ミリムが来てからしばらく経った。
今日も今日とて俺はミリムの相手をしている。
というか、暇つぶしという名の戦闘だな。
むしろ、戦闘という名目のサンドバッグ相手か、これは。
「スーパーミリムキッーーーク!!!」
(いやそれただのドロップキックじゃ――ぐっはぁっ)
ちゅどーーん!
効果音にすると可愛いもんだ。
技名も中々に可愛いもんな。
俺に真正面から突き刺さった蹴りのエネルギーが、胴を貫通して背後の山に大穴を空けたのでなければ。
洒落にならん威力だよ、オイ。
「ムムム……これでもダメか。よぉし! ならば、ウルトラミリムパーーーンチ!!」
(いやそれもただの回転で勢い付けた裏拳じゃ――ぶっへぇっ)
どっかーーん!
これまた可愛らしい効果音だ。
きっと可愛らしい技なのだろう。
俺の顔目掛けて容赦なく振り払われたミリムの拳が、衝撃波で辺り一帯の地面をまとめて薙ぎ払ったのでなければ。
俺?
俺はサンドバッグだって言ったろ。
鎮座だよ、鎮座。
最初は俺も反撃していたが、3日でこれはマズイと察した。
怪獣大戦争を毎日やらかす訳にはいかない。
それに、どれほどの攻撃を加えれば小型化状態の俺に傷を付ける事が出来るのか、ちょうど俺も気になっていたところだ。
因みに今日のところはまだ無傷だ。
今までも無傷だ。
痛くもない。
正直、俺はもう若干引いてる。
こわい。頑丈すぎて。
「くっそぅ。『天魔』か
(おやおや? 徒手で私を倒せなかったのが悔しいから今度こそは徒手で私に勝つと言い出したのはどこのどなたでしたっけ?)
「ワ、ワタシなのだ……」
(そして私の想像以上の硬さを思い知って、「勝ち」の基準を『倒す』から『傷を付ける』に変えたのはどこのどなたでしたっけ?)
「ぐすっ、ワタシ……なのだ……うがあああああ! ファイナルミリムアタッーーーク!!」
(いやだからそれただの連続パンチじゃ――あばばばばばばばばばばばばばば)
無数の打撃が雨あられと俺に降り注ぐ。
可愛い顔をしているが攻撃はミリ単位も可愛くない。
お察しの通り、俺達は「死の領域」に来ている。
ここでなら、どれだけ暴れても問題は起きないからな。
未だにこの地は高濃度の魔素で満ち満ちているが、俺もミリムもこれぐらいならちょちょいのちょいだ。
いつも通り活動することなんて朝飯前さ。
とはいえ、ミリムが徒手に限定してくれたのは俺としても助かった。
何度も言うが、事あるごとに怪獣大戦争をやらかす訳にはいかないからな。
まぁ、今でも十分に大災害だけど。
地面はもうボロボロだ。
おっ、今結構良いのが入ってるな。
脇腹にえぐり込んだミリムの拳によって、俺の歯車が軋みを上げる。
そのまま一直線に吹き飛ばされるが、傷はまだ付かない。
そろそろ傷が付いても良いんじゃないだろうか。というかそろそろ傷が付かなきゃ俺が困る。
主に、メンタル面で。
そしてミリムが追撃を放つより先に、今日のタイムリミットが来た。
山肌に埋まった俺が身体を起こしたタイミングで、日が沈んだのだ。
「ふむ、今日はこれくらいにしておくのだ! さあ、帰るぞ! 美味しいごはんが待ってるぞ!」
今日もスッキリした顔でミリムが楽しそうに笑う。
泣いたり笑ったり、感情が忙しい奴だ。
日が落ちたらその日は終了というのは、なんとミリムの方から言い出した決まりだ。
不思議に思うだろうか? でも、実はそうでもないんだ。
毎日の食事はミリムが楽しみにしているものの一つだ。
俺の食事は主にファトナが作ってくれているが、この世界では美味しい部類に入るだろう。
火入れも工夫されており、あっさりとした味付けもある。
だた、俺の味覚を信じるならば、間違っても感動するほどの美味しさではない。
しかし、ミリムが初めてファトナの料理を俺と一緒に食べた時は、真顔で大粒の涙を滂沱と流していた。
