飛天の継承者外伝 ~雪幻に咲く花~   作:ファルクラム

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第6話「絶対孤独の最強者」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サバイバルナイフを手に、瑠香は駆け抜ける。

 

 動きの無駄を極力省き、左右への振幅も押さえる事で、音も無く走る。

 

 遠くから響く、汽笛の声。

 

 周囲に人の気配はない。至って静かな物だ。

 

 ここに来るまでに瑠香は、既に3人の敵を倒している。

 

 圧倒的な数字であると言えるが、まだ油断はできない。何しろ、敵には「あの娘』」がいる筈だから。

 

 瑠香自身、諜報技術で彼女に劣っているとは思っていない。

 

 だが、戦闘の技術では、間違いなく大きく水をあけられている。

 

 瑠香はお世辞にも直接戦闘力が高いとは言い難い。それでも3人の敵を倒せたのは、奇襲に徹した事、そして彼等の戦闘技術が瑠香以上に低かった事が大きい。その2つの条件のどちらか一方でも成り立たなかった場合、瑠香の勝利はあり得なかっただろう。

 

 だが、次に立ちはだかる敵は、既にその片方の前提条件が崩れている。後は奇襲を仕掛ける事によって、どれだけ優位性を確保できるかに、勝利のカギがある。

 

「あの娘が隠れているとしたら、多分・・・・・・」

 

 そう言って、携帯電話に搭載したデジタルGPSマップを開こうとした。

 

 その時、

 

 瑠香の背後に、僅かな気配が躍るのを見逃さなかった。

 

「ッ!?」

 

 とっさに、前方宙返りの要領で、その場から飛び退く瑠香。

 

 上下逆さまになった景色の中、瑠香は見た。

 

 自分に向かって複数のクナイを投げる、少女の姿を。

 

 長い髪をポニーテール状に結び、口元をマフラーで隠した少女。武偵校の制服に身を包んでおり、背は小柄な瑠香よりも頭半分くらい瑠香よりも高い。

 

 瑠香は体を捻り込みながら着地。同時に少女に対して向き直る。

 

 迂闊だった。瑠香が奇襲を狙っていたように、相手もまた、奇襲を仕掛ける事を前提に行動していたのだ。

 

「やっぱり来たね、陽菜っち」

「無論でござる、四乃森殿」

 

 鷹のように鋭い眼光で、厳かに告げる少女。

 

 名を、風魔陽菜。

 

 古くは戦国の御世、相模(現在の南関東)一帯を支配し、彼の天下人豊臣秀吉に滅ぼされるまで、戦国最強勢力の一角に数えられた北条氏。

 

 その北条氏の治世を影から支えた集団こそが、風魔小太郎を頭目とする風魔一党。

 

 陽菜は、その正当な末裔に当たる少女だ。

 

 瑠香は一筋、額に汗が流れるのを感じる。

 

 忍と言えば、瑠香も徳川家に仕えた隠密御庭番衆の末裔。れっきとした忍者の血筋だ。

 

 戦い方次第では瑠香もそこらの連中に負ける気はしないが、同じ学年でも別格と言える存在が何人かいる。その内の1人が、この陽菜だ。

 

 これまで幾度か陽菜と模擬戦をした事はあるが、勝率は2割に届いていない。しかも、正面きっての戦闘では絶賛全敗中と来た

 

 とは言え、ここで陽菜を倒さない事にはこの戦い、瑠香達のチームに勝利は無い。

 

 瑠香はサバイバルナイフを逆手に構えたのに対し、陽菜もまた、新たなクナイを握り、接近戦に備える。

 

 互いに流派の違う、2人の忍びの末裔たる少女達が、刃を手に対峙する。

 

「行くよッ!!」

「お相手いたすッ」

 

 次の瞬間、瑠香と陽菜は互いの刃を閃かせ、高速で激突した。

 

 

 

 

 

 結論から言えば、模擬戦は瑠香の敗北で終わった。

 

 機動力、隠密性では決して陽菜に劣ってはいない瑠香だが、やはり純戦闘技術においてはまだまだ、あの風魔忍びの少女には敵わなかった。

 

「あ~あ、今回は結構、頑張れたと思ったんだけどな」

 

 残念そうな瑠香の声が更衣室に響く。とは言え、落ち込んでいる感じでは無く、むしろ全力を出し尽くした者の清々しさを感じる声だ。

 

 下手に落ち込んだりしない事は、瑠香の長所であり、魅力の一つであると、良く周囲から言われている。

 

 もっとも、当の瑠香からすれば、やはり結果が伴わなかった事は悔しい所である。

 

