紫が隙間から消えてから数日、幻想郷は静かながらも暗雲に覆われていた。八方屋の近くの祠の宝玉は毎夜少しずつ明るさを増し、デミウルゴスの気配が日に日に強まっていた。その朝、伊万里は八方屋の庭で祠を見つめながら、手の甲の花模様を撫でていた。幻子が後ろから茶碗を持って来て、「伊万里くん、朝の薬草茶です。華扇さんが届けてくれました」と言う。
「ありがとう、幻子さん」伊万里が茶碗を受け取り、「神綺さんたちは魔界で調査が進んでるんですか?」
「はい。夢子さんから連絡がありました。古文書の中から、デミウルゴスが外の世界に逃げ出した経緯が少し分かってきたというのです」幻子が祠の宝玉を見つめ、「外の世界には『蝕む力』を求める者たちがいて、彼らが札を作って力を呼び起こしたらしいのです… 伊万里くんがその札に触れたのは偶然だったのか、それとも…」その時、空から魔理沙の帚の音が響き、彼女が降りてきた。
「伊万里! 早く準備しろ! 旧地獄から勇儀が来るって聞いたんだ! 一緒に祠の調査をするって言ってるよ!」
「勇儀さんが…?」伊万里が驚くと、すぐに地面がゴロゴロと振動し、大きな影が森の中から現れた。白い服を着てて胸が大きい巨体に満ちる力強さ——それは星熊勇儀だ。
「ふふっ、外の世界から来た青年か。伊万里だな? 旧地獄から来た星熊勇儀だ。デミウルゴスの気配が地獄の奥まで届いてきたから、調べに来たんだ」
勇儀が大きな手で祠を叩き、「この祠には旧い力が宿ってる。神綺が昔封印した時の痕跡が残っているようだ」と言う。その瞬間、命蓮寺の方向から鐘の音が鳴り、聖白蓮と雲居一輪が飛んできた。
「伊万里さん、おはようございます。師匠の指示で、異変に備えて経を唱えに来ました」一輪が合掌して言う。
「デミウルゴスの力は心を蝕むものだ。経の力でその気配を和らげることができれば、少しは安心だろう」聖白蓮も言う。
そんな中、空に隙間が開き紫が滑り出てきた。「ふふっ、見ていると感慨深いわね。旧地獄と命蓮寺、そしてお前たちまで… 全部が繋がって動き出しているのだから」
「紫さん、神綺さんたちは?」幻子が尋ねる。
「魔界から来る途中だわ。今晩までにはここに到着すると言ってたの」紫が扇子で祠を指し、「それに、博麗神社から霊夢が来ると聞いたわ。彼女も祠の調査に加わるんだと思う」少しすると、霊夢が朱い巫女服を着て走ってきた。「おい、みんなが集まってるんだね! 紫から連絡があったから来たよ。この祠、何か新しい発見はあるのか?」伊万里が全員の姿を見つめ、胸の中に熱いものを感じた。数日前まで自分一人で抱え込もうとしていた脅威が、今ではこんなに多くの人々が一緒に向き合ってくれる——そんな事実に、言葉では言い表せない感謝の気持ちが湧いてきた。
「みんな… ありがとうございます」伊万里が力強く言う。「デミウルゴスが『蝕む時』を待っていても、俺たちが一緒なら必ず乗り越えられる。この八方屋を、この幻想郷を守るために!」
「うぉっ! その調子だ!」勇儀が大きく笑い、魔理沙も「そうだ! 一緒に勝ち取るさ!」と声を上げる。霊夢、一輪、聖白蓮も頷き、幻子は伊万里の隣に立って柔らかく笑った。
その時、祠の宝玉が突然強く輝き、空に深い紫の雲が広がった。遠くの魔界の方向からも光が見え、神綺と夢子の気配が近づいてきた——
