カエンジシみたいな父を探しております。ついでにミアレも救います。   作:幽 

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カラスバさんの話

感想、評価ありがとうございます。感想いただけましたら嬉しいです。


カエンジシみたいな父を探していると告げれば、反社の怖いお兄さんが崩れ落ちて腹を切り出して怖いです。 下

 

 

「よう、ちび助。」

いつだって、その人は、自分をからかうように見つめていたことを覚えている。

 

 

カラスバには保護者と言える存在はいない。ただ、昔からそうだったために、もう過去のことはさほど気にしていなかった。

気にすることがどれほどまでに空しいか、分かっていたからだ。

そうやって、街の中できのこなどを売ってほそぼそと生き抜いた。大人たちに見つかれば、良い目に合わないことは大前提で弱者として生きていた。

底辺の中で生きていたから、明日が今日と同じなら幸福で、より悪い日であることが大前提の生活をしていた。

そんな中、コツコツ貯めた金で、なんとか命をつないでいる中、少年は新しく開店した店を見つけた。

大衆食堂とまでは行かないが、安価な値段のそこでは、昼頃限定でバケットに具材を挟んだサンドイッチを売っていた。

 

(安い!)

 

ミアレシティはポケモンがいないため、外で生きるよりも安全であるがいかんせん物価は高い。そんな中、安価な店はカラスバにはありがたい。

そんな中、ぎいと軋むような音を立てて扉が開いた。

 

「・・・・おい。」

 

声のする方に視線を向けると、そこには背の高い女が立っていた。

生活そうな服装をして、真っ黒な髪を頭の天辺で結んだそれは、鋭く、そうして気高ささえ感じるような紫の瞳でカラスバのことを見下ろした。

カラスバは咄嗟にいちゃもんを付けられて、手荒く扱われることを予想した。街の人間は、時に不潔な子どもであるカラスバに冷たい。

軒下にいれば追い払われるし、店の中を見ていても嫌がられる。カラスバは咄嗟にその場から逃げようとした。けれど、それよりも先に、彼の走る方向にたんとブースターが降り立った。

彼の手持ちのフシデとはあまりにも相性が悪い。

どうしようかと悩むカラスバに、女は話しかける。

 

「なんだよ、買わないの?」

「え?」

「買おうと思ってたんじゃ無いのか?だから、出てきたんだが。」

 

その言葉に、カラスバは、外に置かれた看板から欲しかったサンドイッチを指さした。女は、それに淡々と店から持ってきて、カラスバに手を差し出す。

それがお代のためであると理解し、くしゃくしゃな金を手渡した。

 

「これ。」

「じ、自分で働いた!盗んでへん!」

 

咄嗟に言い返した女は少しだけ考えた後に、息をついた。

 

「お前、もっと飯、食いたくない?」

「え?」

「仕事をするなら、飯食わせてやる。サンドイッチと、あとスープ。飲み物も付けてやる。」

どうする?

 

そう言って、初めてカラスバと視線を合わせるように笑った女のことを、幼い子どもはずっと覚えている。

 

 

 

女、カヌスは言葉の通り、カラスバが買い物やゴミ捨てなど雑用をこなせば、食事を食わせてくれたし、風呂にも入れてくれた。

 

「あほか、そんなきったねえ状態で店に入らせるわけ無いだろ。」

 

店になんて入らせなくていいのに、そんなことを言ってくれた。

 

そうして、少しして、カヌスはカラスバとフラダリを会わせた。

カヌスは元々フラダリの昔なじみであったそうで、その伝手を使ったのだろう。

 

「お前、根性あるんだから。フラダリの支援受けて、学校行けばもっとちゃんと生活しろ。」

 

それが彼女から言葉だった。

カラスバはそれを受入れた。別段、ミアレから離れるわけではないし、カヌスにはすぐに会える距離だった。

カラスバはフラダリの作った支援施設で過ごした後、支度金を受け取り、すぐに街に戻った。

前と違うのは、小さいながら住む場所を得ることが出来たことだろう。

彼は、そこを拠点に何でも屋を始めた。小回りが利き、街を知り尽くしていたカラスバはなんとか生活することが出来た。

 

「バカだな、お前。」

 

そう、カヌスは、カラスバと食事をしながらそんなことを言った。

 

「ええやろ。大体、オレの頭じゃ、学費免除まで望めんもん。なら、自分で食える分でも稼ぐ方がましや。」

「まあ、お前がいいならいいけどな。」

 

カヌスは変わること無くそう言って、カラスバに食わせてくれた。

 

