東方創想録   作:Mrコッコ

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【あつまる穢れ】

精神世界の奥深くで、伊万里とデミウルゴスの真の決戦が始まると同時に、幻想郷の各地に禍々しい穢れが徐々に漂い始めた。最初は妖怪の山の森から——木々の葉が突然黒ずみ、鳥の鳴き声が悲しげに変わった。山の中に住むキツネたちが慌てて巣を守り、射命丸文が風に乗って調査に向かうと、空気の中には目に見えない黒い煙のようなものが渦巻いていた。

「この穢れ… 魔界のデミウルゴスの気配だわ」文は筆を咥えながらノートに書き留め、「各地に広がってるんだから、伊万里くんたちが精神世界で苦戦してるのかも…」次に穢れが届いたのは人里。店先に飾られた花が一晩で枯れ、人々の心に無名の不安が植え付けられ始めた。博麗神社に戻ってきた霊夢が境内を見つめると、朱い鳥居にも薄い黒ずみが見えて——眉をひそめた。

「穢れがこんなに広がるなんて… デミウルゴスの『器』が完成に近づいてる証拠だ」霊夢は御札を手に取り、境内に張り巡らせ始めた。「魔理沙は魔界で伊万里たちを支えてるから、ここ幻想郷は私が守る。絶対に穢れが神社に染み込むのは許さない」太陽の花畑では、幽香が向陽花の葉を指で触り、顔に厳しい色を浮かべていた。花畑は彼女の力でまだ明るいままだが、空気の中に混じる穢れが、花々の輝きを少しずつ薄れさせていた。

「ふん、こんな広範囲に穢れを撒くなんて、デミウルゴスは手強いわね」幽香は大きな花びらを取り上げ、花畑全体に光を放った。「だけど、私の花はそんな穢れには負けない。伊万里くんたちが決着をつけるまで、この花畑を盾に幻想郷を守ってみせる」旧地獄では、勇儀たちが悪霊たちとの戦いを終えたばかりだったが、地熱洞から禍々しい穢れが湧き出してきた。コンガラが透明な刀を輝かせ、穢れを切り裂きながら言った。

「この穢れ… 精神世界の状況が幻想郷全体に影響してるんだな。伊万里くん、早く勝ってくれよ」各地に穢れが集まり、幻想郷は暗い雲に包まれ始めた。太陽の光が薄れ、風は冷たく、誰もが心の底から不安を感じていた。だがそんな中でも、妖怪たちや人々はそれぞれの場所で立ち上がり、穢れと戦い始めて——伊万里たちが精神世界で勝つことを信じ、希望の火を消さないように守っていた。

「伊万里くん… 今、君たちの戦いが全てを決めるんだよ」紫が隙間から幻想郷全体を見つめ、小さく呟いた。

「絶対に… 勝ってきてほしい」その瞬間、精神世界の奥深くでデミウルゴスがハキハキと声を上げ、巨大な玉の回転がさらに速くなった。

「集めるのは絶望だけじゃない、怒り・憎しみ・妬み・悲しみもだ! 地底には妬みをエネルギーとしてる妖怪がいる… あの橋姫は良きものだ。そして、あの面霊気を利用してやる!」伊万里は虹色の光を放ちながら抗おうとしたが、デミウルゴスが完成寸前の器から放つ力が圧倒的だった。体が思うように動かず、意識の端っこが彼の思いに操られているような奇妙な感覚がした——まるで主導権を奪われたかのように。

「…なんで… 体が…」伊万里の手が無意識に動き、精神世界と魔界を結ぶゲートが彼の前に開かれた。デミウルゴスは冷たく笑い、「フフフ… お前の力を借りて、幻想郷に穢れを満ち溢れさせるんだ。さあ、魔界から出て、あの面霊気の源に向かえ!」

伊万里の脚が前に進み始め、ゲートを抜けて魔界の土地に立つと、そこには既に魔理沙が慌てて駆け寄ってきていた。

「伊万里! 何してるんだ! 神綺様が待ってるんだぜ!」

「魔理沙さん… 俺… 体が…」伊万里は力任せに頭を掻き、意識が二つに裂けそうだった。一つはデミウルゴスに操られて幻想郷へ向かおうとし、もう一つは仲間たちを守りたいと叫んでいた。その時、神綺と幻子、夢子が城から飛び出してきた。神綺は厳しい声で叫んだ。

