この魔女の周囲の重力や摩擦の全ては秩序を失い
その吐息は渦巻く炎になって
真実と嘘の一切を塵へと帰すだろう。
尋常ならざる自然災害として振る舞うその様は、当にこの世の終わり也。
②:第一夜
Walpurgisnacht
その日は、朝から霧がよくかかる蒸し暑い日だった。
ジュラの大森林に接する森の周辺国家の一つ、オベロン公国。
比較的広大な領地の割には、政治と経済の中枢である首都の他は、数個の都市と幾つかの村のみを領土とする国。
その首都オベロンの中央に位置する大広場、そこを横切るように駆け抜ける2つの小さな影があった。
「ちょっとリアム! 早くしなさいよ! パレードに遅れちゃうでしょ!」
「ま、待ってくださいよ、リリスお嬢様……。昨日誘拐されかけたばかりなのに、なんでそんなに元気なんですか……いてて……」
リリスと呼ばれた少女が、燃えるような赤髪を靡かせながら不満げに頬を膨らませる。
その後ろを必死に付いて行くリアムと呼ばれた金髪の少年は、どうやら全身のあちこちが痛むようだった。
仕方なくといった感じでリリスは速度を落としてリアムに合わせる。
今日、オベロン公国では年に一度の収穫祭が行われている。
その目玉イベントであるパレードが、もうすぐ大通りで行われようとしていた。
「だって誘拐とかこれまでも何回かあったのよ? たった一回の誘拐でへばるような鍛え方はしてないわよ」
「チートかよ……」
「ちーと?」
「あ、いえなんでも」
思わずといった感じのリアムが口を覆う。
リアムは平民の出身ではあるが、ほんの三か月前にエンヴィレット家の使用人に抜擢された。
それ以来、三女リリスのお付きとして世話を任されている。
「それに……」
「それに?」
「また私に何かあっても、昨日みたいにリアムが守ってくれるんでしょ……?」
「ぐうかわ」
リリスが枝毛をくるくると弄りながら恥ずかしそうにリアムを見上げる。
途端にリアムの走る速度が上がる。
全身の痛みはどこかへ飛んで行ったようだった。
大通りはどこもかしこも人だかりで賑わっていた。
誰もがパレードが始まるのを心待ちにしている。
霧のよくかかる日だった。
「よいしょっと。ほらリリス様、最前列が取れましたよ」
「ありがとっ! やっぱりパレードは最前列に限るわ。見えやすいし!」
人ごみの中をかき分けて一番前を陣取ったリアムが、リリスの手を引いて人ごみの中から引っ張り出す。
そろそろ、パレードが始まる時間だ。
リアムは楽しそうなリリスの横顔をじっと眺める。
リリスはもう数週間も前からこの収穫祭を楽しみに待ち続けていた。
特に、このパレードを見ることを。
幼い頃、亡くなった母と収穫祭を回ったことがあるらしい。
その母に連れられてこのパレードを一緒に見たのが、リリスと母親の最期の思い出だそうだ。
(今日はリリスが楽しめるようにしないとな)
リアムは静かに気合を入れ直した。
Walpurgisnacht
霧のよくかかる日だった。
パレードの時間だというのに、霧は大通り全体をうっすらと覆い続けている。
それでも期待は否応なく高まり、見物客の熱気が最高潮に達した時だった。
霧の中から、何かが現れた。
着ぐるみだろうか、小さなウサギのようなマスコットが一人、大通りを歩いてきた。
着ぐるみにしては随分と小さいが、しかしそれは、明確な意思を持って歩いているように見えた。
うさぎはぴょこぴょこと効果音が出ていそうな可愛らしい歩き方で大通りを進むと、人々に注目されながらリリスの前で立ち止まってぺこりとお辞儀をした。
「わっ、かわいい! ねぇリアム、この子すっごい可愛いわ!」
リリスが前に出てウサギをぎゅっと抱き締める。
周りが微笑ましい目で見守る中、ウサギはリリスの腕の中からリアムに手を振った。
リアムも微笑みながら手を振り返す。
すると、ウサギは再びこちらに向かってぺこりとお辞儀をした。
それは別れの挨拶のようにも見えた。
そして――、
グシャッ
そんな音を立てて、リリスもろとも踏み潰された。
「は」
リアムは、先程までリリスが居た場所に突如現れた巨大な象の脚を見つめる。
その下から、じわじわと嫌な赤い液体が流れ出していた。
僅かに飛び散った頭蓋の欠片がリアムの頬に刺さる。
「……は?」
何が起きたのかが把握できない。
どうなったのかが把握できない。
現実が理解できない。
リリスは、リリスはどこへ行った?
