飛天の継承者外伝 ~雪幻に咲く花~   作:ファルクラム

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第4話「緋色の流星」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 斎が、同僚教師の蘭豹に呼びとめられたのは、帰り支度を始めようとしていた時だった。

 

「護衛、ですか?」

「そや」

 

 香港マフィアを父に持つこの女性は、整った顔立ちながら筋骨逞しい外見をし、背丈などは斎よりも高いくらいである、線の細い印象のある斎と比べると、彼女の方がよほど武偵らしいと言えた。

 

 勿論、外見に似合った実力も兼ね備えている。

 

 香港では無敵の武偵として恐れられ、「人間バンカーバスター」と言う異名で呼ばれている。

 

 蘭豹曰く、今朝がた校門前で騒ぎを起こした外国人窃盗団を拘置所に護送するのだが、その間接護衛として随行して欲しい、との事だった。

 

「良いですけど、なんで、私ですか?」

 

 確かに斎も現役武偵ではあるが、今は数学の非常勤講師だ。何より、ここには学生武偵も教員もたくさんいる。その中で斎が護衛任務に着く理由は無いと思われるのだが。

 

「実はな。連中には仲間がいるらしいっちゅう事は判っとるんやけど、それがどれくらいの規模で、何を企んどるのかはっきりせえへん。まあ、これに関しては調べる時間が少なすぎたから仕方のない事なんやけどな」

「はあ」

 

 何しろ、今朝の騒ぎから半日しか経っていない。諜報科や情報科が総力を上げて追跡調査を行っているのだろうが、その成果が出るにはもう少し時間が掛る。

 

「万が一の事を考えて、教員が1人、拘置所まで護衛する事になったんやけど、うちらは全員、担当学科のガキ共を見てなならんやろ。そこで、暇そうにしてるあんたに白羽の矢が立ったっちゅう訳や」

 

 蘭豹の説明に、斎は苦笑する。

 

 ハッキリと言ってくれるが、たしかに「暇そうにしている」のは否定できない。教務課も手が足りているとはお世辞にも言い難い現状である。遊兵は1人でも惜しいと言う事だろう。

 

 チラッと、時計に目をやるが、時間は昼を少し回った程度。愛奈は今頃小学校にいて、家に帰るにはまだ時間がある。少し帰宅が遅くなることについては、メールで知らせておけば大丈夫だろう。

 

「判りました。引き受けます」

「堪忍な。あとで1杯奢らせてもらうわ」

「ええ、期待させてもらいますよ」

 

 そう言って笑うと、斎は自分の荷物を取って教務課を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基本的に学生の自主独立を旨とする武偵校に置いて、教務課が学生の任務に介入する事は稀である。

 

 だが、不測の事態と言う事は往々にしてある。何しろ、任務を行うのは学生である。

 

 身体的にはともかく、精神的には未成熟な者も多い学生達では、万が一の事態に対応できない事もある。

 

 今回のように、大きな不確定要素を孕んでいる任務の場合は尚更だ。

 

 そういう場合、教務課に所属する教員が、間接護衛と言う形で密かに随行する事になる。

 

 そのお鉢が今回、斎に巡って来た訳である。

 

「・・・・・・お、来たか」

 

 車輛課から借りたセダンの運転席で、ハンドルにもたれるようにして待っていた斎の視界に、窓全てを鉄格子と遮光フィルターに覆われたバスが留置施設から出て来る。武偵校が所有する囚人護送車だ。

 

 走りだす護送車をやり過ごすと、斎は静かにセダンのエンジンを掛け、ゆっくりとアクセルを踏み込む。

 

 車輛課の生徒が毎日入念に整備しているだけあって、ムラなく発進する事ができた。

 

 斎は護送車から50メートルほど距離を置き、それとは気付かれないように護衛を開始する。教師の護衛が付いているとなると、本来のルールに反するし、学生達の士気にも関わる。だからこそ、密かに、間接的に護衛を行うのだ。

 

「ま、何事も無いに越した事は無いんだけど」

 

 ハンドルを操作しながら、誰にともなく呟く。

 

