かつての世界の絶望は、最強蔓延るこの世界でも絶望足り得るか。
強烈な一撃を顔面に貰い、俺は目が覚めた。
いや、冴えたと言うべきか。
思えば、俺は必要以上に焦っていた。
この世界に来てから罠をかけられた事はほとんどない。
完全に奇襲された事も、無い。
そして極めつけは、元の姿に戻れない。
それらが合わさって、俺はダムラダを最大限警戒してしまった。
今、この瞬間までは。
別にダムラダが弱いわけじゃない。
でも、一つだけはっきりと言えることがある。
どいつもこいつも、俺を舐め過ぎだ。
最悪の魔女を、舐め過ぎだ。
「ッ!?」
大きな音とは裏腹に、ダムラダの渾身の一撃を受けた顔は傷一つ無い。
いつも通り、実に当たり前の事に、痛くも痒くも無い。
それどころか、俺は仰け反る素振りすら見せない。
その手甲にどんな効果があるのかは知らないが、ダムラダの目が驚愕に見開かれる。
それとは逆に、俺の頭は冷静さを取り戻していく。
よく考えれば、俺はミリムの全力を耐え切ったんだ。
確かに罠にはかかったがこの程度、焦るまでも無い。
「アハ」
驚きによる一瞬の硬直、その隙に俺はダムラダの背後を取り炎の槍で串刺しにしようと試みる。
案の定、何らかの
ダムラダが振り向きざまに足を蹴り上げ、その軌道上に巨大な真空波が生まれる。
その二連撃を立て続けに躱すと、俺は再度炎の槍を放つ。
威力は十分の一。だが、勘違いはしないで欲しい。
大抵の存在は、難なく焼き殺せる。
今度は明確に、炎の槍を受け止めたバリアにひびが入った。
やはりそのバリア、許容限界値があるな?
「これは驚きました。そう易々と砕けるものでは無いのですが」
瞬時に肉薄してきたダムラダが上半身全体を捻るように回転させ、再び俺の顔面に渾身の一撃を放つ。
衝撃波が辺りを駆け巡り、そして、当然のように俺はピクリとも動じない。
傷は無い。
むしろ手甲の方が耐えきれず、ダムラダが拳を引く際に粉々に砕けた。
「……この手甲の効果は『重量操作』と『絶対破壊』だったのですがね」
(私に傷を入れられないのは、そう珍しいことでも無いでしょう?)
「ちっ、化け物め……!!」
俺から距離を取ったダムラダが脚を振るい、その延長上を数条の空間断裂が走り迫ってくる。
それら不可視の斬撃を難なく避けた俺は、最高速で上空に飛び上がった。
だが、驚いたことにダムラダも俺にピッタリ張り付くように上空に飛び上がる。
まさか、俺の速さに付いて来れるのか。
「しかし、あまり私を舐めないことですね! その姿で勝てるおつもりですか!」
ダムラダが啖呵を切った次の瞬間、超高速の突きが俺を襲う。
回避する必要性を感じずに三撃程食らうが、やはり痛くも痒くも――。
痛み。
痛み?
ダムラダは三撃とも、左手で打っていた。
まさか、左右の手甲で効果が違うのか?
既にダムラダは四撃目の左拳を振り上げている。
俺は咄嗟に触手を出して防御しようとしたが、少し遅れて今は触手が出ないことに気付いた。
最悪だ、隙を晒してしまった。
ダムラダの左拳が俺の胴体に撃ち込まれる。
これで四発目。
傷は無い。
だが痛い。
これは……魂の痛みか。
「ふふふ。気付いたことには褒めて差し上げましょう。私が左手に付けるこの『
なるほど。
どうやらルドラは俺の不死のからくりを「生まれ変わり」と解釈したようだ。
ラミリスという前例があるしな。
正直、これに関しては俺も詳しいことは分からん。
万が一、本当に復活できないという可能性もある。
まぁ、俺の勘が大丈夫だと告げてはいるんだが、無駄なリスクを負う必要は無いだろう。
その前に、決着をつける。
背後からダムラダが迫り、勝ち誇った顔で左腕を後方に引く。
だが、それは勇み足というものだ。
拳が撃ち込まれる直前に俺は身体を回転させてダムラダと面を合わせる。
五発目が腹に突き刺さり鈍痛が広がるが、別に死ぬわけじゃないし気にしない。
それよりも、俺は戸惑うダムラダの背に両腕を回すと、ギュッときつく抱き締めた。
自爆は、ロマンだろ?
