転生したら「ワルプルギスの夜」だった件   作:十二夜

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この良き人生の終わりには

 

「ワルプルギスの夜」の封印。

 

大災害の傷跡が生々しい中、その報は全世界を駆け巡って人々は喜びに沸いた。

 

復旧真っ只中にもかかわらず各地でお祭り騒ぎが起き、生きている者は杯を酌み交わし死者を悼む。

それは、この災厄を生き残った全ての生命が魅せる最大の活力であった。

 

だがここに、城下町から聞こえる歓声と騒ぎに背中を押されながら大聖堂へと続く道を歩く一人の男がいる。

その顔は街の活気に似合わず、血の気が引いていた。

 

大司教パウロス・フラウィウス。

 

念のため、聖騎士団最高戦力を向かわせた魔女の「救済」。

その直後に起こった「ワルプルギスの夜」の迎撃戦。

普段ならば任務を終えたらさっさと帰還するアルベリックと彼の一隊の姿は、その中には無かった。

 

おかしいとは思ったが、時間も余裕も無かったため深く考えはしなかった。

ましてや安否など。

殺しても死なないような男だ、きっとどこかで足止めを食らっているんだろう。

 

だが全てが終わった今、パウロスにもたらされた一報がある。

 

聖騎士団団長アルベリック・ヴァイス及び通称「団長分隊」、全滅。

 

信じられる訳が無かった。

 

パウロスとアルベリックは腐れ縁とも呼べる長い付き合いだ、ゆえにアルベリックの強さをパウロスは誰よりも知っていた。

負ける訳が無かった。

死ぬなんて論外の、そんな強さだった。

この国で、いや、人間の中でアルベリックよりも強い者は居ないと、パウロスには断言出来た。

 

団長分隊は、間違いなくルべリオスの最大戦力だった。

 

それが、全滅。

 

彼らが着けている生死判定の魔道具が、揃ってそう示しているらしい。

 

そんな中、動揺するパウロスに呼び出しがかかった。

相手は、『七曜の老師』。

それも、七名全員による連名。

 

異例中の異例だ。

 

人類の守護者、偉大なる英雄、西方聖教会の最高顧問であり、ルベリオスの大幹部。

枢機卿以外はお目通りすら叶わぬ、尊き聖人。

 

そんな方々に、たかが大司教にすぎぬ自分が呼び出された。

 

理由も、大体察せられる。

 

パウロスは緊張で乱れる呼吸を整えて、大聖堂の奥にある扉の前に立つ。

 

この先は、『七曜の老師』が住まう『奥の院』。

 

空気を求めるように喘ぐ息を落ち着かせて、止まらぬ冷や汗を拭ったパウロスは長い時間を掛けて震える手を扉にかけた。

 

そのまま勢い良く開け放って、パウロスは中に入った。

 

空気が違った。

 

ここは、法皇を守る為の絶対防衛の間であった。

この院を抜けた先が、神聖不可侵にして許可無き者の立ち入りを許されぬ、法皇の住まう場所なのだ。

 

パウロスは一歩一歩ゆっくりと通路を進んだ。

 

山道を歩き、中腹にある屋敷に赴く。

 

その中には、七曜を司る七名の者が座していた。

 

七曜の老師。

 

パウロスは即座に跪いた。

 

「だ、大司教パウロス・フラウィウス、ここに参上いたしました。神ルミナスの聖名の元、聖ルミナス教を守護する偉大な―――」

「パウロス、パウロス」

 

仮面の奥の声が、パウロスの言葉を遮った。

 

「大司教よ」

「貴様は間違えた」

「パウロス・フラウィウス、愚か者よ」

「貴様の行為が全てだ」

「貴様があの化け物を目覚めさせた。悍ましい『夜』を」

「大罪、大罪だ」

 

確かに、真実は公表されなかった。

 

しかしそれは、真実への到達を妨げるものでは無かった。

聡い者は、たとえ少ない情報からでも、依然として真実を理解する。

例えば、ルミナス・バレンタインに長年仕えた執事や、双子や、仙人や。

 

七曜の老師の声からは、怒りが滲み出ていた。

 

分からないのはパウロスである。

 

