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廻天、今年中に出るかな……
ヘルメスの話はこうだ。
「いやぁ~、ミッドレイ様にはほんと困ったっすよ」
いかにも困ってますという顔をしてヘルメスは俺に来訪のワケを語り出す。
「我々神官戦士団はミリム様を崇める立場っす。だから、あの人もミリム様の行動に真正面から異を唱える事なんてできっこないんですよ。今回、ミリム様が貴女の所に行くと決めた時も、我々全員、唯々諾々とその決定に従いました。ただ……」
そこでヘルメスは言葉を区切り、味わうようにお茶を一口飲んで喉を潤した。
「ミッドレイ様に関しては表面上だけだったんすよ。やはり、内心では不満だったのでしょうね。表には出さないっすけど、日に日に不機嫌になっています。なんせ、ミリム様に食べさせる予定の野菜を、全て我々に押し付けるんですから。そのおかげで毎食の生野菜が、今では二倍以上の量になってますよ。他の皆は涼しい顔で食ってますが、俺には正直キツイっす。ましてや、それが三ヶ月も続くとなると俺でも……」
ヘルメスの顔が一気にゲッソリする。
ははぁ、なるほどな。
ミリムのせいで野菜大盛りが野菜超大盛りになったってことか。
しかも毎食。
それは……なんというか……。
(散々でしたね)
「そうっすよねぇ!? 何が悲しくて……味の無い野菜をあんなに……」
とはいえ、解決策は二つだろう。
ミッドレイの考えを改めさせるか、ミリムを無理やり連れ戻すか。
ミッドレイを改心させるのは、俺じゃなくてリムルの、シュナの仕事だ。
それを奪うのは忍びないし、俺にはその術も無い。
だからといって、ここでヘルメスを見捨てるのもまた忍びない。
まぁ、つまりは道は一つということになる。
(話は分かりました。ミリムを連れ戻しましょう)
「えっ」
えっ。
そういう話じゃなかったのか?
なんでお前が驚くんだよ。
「それはありがたいんっすけど……無理やり、となるとミリム様のお気を損ねませんかね……? 貴女頼りになるのは心苦しいっすけど、何とか説得してもらうことって……」
ヘルメスがおずおずと俺の顔色を窺うように聞いてくる。
顔、半分無いけど。
当たり前といえば当たり前ではあるんだが、やはり普段のミリムは暴君なのだろう。
確かに無理やり連れ戻せば、機嫌が悪くなって暴れ出す可能性がある。
だが、それに関しては心配しなくても大丈夫だ。
ミリムはアホの子だが馬鹿ではない。
自分の行動がもたらす結果を誰よりも分かっている上に、俺の思考や価値観も把握している。
俺との関係が悪化するような行動を控えるぐらいには、ミリムと仲良くなれたつもりだ。
それに、そもそも俺が暴れさせない。
ミリムだって、俺ともう一度怪獣大戦をおっぱじめるのは嫌だろう。
……いや、案外そうでもないのか?
ちょっと自信が無くなってきたな。
アイツなら嬉々として俺と戦いそうだ。
(いくら私でも説得は難しいでしょう。まぁ、見ていてください。ミリムを捕獲しても、きっと心配しているような事態にはなりませんよ。あなたはここで待っていると良いでしょう。すぐ終わりますから)
さて、善は急げだ。
ヘルメスを残して俺は外に出る。
そして暇そうにしていたミナとニナに声をかけた。
(二人とも、手伝ってください。ミリムを捕まえますよ)
「「はい!!」」
お前の国からわざわざ迎えが来たんだ。
大人しく捕まってもらおうか、ミリム。
今度は俺がドナドナを歌ってやるよ。
美味しい肉を頬張りながら、な。
「捕まってたまるか! オマエは知らんのだ、ミッドレイの野菜の不味さを! ワタシは肉が食べたいのだーーー!!!」
ミリムがギャアギャアと喚きながら前を飛ぶ。
ジュラの大森林上空、俺はミリムにピッタリ張り付くように後ろを追っていた。
俺の速度ではミリムに着いて行くので精一杯だが、今回はそれで良い。
簡単な作戦だ。
ミリムの背後を飛ぶ俺は、時たまミリムの視界に入るように左に寄ったり右に寄ったりする。
追いつく必要はない。ただあらかじめ曲がる方向を一つ潰しておくだけで、ミリムは俺とは逆の方向に飛ばざるを得なくなる。
そうやって、ミナとニナを配置した場所までミリムを誘導する。
(ミナ、ニナ。準備は)
(バッチリなのです!)
