大衆酒場の薄暗い一角。
そこで俺たちは軽い食事をとりながら話をしていた。
彼は「召喚者」ではなく、この世界では非常に珍しい「来訪者」であった。
「いつも通り下校してたらよぉ、急に地面が消えてこの世界へ真っ逆さまよ」
桐谷和斗、と彼は名乗った。
ここでの名前は、カズト・キリヤ。
おっと、何を思ったのか当てて見せようか。
『キリトじゃん。え、アインクラッドに居ませんでした?』
「うっせぇ。日本でも死ぬほどイジられたわ、それ」
高校生だったカズトは通学路からこの国の路地裏に現れた後、いきなりのことにしばらく錯乱していたという。
明らかな中世の街並みに、何故か西洋人らしき住人と意思疎通ができることも混乱に拍車をかけたのだろう。
そうして街を彷徨っていた所を国に保護されたらしい。
それが十年前のこと。
例によって、身体の成長は止まっているようだ。
俺がこの世界に来たのは今から100年前だと教えると目を白黒させていた。
自分より未来から来ているのだから、てっきり俺が最近来たばかりだと思っていたんだろう。
やはりというかなんというか、こちらと向こうでは時間軸がバラバラになっているようだ。
十年前に保護されて以降、カズトは国に特別顧問として雇われているんだとか。
「そう大したもんじゃねぇよ。必要な時に学者とかお貴族様に日本の話をしてやるだけだ。それ以外の時は、俺のユニークスキル『
そう言ってカズトは腰に下げていた片手剣を持ち上げて見せる。
「冒険者」という職業を作ったのは彼だそうだ。
ある日、国王相手に話をしていて、ふと異世界といえばの定番である「冒険者」の有無について尋ねたらしい。
すると王様もその概念にいたく興味を持って、本当に「冒険者」という職業が出来上がってしまったのだ。
黎明期には彼が冒険者互助組合のトップを務めていたとか。
もっとも、2年前に後継に譲ったらしいが。
思っていたより大物だった事に驚く。
一国の要人レベルじゃないか。
『そんな大物がなんであんな所で歩いていたんです?』
「そりゃあ、あれだよ。暇なんだよ。王様に衣食住は保証されてるし、貴族相手に異世界のことを一回話すだけで結構な額が貰えるし。言っただろ、冒険者ごっこしてるって」
『お強いので?』
「まぁな。ユニークスキルは持ってるだけで有利に立ち回れるんだ。魔物でも山賊でもどんと来い、さ」
聞けば、カズトはかなりの手練れに相当するらしい。
ユニークスキルのおかげで片手剣での戦闘はこの国でも一、二を争うとか。
いよいよキリトじゃん。
「で、だ。そんなことより『ワルプルギスの廻天』とやらについて吐いてもらおうか」
『そういえばここの会計は誰が払うんです?』
「俺が持つからはよ言えや」
逃げ切れなかったか。
「はぁ!? ばっかお前、お前! 馬鹿野郎! ちくしょうめぇ! くそおおおおお!」
正直にありのままを話したら、カズトが両手でバンバンとテーブルを叩き始めた。
「そりゃねぇって! うっそだろ!? 生殺しかよ!!」
『いや私だって観たかったですよ。突っ込んで来た車が悪いんです』
そう言うと、そりゃそうだという顔をして大人しくなった。
聞き分けの良い奴である。
さすがキリト。
熊みたいな店主に睨まれて、一瞬肩が跳ねたのは見て見ぬふりをしてやろう。
「ところでよぉ……さっきから気になっていたんだが、なんで『ワルプルギスの夜』なんだ?」
『何故、とは?』
「だって、ソイツはフィクションだろ? 物語の中のキャラクターじゃねぇか。この現実で一人だけ浮いているというか……物理的にも浮いてるけれども」
まぁ、確かにな。
言わんとしていることは分かる。
でもそれを言うならこの世界だって「転スラ」だしな。
今さらだよ。
『この世界だってフィクションだったでしょう? そういうもんだと思いますが』
ごく当たり前の事。
俺は特に気にすること無くそう言った。
カズトが怪訝な顔をするまでは。
「フィクション……? ああ、異世界なんてまるでラノベみたいってことか? そりゃそうだがな……でも、この世界はほら、現実だろ?」
どうもおかしい。
カズトが、俺の言っていることがまるで分からないというような顔をしている。
何か、食い違っている。
『「転スラ」を知らないんですか?』
「てん……スラぁ……?」
『「転生したらスライムだった件」ですよ』
「なんだそりゃ。なろうか? なろうはかなり漁ってたけど、そんなもんは知らんな。未来で流行ってるのか?それは」
おかしい。
カズトがこっちに来たのは2016年。
その頃には「転スラ」はかなり人気だったし、名前を聞いたことぐらいはあるはずだ。
ましてや、なろうを日常的に見ているのなら尚更。
『本当に知らないんですか?』
「……そんなに人気なのか? 俺が日本に居た時も? 本当に知らないんだが……それが、この世界と何か関係でもあるのか?」
『いえ、いいえ。ただの世間話ですよ。かなりマイナーな作品でしてね。もしかしたらご存知かもしれないと思った次第で』
「そうは言ったって、なろうは作品が多いからな。そうだ、なろうと言えばこの作品は知ってるか? なろうに連載されてた異世界ギャグコメディでな、作品名が――」
カズトが話しているのを聞き流しながら考える。
「転スラ」がマイナー作品? なにを馬鹿な。
知らないはずが無いんだ。
違う世界線の日本から来たと言う可能性もあるが……いや、それは無いだろう。
異なる世界線にしては俺の記憶の日本と一致しすぎている。
どうなっているんだ……?
