転生したら「ワルプルギスの夜」だった件   作:十二夜

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剣の境地

 

突如としてやってきたミリムを皆に紹介する。

そうしなければ、なんだか不味いことになるとリムルの第六感が囁いていた。

 

なるべく多くの住民を中央広場に集めたリムルは、遠くからでも見える位置にミリムを立たせて、大声を張り上げて皆に紹介をする。

 

「ええと、今日から新しい仲間が滞在することになった。客人という扱いなのでくれぐれも失礼の無いように。じゃ、本人から一言」

 

さっきからニコニコ二コしているミリムに発言を譲る。

そしてリムルは秒で後悔した。

 

「ミリム・ナーヴァだ。今日からここに住むことになった! よろしくな!」

「オイオイオイ」

 

ミリムの言葉に住民からは歓声が上がる。

魔王の中でもミリムの人気は飛びぬけて高い。

とはいえ、それだけならば本物を前に畏れることには変わりないのだが、魔王ミリムの横にはリムルが立っている。

その事実が住民たちへ最高の安心感を与えていた。

 

だが、当のリムルは冷や汗が止まらない。

 

(何言ってくれちゃってんの、コイツ!?)

 

「おい待て。そりゃどういう意味だ?」

「そのままの意味だぞ? ワタシもここに住むことにしたのだ」

「まてまてまて。お前は今住んでいる所があるんだろ?」

「大丈夫なのだ! たまに帰れば問題無いのだ!」

 

(いや大ありだよ!!)

 

リムルはその言葉を寸前で飲み込む。

 

考えようだ。

考えようによっては、町の戦力が格段に上がる。

それに、住民の感触も悪くない。

特に却下する理由も無い……か……?

 

悩むリムルを他所に、ミリムは歓声を上げる住民に手を振っている。

 

そして再び聞き捨てならない言葉を吐いた。

 

「ワタシとリムルは親友(マブダチ)だからな! 何かあればワタシを頼っても良いのだ!」

「ちょ待てよ」

 

ミリムの肩をリムルが片手でガシッと掴む。

 

「友達はどこ行ったんだ。一体いつから親友(マブダチ)に?」

「え? 違うのか!?」

 

ミリムの目にみるみる涙が溜まっていく。

だが、それ以上に拳に闘気(オーラ)が溜まっていく方が早い!

 

「なーんてねっ! 冗談だよマブダチ! 俺ら、一生仲良しダヨネッ!!!」

 

素早いフォローで危機を回避。

リムル=テンペスト、伊達に国王をやって無いのだ。

 

「だろ? オマエも人を驚かせるのが上手いな!」

 

リムルと固く肩を組み、ミリムが高らかに笑い声を上げる。

それに便乗するようにリムルも笑う。

二人で肩を組みながら仲良く笑う。

 

「「あっはっはっはっは!!」」

 

(……前途は多難)

 

前途は多難である。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

ミリムがテンペストに来て二週間が過ぎた。

 

半ば強制的に「ミリム係」を押し付けられたリムルは、今日も今日とてベニマル、ソウエイ、シオン、の四名と共に訓練所に向かっていた。

 

リムル達は毎日の日課のように、午後の運動にミリムの組手相手をしていたのだ。

冗談のように強いミリム相手では、一対一では話にならない。そこで一対四で毎回戦っていた。

 

出鱈目なパワー。インチキのような身ごなし。底なしのスタミナ。

 

驚くべきは、拳にはリムルがプレゼントと称して送ったドラゴンナックルを付けている状態なのだ。

ドラゴンナックルを装備すると、ミリムの殴る威力が十分の一以下になる。

 

それなのに、それでもなお四人で20分と持たない。

 

だが、この二週間でリムル達は確かに成長していた。

 

その手ごたえを感じながら、今日は何分耐えられるかなぁ、などと話しつつ訓練場に入る。

 

冷たい風が吹いた。

 

訓練所に入ると、審判として先に来ていたハクロウの困惑した表情が四人を出迎える。

 

見ると、いつもはリムル達が入るなり挨拶も早々に殴りかかって来るミリムが今日は大人しい。

 

「……ん? それって……」

 

訓練所の中央に立つミリムが抱きかかえている物に、リムルは見覚えがあった。

 

ここへ来るときにミリムが抱いていたウサギのぬいぐるみ。

それはこの二週間、部屋の隅に置かれたまま持ち出されていなかったはずだ。

 