「い、一体何の話でございましょうか?」

「貴様が行った『救済』」

「相手はあの『夜』の庇護下にあった」

「違いない。間違いない」

「貴様が引き金を引いた。結果として聖騎士団団長も、ルべリオスの戦力も、全てを失った」

「さらに悪いことに、あの御方も失った」

「許されぬ、許されぬ!」

 

ここに至って、パウロスはようやく話の大まかな輪郭を理解した。

理解して、自分が呼ばれた目的も理解した。

 

そして、自分の結末も同時に。

 

「そんな……!お待ちください! 例えそうだとしても、私にはどうしようも無かったことでございます! 私はルミナス教徒としての義務を果たしただけにすぎぬ! 再考を! ご再考を!」

「どうとでも言うが良い」

「結果が全て」

「法皇は立腹しておられる」

「我らが貴様を裁く」

「ここで、処断する」

「処刑する」

 

繰り返すが、パウロスは何も間違ってはいない。

 

どう足掻いても、パウロスでは真相には辿り着けなかった。

そして『救済』を行うのも、ルミナス教徒、引いては人間として当然のことだった。

それが教義で、常識だった。

 

パウロスは、何も悪くない。

 

彼はただ、少し性格が悪いだけであって何も間違えた行為をしなかった。

 

だが。

 

「死刑に処する」

「お待ちを! 待って、待ってくれ! こんな、こんな話があるか! 私は義務を果たしただけだ! 何も間違えなかった! 何も間違っていない!! こんなことはルミナス神だってお赦しにならぬはずだ!! 暴挙だ!!」

 

シェイクスピア最高の喜劇に、「十二夜」がある。

 

その劇には、一人の悲劇的なキャラクターが居る。

 

彼は、何も間違えなかった。

 

「頼む!ご再考を! 挽回、挽回させてくれ! いやだ!ここで終われない!まだ死ねない! 頼む、頼む! 私は何も―――!」

 

だから、これは喜劇だ。

 

全ては大団円のために。

 

これもまた、喜劇に含まれたほんのちっぽけな悲劇だった。

 

「いやだ!助けてくれ! アルベリ」

 

閃光が走った。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

少し、落ち着いてきた。

 

いやはや、俺としたことが取り乱してしまったよ。

紳士を標榜する身としては大失態だ。

 

《それにしたって、一か月は少々長いのではなくて?》

 

うるさい。

 

で、だ。

 

俺の頭の中で響いている声、そう、コイツだ。

少し聞いてみたが、コイツはどうやら俺の記憶にあった『智慧之王(ラファエル)』を参考にして、『戯曲之神(シェイクスピア)』を土台に究極能力(アルティメットスキル)に意識とか人格みたいなものを乗り移らせたらしい。

そこまでは分かったのだが、本人曰く、コイツは「舞台装置の魔女」ではないらしい。

 

マジでなんなんだ。

 

《その内説明すると言っているデショウ? 具体的には、次話ぐらいに》

 

何言ってんだコイツ。

 

まぁ良いや、どうせ時間はまだまだあるんだ。

ゆっくり親睦を深めていこうじゃないか。

 

そうそう、そういえば少し前にミリムが来た。

 

ミリムは全てを知っているようで、俺にずっと話しかけて何かを言って来ていた。

 

何と答えたかは、覚えていない。

怒りで荒ぶっていた時だったからな。

でもたぶん、何か非道いことを言ったのだと思う。

 

泣きながら悲しそうに一人で帰っていくミリムの背中だけは、よく覚えているから。

 

こんど会ったら、謝ってやろう。

ミリムは殺さないと決めている。

滅ぼした後の世界に、ミリムのようなキャラは欲しいからな。

仲良くやっていきたいものだ。

 

皆の死体は、それぞれの家の中に埋めた。

 

一人ひとり穴を掘って、身体を横たえ、そして土で蓋をした。

 

顔を知っていても、名前は知らない人がそれなりに居た。

少し後悔している。

こうなるのなら、もっと交流を深めるべきだったな。

 

リュティスとミナとニナ、ファトナの四人は俺の住居の下に埋めた。

その方が彼女たちも喜ぶだろう。多分ね。

喜んでくれたら良い。

もう、意味は無いんだけど。

 

さて、今日は究極能力(アルティメットスキル)の検証をしている。

 

嬉しいことに、小型化の時も問題なく発動できた。

これで戦術の幅が一気に広がる。

 

月に嘆く最後の魔女(マギカ)』は予想通りというか何というか、魔法少女たちの能力を使えるというものだ。

だが、どうやら俺の知っている魔法少女に限定されるらしい。

俺はいわゆる見滝原組しか知らない。

 

映画に出て来たあの……なんだっけ……《百江なぎさですワ》……そう、なぎさちゃんの能力はよく知らないから使えない。

くそう、もっと知っておけばよかった。

でもさ、分かるだろ?