「動き出したよ、伊万里くん。デミウルゴスの『時』が、もうすぐ来るんだ」幻子の言葉が風に乗って広がり、全員の表情が真剣に変わった。大きな異変の前触れが訪れ、動き出した者たちの力が一つに結ばれる時——幻想郷最大の試練が、今、幕を開けようとしていた。一方、伊万里が外で全員と立ち向かう準備をしている間、彼の精神世界の中では冷たい声が響いていた。暗闇に浮かぶ金属製の台の上に、女性に近いが機械質な姿の存在が佇んでいた——デミウルゴスだ。周りには伊万里の記憶の断片が光の粒となって浮かんでいるが、彼女の近くには深い黒い煙が巻き付いていた。
「これじゃ、蝕むことが出来ぬな」デミウルゴスは機械的に首を傾げ、伊万里の記憶の粒を指で弾く。粒は黒い煙に触れると少し濁るが、すぐに元の明るさに戻ってしまう。
「それに伊万里の奴が種を蒔く範囲が狭すぎるな。心の中に隙間が生まれない… 仲間たちの声があまりにも強くて、俺の力が届かない」彼女は低く呟き、金属製の手で台を叩く。鈴のような音が暗闇に響き、記憶の粒が一時的に揺れ動いた。
「こうなれば、仕方ない。出来ればこんなことはしたくなかったが…」デミウルゴスの眼が深い紫に輝き、周りの黒い煙が一気に膨らんで記憶の粒を包み始めた。その煙の中には、伊万里が外の世界で経験した辛い記憶、孤独を感じた瞬間たちが浮かび上がってきた。
「俺が直接、種を蒔いてやる。お前の心の奥底に、『仲間たちを傷つけるのは俺のせいだ』という迷いを… そうすれば、必ず隙間が生まれる… 必ず蝕むことが出来るのだ」
黒い煙が伊万里の精神世界の奥に深く進み込み、彼の外の世界での辛い記憶を一つ一つ鮮明にさせていった。その瞬間、外の世界で祠の前に立っていた伊万里が突然顔色を変え、手を頭に抱えた。
「…うわっ… 頭が… 辛い…」幻子がすぐに伊万里を支え、「伊万里くん! どうしたの!?」と心配そうに問いかけた。伊万里の目には、外の世界で一人で泣いていた自分の姿が浮かび上がり、「…俺がここに来たせいで、みんなが危険に遭う… 俺がいなければ…」と小さな声で呟いた。
遠くの精神世界でデミウルゴスが冷たく笑い、「はい、そうだ… 迷え、伊万里… それが俺の勝利への第一歩だ…」外の世界では、伊万里の心が初めて大きく揺れ始め、祠の宝玉もそれに呼応するように異常なほど明るく輝き出した——大きな異変の幕は、ここから本当に開けられようとしていた。神綺は伊万里の様子を見て眉をひそめ、力強く言い放った。
「デミウルゴスのやつ、まさか、強硬手段を取り始めたか…」
「神綺様! 伊万里くんが…」夢子が慌てて伊万里の方を向くと、神綺は頷きながら説明する。「彼の精神世界に直接手を出して、辛い記憶を鮮明にさせて迷いを植え付けてるんだ。それが外の世界の彼の心を揺らし、宝玉の力を高めてるのだ」伊万里は手を頭に抱え、「…俺がいなければ… みんなが… 安全だったのに…」と繰り返し呟いていた。その時、幻子が伊万里の体に寄りかかり、しっかりと抱きしめた。
「大丈夫だよ。君が来たからと言って危険な目に遭うことなんかないよ」幻子の声は柔らかくも力強く、伊万里の耳に直接届いた。彼女は伊万里の背中を撫でながら、続けて言った。
「君は希望だから。この八方屋があって、みんなが集まって笑えるようになったのは、君が来たからだよ。危険に遭うのは君のせいじゃない… デミウルゴスのせいだ。だから、君は責めないでください」その抱擁と言葉が伊万里の心に伝わり、頭の中に浮かんでいた辛い記憶が少しずつ薄れ始めた。手を頭から離し、幻子の肩越しに周りの人々を見つめた——勇儀が拳を握り、魔理沙が怒ったような顔で宝玉を見つめ、霊夢が静かに自分を見守っていた。
「伊万里、私たちは自分次第でここに来たんだ。君のせいじゃない」勇儀が大きな声で言う。