いや、それだけじゃない。

もっと、もっと他の場所で見覚えがあったような……。

 

何かが引っ掛かる感覚を、リムルは頭を振って追い出す。

 

四人が何事かと目線でミリムに訴えると、ミリムは待ってましたとばかりに楽しそうに言った。

 

「今日は趣向を変えてみるぞ! お前達の動きもなかなか良くなってきた。今ならば()()()()()()()()()()()()()()()。今日の相手はフールにして貰うぞ!!」

 

そう言って、ぬいぐるみを地面にそっと下ろす。

そのままミリムは見学をするかのように訓練場の端に寄りかかった。

 

「えっと、ミリムさん? 戦うったってどうやって……そもそもこれはぬいぐるみ――」

 

 

「それは違います」

 

 

柔らかな声が発せられた。

 

「うわ!?」

 

見ると、ウサギのぬいぐるみはいつの間にかベニマルと同じ身長にまで巨大化していた。

身体つきもぬいぐるみのそれではなく、丸々としたフォルムながらも引き締まっている。

 

なにより、その身のこなしは一目で分かる程に洗練されていた。

 

「初めまして皆様。(わたくし)はフール。『夜』の落とし子にして、ミリム様の刃」

 

そう流暢な口調で述べたフールは、恭しくリムル達に対して一礼する。

 

「今回の皆様の相手は、このフールが務めさせていただきます」

 

目が無いのにも関わらず、フールは明確にリムル達を視認しているようだった。

そもそも、口も無いのに話している時点で珍獣である。

 

だが、とリムルは思う。

いくら強そうに見えるからって、実際に強いとは限らない。

いや、ミリムが連れている時点で強いには違ないが、それでもリムル、ベニマル、ソウエイ、シオンの四名を同時に相手取れるとは思えない。

ぬいぐるみだし。

 

リムルが怪訝な顔でミリムを見ると、ミリムは今までに見たことが無いほど真剣な表情で四人に警告した。

 

「武器を使え。殺す気でやるのだ。死ぬぞ?」

 

その言葉に応じるかのように、フールが右手に何かを掴む。

 

錆びて使い物にならなくなった、なまくら包丁。

 

ついさっき調理場のゴミ箱から掠め取ってきたのだろうか、その包丁はテンペストの料理人が好んで使うカイジンの作であった。

 

フールはまるで片手間のような気軽さで料理包丁を握る。

 

その、瞬間だった。

 

「「「「ッッ!?」」」」

 

肌が粟立つ。呼吸が乱れる。

 

死ぬ。

 

リムル達四人は確かにそう感じ、ほとんど反射的に戦闘態勢へ入った。

 

緩んでいた気が瞬時に引き締まる。

 

それぞれの武器がフールに向けられ、しかしその切っ先は絶えず震えている。

 

(指が、心が冷たく拒絶しているッ……構えるなと、刃を向けるなと本能が拒絶しているのが分かる……!)

 

死ぬ。

 

先程まで話していた珍妙なぬいぐるみが、今は魔王よりも恐ろしい怪物に見える。

 

「結構、実に結構です。どうやら皆様、最低限の場には立っているようだ」

 

そんな中に在って、フールは尚も自然体。

 

それどころか、微かに笑っていた。

 

表情が無いため目には見えないが、確かに笑っている。

 

「では、始めましょう」

 

柔らかい声が、鋭さを持つ。

 

フールが不敵な笑みを保つままに踏み出した。

 

迫る人型の持つ巨大な空気感に圧され、リムル達は思わず一歩後ろへ下がる。

 

まるで全身を覆う肌の薄皮が、刃物で削られるかのような痛みを伴う圧力があるのだ。

 

「っ――ハァアアアッッ!」

 

二歩目の後退を踏み止まったシオンが反射的に一太刀を打つ。

身に染み付いた型は緊急時、無意識下でさえも寸分の狂いもなく繰り出される。

 

「成る程。重い剣だ」

「っ……そんな、まさかッ」

「しかし、重いだけですね。未熟です」

 

何をされたのか、魔力で受けたように見えるも、鳴ったのは剣戟音。

あとは黒い火花が散ったように垣間見えた気がした、という程度だ。

 

包丁はだらりと下げられたまま、僅かにも動かされていない。

 

シオンの大太刀は、何も無い空中で受け止められていた。

 

「何を呆けているのですか? 動きなさい。芝居をしているのではありませんよ」

 

その言葉を聞いて、リムル達が同時に動く。

 

脳がようやく、目の前のふざけた存在を脅威だと認めた。

 

三度、剣戟音。

 

太刀筋は全て空中にて受け止められ、跳ね返される。

 

だが、魔力を感じない。

 

これは、魔法じゃない。

 

(大賢者!)