カヌスは、なんというか、とても変わっていた。それこそ、フラダリと付き合いがあるにしてはどこか粗野さが目立つ女だった。

けれど、それは、一つ一つの仕草が様になる粗野さだった。

例えば、ワインをビンから直接飲み干すなんて下品にしか見えないというのに、カヌスがするだけで映画のワンシーンのように決まって見える。

それは、例えば、何にも左右されない獣が人の目なんて気にもとめずに振る舞う様のような、そんな粗野さだった。

そんな女がフラダリを前にしたときだけ、従順で、無邪気で、幼く振る舞う様に、カラスバはこの人はすでに頭を垂れる存在が誰か決めているのだろうと密かに考えていた。

女は強かった。

それこそ、自分にちょっかいをかけるジプソなどのチンピラ達は、彼女にポケモンバトルで埃さえ付けられないことが多かった。

 

(特に、アブソルは強かったなあ。フラダリさんのカエンジシ、アブソルに張り手されてシシコみたいに鳴いとったもんな。)

そんなことだけよく覚えているものだった。

 

 

カラスバは別段、カヌスの手が自分だけの、特別なものではないことは知っていた。

彼女の店には、自分と似たようなものが来ることも知っていたし、鉢合わせることもあった。

けれど、それを悲しいとか、独占したいと思ったことは無かった。

誰かに、無償で、手を差し出されることの価値をカラスバはそれでも知っていた。

その人が自分のものであって欲しいと思ったことは無かった。

 

ただ、そうだ。

 

「お前、字、きったねえな!?」

「習ったことないんやからしゃーないやろ!?」

「カラスバ君、文字を書くのに、そんなに力まない方が・・・」

 

ほんの数度だけ、フラダリとカヌスに文字を教えて貰ったことがある。

カヌスから細々を教えられていたそれに、偶然立ち寄ったというフラダリが加わった形だった。

それが、なんだか、とても嬉しかった。

 

カヌスが呆れたような顔をして、フラダリがそれを困ったように笑いながらなだめて、カラスバに声をかけてくれる。

カラスバは、そんな光景を知らない。知りはしなかったけれど、そうやって、二人に挟まれて構われることは彼にとって、言いようのない、語ることさえ惜しい、幸福の象徴だった。

 

 

カラスバはずっと、あの人たちのことが好きだった。

このまま、ある程度、本格的に労働が赦される年になればカヌスの店で働いて、彼女の側で、フラダリの側にいられればカラスバはそれでいいと思った。

彼に出来る、彼らへの恩返しなんて、それぐらいだった。

 

その願いがあっさりと踏みにじられたのは、それから少ししてのことだった。

カヌスが入院したと、フラダリから聞いたとき、カラスバの目の前が暗くなった。

いつも通り、彼女の店にやってきたカラスバに、鍵を閉めに来た人間にフラダリから伝言を渡されたのだ。

 

何も分からない。ただ、ミアレ自体、観光客目当てに強盗をする人間もいないわけではなかった。そのせいだろうと考え、退院するまでは待とうと考えていた。

カヌスが代わりの店を紹介してくれたので、そちらに通いつつ、店の様子を見つめていた。

 

カヌスが帰ってくることは無かった。

気づけば、カヌスの店は作り替えられ、フラダリが経営するカフェに変わった。

フラダリには会えないまま、彼女の行方を知ることは出来なかった。

 

生きているのか、死んでいるのか分からない。

ただ、偶然、カヌスが襲われた時に立ち会った人間から話を聞き、カラスバはなんとなく、彼女はどこか遠い場所にいるのだろうと思った。

死んではいないと思った。もしそうなら、フラダリはきっと自分に教えてくれるし、そうして、嘆き悲しんだろうから。

だから、きっと、と。

カラスバは、彼女の心が壊れてしまったのだろうと考えた。男に手ひどく扱われ、そんな風になってしまうことは珍しいことではなかったから。

 

(・・・・変えよう。)

 

何に怒りを持てばいいのか分からないけれど、カラスバはこの街を変えようと、よりよくしたいと願うようになった。

 

カラスバはフラダリとカヌスが無邪気に笑い合っている様が好きだった。子どもみたいに、ポケモンバトルに興じているのをフシデと憧れ混じりに見つめるのが好きだった。

その光景の主要人物になりたいと思ったことは無い。ただ、ほんの時折、脇役のように交わることが出来れば、それだけでよかったのだ。

その柔らかな日だまりに、ほんの時折だけ、体を滑り込ませることが出来ればそのぬくもりをよすがに生きていけると思えたから。

 