(いつでも来い、です)
ミナとニナには錬金術モドキをもう一度やってもらう。
あらかじめ用意をしているため、発動速度はいつもの比では無いだろう。
俺とミリムをドーム状の土塊に閉じ込めたところを、俺が捕まえるという寸法さ。
(了解。ミリムがそちらに行きます。……カウントダウン、3、2、1、今!)
「むっ」
その瞬間、ミリムの下から地面が円形に盛り上がり、全方位からミリムに迫っていく。
まるで大地が大口を開けて捕食でもしているかのようだ。
しかし、この作戦は――失敗する。
「わははははは! ワタシが誘導されているのには気が付いていたぞ! 念話もだだ漏れなのだ! 少しは考えたようだが、まだまだ甘いのだ! この程度、ワタシにはどうという事は無い!!」
勝ち誇ったような笑い声を上げ、冷静そのもののミリムはまだ閉じ切っていない天井の穴に向かって加速する。
閉じ込めるのは、僅かに間に合わない。
その予想は的中する。
ミリムが高笑いを上げながら、今まさに穴から外へと飛び出したからだ。
そして、
「ッ!?」
何かに引っ張られるように、減速した。
「これは……『重力操作』か!!」
(正解です。ですが景品はありません)
そう、閉じ込めるのが無理なことぐらい、始めからわかっていたさ。
いや、ワンチャン成功したら良いなーぐらいには思っていたが、本命はその後。
俺の重力操作は、本来なら速すぎるミリムに追い付かない。
広範囲を操作することが出来る元の形態ならばともかく、小型化した今はおよそ十分の一の出力しか出せないからだ。
操作をしたその時には、ミリムはもう効果範囲から脱出している。
だが、もしもミリムが通るルートが分かっているのなら、あらかじめその場所に重力操作の効果を及ぼしておけば良い。
それが、限定されていればいるほど、成功する可能性は高くなる。
簡単な心理だよ。
通れる穴が、明確な出口があるのに、わざわざ壁をぶち破ったりはしないだろう?
誰だってその穴から外に出るはずだ。
果たしてミリムも、例外では無かった。
俺はだた、その小さい穴の先を覆うように空間の重力を操作して、ミリムが飛び込んでくるのを待てば良い。
「くっ……このぉ!」
ミリムが減速したのはほんの数秒。
それは、俺にとっては余りにも長すぎた。
ミリムが減速する場所もタイミングも分かっている、ならば、捕まえられない道理は無いのさ。
「離せぇーー! 嫌なのだーーー!!」
難なく追いついた俺は、ミリムの首根っこを掴んで捕獲した。
ミリムはなけなしの抵抗としてジタバタ暴れまわっているが、それで手が緩むような俺じゃない。
別にミリムの頭が悪いんじゃない。
はっきりとした答えが用意されているなら、それに飛びつくよな。
俺だってそうする。
まさか正解の裏にもう一つの正解があるとは思うまい。
ぬはははははははは! これがクレバーな作戦ってヤツだよ、君ぃ!
じゃあ、帰ろうか。(無慈悲)
「うがーーー! ぬおーーーー! 嫌だ嫌だあーーー!!」
「ミリム様落ちつい――うわぁ! ちょ、ワルプルギスさん絶対に俺に近づけないでくださいよ! 近づけないでくださいって本当にヤバいんすから! ぎゃあ!今掠った!拳が掠った!痛い!」
ジタバタじたばた。
未だにミリムは俺にぶら下げられたまま暴れまわっている。
こいつのジタバタの威力は洒落にならない。
普通に腕の一本は持っていかれる。
だからみんなは遠目から眺めるだけで決して近づこうとはしない。
耐えれるのは俺だけだ。
「いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ」
「これ……どうします?」
(知りません。早く持って帰ってください)
「無茶を言わないでくださいよ!」
困った。
このままじゃ、俺がミリムを直接竜の都までデリバリーしなければならなくなってしまう。
こいつは帰りたがらないし、ヘルメスに預ければ大惨事だしな。
そうなると、俺がこいつを運ぶしかない。
こいつが住む神殿まで行けば、さすがのこいつも大人しくなるだろう。
ヘルメスが何かをひらめいたように手を叩いた。
あ、嫌な予感がする。
(あの、先に言っておきますが――)
「そうだ! ワルプルギスさんも一緒に来れば良いじゃないっすか!」
「ッ! そ、そうか! よおし、分かったぞ! ワルプルギスもワタシと一緒に来るのだ! そうすれば大人しくあの忌々しい神殿に戻ってやろう!」
なんてこった、一拍遅かったか。
だが、こうなってはミリムも聞かないだろう。
どうすっかなぁ……。
「ワルプルギス様、行ってあげてください」
どうしようか悩んでいると、俺の隣に来たリュティスがこそっと俺に耳打ちをする。
(リュティス。良いのですか?)