面食らう俺。困惑するファトナ。
落涙の理由は直ぐに思い当ろうというものだ。
こいつ、今までずっと生野菜だったからなぁ……。
それを知ったファトナは今まで以上に張り切り始めた。
料理の腕も、少しずつではあるが確実に上がってきている。
それに伴って俺の食事も豪華になってきた。
完全に貰い事故みたいなもんだが、嬉しい限りだ。
食事が待ち遠しいために、ミリムは陽が沈むと一目散に帰る。
「うんまーーー! 美味しい! 美味しいのだ!」
「そこまで喜んでくれると、私も作る甲斐があろうというものだ。ほらミリム様、これもお食べになると良い。自信作なんだ」
「おおおお! 見るからに美味しそうなのだ!」
今日も今日とてミリムは目を輝かせて飯を食う。
ミリムがあまりにも美味しそうに食べるものだから、村の皆も食事が楽しそうだ。
そのおかげで最近では、夜はみんなで集まって宴会をするというのが習慣になりつつある。
ミリムと一緒に食べると飯が美味いからだろう。確かに否定はしないな。
隣で口いっぱいに頬張っているコイツを見ると、こっちの気持ちまでつられそうになる。
「ミリム様! どっちが速く食べきれるか勝負なのです!」
「今度こそ負けない、です!」
「くくく、またも懲りずにワタシに勝負を挑むか。良かろう! 再び分からせてやるのだ! 行くぞぉ!」
食事の後に宴会の片づけを終えたら、その日はもう寝るだけだ。
俺に睡眠は必要ないので、ベッドはミリムに譲っている。
「ふわぁ~ぁ、ワタシは寝るのだ。おやすみ…むにゃむにゃ」
下着姿となったミリムが、もぞもぞと布団に潜り込んで眠そうに目を擦る。
かと思えばすぐに寝息を立て始めた。
え?いつも下着みたいな服を着ているからあまり変わらないだろ、だって?
馬鹿野郎。
それはあれだ、ほら、あれだよ馬鹿野郎。
そこはかとなく何かが違うんだよこの野郎。
「キュ~ゥ……」
今やすっかりミリムのぬいぐるみになったアカハナ改めフールが、ミリムに抱かれて苦しそうな声を上げる。
ちなみに、ミリムの寝相はすこぶる悪い。
そしてフールは俺と同じく睡眠を必要としない。
つまり、こいつは一晩中ミリムにもみくちゃにされる運命なのだ。
それも、起きながらにして。
合掌。
「キュ……ィゥ……ぉウッ」
ミリムの体重がダメな掛かり方をしたらしい。
うつ伏せになったミリムの胸に押しつぶされたフールは、断末魔を上げたっきり動かなくなった。
身体が消えていないから一応生きてはいるんだろう。
滞在初日から、ミリムはこの使い魔をすっかり気に入ったようだ。
可愛らしいフォルムをしているという理由もあるのだろう。
ワタシにくれと満面の笑みで言われたから、断るのも悪い気がして良いぞと答えたら、その場でサクッと名付けやがった。
おい。
そしてミリムが「フール」とかいう、ミリムにしては中々イカした名前を付けた瞬間、俺とそのアカハナの繋がりが切れたような感覚がした。
俺の使い魔にも、魔物の性質が当てはまると証明された瞬間である。
ま、せいぜい可愛がってやってくれ。
こちとら無数の使い魔が体内に控えているから、一体ぐらいくれてやるさ。
手持ち無沙汰になった俺は、机に蠟燭を灯して日記帳を開くと、万年筆を握る。
そう、日記帳だ。
少し前にできた習慣でね、夜は日記をつけることにしたんだ。
時間はいくらでもあるから、出来るだけ詳細に今日の出来事を書き出していく。
始めたきっかけは何だったか……そう、多分、俺は怖かったんだと思う。
恐らく俺は、これから永劫の時を生きる。
千年でも万年でも、この世界が終わるその瞬間まで俺の時間は進み続けることになるんだろう。
それは、かつて人間として生きた俺には想像もつかないことだ。