ただ、それだけでよかった。

 

もう、カヌスはいない。居場所も分からない。

フラダリはさようならと全部を見限ってしまった。

 

(・・・・なあ、フラダリさん。五百万、もう少しで溜まるはずだったんよ。)

 

カラスバは、フラダリが全部嫌になってしまった理由を知っていた、理解していた。

けれど、カラスバはその罪の道連れになれなかった。

それは、フラダリにとって、カラスバが取るに足らない存在だったからだろう。それをやっぱり、悲しいとはカラスバは思わない。

あの人は、多くを与えすぎたのだ。与えすぎて、全てが同列だった。

その中で、特別だった人を失ったフラダリの痛みがカラスバには辛かった。与えて、優しくて、善人であり続けたあの人が、たった一人、目の前にして子どものように笑い、ふざけられる誰かを奪われたなら。

 

きっと、全部、嫌になってしまうことが間違いだったのだろうか?

間違いだったのだろう。

美しいパレードを見つめて、ああと、色とりどりの紙吹雪を、大衆の中で見つめて笑った。

誰かを称える紙吹雪。悪を打ち倒した英雄の凱旋。

でも、悪を悪にしたのは、誰だったのだろうか?

 

女はいつかに笑って、カラスバに言った。

 

人に期待するな。人は弱いから、あっさりと誰かを裏切るからな。でも、そいつらと同じ程度に落ちるな。

恩義には恩義で返せ。

 

ミアレが好きだ。悲しいことがあって。

それでも、あの街には、カラスバをカラスバたらしめるものであふれていたから。

だから、よりよくしよう。

フラダリでは出来なかった、薄暗闇から、己が汚れることになっても。それでも、もしも、いつかに、あの人が帰ってきてくれることを祈って。

自分たちのような存在の居場所であってくれた、あの人のようにありたいと、カラスバは願っていたから。

 

 

 

やたらと目立つ動きをしているMZ団という存在を探り出したとき、それに加わった双子にカラスバは度肝を抜かれた。

何せ、その顔は、いつかにカラスバをちびと呼んだそのままで。

 

血の繋がりがある?それとも赤の他人?何か目的がある?いいや、いったい、あの日からどれだけ経った?

 

そんな思いがぐるぐると回る中、それでも、会いに来たとき、自分に反応がないことをがっかりして、けれど、期待を消すことが出来ない。

だって、あまりにもその、青と紫の瞳が、あまりにも、似ていたから。

しんと静まりかえった穏やかな青はフラダリに。

ぴかぴかとした紫はカヌスに。

あまりにも似ていたものだから。

 

ジプソでさえも、カヌスによく似ていると動揺していたのだから事実だろう。

腹の中でぐるぐるして、今にも問いただしたいと同時に、下手な情報を開示できない。

けれど、彼らが生きていたフラダリに会っていたのを見て、もしやと思い、口を滑らせたのだが。

 

フラダリの子どもたち。

カヌスの子どもたち。

それを理解した時、カラスバの脳裏には、今まで散々行った、ざっくりいえば無礼の数々にぱーんとはじけた。

 

カラスバの頭には燦然と、腹切りという単語が舞ったのだった。

 

 

 

 

「はえーんですよ、決断が。急に目の前で腹切られて傷害事件がなんかで俺たちがミアレ警察の厄介になる可能性も加味されておられるので?大体、理由もあやふやでしょうが。あんたは父さんと母さんのなんですか?」

「・・・・すんません。」

 

その場に綺麗に正座し、尚且つ左頬が腫れたカラスバを前にキョウヤは盛大にため息をついていた。そうして、そんな彼に付き添うようにぴーぴーと情けない泣き声を上げているペンドラーの姿があった。

そうして、カラスバを守るように、彼を庇うセイカと部下の女の姿があった。

 

「お、お許しを・・・」

「姉さん、それだと完全に俺が悪いみたいだよね?俺、一応、その人のこと助けたんだけど?」

 

そうは言われても、セイカとしては先ほどの光景が忘れられない。どこから出したんだという、俗に言うドスを抜こうとしてカラスバの腕を兄は蹴り飛ばした。

からんという音が響いたと同時にキョウヤは何のためらいも無くカラスバの頬を張り飛ばしたのだ。

 

舐めてるんですか?

いや、そーいう気は。

舐めてるでしょ?自分で勝手に納得して自害しようとか。舐めてるでしょ?大体、自分の手持ちに介錯委ねるんじゃねーですよ。死にたいなら一人で死んでいただけます?