 戦闘技術に関しては、戦兄である友哉が強襲科である事もあり、かなりハイレベルな訓練をしていると自負しているのだが、やはり地力から来る戦力差はなかなか埋められる物では無いらしい。努力をしていると言う点では、陽菜もまた、瑠香に負けていないのだから。

 

 その為にも瑠香は今回、陽菜に勝てる唯一の可能性に賭けて、奇襲を狙って行動したのだが、結局、それに失敗した時点で、瑠香の敗北は決まっていたとも言える。

 

 着替えを終えて、更衣室を出る。

 

 すると、

 

「お?」

 

 見慣れたポニーテールの後姿が、遠ざかるように歩いて行くのが見えた。

 

「おーい、陽菜っち!!」

 

 呼ばれて、先程まで対戦した相手、風魔陽菜は立ち止まって振り返った。

 

 瑠香と陽菜は同じ諜報科の1年と言う事もあり、すぐに打ち解ける事ができた。瑠香にとっては、あかり達とはまた別口の、大切な友人の1人である。

 

 追いついて、陽菜に並んで歩く瑠香。

 

「いや~、さっきのは本当にやられちゃったよ。やっぱ、陽菜っちは強いね」

 

 背は陽菜の方が高い為、並んで歩くとどうしても瑠香の方が見上げるような形になってしまう。

 

「いや、四乃森殿も以前に比べて、なかなか上達なされた。某もうかうかしておれませぬ」

 

 友達にこうして褒められると、決して悪い気はしない。まして騙し討ちを基本とする忍びの末裔ながら、陽菜にはどこか一本義な気質がある。性格に裏表が感じられないのだ。つまり、瑠香に対する陽菜の評価は、彼女の本心であると言う証でもある。

 

 まあ、それはともかくとして、

 

「あのさー、陽菜っち。前から言ってるけど、その口調、何とかならない? 何か歌舞伎役者と話してるみたいなんだけど」

 

 瑠香の指摘に、陽菜は「むっ」と唸る。

 

 瑠香と出会った頃から、陽菜はこんな感じである。ハッキリ言って、下手なキャラ作りに見えなくも無いのだが。

 

「そう申されても、これは某生来の物。そう簡単には変えられませぬ」

「・・・・・・ふ~ん」

 

 何やら胡散臭い物を見るような目で陽菜を見る瑠香。しかし、本人がそう言うなら、そうなのかもしれない。

 

 その時だった。

 

 ぐぅ~~~~~~~~~~~~

 

 控えめに、確かに聞こえる腹の虫。

 

 その音源は、瑠香のすぐ隣を歩く忍びの少女から聞こえて来ていた。より正確に記すならば、彼女の腹から。

 

「えっと・・・・・・・・・・・・」

 

 赤面して顔を逸らす陽菜を見ながら、瑠香は控えめに尋ねる。

 

「もしかして陽菜っち、お腹すいてる?」

「そ、そのような事はッ これも修行の内でござる」

「つまり、すいてるんだね?」

 

 語るに落ちる陽菜。

 

 この風魔陽菜と言う少女。高名な忍者の末裔ながら、なぜか出会う度に腹をすかしている事が多い。その真相については、本人に聞いても先の通り「修行でござる」の一点張りで押し通されてしまう為、謎のままなのだが。

 

 溜息をつく瑠香。

 

「もう・・・・・・今回は何日食べてないの?」

「・・・・・・その、かれこれ5日ほど、水のみで・・・・・・」

 

 陽菜の言葉に、瑠香は完全に呆れる。それじゃあ修行じゃ無くてただの断食である。

 

「しょうがないなあ」

 

 言いながら瑠香は鞄の中に手を突っ込み、中に入れておいた弁当箱を取り出した。

 

「今日は、あたしもお昼まだなんだ。一緒に食べよ」

「い、いや、しかし、それでは修業が・・・・・・」

 

 尚も修行だと言い張る陽菜。

 

 対して瑠香は、笑顔を浮かべて陽菜の手を取る。

 

「ほらほら、『腹が減っては戦はできぬ』って、どっかの偉い人も言ってたじゃん」

「それは武田信玄・・・・・・い、いや、四乃森殿、ですから某は修業が・・・・・・」

「何よ、あたしのお弁当が食べれないっての?」

 

 ジト目で睨む瑠香に対し、陽菜はしどろもどろになりながら答える。

 

「い、いや、以前食した弁当は、まこと美味で・・・・・・」

「じゃあ問題無いね。行こ」

 

 そう言うと瑠香は、陽菜の手を引いてさっさと歩きだす。

 

 陽菜の方でも、何だかんだと言いつつ空腹には勝てないのか、手を引かれるままに着いて行く。

 

