東方創想録   作:Mrコッコ

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【錠前の契約など】

太陽が西に傾き始める頃、八方屋の開業初日はやっと落ち着きを見せた。最後の客が帰ってから、伊万里は店内を掃除しながら、今日一日の賑わいを思い出してほほえんでいた。ユキとマイが残していった小さなおもちゃ、小鈴が置いていった新しい本、華扇の薬草茶の香り——すべてが心を満たしてくれた。

「お疲れ様です、伊万里くん」夢子がキッチンで洗い物を終えて出てくると、神綺と幻子もテーブルに座って待っていた。幻子はまだ錠前の首飾りを撫でながら、伊万里の方向を時折見つめていた。

「今日は本当にありがとうございます! 魔界からこんなに多くの方が来てくれて…」伊万里がお辞儀をすると、神綺が柔らかく言う。

「今日は楽しかったわ。でも、少し話があるの。幻子の首飾りのことと、外の世界の札のことを調べたの」伊万里は驚いて座り、「調べたんですか!?」と声を上げる。幻子も顔を上げ、真剣な眼差しで神綺を見つめる。

「魔界の書庫に残っている古文書によると、幻子の首飾り『契約の錠前』は、かつて『創造の神アムノス』が使っていたものだったの」神綺はポケットから小さな紙片を取り出し、広げる。

「アムノスは魔界を創り出すのに関わった古き神で、私とも同じ系統の存在。だが、数千年前に自分の力を封印して姿を消してしまったの」

「創造の神アムノス…」伊万里は手の甲を見つめ、黒い模様が浮かび上がるのを感じた。

「そして、外の世界の黒い模様の赤い札は、アムノスの力を呼び起こすために作られた『覚醒の札』だったの」夢子が続けて説明する。

「アムノスは『誰かが苦しんでいる時、その者の願いと共に覚醒する』という言葉を残していたんです」その瞬間、幻子の首飾りが突然強く輝き、店内にアムノスの姿が浮かび上がった。金髪寄りのブロンズシルバーヘアをした男性の姿で、幻子の首飾りと同じ錠前を胸につけていた。

「幻子… 長い間、待っていたよ」アムノスの声が響くと、幻子は目を潤ませながら立ち上がる。

「あなたは… アムノス様? 私の… 記憶の中の人?」

「そうだ。君は私が力を封印する前に、最後に作った『幻想の守り手』だったんだ。この錠前は、君と私の契約の証拠。君の中に、私の記憶が残っているのだ」アムノスは伊万里の方向を見つめ、続ける。

「そしてお前、伊万里。外の世界で苦しんでいる時の願いが、私の力を呼び起こした。お前の体の中に宿っている妖魔神は、私の力がお前の意志と混ざり合った姿なのだ」伊万里は驚きを隠せなかったが、同時に心の中の謎が一つ解けたような気がした。

「なんで… 俺の願いが、アムノス様の力を呼び起こすんですか?」

「君が願っていた『みんなが笑う場所を創ること』が、俺が昔夢見ていたことと同じだからだ」アムノスが微笑んで言う。「俺が力を封印したのは、夢を叶える方法が見つからなかったから。だけど君の存在で分かった——力は破壊するためじゃなく、守るため、創るためにあるんだ」その時、錠前の首飾りが伊万里の手の甲に近づき、黒い模様と光が一体化した。瞬く間に、伊万里の中にアムノスの記憶が流れ込んできた——魔界を創り、人々と笑い合おうとしたアムノスの姿、幻子と契約を結んだ時の温かさ、そして封印する時の悲しみが。

「アムノス様…」幻子が小さな声で呼ぶと、アムノスの姿は光に溶け込み始めた。

「幻子、伊万里。今後は君たちが、この夢を続けてくれ。この錠前は、今からお前たち二人の契約の証になる… ただし、妖魔神の力は完全に馴染んでいない。いつか、何かのきっかけで異変が起こるかもしれない——その時は、君たちの絆で乗り越えてくれ」アムノスの姿が消えると、幻子の首飾りは伊万里の手の甲に貼りつくように輝き、黒い模様と一緒に美しい花模様に変わった。幻子は伊万里の手を取り、目を見つめて言う。