 

額に青筋を幻想するほど、怒気を込めたキョウヤにセイカは震え上がった。

己の頬を押さえつつ、切れるキョウヤを前にカラスバは静かに確信を深めた。

 

(あのためらいのないビンタ、間違いない。ねーちゃんの子や!)

 

などとカラスバが感動している隣でセイカは兄の怒りがまだ収ってきているのを察しても、恐怖でペンドラーと供にカラスバを庇う。

 

(・・・・どっからあのドス出したんだろう?)

 

そんなことを頭のどこかで考えるセイカの後ろで、やたらと覚悟を決めた顔のカラスバが叫ぶ。

 

「そうです、オレが、オレが悪いんです!お嬢と坊ちゃんのお手を煩わせて!!」

「それだと完全に俺たちも完全にやからにしか見えなくなるのでやめてくれませんか?」

 

表面的に淡く微笑んだままキョウヤは息をついた。

 

「お姉さん。」

「え、あ、はい!?」

 

少々厳ついお姉さんにキョウヤは静かに話しかけた。

 

「俺とあなたのボスは少し話が混み合いそうです。なので、ここから立ち去っていただけませんか?」

 

もちろん、先ほど聞いた話は聞かなかったということで。

キョウヤの言葉に部下の女はおろおろしていたが、カラスバが軽く頷くのを見て、覚悟を決めたように立ち去っていく。

何かしら変な誤解をされていそうな感覚を覚えつつ、キョウヤはため息を吐き、セイカに手を差し出した。

そうして、彼女を引き寄せながら、同じようにカラスバに手を差し出した。それに、カラスバは恐る恐る手を取り立ち上がる。

 

「・・・・母と父を知っておられるんですね?」

「・・・・はい、お二人とも、オレの恩人です。」

「敬語は辞めてください。」

「・・・・それは。」

 

カラスバは迷うように視線を地面に滑らせる。それにセイカは兄が考えているだろうことを口にする。

 

「あの、あなたの恩人はお父さんとお母さんです。私たちにまでそこまでかしこまらなくて結構ですよ。」

「そうですけど・・・」

「なら、はっきりいいますよ。サビ組のカラスバさんに敬語を使われてる俺たちがどう見えるか分かっておられますか?」

 

珍しく苛立っているらしいキョウヤが語尾を強めてそう言えば、カラスバも一応納得したのか頷いた。

 

(笑ってるのに、怒ってるのがわかって怖い・・・)

「分かりましたよ。これでええ?」

「・・・はい、それで父のことは聞きましたが。母とも知り合いだと?」

「ええ、ビストロ・フレアの店長でしょう?」

 

セイカはそれに隣にいた兄の腕を掴んだ。

知っている、母の思い出話の中に出てきた名前で、そうして、写真の中で両親と供に映り込んでいた。

 

なんでその名前なの?

食事をするところの名前なの?

・・・・うん、そうだね、強そうだったから。ちかちか、光って、忘れられないような光って。確かに、似合わないね。

 

そんな話を、母としたことを覚えている。

 

「オレは色々目ぇかけてもらって、さっき、フラダリさんに支援してもろうたいうたけど。元々、ねーちゃんの紹介だったんよ。」

 

そう言った後、カラスバはとても寂しそうな顔をした。

何か、幼い子どもが必死に何かをこらえるような、そんな顔。それが、ああとセイカは理解する。きっと、母は彼に何も告げなかったのだろう。

父と喧嘩をして、この街を離れるとき。どんな理由でも、それはとても残酷だ。

大好きな人がいなくなってしまうのは、とても寂しいことだろうから。

 

「・・・・まあ、その後、ねーちゃんは街を離れられて。フラダリさんも。」

 

セイカはそれに黙り込むことしか出来ない。

 

どんな経緯があり、カラスバが父を恨んでいなくても、彼はきっと傷ついただろう。それ故に、どんな言葉をかけていいのかわからない、

沈黙の中、キョウヤが口を開いた。

 

「仕事の続きをしようか。」

「え?」

「まだ、あるんでしょ?急なことで内心の整理がつかないだろうし。やれることがあるなら、そっちを先にした方がいいだろう?」

 

キョウヤは優しげな笑みを浮かべて、セイカに微笑みかけた。セイカはそれに、同意のために頷いた。

 

「ありますよね?」

「あ、ああ、それは。」

「なら、行こうか。頼まれたことなら、全部やりきったほうがいいでしょう。」

 

その言葉にカラスバは感極まったように、目元を押さえた。

 