 と、

 

「あれ?」

 

 瑠香は突然、足を止めた。

 

「如何なされた?」

「いや・・・・・・」

 

 陽菜の質問を上の空で流しながら、瑠香は視線を別の方向へと向けている。

 

 その視線の先では、良く見知った2人が並んで歩きながら談笑しているのが見えた。

 

 間宮あかりと佐々木志乃。何れも、瑠香のクラスメイトであり友人である。

 

 一見すると、何の変哲も無い光景だ。志乃とあかりは、瑠香が転校してくる以前から仲が良いのは知っている。その2人が一緒に歩いている事は、ごく自然の話だ。

 

 しかし、

 

 瑠香の脳裏に、つい先日の事が浮かぶ。

 

 アリアの事を誇らしげに話すあかりを見る、志乃の冷たい視線。それを思い出しただけで、言い知れない寒気が催して来る。

 

 あかりと志乃は友人同士。そんな2人の間に何かおかしな事など起こる筈がない。

 

 そう言い聞かせるが、胸の内に湧き上がった得体の知れない不安感を、瑠香は拭い去る事ができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アリアさん」

 

 廊下を歩いている時に、呼ばれて振り返るアリア。

 

 その顔には、怪訝な面持ちを浮かべている。

 

 この東京武偵校で自分に声を掛ける男は少ない。強いて言えば、最近、アリア自身が熱心に(しつこく)勧誘している遠山キンジくらいだろうが、あの男は自分の事を「アリアさん」などと言う気色悪い呼び方はしない筈。

 

 誰だろう、と思いながら振り返ると、そこにはロンドン武偵曲の元同僚が、柔らかい笑みを浮かべて立っていたのだ。

 

「斎・・・・・・あんた本当に、ここの教師なんてやってたのね。言っちゃ何だけど、似合ってないわよ」

「何か、そうハッキリ言われると、結構傷つくんですけど」

 

 歯に衣を着せないアリアの言動は、斎の記憶にある物と何ら変わらなかった。

 

 イギリス出身であるアリアは、14歳の時には既に武偵としての活動を開始していた。斎がロンドンに渡ったのはそれ以前であり、彼女とも何度か一緒に任務をこなした事がある。

 

 アリアは斎が今まで出会ったどんな武偵よりも素晴らしい戦闘技術を誇り、その素質の高さには、何度も驚かされたものである。

 

 とは言え、性格がこの通りだし、自身とチームを組む人間に求めるレベルも高く設定し過ぎる為、今まで彼女とまともにチームを組む事が出来た人間は、斎を含めてほんの数名だった。

 

「そう言えば、この間はあまりゆっくりとは話せなかった物ね。まさか、あんたまでこっちに来てるとは思わなかったし」

「いや、僕の場合、正確には『戻ってきた』という方が正しいんだけど」

 

 日本人の血を受け継ぐアリアだが、生まれも育ちもイギリスであり、日本に来たのはつい3か月ほど前の事である。対して斎は、愛奈が生まれて2年くらいしたころにイギリスに渡った為、「戻ってきた」と言う表現が当てはまる。

 

 取り敢えず、旧交を温めようと言う事になり、斎とアリアは近くの自販機コーナーに移動すると、斎の奢りで缶コーヒーを買い、一息入れた。

 

 だが、奢ってもらったコーヒーを一口飲み、アリアは顔を顰める。

 

「これがコーヒー? 随分変な味ね。この前、『インスタント』とか言うのを飲まされたけど、アレと言いコレと言い、日本人の舌はおかしいんじゃないの?」

 

 どうやら、貴族出身のアリア嬢には、日本の缶コーヒーはお気に召さないようだ。無理も無いとも思う。日本人でも、コーヒー通や紅茶通と呼ばれる人たちは、缶コーヒーやパックの紅茶では満足できないと言うくらいだから。

 

「そうかな? 僕には懐かしい味なんだけど」

「そりゃあ、アンタはそうでしょうけどさ」

 

 言いながら、もう一口、コーヒーを飲んで、また顔をしかめる。アリア。

 

 そのまま、鋭い視線を斎へ向ける。

 

「それにしても、あんた本当に教師なんてできるの?」

「失礼な。これでも授業はちゃんとやっているよ」

 

 そう言って、斎は肩をすくめる。

 

 実際、斎は学生時代から学業を疎かにした事は無い為、教員の水準レベルは充分にクリアしている。

 

「それで・・・・・・・・・・・・」

 

 斎は缶コーヒーに口を付けながら、本題に入るようにスッと細めてアリアを見る。

 