「伊万里くん… 今、記憶が全部戻ったの。私はアムノス様のために生まれた守り手だけど、今からは… 君の夢を支え、異変が来ても一緒に乗り越える人になりたい」伊万里は幻子の手を握り返し、微笑む。

「お願いします、幻子さん。この八方屋で、アムノス様の夢も俺の夢も一緒に叶える。異変が起こったとしても、俺たちで必ず乗り越える」その時、神綺が眉をひそめ、誰にも聞こえそうで聞こえないように呟くように言った。

「だけど、伊万里くんの中にいるのはアムノスだけじゃない。私の系列がいる… あの気配は間違いないデミウルゴスだ。恐らくその力が完全に同化したら、伊万里は今のままではいられない… 力の同期同化、即ち現人神ではなく、神そのものに近づくことを意味するの」夢子は驚いて口をぽかんと開け、「神そのもの… それは… 伊万里くんが自分自身を失ってしまうということですか?」と声を震わせた。幻子も手の力を強め、伊万里の手をしっかりと握り締め、真剣な眼差しで神綺を見つめた。伊万里自身は少し混乱しながらも、手の甲の花模様が輝くのを見つめていた。神綺は唇を噛み、深い思いを抱えたように夜空の方向を見つめた。「今はまだ力が均衡しているから大丈夫だけど… 何かがきっかけでその均衡が崩れたら…」その瞬間、伊万里の頭の中に突然声が響いた。女性に近いのに、金属を擦るような機械質で冷たい声だった。

「お前の望みは我が望み、器よ。お前が望むなら我は… すべてを創り、すべてを滅ぼす力を与えよう」

伊万里は頭を掻きむしり、「誰… 誰が話してるんだ!?」と声を上げた。手の甲の花模様が一時的に黒く濁り、錠前の形の花々も少し萎れかけたように見えた。神綺は顔色を変え、「デミウルゴス… 彼女が話してるのね」と小さな声で呟いた。店内の空気は一気に緊張し、夜空の星も一時的に隠れてしまった。伊万里は頭の中の声に圧倒されそうになったが、幻子の温かい手の感触を感じ、少しずつ気持ちを落ち着け始めた。

「…俺の望みは、みんなが笑う場所を創ることだ。それ以外は何も望まない」伊万里が力強く言うと、頭の中の機械質な声は一瞬沈黙し、それから低く響いた。

「…そうか。時が来れば、お前は本当の望みを知るだろう」

声が消えると、手の甲の花模様は再び美しく輝き、庭の錠前の花も元の姿に戻った。太陽が完全に沈み、夜空に星が輝き始めた時、八方屋の空気にはデミウルゴスの存在が残した冷たい余韻と、伊万里の強い意志が混ざり合っていた——新たな謎と恐れ、そして絆の力が交差する中で、八方屋の物語はさらに深い層へと進んでいった。その時、神綺が立ち上がり、眉をひそめながら低い声で言い放った。

「デミウルゴス… 奴は厄介だ。アヤツはアムノスよりもたちが悪い。なんせ、アヤツは力を与えるのはいいけど、問題は方法だ。私が作った神のような存在といえば聞こえはいいが… だが、昔、祠に祀らせたのに、何故、外の世界、よりによって人間界に…」

夢子も立ち上がり、神綺の後ろからそっと手を置いて言う。「神綺様、お疲れでしょう? そんなに慌てては…」

「慌ててるわけじゃないの。ただ… 当時、デミウルゴスが『力を使いすぎて世界を蝕む』と危惧されて、私が手を出して祠に封印したのよ。なぜその封印が解けて、外の世界の札にまで繋がっていたのか… 考えるだけで頭が痛くなる」

神綺は窓辺に寄りかかり、夜空を見つめながら続ける。「アヤツは『望みを叶える』と言うが、その代わりに人の心を蝕んでしまう。伊万里くんが今『みんなが笑う場所』を望んでいるから大丈夫だけど… もし心に迷いが生まれたら、アヤツはそれをつかんで力を暴走させるの」