「坊ちゃん、ご立派で。」

「あんた、一回本当に介錯して差し上げましょうか?」

 

 

コートで子どもたちに絡んでいたMSBCのメンバーたちを蹴散らし、カラスバがやりたがったが兄が下がらせた後、セイカはまじまじと彼を見た。

 

「・・・優しいんですね。」

 

その言葉に、カラスバは困惑したような顔をした。

 

「オレが?オレが、ねえ。こんな仕事をしてるんに?」

「目的のために、どんな手段を使うかって話なので。でも、やっぱり手段が目的になっちゃうことがあるから難しいんだと思います。」

 

セイカは兄の背中に隠れながら告げた。

 

「・・・・あなたがすることには、たぶん、得だからしてることもあって。でも、それと同時に、困ってるからって差し出す手も被ってるので。だから、あの、や、さしいのか、なって。」

 

セイカは母の知り合いとは言え、本物の反社という存在にびびり倒しながらそう言った。その様にキョウヤはため息を吐きながら、口を開く。

 

「まあ、評価は素直に受け取っておいてもいいのでは?」

「・・・それは、そっちが優しいだけやろう。」

 

どこか困ったかのような笑みをカラスバが浮かべていると、何やら遠くで騒がしい声が聞こえる。それに三人は顔を見合わせてそのまま走り出した。

 

 

「ようきはったね!二人とも!」

「今後、そちらの部下に中腰で出迎えられたら二度と来ませんのでご安心ください。」

 

にこにこでありながら、明らかに怒気を放っているキョウヤの隣でサビ組に入ってきたときの圧を思い出してセイカは遠い目をしていた。

そんなキョウヤのことなど気にしていないのか、カラスバは上機嫌に二人と出迎える。

何せ、組に入った瞬間、エレベーターまでの道にしたっぱたちが集まり、中腰で出迎えていたのは壮観だ。

兄は極力無視して歩いたが、自分には無理だった。

 

「いやあ、そういわんで。あの中には、オレと同じようにカヌスのねーちゃんに世話になったのがおるんよ。」

(どうりで、なんかやたらと目がきらきらしてる人がいたのか・・・)

 

クエーサー社での一件の後、二人は一旦はホテルに帰り、そうして無事を伝えた。その後、すぐにカラスバたちに母の話を聞くためにサビ組にやってきたのだ。

 

「ほら、お菓子好きやろ?丁度、ジョウトの方のがあんねん。」

「すごい!ようかん!」

 

セイカは目の前に出された、懐かしいようかんと緑茶を前に目をキラキラさせた。

が、それはそれとして、隣に座るキョウヤの怒りを察してセイカはそっと視線を逸らした。

 

「・・・・それで、先ほどの、父の件ですが。間違いではないんですよね?」

「ああ、オレは実際に見たことあるし。確信が持てる。」

「そうですか。」

 

キョウヤは思い悩むように拳を固めて、眉間に押しつける。その横で、セイカはどきどきと胸が鳴る気がした。

 

生きていた、死んでいると、二度と会えないと、それだけを考えていた父が!

じわりと、またにじんできていたとき、キョウヤが床に視線を這わせながらセイカに問うた。

 

「姉さんは、父さんに会いたい?」

「会いたいよ・・・・!」

 

咄嗟に返したそれに、キョウヤがセイカを見つめて、困ったような笑みを浮かべていた。それは、いつかに写真の中でよく見た父によく似た笑みだった。

キョウヤはセイカの手を、己の手で包み込む。

 

「・・・俺もだよ、俺も。」

会いたいね。

 

掠れた声が、普段、大人びている兄から聞こえてくるものにしてはとても幼くて。それに、セイカはうんと頷いて隣の兄に縋り付いて泣きじゃくった。

その涙が安堵の涙であることを、セイカはようやく理解した。

 

「すみません、事務所で、泣きわめいて。」

「いや、ええんよ。泣きたいんならうんと泣き。」

「新しいちり紙をどうぞ。」

 

散々に泣いた後、セイカはジプソにティッシュを渡される。彼はやたらと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。

キョウヤはその隣で優雅に茶を啜っていた。

 

「利子の件は?」

「もちろん、チャラにしますわ!」

「・・・・MZ団は特に外部組織と関わってるわけではないですよ。」

「あー、わかる?」

「サビ組のしていることから予想して、わざわざこんな警察やらなんやらに睨まれそうなことをするのは少しきな臭くて。」

「まあ、それだけが目的やないんやけど。子どもだけで、活動してるってちょっと気になってな。」

(家出少女や少年が下手な奴の庇護下に行く前のセーフティか。)