「リ、リリスお嬢――」
グシャッ
いつの間にか現れていた二体目の象がリアムの身体を踏み潰す。
その体液が辺りに飛び散り、象が次の一歩を踏み出そうとするのを見てようやく、人々は何が起こったのかを理解した。
象の鳴き声が、人々の間に響いた。
Walpurgisnacht
「キャアアアアアアア!!」
その悲鳴を皮切りに広場は一気に混乱に陥る。
気付けば、霧の中から次々とカラフルな魔物が現れていた。
あちらこちらで象の鳴き声が聞こえる。
阿鼻叫喚とは、まさにこの様子を指すのだろう。
人々は押し合い圧し合い、少しでも魔物から遠くへ逃げようと死に物狂いになっている。
混乱が首都全体へ伝播するのに、そう時間はかからなかった。
「外だ! この街を出ろ!」
「通して、通してくれ! 通せっておい! 殺すぞ!」
「うわあああああん! わあああああああああ!」
「カール! カール! どこだカール!」
もはや兵士は役に立たなかった。
門に押し寄せた人々のすぐ後ろまで、魔物の群れは迫ってきている。
既に首都の半分は大小さまざまな魔物によって埋め尽くされていた。
錠が掛けられていた大門が、人々の重みに耐えかねて遂に開く。
転がり出るように外へ出た先頭の数百名は、とりあえず最も近い街まで走ろうとして、その場に立ち尽くした。
それを不審に思った後方の人々は、その数百名の視線に釣られるように大門の先を見て、そして膝を折った。
立ち上がる気力はもう、どこにも無かった。
「あ、ああ……なんてことだ……なんて……」
彼らの目に飛び込んできたのは、こちらに向かって進軍する色彩。
見渡す限り、全地平を隙間なく埋め尽くすほどの魔物の群れが、限りなく押し寄せて来ていた。
それは、魔物の津波と表現した方が、まだ些か救いがあるほどのものだった。
現実は、それよりももっともっと酷い。
逃げ場など無かった。
地の先まで、その群れは続いているのだから。
Walpurgisnacht
踏み潰され、磨り潰され。
最初の犠牲者の出現から、きっかり一時間と十分後。
首都にはただ、赤黒い液状になった大量の肉と壊れた建物だけが残された。
液状の肉は広く大地に流れ出し、楽し気な音楽を響かせながら使い魔達はその中を進んでいく。
死者4864万238人。
やがて、首都の上を一つの巨大な影が横切った。
あいにく、その甲高い笑い声を聞ける者は、もうこの地には残されていなかった。
「馬ッ鹿な!馬鹿なッ!! 馬ッ鹿な!! そんな! 馬鹿なことがあるか!!」
「陛下! どうか落ち着いてください!」
「うむ、将軍を呼べ」
「うわあ! 急に落ち着くな!」
エクラン王国、王城。
国王ユリウス・フォン・エクランは在位して初めて取り乱していた。
とは言え、取り乱しても事態が好転する訳は無く、であれば早急に対処に動いた方がマシというもの。
既に国民は避難を始めていた。
だがいったいどこに避難すべきか、それが問題だった。
ユリウスは窓から城下町の様子を見下ろす。
そして視線を徐々に上げると、王都を囲む外壁、その外側に視線を向けた。
世界は、虹色に染まっていた。
壁の前に広がる平原、その先の山までもが無数の魔物に覆いつくされていた。
霧が出ていた。
Walpurgisnacht
「陛下ッ! 将軍ドレイク・ガイスト、御許に」
「避難は順調か」
「はっ、今のところ全てが滞りなく行われております」
「他の都市もそうか」
「はっ、例外無く」
「……なぁ、この状況、どうする?」
「はっ、陛下の――」
「ドレイク、もうよい」
「………」
ユリウスに向かって跪いていた大男が初めて顔を上げる。
目が合ったユリウスは、かつてないほどに老けて見えた。
「……俺よりも、お前の方がこういう事態には強ぇだろ、ユリウス」
「そう簡単に言ってくれるな。避難命令を出したは良いものの、どこに逃げれると言うのだ? そもそも、何がどうなっておるのかも分からん。何だあれは?」
「お前にも分からんのに、俺に分かる訳ないだろ。俺は、頭はからっきしだ。だから武力でお前を支える。お前が一言、征けと言ってくれるなら、俺は今すぐ全軍を引き連れてあの魔物の海に突っ込もう」