 護送車はやがて、学園島を抜け、トンネルを潜ってレインボーブリッジに入る。

 

 危険なのはここからだ。学園島は、言わば武偵校の本丸。ここで仕掛けて来るとすれば余程の阿呆か、さもなくば、自身の実力に相当な自信を持っているかのどちらかだ。

 

 護送中を襲撃する際のセオリーとしては、拘置所が近くなって、こちらの気が抜ける瞬間であろう。長時間の緊張状態が持続した関係で、「あと少しで終わる」という心理が無意識に生じる為、どうしても注意が散漫になってしまうのだ。

 

 だが、今回の場合、もう1つ、考慮すべき危険要素がある。

 

 それは、今走っているレインボーブリッジだ。

 

 橋と言う物は、言ってしまえば密室と同じだ。入口と出口が限定されている。つまり、ここで襲撃を受けたら、簡単には救援が来ない事になる。ましてかレインボーブリッジは東京湾を横断する形で掛けられている。仮に襲撃を受けた直後に救援要請を発したとしても、武偵校から応援が駆けつけるには、致命的な時間が掛る。

 

 だが、同時に橋と言う構造そのものが、襲撃側にとって致命的な弱点を抱えてもいる。先述した通り、入り口と出口が限定されている為、封鎖が容易であると言う点だ。最悪、襲撃が成功したとしても、全ての出入口を封鎖してしまえば、後は袋のねずみである。勿論、敵がヘリでも持っていれば話は違うが。

 

 何もない事を祈る。

 

 ハンドルを握り直しながら、斎は心の中で呟く。

 

 だが、それから僅か2分後。斎は自分の祈りが天に通じなかった事を否応なく悟らされた。

 

 

 

 

 

 「エンブレム」とは、強襲科では伝統的な戦兄弟姉妹認定試験である。

 

 戦兄姉となる予定の上級生は、武偵校の校章を描いた星形のエンブレムを体のどこかに張り付ける。それを戦弟妹になる予定の下級生が奪うのだ。

 

 30分以内に奪う事ができれば下級生の勝ち。徒友契約の成立となり、奪えなければ不合格とみなされる。

 

 神崎・H・アリアは今まで、20人以上の戦妹候補を不合格にしてきた。

 

 非情にも聞こえるかもしれないが、アリアはいくつもの事件を抱えた「プロ」であり、更に自分自身で負っている事件もある。余計な事をしている余裕は彼女には無かった。

 

 それでも「チャンスは誰にでも与えられるべき、しかしチャンスは人を待たない」がアリアの持論である。

 

 その考えに基づき、今回もエンブレムを行っていた。

 

 今回の候補は、1年の女子で間宮あかりと言う強襲科の少女だ。

 

 で、その実力はと言うと、

 

 ハッキリ言って、話にならない。

 

 射撃も格闘もお粗末で、あかりはアリアに触れる事すらできないでいる。走る速度も人並みで、アリアはある程度手加減しながら逃げているのに、それでも追い付けていない。

 

 すぐに諦めて降参するだろう。そう思っていた。

 

 しかし、

 

「粘るなァ」

 

 少し後ろを振り返りながら、感心したように呟く。

 

 視界の端には、茶色がかった髪をアリアのようにツインテール状に縛った、小柄な姿が必死に追いかけてきているのが見える。

 

 間宮あかりだ。

 

 追いつく事は、相変わらずできていない。

 

 だがそれでも、一定以上引き離されないようにはしている様子だ。

 

 逃走に当たって、アリアは決して普通の道を走らない。モノレールを使い、エレベーターの手すりをサーフボードのように滑り降り、時に壁を走って逃げ続けている。

 

 普通なら、とっくに引き離されていてもおかしくは無いのだが、それでも尚、あかりは執念で追いついて来ていた。

 

 そしてついに、レインボーブリッジの橋脚の上で、2人は対峙した。

 

 残り10分。

 

 どうにか、あかりはアリアを追い詰めた形ではあるが、

 

「む、無理ですよォ・・・・・・」

 

 半泣きになりながら、あかりは下を見る。

 

 はるか下には、車が行き交う4車線の道路がある。落ちたらひとたまりもないだろう。

 