「伊万里くん! デミウルゴスの力が器を通してお前に伝わってる! 希望のイメージを強く描きなさい!」だがその瞬間、伊万里の体から放つ光が一時的に暗く変わり、彼はゲートを開けて幻想郷へと向かう準備をし始めた。デミウルゴスの声が頭の中に轟き、「さあ、面霊気が満ちる場所… あの旧都の跡地へ行け! そこで全ての負の感情を集め、器を完成させるんだ!」魔理沙は帚を構えて伊万里の前に立ち、「だめだ! 私がが許さない! 伊万里は伊万里自身だろ! デミウルゴスの言葉に惑わされるな!」伊万里の眼はうつろになりながらも、魔理沙の姿を見つめて小さく呟いた。

「…魔理沙さん… 俺… 本当は…」幻想郷の穢れはさらに濃くなり、旧都の跡地からは面霊気特有の暗い光が輝き始めていた——デミウルゴスの計画が、いよいよ最終段階に入っていた。その時、博麗神社の境内で御札を張り巡らせていた霊夢が、突然空を見上げてハキハキと声を上げた。

「面霊気って泰こころのことだね。まずい、近づけさせたら、ヤバいわよ」傍らにいた文が驚いて筆を止め、「泰こころさん? 旧都に住んでる面霊気の妖怪だよね? デミウルゴスが彼女を利用するつもりなの?」

「そうだ。泰こころの面霊気は、人間や妖怪の心の感情を集めて生まれるものだ。デミウルゴスがそれを利用したら、怒りや妬み、悲しみが一気に集まって… 器が完成しちゃう可能性が大きい!」霊夢は御札を一気に収め、帚を掴んだ。「文、神社は任せるぞ! 俺は旧都へ行って、伊万里くんと泰こころさんを守る!」

「待って、霊夢さん! 穢れが濃い旧都に一人で行くのは危険だよ!」文が手を伸ばすが、霊夢は既に空に飛び立っていた。旧都の跡地では、暗い霧が漂い、無数の面が空中を浮遊していた。中央には夜目では薄紫色がかって見えるピンク色のロングヘアに、同じ色の瞳と睫毛、服装は青のチェック柄の上着に長いバルーンスカートて上着には胸元に桃色のリボン、前面に赤の星、黄の丸、緑の三角、紫のバツのボタンが付いていた格好の少女が中心に立ってる——泰こころだ。彼女の周囲には面霊気が濃く渦巻き、デミウルゴスの気配が混じっていた。

「…誰かが… 私の気を引いてる… 負の感情を… 集めさせようとしてる…」泰こころは頭を掻き、苦しそうな表情を浮かべていた。その時、空から伊万里の姿が現れた——体はまだデミウルゴスに操られたようなうつろな眼をしていたが、手の甲には虹色の光がかすかに輝いていた。

「さあ、泰こころ! 面霊気を全て解放しろ! そうすれば、全ての負の感情が集まって器が完成するんだ!」デミウルゴスの声が伊万里の口から出た。

泰こころは驚いて後ろに引き、「…伊万里くん? 君が… そんなことを言うの?」

「こころ、動くな!」霊夢が空から降り立ち、伊万里と泰こころの間に立った。

「伊万里、私がここに来たわ! デミウルゴスの言葉に惑わされるな! 君は君自身でしょ!」伊万里の体が震え、うつろな眼に少しだけ光が戻った。

「…霊夢さん… 俺… 止められない… 体が…」旧都の霧はさらに濃くなり、面霊気が一気に輝き始めた——デミウルゴスの計画が、いよいよ決定的な瞬間を迎えようとしていた。その時、伊万里の口から再びデミウルゴスのハキハキな声が響き、旧都全体が震え始めた。

「もう遅い、十分と穢れは集まった。まあ、暫くは伊万里に主導権を握らせてやろう。あとは信仰心でも集まればいい」言葉と同時に、伊万里の体から放たれていた暗い光が一気に薄れ、彼の眼は徐々に明るくなっていった。体の動きも自由になり、自分自身の意思で立ち直すことができた。

「…俺… 主導権を取り戻した…?」伊万里は手を見つめ、虹色の光が再び鮮やかに輝いているのを確かめた。霊夢も驚いて眉を上げ、「伊万里くん! 大丈夫か? 体は自分のものだろ?」

「はい… 今は… だが…」伊万里は空を見上げると、旧都の上空に巨大な玉が浮かび上がっているのが見えた。玉の中には怒り・憎しみ・妬み・悲しみ… 集められた全ての負の感情が渦巻き、既に完成寸前の形をしていた。