「危険だと知りながら来たんだから、君は何も責める必要はない!」
「そうだよ! 私たちは仲間だろ? 仲間が困ってたら助け合うのが当たり前だ!」魔理沙も声を上げる。
神綺が伊万里の方に近づき、「デミウルゴスは『迷い』を種に心を蝕む。君がその迷いを捨てられるかどうかが、今の鍵だ。幻子の言う通り、君は希望だ。その希望を信じろ」と言う。
伊万里は幻子から少し離れ、立ち直った。手の甲の花模様が一時的に濁っていたが、今度は明るく輝き始めた。「…みんな… ありがとう… 俺は… 希望だって…」
その瞬間、精神世界の中でデミウルゴスが不満そうに呟いた。「くっ… まだか… その程度の言葉で迷いが消えるわけが…」
外の世界では、伊万里が力強く胸を張り、「俺は希望だ。この八方屋を守り、みんなを笑わせるために… デミウルゴスの言う迷いなんて、捨ててやる!」その言葉と共に、手の甲の花模様が一気に輝き、祠の宝玉の光が一時的に弱まった。周りには温かい空気が満ち、紫が扇子で口元を隠して小さな笑みを浮かべた。
「ふふっ、いい調子だわ。これでデミウルゴスの強硬手段は一時的に抑えられたけど… 彼女はまだ諦めないから、油断はできないわ」
神綺は頷き、「そうだ。今度は俺たちが主導権を握る番だ。魔界の古文書から見つけた封印の方法で、この宝玉を再び封印しよう。みんな、準備はいいか?」全員が同時に頷き、それぞれの立場で戦いの準備を始めた。幻子は伊万里の手を取り、「一緒に行きます。君が希望である限り、私は守り続けます」と言った。大きな異変はまだ終わっていないが、伊万里の心は再び強くなり、動き出した者たちの力が一つに結ばれる時——幻想郷を守るための真の戦いが、今、本格的に始まったのだ。そんな時、霊夢が朱い巫女服の襟元を整え、突然ハキハキと言い出した。
「伊万里の存在を知らせるほうがいいかもね。命蓮寺はもう来てるけど、旧地獄の奥や冥界まで、散歩がてらに行って知らせておくのもいいかもね。そうすれば、万が一の時のために準備ができるし」
周りの人々が霊夢の言葉に耳を傾けると、空から隙間が開き紫が滑り出てきて、同じくハキハキと言い返した。
「確かに、そうすることで協力者が増える可能性があるわね。しかも、直接伊万里が赴いたほうがいいかもね。他人が伝えるよりも、君自身が『希望としての存在』を示せるから、説得力があるのだから」
伊万里が驚いて紫を見つめ、「俺が直接… 旧地獄の奥や冥界まで行くの?」と尋ねる。幻子がすぐに手を握り締め、「伊万里くん、一緒に行きます! 一人では危険だから」
「そうだ、俺たちも同行するよ!」魔理沙が帚を掲げて言う。勇儀も大きく頷き、「旧地獄は俺が知ってるから、案内してやる。奥の方には地霊殿の娘たちもいるし、彼女たちに知らせておくと力になるだろう」
神綺が手を横に振り、「慌てなくてもいいわ。封印の準備は少し時間がかかるから、その間に行って戻ってくればいい。夢子、私たちはここで宝玉の調査と封印の準備を続けるわ」
「はい、神綺様!」夢子がお辞儀をする。
霊夢が伊万里の肩を叩き、「どうだ? 決心はついたか? 旧地獄や冥界は少し怖いかもしれないけど、私たちが一緒だから大丈夫だよ」伊万里は周りの仲間たちの笑顔を見つめ、胸の中に熱い気持ちを抱きしめた。
「…はい! 行きます! 俺自身が伝えに行く。みんなに『希望』である俺の存在を見せて、協力してもらおうと思います!」
その言葉に全員が笑い、準備を始めた。紫が隙間を開けて言う、「冥界は幽々子がいるから、彼女に伝えておけば彼女も動いてくれるわ。彼女の力は大きいから、大きな助けになるはずだ」