「こんなとこでなんか・・・・・・せめて下で・・・・・・」

 

 だが、アリアはあかりから視線を外して下を見ながら、タイマーを起動している携帯電話を突きつける。

 

「邪魔が入ったみたいだけど、タイマーは止めないわよ。そう言うルールだから」

「え?」

 

 そう言って、眼下に鋭い視線を投げ掛けるアリアにつられ、あかりも下に目を向ける。

 

 そこには、武偵校を出発した護送車輌が走っているのが見える。恐らく、これから囚人を拘置所に護送するところなのだろう。

 

 だが、異変は視線を向けてすぐに起こった。

 

 法定速度違反のスピードで追いついてきたワゴンとオープンカーが、護送車に並走したかと思うと、まず大型のワゴンが、わざと進路妨害して護送車の行く手を遮る。

 

 明らかに道路交通法違反に当たる運転であるのは、上から見ているあかり達からも判る。

 

 そこへ、後方から追随してきたオープンカーに乗った2人が、アサルトライフルで護送車に攻撃を仕掛けたのだ。

 

 たちまち、護送車は外板とタイヤに穴が開いて横転した。

 

 声を上げるあかり。

 

 あれでは、運転しているであろう車輌科の生徒たちも無事では済まないだろう。

 

 あの護送車は、朝に校門前で騒ぎを起こした窃盗団を、留置所に送る為の物であったはず。

 

 それを襲撃して来たと言う事は・・・・・・

 

 アリアは眼をスッと細めて、襲撃者達を素早く観察する。

 

 見れば、蛇のような揃いの入れ墨を腕にしているのが判る。明らかに同じ組織の連中だ。

 

 全員がアサルトライフルで武装しており、数も多い、戦闘が専門ではない車輌科の学生では荷が重い事だろう。

 

「やっぱり、仲間がいたわね」

 

 今朝の騒動の時点で、アリアは敵に仲間がいる事を予想していたが、それが正に的中した形である。

 

 アリアはワイヤーフックを取り出して足元に引っかけると、躊躇う事無く眼下に身を躍らせる。

 

「あんたはそこで、大人しくしていなさい!!」

「ア、アリア先輩!!」

 

 そうあかりに言い置くと、アリアは返事を待たずに一気に急降下した。

 

 

 

 

 

 2台の車。オープンカーと軽ワゴンが、スピードを上げて斎の運転するセダンを追い抜いて行く。

 

 その姿に、セダンを運転していた斎は目を細めた。

 

「来たかッ」

 

 どうやら、予想通りに敵が現れたらしい。

 

 大きな車体のワゴンが護送車の進路を塞ぎ、機動力に優れるオープンカーの後部座席に座った男が、アサルトライフルで銃撃を始めた。

 

 たちまち、外板に穴が開く護送車。更にはタイヤも撃ち抜かれてしまった。

 

 こうなると、まともな走行は不可能である。路線バス並みの巨体が災いし、幅広い橋の上で護送車は勢いよく横転してしまう。

 

 護送車の足を止めた襲撃者達は、車を止めて降りて来る。腕には黒い蛇のような刺青をしており、明らかに今朝、校門前で騒動を起こした連中の仲間だった。

 

 予想通り、仲間の奪回に現われたらしい。数は8人。何れも、手には高火力の携行火器を持っている。

 

 対して武偵側は2人。今朝の騒動を考慮してか、護送役は女子から男子に変わってはいるが、荒事に慣れていない車輛科、と言う点では大差がある訳ではない。加えて、武装も拳銃程度の代物しか無い。

 

 同じ車輌科でも、せめて戦闘力の高い2年の武藤剛気(むとう ごうき)辺りがいてくれればまた違ったのだろうが、あいにく彼は今、別の依頼が入って出払っていた。

 

 撃ってくる相手に対し、1人は必死に応戦し、もう1人は辛うじて生きていた通信機のマイクを掴んで、狂ったように叫ぶ。

 

「至急至急!! こちら護送車両102号ッ 犯人グループの仲間と思われる連中の襲撃を受けている!! こっちは火力が足りないッ 強襲科(アサルト)狙撃科(スナイプ)の応援を、早く!!」