「……勝てると思うか?」
「まぁ、あの数じゃ戦いにすらならんだろうな」
「ああ、ああ。全く、そのようだな……なぁ、友よ。この国は、ここで終わるのか?」
「いや……」
ドレイクは立ち上がってユリウスの隣に立つと、窓から空を見上げた。
そして口を開こうとして、絶句した。
「ドレイク? どうした?」
「……ぁ……空……空が」
「なに? 空?」
ユリウスは再び窓辺に立って空を見上げる。
そして、同じく絶句した。
空が、蓋をされていた。
天蓋。
二人の脳裏に、同じ言葉が浮かんだ。
「……なん、だ……なにが………」
まるで空にも大地が出来たようだ。
青空の代わりに、紛うこと無い大地が天高く浮かんでいた。
二人には知る由も無かったが、それは世界最高峰エーテルガルドを含むルミネ山脈。
その全てが、宙に浮いていた。
山脈が。
神ルミナスの名を冠する山脈が。
延長1200㎞、幅50㎞‐250㎞の大地が。
満身の力を込めて、今まさに振り下ろさんとする握り拳となっていた。
「馬鹿な! そんな! なんてことを! なんてことだ! そんな馬鹿な! 何故! 何故!! ルミナス様―――!!」
プチッ、と。
天蓋が落ちてくる。
まるでハエが叩き潰されるような音を立ててエクラン王国と、その全ての都市、隣接するエーレ王国は潰れた。
それと同時に、ルミネ山脈が粉々に崩れていく。
しかしある意味、彼らは幸せだったのかもしれない。
一瞬の内に、死ねたのだから。
魔女の使い魔の大群に踏み潰され、磨り潰され、削り潰される方が、余程惨い最期だったろうから。
死者6830万5148人。
合計1億1694万5386人。
Walpurgisnacht
嗤い声を響かせながら魔女は進む。
目指すは神聖法皇国ルべリオス。
もうすぐだ。
もう見える。
軌道上の全てを壊して潰してパレードは進む。
Walpurgisnacht
「あはははははははははははははは!!アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
進め、劇団を引き連れて高らかに。
諸君。
役者諸君。
夜が来た。
全世界よ、全勢力よ。
「ワルプルギスの夜」は来た。
今夜、ここでの、一大戯曲。
ミルクは今のうちに飲んでおけ。
サァサァ、いそげ!
空はもう、歓声の虜!!
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
聖騎士団、ひいてはルべリオスの対応は迅速だった。
「隊列を組め! 良いか、ここを最終防衛線とする! 命を懸けて、絶対に通すな!!」
神聖法皇国ルべリオス。
穏やかな光に包まれた都。
神聖なる結界に守られた、聖なる都。
その結界は、長き年月を経て研究され改善されてきた最高レベルの守護結界である。
その結界は、あらゆる外敵の侵入を防ぎ、この都を千年守り続けている。
都市に住む住民の祈りの具現化された姿。
その結界の外、都の前に広がる平地にて、ルべリオスの戦力が結集していた。
その数、七万。
全ての兵の顔には秘めたる覚悟が浮かんでいる。
遠くに見えるは、「ワルプルギスの夜」。
この百年、誰も倒すことのできなかった強力な魔物。
それが今、ルべリオスに牙を剥いている。
神の名の元、何があろうとここで打ち倒さなければならない。
Walpurgisnacht
眼前を埋め尽くす量の魔物が、地平線から七万もの軍に向かって殺到する。
ついに始まる決戦の予感に、兵たちは各々の武器を構える。
両者の間の距離は刻一刻と縮まり、そして――
消えた。
「……なんだ?」
Walpurgisnacht
「ワルプルギスの夜」が、停止する。
地を覆いつくしていた無数の魔物は泡沫のように消え、戦場には「ワルプルギスの夜」のみが残される。
その時。
ガコン、と音が響いた。
歯車が動きを止める。
「ッ!? 見ろ! 上だ!」
誰かが叫んだ。