「まさかッ、このまま――!!」
そのまさかだよ。
俺は自分を炎で包み、周りに生成した炎の槍でダムラダごと自分を焼く。
そのまま大爆発さ。
ヴェルドラに敢行した火だるま体当たりの派生技だね。
上空にて煙を吹き出しながら、俺とダムラダは地面に墜落する。
俺は例によって無傷で耐えられるけど、ダムラダはどうだろう。
「ぐはッッ……! こ、れは……!!」
今度こそ、ダムラダを覆っていたバリアが完膚なきまでに消え去る。
この戦いで初めて明確なダメージを負ったダムラダは、たまらず地面に膝をついた。
しかし、やはりこの姿では手数が少なすぎる。
炎と重力操作しか使えないんじゃ、この先の戦闘も……。
いや待て。
もしかすれば。
「なんです、それ……は………」
立ち上がったダムラダが顔を驚愕に染める。
まったく、どうして今まで思いつかなかったんだろう?
手本は、美樹さやかが示してくれていたのに。
魔女の物質創造能力はその結界に依存する。
俺の場合、戯曲に関係のあるものしか作り出せない。
裏を返せばそれすなわち、戯曲の内容次第では
俺の周りを取り囲むように宙に浮くのは、大量の剣。
戦いのシーンでは、絶対に欠かせない小道具の一つだ。
それらを重力操作で操ればこの通り。
強力な手札の完成だ。
(仕切り直しといきましょうか。残り9分です)
「……そして私の方は残り七回です。避けれるとは、思わないことですな」
お互い、円を描いて移動しながら相手の隙を伺う。
仕掛けてきたのはダムラダ、複雑な動きで攪拌しながら突っ込んでくる。
対して俺は冷静にその拳を避けると、鎧の隙間を縫うようにして複数の剣を刺し込んだ。
「ちぃっ!」
間一髪でダムラダが身を引いて剣先から逃れる。
大部分は装備に弾かれたようだが、ある程度は傷を付けれたようだ。
ダムラダの腕を伝って赤い液体が地面に垂れる。
依然、速さでは俺に分がある。
避けることは、容易い。
その後、三度の攻防を経てもそれは変わらなかった。
俺に加えられた打撃は五回のまま増えず、一方ダムラダの身体には今や目に見えるほどの火傷と切り傷が全身を覆っている。
ご自慢の
「参りましたね……。貴女の力を見誤ったのは私の方でしたか。思い上がっていたのは、私の方だったとは」
(諦めて死にますか?)
「フッ、ご冗談を。負けるにしても、この経験を我が主に持ち帰ってから死にますよ」
残り時間は3分。
これが最後の攻防になることは、お互いに分かっていた。
俺とダムラダは示し合わせたように距離を取り、相手の隙を伺いながら睨み合う。
ダムラダがじりじりと距離を詰めてくる。
俺は背後に操れる限りの剣を浮かべる。
視線のぶつかる中心で火花が散り、場の緊張が最高潮に達した時だった。
一つの絶叫が空気を切り裂いた。
「ダムラダ様ッ!!!!」
俺もダムラダも、視線を外して声の主に顔を向ける。
俺たちの戦闘跡と森の境界から、一人の男がこちらを見ていた。
あの服装は……帝国の人間か。
ダムラダが連れて来たうちの一人なのだろう。
ダムラダは少し逡巡したようだが、話を聞くことにしたようだ。
このまま戦いを続けられる空気でも無い。
俺に視線で問いかけてくるので、どうぞと肩を竦める。
何やら大慌てでダムラダに駆け寄った彼は、その耳元に手を当てるとぼそぼそと話を始めた。
何故か、やたら俺を気にしていたようだが。
チラチラと見てくる。
そして、話が進むにつれてみるみるうちにダムラダの顔から血の気が引いて行った。
「馬鹿な……! そんな、なんと愚かな……!」
ダムラダの呟きがこちらまで聞こえてくるが、何を話しているのかはよく分からない。
やがて話が終わったのか、男は再び森の中に姿を隠し、場に静寂が降りた。
口を開いたのはダムラダだった。
「……引き揚げます。どちらにせよ、ここで貴女を始末するのは不可能のようです。これまでの無礼をお詫び申し上げましょう」
唐突に、俺に向かってダムラダは丁寧に頭を下げる。
面食らったのは俺だ。
てっきり、このまま続きを始めるものだと思っていた。
(良いのですか? ここまでやっておきながら?)