 

 だが、前述した通り、ここは橋の上。武偵校からの応援が、今から準備して駆けつけるにしても、最速で5分から10分、交通状況によっては15分はかかる。その間に、こちらの全滅は免れない事へ火を見るよりも明らかだった。

 

 護送失敗、囚人奪回、全滅

 

 絶望が戦場を塗り固めようとしている。

 

 次の瞬間、

 

「さて、そう、はしゃがれても困るんだけど」

 

 いっそ自然な声と共に、

 

 銀の閃光が、強烈な勢いで振り抜かれた。

 

 たちまち、数名の襲撃犯が直撃を浴びて吹き飛ばされる。

 

 振り返る先、彼等が目にしたのは、

 

 刀を手に、道路の中央に立ったスーツ姿の青年。雪代斎だった。

 

「武偵だ。銃刀法違反、並びに殺人未遂の容疑で全員逮捕する」

 

 宣言を行った次の瞬間、

 

 男の1人が、アサルトライフルの銃口を向けようとしてくる。

 

 だが、

 

「遅いな」

 

 静かな声と共に、斎は滑るような滑らかな動きで、男の懐へと飛び込んだ。

 

 驚く男。

 

 次の瞬間、斎の手にある刀が容赦なく振り抜かれる。

 

 胴を強打され、倒れ伏す男。

 

 斎は更に、そこで動きを止めない。

 

 鋭く剣閃を横なぎに振るい、驚いて動きを止めている別の男を打ち払う。

 

 斎の刀は、室町時代以降に戦場で足軽等が使っていた「打刀(うちがたな)」ではなく、主に鎌倉時代以前に騎馬武者が用いた太刀に近い形状をしており、長さも普通の刀よりも若干長めである。

 

 しかし、斎はその太刀を、片手で軽々と振り回している。細身の体には、どう見ても似つかわしくない光景であった。

 

 斎の奮戦を脅威と感じたのだろう。護送車襲撃に加わっていたグループからも斎の方へと兵力を向けてくる。

 

 流石に、数が多いか。

 

 そう思って、刀を構え直した。

 

 その時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緋色の流星が、虹を冠する橋に舞い降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 上空から放たれた銃撃が、男達のアサルトライフルを撃ち抜いて弾き飛ばす。

 

「え?」

 

 驚いて、斎が振り仰いだ先。

 

「まったく、懲りない奴等ね」

 

 花のように可憐で、それでいて抜き身の刃のような鋭さのある声。

 

 2条のツインテールを靡かせて、

 

 《双剣双銃(カドラ)》のアリアが、悠然とレインボーブリッジ上に降り立った。

 

 着地したアリアは、瞬転の間を置かずに駆け抜ける。

 

 両手に構えた白銀と漆黒のガバメントを手に距離を詰めるアリア。

 

 対して襲撃者達は、素早いアリアの動きに対して全く抵抗する事ができない。

 

 アリアの両手に装備された白と黒のガバメントから弾丸が的確に飛ぶ度、襲撃者達は銃を撃ち落とされ、弾丸を浴びせられ、またたく間に無力化されていく。

 

 圧倒的な戦闘力を見せ付けるアリア。

 

 強襲科(アサルト)のエース。その呼び声は伊達でも誇張でもない。アリアの戦闘力は、東京武偵校最強と言っても過言では無かった。

 

「クソッ、あの小娘!!」

 

 オープンカーに残っていた運転手は、仲間達がやられていくのを見て激昂すると、叩きつけるようにエンジンを掛けた。そのまま轢き殺す気だ。

 

 まずい事に、アリアは今、オープンカーに対して背を向けている。その動きには気付いていない。

 

「死ねェェェェェェ!!」

 

 突っ込んで来るオープンカー。

 

 アリアは気付いて振り返るが、流石に遅い。

 

 回避するには間にあわないか?