「やっぱり、まだ追ってるの? あの組織を」

「まあね」

 

 言いながら、アリアは静かに手の中の缶をジッと見つめる。

 

「ママに罪を着せたあいつらが、ここ最近、日本の周りで活動しているらしいの。あいつ等を全員捕まえる好機を逃がす手は無いわ」

「・・・・・・・・・・・・」

 

 決意に満ちたアリアの横顔を見ながら、斎は無言のままコーヒーに口を付ける。

 

 アリアの母、神崎かなえは現在、懲役864年の実刑判決を受けて収監されている。しかし、娘のアリアは母親の無実を主張し、かなえに濡れ衣を着せた組織を追い続けていた。

 

 その組織の名は「イ・ウー」

 

 世界中の国家機関が、血眼になって追い求めても、その片鱗すら掴む事ができないでいる巨大犯罪者組織である。

 

 斎も、何度かイ・ウーの構成員と戦った事があり、幾人かを逮捕する事に成功していたが、その何れもが末端の構成員に過ぎず、未だに組織の全貌はおろか、その影さえ掴めていなかった。

 

 国家ですらかなわない組織を相手に、この少女はただ1人で挑み続けているのだ。

 

 事情が事情であるだけに、斎も「止せ」とは言えない。とは言え、いかにアリアが最強クラスの武偵であっても、手に余る事は明白だった。

 

「そんな事より斎。教師ってアンタ、専門は何な訳? 強襲科(アサルト)? 探偵科(インケスタ)? それとも情報科(インフォルマ)とか? まあ、あんたならそのどれでも行けそうだけど」

「数学」

 

 予想外の斎の言葉を聞き、アリアは露骨に胡散臭そうな目を向けて来た。

 

「数学ぅ~?」

「そ、数学。今は1年生を担当してる」

 

 あっけらかんと答える斎。

 

 対してアリアは、呆れを隠そうともしないで溜息をつく。

 

「確か、日本には『宝の持ち腐れ』って諺があったわよね」

「うん、あったね。『適材適所』と言う言葉もあるけど」

 

 にこやかに切り返す斎に対し、アリアは最早言葉も無いとばかりに肩を竦める。

 

 目の前の男が専門学科を担当しないなど、何度か任務を一緒にこなした事があるアリアからすれば、タチの悪い冗談としか思えなかった。

 

「まあ、良いわ」

 

 言いながら、アリアは飲み終わった缶をゴミ箱に放り込むと、鋭い眼差しを斎に向けた。

 

 どの道問い詰めた所で、うまくはぐらかされるであろう事は、アリアには判っていた。

 

「どうせ、あんたの事だから、裏で碌でもない事考えてるんでしょ?」

「碌でもない事って、人聞き悪いね」

 

 そう言って、苦笑する。

 

 もっとも、碌でもない事も何も、まだ活動を開始したばかりであり、行動プランも殆ど立てていない状態なのだが。

 

「とにかく、何か有益な情報が入ったら、こっちにも回しなさいよね。物によっては高値で買い取ってあげるから」

「判った、その時は優先してそちらに回すよ」

 

 それじゃ、と言って去っていくアリアの背中を、斎は黙して見詰める。

 

 斎はアリアとあった時点で半ば予想していたのだが、彼女ははやはり、イ・ウーを追う事を諦めていなかった。それは彼女の立場からすれば当然の事だし、斎自身、彼女を応援している。

 

 しかし標的を見定めたら、およそ退くと言う事を知らないアリアである。そうなると周りが見えなくなる傾向があるのだ。

 

 宿敵とも言える組織を相手にして、彼女が果たして冷静でいられるか、斎にとっては不安無しとは言い難い。

 

 このまま、彼女を1人で戦わせる事はあまりに危険である。

 

 誰か、信頼できる補佐役が彼女の周りにいてやれたらいいのだが。

 

 そのような事を考えている内に、アリアの小柄な体は人込みに紛れるようにして見えなくなって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽菜と一緒に少し遅い昼食を食べた後、瑠香はいつものようにスーパーで食材を買い込み、友哉の部屋へ行って、彼の夕食を作った。

 

 こう書くと何やら、緋村友哉とは自分の食事も満足に作れたに生活無能力者のようにも思えて来る。しかし、それはあくまで瑠香の趣味であり、彼女自身が望んでやっている事である。

 

 戦兄であり、幼馴染でもある緋村友哉に、瑠香は淡い恋心を抱いている。

 

 この感情が芽生えたのがいつの頃だったのか、正直なところ、瑠香自身も思い出す事ができない。

 

 幼いころの瑠香にとって友哉とは、気付いたら傍にいて、そしていつも一緒にいてくれる優しい兄のような存在であった。

 