消えたと思っていた無数の魔物は、上空に浮かんでいた。
まるで主人のドレスを着飾る召使のように、ワルプルギスの周りにひっつき、せっせとドレスの仕立て作業を行っている。
それは一見、妖精が一生懸命洋服を仕立て直しているような、お伽噺の一風景を切り出したような光景であった。
「アハ」
「アハハハ」
やがて、ドレスの仕立て直しは終わった。
今度こそ、魔物達が消えうせる。
そのドレスは、元のものよりもいくらか豪華になっていた。
色味はより深く、より鮮やかに。
より、禍々しいように。
背後の魔法陣が止まる。
そして、回り始めた。
逆方向へ。
身体が廻る。
天へ向けて。
ついに。
完全に、最後まで、正しい位置まで。
『正位置』まで。
回転。
歯車が蠢く。
それは、正しき廻天。
下が上へ、上が下へ。
逆が、正へ。
正しき、正しき。
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
WalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnachtWalpurgisnacht
天は地へ、地は天へ。
世界が廻る。
天も地も無く、正しき位置へ。
彼女を中心へ。
「アハ」
「ギャハハハハハハハハハハ!!」
「ウフフフフフフッ」
「あはははははははははははははは!!!」
「イヒヒヒヒヒヒ!」
「ヒ」 「エヘヘヘヘへへへへへへへ!!」
「ハハ!」
「アァァァァハハハハハハハ!」 「キャハハハハハハハハハ!!」
「ハ!「ハ!「ハハハ!「ハハハハハ!「ハハハハハハハハハハハハハハハ!!」
「アハ!アハ!」
「「「「「「「「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」」」」」」」」
口を三日月に裂いて嗤う。哂う。笑う。
魔女の哄笑と、蠢く様に軋みを上げる歯車の音が残響する。
鼓膜を震わせる不協和音。
空気は一変し、途端に悪寒が走る。
視界がぐらりと揺らぎ、辺りの空間が罅割れたかと錯覚するぐらいの嫌な感覚。
Walpurgisnacht
Walpurgisnacht
死。
恐怖。
絶望。
世界が歪む。
ぞっと言い知れない怖気が去来する。
否応なく畏怖が押し付けられる。
暴風が吹き荒れる。
風が振り下ろされる。
竜巻が乱立する。
嘔吐。
誰かが地面に吐いた。
それはまるで、自らの魂を吐き出そうとでもしているかのような激しい嘔吐だった。
やがてその嘔吐は、無数の吐血となって広がった。
誰もかれも、これ以上は堪え切れなかった。
死んだ方がマシだと思えるような頭痛が絶えず脳を襲っていた。
この時、全ての生物の脳裏に、一つの単語が刻まれた。
Walpurgisnacht
彼女は戻った。
彼女は帰って来た。
彼女はついに顕現した。
正しき、姿へ。
彼女の頭部は、天へと戻った。
Walpurgisnacht
太陽が消えて、夜が来た。
「ワルプルギスの夜」の背後に綺麗な半月が昇った。
月は一滴、血の涙を垂らしたようだった。
《確認しました。条件を満たしました》
この日は後に世界史にこう刻まれる。
『ワルプルギスの夜』。
×××
ああ。
嗚呼!
嗚呼!
なんて素晴らしい!
なんと素晴らしい!
やっと理解できた。
今までの俺はなんと不自由だったことか。
今までの俺のなんと脆弱な事か。
今までの俺の、なんと不完全な事か!
これがワタクシ!
本当のワタクシ!
やっと戻れた。
やっと自由になれた。
やっと、本来の力を振るえる時が来た。
久しく忘れていた、ワタクシの力!
ついに。
終に!
嗚呼!
なんて美しい!
なんて、なんて!
《確認しました。条件を満たしました》
そうだ。
これでやっと、あの時のちっぽけなワタクシの願いを叶えることが出来る。
やっとそのスタートラインに立てる。
やっと、騙され続けた哀れなワタクシの最期の願いを、叶えてやることが出来る!
観客よ!
喝采を!!
歓声を!!
世界よ、恐れよ!!
ワタクシという、夜を!!