まさか、おかしいのは、俺の方なのか……?
………。
まぁいいか。
カズトだって、忘れているだけに違いない。
10年経てば、記憶だって薄れるだろうさ。
そんなもんだ。
『さて、名残惜しいですが私はここで失礼しますよ。まだまだこの国を見たいんです。明日にはこの国を出なければならないので』
「なんだよ、そうだったのか。泊まる場所はあるのか?」
『いえ、特に考えていませんが。というか私、睡眠を必要としないので』
「へぇ。それじゃ、ここで会ったのも何かの縁だ。今夜は俺がオールでこの国を案内してやるよ!」
『それはありがたいんですが、良いのですか?』
「おうよ!」
カズトは笑って立ち上がると代金を払いに店主の方へ歩いていく。
なかなか気持ちの良い奴だ。
今まで自分と同じ境遇の日本人と出会ったことが無くて寂しかったのもあるんだろうが。
「よし! それじゃまずは商業区画だな。あそこの店は深夜でも開いている所が多いんだ。お忍びの貴族様とかその使いは夜に来ることの方が多いからな」
店を出た俺とカズトは、夜の街を並んで歩く。
夜のイングラシアは昼間とはまた違った活気にあふれており、煌々と道を照らす街灯はその発展を十分に物語っていた。
商業区画には、主にアクセサリーや高級品を販売する店と工房がズラリと並んでいるという。
さらに中央の城に近づくにつれて店も高級なものになっていくそうだ。
心が浮き立つのを感じる。
もしかしたら本屋なんてのもあるかも。
「そういえば話がズレたままだったな。なんで『ワルプルギスの夜』になってるんだ? 心当たりとかあるのか?」
『そういうものですよ』
「そういうもんか?……そうか?」
『そうですよ』
「そっかぁ」
×××
カズトは明け方あたりに住居区画の貴族街へと帰って行った。
屋敷にお邪魔しようとも考えたんだが、流石に警備が堅くて俺が貴族街に入ることは出来なかった。
当たり前か。
「じゃあなー! またいつでも遊びに来いよー!」
ずっとイングラシア王国に居るから、次来た時は声をかけろと言われた。
そこそこの権力も持っているから、何かあれば助けになる、とも。
良い奴だ。
100年以内にはまたイングラシア王国に行ってみようと思う。
その後、どうしても図書館を諦めきれなくて滞在を一日伸ばした。
カッとなって衝動的にやった、後悔も反省も無い。
そして例の如く閉館まで居座った俺は、夜は工業区画に足を伸ばした。
カズトはつまらないと言っていたが、ただ異国の街の風景と、時たま工房から聞こえる作業の音を聞くだけというのも中々良いものだ。
そして今日、つまり三日目の昼。
俺は村に帰ってきた。
昨日と今日で回れるところはほとんど回ったからな。
図書館にも行けたし。
というかほとんど図書館だったし。
欲を言うなら、本を数冊買いたかったが、本屋が無かったのだから仕方がない。
本は高級品であるため、ある程度本の在庫が溜まったら街のどこかに不定期で本屋が現れるそうだ。
そのスパンはおおよそ10年程度だという。
残念だ。
しかし、俺はもう十分に満足した。
だから今俺は機嫌が良い。
すこぶる良い。
村に帰ったら招かれざる客が居ても平常心を保てるぐらいには。
「その……怪しいと思って追い出そうとはしたのですが……」
(やたら強かったと)
「はい……。私たちの攻撃を全て軽々と避けた上に力も強いんです」
リュティスが困り顔で見上げてくる。
その後ろからファトナも困り顔で歩いてきた。
「彼女は自分をワルプルギス様の友達だと言っているのだが……本当だろうか? 失礼ながら、とてもそうは見えないのだが」
でしょうね。
さて、ここで問題だ。
「わはははははははは! もっと速くできるぞ! そぉれ!」
「「わぁーーーーー! すごいすごーい!」」
ミナとニナを片手ずつにぶら下げながら独楽のように高速回転しているアホは誰でしょうか。
ヒント。ピンク、ツインテール、魔王。
ハイ正解。ミリム・ナーヴァでした。
魔女の集落やけどミリム来た。どういうことや。
なんてな。
ハハッ。
(オマエ、何やってんです? え?)