 

キョウヤはそんなことを考えつつ、口を開く。

 

「それで、一つ我が儘もいいですか?」

「お、なに?」

 

カラスバは何やらとても嬉しそうにキョウヤを見る。なんというか、完全に自分のことが気にいりましたの何かを越えている気がする。

 

「・・・・タウニーの債権を俺に譲っていただくことは可能でしょうか?」

「それは?」

 

カラスバのそれにキョウヤは重々しくため息をついた。

 

「今回はなんとかなりましたけど。あの子はもう一度やらかしそうなので、ちょっときつめに灸をすえようかと。」

「なるほど、まあ、ええよ。また用意しときます。」

「わかりました、お願いします。」

「お兄ちゃん?」

「姉さんはきにしなくていいよ。ただ、タウニーの場合、本当にまたやらかしそうだから。」

 

セイカは兄を伺うが、彼がタウニーに悪意のあることはしないだろうと当たりと付けて、改めて鼻をかむ。

その様子を見ていたカラスバが口を開く。

 

「それで、二人にお願いがあるんやけど。」

「お、お願い・・・」

「変なことやないからな!?ただ、もう少し、砕けた口調で話さんか?」

 

その言葉にセイカとキョウヤは疑念の表情を浮かべる。それに、カラスバは気まずそうな顔をする。

 

「いや、二人の顔、カヌスのねーちゃんによう似とって。その、かしこまられると気まずいゆーか、怖い、ゆーか。なあ?」

 

促されるようにカラスバに視線を向けられたジプソはそれに同じように気まずそうに頷いた。

 

「まあ、そうですね。」

「ジプソさんも、お母さんと知り合いなんですか?」

「え、ええ、まあ。」

「ジプソはな、昔、ねーちゃんにぼっこぼこにされとんよ。特に、あの赤い悪魔なんてこいつのエアームド、見るだけで振るえとったよなあ!」

 

その言葉に、セイカの脳内には、やんちゃな性格のブースターのことを思い出す。

すばしっこく、尚且つ好戦的な彼が嬉々としてフレアドライブをエアームドにぶち込むのが想像できた。

 

「そういうカラスバ様も、フシデと一緒にレディに挑んでブチのめされていたでしょう?」

「レディ?」

「あー、ねーちゃんのアブソル。ミアレの、まあ、やんちゃな奴らのことぶちのめしまくって、最初は白い悪魔って呼ばれとったんやけど。そのあだ名で呼ぶと余計にぶちのめされるから変えたんよ。」

 

それにキョウヤは、高貴な出の女性の敬称として使われていたことを思い出す。

 

(・・・レディかあ、いや、悪魔だろ。)

 

彼の脳内には、散々に大型ポケモンだろうとぶちのめすアブソルである。そんな中、セイカはカラスバに恐る恐る話しかけた。

 

「あの、カラスバさんって、昔はフシデとコイキングが手持ちでした?」

「・・・なんで知ってるん?」

「やっぱり!あの、お母さんがよくミアレにいたときの話をしてくれたんです!」

 

ミアレにいたとき、色々世話を焼いた子どもがいてな。

へえ、そうなの?

ああ、すばしっこくて頭のいいやつだったよ。フシデと、コイキングを連れててな。

 

母が話す異国の話は、セイカにとってまるでおとぎ話のようで夢中になったことを覚えている。

 

「弟分っていうか、そんなので。きっと、私たちのいいお兄ちゃんになってくれただろうって。」

 

セイカはそんなおとぎ話の中のような存在だった男に会えたことが嬉しくなり、嬉々として話し始めた。それと同時に、己の不躾さを理解して口を手で覆う。

 

「す、すみません・・・」

 

セイカはおどおどと目の前の人を見る。それにカラスバは心底驚いたような顔をして、それと同時に、何かとても、そうだ。

家の片付けで、偶然幼い頃に散々遊んだおもちゃや絵本が見つかったときのような、そんな顔をしていた。

 

「・・・・オレみたいなんには、ちょっと、荷が重いな。」

 

それでも、そういった笑みはとても優しいもので。

セイカは、目の前の人を、優しいのだと改めて考えたのだ。

 

 

「ランクアップ戦、キョウヤさんが。」

「・・・・呼び捨てで。」

「あー、キョウヤ、が相手なんてなあ。」

「そちらこそさすが、ランクが高い。」

 