未来の荒野でついにその道が終点に達し、その地点から振り返って眺めた時に、今俺が立っているこの場所はまだ見えているだろうか。はるか遠くで、霞んではいないだろうか。さらに遠くで、見えなくなってはいないだろうか。
まるで、初めから無かったかのように。
何故だかよく分からないけど、俺にはそれが怖い。
だから、書き出して記録に残そうと思ったのさ。
旅の果てからでも、また再びここへ帰って来れるように。
詰まるところ、これがここ最近の俺の毎日だ。
そろそろ飽きて来たように感じる。
少しでも良いから、何か変化が起きないだろうか。
例えば、サンドバッグの役割を交代してみるとか。
……冗談だよ。
女を甚振るような趣味は無いさ。
×××
「うわははははははは! 遅い遅い! その程度では千年経ってもワタシを捕まえられないぞ!」
「むっかー! ニナに本気を出させたことを後悔しな、です! ぎっちょんぎっちょんにしてやる、です!」
「ニナは向こうに回るのです! わたしはここで迎え撃ってやるのです!」
朗報、三ヶ月目にしてミリムが遂に別の遊びを始めた。
いつの間に仲良くなったのやら、数日前からミナとニナと一緒に走り回っている。
やはり子供同士は惹かれ合うのだろうか。
ミリムが風のように俺の目の前を吹き抜ける。
その後を追ってミナが走り去っていった。
なんてことはない、彼女たちがやっているのは鬼ごっこだ。
ミリムが逃げて、ミナとニナが捕まえる。
攻撃、妨害、何でもありだ。
当然というか何というか、ミリムはまだ一度も捕まっていない。
それは俺にも予想できたが、ミナとニナの実力は完全に予想外だった。
挟み撃ちを敢行した二人が魔法を発動する。
よく分からんが、多分土魔法だ。
その発動速度にも目を見張るが、一番の驚きはその正確さと大きさだろう。
ミリムを囲むように地面が天高くまで盛り上がり、巨大なドームとなってミリムを閉じ込めようとする。
いや、それどころか発動した一呼吸後には、ドームはもう既に完成しかけていた。
並みの存在、いや、かなりの手練れでも対処は難しいんじゃないだろうか。
しかし、ミリムは並みでも手練れでも無い。
この世界の天井組だ。
一瞬にして二つの大地の盛り上がりが合わさってドームが完成するが、その中にミリムは居ない。
何故ならドームの頂上で仁王立ちをかましているからだ。
「わーーはっはっはっは! まだまだ甘いのだ! その魔法の発動速度は更に半分は減らせるぞ!」
ミリムはそう叫ぶとひらりと身を翻して、また森の中を駆けていく。
「「このぉ~~~!! 次こそは、です!!」」
それを追ってミナとニナもまた走り出す。
辺りに静寂が戻った。
うんうん、仲が良くて大変結構。
三人とも楽しそうで何よりだ。
うんうん。
よし! 実に三ヶ月ぶりの自由だ!
今のうちに抜け出すぞ!
取り敢えず、ヴェルドラの所で数日泊まってやり過ごそう。
その間のミリムの世話はリュティスとファトナに丸投げだ!
流石のミリムも、ヴェルドラの波動が充満する洞窟の中までは追って来まい。
バレないはずだ……バレないよな?
洞窟でやり過ごした後は、ドワルゴンにもう一回行くのも良いかもしれない。
それか、ルべリオスを訪れてみるか。
ルミナスに誘われてるしな。
よしよし! そうと決まれば――
「あらぁ、ワルプルギス様。こんな所に居られたんですね。今お暇ですか?」
背後からリュティスの声が聞こえる。
……なん……だと……!?
わざわざ気配まで消して森の中に居るのに、何故……!?
(いえ、暇といえば暇なのですが、なんというか、暇というわけでは無くてですね……忙しいっちゃ忙しくてですね……)
「まぁ! それは良かったです! 今からファトナと一緒にお料理の練習をするんです。ワルプルギス様には是非とも味見係を!」
(話聞いてました?)