「あっ! まったく、遅いのだぞ! ワタシを待たせるとは良い度胸なのだ!」
(そもそも呼んでねぇよ)
ミリムの首を掴んで猫のように持ち上げる。
ついでにミリムの腕にぶら下がっていたミナとニナも一緒に持ち上がった。
いや降りろよ。
(「魔王達の宴」はどうしたのです?)
「うむ! オマエが残したメモに気付いてからは、珍しいことに一瞬で終わったのだぞ。昨日終わったぞ」
(はぁ……やはりそうでしたか。何という名称に決まったのですか?)
「む……? むむ……?? それはだな……えっとな………忘れたのだ!」
お前もう帰れよ。
「い~や~だ~! ワタシはここに住むと決めたのだ~!」
「あ、あの……。この方はどなたなのでしょうか?」
会話内容で薄々何かを察したリュティスが恐る恐ると聞いてくる。
俺はミリムを掴んだまま向きを変えると、皆に見えるように高く掲げた。
ミリムの脚がぷらーんと揺れる。
ミナとニナもぷらぷら揺れる。
(皆さんに紹介しておきます。この方は十大魔王が一柱、『
「わははは! 畏れるが良いぞオマエ達!」
「「ミ゜ッ!?」」
リュティスとファトナが変な声を出した。
全員、顔が真っ青になっている。
こいつに対してした発言や態度を思い返しているのだろう。
それがこんな少女だとはだれも思うまい。
ご愁傷様です。
「ワタシはここに住むぞ! 住むと言ったら住むぞ! 毎日オマエと遊ぶのだぞ! ワタシを崇めているヤツらも良いと言っていたぞ!」
絶対嘘だね。
ミッドレイがそんなことを許可するはずがない。
大方直接ここに来たか、竜の都を抜け出してきたかのどちらかだろう。
今度、ミッドレイに大量の野菜を持っていけばコイツのお仕置になるだろうか。
ついでにミッドレイにより多くの野菜の育て方も教えてやろうか。
ジタバタと暴れるミリムを見る。
こうなってしまっては、ミリムは頑として聞かない。
打つ手なしだ。
認めるしか……ないんだろうなぁ……。
(わかったわかった。分かりました。気が済むまでここに住めばいいでしょう。その代わり、ここに住んでいる間は私に従うこと。それと、この村を守ることが条件です)
「分かったのだ! そんなことお安い御用だぞ!」
本当だろうな?
忘れたとか言わないだろうな?
(それでは……家は……)
「あの大きなやつが良いぞ! そこはかとなく神々しくてワタシにピッタリなのだ!」
げぇ!?
「まぁ! それが良いですね! 私もそう思っていたところです! ねぇ? ファトナさん?」
「その通りだな! 魔王であるミリム様は丁重にもてなさねばなるまいて。その点、ワルプルギス様のご友人だというのだから、あの神殿で共に暮らすのは実にピッタリだ!」
「あそこはワルプルギスの寝床なのか!? お、おお! 分かっているではないかオマエ達! 褒めて遣わすぞ! よし、決めたぞ! ワタシはあそこに住むぞ!」
ああ。
終わった。
「わはははは! わははははははは! 明日は朝から組手をしよう! うむ、そうしよう!」
俺のベットの上で楽しそうに跳ねているミリムを惨憺たる気持ちで眺める。
気まぐれで出しておいたアカハナは既にミリムの腕の中だ。
可愛らしい風貌を気に入ったようで、がっちりヘッドロックをキメている。
アカハナもすっげぇ困惑しながら、ミリムになすがままにされている。
え、今日からコイツと暮らすの?
しかも毎日コイツと戦わなきゃならないの?
凄いな。
こんなにもドキドキしない同棲生活は初めてだ。
「む……? そういえば魔王の間で、オマエを自陣営に取り込むのは禁止ということになったぞ。抜け駆けして仲良くなるのも禁止なのだ。つまり、ワルプルギスはワタシが独り占めできるということだな!」
……マジかこいつ。
マジかよコイツ。
お前もう帰れよおおおおおおおお!
×××
その日、世界に衝撃が走った。
歴史上でも類を見ない、十大魔王による共同声明。
その内容は、「魔王達の宴」の改名。
新たな呼び名は、
聡い者達は直ぐに。
愚鈍な者達は時間を経て気づく。
魔王達の声明の、その意味を。
その裏側で起こった、おおよその出来事を。
「ワルプルギス」。
この時より、その名はたった一つの存在を指し示すようになった。
やがて歴史の中で、恐怖と畏怖をもって語られることになるその存在を。
お読みいただきありがとうございます。
今更ですが、祝!20万UA&お気に入り登録者数5000人突破!
私はどこに足を向けて寝れば良いのでしょうか。
え?縦?
ついに三点倒立睡眠を魅せる時が来たのか。
ところで廻天がまたもや延期になりましたね。
転スラの映画が二月に公開されるとは言え、私はこの三日で絶望しすぎて魔女化してしまいました。
しかし、畏れ多くもこんな作品を書いている身としては喜ばざるを得ません。
なぜって?
ワルプルギスの新設定が公開されるまでは好き勝手解釈して盛れるからだよ!!!