幻子が伊万里の肩に手を置き、「伊万里くん、大丈夫ですよ。私たちが一緒にいるから、心に迷いは生まれません」と励ます。伊万里は頷き、「うん… 俺は八方屋を守り、みんなを笑わせるだけだ。迷う理由なんてない」と力強く言ったが、頭の中にはまだデミウルゴスの冷たい声が残っていた。

「でも、封印が解けた原因は調べなきゃならないわ」神綺が回身を向け、真剣な眼差しで三人を見つめる。「夢子、幻子——帰ったら魔界の書庫を総当たりで調べる。デミウルゴスの封印が外れた経緯、外の世界の札との関係… 全部見つけ出さなければ」

「はい、神綺様!」夢子と幻子は同時にお辞儀をする。

神綺は再び伊万里を見つめ、少し柔らかい声に変えて言う。「伊万里くん、今はまだ力の均衡が保たれているから安心していいわ。だけど… もし頭の中に声が聞こえたり、手の甲の模様が濁ったりしたら、すぐに私たちに連絡して。一人で抱え込まないでくれる?」

伊万里は神綺の言葉に心から感謝し、「はい! 絶対に連絡します。ありがとうございます、神綺さん」とお辞儀をする。

その時、店の扉がそっと開かれ、外から柔らかい風が吹き込んできた。そこにはエリスが立っていて、手には小さな白い花束を抱えていた。

「ごめんなさい、遅くなっちゃった… 開業初日、おめでとうございます、伊万里くん」

エリスが恥ずかしそうに笑うと、店内の緊張した空気は少し和らいだ。伊万里は驚いてから嬉しそうに迎えに行き、「エリスさん! ありがとう! 入っていいよ、お茶を入れますね!」神綺はエリスの姿を見て小さな笑みを浮かべ、「見てるわね、いつも」と呟いた。夢子も顔を明るくし、「エリスさん、花束、可愛いですね! 庭に植えましょうか?」エリスが店内に入ると、手の甲の花模様が少し明るく輝き、庭の錠前の花も風に揺れて香りを放った。デミウルゴスの存在が残した冷たい余韻は、エリスの温かい気配によってさらに薄れていきた。夜空には星が再び輝き始め、八方屋の周りには幻想郷の静かな夜の空気が戻ってきた。新たな謎と危険が忍び寄っているにもかかわらず、そこには人々の絆が結ばれ、夢が続いていく——そんな確かな感じが満ちていた。伊万里はエリスに茶を注ぎ、神綺たちと一緒に話し始めた。その時、誰もが気づかなかったが、八方屋の裏庭に植えられた錠前の花の一輪が、デミウルゴスの色である深い紫に一瞬変わってから、また元の白に戻っていた。異変への道のりは、すでに静かに始まっていたのだ。

。そんな中、幻想郷の中心にある博麗神社の裏、森に隠れた小さな茶室では——

「ふふっ、何やら面白い事が起きているわね」柔らかな笑い声と共にそう言ったのは八雲紫だ。茶室の中には彼女の他に二人がいた。一人は白四季映姫・ヤマザナドゥ。もう一人は西行寺幽々子だ。

「確かにね。外の世界から来た青年の体の中に、二柱の古き神の力が宿っているなんて… それは幻想郷にとって福か災いか、判断がつかないわ」幽々子が扇子で口元を隠し、微笑んで言う。手元には小さな桜の花びらが浮かんでいて、風に揺れながら柔らかい光を放っていた。四季映姫は茶碗を口元に近づけ、少し沈んだ声で言う。「力の均衡が崩れた瞬間、幻想郷全体に異変が及ぶ可能性がある。デミウルゴスの名前は聞いたことがある——『蝕む神』と呼ばれていた存在だ。その力が暴走すれば…」

「ふん、だからこそ面白いのじゃない?」紫が茶を啜り、目を細める。

「伊万里という青年は、『みんなが笑う場所を創る』という強い意志を持っている。その意志が二柱の神の力を束ねられるのか、それとも蝕まれるのか… 見物する価値があるわ」