《告。原理不明。解析不能》

(マジかよ!!)

 

スキルを使っている様子も無く、ただ純粋なる剣技。

 

四方から六度の剣戟を受けた後、フールの持つ包丁が初めて動きを見せる。

 

しかし、それは振るわれるためではない。

 

「ッ! 馬鹿な……!」

 

その光景を見たハクロウも思わず叫んだ。

 

フールは視線も散らさず棒立ちのまま、前後左右に包丁を(かざ)して、凄まじい剣幕で殺到するリムル達の剣をただ受けている。

 

幼児を相手にするように、そっと配置した刃に剣を当てさせていると言う方が的確だろうか。

 

いや、それはもはや単なる防御に留まるものでは無かった。

 

「舐めた真似をッ――!」

 

焦ったベニマルが勇み足を踏む。

 

三人との連携を外れ、フールの脳天へ一気呵成に踏み込む。

 

これが訓練であることなど、とうに頭から消え失せていた。

 

殺さなければ、死ぬ。

 

フールの放つ威圧は、既に物理的な力を伴い始めていた。

 

ベニマルの刀が袈裟懸けに振るわれる。

 

だが。

 

「まだ、振るうには届きませんね」

 

ベニマルの振り下ろした剣が、フールの包丁に接触するなり明後日の方角へ飛ばされ、迫るシオンの肩口を斬ってしまう。

 

迫る剣を受けているだけの筈が、シオンから悲痛に叫ぶ声が上がる。

 

「シオンッ!」

 

リムルは思わず足を止め、シオンの方へ目を向ける。

 

向けてしまう。

 

「隙です」

 

なまくらの錆び鉄が匂う。

 

近づかれた事へ即座に反応したリムルは咄嗟に間合いを確保し、刀を振るう。

 

返す刀でフールの眉間を狙った刺突は、一瞬その姿が消失したかと錯覚するような高速の屈伸で回避され、視線を下に向ければいつの間に体勢を変えたのか伸び上がるような逆立ちによる蹴りがリムルの顎を狙う。

 

「っの……!」

 

体勢を崩したリムルと入れ替わるかのようにソウエイが地面を縫って駆ける。

 

そのまま背後に回り込んだソウエイの致命の一撃がフールの首筋を狙う。

 

「……!」

 

だが、完璧に不意を突いたように見えたその一撃さえも、振り返りもせずに包丁の刃を当てられ、ソウエイの手元から短刀が弾き飛ばされる。

 

その先には、明後日の方向へ飛ばされた刀を拾ったばかりのベニマルの姿が。

 

「ベニマルッ! 避けろ!」

「く、そ……ッ!!」

 

脇腹にソウエイの短刀が深々と刺さって、ベニマルは思わず膝をつく。

 

その隙にソウエイを蹴り飛ばしたフールは、大太刀を構えるシオンへ目を向ける。

 

「剣を握ったなら、死を覚悟なさい。剣を握ったならば、相手を斬りなさい。剣とは、殺す為にあるのです」

 

刃に妖気を纏わせたシオンの太刀は薄紫に発光していた。

 

「ハアアアアアアア!!」

 

剣を振るう度に紫の閃光が走り抜け、斬撃がフールを襲う。

 

しかし、それら全てを刃も振らずに空中で叩き斬ったフールは、踏み込みからの大上段を身体を僅かに傾けさせて回避する。

 

交差の瞬間、シオンの足元を払って姿勢を崩させることも忘れずに。

 

僅かに、剣先の一つさえ掠らない。

 

無双。

 

その単語が四人の脳内を掠めた。

 

猛攻をかけること実に十分。

 

リムル達の傷は一方的に増え続け、未だフールの身には小さな切り傷すら無く。

 

「――刀とは、ただの刃ではありません。己が神経の一部です」

 

斬りかかる四人をあやすように捌きながら、潮時と見たフールは静かに言葉を紡ぐ。

 

「貴方がたは気が早い。『刃の深み』も知らずして戦術や魔力、技に工夫……独創の道を行こうなど笑止千万」

 

