飛天の継承者外伝 ~雪幻に咲く花~   作:ファルクラム

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第3話「彼方への憧憬」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、その時間に、四乃森瑠香が学校に登校したのは、ただの偶然だった。

 

 戦兄が抱えている任務も最終の詰めの段階に入っている。

 

 連日のように諜報任務に当たっている瑠香だが、ここらで休養も取る必要があった。

 

 と言う訳で、一息入れるついでに学校に顔を出した訳である。一息入れるなら寮の部屋で休んでいたいのだが、戦兄から「任務中は緊張感を切らさないようにすることも大事」との指導を受けた為、眠い目をこすりながら学校に出て来た次第である。

 

「あふ・・・眠・・・・・・」

 

 人目もはばからず、大きく口を開けて欠伸をしながら歩く瑠香。

 

 瑠香の戦兄である緋村友哉は強襲科の2年である。普段は温厚な性格であり、見た目は少女然としている事もあり、傍から見れば厳しさなど無縁な、優しい人間に見える。

 

 だが、こと任務や訓練となった場合、鬼か修羅かと見紛わんばかりの様相を見せる。

 

 他の人から見れば、優しい戦兄に見えるかもしれないが、そんな事情である為、付き合わされる瑠香としては良い迷惑とまで行かずとも、生傷が絶えない、などと言う事も珍しくない。

 

 もう少しこっちの身にもなって欲しいと思わずにはいられなかった。

 

 もっとも、だからと言って、友哉の戦兄になった事を後悔しているか、と問われれば、微塵もそのような事は無いのだが。

 

 彼がいるからこそ、瑠香は東京武偵校への進学を決めたのである。

 

 それは友哉が単純に、武偵として高い実力を持っているからと言うのもある。まだ2年生であるにもかかわらず、刀剣を用いた近接戦闘力においては他の追随を許さない。

 

 更に言えば、幼馴染で気心が知れている、と言うのも大きい。直接的な指導の際、互いの呼吸が判っているので指導する側も、指導を受ける側もどう動けばいいのか判っている。

 

 だが、それより何より、瑠香の中で大きな割合を占めているのは、子供の頃から今まで、瑠香の中で息づく、秘めた淡い想いが大きかった。

 

 この想いは、友哉本人は勿論の事、他の誰にも話した事は無い。話すにはまだ、瑠香自身に勇気が足りないし、何よりまだその時期ではないと思っていた。

 

 幸いな事にと言おうか、不幸な事にと言うべきか、友哉は瑠香の想いに全く気付いていない。だがいつかは、この想いを形にできる日が来る事を、夢見てやまなかった。

 

 そんな事を考えている内に、一般校区北の校門まで来た。

 

 眠さとダルさは、爪先から体を浸して行くかのようだ。

 

「・・・・・・ダメだ。とにかく、教室入って、少し寝よう」

 

 できる事なら、そのまま1時限目は眠って過ごそう。

 

 一般校ではありえない不埒な事を呟きながら、瑠香が校門の方に歩いて行った時だった。

 

「・・・・・・あれ?」

 

 何やら、校門の前に人だかりができ、喧騒めいた騒ぎが起こっているのが聞こえて来た。

 

 場のどよめき、重なり合う声や雰囲気からして、何か良くない事が起きている事は、すぐに判った。

 

 若干の好奇心に誘われるようにして、瑠香は人だかりの方へと足を向ける。

 

 だが、既に相当数の人間が集まって人垣を形成している為、最後尾からでは何が起きているのか把握する事ができない。

 

「ちょ、ちょっとごめんなさい。通りまーす!!」

 

 言いながら、人垣を縫うようにして最前列の方へと潜っていこうとするのだが、なかなか思うように前へ進めない。人垣が思った以上に厚いのと、瑠香自身が疲れており、思うように動けないでいるのが大きかった。

 

 この時、瑠香の視界からは確認する事ができなかったが、人垣の中心では深刻な騒ぎが起こっていた。

 

 停車している囚人護送車両から、手錠を掛けられた男達が出て来て、運転していたらしい車輛科の女子達を締め上げていたのだ。

 

 どうやら、護送しようと車に乗せた一瞬の隙を突かれたらしい。隔離している格子の錠を破り、脱走を企てた様子だ。

 