「ええ、それ相応に荒事もありますんで。でも、ちょうどよかったわ。キョウヤとは、戦ってみたかったんで。」

丁度、キョウヤとセイカが帰ろうとしたとき、キョウヤのロトムにランクアップ戦のマッチングの通知が届いた。

すでにチケットを手に入れていたキョウヤはサビ組事務所でそのままバトルをすることになったのだ。

カラスバの座っていた机の向こう側、バトルコートで二人は向かい合っていた。

 

「それは、なんで?」

「カヌスのねーちゃんの息子やからな。バトル、強いんやろ?」

 

にやりと笑った男に、キョウヤは同じように微笑んだ。

かーんとロトム同士が打ち合う音が聞こえる。

ランクバトル開始の音が聞こえる。

 

「お手柔らかに。」

「残念ながらそれはできへんな。人もポケモンも生きてたら汚れていくもんや。その汚れを綺麗にする汚れ役も街には必要。この街がオレは好きやし、恩返しもしたい。そのためにAランクになって力を得る!」

 

その言葉にキョウヤは静かに微笑み、答える。

 

「その覚悟、しかりと受け止め、全力を尽くしますよ。」

 

それにカラスバは心底嬉しそうな顔をし、そうして、鼻の下をこする。

 

「・・・・立派です、坊ちゃん。」

「前言撤回です。その顔、全力で歪ませます。」

 

何回坊ちゃん呼ぶなと言えばいいのか、キョウヤの額に青筋が浮いた。

 

 

 

「よかったね!ランクアップ!」

 

そんな声をデウロが上げているのを聞きながら、セイカは副菜として作ったキッシュを見つめる。

キョウヤは無事にカラスバに勝利し、ランクアップを果した。

 

(・・・お兄ちゃんと、契りの技マシン貰ったけどよかったんだろうか?)

 

押しつけられた形の技マシンの存在に、自分がしてはいけない契約をした感覚がしていた。

それに加えて、兄は何やらカラスバと少し話し込んでいたような様子もあったのは気になった。

 

そこで話の上で、タウニーの借金の件になった。利子についてはなんとかなったので、残りは借りた分の十万だ。

「あの、それについては、私とお兄ちゃんで出すよ。」

「え!?」

 

驚いた様子のデウロのそれに、ピュールは言葉を重ねる。

 

「それは、あなた・・・」

「元々、一番の懸念だった宿泊先を用意してくれたのはタウニーだし。私とお兄ちゃんはロワイヤルである程度お金は稼いで余裕はあるから。」

 

元々、利子がなくなった後、キョウヤと話していたことだ。MZ団は、それぞれ余裕が無い若者だ。

セイカとキョウヤは、本来なら、家に帰る身であるし、夢があるとかではない。なにより、

 

(お父さんに、会える!)

 

そうだ、今日知ったその事実を前にすれば、自分たちがこの街に望むことはない。ならば、このホテルを、そうして、ロワイヤルに参加するきっかけを作ってくれたタウニーにはこのぐらいはしていいだろうということだった。

 

「太っ腹…いいえ、君たち、相当荒稼ぎしてましたもんね。」

ピュールのそれにセイカはあははははと苦笑いした。

「本当に、ごめん!えっと、キョウヤ、セイカ、必ずかえ・・・」

「いや、返さなくていいよ。」

 

タウニーの言葉を遮り、キョウヤは言った。それにタウニーが驚きの顔をする。それはセイカも同じだった。

話し合いでは、タウニーにゆっくりでも返して貰うはずだったのだ。

 

「お兄ちゃん・・・?」

「その代わり、ではないんだけど。みんなに伝えないといけないことがあって。」

 

俺とセイカは、このホテルを出て行くよ。

 

 

「な、なんで!?」

 

それにキョウヤは一口ティーカップに口を付けた。そうして、かちゃんと置く音がした。

 

「MZ団としては活動するよ。ロトムがいれば連絡はつくし。ただ、出来れば必要最低限の活動に止めようとは思ってる。」

「なんで!?」

「・・・・事情が出来た。」

「事情?で、でも、わざわざホテルから出て行く必要は無いじゃん!」

 

デウロのそれの後、セイカは不安そうにキョウヤの腕を掴んだ。それにキョウヤは、彼女にこのことを伝えなくてよかったと思った。

不安そうなMZ団の顔を見つつ、キョウヤは自分が何故そんなことを言ったのか、セイカに理解できるように口を開いた。

 

「姉さん。」

「お兄ちゃん、なんで急に・・・」

父さんに、会いたいんだろう?

