飛天の継承者外伝 ~雪幻に咲く花~   作:ファルクラム

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第2話「今と過去の友情」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業を終えてからも、興奮は冷めなかった。

 

 瑠香は自分の隣を歩く、細身の非常勤講師を、やや呆然とした眼で見詰めている。

 

 一見すると、戦いとは無縁そうな男性。

 

 昼下がりに取引先を回る営業マンのような印象さえある。

 

 しかしその実態は、高校1年生とは言え、猛り狂った武偵を片手で軽々とあしらえるだけの実力を持つ凄腕。

 

 恐らくは1年A組の全員が束になっても敵わないのでは、と思えるほどの実力者。

 

 元ロンドン武偵局所属の武偵であると言う。

 

 ヨーロッパは日本と比べても犯罪の発生率が高く、更に特殊な犯罪も多発していると言う。そのような場所で、第一線で戦って来たと言うのだから、只者ではないのだろう。

 

 雪代斎(ゆきしろ いつき)

 

 なぜ、そのような人物が、こんな日本の学校で、武偵とは全く関係ない数学教師をしているのか、謎であった。

 

「悪いね、四乃森。手伝わせちゃって」

「いえ、これくらいなら、何でもないです」

 

 気さくに話しかけて来る斎に、瑠香は恐縮してそう答えた。

 

 何度か話してみて、物腰は柔らかい方なのだ、と言うのが瑠香の認識であった。

 

 とかく、武偵校教師には暴力的であったり、加虐的であったりと危険人物が多い。目の前の新任非常勤講師がどのような人物なのかはまだ判らないが、少なくとも、こうして話している分には、威圧感を受けたり、とっつきにくいという印象は無かった。

 

 本当に、傍から見る限りでは、武偵校の教師と言うより、どこかの大学の研究員と言った方が判り易かった。

 

 その斎と、昼休みに再び行き合った瑠香は、ちょっと手伝うように頼まれて、現在に至る。

 

 瑠香の手には今、大量のプリントがある。

 

 授業初日である今日、斎は全員に、数学の実力テストを行ったのだ。一応、現在の皆の実力を見て、今後の授業方針を決めたかった為である。

 

 武偵校の偏差値は、一般校に比べると低い。これは一般教養よりも武偵としての戦闘技能や専門知識の方が優先されるからである。武偵校は教育委員会に認可された、れっきとした日本の高校ではあるが、事実上、半分は専門学校のような物なのだ。

 

 その為、一般教養はどうしても優先度が低く見られがちであるし、多くの人間がそれで納得している。

 

 学校卒業後は、大半の者が犯罪捜査の一線で活躍する事になる。斎のような進路を取る者の方が、寧ろ稀中の稀であると言えた。

 

 教務課の扉を開き、斎は当てがわれた席に来ると、授業で使った荷物を下ろした。

 

「手伝ってくれてありがとう」

 

 瑠香からプリントを受け取り、机の上に置く。

 

 武偵校では一般教科の授業は午前中の4限だけで、午後からは自由履修や任務執行の時間となる。

 

 非常勤講師の斎は、当然、午後から受け持つ授業も無い為、この山のようなプリントの採点を終えたら帰宅して良い事になっている。

 

「そ、それじゃあ、あたし、これで・・・・・・」

「ああ、うん。手伝ってもらって悪かったね。良かったら、お茶でも淹れるけど、どう?」

 

 わざわざこんな事に付き合ってもらったのだから、多少はお礼をしたかった。

 

 しかし対して、瑠香は慌てて首を横に振る。

 

「い、いえいえ、そんな、お気遣いなくッ」

「?」

 

 慌てて言いながら、そそくさと離れて行く瑠香を、斎は不審そうに見詰める。

 

 そこでふと、一番上に置かれたプリントに目を止めた。

 

「・・・・・・四乃森、ちょっと待った」

「ギクッ」

 

 斎の声に不審な物を感じた瑠香は、反射的に足を止めてしまう。

 

 斎が手にしたプリントは、先程行った実力テストの用紙である。その名前の欄には、「1年A組 四乃森瑠香」とバッチリ書かれていた。

 

 アチャーという顔をする瑠香。こんな事なら、気付いた時点でプリントの順番を入れ替えておくべきだった。

 

 斎はペン立てから赤のボールペンを取り出して、素早く添削して行く。

 

 その結果は、8点。

 

 因みにテストは10点満点ではなく、100点満点である。

 

「・・・・・・四乃森、これは無いんじゃないか?」

 

