仮住まいで静かな朝(前日比)を迎えた翌日。悩みの種から解放されたにも関わらず、落ち着かない気持ちで過ごしていた。
「ヒマちゃん、今日も来るって言ってたけど。昨日辛い目に合わせちゃったし、愛想つかせてないかな・・・?」
帰り際は気にしてないと言っていたけど。もしくはヒマちゃん自身は来たくても、親御さんに話したとしたら二度と会っちゃいけません! ってなりかねないんじゃないかな!?
後ろ向きな考えで頭の中は埋め尽くされていた。ヒマちゃんが会いに来てくれなかった、私からは会いに行けないのだから。ぐるぐる考えていると、待ち人がやってきた。
「メイちゃん・・・?」
安堵で息が漏れる。海面に大きな水泡が浮かび上がった。
「えっと・・・なにやってたの?」
「・・・あれ?」
いつの間にか逆さになって、振り子みたいに頭を左右に揺らしていた。どうやってたんだこれ? シンクロナイズドスイミングらしきことを無意識にやっていたみたい。なお生前は金づちで以下略。
「こんにちは、ヒマちゃん。さっきのは気にしないでね。それより今日は何を持ってきたの? 何か香ばしいにおいがする・・・」
水面から顔出した瞬間いい匂いがした。それはヒマちゃんが持っていたカゴの中からしている。くんくんと嗅ぐとどこか懐かしさすら感じる。
「うーんと、おやつかな?あとで一緒に食べよう」
「やったー!ありがとヒマちゃん!」
おやつですと!? 楽しみすぎる! さっきまで鬱々と考えていたくせに、なんという変わり身の早さだよ。これで15年プラスアルファ生きてますが、母と幼馴染によく呆れられてました。
「それと約束したもの持ってきたよ」
「約束? うーんと…」
何の話だったのか思い出そうとヒマちゃんの顔を見つめていると、一瞬だけ視線が下にそれたことで得心がいく。
「水着のこと今思い出した…」
「なんで忘れてるの…?」
「人魚になってから不思議と気にならなくなったと言うか」
「そうなんだ」
「決して人間だった頃から露出癖があったわけじゃないので…」
早口でまくし立てると、次第にヒマちゃんの目が細められていく。違うんです本当に。そんな目でみないでよぉ。
「本当にいる…?」
「あ、ありがたく着させていただきます」
ヒマちゃんは疑うような視線を向けたまま私に手渡してくれた。信じてくれよぉ。
受け取った布はさらさらで触り心地は良さそうで、ひとまず私の胸が隠れるように布を前から後ろに巻き付ける。仕上げに縁の部分をエプロンみたく後ろで結んで……
「私もこれで野生児から文明人に進化した、テレレテレテレ〜濡れると肌に吸い付いてきてすぐには慣れないかも?」
先端は隠せているけど張り付いていて身体のシルエットがくっきり浮かぶので、なんというかその下品なのですが、ふふ。詳しくは話しませんけどね? ほらヒマちゃんも視線を彷徨わせていて目がまったく合わない。
「どうかな…似合ってない…?」
「そんなことは、ないと思う」
「本当?よく確認してみないとわからないんじゃな〜い?」
左手で後頭部を抑え、右腕を胸の下に入れ持ち上げてみせる。国民的RPG作品をイメージしてやってみた。ヒマちゃんは耳と顔を赤くしている。まあ、私も恥ずかしくて同じように赤くなってる気がするけど。ほほあちぃ。
「と、とりあえずありがとうヒマちゃん、大事にするね」
「ど、どういたしまして」
私達はお互いから目を合わせることもできず、気まずい空気が流れる。なにか、この場を和ませる小粋なジョークはないかな…
「えっと……ミロのヴィーナスR15」
身体を捻って視線を少し左に向け澄まし顔をする。
「…みろのびーなすあーるじゅーごって?」
あ、これ伝わらなかったやつだ。さっきとは別の沈黙が流れている。なんなら悪化しているぞ。
「一応説明するとミロのヴィーナスは有名な彫刻作品で腕のない裸の女性像で…腕があって水着着てるからR15で…」
「腕があって服を着てるとなんであーるじゅーごなの?」
「あー、んー、んんんんん」
返答に困る。一応断っておくと、好んでそういったジャンルを見ていたどころか直接見ていたこともないぞ。知識として知っているだけだぞ。ホントだぞ!?
「18歳未満には見せられない不健全な…いやそもそもミロのヴィーナスにそういう視線を向ける対象に数える自体リスペクトに欠けてたか…」
「えっと…」
「とにかく!気にしなくていいから…そうだ!持ってきてたおやつ!一緒に食べよう、ね!」
ちょっと強引だと思うけど、この話題を続けると色々とまずい気がしてきたのでね。ヒマちゃんも察してくれたのか苦笑いを浮かべている。
「これなんだけど…」
「サツマイモだ!っけど、ちょっと醤油とかを炙ったような香ばしさがあるような…」
「ふふ、正解。ちょっと鼻が良すぎじゃないかな?」
「そうでもしないと野生では淘汰されるので…今はこうして餌付けされてペットのように飼い慣らされているけどね!わんわん」
「……っ、とりあえず半分に割るね」
ヒマちゃんが力を加えると中からねっとり濃厚な黄色が現れる。ゴクリ。
「はいどうぞ」
「ありがとう」
手に持って匂いを嗅いでみると、いっそう、濃厚な甘い香りと焼けた醤油の香ばしい香りが混じり合い、脳がクラクラしてくる。
「いざ!」
小さく一口かじりつくと繊維が口の中で解けていきながら強烈な甘みが身体を満たした。
「これが幸福か…」
「ふふ、何言ってるの?」
「人魚の食生活って魚・貝・魚・魚・イカ・魚・タコって感じだから、あとたまに海藻」
「そうなんだ。私も魚はよく食べるけど、芋は汁物にしたり焼いて食べたりしてるかも」
「米は食べない感じ?」
「ここ最近はほとんど食べる機会ないかも、最後食べたのいつだったかな…」
「そ、そんなぁ…」
悲報、銀シャリ二度と食べれない可能性浮上。まだ、諦めるのは早いけど、そっか。そっかぁ…
こうなったらヤケ食い……はもったいないので大事に食べよう。ゆっくりと味わってみる。醤油のおかげで甘さが引き立ってるけど、塩気がある分くどさがない。大学いもとかにちょっとだけ似てるけど、記憶の味よりしょっぱい。
食べ終わると手がベタベタになっていたのでつあつい舐め取ってしまった。しょっぱあまい。
「ふふ、気に入ってくれた?」
「うん、あいがとお」
「どういたしまして、あれ顔赤くなってない?」
「しょーんなこと、ないれすよ?」
おかしいな、視界が揺れてヒマちゃんが2人に見える。妙にふわふわしてるけど、なんだこれ〜?