修羅が、手を伸ばす。

 

包丁が動く。

 

今日初めて、フールの持つ刃が振るわれる。

 

「刃の可能性を引き出す前から魔力を用いて楽をする。魔剣へ逃げ、道具に頼り、剣も半端に強者を気取る。なればこそ、誰もが『刃』を知らずして死ぬのです」

 

リムル達が気付いた時には既に動き出していたフールの右手が霞む。

 

魔力は無く、スキルも無く、ひたすらに純粋な『刃』の極限が振るわれる。

 

錆びた包丁から、澄むような音色が響き渡った。

 

「私はフール。ミリム様の刃」

 

《告。防御不能! 回避不能! 危険――!》

 

感情を持たないはずの大賢者の、切羽詰まったような声がリムルの脳内に響く。

 

誰も反応すら叶わないまま、フールは包丁を()()()()()()()

 

刀からすれば小指程度の刃物を、()()()()()

 

 

そして、黒い火花が咲く。

 

 

刃に蠢き棲まう黒い黒い斬撃が、鳥のように羽ばたき飛び立つ。

 

真一文字に、リムル達四人に向けて飛び立ったのだ。

 

『斬る』ということ。

 

四人はただ、その斬撃を見つめ。

 

「――――ッッッッ!!」

 

ハクロウが、間に割り入った。

 

見惚れるような居合の構え、身体を内へ内へ捩り切る。

 

放つは「朧流」奥義。

 

張り詰めた糸が震えるように、鯉口が切られた。

 

(おぼろ)地天轟雷(ちてんごうらい)

 

対人の必殺が、ただの斬撃に向けて放たれる。

 

鞘から抜かれた刀が天を衝く勢いで切り上げられ、黒い斬撃と鍔競り合う。

 

言うまでも無く、不足。

 

止める事すら遥かに遠く、相殺するなど夢の彼方。

 

ハクロウの身体が震える。

 

恐れではなく、武者震い。

 

自分が小さく惨めに思える。

何百年も前に通過した地点へ逆行した気分。

 

血が沸く、戦意が躍る。

 

眼前の修羅は、剣の境地に居る。

 

「キィエエエエエエエエィッ!!!」

 

続く上段から二の太刀、縦一閃。

 

外聞も余裕もかなぐり捨て、己の全霊を込めて「剣鬼」の名に懸けて振り下ろす。

 

火花が散る。

 

剣戟が裂く。

 

「……見事。見事です。よくぞ、そこまで磨き上げました」

 

黒い斬撃が、受け止められて切り裂かれる。

 

ハクロウを正面から見つめるフールは、惜しみの無い称賛を送った。

 

「しかし惜しい。惜しいです。ここまで至ってなお、もう一歩足りない」

「どうやら、そのようですな……」

 

ハクロウは斬った。

 

だが、フールが使ったのは刀ですらない錆びた料理包丁。

それも、軽く傾けたのみ。

 

対してハクロウは奥義を打たなければならなかった。

 

更にそれでも相殺しきれず、ハクロウの頬に一筋の赤線が浮き出す。

 

「フール殿……どうか儂を、弟子にしてくれませぬか? そこな三名とリムル様を含め、儂も共に学ばせて頂きたい」

 

その時のハクロウの顔を見たベニマルは、自らの目を疑った。

 

ハクロウの放つ雰囲気が、若き時にそっくりだったからだ。

力を持て余し、戦意に溢れ、剣を極めようとしていた時のハクロウに。

 

その気概をフールも感じ取ったのか、小さく微笑むと首を縦に振る。

 

「ええ、構いませんとも。さて、ベニマル、ソウエイ、シオン。貴方がたは力に任せすぎです。力を忘れなさい。力ではなく、『刃』で斬りなさい」

 

そう言うと、フールの顔がリムルを向く。

 

「リムル様」

「はい!……あ」

 

リムルが思わずはいと返事してしまう。

 

まるで生徒か弟子のような仕草に、フールが苦笑いを零す。

 

「返事はよろしい。ですが貴方は……()()に頼っていますね? まずは、それを捨てて下さい。()()は貴方の力ですが、しかしそれは剣を鈍らせます」

「っ!」

 

リムルが驚きに目を見開く。

 

あの短時間で、フールは見抜いたのだ。

リムルの中にいる、大賢者に。

 