「紫さんはいつもそうね。人の運命を見物するように…」幽々子が少し苦笑し、「でもね、私も少し気になるわ。彼が作った八方屋には、古き魔神の想いも宿っていると聞くの。その想いと、二柱の神の力が混ざり合ったら…」

「それが今後の鍵になるのかもしれない」四季映姫が頷き、「私は裁判所からその気配を感じている。近い将来、何かが起きることは確かだ。私たちはどうするつもり? 介入するのか、それとも見守るのか?」紫が身を乗り出し、妖しげに笑う。

「介入するのはまだ早いわ。彼自身がその力と向き合い、絆で支え合うことで乗り越えられるのなら、それが一番良い結果だ。もしもそれでもダメなら… その時は私たちが動けばいいじゃない?」

「ふふっ、それは紫らしい答えね」幽々子が扇子を開いて顔を隠し、「でも私は、彼が作る『笑いの場所』に少しでも貢献したいわ。桜の木を一輪、八方屋の庭に植えてみようかしら?」 四季映姫も少し笑みを浮かべ、「私は裁判所で準備をしておく。もし力の暴走で誰かが傷ついたり、秩序が乱れたりしたら、すぐに対応できるように」三人は互いに顔を見合わせ、それぞれの思いを胸に茶を飲み干した。茶室の窓から見える夜空には、八方屋の方向に一つ星が特に明るく輝いていた——幻想郷の最も賢い三人が、静かに伊万里たちの運命を見守り始めたのだ。茶室で三人が運命を見守っている間、博麗神社の本殿では霊夢が縁側に座り、お茶を飲みながら夜空を見上げていた。白と赤の巫女服が風にたなびく。

「伊万里… アイツから感じた気配はやはり普通の人間じゃない」霊夢は唇からため息を吐き、指で茶碗の縁をなぞりながら呟いた。「間近に置いてた期間に確信した。あれは魔界由来… 妖怪とも魔界人とも、そして神とも着くような気配。はぁー、関わってるとしたら神綺か紫しかいないわね」

その時、裏庭から魔理沙が飛び込んできて、「霊夢! 何してるの? 八方屋の方、もう落ち着いたのかな?」と声を上げた。黒い魔法使い服に大きな帽子、手には帚を持っていた

「落ち着いたかどうかは知らないけど、何やら大げさな事が起きてるみたいだよ」霊夢は魔理沙に茶碗を差し出し、「飲む?」と尋ねる。魔理沙はすぐに座り、「いいよ、ありがとう」と受け取った。

「大げさな事って何? 伊万里くんが何か秘密を隠してたの?」

「秘密じゃなくて… 体の中に何か強い力が宿ってるみたいだ。魔界の神の気配まで感じるんだ。神綺が今日来てたし、紫も何か知ってるような顔してたし…」霊夢は夜空の八方屋の方向を指差し、「あの店が、いつか幻想郷の大きな異変の中心にならないか… そんな予感がするんだ」

魔理沙は茶を啜り、「ふん、異変だって何度も解いてきたじゃない。伊万里くんが悪い人じゃないから、大丈夫だよ。もし異変が起きたら、俺たちが一緒に解けばいいじゃない」

「そうだけど… 神の力が絡むとなると、普通の異変とは違うんだよ」霊夢は少し心配そうな顔をしたが、すぐに元の表情に戻して笑う。「まあ、今は思い過ごしかもしれない。明日は八方屋に行って、伊万里にちゃんと聞いてみようかな」

「それなら私も一緒に行く! 外の世界の新しいモノを見せてもらう約束があるんだ」魔理沙が嬉しそうに跳ね上がると、霊夢も小さな笑いを浮かべた。風が神社の鈴を鳴らし、夜空の星が二人を照らしていた。異変の予感は消えないままだったが、二人の間にはいつもの安らぎと、何が起きても乗り越えるという強い決意が満ちていた。夜が明け、八方屋の窓からは幻想郷の朝の光が射し込んできた。伊万里は早速キッチンで朝ごはんを作りながら、昨日のデミウルゴスの声や、紫たちが見守っていることなどを思い出し、少し心配そうに眉をひそめていた。