「フフフ… 主導権を返したって、器はもう完成するんだ。あとは少しの信仰心を加えれば、この世界を『真の無』に変えることができる」デミウルゴスの声は今度は精神世界から直接響き、「伊万里、お前の信仰心も、仲間たちの信仰心も… 全部ここに落としていけ!」泰こころが伊万里の側に寄り添い、小さく言った。

「…伊万里くん… この面霊気は私の力だけど… デミウルゴスに利用されちゃった… どうしたらいいの?」伊万里は泰こころの手を取り、霊夢と互いに目を合わせた。

「信仰心… デミウルゴスは信仰心を何に使うんだろう… だが… 信仰心は決して負のものじゃない! 俺たちが信じる『希望』や『仲間』が、それ自身が信仰心なんだ!」霊夢も頷き、御札を手に構えた。

「そうだ! 信仰心を集めるんだ! 幻想郷の人々や妖怪たちが、伊万里くんたちを信じる心を集めれば、デミウルゴスの器を打ち砕ける可能性がある!」旧都の上空に浮かぶ玉が一気に輝き、穢れが幻想郷全体に広がり始めた。だが伊万里は虹色の光を全力で放ち、声を上げた——

「幻想郷のみんな! 俺たちは今、ここで戦ってる! 君たちの信じる心を、ここに届けてくれ! その信仰心が、世界を救うんだ!」伊万里の声が幻想郷全体に響き渡ると同時に、精神世界の奥深くにいたデミウルゴスは、無意識に彼の記憶に手を伸ばした。そこには——太陽の花畑で幽香と笑った瞬間、旧地獄で勇儀に励まされた時、幻子や夢子と手を握った温もり… 伊万里が幻想郷で経験した全ての幸せな記憶が、鮮やかに蘇ってきた。デミウルゴスの体が震え、冷たい眼には初めて戸惑いの色が浮かんだ。

「無に返すか… そんなことしても意味ないか…」彼女の声はもうハキハキではなく、小さく、迷いに満ちていた。過去に神綺が自分を「希望を創る存在」として作った時の記憶も、かすかに頭の中を掠れた——あの時、自分は世界に美しいものを作りたいと願っていたのだ。

「ならば… 作り変える… それもありか」精神世界に浮かぶ巨大な玉の回転が徐々に遅くなり、絶望の黒が渦巻く中に、ほんの少しだけ白い光が混じり始めた。デミウルゴスは記憶の画面を見つめ続け、伊万里が仲間たちと笑う姿を見て、唇をかみしめた。旧都の伊万里は、突然精神世界から伝わるデミウルゴスの気持ちの変化に気づき、目を閉じた。「デミウルゴス… 君がそう思っているのが分かる… 無にするのではなく、一緒に世界を作り変えようじゃないか!」

「伊万里くん… 何が起こってるの?」霊夢が困惑して問いかけるが、伊万里はただ頭を頷き、アムノスの声に応えるように続けた。

「君も最初は希望を創る存在だったんだ。その心、まだ消えてないんだよな?」精神世界のデミウルゴスは沈黙したまま、記憶の画面を見つめ続けた。巨大な玉の光は徐々に紫に変わり、絶望と希望が混ざり合う新しいエネルギーが溢れ出してきた——彼女の心が、長い間閉ざされていた希望の扉を、ほんの少しだけ開けたのだ。その時、デミウルゴスの声が突然精神世界全体に響き渡り——今度はハキハキだが、その中には過去にない温かさと確信が混じっていた。

「アムノス、そうか、お前と俺は元々は一つだったんだ。元に戻りたい」伊万里の中からアムノスの柔らかな声が応えた。「デミウルゴス… 君がそう思ってくれたのね。そう、私たちは『世界に色をつける力』として、一つの存在として創られたのだから…」精神世界に浮かぶ巨大な玉が一気に輝き、絶望の黒と希望の白が完全に混ざり合い、美しい虹色に変わった。デミウルゴスの姿の側には、アムノスの姿がゆっくりと現れ始めた——二人の姿は似て非なるものだが、空気の中には昔からの絆が満ちていた。旧都の伊万里は体から虹色の光を放ち、霊夢や泰こころに向かって微笑んだ。

「…デミウルゴスとアムノスさん… 二人が一つになるんだ…」

「一つになる? それは何を意味するの?」泰こころが小さく問いかけると、伊万里は頭を頷き、「元々一つだった力が戻ることで… デミウルゴスの絶望も、アムノスさんの希望も、両方を受け入れた新しい力が生まれるんだ。それが世界を救う鍵になるんだと思う…」精神世界では、デミウルゴスとアムノスが徐々に近づき、手を握り合った。二人の体が輝き始め、一つの光に融合していく様子が、伊万里の意識の中に鮮やかに映った。

