという事実。
それ全てがフラダリにはどうしようもなく興奮して、愛おしい。
いっそのこと、今まで他者から向けられていたそれらを汚らわしいとさえ感じていたのに。
目の前のそれからだけは、まったく違うものとして受け取っていた。
顔を真っ赤にして、少女の仮面が崩れ落ちて女の顔がさらけ出されたとき、フラダリはまたカヌスが己の手の中に帰ってきたのだと思った。
そうだ、もっと早くこうしていればよかった。
彼女に贈ることの出来る、自分の中の、たった一つだけの椅子。
だから、まあ、赦せていたのだ。
カヌスが恋人であることを公表したがらなくても赦せた。いいや、それを表立てなかっただけ、二人っきりで過ごせたほうがよかったのだ。
付き合いたてのティーンエイジャー、そんな単語が浮ぶようなことしかしていなくても、だ。
だからこそ、プラターヌ博士からの心配の電話。
トラブルに巻き込まれていないかという話に、フラダリの中で油断したと思った。
カヌスは昔の通りになった。フラダリが求めていた、近しく、唯一で、まるでそれとの教会がないように感じていたから。
そんなことになっていると思っていなかったのだ。
なのに、なのに、なのに!!
疲れ切って眠りこける女に、フラダリは上機嫌に微笑んだ。そうして、そっと、目の覚めるような赤いリボンを取り出して、痛々しい痕の残る首に巻き付ける。
明日、これを取らないことが罰だと告げたとき、女がどんな顔をするか想像してフラダリは楽しそうに微笑んだ。
「・・・あの、なんか、ごめんね?」
「・・・そうお思いなら、触れないでください。」
そう言った女の首は、おびただしい噛み後と、鬱血痕。そうして、目が覚めるような赤いリボンを巻き付けられていた。
少し前の話、フラダリさんとアブソルのあれこれ。
ベッドの上で頭を抱えたフラダリに彼女の相棒はうっそりと目を細めてじっと見つめた。
人間の交尾というのは五月蠅いのだなあというのが、フラダリの恋人で、昔なじみの彼女のポケモン、アブソルの感想だった。
彼らがそういった行為に耽るときというのは基本的に見えない場所にモンスターボールというのはしまわれる。
ただ、時々、相互理解不足で適当な所におかれたまま事に及ぶときがある。その時もまあ、そういった時だったのだ。
モンスターボールを出てベッドにアブソルを乗る。独特な匂いがするなあと言う感想がありながらそれはじっとフラダリのことを見つめる。そうして優雅に寝そべり、前足を組んでどうしたと鳴いた。
なにやら、その男が悩ましそうで心配になったのだ。
「・・・・出てきてしまったのかい?」
もちろん真っ裸でベッドの上で遠い目をしていたフラダリは気まずそうな顔をしている。だが、アブソルは気にしない。何せそれはポケモンなのだ。
フラダリは悩むような仕草をした後、諦めたように相棒の頭を撫でる。
「いつもどおり毛並みがいいね。」
アブソルは、それこそフラダリと彼女が初めての旅に出た折に付いてきていたのだ。
彼女のエースポケモンで、幼い頃から一緒にいるらしいそれは当時すでに成体且つそこそこの年齢だったようで、幼い自分たちの保護者変わりをしていたのだ。
今更隠すこともないかとフラダリは諦めの境地だった。
アブソルはそれこそされるがままだ。本来、驚くほどにプライドが高く、頭を触らせるなんてありえないのだが。まあ、アブソルにとって自分のトレーナーと共に育てた同然のフラダリは特別に赦してもいいかと納得する。
もちろん、幼い子どもなどは別だ。
アブソルは、高貴なレディなのだ。まあ、それ故に無礼者には容赦しないのだが。
そんな中、アブソルはベッドに寝そべるように体を伸ばしてじっとフラダリを見た。
それにフラダリは長い付き合いのせいで、なんとなくどうしたと問われている気になった。
普段ならばそんなことはしないのだが、気だるげな疲労感にフラダリは思わず、彼女と幼い頃から付き合いのポケモンに問いかけた。
「・・・レディ、なんというか。その、逆だと思わないか?」
フラダリが彼女と強さや賢しさなどを称えて読んでくれているあだ名に機嫌よさそうに目を細める。
それにアブソルははてりと首を傾げた。
「昨日、散々に、そのして。疲労困憊だったはずなんだ。はずなんだが。何故、私の方がベッドで休んで、彼女が朝食の準備をしているんだ?」
それにアブソルは悩んでいる様子だと出てきてみればそんなことかと安堵して優雅にまた前足を舐めた。
フラダリは納得できないのか、アブソルの白い毛並みを撫でつつ話す。
「いや、その、私も早めに起きたはずなんだが。何故か、彼女の方が早めに起きて、当たり前のように私にコーヒーを差出していて。しっかりとした足取りで朝食を用意すると出て行くんだが。」
何故だ?