「伊万里、おはよう! 扉が開いてたから入っちゃったよ!」突然店内から明るい声が響くと、伊万里は驚いてフライパンを落としそうになった。外に出ると、アリスが白いドレスを着てテーブルに座り、魔理沙と霊夢がそばに立っていた。

「アリスさん、魔理沙さん、霊夢さん! おはようございます! こんな早く来てくれて… まだ正式に開けてないんですけど」伊万里は慌てて手を拭き、笑顔を作る。

「まあ、いつものことだから大丈夫だよ! 昨日は開業初日で賑やかだったんだろ? 気になってきちゃったから早く来ちゃったんだ」魔理沙が大きな帽子を取り、座り込んで言う。

霊夢は店内を見回しながら、さりげなく伊万里の手の甲を見つめた——そこには昨日と同じように、錠前の花模様が美しく輝いていた。「昨日は神綺が来てたんだよね? 魔界から来たんだって聞いたよ」

「はい! 神綺さんや夢子さん、幻子さんまで来てくれて、本当に嬉しかったです」伊万里はキッチンに戻り、「朝ごはん作ってる最中なんですけど、一緒に食べませんか? 卵焼きと味噌汁、少し多めに作っちゃったんです」

「えー、嬉しい! 伊万里の料理、昨日から食べたかったんだ!」アリスが目を輝かせて頷き、魔理沙も「おぉ、いただきます!」と声を上げる。

霊夢は座ってから、また伊万里の方向に視線を送り、「あのね、伊万里… 昨日、アイツらから何か話があったの? 例えば… お前自身についての話とか」と少し慎重に尋ねた。

伊万里はフライパンから卵焼きを取り出しながら、少し考え込んだ。昨日のデミウルゴスの声や、神綺が言った「自分自身を失う恐れ」などを話すべきか——そんな迷いがあったが、前の日神綺が「一人で抱え込まないで」と言っていたのを思い出し、少し頷いた。

「…うん、少しだけ話がありました。俺の体の中に、二柱の古き神の力が宿っているんですって… アムノス様と、デミウルゴス様だそうです」

その言葉を聞いて、三人は一時的に沈黙した。アリスは手で口元を隠し、「二柱の神… それは相当な力だわ。どうしてそんな力が…」と尋ねる。

「外の世界で辛い時に、黒い模様の赤い札をつけられたことがきっかけだそうです」伊万里は料理をテーブルに並べ、「神綺さんは、力が完全に同化すると俺が今のままではいられないかもしれないって言ってたんです… でも、幻子さんたちが一緒にいてくれるし、今日もみんなが来てくれるから… 大丈夫だと思います」

魔理沙は卵焼きを食べながら、「ふん、そんなこと言われても、伊万里は伊万里だよ! 力が宿っていようと、私たちは仲間だからな! もし何かあったら、俺たちが一緒に乗り越えるさ!」

「そうだよ」霊夢も少し笑みを浮かべ、「異変が起きたら解けばいいし、今はそんなことよりも、朝ごはんを食べようじゃないか。冷めちゃうよ」

アリスも柔らかく笑い、「そうだね。伊万里が作った料理、美味しそうね。今日はゆっくり話しながら食べましょう」

そう言って三人が食べ始めると、伊万里も心から安心して笑い、一緒に食べ始めた。八方屋の中には朝の光が満ち、仲間たちの声が響いて——昨日の緊張した空気は一掃され、温かい雰囲気に包まれていた。その時、店の扉がそっと開かれ、幻子が入ってきた。「伊万里くん、おはよう… あら、みんなが来てるんですね」

「幻子さん! 朝ごはん食べますか? 残ってるよ!」伊万里が呼ぶと、幻子は微笑んで座り込み、店内の温かい空気に溶け込んでいった。伊万里が追加で卵焼きを焼いてくれる間、幻子はテーブルの上を見つめながら、突然ハキハキと言った。

