なんとかなった、か……。
名前決めという面倒事を察して逃げ出してきた俺は、見事ジュラの大森林の端の辺りに現れることが出来た。
ここにゲートが繋がっているということは、誰かがこの場所から会場に移動したということだ。
誰かは分からないがとても助かる。
流石のギィも、わざわざ異空間から追っては来ないだろう。
悪いとは思うが、あれ以上あの場所に居たら心臓が持たない。
心臓、無いけど。
本当にギリギリだったのだ。
ミリムと戦ったことで気力は使い果たした。
体力の問題じゃない、精神の問題だ。
あのまま残っていたらボロを出していた自信があるね。
ギィに覇気をぶつけられたときは内心冷や汗が止まらなかった。
なんとか耐えたけど。
ほら、怪盗キッドも言ってた。ポーカーフェイスを忘れるなって。
そのおかげで、ギィは俺に対して好印象を持っただろう。
ギャルゲーの要領さ。
魔王全員とは言わないが、ギィ、ルミナス、ミリム、ラミリス辺りの主要キャラの性格は大体覚えている。
それならば好感度が上がるように行動、発言をすれば良い。
その上幸い、魔王達は「ワルプルギス」の名に対してそこまで執着を見せていなかった。
これでもし、全員が「ワルプルギス」の名前を気に入っていたら厳しかったところだ。
平時ならばともかく、今の状態で魔王全員を敵に回して勝てる気はしない。
引き分けも厳しいだろう。
戦闘になったら、確実に「死」だった。
まぁ、最悪ミリムが助けてくれるかもしれないが、それに賭ける程無謀でもない。
だから、何が何でも選択肢を間違えるわけにはいかなかったのさ。
上手くいくことが出来てなによりだ。
「魔王達の宴」の新たな名称については、魔王達の間でなんとか頑張っていただきたい。
俺のせいなのは重々承知だが、面倒臭いのはごめんだ。
速攻で俺が考えた名前候補を三つほど小さな紙きれに書いて、去り際に落としておいた。
目ざとく見つけることが出来たら一助ぐらいにはなるだろう。
それで勘弁して欲しい。
さて、リュティス達と連絡を取らなければ。
俺がミリムと戦っているのは見えただろうし、その後帰って来ていないので間違いなく心配している。
この件に関しては俺は悪くないと思うんだ、うん。
念話を飛ばしてみる。
俺が同行を認めたせいで、彼女たちは俺の配下という扱いになって魔人としての格が上がった。
ということは俺と彼女たちの間には、なにかこう、回廊みたいな…繋がり的な…コネクト的なものがあるんじゃないだろうか……たぶん。
あった!
ほんの僅かに糸のような感じで繋がっているのが分かる。
その糸の先に向かって念話を飛ばしてみた。
(もしもし? リュティスさん?)
(きゃ!? な、何……え、これもしかして……ワルプルギス様!!)
成功したようだ。
リュティスの焦ったような声が聞こえてくる。
(ご無事ですかっ!? 何者かと戦っているのは見えましたが、その後は全く……。何があったのですか!?)
(大したことはありませんよ。少し魔王達と話をつけに行っていただけです。ご心配なく)
(魔王!? それはまた……私には想像もできない程に凄い事を為されたのでしょうね。お怪我などは……?)
(それも大丈夫ですよ。皆にも伝えておいてください)
(はい、それはもちろん! これでみんなも安心できます。今から戻られるのですか?)
(ええ、今から……)
その時、俺の脳裏を一筋の光が駆け巡った。
ここは、西方諸国と国境を接するジュラの大森林の端。
目の前の国を一つ越えた先に、イングラシア王国がある。
ドワルゴンに並ぶ、この世界でも有数の大国。このまま村に帰るよりも寄って行った方が良いのでは?
これは、チャンスでは?
(……あのですね)
(はい?)
(一旦イングラシア王国に寄ってから戻ります)
(え゛っ)
(いや、明日中には戻ります。一日、一日だけの旅ですから! それでは皆によろしく!)
(あ、ちょ、ワルプルギス様ぁーーーー!)