 瑠香にはもう1人、京都武偵局に所属する歳の離れた兄がいるのだが、ある意味、実の兄以上に、友哉は瑠香にとって兄らしい存在であると言えた。

 

 その想いが、年月を経て瑠香の中で昇華し、現在の「片思い」と言う形になっている。

 

 その為、友哉の世話をする事は瑠香にとって喜びであり、決して他人には、それこそ友哉本人にすら譲る事の出来ない、至上の役割であった。

 

 もっとも、そのせいで周囲からは「通い幼な妻」などと言われている事に、当の瑠香本人も友哉も気付いてはいないのだが。

 

 そんな訳で、瑠香が寮の自分の部屋に帰った時には、既に夜の7時を回っていた。

 

 瑠香の部屋がある第4女子寮は、学園島の内部でも比較的古い部類に入り、老朽化も進んでいる。その為、入居者も少ない事くらいしか取り柄の無い建物であるが、その分、家賃も安かった。

 

 部屋に入り、着替えようかと思って制服のネクタイに手を掛けた時だった。

 

「あれ?」

 

 マナーモードにしておいた携帯電話が、ポケットの中で震えている。

 

 取り出して開いて見ると、未登録の番号が液晶に浮かびあがっていた。

 

 悪戯だろうか、とも思い暫く放っておいて見るが、切れる気配はない。

 

 仕方なく、通話ボタンを押して耳に当てる。

 

「はい、もしもし?」

《あ、夜分にすみません。そちらは四乃森瑠香さんの携帯で良かったでしょうか?》

「はい、そうですけど?」

 

 相手は少女。それも、声の感じからして瑠香と同年代か、若干下のようにも思える。

 

 聞き憶えの無い声であるが、微妙に緊張した声音からは、何か逼迫した雰囲気が伝わってくる。

 

《あの、私、間宮ののかって言います》

「およ、『間宮』って事は・・・・・・」

《はい。間宮あかりの妹です。姉がいつもお世話になっています。あ、この番号は、お姉ちゃんが前に走り書きしたのを見て》

 

 確かに、あかりには妹がいる、と言う事は前から聞いていたが、話すのは今回が初めてである。ましてか、向こうから電話を掛けて来るのは予想外だった。

 

「それで、ののかちゃん、どうしたの?」

 

 わざわざこんな時間に、姉の友達に電話を掛けて来るには、何らかの理由があっての事だろうと考えた為、瑠香は前置きせずに本題に入った。

 

 対して、ののかは恐縮しつつ尋ねて来た。

 

《あの、そちらに、うちのお姉ちゃん、お邪魔してませんか?》

「あかりちゃん? ううん、来てないけど・・・・・・」

《そうですか・・・・・・・・・・・・》

 

 悄然としたののかの声が、受話器から聞こえて来る。

 

《実は、さっきからお姉ちゃんと連絡が取れないんです。お姉ちゃん、今までなら遅くなる時は必ず連絡くれたんですけど》

「え?」

 

 ののかの言葉を聞き、瑠香は思わず言葉を止めた。

 

 一瞬、何か任務でも負って遅くなっているのか、とも思ったが、そんな話は聞いていない。そもそも1年生単独で、しかも授業が開始されて数日で、そんな夜遅くまでかかるような重大な任務を請け負う事はできない。可能性があるとすれば、戦姉の任務の手伝いをしている、と言う事だが、それにしたところで、妹に連絡も入れないと言うのはおかしい。

 

『そう言えば・・・・・・・・・・・・』

 

 瑠香は思い出す。

 

 確か昼間、最後にあかりを見た時、彼女は志乃と一緒にいた筈。

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 あの時感じた「嫌な予感」が、急速に現実味を帯びて行くのが判る。

 

 まさか

 

 そう思いたいところだが、一度根付いた不信感は簡単には消えてくれない。

 

《あの、四乃森さん?》

 

 ののかの声に、瑠香は我に返った。

 

「判った、ののかちゃん。あたしの方でも心当たりに当たってみるよ。何か判ったら連絡するね」

《すみません、お願いします》

 

 ののかとの通話を切ると、瑠香は素早く携帯電話を操作して、別の番号へと掛ける。

 

 コールする事3回。相手が出た。

 

《もしもし、どうした瑠香?》

「あ、ライチー、ちょっと聞きたい事あるんだけど・・・・・・」

 

 杞憂であれば良い、と心の中で思いつつも、事態は最悪を指して動き始めている。

 

 急ぐ必要があった。

 

 

 

 

 

第6話「絶対孤独の最強者」      終わり

 

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