「はい。ヘルメス様も困っているようですし。ここ最近、ワルプルギス様も外へ出れていないですし。でも、すぐにここへ戻って来てくれるのでしょう?」
俺が外へ行きたいのはお見通しってわけか。
リュティスが俺を見上げてニコリと微笑む。
すぐに戻って来れるかは怪しいところだ。
ミリムなら数年泊っていけとか言い出しかねない。
まぁ、一旦向こうに送り届ければ後はどうとでも丸め込めるか。
ミリムが何か胡乱な動きを見せようものなら、速攻で逃げ出してやる。
そこまで考えて、俺は驚いた。
いやはや、実に驚愕に値するね。
俺は、この場所へ戻って来たがっているのか。
俺はいつの間にか、ここを家だと思っていたのか。
周りを見渡すと、皆がこちらを見て頷いている。
「私たちのことなら心配しないでくれ。それに……」
今度はファトナが俺にこそっと耳打ちをした。
「新しい料理をいくつか作ってみたんだ。きっとお気に召すと思う。宴会の準備をして、待っているよ。だから、行ってやってくれないか」
こいつらもヘルメスを心配して、なんとかしてやりたいと思っているのだろう。
この短期間ですっかり打ち解けたようだ。
そこまで言うのなら、仕方がない。
着いて行ってやろう。
(分かりました。では、一緒に行きましょうか)
「なにぃ!? そんな馬鹿な……嘘だ……嘘なのだ……」
嘘じゃないんだなこれが。
今度はミリムが焦る番だ。
自分で宣言した手前、引くに引けない。
俺が本気だと悟ったミリムは、トボトボと俺の家に入り、フールを抱きかかえてまたトボトボと出て来た。
やはりというかなんというか、連れて行くんだな、そいつ。
「うぅ……ワタシは帰るのだ……」
「また遊ぼうねっ、ミリム様!」
「楽しかった、です!」
「グスッ、オ、オマエたち……!」
目に涙を溜めたミリムが二人をひしと抱きしめる。
今生の別れみたいな雰囲気を醸し出しているが、ただの帰宅だ。
まったく、泣ける場面だね。
これがただの帰宅じゃなければ。
「なぁに、心配するなオマエたち! 二、三年程度でまた戻ってくるのだ! それまではしばしの間、離れ離れになるというだけのこと! さぁワルプルギス、行くぞ! ワタシの住処を案内してやる!」
泣いたり笑ったり、忙しい奴だ。
突然、吹っ切れたように笑ったミリムは、ファトナを始め一人一人の手を握って上下にブンブンと振ると、ヘルメスに目線で合図を送る。
ヘルメスはそれを受けて頷くと、先導するように飛び上がった。
続けて俺も飛び上がり、最後にミリムが着いて来る。
「またなーーーー! 元気でなーーーーー!!」
ミリムは元気に両手を振っていたが、皆の姿が見えなくなるとフールを抱きかかえたまましょんぼりしてしまった。
だが、コイツのことだから数分後には元気に笑っていることだろう。
いや、都での待遇を考えるとそうでもないかもしれない。
いずれにせよ、ジュラの大森林の南側に位置する「竜の都」までは数十分の道のりだ。
本来ならば数か月の距離なのだから、いかに俺たちの移動速度が速いか分かってくれると思う。
アマゾンぐらい広いからな、ジュラの大森林。
「なぁなぁ、ワタシとオマエはトモダチなのだから、食事も二人で分けるべきだとは思わないか? そう思うよな? な?」
知らん。
×××
神聖法皇国ルべリオス。
大司教パウロス・フラウィウスは今日も今日とて執務室で物憂げな溜息を吐いた。
出世のネタも無ければ、誰かの不祥事も無い。
蹴落とせる人間はおらず、枢機卿は隙すら見せない。
有り体に言えば、暇で暇で仕方なかった。
脳裏をよぎるのは、世界をかき回す一体の魔物。
(忌々しい。枢機卿は何を考えておる)
パウロスは心の中で吐き捨て、顔を歪める。
ドワルゴンと相互不可侵条約を結んだだけでも言語道断なのに、その上魔王達から「ワルプルギス」の名を奪取せしめるとは。
数か月前にはイングラシア王国の王都にも現れたという。
まるで、人間のような恰好をして。
(どれほど教会をコケにするつもりだ!? くそっ、穢れた魔物め。枢機卿も枢機卿だ。私の言った通り、早めに殺しておけばこんな事にはならずに済んだものを)