「いえ、難しく考える必要は無いんですよ?」

 

フールは料理包丁を手に歩み、訓練場の壁に立て掛けられていた訓練用の模擬剣の前で立ち止まる。

 

そして軽く、柄へ斜めに刃を()()()

 

「――えっ」

 

その声は、誰が発したものだったか。

 

何名かの声が重なり、緩やかで滑らかに柄を通る包丁を見る。

 

力みもなく、速さもなく、魔力すらなく模擬剣は震え知らずに切り裂かれた。

 

「刃をなんだと思っているのです? 斬る為に造られたものです。斬れと定められて生まれ、斬るべしと在る刃が、こんな鉄屑を斬れない訳が無いのです」

 

いくら模擬剣と言えど、その素材は鋼。

それを同じ鋼の剣で叩き斬ること自体が、至難の業。

 

あまつさえ、それを為したのはなまくら包丁。

一切の揺れも、震えも、抵抗も無く。

フールが握れば、なまくらでさえ名刀を超える切れ味を見せる。

 

「削いで、削いで、削いで。無駄を削ぎ、雑念を削ぐ。余念を残さず、剣のみ残して削ぎ落とす。その純を重ねた先に……『刃』は顔を出します」

 

刃の理解者は大凡すら察せない高みから、リムル達へと「道」を諭す。

 

フールは包丁を放ると、ミリムに向き直った。

 

「そして『刃』の先、『斬』の先に……()()があるのです」

 

言葉にせずともフールの意図を汲んだミリムが、全力の魔力弾を放った。

 

魔力を押し固めて射出するだけの単純な攻撃だが、それをミリムが行えば壊滅的な力を持つ。

 

禍々しい魔力が力を為して迫って来る。

 

訓練場ごと残骸すら残さずに消し飛ばす猛威を前にして、フールは静かに鯉口を切った。

 

「―――――」

 

閃。

 

一筋の光が縦に駆ける。

 

左右に分かたれた魔力弾はしかし、更なる分解を強制される。

 

不可視の軌跡が上から下へと左右に振ること四閃、生まれた斬撃は四つに留まることなく、魔力弾を無数に切り刻み霧散させる。

 

ミリム・ナーヴァの魔力が細切れになって霧散する。

 

ここに至ってなお、フールはまだ技を使っていなかった。

 

スキルも無く、魔力も使わず、ただ純なる剣の高み。

 

ハクロウでさえも、理解できたのはせいぜいフールが()()()()()を抜いたという、その事実のみ。

 

得物は見えず、残像も見えず、ただ刃の通った軌跡が光となって視認されるのみ。

 

天下無双が、ウサギの形となって立っている。

 

「まぁ、私も途上に居るのですがね。明日からは私が皆様の相手を致します。ミリム様、許可を」

「うむ! ワタシは元よりそのつもりだったぞ!」

 

満足そうに笑ってそう告げたミリムの言葉を以て、今日の訓練はお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

 

 

フール。

 

ワルプルギスによって生み出された道化役者は、ミリム・ナーヴァによって名を得た。

 

その瞬間より、フールにとってミリムとは主君であり君主であり仕えるべき王であった。

 

踏み潰されるしか能のなかったピエロは、ミリムの名付けによってアルルカンへと成った。

ミリムの従者たるトリックスターへと。

 

知性が芽生えたその瞬間、フールはミリムに全てを捧げると誓った。

 

ミリムは言った。強くなれ。

故にフールは強くなった。

 

しかし問題があった。

フールは魔素で構成された、いわば魔力生命体。

魔素を消費することは自殺に等しかった。

そこでフールは剣に道を求めた。

 

フールは、『夜』の落とし子である。

 

ミッドレイが千年かけて積み上げた武を、フールは六年で追い付き、そして追い越した。

 

すぐに、フールの組手の相手ができるのはミリム以外には居なくなった。

 

ミリムは言った。武器を与える。

故に、フールに武器が与えられた。

 

竜王(ドラゴンロード)の最も硬い鱗で神輝金鋼(オリハルコン)を鍛え、その顎骨で刃を研いだ。

竜の都の鍛冶職人が総動員され、最高の刀鍛冶によってその武器は打たれた。

 

忘れられた竜の都が造る、最後にして最高の大業物。

 

フールの手に、名刀が渡された。

 

そこからはまさに修羅だった。

 

魔法も、何も使えない。

 