 呆れ気味な声と共に突きつけられた現実を前にして、瑠香は委縮するしかない。正直、瑠香自身も、これくらいの点数になるんじゃないか、とは思っていたのだ。だからこそ、それを指摘される前にさっさと退出してしまおうと思ったのだが、却ってそのせいで墓穴を掘った感がある。

 

 怒られる。

 

 首を竦めながら、恐々と釈明をする。

 

「えっと・・・・・・数学、苦手で・・・・・・」

 

 嘘では無い。数学は苦手科目の1つだ。ただし、苦手と言うなら、国語も社会も理科も英語も苦手だが。得意なのは体育と家庭科くらい。要するに、瑠香もまた、典型的な武偵校生徒、と言う事である。

 

 恐縮して小さくなる瑠香。

 

 そんな彼女を見て、斎は「しょうがないなぁ」と言う風に苦笑を浮かべながら、改めてプリントに目をやった。

 

「四乃森はさ、問題を良く読んでないんじゃないかな?」

「え?」

 

 顔を上げる瑠香に対し、斎は手にしたボールペンで、自分が気付いた箇所を指し示して行く。

 

「ほら、ここ。ここなんかは、何も難しい事はない。基本の公式さえ判っていれば簡単だよ」

 

 その公式なら、瑠香も知っていた。中学の頃に倣ったのを覚えていたのだ。

 

「ここは、じゃあ、こうですか?」

「そうだよ。何だ、判ってるじゃないか」

 

 そう言って笑い掛けて来る斎に、瑠香も自然と笑みを浮かべてしまっていた。

 

 この娘は決して、頭が悪い訳じゃない。

 

 斎は次の問題を教えてやりながら、内心でそんな事を考えている。

 

 ただ、自分の興味が向かない事柄に関しては、注意力がおろそかになりがちなのだ。そのせいで損をしている部分も多いのかもしれない。だから、じっくりと考えるように癖を付けてやれば、今よりも飛躍的に成績が向上する可能性がある。

 

 瑠香に問題を教えてやりながら、斎はそんな風に考えていた。

 

「じゃあ、先生。ここは、こうですか?」

 

 先程より、少し弾んだ声で尋ねて来る瑠香の横顔を、斎は微笑ましそうに眺める。

 

 勉強の良し悪しと言うのは、学力の有無では無い。ようは、興味が有るか無いか。それに尽きる。

 

 どんなに頭の良い人物でも、自分の興味がない分野ではどうしても手を抜きたがるものだ。その興味をいかに上手に向けてやるかで、教師の手腕が問われる。

 

『それにしても・・・・・・』

 

 先生。

 

 そう呼ばれるのは、いつ以来だろうか?

 

 そう、あれは多分・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・先生

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・先生

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「雪代先生!!」

 

 名前を呼ばれ、雪代斎は我に返った。

 

 武偵校卒業後。教員の道を目指したくて、資格を取るべく勉強を重ねて来た斎は、その最後の仕上げとしての教育実習に、母校である東京武偵校を選んだのだ。

 

 元々、勝手知ったるという事もあるし。結局のところ、教師を目指しているとはいえ、斎もまた武偵なのだ。自分が慣れ親しんだ空気は、そうそう変えられる物では無い。

 

 振り返れば、そこには2人の女子生徒が立っていた。

 

 やや小柄で、長い髪をポニーテールに結った少女が、腰に手を当てて呆れ気味に口を開く。吊りあがった目や、やや高い声など、活発な印象を受ける女の子である。

 

「もう、何回呼びかけても返事がないんだから。寝てるのかと思ったよ」

「ああ、ごめんごめん」

 

 そう言って、斎は赤面する。実際、ボーっとしていたのは事実だった。

 

 そんな斎の様子に、もう1人の少女がクスクスと笑い声を立てた。

 

 こちらもは髪をショートカットにした少女である。落ち着いた雰囲気があり、大人しそうな印象の女の子だった。

 

「先生も、お疲れみたいですね」

「あ、いや・・・・・・」

 

 確かに、少し疲れている。初めての教育実習と言う事で、どうしても緊張してしまうのは避けられない。昨夜などは殆ど眠る事もできなかったくらいだ。

 

 そんな斎の事情を察しているかのように、2人の少女はニコニコと笑顔を浮かべている。

 

 流石に、ムッと来るものがあった。確かに教育実習生としての自分は日が浅く至らぬ事もあるだろうが、年下の学生に舐められる訳にはいかなかった。

 