「伊万里くん、アナタは心が強いとは思います。だが、心は常に強いままではないと思います。どんなに強い人でも脆くなることはあります… 気をつけてください」

その言葉に、店内の空気は一時的に静かになった。霊夢は幻子を見つめ、「それは… 何か特別な意味があるの?」と尋ねる。

「いえ、特に… 昨日のデミウルゴスの声を聞いたから、少し心配になっただけです」幻子は手元の茶碗を撫でながら続ける。「彼女は『望み』をつかんで心を蝕むんです。アナタが迷ったり、傷ついたりした時が最も危険なので… 脆くなっても、一人で抱え込まないでくださいね」

伊万里はフライパンを火から降ろし、幻子の方向を見つめて頷く。「うん… 分かります。昨日も神綺さんが同じように言ってくれました。今はみんながいてくれるから、絶対に一人で抱え込みません」

「それは嬉しいです」幻子が柔らかく笑い、その時伊万里が焼いた卵焼きをテーブルに置いた。「ありがとうございます、伊万里くん。美味しそうです」

「ねえねえ、幻子さんもデミウルゴスのことを知ってるの? どんな神なの?」魔理沙が口いっぱい卵焼きを食べながら尋ねる。

「彼女は『蝕む神』と呼ばれている存在で… 力を与える代わりに、受け取った人の心を徐々に消し去ってしまうんです」幻子の声が少し沈んだ。

「昔、神綺様が封印してくれたのですが… 何故外の世界の札に繋がって伊万里くんの中に入ったのか、まだ分かっていません」

アリスが手で頬を押さえながら、「心を消し去る… それは怖いわね。でも伊万里くんには強い願いがあるから、大丈夫だと思うの」

「そうだね! 願いが強ければ、どんな力も蝕ませない!」魔理沙が力強く言うと、霊夢も頷く。

「まあ、そうだけど、何かあったらすぐに言ってね。私たちもここにいるから」

伊万里は三人と幻子の言葉を聞いて、心が温かく満たされた。

「ありがとうございます… 本当に、みんながいてくれて良かったです」

の時、店の扉がまた開かれ、小鈴が走って入ってきた。「伊万里くん! おはよう! 昨日の本、読み終わっちゃったから、新しいの貸してくれる? あら、みんながいるんだ!」

「小鈴さん! おはよう! もちろん貸すよ、後で取ってくるね! 朝ごはん食べる?」

小鈴がテーブルに座ると、店内は再び明るい声で満ち溢れた。朝の光が窓から射し込み、手の甲の花模様も柔らかく輝いていた。新しい一日が、仲間たちの絆で満たされながら始まっていた——だが、誰もが気づかないように、遠くの魔界ではデミウルゴスの力が静かに高まっていた。伊万里が小鈴に本を取りに工房に行く途中、突然頭の中に冷たい声が響いた。女性に近いのに機械質で、昨日聞いたデミウルゴスの声だった。

「蝕む時はいつかは来る… その時は、必ず…」

呟きのような声が頭の奥にかすかに残り、伊万里は足を止めて頭を掻きむしりたくなった。手の甲の花模様が一瞬だけ濁って深い紫に変わり、すぐに元の色に戻った。

「伊万里くん、大丈夫ですか? 急に立ち止まっちゃって」

後ろから追いかけてきた幻子が気づき、心配そうに問いかけた。伊万里は慌てて笑顔を作り、「あ、うん… 大丈夫です。ちょっと頭が痛くなっただけで…」と言ったが、声には少し震えが混じっていた。