少しすると、魔理沙が帚に乗り、「さあ、出発だ! 旧地獄から始めるぞ!」と声を上げる。伊万里と幻子が魔理沙の帚に乗り、勇儀は地面を大きな歩幅で歩き始め、霊夢は空を浮かんで先導する。
祠の宝玉はまだ淡く輝いていたが、今ではその光が「旅立ちの合図」のように感じられた。伊万里は空から八方屋を見下ろし、「待っててください。必ず協力者を連れて帰ります! この八方屋と幻想郷を守るために!」と心の中で誓った。太陽が高く輝き、旅立った者たちの影が地面に伸びていった——異変に備え、新たな連帯が生まれる旅が、今、始まったのだ。竪穴の奥へと続く道は、だんだんと広くなり、明るさも増してきた。旧地獄の本当の姿が、もうすぐ目の前に現れようとしていた——新たな協力者を得るため、伊万里たちの足取りは少しずつ速くなっていった。
やがて道は地面に出て、広大な空間が広がっていた。暗い天空には赤みがかった雲が流れ、地面には黒い岩が広がり、遠くには尖った塔のような建物が見えた。勇儀がその建物を指し、大きな声で言う。
「見えるか? あの大きな建物はあちらには地霊殿が建ってるんだ」伊万里は勇儀の指す方向を見つめると、岩場の中腹に暗く重厚な建物が佇んでいるのを見つけた。煙が屋根から立ち上がり、空気には火薬のような匂いが混じっていた。竪穴を抜けて旧地獄の土地に足を踏み入れると、伊万里は遠くにそびえる暗く重厚な建物を見つけ、突然ハキハキと声を上げた。
「地霊殿… 誰が住んでますか?」魔理沙がすぐに隣に寄りかかり、手を広げて明るく説明する。
「地霊殿には火焔猫燐、霊烏路空、古明地さとり、古明地こいしが住んでるんだぜ! お燐は黒猫の姿になれて地霊を案内する番人だし、お空は旧地獄の核を守ってる超強い八咫烏の妖怪だ。さとりは『心読み』ができて何でも知ってるし、こいしは彼女の妹で、ちょっと不思議で可愛らしい子だよ」伊万里は目を輝かせながら聞き入り、「心読み… それだと俺の中身まで全部見えちゃうんですか?」と少し照れたように掻きむしりながら言う。
勇儀が大きく笑い、「心配すんな! さとりは人の心を無闇に突き崩すような子じゃない。むしろ君のような希望に満ちた心を見ると、喜んでくれるだろう」その言葉を聞いて伊万里は少し安心し、再び遠くの地霊殿を見つめた。暗い岩場の中に佇む重厚な建物だが、なぜか温かみを感じるようになった。
「それに、地霊殿の周りには地霊たちが住んでるから、さとりはいつも彼らの心を察して助けてるんだ」魔理沙が指を指さし、地面に浮かぶ淡い青い光を示す。「あれが地霊の気配だよ。君が来たら、みんな静かになってるよ」
伊万里が地面を見つめると、確かに細かな青い光がゆっくりと揺れ動いているのを見つけた。「地霊さんたちも、俺のことを感じてるんですか…」
「当然だろ!」勇儀が大きな手で伊万里の肩を叩き、「君の希望の気配は強いんだ。旧地獄のような暗い場所に来ても、周りを明るくするような力があるんだよ」その時、空から小さな影が飛んできて、伊万里の肩に止まった。黒い毛並みの猫だ。伊万里は肩の黒猫に囁くように言った。「さとりさんに会うのが、ちょっと緊張するけど… みんなが待っててくれるから、大丈夫だよね」
黒猫はニャーと鳴いて頷いたように見え、伊万里は心から笑いを浮かべた。だがその次の瞬間、肩の黒猫がふわりと光り、突然黒い服で赤い髪のおさげの少女に変化した——手には小さな導き鈴を持ち、目元には優しい笑みが浮かんでいる。