 何か答えようとして、ふと重大な事に気付いて愕然とした。

 

 目の前にいる2人の少女の名前を、斎はまだ憶えていなかった。顔は判るのだから、恐らく受け持ちのクラスの生徒であるのは間違いないのだが。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 必死で思い出そうとするが、無理だった。何しろ、赴任して、まだ1日目である。担当クラスの生徒全員の、顔と名前を一致させるのは流石に不可能だった。

 

「どうかしました?」

 

 怪訝そうな顔で尋ねて来るショート髪の女の子。

 

 対して、

 

「えっと、名前、何だっけ?」

 

 情けない事に、そう尋ねる事しかできなかった。

 

「先生・・・・・・」

「あのねぇ・・・・・・」

 

 呆れ気味な2人の視線が、とても痛かった。

 

 対して斎は、ひたすらに恐縮するしか無かった。

 

「ご、ごめん」

「ま、しょうがないか」

 

 ポニーテールの女の子は、苦笑しながら言った。

 

「いい? 一度しか教えないからね。あたし達の名前は・・・・・・」

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

 

「先生ってば」

「ッ!?」

 

 瑠香に名前を呼ばれ、斎は我に返った。

 

 そう言えば、まだ彼女に問題を教えている最中だった。

 

『いかんいかん』

 

 心の中で苦笑する。こうしてたまにボーっとしてしまう所は、昔から変わっていなかった。

 

「えっと、それで、どこまで教えたっけ?」

「問4の②までですよ」

 

 そうだった。と思い出し、自分の醜態を誤魔化すように、問題を教え始める。

 

 対して瑠香も、斎の教えを一生懸命聞きとろうとしていた。

 

 その様子を見ながら、ふと斎は考える。

 

『そう言えば・・・・・・』

 

 あの時の会話。

 

 確かあれが、『彼女』と交わした、初めての会話だった筈だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斎の元を辞した瑠香は、その足で教室へと戻った。

 

 時刻は昼時。これから午後には、各々の専門科目の授業となる。

 

 瑠香は諜報科に所属している為、専用の座学か、潜入捜査の実地訓練、トラップだらけのアスレチック訓練になる。

 

 何はともあれ、まずは腹ごしらえが必要となるだろう。

 

 瑠香は鞄と一緒にしておいた弁当箱を取って立ち上がる。

 

 学食で食べても良いのだが、何しろ武偵校の学食はまずい事で有名である。瑠香も一度食べてみたが、正直、偶にならともかく、毎日のようにアレを食べるのは御免こうむりたいところである。

 

 幸いにして、実家が旅館を経営している関係で、瑠香は料理が得意である。朝起きて、自分の分と戦兄の分を作るのが、瑠香の朝の日課になっていた。もっとも、今朝は遅刻しそうになったせいで、作ってあげる事が出来なかったが。

 

 さて、折角だから、どこか教室以外の場所で食べようか。そう思い、弁当を持って立ち上がった時だった。

 

「おーい、瑠香ちゃん!!」

 

 名前を呼ばれて振り返ると、小柄な女の子が手を振っているのが見えた。短い髪をツインテールに結った、可愛らしい外見の少女である。

 

 その少女と机をくっつける形にして、ショートポニーに髪を結った、少し背の高い少女と、髪をストレートに下ろした、整った顔立ちの少女が一緒になって弁当を囲んでいた。

 

「おお、あかりちゃん。どしたの?」

 

 瑠香を呼びとめた少女の名前は間宮あかりと言い、瑠香とは入学した初日に仲良くなった女の子である。とにかくパタパタと走りまわっている事が多く、その小柄な容姿と相まって、まるでリスかハムスターのような愛くるしさがある。

 

「瑠香ちゃんが来るのを待ってたんだよ。一緒に食べよ」

「あ、そうだったんだ。ごめんね。待たせちゃったみたいで」

 

 言ってから、瑠香も自分の為に用意しておいてくれたらしい椅子に腰かけた。

 

 すると、早速、ショートポニーの少女が話しかけて来た。

 

「そう言や、例の数学の先生に着いて行って随分時間かかってたみたいだけど、何かあったのか?」

 

 こちらの少女の名前は、火野ライカ。あかり共々、強襲科に所属する少女である。徒手格闘における成績は男子顔負けであり、早くも学年随一と噂されている。

 

「いや、ライチー。ちょっと先生から勉強教わってただけだよ」

「ふーん、勉強ねー。て言うか、瑠香。お前いい加減その『ライチー』ってやめろよ」

 