幻子は伊万里の手の甲を見つめ、深い紫の残像を感じ取った。

「…彼女の声を聞いたのですね」

「うん… 『蝕む時はいつか来る』って…」伊万里は工房の扉に手を置き、「俺は絶対に迷わないと思ってたのに… ちょっと怖くなっちゃったんです」

その時、魔理沙と霊夢も店内から出てきた。

「おい伊万里、何してるんだ? 本はどこだ?」と魔理沙が叫ぶと、霊夢も伊万里の様子に気づき、「お前、顔色悪いぞ。何かあったのか?」

伊万里は三人の視線を感じ、昨日からの絆を思い出した。「…実は、今、デミウルゴスの声を聞いたんです。『蝕む時はいつか来る』って言ってた…」

魔理沙は眉をひそめ、「切ないな! そんなこと言われても、私たちがいるじゃないか! 蝕もうとしたら、一緒に叩き飛ばすさ!」

「そうだよ」霊夢も力強く言う

「今は怖くても大丈夫。俺たちが一緒に守ってるから、彼女の言う『時』が来ても、絶対にお前を蝕ませない」

アリスと小鈴も続いて出てきて、伊万里を励ました。

「伊万里の願いは強いですし、みんなが支えてるから、必ず乗り越えられます」

幻子は伊万里の手を取り、「私もいつも一緒にいます。脆くなっても、一人にはしませんから」

それらの言葉を聞いて、伊万里の胸の中の怖さは少しずつ薄れていった。手の甲の花模様が再び明るく輝き、頭の中の冷たい余韻も消えていった。

「ありがとうございます… 本当に、ありがとう」伊万里は工房の扉を開け、小鈴に貸す本を取り出して笑顔になった。

「さあ、小鈴さんの本だよ。今日もゆっくり話しながら過ごそうね!」

店内には再び笑い声が響き、朝の光がさらに明るくなって八方屋を包んだ。だが、遠くの魔界の闇の中では、デミウルゴスの冷たい視線が幻想郷の方向を見つめ続け、先程の呟きが繰り返されていた——

「その時は、必ず… お前の心を俺のものにする…」店内には再び笑い声が響き、朝の光がさらに明るくなって八方屋を包んだ。だが伊万里が小鈴に本を渡そうとした瞬間、頭の中にデミウルゴスの声が再び響き、今まで以上に冷たく鋭い調子だった。

「伊万里… お前は強いようであって弱い。必ずしや…」

最後の言葉はかすかに途切れたが、その中に含まれる確信感が伊万里の心を突いた。手の甲の花模様が一気に濁り、深い紫が広がって一時的に花の形さえ見えなくなった。

「伊万里くん!」幻子が驚いて手を掴むと、店内の誰もが一斉に伊万里の方を向いた。その瞬間、八方屋のすぐ近くにある、誰もが気に留めていなかった小さな祠から、強い光が放たれた——祠の奥に置かれていた宝玉が、デミウルゴスの色と同じ深い紫に輝き始めたのだ。

「何だそれ! 八方屋の近くに祠があったの?」

魔理沙が窓から外を見つめ、目を細める。霊夢も顔色を変え、「その気配… デミウルゴスの力だ。あの祠が封印の跡かもしれない」

「封印の跡…?」伊万里が小さな声で繰り返すと、幻子が頷きながら説明する。 その後紫が来る

「ふふっ、賑やかなことだわね。祠の宝玉が輝いたのも見ていたわ」

紫がテーブルにゆっくりと座り込み、周りの人々を見回す。霊夢は眉をひそめ、「紫、いつからそこにいたの? 今のこと全部見てたのか?」

「それは秘密だわ」紫が扇子で口元を隠し、「でもね、一つ大事な話があるの。神綺達も動き出したわよ。魔界の書庫を総当たりで調べて、デミウルゴスの封印が解けた経緯を探してるんだと聞くの」

その言葉に幻子が驚いて頷き、「神綺様も動いてくださって…」

「しかも、旧地獄の方もね」紫が続ける。「勇儀たちが、地獄の奥からデミウルゴスの気配を感じて動き出したらしい。そして命蓮寺も… 聖様が経を唱え始めて、異変に備える準備をしてるのだと聞くわ」

店内が一時的に沈黙に包まれた。魔理沙が「旧地獄と命蓮寺まで… これは大げさな事になってるんだな」と呟く。

「これは偶然とは言えないわ」紫が身を乗り出し、妖しげな眼差しで伊万里を見つめる

。「デミウルゴスの力が高まっていることで、幻想郷や魔界、旧地獄までその気配が届いて… 自然と関係する者たちが動き出しているのよ。これは単なる個人の問題ではなくなってきたわけだわ」