 男達は3人。皆体格も良く、力が強い印象がある。対照的に、標的になっている車輛科の女子2人は、1人は襟首を締め上げられ、もう1人は腕を極められた状態にある。それでなくとも車輛課所属の学生は、一部を除いて荒事には向いていない者が多い。こう言った不測の事態に対応できないのだ。

 

《トイレ貸せって言ってるだけだろッ》

《人権無視すんなッ!!》

 

 口々に罵り声を上げる男達。恐らく中国語か韓国語と思われるが、実際に何を言っているのか聞き取れる者は少ない。

 

 男達の共通点として。両腕全体に蛇のような刺青をしている。恐らく、何か共通のトレードマークか何かのようだ。

 

 朝の武偵校前でのこの騒ぎは、登校してきた生徒達の注目を否が応でも集めている。だが、あまりの事態に、誰もとっさに対応できないのだ。いかに荒事を扱う武偵とは言え、全員が全員、戦闘に慣れている訳ではない。逆に、荒事を専門に扱う学生は、強襲科など、一部の者達に限られるくらいなのだ。

 

「ちょ、通してってばー!!」

 

 未だに事態を把握できないでいる瑠香。

 

 その時、

 

Bad Loosers(やめなさい)!!」

 

 凛と響く声が、喧騒を切り裂いて響き渡った。

 

 その声は一瞬で浸透し、場を全て己の色に染めてしまう。

 

 静まり返る周囲。

 

「え、何ッ? 何ッ?」

 

 周囲を人が気に囲まれたまま、状況把握できない瑠香を余所に、事態は変化を起こしていた。

 

 世にも珍しいピンク色の髪をした少女が、男達の前に進み出る。

 

 小柄な少女で、恐らく瑠香よりも背が低い。長い髪は少女の腿のあたりまで伸び、ツインテールに結ばれていた。

 

《何だ、このチビっ娘?》

 

 男の1人が少女に手を伸ばそうとした。

 

 次の瞬間、

 

 少女の鋭い掌底が男の顎を打ち抜いた。

 

《うあっ!?》

 

 悲鳴を上げる男の腕を掴み、勢い良く投げ飛ばす少女。

 

 それだけで、男は地面に泡を吹いて伸びてしまう。

 

《このガキ!!》

 

 別の男が、少女に殴りかかる。

 

 が、少女はそれも軽くいなすと、カウンター気味に放ったストレートで殴り飛ばした。

 

 残るは1人。褐色の肌をした、3人の中で最も大柄な男が、手錠に繋がれたままの腕を振り上げている。そのまま、殴りつけようと言うのだろう。

 

 男の体格から言って、命中すれば少女にとって大ダメージは免れないのは目に見えている。

 

 しかし、

 

 振り下ろされる腕は、しかし少女を捉える事無く、虚しく空を切る。

 

 男の一撃を一瞬で回避した少女は、一瞬で背後から男の肩に乗り、両膝で相手の首をがっちりとホールドすると、そのまま勢い良く捩じってしまった。

 

 最後の1人が、泡を吹いて地面に倒れる。

 

 それで終了。

 

 あれだけ暴威を振るっていた男達を制するのに、1分もかからず、尚且つ当然のように、少女は息一つ切らしてはいなかった。

 

You should know when to give up(往生際が悪いんだから)!」

 

 長いツインテールを靡かせて悠然と告げる少女の姿からは、ある種の気品すら感じる事ができた。

 

 その頃になって、ようやく強襲科の応援部隊が姿を現わした。

 

「こいつらはただの窃盗団だった筈よ。尋問科(ダギュラ)にぶち込んどいて。鑑識科(レピア)は現場を検証。まだ仲間がいる筈よ。注意してね」

 

 手慣れた様子で指示を出して行く少女。

 

 やがて、事態も収集し、野次馬と化していた生徒達も三々五々散っていく。とんだ騒ぎで足を止められたが、始業も近い為、いつまでも油を売っている事はできなかった。

 

「・・・・・・えっと、それで結局、何があった訳?」

 

 一人取り残され気味の瑠香は、誰にともなく呆然とそう尋ねる。

 

 だが当然の如く、その質問に返る返事はない。

 