強制的に念話を断ち切る。
いやはや、我ながら素晴らしい思い付きだと思うね。
ぶっちゃけドワルゴンとイングラシア、この二国にさえ行ければ良かったんだ。
残りの国はゆっくり回ればいい。
けど、この二大国は早めに訪れたかった。
理由? 着いてから説明するよ。
身体の調子を確かめて準備万端。
まだ見ぬ国へ行けると思ったら、気力も回復した。
そして、いざイングラシアへ飛び立とうとしたその時だった。
俺に話しかける存在が居た。
「もし、強き魔女よ。差し支えなければお尋ねしたいのだが、貴女はあの『跡』を
先程から隠れるように俺の様子を見ていた数匹の魔物が姿を現す。
その中の一人が俺に話しかけて来た。
そいつらを見て俺は驚いた。
頭に生えた立派な二本の角。
足の代わりに頑丈な蹄。
筋肉に覆われたその姿はまるでミノタウロス。
そう、
彼らが言う『跡』は……ああ、あれのことか。
俺とミリムの戦闘による被害は意外と小さい。
俺たちは主に上空で戦っていたうえに、一番ヤバい技はミリムのおかげで被害が抑えられた。
しかし、それでもゼロという訳にはいかず、その中でも特に被害が大きいのが何個かある。
その筆頭が、俺の「山投げ」だろう。
山そのものは
山一つ分の大きさなのだから、かなり広い。
それに、オーク達に「ティロ・アレステレ」を放った時のように全てを焼き尽くしたわけじゃないから、数十年もすれば植物が生い茂るようになるだろう。
(いいえ。あそこを私のものにする気はありません。好きにしたらいいでしょう)
「そ、それは真でございますか。本当に好きにしても良い、と?」
(そうだと言っています。それ以上用が無いのなら私はもう行きますが)
「え、ええ! 用は以上でございます。お引止めして誠に申し訳なく」
先頭の個体が頭を下げるのに続いて後ろにいた
その光景を横目に、今度こそ俺は飛び立ったのだった。
目指せ、イングラシア王国!
ちなみに俺が、その後あの場所を巡って
頭を抱えたのは言うまでもない。
百年戦争を三百年戦争にしちまった。
×××
『は? 通れないですって?』
「そ、その通りでして……ひっ!」
イングラシア王国の王都に入るために外壁に設えられた二つの門。
その内の一つで、俺は引っ掛かっていた。
いや、身分確認の問題じゃない。
むしろ身分確認なら俺は顔パスだ。
まるで貴族の令嬢のような豪華なドレスを着て三角帽を被り、背後で魔法陣を回している、こんな姿の女は世界に一人しか居ないだろう。俺だ。
問題なのは、俺の扱いについてなのだ。
「お、王都としましても、魔物を中に入れるわけにはいかず……」
『魔物? 私が魔物に見えるのですか? え?』
「い、いえ! 滅相もございません! ございませんが、しかし……」
『しかしも何も、私の安全性はドワルゴンが保証しているはずです。何の問題がおありで?』
「それはもちろん存じ上げておりますが……しかしですね……」
役員が困ったように頭を掻く。
俺としては秘密裏に入っても良いのだから、正規の手続きを踏もうとしたことを褒めて欲しい。
とは言っても、まぁ、俺の扱いに困るのもよく分かる。
ちょっといじめ過ぎたか。
「た、ただ今、上の方に掛け合っていますのでこちらで少々お待ち下さい」
そう言われて警備隊の詰め所に案内される。
詰め所の中にいた人達は、俺を見るなり飛び上がって一番良さそうなソファーに座らせてくれた。
全員顔が青い。
下痢かな。
そうしておよそ一時間程待っていると、俺の入都の許可が下りたらしい。
やけにペコペコされながらも、俺はようやく中に入ることが出来たのだった。
イングラシア王国、王都。到着!
いやぁ、絶景絶景。
ドワルゴンよりも高い建物が建ち並んでいる。
3、4階建てなら、結構あちこちに見かける程だ。
煉瓦造りの建物や、木造の建物と種類も豊富である。
そして何よりも、その計画的な区画整理に、街の中央にある湖の上に聳える白亜の城が美しい。
城からは四方に道が伸び、街との連絡口になっていた。
この国の国力を誇示するかのような、荘厳な造りとなっている。
三百年後にリムルが来た時と比べると流石に発展の度合いが違うが、それは仕方の無いことだ。
しかし、それでもあちこちに演劇のチラシや看板があり、大衆酒場は昼間だというのに賑わっている。
そんな都会の空気を感じながら、俺はお目当ての場所に足を進める。
途中で人に道を聞いたりしながら、俺はそこにたどり着いた。
図書館。
それが、俺がこの国に来たかった理由の大半である。
本当に、本の無い生活がどれだけ苦しいか!
未知の文学、未知の歴史、未知の思想、未知の哲学。
それらが今、手の届くところにある。
詰め所で貰った臨時の身分証を提示して俺は入館する。
一歩踏み入ったその瞬間、懐かしい本の匂いが俺の鼻をくすぐった。
読書に最適な、程よく自然光を取り入れた館内。
一階にも二階にも見渡す限りの本棚に色とりどりの本が整然と天井まで届き、うっすらと埃を被っている。
僅かに舞い上がった空中の埃が光に当たってキラキラと輝いていた。
嗚呼、素敵だ。
最高に素晴らしい。
木と紙と、澱んで乾いた空気の匂い。
俺の愛する全てがここにある。
とりあえず、追い出されるまでここに居座ろうか。
追い出された。
まだ全然読み足りないのに!