まどマギはアニメシリーズが完璧すぎて満足しちゃうんだよ。

 

あれ……でももしかして……お前なら知っていたり……?

 

《アナタが知っている者しか知りませんワ》

 

使えねーーー!!

何の役に立つんだよお前!

 

《シバきますワよ》

 

おっほん。

 

問題は『戯曲之神(シェイクスピア)』の方だ。

これはなかなか良い性能をしている。

 

一言で表すなら、「範囲内の世界を魔素に応じた程度に操る能力」だ。

 

例を見せた方が早いな。

 

俺は地面に落ちていた石を手に取ると、上空に向かって軽く放り投げる。

そしてすかさず『戯曲之神(シェイクスピア)』を発動する。

 

『対象は六秒後に三メートル前の地面に着地、その衝撃で六つの均等な破片に割れ、その破片は全て割れた瞬間より一秒後に、それぞれ六角形の頂点を形作るように着地する』

 

そう、心の中で念じた。

 

魔素が消費される感覚がする。

 

そしてピッタリ六秒後、そう高く放り投げたわけでもない石が三メートル前の地面に落ち、一秒後に綺麗な六角形を作るように散らばった。

細かい因果や事象は『戯曲之神(シェイクスピア)』が勝手に調整してくれる。

俺は、ただ命令を下せばいい。

 

命令内容によって消費される魔素量も変わる。

先程の発動で消費されたのはせいぜい人間一人分。

俺にとっては微小も微小、ほとんど無いに等しい。

複雑もしくは実現不可能な命令になる程、多くの魔素量を消費する。

 

今は魔素量がほとんど無いからできないが、例えばさっきの命令を『対象は一分後に三メートル前の地面に着地、その衝撃で六つの均等な破片に割れ、その破片の内の一つが上空を飛行している鳥の身体に着弾、貫通し、貫通より四秒後に鳥は地面に落ちる』とかにすれば、そこそこの量の魔素を持っていかれることになる。

その代わり、命令は実行される。

 

ぶっちゃけ強すぎる。

どんな仕組みになっているんだろうか。

 

《知りませんワ》

 

知らないらしい。

依り代にしているだけで究極能力(アルティメットスキル)そのものではないから、『智慧之王(ラファエル)』のようにはいかないってことか。

 

ちなみに俺がルミナスにやったのは「存在の削除」だ。

 

これは説明が難しい。

 

そうだな、例えば、出来上がった一つの脚本があるとするだろう?

その脚本のある時点で、とあるキャラを退場させたくてその名前を登場人物一覧から消したとする。

するとその時点以降、そのキャラはもはや物語には登場できない訳だ。消したからね。

 

それだよ。

 

あの時点から、ルミナス・バレンタインはもはやこの世界には存在できない。

消したから。

 

ただ、魔素が足りなくて半消し状態になっちゃったけどね。

これもまた、強さというか存在値というか、そういうのが大きい者を消すほど消費魔素も多くなる。

ギィを問答無用に完全に消そうと思えば、最大魔素量全てを使っても全然足りないんじゃないかな。ルミナスと同じ半分でも厳しい。

強者相手に使える戦法ではない。

 

それはそうと、ルミナスだ。

最後にクロノアがルミナスに施していた結界の効果は、多分時間の巻き戻しだ。

結界内の時間をある程度巻き戻すといったようなものだ。

だが、成功率は低いと思う。

 

時間を巻き戻してルミナスを元の姿に戻す、これは成功するだろう。

だが、そうなれば俺の究極能力(アルティメットスキル)が邪魔をする。

ルミナスの半分はこの世界に存在できないからね。

ここで矛盾が発生し、結局ルミナスの半身は失われる。

だが、時が戻るのを止めることは無いから、過去に間違いなく存在したルミナスの半身はまた現れようとする。

それをまた、俺の究極能力(アルティメットスキル)が止める。

 