《 を獲得――》
手を伸ばす。
手が届く。
嗚呼、ここがそうか。
この場所が、そうなのか。
手を伸ばす。
天上へ。
『
『
『
アハ!
アハハハ!
手が届く!
ここが、
ここが――
《――失敗しました。
制限と制約をかけ、再度試行します・・・成功しました。
―――。
手は、届かなかった。
身体を包んでいた高揚と全能感が一気に消える。
まだ、足りないらしい。
これでも駄目か。
まだ、足りないというのか。
眼下を睥睨する。
虫のように大量の人間が湧いていた。
こちらを見上げ、戦々恐々としている。
だがまぁ、どうやら足元程度には届いたようだ。
やっと分かったよ。
なぜ俺に溢れんばかりの魔素があるのか。
その使い道は、ここだ。
このためだ。
早速、片方の
能力や使い方は魂が知っている。
俺はただ、念じるだけでいい。
「efvn黄vbupyvb」
「itu希望ldhjgfiab」
俺の前に現れたのは、懐かしい銃身。
いや、これはもはや砲だな。
無骨な銀の砲身に黒の装飾、撃鉄を模したパーツの先端にはオレンジ色の宝石が埋め込まれている。
とある魔法少女が、最後に放つ大技。
自ら名付けた最強の切り札。
だが、そのサイズはかつて見たものよりも遥かに大きい。
口径は4000ミリ、砲身長は12.25メートルにも達していた。
俺は銃口、というよりは砲口を地面に向ける。
そして、そこにいる人間共に狙いを定める。
「ギィ!ギィ! 早く来い! これは、妾ではどうにもならぬ! 妾が頼んでいる!ギィ! 疾く! 疾く来い!!」
大慌てのルミナスが姿を現す。
だが、遅い。
間に合わないさ。
受け取れよ。
これは祝砲で、宣戦布告だ。
戦いの、引き金さ。
俺は万感の想いを込めて、心の中でその技名を叫んだ。
「ティロ・フィナーレ!!」
×××
その大砲から放たれた一撃は、地上の悉くを消し飛ばした。
集結していた七万の大群は為す術も無く光の中に消え、大地は波状にめくれ上がり、余波で都の守護結界がビリビリと揺れる。
続けて、間髪を入れずに第二射が結界に直撃した。
結界の揺れは大きくなり、不吉な音を立て始める。
都の中に居る人々に外の様子は見えない。
見えないが、人々は心を同一にした。
もう持たない。
そう、誰もが確信した。
無慈悲に三射目が放たれる。
その一撃が結界に当たるまさに直前、間に割り込むように現れた人影がそれを防いだ。
「やめよ!」
銀髪を翻らせた、金銀妖瞳の美少女。
ルミナス・バレンタイン。
魔女を睨むその顔は険しかった。
「我らの恩を忘れたか! なにゆえこのようなことをする! ここは妾の地ぞ! 答えよ、ワルプルギス!」
返事は無い。
代わりに、笑い声があった。
「あはははははははははははははは!!!」
不意に横殴りの突風がルミナスを襲う。
いや、突風なんてものではない。
質量のある『風の塊』が叩きつけられる。
それこそ透明な巨大ハンマーで殴られたような、そんな衝撃がルミナスを襲った。
「ぐっ……!」
僅かに防御が遅れ、吹き飛ばされて宙に投げ出されたルミナスとワルプルギスの視線がかち合う。
魔女は、ルミナスを見ていた。
いや、顔の上半分が無いため、眼球も目も無いのだが、それでも確かにルミナスを真正面から捉え、視認している。
嗤っていた。
ワルプルギスの口元が悪辣に歪む。
愚か者の姿を見て、口端を吊り上げ嘲笑ったのだ。
「貴様ああぁぁぁァァァァァァ!!!」
ルミナスが反撃に出ようとした瞬間、全方位から巨大な竜巻が押し寄せた。
為す術は無かった。
ルミナスの全身が押し潰され肉塊に。
全身が切り刻まれ細切れに。
前後不覚。
絶え間なく続く激痛。
ルミナスは吸血鬼族の女王。
あらゆる傷は、たちどころに再生する。
だが、その能力が、かえって彼女を苦しめた。
再生を繰り返し、その度にまた即死する。
身体が修繕される度にまた壊される。
何度も何度も、殺され続ける。
やがて、竜巻の中からボロ屑のようになったルミナスが放り出された。
そのまま力なく地に落ちていく。