「ええ。『
そう言うと、ダムラダは俺に背を向けた。
控えていた数十人の部下は既に撤退を始めているようだった。
「ああ、最後に一つ」
俺に背を向けたまま、思い出したようにダムラダが声をかけてくる。
「
そう言い残し、ダムラダはその場から姿を消した。
直後、辺り一帯を覆っていた『
開放感が、俺を包む。
だが、俺の内心は開放どころでは無い。
その事態……?
何のことだ?
何かがおかしい。
言いようのない不安に駆られる。
その時、今更ながら俺は気づいた。
いや、もしかすれば『
皆との繋がりが、切れている。
リュティスとの繋がりが、切れている。
嫌な予感がした。
俺は今、出せる限りの速度で村へと飛んでいる。
道中、大慌てでファトナを始めだれかれ構わず念話を飛ばしたが、応えてくれる人は一人も居なかった。
そんな事は今まで一度も無かったのに。
いつも誰かが、嬉しそうに応えてくれた。
嫌な予感がする。
景色は超高速で後ろに流れ、村が見える距離まで近づいてくる。
村のある場所からは、灰色の煙が立ち上っていた。
かすかに炎の光も見える。
魔力感知で捉えた村に居る人数が、少ない。
それも全て、人間の気配。
嫌な、予感がする。
ここからでも匂いはした。
鶏肉を焼いたような、しかし僅かにココナッツが混じったような匂い。
嫌に、フルーティな匂い。
久しく忘れていた匂い。懐かしい匂い。
ワタクシは、この匂いを知っている。
違う。
そうだ。
違う。
そうだ。
いや、そんなはずはない。
そうだ。間違いない。
違う。
まさか。
そんな。
違わない。
それは。
そうだ。
これは、
これは。
これは、人の焼ける匂いだ。
村の入口に降り立つ。
結界は、破れていた。
「おわっ、なんだ!?」
「どうした! なっ!?」
「
純白の甲冑を身に着けた数人の男が入口に立っていた。
村の中にも居る。
村の中央では巨大な火が燃え盛っている。
火の周りには、ルミナス教のシンボルと神聖法皇国ルべリオスのシンボルを模った旗が数本ばかり地面に突き刺さっていた。
その火の前には、一人の女が跪いて祈っている。
その火の中から、腕が見えた。
その火の中から、髪が見えた。
その火の中からは、大腸が零れていた。
村は破壊されていた。
俺に気付いて、次々に男たちが集まってくる。
その中でもひと際目立つ金髪の男が、何かに躓いて蹴とばした。
女の頭だった。
彼女を、俺は知っている。
入口に目を向けると、地面に小さな死体が転がっていた。
その二つの死体は、互いを守るように寄り添い合って転がっていた。
俺は、その小さな金髪を知っている。
彼女たちの後方には、その二人を守るようにして手を伸ばしたままの死体があった。
俺はその蒼い長髪を、知っている。
死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体、死体。
誰か、生きていないのか。
誰か、誰か……。
何だ。
何だ。これは。
これはなんだ。
これは、なんだ。
×××
何が起きているのか、何が起きたのか、それらを理解した時、初めて相応しい感情は湧き上がる。
「―――――――」
――時が止まる。
森を越えて、時が止まる。
「………」
聖騎士団員を始め、アルベリックでさえも、僅かにも動けずにいた。
突如村の前に現れた
何かが、怒っている。
怒らせてはいけない存在が、その感情を抱いてはいけない存在が、強く、強く、とても強く、怒っている。
起きてしまった現実を本能が受け取り、無意識に察知してしまう。
ただ気に障らぬようにと、身体が正解を体現していた。
これ以上は怒らせてはならないと、揃って不動に徹していた。
人も、その他の生命も、自然すらも。
(何が起こっている!? 何故ここに
サク、と音が鳴った。
「ぁえ?」
団員の一人の首が、落ちていた。
その首が地面に落ちる間に、更に二人の首が切り離されていた。
魔女は、ただ佇んでいる。
しかし、その背後には無数の剣が浮かんでいた。
ボッ、と音が鳴った。
比較的魔女に近かった副団長のベネディクトが炭になっていた。
事ここに至って、ようやくアルベリックは事態を把握して動き始める。
震える身体に鞭を打ち、飛んできた剣を一本切り裂いた。
(軽い! 粗悪品の剣だ! これならば、あるいは!)
