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あの日からフールは正体を隠さなくなり、ミリムの従者として振る舞った。
結果としてフールがテンペストの人気者になるのに、そう時間はかからなかった。
理由は単純である。
まず、可愛い。次に可愛い、最後に可愛いからである。
小さい姿のままで道をトコトコ歩けば当然の話に決まっていた。
「きゃーーー! フールちゃんこっちに来てーーー!」
「ふーる! 抱っこ!」
「おう、フール! ちょっと娘をあやしてくれや!」
「フールちゃ~~ん! おいで~~~~?」
あっちにこっちに引っ張りだこ。
さらに近頃は、クロベエやカイジンからも声が掛かるようになった。
「フールの旦那! 新しい鍛え方を試してみたんだ、試し切りしてくれねぇか?」
もっとも、フールはどんな刃物を握ろうと関係なく全てを斬り裂くので、フールによる試し切りはパフォーマンスのためという目的が強かった。
改めて試し切りをするとは言え、その前に自分の打った武器が木やら鉄やらをスパスパ斬っていくのを見て嬉しがらない鍛冶職人はいない。
初めは戸惑っていたフールも、三日も経てばすっかり慣れ、七日も経った今になると最低なことまで言い始めた。
「フールフルフルフル!! やっぱり(自主規制)はボインボインの方が良いフルねぇ!! (自主規制)がいっぱいで(自主規制)!!」
「えぇ……」
流石のリムルも、これにはドン引きである。
「フールフルフルフル! 膝枕のテイスティングはこのフールに任せるフルよ!!」
「お前、そんなキャラだっけ」
しかし、フールが醜態を晒せば晒すほど、それに比例するように訓練は厳しくなっていった。
「遅い」
死角を突いて振り下ろされたシオンの一撃を、フールは見向きもせずに空中で受け流す。
「まだ力任せに振っていますね? 相手の動きを読み、自分の動きを作り、そこに生まれる一瞬の隙に差し込むようにして刃を置くのです。そこに力は必要ありません」
フールはリムル達に魔力、闘気、スキルの使用を一切禁じた。
それは、己の肉体と技量のみでフールと渡り合えということ。
(身体が重い、剣が重い……! 動きが思考に付いて来れない……!)
《告。右斜め後ろより接敵》
「……! なんでっ」
「言ったはずですよ、リムル様。頼るのはお止めなさい」
無意識のうちに大賢者を発動し、導かれるままに右後ろを振り向いたリムルの
あれから、フールは一度も刃物を握らなかった。
無手。
各々の得物を振り回すリムル達に対して、フールは何も持たずに立ちはだかる。
だが、その手には確かに刃が握られていた。
何も持っていないにも関わらず、フールと打ち合えば黒い火花が散り、鍔競り合えばこちらの武器の刃が
フールが腕を振るうたびにリムル達の身体は鋭く切り裂かれ、傷が刻まれる。
何も無い空中で剣が止められる。
明らかに、見えない『刃』を握っている。
それなのに、魔法では無い。
魔力は使っていない。
スキルですら無い。
これさえも、純粋な武。剣の高み。
「理不尽にも程があるだろーが!!」
「そうですか? 貴方たちは本物の刃をその手に握っているのに?」
「チィッ!」
訓練が始まって以来、何度目か分からないほど吐いた愚痴を繰り返したベニマルは、背後上空より振り下ろされるフールの腕に合わせて刀を下段から切り上げる。
寸分の狂いも無く合わさった二つの刃はしかし、ベニマルの方へのみ衝撃を伝えた。
フールの腕が押し込まれ、刃が合わさった衝撃を相殺できなかったベニマルの両腕から刀が弾き飛ばされる。
「狙いは良いですが、技量が足りません。迎撃とは、こうするのです」
フールが気配を捉える。
真下、リムルが動く。
地面スレスレを這うように低く身体全体を構えた居合から、全ての筋肉を使って刀が引き抜かれる。
この至近距離。既に間合い。