「ギャハハハハハハハハハハ!!」
それを見たワルプルギスは楽し気に嗤い、その姿を嘲笑する。
未だ再生が終わらず地面を這い蹲るルミナスに砲口が向けられ、引き金が引かれようとした時だった。
『赤』が視界に現れた。
「よぉ、ワルプルギス。悪ぃがそこまでだ。それ以上はオレが許さん」
世界が静止する。
時が止まった世界の中で、爛々と赤は輝いていた。
ギィ・クリムゾン。
その後ろに控えるのは、ミザリーとレイン。
ギィは宙に浮くワルプルギスよりもさらに高方、天よりその魔女を見下していた。
「助かったぞ、ギィよ」
ルミナスの再生が終わり、地面から飛び上がる。
そのままギィの隣に並んだ。
ギィの冷徹な瞳は、止まったまま動かない「ワルプルギスの夜」に注がれている。
「何があったのかは知らんが、やり過ぎだ。てめぇがやらかすせいで世界のバランスはめちゃくちゃ。ったく、オレが慎重に微妙極まるバランスに調整したのにお前のせいで……はぁ、聞こえちゃいねぇか。とにかくだ、お前の力はあまりにも異常すぎる。ここで――」
「iuew紫vpbhe」
「ytbv希望poieyvc」
「――ッ!」
止まった時の中、動けないはずのワルプルギスが動く。
その背後には、巨大な円形の機械が浮かんでいた。
まるで時計の複雑機構のようにも見えるその機械の中には、無数の歯車と、一つの砂時計が内蔵されている。
砂時計の砂は、落ちずに止まっていた。
そして、「ワルプルギスの夜」は決断したようだった。
舞台装置、その名の下に。
舞台装置、その全存在を以て。
敵には、絶望を。
内包する世界最大級の魔素量が急激に減っていくのを感じる。
ギィは
何かが、来る。
「gfus罰prvny」
ワルプルギスの夜。
この魔女の周囲の重力や摩擦の全ては秩序を失い
その吐息は渦巻く炎になって
真実と嘘の一切を塵へと帰すだろう。
「pwryic罰hdfg」
その吐息は渦巻く炎になって
真実と噓の一切を塵へと帰すだろう。
「ety罰rhincqa」
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって
その吐息は渦巻く炎になって。
つまり。
言葉は、『火』だった。
「ッ!? これは……!」
一瞬の判断。
ギィは時間停止を解除し、自分、ミザリー、レイン、ルミナス、そしてワルプルギスを瞬間移動で丸ごと移動させる。
現れた先は、砂漠地帯。
かつての戦いの影響で、生命の息吹が存在しない不毛の砂漠。
果たして、その判断は正しかった。
『
ワルプルギスの口から、『火』が誕生する。
「vneiwo罰pqufnieyubd」
「iopcieit罰yurtwhebclkj」 「アハハハ、アハ」
「ofewnx罰jsayufqyw」
「studuq罰verytwroiqu」
「oryucn罰ifychuiwyf」 「アハハハハハハ!」
「cddhaj罰iewyopwqu」
「nuqtez罰pitvyuw」
ギィは瞬時に察した。
あれは、この世界に出て来てはならないものだ。
この世界では、許されていないものだ。
その額に冷や汗が流れるのは、一体いつぶりか。
ダメだ。
あれは、駄目だ。
「まずいッ……! まずいぞ!!」
その『火』のことを、『魔女の罰』と呼ぶべきだろう。
神罰と同じく、いや神罰をさえ超える罰。
天上天下、その狭間すら焼き尽くす、魔女が与える万物への罰。
永劫に地を焼く炎の刑罰。
それは単純な極限火力のみならず、「罰」でなければならない。
その炎は消える事なく、永遠に燃え盛る事だろう。
「あはははははははは!!!アッハッハッハッハッハッハッハ!!!」
それは、この魔女の気を悪くする愚かな者達が忘れぬよう、他の者達が魔女を手間取らせぬよう、世界へと刻み付ける訓戒だ。
両腕を広げ、高く高く、空高く、天高く昇る「ワルプルギスの夜」。
宙と空の境目で、煌々と神威の輝きを放ち始める。
空気が焼ける、空間が焼ける、世界が、焼けていく。
「ヴェルザード!!!!!!」