 ようやく視界が開けて彼女が見た物は、既に犯人の再収容も終わり、鑑識科の生徒達が立ち入り禁止用の黄色テープを張っている光景だった。

 

 どんな騒ぎがあって、誰がそれを収めたのかすら判らない。

 

 一つだけ幸いな事があるとすれば、眠気が綺麗さっぱり吹き飛んでしまっていた事くらいだった。

 

 

 

 

 

 一連の光景を、別角度から興味深げに見詰めている人物がいた。

 

 雪代斎が校門前に到着したのは、まさに戦闘が開始される直前だった。

 

「お?」

 

 目を見張る斎。

 

 その彼の目の前で、ピンク色のツインテールを靡かせた少女が、可憐その物の身のこなしで、自分の体に倍する体躯を持つ男達をなぎ倒していた。

 

 やがて、少女は男達を制圧すると、相棒らしき緑髪の少女に何事か指示を出し、自身も足早に去っていった。

 

「て言うか・・・・・・あれ、アリアさん・・・・・・か?」

 

 去っていくピンク髪の後姿には見覚えがあった。と、言うより、あんな特徴的な姿をした人間、この世に2人もいないだろう。

 

 その姿に、フッと笑みを浮かべる。

 

「・・・・・・そっか。彼女も日本に来てたのか」

 

 同じロンドン武偵局にいた頃に、何度か一緒の任務を行った少女だ。

 

 彼女なら、あの程度の相手を叩き伏せるくらい訳はないだろう。

 

 しかし、

 

「・・・・・・これは、いよいよきな臭くなってきた、かな」

 

 他の者に聞こえないように、そっと呟く。

 

 アリアが現れた場所には、必ず大なり小なり事件が起こる。傍から見れば迷惑だが、ある意味、退屈せずに済みそうだ。

 

 そう考える斎の顔には、苦笑とも諦念ともつかない表情が浮かべられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 休み時間に入る頃、手洗いから戻った瑠香は何とも気無しに、友人である間宮あかりの方に視線を向けてみた。

 

 人一倍小柄であるあかりだが、何気にクラス内ではある種の存在感のような物を出している。別段、あかり本人に凄みや殺気めいた物がある訳でもないのだが、大勢の中にいても埋没しない個性のような物を持っているように思えた。

 

 そのあかりが、机に向かって何かを書いているのが見えた。

 

 どうやら、何らかのプリントであるらしいが、書いているあかり自身は何やら嬉しそうにしているの。

 

 少し興味を引かれた瑠香は、そっと歩み寄って声を掛けようとした。

 

「あかりちゃ・・・・・・」

 

 しかし、そんな瑠香よりも一瞬速く、長身の影があかりに覆いかぶさった。

 

「頂きッ」

 

 先刻まであかりの斜め後ろで漫画雑誌を読んでいた火野ライカが、あかりの手の下からプリントを奪い取った。

 

 あかりが驚く間もなく、ライカは彼女の体を掬いあげるようにして抱えてしまう。

 

「わっ、ちょ、ライカ!?」

 

 そこでようやく、事態に気付いたあかりが抗議の声を上げるが、30センチ近く互いの身長差がある為、こうなると完全に、あかりの足は床から浮き上がってしまう。

 

 あかりを抱えた状態のまま、ライカは奪い取ったプリントに目を向けた。

 

「あかり、お前、アリア先輩と戦姉妹契約したいのか?」

 

 その声には、若干の呆れが含まれているのが判った。同時に、どさくさに紛れて、あかりの(殆ど無い)胸を揉みしだくライカ。

 

「何すんだー、このチカン!!」

 

 あかりはじたばたともがくが、床に足がついていない状態なので如何ともできない状態だった。

 

 そのやり取りを、傍らで見ていた佐々木志乃が口を挟んで来た。

 

「戦姉妹。あのツーマンセルの特訓制度ですよね。確か、瑠香さんも、2年男子の方と戦兄妹契約を結んでいる」

「うん、そだけど・・・・・・」

 

 そこでふと、瑠香は疑問に思った事を口にした。

 

「ところで、アリア先輩って誰?」

 

 瑠香には聞いた事のない名前だった。ライカの口ぶりからすると、結構な有名人のようにも聞こえるのだが。

 

 次の瞬間、

 