 

 そう思った次の瞬間、

 

「危なァい!!」

 

 ワイヤーを使い、橋架の上から飛び降りて来た間宮あかりが、アリアの背中を蹴り飛ばす形でオープンカーの前から弾き飛ばす。

 

 代わって、取り残されたあかりが、オープンカーのフロントガラスに突っ込む形で激突した。

 

「あかり!!」

 

 一瞬の自失から戻り、が悲鳴にも似た声を上げるアリア。

 

 コントロールを失ったオープンカーが、激しく欄干にぶつかって大破する。

 

 だが、アリアはそちらを見てはいなかった。

 

 たった今、身を呈して自分を助けた少女。

 

 つい先刻まで、戦姉妹認定試験をしていた少女が、地面に蹲って倒れている。その体は、ピクリとも動こうとはしない。

 

 遥か真上にある橋脚からワイヤーを使って降下して来た勢いのまま、車と激突し、受け身すら取れなかったのだ。無事である筈がなかった。

 

 と、思った瞬間。

 

「いった~~~~~~い!!」

 

 あかりは、まるでちょっとおでこをぶつけました、と言わんばかりに、赤くなった額を押さえて飛び上がる。

 

 その様子に、流石のアリアも唖然とした。

 

「ふ、不死身?」

 

 あれだけの衝撃をまともに受けて、五体満足でいるどころか、額の掠り傷以外に怪我らしい怪我も見当たらない。

 

 アリアで無くとも、呆気に取られるのは無理無かった。

 

「クソッ、潮時かッ!!」

 

 オープンカーを運転していた男も、衝撃から立ち直っていた。

 

 既に味方は全滅。学園島から援軍が来るのも時間の問題。グズグズしていたら、仲間を助けるどころか自分まで捕まってしまう。

 

 そうなる前に逃げるしかない。仲間の事はできれば助けてやりたいが、自分の身には代えられなかった。

 

 だが、エンジンを掛けようとして、愕然とした。

 

 キーがない。ぶつかった衝撃程度で外れる筈がないのだが。

 

 と、

 

「探し物はここだよ」

 

 あかりは、指先に引っ掛けたキーをくるくるとまわしながら、舌を出して見せる。

 

 それが偶然なのか、はたまたあかりの実力であるのかは、判然としない所であった。

 

 と、

 

「はい、そこまで」

 

 静かな声と共に、男ののど元に刃が当てられる。

 

 見れば、一連の騒動の間に近付いてきていた斎が、オープンカーの男に対し太刀を突きつけていた。

 

 これで、終わりである。

 

 と、そこで、斎の姿を見ていたアリアが、ポカンとして口を開いた。

 

「あんた、斎?」

「ええ、久しぶり、アリアさん」

 

 挨拶を交わす、斎とアリア

 

 かつてロンドン武偵局にて同僚だった2人には面識もあり、幾度か同じ事件を担当して組んだ事もある間柄である。

 

 と、

 

「あれッ 雪代先生?」

「やあ、間宮、アリアさん共々、面白い所で会うね」

 

 少しおどけた調子で手を振る斎に、あかりは唖然とした表情を向ける。

 

 まさか非常勤講師が、このような場所にいるとは思わなかったのだろう。

 

 まあ、無理も無い。あかり自身、初日の騒動で斎の実力は知っていたが、それが実戦の場に出て来る事自体が予想外の事であるのだから。

 

 だが、悠長にしている時間は無かった。

 

「斎、悪いんだけど、積もる話はまた後にしてくれる。今ちょっと、あたし達、立て込んでるのよ」

「ええ、構わないよ。こっちの処理は任せて。元々、そのつもりで来たから。今度、愛那も交えて食事でもセッティングするから、その時は是非に」

「良いわね。楽しみにしているわ」

 

 そう言うと、アリアはあかりを促して、橋の外縁へと向かう。

 

 2人がここにいた理由。それに時間が無いと言ったアリアの言葉。

 

 それらを総合して、斎はポンと手を打った。

 

「・・・・・・ああ、もしかして、エンブレム、かな」

 

 徒友制度における強襲科の試験方法については、斎も知っている。

 

 状況から察するに、あかりが戦姉妹契約(エンブレム)をアリアに申請した、と行った所ではないだろうか?