「はい、もちろんですよ?」
(なるほど、聞いてなかったか)
そう、ファトナに触発されたのか、はたまた何がどう転がったのか、最近ではリュティスも料理を作るようになった。
最初はファトナの料理に合わせて数品出すだけだったが、そこからみんなびっくりの成長速度を見せつけ、今ではファトナと日替わりで俺たちに食事を振舞ってくれている。
かなり美味しい。ありがたいことだ。
「ワルプルギス様にもっと美味しい食事をお出しするために、味の好みを把握しておきたいんです。今日だけじゃなくてこれから毎日、味見係お願いしますね?」
(あぁぁぁぁぁぁぁ)
一体どこにそんな力があるのか、ガシッとリュティスに捕獲された俺は問答無用で引きずられていく。
誰かドナドナを歌ってくれ。
ドナドナドナドナ〜〜〜。
「さぁ! この味付けはどうだろうか!? 今度は濃いめにしてみたんだ、きっと気に入ってくれると思う!」
「こっちです! 私のも食べてみてください! 新しい味付けを試してみました!」
「「さぁ、さぁ!」」
楽しそうだな、お前ら。
うぷ。
とまぁ、珍しく愉快な日常を過ごしていたそんなある日だった。
その日も俺は味見係という名の実験台にさせられ、吐くほど食わせられた。
いや、吐いたことは無いのだけれど。名誉に関わるから。
全く、いくら美味しくても限度があろうというものだ。
ミナとニナは昨日、ついにミリムを捕まえるという快挙を成し遂げた。
すごい。
ただ、ミリムにとって今までのはイージーモードだったらしく、今はノーマルモードのミリムを二人で追い掛けている。
そろそろ戦闘訓練の様相を呈してきた。
訪問者は、そんな時に現れたんだ。
いつかのミリムを彷彿とさせるような形で。
最初にそれを感知したのは俺では無く、ミリムだった。
ミリムは俺の隣に瞬間移動すると、無言で空を睨みつける。
一瞬遅れて、俺もその気配に気付いた。
大きな魔力の塊が、高速でこちらに向けて飛んできていた。
それはこちらの真上に辿り着くと、落ちてくるかのような急降下で向かってくる。
ミリムのような荒々しさは無かった。
不思議なほど静かに、空気の流れを乱さないように彼は降り立つ。
そしてミリムの前に跪いた。
騒ぎに気付いたみんながだんだんと集まってくる。
この世界では珍しい彼の容姿に対して、複数の驚きの声が上がった。
短く切り揃えられた紫の髪に整った顔立ち、蒼い龍の目をした男だ。
背中には竜の羽が生え、まるで神官のような格好に身を包んでいる
いや、紛うことなき神官だ。
ミリムを神と崇める「竜の都」を統治する、『神官戦士団』の一員。
ヘルメス。
「お久しぶりでございます、ミリム様」
「お、おう。久々だな、ヘルメス」
何かを察したのか、ミリムがササッと俺の後ろに隠れる。
おい。
「『ワルプルギスの夜』様も、このような形で急にご訪問して申し訳ございません。実は、ミリム様にご嘆願を……」
「い、嫌なのだ! ワタシは帰らないぞ! 帰らないったら帰らないのだ!」
そう捨て台詞を残したミリムが一目散に逃げて行く。
ヘルメスが助けを縋るような顔で俺を見上げてきた。
心なしか、なんだかゲッソリしている。
「あのぉ……」
あーなるほど。
野菜絡みか。
取り敢えず俺の部屋に通してお茶を出しておいた。
お茶に関しては、リュティスの方がファトナよりも一枚上だ。
シュナと同じくらい淹れるのが上手いのではないだろうか、シュナのお茶を飲んだことはないけど。
ついでに軽食も出して様子を見る。
目の前に並べられた食事に唾を飲んだヘルメスは、ローストビーフモドキに手を伸ばして一口食べると、静かに涙を流し始めた。
決まりだな。
生野菜絡みだ。
そして、それを察して逃げたミリム。
これからの展開を予想して、俺は天を仰いだ。
それにしてもリムルよ、早く来てくれ。
俺じゃ無理だよ。
必要だろ、ミリムのマブダチが。
お読みいただきありがとうございます。
珍しく、作者の苦手な日常回です。
主人公の口調が若干ギャグ寄りになっているかもしれないような気が……。
きっと昨日の夜にハルヒを読んだ所為でしょう。
これぐらいの軽さのほうが、作者としても書きやすかったですね。