 あかり、ライカ、志乃の3人から、可哀そうな子を見る目を向けられてしまった。

 

「瑠香ちゃん・・・アリア先輩知らないの?」

「え、もしかして、結構な有名人だったりする?」

 

 自分は時代の波に乗り遅れているのか? と少し不安になって来る瑠香。

 

 そんな瑠香を見て、ライカは溜息交じりに口を開く。

 

「あのな、アリア先輩って言うのは・・・・・・」

 

 ライカの説明によると、

 

 アリアとは、本名、神崎・H・アリア。

 

 強襲科(アサルト)の2年生で、拳銃、格闘術のエキスパート。英国貴族の出身で、14歳からロンドン武偵局に所属。欧州各地を転戦し、犯罪検挙率は99パーセント。2丁の銃と2振りの刀を自在に操る姿から、付いた通り名は「双剣双銃(カドラ)のアリア」。

 

「へぇ、凄い人なんだね」

 

 そう言ってから、瑠香は改めて、ライカの腕に抱えられているあかりに目をやった。

 

「じゃあ、そのアリアって人に教えてもらえたら、あかりちゃん、すごく強くなれるんじゃない」

「バーカ、そう簡単にうまくいくかよ」

 

 あかりが答える前に、ライカが呆れ気味に言う。

 

「どう言う事?」

「アリア先輩の武偵ランクはSなんだよ。それに、今まで戦姉妹志望者を20人連続で不採用にしたってのは、有名な話だぜ」

 

 それは、確かに難問だった。

 

 それほどの実力者であるなら、今まで後輩からも引く手数多であったであろう。しかも、世界最高峰とも言えるSランク武偵と来れば尚更であった。

 

 翻って、あかりの武偵ランクは、

 

「Eランクのあかりなんか、見向きもされないっての」

 

 最低ランクであるE。これでは確かに、釣り合いが取れない、と言われても仕方がないかもしれない。

 

 因みに、瑠香のランクはCである。ただし、あかりは強襲科(アサルト)、瑠香は諜報科(レザド)である為、ランクの差がイコール実力の差であるとは限らない。学科が違えば求められる技術も異なる。当然、裁定方法も異なるのだ。

 

 余談だが、瑠香の戦兄である緋村友哉は強襲科(アサルト)のBランクである。剣士としては高い実力を持っているのだが、いかんせん、徒手格闘や射撃技術の面が惨憺たる物である為、そちらの方で足を引っ張ってしまっている。

 

「分不相応って言うんですよ、そう言うの」

 

 普段は比較的、あかりの味方に回る事が多い志乃にまで、おっとりと、しかし諭すような口調で言われ、あかりは涙目になってしまう。

 

 釣り合いが取れない事くらい、あかりにだって判っている。

 

 だが、それはそれ、これはこれだ。憧れを簡単に捨て去る事なんてできない。

 

「と、とにかく、返せ~!!」

 

 じたばたともがきながら、どうにか腕を伸ばしてプリントを奪い返そうとするあかり。

 

 だが、体格差はそのまま膂力の差に繋がる。

 

 ライカはあっさりとあかりをねじ伏せると、肘の関節を背中に極め、机に押し付ける形でホールドしてしまった。

 

「ヘッヘッヘッ あたし自ら逮捕術の特訓つけてやるよ!!」

 

 こうなると、力の強いライカから逃れる手段は殆ど無い。瑠香も一度やられた事があるが、全く抜け出す事ができなかった。

 

「ちょっとライチー、やめてあげなよ」

 

 苦笑交じりに、瑠香は制しに入る。

 

 無論、ライカが本気ではない事は瑠香にも判っていたが、流石に、見ていてあかりがかわいそうになって来た。

 

 次の瞬間だった。

 

 一瞬、

 

 あかりが僅かに視線だけで振り返ったと思った。

 

 調子に乗っていたライカも呆然とする中、

 

 あかりは一瞬にしてその腕の中から抜け出し、ライカの背後に着地した。

 

「・・・・・・・・・・・・え?」

 

 傍で見ていた瑠香にも、一瞬何が起きたのか判らなかった。

 

 それは、当のライカも同様だったらしい。

 

「あ・・・れ?」

 

 空になった手を、呆然と見詰めるライカ。

 