辺りはもうすっかり暗く、夜の街を人々が楽しそうに歩いている。
時刻は大体……夜八時といったところか。
六時間もの間、図書館に居た計算になる。
興味深い本が山ほどあった。
語りたいことが大量にあるが、最も驚いたのはこの世界の歴史と思想だろう。
この世界の社会は既に一度、民主主義を通過している。
およそ二千年前の時代だ。
これには驚いた。
それも古代ローマのような初期の民主主義ではない。
成熟して完成された民主主義だ。
それに伴って「人権」という概念も当時はあったらしい。
いや、今もあるにはあるのだが学問の場にその名は出ない。
つまりこういうわけだ。
古代、人間同士の狭いコミュニティから発展した初期の国家は、およそ三千年ほど前から民主主義を採用し始めた。
その頃の思想家が「人権」の概念を唱えたからだ。
今では「普遍権利説」と呼ばれているそれは、人間には生まれながらにして平等に持っている権利があると説く。
その思想を発展させ、より深めた結果生まれたのが民主主義だった。
身分制は、ほぼ撤廃された。
しかし、人間の技術の発展と共に行動範囲も広がった結果、人間は出会ってしまった。
人間以外の知的生命体に。
今で言う亜人、魔物、魔族たちのことだね。
彼らは人間とあまりに違いながら、人間との高度な意思疎通が可能だった。
その結果、「人権」の概念が揺らいでいくこととなる。
姿も生態も種も、何もかもが違うのに皆等しく生まれながらの権利を持つなど、誰も納得しなかった。
人間はゴブリンと同じ立場に立ちたくないし、魔族は人間と同じ立場に立ちたくなかったんだ。
そして、人間同士のそれよりも大規模な戦争が始まるようになる。
その最初の一例が、この世界での中世と近代の分かれ目になった。
戦争が頻繁化し、人間が魔物や魔族たちの力を実感するようになって、社会は民主主義を放棄した。
淘汰した、といっても良いだろう。
社会が欲したのは、決めるのに時間が掛かって不安定な指導者よりも、常に迅速に決められ揺らぐことの無い指導者だった。
社会は千年ぶりに再び帝政、王政を始めることになる。
それに伴って身分制も復活し、人間は生活範囲を守り、今に続くというわけだ。
民主主義は、この世界では未熟な制度として扱われている。
少し、話が過ぎたね。
でも、それぐらい驚いたんだ。
そして実感した。
ここは、紛れも無い異世界なんだ。
物語の中じゃない、血が通った世界なんだ。
そんな風に考えながら道を歩いていた時だった。
突然、前から聞こえた奇声によって俺の思考は遮られた。
「げぇぇっ!?」
驚いて顔を上げる。
十七、八歳程度の青年が俺を見て大口を開けていた。
周りの人も何事かと俺を見るが、気になった程度なのだろう、すぐに興味を無くしたように歩き出す。
流れる人ごみの中で、彼だけが微動だにせずに俺を見つめていた。
「マジッ、ほんっ、ワ、わわわ、ワ、ワル、ワルッ、わ、ワ、ワルプルッ」
この世界では珍しい黒髪黒目の青年だ。
街ゆく人たちと同じような服装で、腰には片手剣を下げている。
冒険者か何かだろうか。
ナンパは勘弁してくれよ。
うん……?
黒髪黒目……?
それに、その反応……?
まさか!
俺は高速でそいつの前に移動する。
顔面すれすれの距離だ。
「うわぁ!? ゆ、許して俺は美味しくないです殺さないで頼むって」
『もしかして、異世界人ですか?』
「へ?」
俺が差し出した紙を見て、そいつが目を丸くする。
そして恐る恐る俺に尋ねた。
「もしかしてあなたも……?」
『ええ、憑依転生ってヤツです』
「……マジで?……まじかぁ」
それよりも重大な問題がある。
俺は彼の両肩をガシッと掴んだ。
そして身を屈めて目線を合わせ、ただならぬ圧を発する。
俺の筆が紙を舞った。
『まどマギは! まどマギの映画はどうなりましたか!?』
「まどマギの……映画? 『叛逆の物語』のことか?」
『ちがぁう! 『ワルプルギスの廻天』の方です!』
「……え?」
……は?
オイ、まさか。
「ちょっ、なんだよそれ! ちょ待てよ! むしろ俺が知りてぇよ、一向に続編の情報が無いからおかしいとは思っていたんだよ! なんだよその面白そうなタイトル! ずりぃぞ!」
教えろって!とか叫びながら、そいつは逆に俺の肩を揺さぶってくる。
あーなるほどね。
………。
あちゃあ。
お読みいただきありがとうございます。
遂に異世界人と遭遇の巻でした。
それにしても異世界の思想史を考えるのは楽しいですね。転スラ本編では言及が無かっただけに、この二次創作ではそっち方面のディテールを付け足してみました。