「客人かい、アタイは火焔猫燐、お燐と呼んでよ」
伊万里は驚いて後ろに跳ね返り、「ええっ! 猫が… お燐さんになっちゃったんですか!」幻子も少し目を丸くしながら笑う。「ふふっ、変身するんですね。すごいですわ」お燐が鈴を鳴らして笑い、「アタイは猫妖怪だから当然じゃないか。地霊を案内する時は猫の姿の方が便利だから、よく使ってるんだ。先程から君たちの話を聞いてたよ」
魔理沙が手を頭にかざして「なるほど! 俺たちが地霊殿のことを話してる時から、すでに肩に乗ってたんだぜ? 巧妙だな!」と言う。
「うふふ、秘密だったのにね」お燐が赤いおさげを振り、「でも君の心の中を見たよ… 『心読みされちゃうのが照れるけど、みんなに協力してもらいたい』って思ってるんだね。さとりさんはそんな君の心を、きっと喜んで見てくれるよ」
伊万里は少し照れて掻きむしり、「お燐さんも心読みができるんですか…」
「いやいや、アタイはさとり様みたいに全部は見えないよ。ただ、地霊や猫の感覚で気持ちは察してられるだけだ」お燐が指を指さし、地面の青い光たちを示す。「地霊さんたちも、君の『希望』を感じて喜んでるんだ。見て、みんな地霊殿に向かってるよ」確かに、細かな青い光たちがお燐の鈴の音に合わせて、ゆっくりと地霊殿の方向に動き始めていた。伊万里はその光景を見つめ、胸が温かくなった。
「さあ、早く行こうか。さとりさんとこいしさん、空さんが中で待ってるんだ。君の話を聞いて、きっと協力してくれるよ」お燐が先に歩き始め、伊万里は幻子の手を引いて続いた。暗い岩場の中を進むと、いつの間にか地霊殿の重厚な扉がすぐそばにあることに気づいた——旧地獄での真の出会いが、今、その扉の向こうに待っていた。お燐が鈴を鳴らすと、扉はそっと開いて暖かい赤みがかった光が溢れ出てきた。そこに待っていたのは、ピンクの髪を両肩に垂らし、水色の上衣に白いフリル縁のピンクのスカートをはいた女性だ。何よりも特徴的なのは、額の中央に輝く赤いサードアイだ——彼女こそが古明地さとりだ。
「お疲れ様です、伊万里さん。お燐から話を聞いていました」さとりは穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと伊万里の方に近づいた。その赤いサードアイが輝く瞬間、伊万里は自分の心がすっと開かれたような感じを受けたが、少しも不快な気持ちはしなかった。
「古明地さとりさん… 初めまして!」伊万里が一歩前に出て挨拶すると、さとりは頷きながら言う。「心から協力したいと思ってるんですね。『八方屋を守り、みんなを笑わせる』その願いが、本当に強いです。地霊たちもそれを感じて、静かになっているのです」
「え? それは…」伊万里は驚いて地面を見つめると、青い光たちが扉の前でまとまってゆっくりと揺れ動いていた。
魔理沙が隣から言う。「さとりのサードアイは『心を読む眼』だぜ。君の深い心の中まで、全部見えてるんだ」
「全部見えてるんですか…」伊万里は少し照れて頭を掻くと、さとりが柔らかく笑う。
「そうですけど、君の心は希望で満ちているので、見ているだけで嬉しくなります。暗い旧地獄に来てくれて、ありがとうございます」その時、裏から緑の髪にピンクのリボンをつけた可愛らしい少女が跳ねて出てきた。「お姉ちゃん、客人が来たのね! 希望って何? おいしいの?」