「名」とはすなわち力である。
名を自称するのと、それを認められるのとでは天地の差がある。
あの魔物は魔王達から「ワルプルギス」の名を認められた。
ということは、元々驚異的な力を持っていたあの魔物は、今では更に強力になっていると考えるのが妥当だろう。
これじゃ手を出そうにも出せない。
心底、忌々しい。
そこまで考えて、パウロスは再び書類仕事に戻ろうとした。
かなりの量が積まれている。気合を入れなければならない。
まさにその時、部屋の扉が開かれた。
資料を抱えて入ってきたのは、パウロスに仕える若い司教。
まだまだ未熟だが、才能と野心に溢れた青年だ。
パウロスは一目でこの青年を気に入り、以来傍に置いて自らを師と仰がせている。
「失礼します、パウロス様。イングラシア王国に所属する
「おっ、なんだメナス。タレコミか、それとも不祥事か!?」
「落ち着いてくださいよ、まったく……今回は悪巧みのネタじゃありません。『救済』ですよ。それもかなり大規模の」
『救済』。
その言葉を聞いた途端、パウロスの表情は引き締まり、目には鋭い光が現れる。
『救済』を行えるのは、ルミナス教の敬虔な信徒にとっての誉れであると共に義務でもある。
それは、その指示を出す大司教にとっても例外ではない。
パウロスは海千山千の狡猾者である前に、一人の大司教であり敬虔な信徒であった。
「話を聞きましょう。場所と状況を」
「いつもそんなに真面目なら良いのに……」
「なにか?」
「いえ、なんでも。では報告いたします」
聖騎士訓練場。
聖騎士団の団長アルベリック・ヴァイスは、今しがた団員たちへの訓練を終えたばかりだった。
金髪を風に靡かせ、街中の女性の噂に上るその美貌には汗一粒たりとも流れていない。
そんなアルベリックの足元には、まさに死屍累々といった様相で団員たちが転がっていた。
精鋭である聖騎士団の中でも最も強いのが、アルベリック率いるこの一隊である。
アルベリック直々に厳しい訓練を課せられてきた団員たちは、一人一人が隊長クラスの力を持つ。
そんな彼らでも、このザマなのだ。毎日訓練を受けているにも関わらず。
「奇跡の金剣」アルベリック・ヴァイス。
その二つ名は、伊達じゃない。
そんなアルベリックの元に、一人の司祭が駆け寄った。
「アルベリック・ヴァイス様。大司教パウロス・フラウィウスがお呼びでございます」
「パウロスが?」
アルベリックはその美しい金の眉を顰める。
彼はパウロスを良く知っていた。
もちろん、その性格も。
常に出世しようと画策しているパウロスに呼ばれる事は滅多にない。
そもそも、聖騎士団団長である彼が直接出張るような事態が稀なのだ。
故に、パウロスが彼を呼んだという事はそれなりの事態が起こったという事に他ならない。
「はい、『救済』の出動だと承っております」
「またか。確かに最近多いようだが、僕が出るほどの事かい?」
「かなり、大規模かつ強力であると」
「……へえ?」
大規模かつ強力。
『救済』に対してその言葉が使われるのは何年振りか。
「分かった。今すぐ向かうよ。ほらほら! 君たち全員話は聞こえていただろう? 早く起きろ! ベネディクトは聖女を一人呼んで来てくれ。僕たちは先に執務室へ行く」
足元に転がっていた団員たちは、アルベリックの一喝によって瞬時に跳ね起きた。
その中で最も早く立ち上がった副団長のベネディクトは、聖女を呼びに行くために教会に向けて走る。
それを見たアルベリックは、一糸乱れぬ隊列を組んだ聖騎士団の一隊を伴ってパウロスの執務室へと向かった。
そこで聞かされた話を、アルベリックは了承。
数時間後、聖騎士団の最高戦力である自隊と一人の聖女を率いてルべリオスを出る。
ここに、引き金は引かれた。
たとえその銃口がズレていたとしても、引き金は既に引かれた。
弾丸は、その役割を果たす。
お読みいただきありがとうございます。
過去一の難産でした……。
理由は無い。
強いて言えば、春休みだからだ。