この繰り返し、能力の攻防戦だ。

 

どちらの能力がより相手を上回るのか、そういう戦い。

 

俺としては、復活してくれても良いんだけどね。

あのままじゃ消化不良だ、もう一度しっかりと殺したい。

 

時間の巻き戻しと言えば、俺は今暁美ほむらの能力を使うことが出来る。

しかし悲しいかな、時間を巻き戻すことだけは出来ない。

まるで狙ったように、それだけが出来ない。

この世界で、それは許されていない。

戯曲之神(シェイクスピア)』を使っても、それは変わらない。

 

この世界で唯一時空を越えられるのは、あの勇者様だけさ。

 

俺には、許されない。

 

反吐が出るね。

 

ここは「転スラ」の世界だ、世界がその全てをもってネームドキャラクターを持ち上げている。

当たり前で、クソみたいな話だ。

苛立たないと言えば、嘘になる。

 

だが、いつかは俺の物になる世界なんだ。

今は大目に見てあげよう。

 

ところで、封印についてだが。

 

この封印を破ろうとすれば、村が吹き飛ぶ。

戯曲之神(シェイクスピア)』で破ることも考えたが、無限牢獄が絶えず体内の魔素を流出させるせいで魔素量が回復しない。

封印を破るには、魔素が足りなさすぎる。

それでも、手が無いわけではない。

 

ただ、この方法を使うには、少し覚悟がいる。

 

人間を捨てる覚悟がね。

 

俺は出雲大社モドキに入ると、がらんとした室内に置かれた一つだけの椅子に座った。

 

家具などは処分したよ。

彼女たちと一緒に埋めた。

 

彼女たちが今の俺を見たなら、どう思うのだろうか。

怒ってくれるだろうか、それとも何だかんだで褒めてくれるのだろうか。

それとも、両方かな。

 

この場所に居た時、俺は人間だった。

確かに人間だったさ。

 

魔女の身体になり、魂はグリーフシードになり、それでも心は人間のものを持っていた。

多少は魔女の価値観に寄った時もあるけど、紛れも無く人間さ。

 

彼女たちと話す時、じゃれ合う時、俺は間違いなく一人の人だったんだ。

彼女たちは、人間の俺と時間を過ごした。

 

今ならハッキリと分かる。

 

この世界で、俺の心に触れたのは彼女たちだった。

俺の人生を彩ったのは彼女たちだった。

 

皮肉なものだね。

 

人では無い彼女たちと一緒に居る時は人間なのに、彼女たちが居なくなると今度は俺が人を失っていく。

 

この姿は、彼女たちに見せたいものでは無いな。

 

俺だって、人間でいたかったさ。

 

でも、そのせいで負けたんだ。

 

俺は人間を捨てなきゃならない。

 

人間の俺と、この場所に、別れを告げるべきだ。

 

その時が来た。

 

そう大したことでも無いよ。

いつかはこうなっていた、早いか遅いかの違いってだけで。

 

物事にはタイミングというものがある。

いつでもやれるけど、やるためには何かの動因が必要だ。

たとえば机の上にペンを立てたとしよう。後部が平らなヤツをね。それはいつでも倒れることができる。

でも、誰かが指で押さなければ倒れない。外部からの要因がなければ。

 

俺にとっての一押しは今来た、それだけのことだ。

 

俺はもう、人間ではいられない。

人間の俺は、終わらなければならない。

 

俺は魔女だから。

 

ここで過ごした俺は、ここで消える。

彼女たちと一緒に。

 

俺は椅子に座ったまま、蓄音機と一枚のレコードを生成する。

戯曲に音楽は付きものだから、こういうのは簡単に生成できるんだ。

 

それを横に置くと、俺はレコードをセットして針を置いた。

俺が人間だった頃、お気に入りだった曲が流れ出す。

 

『愛の死』。

リヒャルト・ワーグナー作曲、楽劇『トリスタンとイゾルデ』の最後を飾る絶唱。

 

実は、俺はクラシック音楽が好きでね。

楽器も出来ないし音譜も読めないけど、あの壮大な世界観が頭の中に構築されていく感じがたまらない。

 