伊万里が小さな声で「そんな… 俺のせいで、みんなが…」と言いかけると、紫が手を振って打ち消す。

「いや、そうじゃないわ。君が『みんなが笑う場所』を創ろうとした意志が、こんな大きな勢いに繋がっているのだから。良い意味でも悪い意味でも、お前が中心になって何か大きな事が起こるのは確かだわ」

霊夢が紫を見つめ、「で? 紫は何を考えてるの? これからどうするつもり?」

「ふふっ、もちろん見守るわ。でも必要があれば、私も少し手を貸すことはあるかもしれない」紫が笑い、「今は神綺達も旧地獄も命蓮寺も動いてるから、お前たちは慌てなくて良い。それぞれの力を合わせれば、どんな脅威も乗り越えられるはずだわ。ただ… 伊万里くんの心が揺れないように、それだけは注意してね」その時、店の扉が開いて華扇が入ってきた。

「伊万里くん、おはよう! 薬草茶を届けに来たのですが… あら、紫様もいらっしゃって…」

「華扇さん! おはよう! 中に入っていいよ!」伊万里が呼ぶと、華扇は少し驚いたが座り込んだ。店内にはまた新しい顔が加わり、空気は再び温かみを取り戻し始めた。

紫は隙間から少し身を乗り出し、「では、私はこれで失礼ね。何かあったら隙間から呼んでね」と言って、また隙間の中に消えていった。祠の宝玉はまだ淡い紫に輝いていたが、今ではそれが単なる脅威ではなく、大きな物語が動き出すきっかけであることを、店内の誰もが感じ始めていた。

「神綺様が昔デミウルゴスを封印した場所は、魔界の祠だったはずなのに… なぜ幻想郷にも同じような祠が…」その時、祠の宝玉の光がさらに強くなり、八方屋の窓ガラスまで振動させた。頭の中のデミウルゴスの声が再び響き、今度ははっきりと言葉が届いた。

「あの祠は、俺の力の片鱗を宿したもの。お前の心が揺れた瞬間、力が呼応したのだ… 必ずしや、お前は俺のものになる」

伊万里は頭が痛くて堪らなくなり、壁に寄りかかる。

「…うわっ… やめて…」

「伊万里くん、集中して! お前の願いを思い出して!」幻子が伊万里の肩を強く叩き、声をかける。アリスも「みんなが笑う場所を創ること… 伊万里のその願いを忘れないで!」と励ます。

小鈴も怯えながらも「伊万里、大丈夫ですよ! 新しい本も読みたいし、いつも話してくれるのを待ってるから!」と言う。

それらの声が伊万里の耳に届き、心の中にあった「みんなが笑う場所を創る」という願いが蘇った。手の甲の紫が少しずつ薄れ、花の形が再び見え始めた。同時に、祠の宝玉の光もやや弱まった。

「…俺の願いは… みんなが笑う場所を創ることだ… それ以外は… 何も…」伊万里が力強く言うと、頭の中の声は沈黙し、やがて消え去った。手の甲の花模様は再び美しく輝き、祠の宝玉も淡い紫に戻って静かに光るだけになった。店内の緊張した空気が一気に和らぎ、伊万里はため息を吐いて力を抜いた。幻子が支えてくれなければ倒れていただろうと思い、心から感謝する視線を送った。霊夢が窓から祠を見つめ、「あの祠は放置できない。後で調べてみよう。デミウルゴスの力がここまで達しているとは…」

「そうだ。私たちも一緒に調べる!」魔理沙が力強く言うと、アリスと小鈴も頷いた。

伊万里は三人と幻子の姿を見つめ、「ありがとうございます… 今度は本当に、俺を救ってくれました」

「まだ終わってないよ」霊夢が少し笑みを浮かべ、「彼女が言った『時』は来るんだろう。だから今から準備しようじゃないか。八方屋を守るために」朝の光が再び八方屋を包み、祠の宝玉は静かに光り続けていた。デミウルゴスの脅威は消えていないが、今度は伊万里だけでなく、仲間たち全員がそれに向き合う覚悟を持っていた——異変への準備が、この朝から始まったのだ。

 

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