純粋に悩んでいるらしいフラダリにアブソルはそれはいいことだと鼻を鳴らす。
子を育てる雌は体力があり、健康的なことが何よりもいい条件だろう。あれだけ散々に楽しんでも次の日にはけろりとしているなど、これ以上無いほどの好条件だ。
アブソルは己のトレーナーを愛している。そうして、幼い頃から共にあるフラダリのことも愛している。
ここで、下手な誰かを番いにしていれば心配していただろうが、彼らは互いを選んだのだ。
フラダリも大柄で体力がある。彼女の番いとしてはまあ合格点だろう。
早くに親を亡くし、彼女のことを育てたという自負のあるアブソルは誇らしさに機嫌よさそうに鳴いた。
これ以上無いほどにいい女に育てたと。
「・・・・いい、ことだと?」
違うのか?
そう思い、アブソルは赤い瞳をうっそりと細めた。それにフラダリはなんとも言えない顔をして肩を落とす。
「・・・・体調を崩すよりは、いいこと、だな。」
フラダリの悩ましい様にアブソルは考える。それよりも、この男はあの子の首元の噛み後について気にした方がいいだろうにと。
何せ、肩からうなじまでわかりやすい噛み後、かさぶたの張ったそれが鎮座しているのだ。あの子がそれを隠すのに苦心しているのも知っている。
ずっと首元を覆う服を着るか。それにしても服の趣味が変わりすぎている。いっそのことチョーカーでもするか?傷を隠すには小さすぎる。
などと苦心しているのをよく見る。番いのマーキングなら堂々と見せてもいいだろうが。人間社会ではそれを見せないほうがいいようだ。
難しいものだなあとアブソルは欠伸をする。
なによりも、治りかけの噛み後を無意識にかきむしり、それに情事のことを思い出して悩ましそうな顔をする度に落ち込んでいるほうが問題な気もするが。結局流されて噛ませているのだから口出しも出来ないだろう。
アブソルとしては彼女がそれを嫌がるのなら、フラダリのことを実力行使でも止めるが、なんだかんだトレーナーの女もそれを受入れているからレディはそれを止めようとは思わない。
何よりも、そのポケモンは知っている。
人間がそう言った行為を続けると卵が出来るのだ!
アブソルはうきうきしていた。娘のように思っている彼女の卵は、もう孫のようなものだ。自分が暖めてやろうと考えている。
アブソルは卵を作ったことはない。レディよりも強いポケモンにあったことがないのだから仕方が無いのだが。
まあ、彼女の育児経験もあるから大丈夫だろう。
アブソルはそっとフラダリのことを慰めるように手を舐めた。それにフラダリは苦笑してありがとうと言った。
それと同時に扉が開く音がして、彼女は言ってくるのが見える。
それに邪魔をすべきではないだろうと、そのポケモンはベッドから降りてボールにそのまま戻っていった。
カヌス
平和時空で普通に恋人してる。が、何か、色々とフラダリとの生活がただれてる気がして悩みどころ。
うなじの痕と、赤いリボンで色々察せられて言い寄ってくる人間はいなくなった。
いっそ殺せ!!!!
フラダリ
普通に恋人してて浮かれてる。浮かれてるが、恋人の周りに変な虫が寄ってきていたことに驚き、牽制のためにひどいことをした。リボンは子どもの頃に上げようと思ってそのままになっていたもの。
ものすごく笑顔。
プラターヌ
巻き込まれた、哀れ。
アブソル
だから、早めに公表しておけばよかったものをとあきれ顔。