 対して、プリントを奪い返したあかりは、舌を出してベ~として見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言え、現実は厳しい物がある事は、厳然たる事実である。

 

 午後の専門授業を終えた後、瑠香、あかり、ライカ、志乃は連れ立って校門を出た。

 

 しかし、

 

 射撃訓練の結果が掛かれた用紙を見て落胆しているあかりの様子には、瑠香もさすがに同情を禁じ得ないでいる。

 

 書かれたスコアは、

 

 6発/700発

 

 144名中 144位

 

 惨憺と言う言葉すら、生ぬるさを感じる。

 

 そして、これ見よがしとしか言いようが無いくらい、デカデカと書かれた「ランクE」の文字。

 

強襲科(アサルト)、やめた方が良いんじゃないですか?」

 

 控えめに、志乃があかりに言う。

 

 正直、流石にこれでは、話にならない所ではない。武偵校はおろか、一般人でも、もう少しましなレベルの人間がいそうである。

 

 武偵は何も、戦うだけが能ではない。装備科や車輌科のような技術職もあれば、救護科や衛生科のような、戦いとはほぼ無縁な科目もある。それらも、武偵としては立派な力である。

 

 何も強襲科(アサルト)に拘る必要は無い。もっと広い目で見て、才能を探る事も重要なのだ。

 

 だが、親友の勧めにも、あかりは頑なに首を振る。

 

「やめない。アリア先輩と同じ強襲科(アサルト)戦姉妹(アミカ)契約したいんだもん」

「あかりちゃん・・・・・・」

 

 もはや意固地になっているとしか思えないようなあかりの態度に、瑠香も言葉が続かない。

 

 とは言え瑠香自身、友哉への想いを胸に抱いて東京武偵校へと進学した身である。あかりの気持ちも判らないではないのだが。

 

「何なら、あたしが近接戦技(CQC)、教えてやろうか?」

 

 ライカはそう言って、食べかけのホットドッグをあかりへと突きつける。

 

 対して、あかりは頬を膨らませてそっぽを向いた。

 

「ライカは馬鹿でエッチだからやだ」

 

 その言葉に、瑠香は苦笑しか出ない。

 

 確かに、ライカは徒手格闘の授業で、やたら体を触ってくる。瑠香も何度か被害に遭っている為、あかりの気持ちはよく判った。

 

 だが、あかりの意固地な態度が、ライカにはカチンと来たらしい。

 

「馬鹿はそっちだぜ!!」

 

 激したように、ライカはあかりに言い募る。

 

「アリア先輩は強襲科のトップ!! お前はビリ!! 組むどころか、口きけるチャンスすらねーんだよ!!」

「ちょ、ライチー、言い過ぎだって!!」

「いいえ、瑠香さん。ライカさんの言うとおりです」

 

 ライカを制止しようとする瑠香を、志乃が横から引き止める。

 

「人には適性や、身の程と言う物があるんです」

 

 ライカよりもやんわりと、それでいて確固として、あかりに叛意を促す志乃。

 

 この場にあって、明確にあかりに味方する者はいない。

 

 瑠香ですら、内心では正直、厳しいと思っていた。

 

 このままでは、あかりが傷つくばかりだ。可哀そうだけど、ライカや志乃の方が首長としては正しい。

 

 そう思った。

 

 その時だった。

 

 瑠香はふと、向けた校門の先に、いつもとは違う風景がある事に気が付いて動きを止めた。

 

「あれ?」

「どうかしましたか、瑠香さん?」

 

 志乃が怪訝な面持ちで尋ねてくるが、瑠香は視線を外す事無く、校門の方を見続けている。

 

 そして、

 

「ごめん、先行ってて。あたし、ちょっと用事できたから!!」

「あ、おい瑠香!!」

 

 ライカが止めるのも聞かずに駆け出す瑠香。

 

 そのまま、後門の方へと走って行く。

 

「どうしたんだろ、瑠香ちゃん?」

「さあな」

 

 揃って首をかしげる一同。

 

 彼女達の頭上から、鋭くも可憐な声が投げかけられたのは、その時だった。

 

 

 

 

 

 瑠香が校門の前へと駆け寄ると、その人物の事が良く見えるようになった。

 