剣は簡単に叩き切れる。
他の団員でも対処できる、警戒度は低い。
何故こんな弱い攻撃をして来るのかは分からないが、警戒すべき攻撃が少ない今なら大技が撃てる。
ならば、比較的対処ができる内に速攻で倒すべきだ。
アルベリックがその思考にたどり着くまで、そう時間は掛からなかった。
「全員散開ッ!! フォーメーションAを取れ! この剣は脅威にならない、この隙に僕が殺る!!!」
ここに集うのは精鋭中の精鋭、聖騎士団アルベリック隊。
団長のその一声で、団員たちは我に返ったようにぎこちないながらも動き始める。
各々飛んでくる剣を切り裂きながら、魔女を二重の円形で囲むよう包囲した。
即時決着を決めたアルベリックは、前方に突き出した両手で複雑な印を結び、それに伴って前方の空間に複雑な幾何学模様が浮かび上がる。
高速で織り成される呪文の展開により、積層型魔方陣が展開されているのだ。
それは、並ぶもの無き神聖系最強。
物質はおろか魂さえも打ち砕く、究極の対人対物破壊魔法。
「神へ祈りを捧げ給う。我は望み、聖霊の御力を欲する。我が願い、聞き届けたまえ。
万物よ尽きよ! 『
魔女の足元と頭上に浮かび上がった魔法陣内部に、アルベリックの両手から迸る白色の光が襲い掛かった。
それは、神の如き力。
霊子が対象の細胞から魂までを、聖なる力で消滅させる。
隙の多い大技だが、一度放たれれば、この魔法に耐えうる者は存在しないだろう。
これぞ、聖騎士団でアルベリック・ヴァイスにしか扱えぬ究極奥義。
(ふぅ、なんとか、なったか……。あのまま戦闘を続ければ、僕でもどうなっていたかは分からない……)
肩で息をしながら安堵し。
冷や汗を拭い。
だからこそ。
その光景を見たアルベリックの心情を書き記すことは、到底出来そうにも無い。
笑っていたのだ。
万物を消滅させるその極光の中で、魔女は笑っていた。
口を三日月に裂いて、笑って立っていた。
「fweuiofhg死ocyrbgey」
裂いたその口から出たのは、嗤い声では無かった。
「馬鹿ッ馬鹿な! ばか馬鹿ばかな馬鹿、馬鹿ッ!! そんなことがあって、そんなことが――――ぁ?」
気付いた時には、アルベリックの右腕は剣を持ったまま宙に飛んでいた。
恐ろしいほどに滑らかな断面から血が噴き出す。
続いて左腕も同様に切り飛ばされる。
両腕を失った彼は、恐る恐ると周りを見渡した。
音すらなかった。
いつの間にか団員の半数は首を失い、もう半数は焦げたまま立っていた。
この場に響くのは、事態に気付きながらも祈りをやめない聖女の声と、死体の焼ける軽快な音だけだった。
「qrowcv悪ybadfjyvq」
裂いた口から出たのは、嗤い声では無い。
お読みいただきありがとうございます。