ただ、刀のみが武器だった。

 

フールは時間の許す限り、ひたすらに刀を振った。

 

「ミリムの刃」。

 

フールは自らをそう定めた。

 

ミリムは言った。竜王(ドラゴンロード)を斬れと。

故にフールは斬った。

 

ミリムは言った。天地を割れと。

故にフールは天を裂き、地を砕いた。

 

ミリムは言った。

「原初の赤」に勝てと。

故にフールは挑み、そして敗れた。

 

為す術も無かった。

 

魔法を使わない剣のみの勝負で、フールは負けた。

 

ミリムは言った。気にするな。

しかし、フールはそれを許さなかった。

 

百年。

 

刀を振り、考え、刀を振り、考え、刀を振り、考え、刀を振り、刀を振り、刀を振り、狂ったようにただただひたすらに刀を振った。

 

刀。

刃。

『斬る』ということ。

 

そしてフールは、剣の果てを見た。

 

百年後、ギィに再戦が申し込まれた。

ミリムが見守る中、フールは刃を振るった。

 

為す術も無かった。

 

ギィは、敗北した。

 

能力を使い、闘気を纏い、「世界(ワルド)」さえも抜き、魔法以外の全てを駆使した。

 

それでも尚、ギィの剣は敗れた。

 

ここに、最も新しい神話が誕生した。

 

修羅。

大剣豪。

天下無双。

 

その全てがフールを言い表していた。

 

だが、ギィの喉元に刃を突きつけたその時から、フールの歩みは止まった。

 

フールは、剣の果てに「滅び」を見た。

冥き滅びを。

それは、生命が手を出すには余りにも危険だった。

 

故に、フールは最後の一歩を踏み出せずにいる。

 

剣の果てへと、至れずにいる。

 

「それで、実際に戦ってみてどうだったのだ?」

 

夜。

 

小さくなったフールはミリムの膝の上で大人しく撫でられていた。

今はもう、ただのぬいぐるみにしか見えない。

 

「全員、恐ろしいほどに伸び代があります。才能と言っても差し支えないでしょう」

 

ミリムの抱くフールの正体を知るのは、ギィとラミリスのみ。

そして今日、そこにテンペストが加わった。

 

他の魔王はぬいぐるみの正体など知る由もない。

 

ましてや、それがミリムの切り札だなんて。

 

「その中でも特筆すべきはリムル様です。リムル様は戦闘の最中で、本人も気付かない内に進化していました。一合目では防げなかった刃が、二合目では防げるようになる。遅かった動きが、いつの間にか速くなっている。そして、一度見た動きを分析してものにしている。今は何かを迷っているようですが……何故撫でる手を止めるのですか、ミリム様………あー、そこ、そう……コホン。その迷いが無くなれば、リムル様は化けますよ」

 

フールは撫でられながら、ミリムの膝の上で気持ち良さそうに身じろぎをする。

 

「しかし、やはりハクロウ殿です。かの剣は停滞している。それはある意味、到達したからです。しかし、まだまだ先があることを教えれば、その剣は再び前へ進み始めます。あそこまで叶ったならば、足踏みをさせるには余りにも勿体ない……何故撫でる手を止めるのですか、ミリム様………あそこまで磨きをかけたハクロウ殿の腕は素晴らしい、じきに『斬る』でしょう。もしかすると、その先へも至るかもしれません。彼の心には、刃がある」

 

そこまで言うと、フールは本格的に「撫でられ」の体勢へと入った。

 

修羅。

大剣豪。

天下無双。

 

遥か高みに座す「ミリムの刃」。

 

「あ。そういえば、ギィが再戦(リベンジ)したいとかまた言ってきたぞ」

「……ミリム様、そういう話は次からもっと早く教えて下さい。あの人そろそろ痺れを切らして殴り込みに来ますよ。あーそこです。そこそこ。もうちょっと右に……もうちょっと……あー良い。良いッ! キタキタキタキタそこそこそこそこそこそこそこそこホアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

しかしミリムに撫でられている時だけは、とてもそうは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。

魔法が超強いこの世界で、剣を超強くしたかった。
そして私は最強のジジイが大好きだ。
はい、ということでハクロウの超強化が入ります。
意地でも最強格にしてやるぞハクロウ、お前が最強じゃないとか嘘だよ。

追記:ついでにギィの強化も入れることにします。
だってそっちの方が面白いじゃない。
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