 高校生、ではない。もっと小さな子供、女の子だ。

 

 東京武偵校付属小学校の制服を着ている所を見ると、そこの生徒らしいのだが、

 

「あなた、こんな所でどうしたの?」

「え?」

 

 突然声を掛けられ、女の子は驚いたように顔を上げた。

 

 可愛らしい子である。

 

 澄んだ瞳とふっくらした桜色の頬を持ち、キョトンとした面持ちで瑠香を見上げている。

 

 こんな所に小学生の女の子が1人でいる事に不審を抱いた瑠香は、気になって声を掛けてみたのだ。

 

 これが男だったら不審者のそしりを免れない事だろうが、幸いにして瑠香は女だ。いきなり声をかけたとしても、不審に思われる可能性は低いだろう。

 

 しかし、それでもいきなり知らない人から声を掛けられれば、誰だって驚くものである。少女もまた、少し警戒するような瞳で瑠香を見上げている。

 

 その様子を見てとり、瑠香は慌てて弁解する。

 

「あ、ご、ごめんね。何か、こんな所にあなたみたいな子が1人でいたのが、ちょっと気になっちゃって」

 

 何しろ、ここはお世辞にも安全地帯とは言い難い。

 

 荒事を専門的に扱う武偵の高校である。中には必要以上に血の気の多い人間も少なくない。加えて、今朝のような騒ぎもある。小学生の女の子が、1人でいて良い場所ではなかった。

 

「1人で来たの? お父さんか、お母さんは? ここは危ないから、お家に帰った方が良いよ」

 

 とにかく、理由はどうあれ、どこか安全な場所に移動した方が良いだろう。

 

 だが

 

「大丈夫です」

 

 少女はニッコリと笑って瑠香に告げる。

 

 どうやら、本能的に瑠香が敵ではないと察したらしい。その表情からは警戒の色が消えている。

 

「わたしは、お父さんを迎えに来たんです」

「お父さん?」

「はい。お父さんは、ここで先生をしていて。今日は一緒に帰ろうって約束してから」

 

 先生ってことは、教師、もしくは部活のコーチか何かだろうか?

 

 いずれにしても、教師陣は生徒が帰った後も、事務処理等の仕事が残っている為、すぐに出て来る事は無い。

 

 と言う事は、それまでの間、この子はここで待っている事になる。

 

「うーん・・・・・・・・・・・・」

 

 まさ天下のか武偵校の前で、小学生に不埒を働く輩もいないだろうが、それでは、やはり心配である。

 

 かといって、お父さんを待っていると言うなら、この場を離れるのも得策ではないだろう。まして、勝手に連れ出すのは感心できない。

 

「そうだッ」

 

 ポムッと手を叩くと、瑠香は少女に微笑みかける。

 

「じゃあ、あたしも一緒に、あなたのお父さんを待ってあげる。ここで」

「え、でも・・・・・・・・・・・・」

 

 瑠香の提案に、少女は言い淀む。

 

 どうやら、自分のせいで瑠香に迷惑が掛かる事を懸念している様子だ。

 

 しかし、

 

「良いの良いの、気にしないで。それに、1人よりも2人で待ってる方が楽しいでしょ?」

 

 言いながら、瑠香はチラッと背後を見やる。

 

 既にあかり達の姿は無い。どうやら、先に帰ったようだ。

 

 少女は尚も迷っているようだったが、やがてニコッと笑うと瑠香に向き直った。

 

「じゃあ、お願いします。お父さん、多分すぐ来ると思いますから」

「そっか、判った」

 

 言ってから、まだ名乗ってなかった事を思い出し、瑠香は少女に向き直った。

 

「それじゃあ、よろしくね。あたしは四乃森瑠香。あなたは?」

 

 そう名乗った瑠香に対し、

 

 少女も立ち上がると、礼儀正しく頭を下げる。

 

雪代愛那(ゆきしろ あいな)です。よろしくお願いします」

「そう、愛那ちゃんって言うんだ・・・・・・・・・・・・へ?」

 

 愛那の礼儀正しさに顔をほころばせる瑠香。

 

 だが次の瞬間、そのあまりにも聞き覚えのある苗字に、思わず絶句してしまうのだった。

 

 

 

 

 

第3話「彼方への憧憬」      終わり

 

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