「アムノス… 長い間、お前を探していた… 絶望に溺れて見失ってしまったけど…」デミウルゴスの声が響き、「今、やっと元の場所に戻れるんだ」

「そうだよ、デミウルゴス。二人で一緒に、世界に色をつけ直そう」二人の声が一つに重なると、精神世界全体が虹色に包まれ、旧都の上空に浮かんだ玉も同じ光を放ち始めた。幻想郷に漂っていた穢れが徐々に薄れ、太陽の光が暗い雲を突き抜けて降り注ぎ始めた——長い闇が明けようとしていたのだ。その時、旧都の上空に神綺の姿が浮かび上がり、虹色の光を浴びながらハキハキと言った。

「伊万里、君の心はどう動く? 見物だよ」彼女は地面にいる伊万里たちの姿を見つめ、眼には複雑な表情が浮かんでいた。すると突然、背後から隙間が開き、紫の髪の女性が悠然と現れた——八雲紫だ。

「神綺、分かってて言わなかったんでしょ。アムノスとデミウルゴスが元々は一つの存在で、本当の名前はマキーナってことを」神綺は肩をすくい、少し苦笑いを浮かべた。「ふん、紫はいつもこうやって秘密を突き崩すのね。そうだ、彼らは『マキーナ』という名前の、世界に色をつけるべき唯一の存在だったのよ」

「なぜ分かってて言わなかったの? 二人が争う原因にもなったじゃないか」紫は扇子で頬を叩き、神綺の側に寄り添った。

「言っても何になるの? マキーナは誕生直後、希望と絶望の二つの心に分裂してしまったのだから… アムノスは希望を抱き、デミウルゴスは絶望に溺れてしまった。私はその過ちを隠し、二人をそれぞれの道に進ませたのよ」地面の伊万里は、上空から伝わる二人の会話を聞き、目を大きく広げた。

「マキーナ… それが本当の名前だ…」

「そうだ、伊万里くん」神綺は声を落とし、「今、二人が一つに戻ることで、本当のマキーナが蘇る。だが… その時、君の心の選択が、マキーナの今後の姿を決めるのよ。君が信じる『世界』が、彼の力の方向を定めるんだ」紫も微笑んで言った。

「神綺が『見物だよ』と言ったのはそういう意味だ。伊万里くん、君の心がどう動くか… これが最後の試練なのだよ」旧都の上空には、マキーナへと融合しつつある光が一層鮮やかに輝き、幻想郷全体がその光に包まれていた。伊万里は霊夢、泰こころ、そして遠くに感じられる幻子や夢子、幽香たちの気配を感じ、手を胸に置いた——自分の心が選ぶのは、必ず、全ての人が笑える世界だと確信した。その時、伊万里の唇から小さく、だが確かな声が漏れた。

「苦しみながらでも存在してる者は存在してる、苦しみや怒りや悲しみなど負の感情も否定しない」その言葉が空に響くと、上空の神綺と紫は互いに目を合わせ、微笑みを浮かべた。地面の霊夢も頷き、「それが伊万里くんらしいね」と囁いた。泰こころは周囲を浮遊する面を見つめ、小さく点頭した。精神世界では、融合しつつあるマキーナの光が一気に強まり、伊万里の言葉が直接彼の心に届いた。デミウルゴスとアムノスの声が一つに重なり、「…否定しない… そうだ、それが世界の真の姿だ」巨大な虹色の光が精神世界から旧都の上空へと広がり、幻想郷全体を包み込んだ。漂っていた最後の穢れが一気に消え去り、太陽の光が全ての場所に降り注ぎ始めた——妖怪の山の木々が緑を取り戻し、人里の花が再び咲き始め、太陽の花畑の向陽花が風になびいて笑っているようだった。

伊万里は空を見上げ、融合が完了したマキーナの姿を見つけた。それは絶望も希望も受け入れた、清らかで温かな光の姿であり、そこからは「世界に色をつける力」が満ち溢れていた。

「伊万里くん… 君の選択は正しかった」マキーナの柔らかな声が響き、「苦しみも悲しみも、それらを抱えて存在することの意味を、君は教えてくれた。今、私は新しい力で、この世界を彩っていくんだ」