ギィの叫びと同時にワルプルギスは、陽を吐き出すようにして罰の『火』を地上へと落とした。
極小に閉じ込められた『火』が落ちて来る。
燦々と輝きを放ち、天から最大の『火』が落ちて来る。
「ギィ! っ! これは!」
ギィの呼びかけに応じたヴェルザードがその場に姿を現す。
そして気配を察して見上げ、全てを理解する。
自身のすべきことも、同時に。
最強の白き竜が世界に顕現する。
『白氷竜』。
それは、神に等しい存在。
深海色の瞳の美しいその姿は、遍く全ての頂点に立つ竜そのものだった。
極寒の魔素が吹き荒れ、一瞬にして世界が変貌する。
ヴェルザードが『火』を見据える。
油断も、侮りも無かった。
この世界における至高の一撃が、放たれた。
「
それは、絶対零度の一撃。
ヴェルザードが自身の権能を統合して放つ、唯一無二の最大最強。
この技の前では、いかなる動きも許されていない。
完全なる『停止』。
ましてや、それが『停止』の対極たる火ならば尚更。
竜の一撃。
ヴェルザードの全力。
『罰』は、この一撃の前に消え去る。
その、はずだった。
「ッ!?」
甘い。
甘すぎたのだ。
ギィも、ヴェルザードも、敗北は知っているのだろう。
無力も知っているに違いない。
だが、だが。
だが、絶望は知らない。
絶望を、知らない。
その罰は
原初の利器にして、天上より簒奪せしめた始まりの自然威。
遂に究極に辿り着いた「ワルプルギスの夜」が持つ、禁じられた超威。
「ギィ………ギィ!!!」
燃えていた。
『停止』が燃えていた。
絶対零度が、燃えていた。
世界が、物理法則まるごと、燃えていた。
駄目だ。
そんなことはあってはならない。
そんな事が、許されて良いはずがない。
「ギィ! あれは火なんかじゃない! 違う!違うわ! あれは、そんなものじゃない! あれは、
ヴェルザードが絶叫する。
彼女の目の前で、己の最強の一撃が焼け堕ちていく。
権能が、この世の絶対が焼け堕ちていく。
絶対零度が、焼け堕ちていく。
天も地も、その全てを焼き尽くして天上の神威が落ちてくる。
「退けぇぇぇ!! その『火』に触れるな!!」
ギィの叫びがその場に響く。
それが全員の命を救った。
ギィの叫びを聞いた瞬間、防御しようとしたルミナスや、ギィの盾になろうとしたレインとミザリーは逃げに徹する。
あの『火』は触れたが最期、魂まで焼き滅ぼす。
ヴェルザードは人型に戻り、ルミナスもミザリーもレインも慌てて『火』から逃れる。
最後に残ったギィより僅かに外れた位置へ、天から放たれた『魔女の罰』が到達する。
「アハハハハㇵハハハハㇵㇵハハハハハハハハハㇵハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」
『火』の炎華が花開く。
滅火の飛沫が地上を罰する。
超爆発を続け、灰燼は果てしなく続く。
数多存在するこの世の何かを、一切平等に瞬間焼却して尚も猛る。
空間を超え、世界を超え、万象を超え、それら自体を含めて範疇にあるものが総じて失われて、尚も燃え続ける。
悉くを滅し、森羅を燃やし、時を超えて焼き、滅するものなき世で猛り続ける。
その一撃は、この世界の許容量を超えていた。
物質が耐えられていない。生命が吊り合っていない。
『火』は大地を軽々と消し去った。
阻むもの無きその『火』は惑星を貫き、星の反対側から噴き出す。
「――――――!」
「――――――――――――」
その場所にあった国は、この世から消えた。
絶叫も悲鳴も魂でさえも、空気と共に焼け、空間を含めた一切合切が焼滅する。
自然現象としての燃焼を超えた『火』。火という概念の始まりにある真の『火』。原初の『火』。
「うふふ!ウフフフフ!!イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒハハハハハハハハハハハハ!!!」
天上天下、その狭間の全て。
『魔女の罰』により炎渦が巻き起こる滅界が、世界の一角に誕生した。