 

その言葉にセイカは全てを理解したかのような顔をして、そうして、ずるりとキョウヤの腕から手を離した。

 

「きゅるるるる!?」

 

フラエッテが慌てた様子でセイカとキョウヤの周りをくるくるとうろつき始める。

それは明らかに、どうしてと言っているのがわかる。

けれど、キョウヤはあくまでそれを告げる気はなかった。

 

フラダリは、犯罪者だ。

いくら、自分たちにとっては会いたい父親でも。

 

フラダリの生存を知ったキョウヤはもちろん、嬉しかった。

嬉しかった、のだ。

けれど、それが、自分たちにとっては呪いが生き返ったのと同じでもある。

自分たちは、諦められる。

そういうものだし、そうして、父のしてしまったことはそういうことなのだ。

けれど、MZ団は違う。

人の口には戸は立てられない。

これからフラダリに会うとして。それから自分とフラダリの関係が広まったとき。MZ団に迷惑をかけるのは必須であるし、ホテルにもそうだろう。

 

(・・・・このまま、離れた方がいい。)

 

父親の様子からして、自分たちを認識は出来ていないのだろう。それは、純粋に思い至らないのか。

もう一つの可能性を考え、キョウヤはそれから頭を振り払う。可能性なんてものはいくらでも湧いてくるのだ。今は、すべきことに集中すべきだろう。

すでにカラスバに話を通し、安全なホテルを紹介して貰うことになっている。

 

(やけに嬉しそうな顔が気になる、いや、今は彼に頼るしかない。)

 

キョウヤが己の額に拳を押しつけていると、わざと明るい声音のデウロが話しかけてきた。

 

「も、もしかして、探してたお父さん見つかって、その人のところに行くの!?」

「あ、そ、そうですか!それはよかったです!」

 

わざと明るい声を上げているらしいピュールがそれに被せる。キョウヤはそれになんと答えるか悩み、セイカはもまた黙り込む。

その沈黙にタウニーが切り込む。

 

「それでも、わざわざMZ団の活動を制限するの?ロワイヤルだって、最強のメガシンカ使いのことはどうなるの!?」

「タウニー!」

「二人にだって事情が!」

 

タウニーが責め立てるようにそう言ったとき、キョウヤはここまでにしようと立ち上がろうとしたとき。けれど、その時、ぼそりとセイカが呟いた。

 

「・・・・私たちの、お父さんの、名前は。」

 

とめようか、そう思った。

 

(いいや、いいか。)

 

きっと、今、この瞬間、突放した方がいい。そちらのほうが、互いに傷つかなくていい。仕方が無いと納得して、静かに手を離すことが出来る。

 

「フラダリ。私たちの、お父さんは、フラダリ。フレア団の創始者の、フラダリ。」

セイカは幾度も噛みしめるように名前を呟いた。

 

部屋を思い沈黙が包んだ。

当たり前の話だと、キョウヤは息をつき、そうして、セイカを連れて立ち上がろうとした。

そろそろ来るはずだろうと。

が、それもまた一つの声に遮られた。

 

「だからなに!?」

タウニーががたりと音を立てて立ち上がった。そうして、セイカとキョウヤに向けて叫ぶ。

 

「お父さんがあの、フラダリだったとして!キョウヤとセイカは、キョウヤとセイカでしょ!親が誰でも変わらないよ!」

二人は、MZ団のメンバーだよ!

 

キョウヤは、それに度肝を抜かれた。

なんともまあ、ためらいの無い宣言だろうか。

忌まわしい立場、人に好かれるには重すぎる呪い。それを開示してなお、彼女は真っ直ぐに自分たちを見つめてそう叫ぶのだ。

言葉を失ったセイカとキョウヤに、デウロと、少し遅れてピュールが口を開く。

 

「そ、そうだよ!お父さんが誰でも関係ないよ!」

「キ、キミたちが、その、負い目を負うことはないと思いますよ?」

 

そのまま三人は口々に、言葉を重ねる。その言葉に、キョウヤとセイカは黙り込む。あまりにも、予想外の言葉に、何と返せばいいのかわからず。

けれど、それでも、ずっと、否定の言葉ばかりを予想していたのに、そんな言葉を返されてキョウヤは、隣に座るセイカの手をきつく握りしめた。セイカもまた、同じようにぎちぎちと握り返してくれた。

黙り込み、互いに歯を食いしばる中、フラエッテが自分たちの頭にその小さな手をそっと乗せる。

きゅるるるる、と、可憐な声で、彼女は自分たちに語りかける。

関係ないわ、と、そう告げているかのように聞こえた。

 

 

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