その中では、居合は必殺の一撃となる。
「ハァッ!」
気合と共に渾身の抜刀。
刃は吸い込まれるようにしてフールの首に飛翔し、その間を阻む物は何も無い。
今度こそ、初の勝利を確信したリムルが笑みを浮かべる。
否。しかして否である。
相手はフール、天下において無双。
フールは、落ちてくるベニマルの刀を掬い取っていた。
そのまま落下の勢いを殺さず、しかと左手に掴んだ刀の視線の先、迫り来る必中の抜刀、その刃の一筋を避けるようにしてベニマルの刀でリムルの刀の横っ腹を打ち据える。
渾身の腕力で繰り出された居合を真下に押し下げ、振るう刃の先端に至るまで力を抜くことなく振りきる。
「これが、迎撃です」
「現実でパリィするのかよ……」
リムルが呆然と呟く。
斜め上に薙いだはずの刀は、地面に深々と突き刺さっていた。
否応なく生まれる一瞬の硬直を見逃さず、リムルは脇腹にフールの横蹴りを貰って吹き飛ばされる。
いつしか20分を3セットだった訓練が、60分を3セットにまで伸びていた。
全員が倒れたら終了だったミリムとは違い、倒れようが戦闘不能になろうがフールはキッチリ60分の訓練を強要する。
そして現在、地面では四人が仲良く伏せっていた。
もう身体はピクリとも動かない。
「何をしているのです。立ってください。あと9分も残っていますよ」
リムルは震えながら回復薬を皆に渡すと、息も絶え絶えに立ち上がる。
シオンに至っては一番手酷くやられたせいか、「剛力丸」を支えに辛うじて立っていられるという状況だった。
そんな状態で、修羅に挑まなければならない。
ここまで来たらもう全員ヤケクソである。
リムルやベニマルのテンションはとっくに明後日の方向へぶっ飛び、ソウエイでさえも先程から絶えず怪しげな笑い声を漏らしている。
「ふ、フフフ、フフフフフフ……」
「おいベニマル! ソウエイが壊れたぞ!」
「ソイツはもうだめだ、リムル様! 俺達で仇を取ろうぜ!」
「うおおおおお! 天!」
「うおおおおお! 誅!」
「勢いだけは実によろしい」
リムルによる下段から真上への一閃、ベニマルによる大上段から真下へと叩きつける一閃。
互いの一瞥で交わされた「どちらがやられても恨みっこなし」の無言協定による、二人がかりの二択がフールへと提示される。
だがしかし、相手はフールである。
リムルの切り上げを身体ごと逸らすことで紙一重で回避し、その流れのまま後ろへ一回転、蹴り上げた脚でベニマルの大上段を横へとずらす。
そして生まれる必然の隙。
「おいおい、フール師匠相手に
「そいつは違うぜ? 師匠相手に左腕を捨てたリムル様の方がなんならもっと不味い」
「両方ともイってみますか?」
「「遠慮します」」
着地した瞬間にフールの両腕が霞み、神速の突きが二人を襲う。
回避は不可能、受け流すには体勢が不安定。
素早く結論に辿り着いた二人が僅かに身動ぐ。
リムルは左腕を、ベニマルは右腿を刺突の導線上に置き、敢えて突かせることでそれ以外の重要な部位への被害を抑える。
腕と脚に穴を開けられた二人はしかし笑う。
次の瞬間、何かを察知したのかフールはその場で跳躍すると身体を捻って背後へと腕を振る。
短刀が二振り、弾き飛ばされた。
「ダ、ニィッッッ!?」
「おいベニマル! ソウエイがやっべぇぞ!」
「でかしたぞソウエイ! 肉壁ありがとうよ!」
「人の心とか無いんですか?」
ある訳が無い。
一太刀、たったの一太刀でもフールに浴びせることが出来たら全員の勝利なのだ。
人の心とか持ってる場合じゃない。
予備の短刀を取り出す暇も無く、流れるような殴打の連続を食らったソウエイが冗談のような叫び声を上げて沈んでいく。
これを隙と見たベニマルが脚に鞭打ちフールへと飛び込む。
「ここッッ!」
覚悟を決めろと言わんばかりの突撃猛攻、さてはヤケクソにヤケクソを重ねたかとフールが刺突の構えを見せるも、戦況は予想外の方向へと転がり出る。