この砂漠で、『火』は未来永劫に燃え盛る。
星が滅び、宇宙が滅び、三千大千総じた世界が滅びようとも、『罰』はこの場所で栄え続ける。
自身から僅かに逸れた『罰』の齎した結果を見て、ギィの背筋を冷たいものが走った。
異常、なんて言葉では到底足りない。
もし、触れていたら。
その末路なんて考えたくも無い。
「ギ、ギィ、あれはなんなの? アイツは一体、何を出したの?」
「あれは……」
「――あれは炎なんかじゃないわね。あれは、『火』そのものよ」
「っ! ヴェルグリンドちゃん!」
いつの間にか、ギィ達の横に蒼髪をシニョンにした長身の美女が現れていた。
ヴェルグリンド。
『灼熱竜』の異名を持つ、ヴェルザードの妹。
最強の竜種の、一体。
彼女は腕を組みながら宙に佇み、眼下の『火』を眺める。
東の帝国にて代々総帥に指名されてきた皇帝ルドラの側近が、なぜここにいるのかと目で問いかけるヴェルザードを無視して、ヴェルグリンドはギィに話しかけた。
「『火』
「ヴェルグリンド……これは、お前が出るほどの幕なのか?」
「それは貴方が一番よく分かっているでしょう? ギィ・クリムゾン。それに今、帝国にも無数の魔物の群れが押し寄せてきているの。今はなんとか迎え撃てるけど、早くあの化け物を何とかしなければ、帝国も危ないわ。ここは共同戦線といきましょう」
「……チッ」
先程の一撃で出し尽くしたのだろう、「ワルプルギスの夜」の膨大な魔素量はもはや底を尽きかけていた。
対して、こちらにはこの世界最高と呼べるほどの戦力。
いずれにせよ、勝ちは揺るがない。
その瞬間、ギィは何かを察した。
ギィを除く全員が「ワルプルギスの夜」を見据える中、ギィは一人、夜空を見上げていた。
訝しんだヴェルザードが釣られて見上げ、同じく見上げたヴェルグリンドと共に
ギィは、その類まれなる頭脳と観察眼で、「ワルプルギスの夜」が打った次の一手を理解した。
「あぁ、そういうことかよ、畜生」
遠い空に、暁の星がたった一つ瞬いていた。
その星の名は、明星といった。
(最悪だな。オレは今、先の読めぬ戦いを始めようとしている。しかもその戦いでは、オレは死ぬかもしれないと来た。不愉快だ。不快だ。屈辱的だね)
窮極の『白』が、墜ちて来た。
世界の絶叫を伴って、『白』は墜ちて来た。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
『
ミリム・ナーヴァと引き分けに持ち込んだ、窮極の一射。
死闘の果てに辿り着いた、放出系の極致。
限界を超えて凝縮された、ティロ・アレステレの到達点。
既に『白』は完成していた。
既に絶叫は止んでいた。
既に、世界に音は無かった。
解放の時が来る。
窮極の、破滅が生まれる。
「『
『白』をその両目でしかと見据え、ギィが己の全霊を賭けて吼える。
この刹那、命運は分かたれる。
ギィ・クリムゾン、ミザリー、レイン、ルミナス・バレンタイン、ヴェルザード、ヴェルグリンド。
相対するは、「ワルプルギスの夜」。
最も深き、絶望である。
ステータス
名前:舞台装置の魔女(本名不明/認識不能)
種族:魔女
加護:円環の残光
称号:ワルプルギスの夜
魔法:無し
技能:『
…「
この舞台はあなたの為に。
この悲劇はあなたがために。
昼も夜も、お気に召すままに。
…「
泣いて始まったんなら
笑いながらいこう。
絶望を溢れるほど抱えてさぁ
希望を全て食べ尽くしてさぁ
固有
耐性:無し
お読みいただきありがとうございます。
過去最長を更新しました。
ついでに最強技も更新しました。
流れるBGMはもちろん、「Surgam identidem」。
暁美ほむらが何度でも立ち上がるならば、それに寄り添うように「ワルプルギスの夜」も立ち上がる。
最後に立ちはだかるために。
何度でも。
それは、この世界でも変わることはない。
遂にワルプルギスが「正位置」になりましたね。
ワルプルギスの廻天。
世界は、彼女を赦さない。
この物語では、ひっくり返そう。
彼女は、世界を赦しはしない。