 

 とは言え、アリアはSランク武偵。しかも、斎が出会った中でも特に高い実力を誇っている。

 

 どうなる事か?

 

 そう思っていると、

 

 橋の縁に立った2人に、動きがあった。

 

 アリアが、あかりへと殴り掛かる。

 

 次の瞬間、

 

 直撃を受けたあかりは、堪える事ができず、そのまま橋下へと吹き飛ばされてしまった。

 

「え、エェ!? ちょっと、間宮!!」

 

 慌てて駆け寄る斎。

 

 予想できなかったのはアリアも同様なようで、慌てて下を覗き込んでいる。

 

 下は海とは言え、今は4月。水温は極めて低い。更に、下手をすれば溺れる可能性もある。

 

 どうにか救助を。

 

 そう思っていた時だった。

 

 水面が盛り上がり、あかりの特徴的なツインテールが水面から顔を覗かせた。

 

 同時に、誇らしげに自身の右手を掲げて見せる。

 

「やったッ!! 取りましたよ!!」

 

 その手には燦々とした輝きを放つ、武偵校校章エンブレムが握られている。

 

 慌てて、エンブレムを張り付けた筈の腹部を確認するアリア。

 

 無い。

 

 開始前に確かに腹部に張り付けた筈のエンブレムは無くなっていた。つまり、あかりに取られたのだ。あの一瞬で。

 

「いやはや、なかなかやるね、間宮も」

 

 アリアの横に立ちながら、斎は感心したように苦笑する。

 

 殆ど一瞬だった為、斎にも何が起きたのかは判らなかった。しかし、事実として、アリアがエンブレムをすり取られたのは間違いなかった。

 

「なかなか、将来が有望そうだね。どうするの?」

 

 ニヤニヤとした表情で尋ねる斎に対し、アリアは顔を上げてフンッと鼻を鳴らす。

 

「別に。契約だから戦妹にはするわよ。けど、あたしのやり方について来れるかどうかは、あの子しだいよ」

 

 厳しい事を言いながらそっぽを向くアリア。

 

 だが、斎は見逃さなかった。

 

 横を向くアリアの顔。

 

 その口元には、嬉しそうに笑顔が浮かべられている事を。

 

 一方のあかりはと言えば、偶然通りかかったタコ釣り船の網に引っ掛かって、そのまま連行されていく。何とも間の抜けた光景ではあるが、あれならすぐに溺れて死ぬと言う事も無いだろう。

 

 アリアとあかり。

 

 このコンビが織りなす物語が如何なるものになるのか、斎としても俄然、興味が湧いてくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 護送の引き継ぎを終えて武偵校に戻る頃、日は完全に傾こうとしていた。

 

 長くなり始めた自身の影を引きずりながら、斎は足早に学校を出ようとしていた。

 

「まずいまずい。まさか、こんなに時間がかかってしまうとは・・・・・・」

 

 急な護送任務の事は、メールで愛那にも知らせていたが、襲撃があったせいで予想外に時間がかかってしまった。

 

 まったく、とんだ災難である。

 

 愛娘が待ちくたびれている事を予想して、急ごうとする斎。

 

 だが、その時だった。

 

「あ、お父さん!!」

 

 娘の元気な声に引かれ、斎は振り返る。

 

 すると、愛那が満面の笑顔を浮かべながら、転がるように走ってくるのが見えた。

 

「あ、愛那!?」

 

 走ってきた娘を、身をかがめて抱き留める斎。

 

 どうやら、学校が終わってから、ずっと待っていてくれたらしい。

 

「ごめんごめん、愛那。お父さん、遅くなっちゃって」

「ううん、お父さんもお仕事だったんだから、しょうがないよ」

 

 ロンドン時代から、斎が急な仕事の都合で予定を変更する事はよくあった。その為、愛那としてもこのような事態は心得ているのだ。

 

 と、愛那の背後から、セーラー服を着た女の子が歩いて来るのが見えた。

 

「愛那ちゃん、とってもいい子にしてましたよ、先生」

「え、四乃森?」

 

 歩み寄ってくる瑠香の姿に、驚いて声を上げる斎。

 