 少しうんざりした調子で、ライカはそう言う。知り合ってすぐに、瑠香がライカに付けた仇名だが、どうやら本人はお気に召さない様子だ。

 

「えー良いじゃんライチー。可愛いよ」

「いや、可愛く無くて良いから」

 

 肩を竦める瑠香に、半眼で突っ込みを入れるライカ。

 

 男子並みに背が高く、なおかつ強襲科1年随一とも噂される戦闘技術から、密かに「男女」などと陰口を叩かれているライカである。確かに、この手のあだ名は、本人の言うとおり、そぐわないかもしれない。

 

 もっとも、瑠香としても折角付けた仇名を撤回する気はない。何より、そのギャップが面白いと思っているからである。

 

「まあ、呼び方なんて、人それぞれでしょうし」

 

 微笑みながらそう言ったのは、あかりの傍らに座っている、もう1人の少女だった。

 

 こちらの少女は、探偵科に所属しており、名前は佐々木志乃。どちらかと言えば男勝りな印象のあるライカと比べて、こちらは、おっとりとした、落ち着いた雰囲気のある。長いストレートの黒髪と相まって、これぞ日本美人と言った風情の少女である。

 

 あかり、ライカ、志乃。この3人が現在、瑠香がクラス内で最も親しくしている友人達である。3人とも、入学して間もなく知り合い、すぐに打ち解ける事ができたのだ。

 

 実は、京都から東京に進学した瑠香にとって、こちらで友達ができるかどうかは、不安材料の一つであった。

 

 戦兄(あみこ)の少年は、「瑠香は性格が明るいし、積極的だから、きっと大丈夫だよ」などと言って安心させてくれたが、やはり馴れない土地での不安も大きかった。

 

 そんな不安を解消してくれたのが、この3人だった。

 

 明るくて、いつも元気一杯のあかり。少々ガサツだが、面倒見のいいライカ。控えめながら、優しい雰囲気の志乃。

 

 一見すると個性も性格もバラバラの3人だが、却ってそれが、アウェー感を持て余していた瑠香を受け入れる余地を生んだのかもしれなかった。

 

 今ではすっかり仲良くなり、瑠香にとっては一番の友達でもある。

 

「お、瑠香、その卵焼き美味そうだな。一個貰うぞ」

「ちょッ、ライチーッ!!」

 

 瑠香が制止する間もなく、ライカは瑠香の弁当箱から卵焼きを1個摘んで口の中に放り込んでしまった。

 

「あ、ああ~~~」

 

 本日の自信作である卵焼きを横からかっさらわれ、世にも情けない顔をする瑠香。

 

 それを見て、あかりと志乃も笑い声を上げる。

 

 やがて、卵焼きを平らげたライカが、ニッと笑みを浮かべて親指を立てて来る。

 

「ん。美味いな。相変わらず良い腕だよ」

「そーですか。そりゃーどーもー」

 

 ブー垂れたまま、ご飯をもそもそと口に運ぶ瑠香。まこと、食い物の恨みは恐ろしいと初めに言った人間は偉大だった。

 

「そう機嫌悪くすんなって。ほら、あたしのパン、少しやるから」

「ありがと、って、これただのパン屑じゃんッ!!」

 

 殆ど食べ残しと言っても過言でない程度の屑を弁当箱に乗せられ、瑠香はライカに向かって吠える。

 

 一方のライカは先程のお返しだとばかりに、掴みかかろうとする瑠香の額を押さえてリーチが届かないようにしている。

 

 瑠香とライカは20センチ近い身長差がある為、当然、リーチもライカの方が長い。この体勢になったら、瑠香は最早、虚しく腕を振り回す以外にできる事は無かった。

 

 その時、瑠香がスカートのポケットに入れておいた携帯電話が振動し、メールの着信を告げた。

 

「ん、何だろ?」

 

 取り敢えず、ライカにじゃれるのをやめて、携帯を開いて見る。その隙に、皿にライカにタコさんウィンナーを取られたが、取り敢えずひと睨みだけしておく。あとで何か仕返ししてやろうと心に決めながら。

 

 携帯の液晶に、素早く目を走らせる。

 

「瑠香ちゃん?」

「どうかしました?」

 

 怪訝な顔つきで尋ねて来るあかりと志乃に対し、少し深刻な顔をしながら携帯を閉じて答える。

 

「うん。あたしの戦兄から。任務に動きがありそうだから、ごはん食べたら来てくれ、だって」

 