神綺は眼に涙を浮かべ、「…マキーナ… 久しぶりに本当の姿に戻ったのね」

紫も扇子で顔を隠し、「これが最後の結末だったのか。伊万里くんの心が、全てを救ったんだね」旧都には仲間たちの姿が次々と集まり、幻子や夢子、魔理沙、さらには遠くから幽香や勇儀たちも現れて——全員が伊万里とマキーナの光を見つめ、安堵と希望に満ちた笑顔を浮かべた。幻想郷は再び明るさを取り戻し、風は温かく、全ての生き物が新しい日々を迎える準備をしていた。伊万里は仲間たちの手を握り、自分の言葉を心の底から再び呟いた——

「存在することそのものに、意味があるんだ」一方、幻想郷の最果て、誰も近づかない崖の上からは、一人の少女がこの光景を静かに見つめていた。黒髪に白と赤の髪束が混じり、頭には小さな二本の角が生えている——鬼神正邪だ。瞳は鮮やかな赤色で、身に着ているのは矢印が連なったような装飾のワンピース。腰には上下逆さのリボンが付いており、素足にサンダルを履き、右腕には一つだけブレスレットが輝いていた。

「ちぇー、久々に面白い見れるかと思ったが、こんな風に収まったか」

正邪は唇を尖らせ、崖から旧都の方向を見下ろした。虹色の光が空に残っているのを見て、小さく鼻を鳴らした。

「また、私の出る幕ではないだろうけど…」彼女は指で角を掻き、少し不満そうな表情を浮かべながらも、眼にはほんの少しだけ興味深そうな輝きが見えた。デミウルゴスの計画が始まった時から、彼女は遠くから観察し続けていた——「世界が逆転するかもしれない」と期待していたのだが、結末は想像以上に穏やかだった。

「伊万里って奴… 意外と面白いやつだな」正邪は風に髪をなびかせ、一歩後ろに引いた。

「まあ、今回はこれでいいか。次に何か大きな事が起こったら… その時は私が主役になってみせるよ」言葉を残し、彼女は突然空に跳び上がり、矢印の装飾が輝くと同時に姿を消していった。崖の上にはただ風が吹き抜けるだけになったが、幻想郷には「何かがまた起こるかもしれない」という、かすかな期待の気配が残っていた。時は少し経ち、幻想郷は再び平穏な日々を過ごしていた。。伊万里は以前と同じように、人里の辺りにある八方屋を営みながら、たまには無縁塚へ行って拾い物をしたり、妖怪たちと茶話会をしたりして過ごしていた。店先には新しく咲いた花が飾られ、客は人間も妖怪も混ざって、にぎやかな声が響いていた。

「伊万里くん、お茶をおごるね! 今日は新しく摘んだ桑の実のお茶を持ってきたの!」幻子が店の入口から跳び込んでくると、店内の客たちは笑いを浮かべた。最近、彼女の八方屋への入り浸りは以前にも増して長くなり——朝から来て夜まで帰らないことが当たり前になっていた。

「幻子さん、また来たんだね。今日も一日中ここにいるの?」伊万里はティーポットを持ち出しながら苦笑いし、「昨日も夕方までいて、夢子さんが迎えに来てくれたよね?」

「ええっ! 夢子ちゃんが来たの? 私、気づかなかった!」幻子は恥ずかしそうに頬を赤らめ、「だって、伊万里くんと話してると時間があっという間に過ぎちゃうもの! 今回は桑の実のお茶で、一緒におしゃべりしようよ!隣の席に座っていた文が筆を咥えながら笑い、「幻子さん、八方屋が自分の家みたいになっちゃってるよ~ 伊万里くん、大丈夫か?」

「はいはい、全然大丈夫です。むしろ、にぎやかで良いですよ」伊万里はお茶を注ぎながら微笑み、幻子が喜んで茶碗を受け取る姿を見つめていた。

午後には、幽香が花束を持ってやって来て、「伊万里くん、花畑で咲いた新しい向陽花を持ってきた。店先に飾ってくれ」と言い残して去った。夕方には勇儀たちが旧地獄から来て、「地熱洞で拾った珍しい石を送るぞ」と置いていった。