「こいし、ちゃんと挨拶しなさい」さとりが妹の古明地こいしの頭を撫でると、こいしは伊万里に向かって「私ははこいし! お姉ちゃんと一緒に地霊殿に住んでるよ!」と明るく言った。その後、大きな翼を持つ白い服の女性がゆっくりと歩いてきた——旧地獄の核を守る霊烏路空だ。「ふん、外の世界から来た青年か。力はそんなに強くないけど、気配は悪くない。デミウルゴスの話はお燐から聞いた。地霊殿は協力するよ」伊万里はさとり、こいし、空の三人を見つめ、心から嬉しくなって声を上げた。「ありがとうございます! こんなに多くの人が協力してくれるなんて… 本当に助かります!」
さとりの赤いサードアイが再び輝き、「君の願いが旧地獄にまで伝わったことで、地霊たちも力を合わせてくれるようになりました。旧地獄全体で結束して、デミウルゴスに備えましょう。君が一人で抱える必要は、もうないのです」
伊万里は幻子の手をしっかり握り、重ねて感謝の言葉を送った。地霊殿の扉の向こうには、こんなに温かい仲間たちが待っていた——旧地獄での旅は、ここから一層意義深いものになっていった。その時、伊万里の精神世界の中では、デミウルゴスがさとりの姿を見つめ、機械質な額から冷や汗をかいていた。
「危ねえ… 伊万里のやつ、なんてやつと会ってくれてるんだよ…」
彼女は金属製の手で額を拭き、暗闇の中に浮かぶさとりの姿を目で追っていた。赤いサードアイが輝く様子に、どこか不安そうな調子で呟く。
「心読みの眼… あの女は俺の存在まで察してるのか? もし伊万里の心を通して俺の計画まで見抜かれたら… 大変なことになる」
その瞬間、精神世界の奥から旧地獄の様子が映し出された。暗い岩場の底、誰も近づかない場所には、深い闇が渦巻いているのが見えた。
「だが、旧地獄… ここには極上のモノが眠ってそうだな。伊万里の心を蝕むのに最適な『絶望の記憶』が、この地のどこかに埋もれているはずだ…」
デミウルゴスは眼を細め、深い紫に輝かせる。だがすぐに力を失ったように肩を落とす。
「だが、私は直接動けん… 神綺の封印の残滓がまだ俺の体に縛りをかけている。この精神世界から出ることはできない… 仕方ない、アイツを使うか」彼女の手を伸ばすと、暗闇の中に無数の黒い影が浮かび上がってきた。それらはゆがんだ姿をしており、神綺の封印から逃れたデミウルゴスの下僕の一人だ。
「我が配下の一人よ… 旧地獄に赴き、『絶望の記憶』を掘り起こせ。そして伊万里の心にそれを植え付けろ。さとりの心読みの眼があっても、暗闇の中から襲えば隙はある… 必ず、伊万里の心を蝕ませるのだ」黒い影たちはゴロゴロと鳴き、デミウルゴスの手から旧地獄の方向へと飛び去っていった。彼女は再び伊万里の精神世界の奥に立ち、冷たく笑った。
「さあ、伊万里… さとりの力があっても、旧地獄の絶望が君の心に迫ってくる。その時、君は真の弱さを見せるのだ…」外の世界では、地霊殿の大広間は温かい空気に包まれていた。伊万里がさとりたちにデミウルゴスの脅威を詳しく話している最中、誰もが気づかないように、旧地獄の暗い奥から黒い影が忍び寄ってきていた——危険が、今、伊万里たちのすぐ近くに迫っていた。旧地獄の街道を進み続けると、だんだんと周囲の温度が上がり始めた。発光する鉱物の数も増え、赤みがかった光が空間を照らしていた。伊万里は帚に乗りながら、再び先程の話題に戻した。
「しかし、さとりさんはああは言ったけどまだ不安の材料は残ってるんだよね正直… デミウルゴスの下僕たちがどこかで待っているのかもしれないし…」
幻子が手を握り締め、「大丈夫ですよ。地熱洞には強い地霊たちが住んでるし、空さんやお燐さんがいるんですから」