いや、それは嘘だな。

 

本当は、カッコいいと思ったからさ。

クラシックとかジャズってそういう衒学(げんがく)的なところがある。

真剣に音楽に取り組んでいる人に、そんなことは口が裂けても言えないが。

 

でも、心の中では思ってる。

 

まぁ、『愛の死』はクラシック音楽というよりかは歌声が入ってこそだけれど。

 

イゾルテの悲嘆と悲哀の歌声が空間を満たす。

死を嘆く美しい歌声が、惜しみなく村中に響く。

 

少し、感傷的すぎると思うだろうか。

 

普段の俺なら、まずこんなことはしない。

というより、前世を思い出させるような物は基本作らない。

もう、戻れないからね。

 

でも、今日くらいは良いだろう。

 

この良き人生の終わりには。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰か来た。

人間の気配を感じる。

 

家を出ると、封印の外に人影が見える。

その黒髪黒目には見覚えがあるぞ。

 

嬉しいね。

どうやら俺は、もう少しだけ人間でいられるようだ。

 

俺は結界の端に近づくと、久しぶりに紙とペンで文字を書いた。

 

『やぁ、キリト君』

「誰がキリトだこの野郎、誰が」

『黒の剣士様?』

「違う」

『カズト』

「よろしい」

 

桐谷和斗。

カズト・キリヤ。

俺の初めてにして唯一の同郷の友人。

 

「まったく、ここまで来るのに苦労したんだぜ? ここって禁忌領域になっているからよぉ」

 

カズトは不満そうに頭を掻いて愚痴をこぼす。

ただ、俺からの反応が無いことに気付くと、すぐに真剣な顔になる。

酔狂で俺に会いに来たわけでは無いようだ。

 

「で、なんであんなことをした? イングラシアでも大勢死んだ。理由を聞かせてくれるんだろうな?」

 

話さないという選択肢は、無さそうだ。

誤魔化す理由も無い。

 

俺は、俺の行動を恥じないよ。

 

 

 

 

 

 

「はぁ~なるほどな。そりゃあ酷ぇ」

 

カズトは話を聞き終わるや否や、腕を組んでうんうんと頷くように言った。

真剣な空気が霧散する。

おっと?

 

「そりゃ俺でもやるね。うん。俺がお前なら絶対やるね」

『えっと、俺を討伐とか、粛清とか、非難をしに来たんじゃないの?』

「出来るかそんなこと。負けるに決まってるわ。ていうか、何のための禁忌領域だと思ってやがる」

 

そしてカズトは人好きのする笑顔でこう言った。

 

「単純にお前が心配だったんだよ。ほら、お前って人とは違うじゃん? 種族的にさ。でも、中身は人間だろ」

 

……なるほど。

ただの良い奴だった。

結界が無ければハグの一つでもしてやるところだ。

 

「そういやお前、なんか口調変わった?」

『気の所為では』

「いいや違うね、敬語じゃないし一人称も『俺』になってる」

『キッショなんで覚えてるんだよ』

 

ストーカーの素質あるよ、お前。

 

そう思っていると、カズトの顔がずいと結界に近付く。

黒い瞳が、顔の無い俺を見ていた。

俺に瞳は無いはずなのに、カズトの目線は真っ直ぐ俺の目線とかち合っていた。

 

「で、だ。お前さ、ここから出れる算段とかあんの?」

『お前も分かっているだろ。無限牢獄を破る手段は無い』

「そうか? 俺はそう思わねぇけどな」

 

……もしかして。

こいつも気付いているのだろうか。

その可能性に。

 

『と、言いますと?』

「他の魔女には有って、お前には無いものが一つだけあるだろ? でも、それはお前も持っているはずなんだよ。それが突破口になるんじゃないかと、俺は睨んでいるがねぇ」

『具体的には』

「そんなもん自分で考えろよ。俺が教えちまったら面白くねーだろ」

 

そう言ってカズトは結界から離れると、懐から何かを取り出す。

それは一冊の本だった。

表紙に何かが書かれているようだが、ここからではよく見えない。

 

『なんだ、それ?』

「お前へのプレゼントだよ。詳細は秘密だ。その封印から出た時にでも読むが良いぜ」

 