 対して、瑠香もニッコリと微笑む。

 

「ありがとう、愛那を見ててくれたんだね、四乃森」

「あのね、お父さんッ 四乃森さんが、いっぱい遊んでくれたんだよ」

 

 嬉しそうに説明してくる愛那の頭を撫でてやる斎。どうやら父の知らぬ間に、高校生と中学生の間で、歳の差を越えた友情が形成されていたらしい。

 

「ありがとう四乃森。お礼と言ってはなんだけど、夕飯まだでしょ。何か奢るよ」

「い、いえ、そんな。悪いですよ」

「えー 良いじゃないッ 行こうよ!!」

 

 固辞しようとする瑠香だが、そうはさせじと愛那が、半ば強引に手を引っ張って行く。

 

 それにつられるように、苦笑しながら着いていく瑠香。

 

 2人の様子を眺め、斎は微笑ましそうに笑うのだった。

 

 

 

 

 

第4話「緋色の流星」      終わり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃を受けたレインボーブリッジは、一時的に片面を封鎖して、事件調査と事後処理作業に当たっていた。

 

 そのレインボーブリッジを挟んで、学園島の反対側には、同じ面積を持つ浮島が浮かんでいる。

 

 風力発電用の風車があるだけで、後は荒れるに任せる野原があるだけのその島は、武偵校の学生達からは「空き地島」の名称で呼ばれていた。

 

 その空き地島の縁に、3人の人間が立っている。

 

 中央に立つスーツ姿の男は、溜息をつきながら、顔にあてた双眼鏡を下ろした。

 

「・・・・・・やはり、失敗ですか」

 

 事件現場の様子を確認した男は、隠しようも無い失望を声に乗せて言った。

 

 奇妙な事に、その男、顔には銀色をした無表情の仮面をして顔を隠している。着ているスーツと相まって、まるで仮面舞踏会の出席者であるようだ。

 

 残る2人の内、1人は見上げるような巨漢だ。分厚い軍用コートに、その巨体を包み、更に顔は気の弱い人間が見れば失神するのでは、と思えるほどにいかつい。その容姿と相まって、まるで鬼のような男である。

 

 もう1人は、この中で最もまともな外見をしている。小柄な体に細い手足をしており、上は長袖Tシャツの上にベストを羽織り、下はジーンズの短パン姿。ただし、野球のキャップを目深にかぶっており、その表情は全くと言って良いほど見えない為、男女の区別まではつかないが。

 

 仮面の男は、もう一度、双眼鏡を覗き込んでから肩をすくめた。

 

「だから、襲撃するなら橋は避けろ、と言ったのに」

 

 犯人グループに襲撃計画の助言と、情報、武器、車輛の提供をしたのは彼等である。

 

 ただし襲撃するなら、拘置所に近付いた場所で行うべきであると主張し拘置所の場所と、具体的な襲撃場所も示したのに対し、襲撃者達は橋での襲撃に拘った。

 

 確かに、橋の上なら救援が来る可能性は低いかもしれない。一見すると、襲撃は容易に成功するように思える。

 

 しかしレインボーブリッジは武偵校のすぐ北にある。近くに偶然、活動している武偵がいて、救援に来る可能性は否定できないし、今朝の余計な騒ぎのせいで、武偵側が何らかの形で護衛を増強している可能性もあった。

 

 だが、頭に血が上った犯人グループは助言を容れず、橋での襲撃作戦を実行してしまった。

 

 結果が、あれである。

 

「いかなる助言も、それに見合わぬ者の元では活かされる事は無い。宝の持ち腐れ、とはよく言った物です」

 

 諦念と共に吐き捨てながら、踵を返す。

 

 自分達は仕事を果たした。彼等はそれを聞き入れなかった。ただそれだけの話だ。

 

「行きますよ。次の仕事は、既に始まっています。それに、『先遣隊』も間も無く到着するでしょう。忙しくなりますよ」

 

 仮面の男に従って、付き従う2人も踵を返す。

 

 後には、帳と共に冷たさを帯びる海風が、何もない島の表面を撫でて行くだけであった。

 

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