 午後の自由履修の時間には授業では無く、任務を行う事もできるのが武偵校の校則である。1年生の場合、まだそれほど難度の高い任務は降りて来ないのだが、今回、瑠香は戦兄の助手と言う形で任務を請け負っている為、事実上、2年生と同規模の難易度任務となっていた。

 

「戦兄かぁ・・・・・・」

 

 溜息交じりにそう漏らしたのは、自分の弁当を食べ終えたあかりであった。

 

 その目は、どこか遠くを見つめるようにしている。

 

「ん、あかりちゃん、誰かと徒友組む予定でもあるの?」

 

 自分の席に座り直し、尚も獲物を狙う猛禽の如くこちらを見ているライカから、がっちりと弁当箱をガードしつつ、瑠香が尋ねてみる。

 

 瑠香の例を見るまでも無く、1年生でも、既に何組かの徒友が結成されている。あかりが誰か、気にいった先輩の元で徒友を組みたいと思う事は、決して早いとは言えなかった。

 

「うん、まあ、ね」

 

 呟くように言いながら、あかりはそれ以上、口を噤んでしまう。普段の元気一杯のあかりにしては、珍しいく歯切れが悪い。傍らの志乃も、心配したようにあかりを眺めている。

 

 何か、言い難い相手なのかもしれない。

 

 徒友制度の有効期限は1年間。相手は慎重に選ばないと、最悪、1年間を無駄にしてしまう事もあり得る。高校生にとって、1年と言う時間は決して短くは無かった。

 

 溜息交じりに遠くを見るあかりを、瑠香は怪訝な瞳で見詰めているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赴任第1日目としては、充分だったのではないだろうか。

 

 自宅に戻り、リビングのテーブルで、冷えたウーロン茶を飲みながら、斎はそんな事を考えていた。

 

 この味も、海外、とくにヨーロッパではなかなか味わえない物である。ロンドンでも、日本人街まで行けば手に入る事は手に入るのだが、斎達が住んでいた場所は日本人街から離れており、わざわざウーロン茶を買いに、そこまで行くのも億劫だったのだ。

 

 取り敢えず今日1日、教師として母校で過ごしてみて感じた事は、「何とかやっていけそうかな」と言う事だった。

 

 その中で、最も印象に残ったのは、

 

「やっぱり、あの娘の事かな」

 

 斎は1人の少女の事を思い出していた。

 

 四乃森瑠香。

 

 斎にとって、本日一番のインパクトは、間違いなくあの少女だった。

 

 何しろ、出会いからしてインパクトがあり過ぎた。廊下を走って来て角でぶつかるとは、ある意味でき過ぎだろう。

 

 これで斎が教師では無く、瑠香と同い年の学生であるなら、見事に典型的なラブコメの成立である。

 

 溌剌とした雰囲気のある、元気な少女だった。

 

 更に言えば、ちょっと『彼女』に似ていると思った。もしかしたら、瑠香と話している時、ふと物想いに耽ってしまったのは、そのせいもあったのかもしれない。

 

 ウーロン茶を飲みほしたグラスを、テーブルに戻す。

 

 恐らく、これから困難も多いだろう。

 

 元々、斎が日本に戻ってきたのは、教職に就く為ではない。緑松との会話にあった通り、「あの組織」との決着を付ける為でもある。

 

 この7年間で、刃を交える事十数度。斎自身、奴等の仲間を何度も葬ったが、斎の仲間もまた、幾人も帰らぬ人となった。そして何より、「彼女」を奪って行ったのも、奴らである。

 

「ケリは付けるさ。今度こそね」

 

 固い決意は、低い響きとなって大気に溶けて行く。

 

 その時、玄関の扉が開く音がした。

 

「ただいまー!!」

 

 パタパタと言う足音が聞こえて来る。どうやら、愛那が帰って来たらしい。

 

 リビングの扉が開き、愛娘の笑顔が顔を覗かせる。

 

「お父さん、ただいま!!」

「お帰り。学校はどうだった?」

 

 笑顔で尋ねる斎に、愛那は駆け寄って来ると、勢い込むように告げる。

 

「あのね、今日学校に行ったら、もうお友達ができたんだよ!!」

「そっか。それは良かったね」

 

 愛那の頭を撫でてあげながら、止め処無くしゃべる娘を愛おしく見詰める。

 

 この娘の為にも、1日でも早く、戦いを終わらせてやりたかった。

 

 

 

 

 

第2話「今と過去の友情」      終わり

 

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