カズトは本をゆっくり地面に置くと、その場にいくつかの魔法を掛ける。

 

「保護魔法とかを色々掛けた。これで劣化はしないはずだ。ここには魔物も近寄らないし、数百年は問題無く持つだろ」

『おい、出れるかどうか分からないんだぞ。せめてタイトルだけでも教えろ』

「やなこった。出れなかったらそれまでだ。俺の苦労も水の泡になる。これは、お前がいつか出れた時に読む、俺からの置き土産だよ」

 

そして、これで話は終わりだとでも言うかのようにカズトは俺に背を向ける。

その背中が、ミリムのものと重なった。

一つ違うのは、俺にはその背中が寂しそうに見えたことだ。

 

「じゃ、俺はこれで。これ以上ここに居たら見つかってメンドクサイ事になる」

『もう帰るのか』

「ああ、邪魔したな。あと、俺とお前じゃ、寿命が違いすぎる。俺の残りの寿命じゃ、もう二度と会うことも無いんだろうよ。心残りはそうだな……同郷のお前に、イングラシアの穴場を全部紹介してやれなかったことぐらいか」

 

遠ざかっていく背中は、一度だけ俺の方を振り向いた。

冗談を言い合っている時のような、間抜けなニヤケ面だった。

 

「元気でな、ワルプルギス君」

『お前もな、キリト君』

 

良い奴だ。

 

小さくなる黒髪を眺めながら、俺はそう思った。

 

最期に会話するのが彼で良かったよ。

まるで、人間のように話せた。

 

『愛の死』はまだ鳴り響いている。

そろそろ終盤に差し掛かる頃だ。

別れを、告げる時だ。

 

少し、感傷的すぎるかな。

 

でも、今日ぐらいは良いだろう。

 

この良き人生の終わりには。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

ページは捲られる。

 

あの『夜』から、長い長い時が流れた。

 

いや、訂正しよう。

 

人間などの短命種にとっては、長すぎる年月が流れた。

彼女、もしくは彼にとっては、つい先日の事だろう。

 

およそ、三百年。

 

その日、世界に激震が走った。

『天災』級のモンスターである暴風竜ヴェルドラの消滅が確認されたのだ。

 

三百年前に封印されていたとはいえ、そこは天災級モンスター。

消滅と見せかけて、別の地方で新たな脅威として再誕していないとも限らない。

しかし、消滅の報告より20日が経過するに到って、西方聖教会が暴風竜ヴェルドラの完全消滅を宣言したのである。

 

そして数日後、暴風竜が封印されていた洞窟から一匹の小さなモンスターが恐る恐ると這い出てきた。

 

それは、ありふれたスライムだった。

 

スライムはしばらく周りを見渡していたが、やがて水色に透き通る身体をポヨンポヨンと跳ねさせながら前へと進む。

 

(この世界では昼間でも月が出ているんだなー)

《解。そのような事実はありません。これは異常です》

(マジかよ……)

 

そんな会話を心の中でしながら、スライムは森の中に消えていった。

 

これより、世界は今までにない激動の時代に突入する。

 

中心には、このスライム。

 

名を、リムル=テンペスト。

 

喜劇は幕を下ろした。

 

新たな時代の、幕開けである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

ついにここまで来ましたね!!!
これで一区切り、原作前の時間は過ぎて原作開始の時間がやってきました。
聡明な読者諸君は既に察せられていることと思いますが、私は今まで主人公とリムルがなるべく同じ道を歩くように書いてきました。
同じような道、同じような展開。
しかし、その道は決定的に分かたれました。

この世界のリムル=テンペストはもう、最強のチートキャラではいられない。
全ての上に立つ魔王ではいられない。
リムルは、立ち向かわなければならない。
絶望に。






Twitterアカウント作りました。今後の進捗報告やいろいろな呟きはこっちで→https://x.com/TWELFTH___NIGHT

ところで一区切りついたし、一話ぐらいまどマギ世界の話も書いてみたいなぁ……なんて思ってみたりして……需要あるかい?


まどマギ世界の閑話を書きたい

  • 書いてくれ、必要だろ
  • 本編を進める意志とか無いんか?
  • なんと、ワルプルギスは俺の嫁
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