「そうだ! 地熱洞は俺がよく来る場所だ。地霊たちも俺のことを知ってるから、すぐに話が通じるさ!」勇儀が大きな歩幅で進み、周囲の岩を叩くとゴロゴロと音が響いた。
伊万里は少し遠くを見つめ、「あと… 命蓮寺にもいずれは行ったほうがいいかもしれない。紫さんが協力者を増やすのが良いと言ってたし、地上の寺と旧地獄の妙蓮寺が連携できたら、力が一層強まるんじゃないかな」
お燐が鈴を鳴らしながら言う。「そうだね。地熱洞の話が終わったら、地上に戻って命蓮寺に行ってみるのはいいですよ」その瞬間、街道の脇の岩陰から、小さな黒い影がかすかに動いた。霊夢がすぐに御札を構え、「何だ、それ! 気配が悪いぞ!」影はすぐに暗闇の中に消えてしまったが、周囲には冷たい空気が広がってきた。空が翼を羽ばたかせて警戒し、「デミウルゴスの下僕かもしれない。地熱洞まで後少しだから、一層気をつけよう」旧地獄の街道を進む伊万里たちの足取りは、警戒心を持ったものになった。不安は残っていたが、仲間たちと一緒にいることで、どんな危険にも立ち向かえる気がした——地熱洞への道のりは、今、真剣な戦いの前触れとなっていた。だが、その黒い影に向かって弾幕を打ち込むものがいる、桶に入った少女、キスメである、そして、キスメの近くにはなんと土蜘蛛のヤマメがいる。旧地獄の街道に新たな仲間が加わり、伊万里たちの足取りは前よりも一層力強くなった。黒い影の危険はまだ消えていないが、こんなに多くの人が一緒に立ち向かってくれることで、先程の不安も少し薄れてきた。その時、ヤマメが蜘蛛の糸を杖に巻きつけながら、突然ハキハキと言い出した。
「伊万里ってなんか凄いよね。旧地獄に来ても怯まないし、希望の気配が周りを明るくしてる感じがするんだ。それに幻子ちゃんって子とはどんな関係? 伊万里って確か男の子だよね、もしかして、幻子ちゃんのこと…」最後の言葉を言う時にヤマメは頬を少し染め、キスメも桶の上から「ええっ! それはそれは! どうなのどうなの!」と好奇心一杯に尋ねてきた。幻子も突然顔が赤くなり、手で頬を押さえながら「ヤマメさん… そ、そんな…」とつぶやいた。伊万里は少し照れて頭を掻くけど、すぐにハキハキと答えた。
「分かりません、だけど、俺は幻子さんのことは大事に思ってます。八方屋に来てから、いつも俺のことを気にかけてくれて、困った時はいつも側にいてくれる。それだけは確かです」その言葉を聞いて幻子の顔がさらに赤くなり、小さく「伊万里くん…」と呼んだ。魔理沙が吹き出しながら「へえ~ 大事に思ってるんだぜ! それは良いじゃん!」と言い、勇儀も大きく笑い「なるほどなるほど! そんな関係か! いいぞいいぞ!」と声を上げた。
ヤマメも柔らかく笑い、「ふふっ、素直だね。そんな気持ちがあれば、どんな困難でも乗り越えられるよ。幻子ちゃんも伊万里のことを大事に思ってるみたいだしね」
「う、うん…!」幻子が小さく頷き、伊万里の手にそっと触れた。伊万里は幻子の手をしっかり握り、心から笑顔を浮かべた。
その時、空が翼を羽ばたかせて言った。「おいおい、恋話は後でいいよ。地熱洞がもうすぐ見えてくるぞ。影が再び現れるかもしれないから、警戒しよう」確かに、遠くに赤みがかった熱気を含んだ光が見え始めていた——地熱洞がすぐそばにあることを感じ、伊万里たちは再び警戒心を高めた。だけど、先程の言葉が胸に残っているから、前よりも一層強くなった気がした。
「みんな、一緒に行こう!」伊万里が力強く声を上げ、全員が頷いた。旧地獄の街道を進む足取りは、今、希望と想いを胸に、一層確かなものになっていた。