夜、八方屋を閉めて無縁塚へ散歩に行くと、幻子も当然のように付いてきた。満月の光が地面に映り、拾い物を探しながら話す二人の声が静かな夜に響いた。

「伊万里くん、最近、八方屋に来る人が増えたね。みんな、伊万里くんのことを信じているんだね」

「うん。それはみんなのおかげだよ。幻子さんも、夢子さんも、みんながいてくれるから、こんなに平穏な日が続いてるんだ」伊万里は地面に落ちている美しい貝殻を拾い、幻子に渡した。幻子は貝殻を手に取り、満足そうに笑った。その姿は以前と何も変わっていないように見えたが、二人の間には、戦いを共にした絆が温かく満ちていた——

「明日も伊万里くんの店に来ていいですか?」

「もちろんだよ。いつでも来てください」静かな無縁塚の中、二人の笑い声が遠くまで届いていった。平穏でありふれた日々だけれど、そこには誰にも奪えない、真の幸せが宿っていた。一方、新地獄の裁判所にある広間では、浄瑠璃の鏡が輝きを放ち、その中には伊万里と幻子が無縁塚で笑い合う姿が映っていた。鏡の前に立っているのは、厳しげでも優しい眼差しを持つ女性——四季映姫だ。

「彼自体には罪はない! 白だね! 傷つけることもないでしょ、いつまでも善行積みなさいよ、伊万里くん」映姫は鏡に向かってハキハキと言い、その声には安心と期待が混じっていた。傍らに侍立つ小町が笑いを浮かべ、「映姫様、いつも伊万里さんの様子を見ていらっしゃるのですね。今回の戦いでも、彼は確かに罪など犯さなかったですよ」

「そうだ。彼は負の感情を否定せずに受け入れ、他人を傷つけることなく解決した。それは最高の善行の一つだ」映姫は鏡の中の伊万里の姿を見つめ続け、「今後も彼が平穏に善行を積み続けることを、この鏡で見守っていよう。新地獄の裁判官として、それが私の役目の一つだ」浄瑠璃の鏡はさらに輝き、伊万里が八方屋で客にお茶を注ぐ姿、幻子と一緒に花を植える姿が次々と映し出された。新地獄の静かな広間には、映姫の温かな視線と、伊万里たちの平穏な日々の風景が満ちていた。

「まあ、伊万里さんが困った時は、アタイが迷いの森から行ってあげるからね~」小町がゆっくりと伸びをしながら言うと、映姫は少しだけ眉をひそめて「小町、そんなに気軽に地上に行ってはいけないわ」と注意したが、眼には笑いが隠れていた。鏡の中には依然として伊万里の笑顔が映っており、新地獄からも、彼が続けていくありふれた日々が、静かに見守られていた。しかし、そんな平穏な日々の中にも、誰も気づいていない影が潜んでいた——伊万里自身も気付いていなかったのだが、戦いの時に受けた心の傷は、まだ完全に癒えていなかった。夜、八方屋を閉めて自分の部屋に入ると、伊万里は突然頭が痛み始めた。目を閉じると、精神世界でデミウルゴスに操られた時の記憶、幻子が消えそうになった恐怖、世界が無になりそうだった絶望… それらの光景が一気に蘇ってきた。

「…うわっ…」

他に誰もいない部屋で、伊万里は膝を抱えて床に座った。昼間は仲間たちと笑っていられるのに、夜は一人になるとこの痛みが襲ってくる。そんな自分を嫌がりながらも、彼は誰にも打ち明けようとしなかった——「みんなが安心しているのに、悩みを伝えるのは迷惑だ」と思っていたのだ。その時、部屋のドアがそっと開き、幻子の姿が現れた。彼女は伊万里の様子を見て顔色を変え、すぐにそばに座った

「伊万里くん… 大丈夫? 顔が青いよ…」

「あ、幻子さん… 何でここに?」伊万里は慌てて顔を上げ、笑いを作ろうとしたが、その笑顔はゆがんでいた。

「大丈夫だよ、ただ少し頭が痛いだけ…」

「嘘つき」幻子は少し強く言い、伊万里の手を握り締めた。

「最近、夜になると伊万里くんが怪しいよ。一人で悩んでるんでしょ?」伊万里は言葉を失い、頭を垂れた。その瞬間、心の奥に潜んでいた傷が少しだけ表れ、かすかな歪みのような気配が漂ってきた——もしこの傷が放置され続けたら、いつかそれが大きな歪みに変わってしまうかもしれない、そんな予感が二人の胸に忍び込んだ。

「伊万里くん… 悩みは二人で分け合おうよ。私がいるんだから」幻子の声が柔らかく響き、伊万里は少しだけ頷いた。だが心の傷はそう簡単に癒えるものではなく、暗い影は依然として彼の心の奥に、静かに棲みついていた…

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