「私のことを忘れて貰っては困りますね!」
今まで様子見を決め込んでいたシオンが、大太刀の峰をベニマルの背に押し当て、スイングの要領で全力で押し込む。
ベニマルはそれに抗う事なく前に倒れ込み、間一髪で不可視の刺突を回避する。
そして水平となった身体で地面を蹴り、更に加速。
「サンキュー、シオン! 愛してるぜ!」
「私の愛はリムル様の物ですが、それはそうとやっちゃってください! ベニマル!!」
「え俺シオンの愛とか貰った覚えないんだけど」
後ろに回り込んだリムルがベニマルと同時に刀を構える。
前にはベニマル、後ろのリムル。
攻撃のタイミングは同じ、今度こそフールに二択が突きつけられる。
そしてどちらを選ぼうと、その先にあるのは「敗北」の二文字。
「お二人とも、見事です」
フールは微笑み。
黒い火花が散り。
そして―――刀は弾かれた。
「「ハァッ!?」」
二人は思わず素っ頓狂な声を上げる。
今までフールは、原理不明の見えざる刃を握っていた。
それ故、不可視ではあるのだが、そこに想像力を足すことで辛うじて握る刃の間合いや形状を脳内で補完することが出来ていた。
だが、今のは話が違う。
「ちょ!? 遂に魔法を使いやがりましたね師匠!?」
「うっわ汚ぇ! このウサギさん汚いわぁ!!」
「使っていませんよ」
「「ぶっへぇ!?」」
モロに顔面に拳を食らった二人が錐揉み回転しながら吹き飛んでいく。
そして、今日の訓練は終了した。
リムル達の訓練は終了したが、それで終わりではない。
ハクロウがまだ残っている。
「……………」
「………」
60分を3セット。
それが終われば、フールは夕食までの残りの時間を全て、ハクロウへの指導へと費やす。
「………………」
正座し、目を閉じて瞑想するハクロウ。
その精神統一を待つ間、フールもまた対面へ正座して向き合う。
「……今日も、宜しくご指導の程、お願い申し上げる。師よ」
目を開いたハクロウは両手を付き、フールへ頭を下げる。
その一礼が、開始の合図だった。
「………キェッッ!」
振りの狙いは正確、神速の抜刀がフールへ伸びる。
しかし、その一撃は『斬れ』ない。
「―――次」
一切の難なくその一撃を不可視の『刃』にて叩き斬ったフールが冷静に告げる。
「―――次です」
二撃目も同様に通らない。
一対一。
ハクロウただ一人の為に、フールが『刃』を振るう。
ここからの工程において、常人には眼に見える変化は無い。
刃に浸り、剣が染み切った者にこそ、初めて差異は感じられる。
「次」
「次」
「次です」
「次」
「次」
「次」
『斬る』ということ。
言葉での説明は不可能に近い。
思考で理解するのではなく、心で掴む『斬る』という感覚。
言語化できない極々微小の知覚世界。
『刃』は、自らで掴むしかない。
故にフールは、ただその時を待つ。
目の前にて進むべき「道」をハクロウへ示し、『刃』を見せ、ただ一つの瞬間を待つ。
「次!」
「次!!」
「次!!!」
「次です!!!」
夕食まではおよそ二時間。
その間、ハクロウはひたすらにフールに向かって刀を振るい続ける。
一度たりとも、一刻たりとも休みは無く、時間の限り斬り続ける。
更に速く、更に鋭く、この一太刀を超える切れ味を、次の一太刀に持たせるのみ。
刀が冴える。意識が冴える。刃が、冴えていく。
「斬りなさい! 斬るのです! その手に握るものは何ですか!? 刃とは何ですか!? 斬れ!!」
「ッァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
肌から蒸気が立ち昇る。
筋肉は膨張し、身体は赤みを帯びる。
瞳には鋭さが宿っていく。
幾万の斬撃が放たれ、その悉くが叩き落される。
あと一歩、されど一歩。
訓練は、始まる時と同じように終わる。
正座にて向き合う二人。
「……ハァ……ハァッ………!」
「ハクロウ」
「ッ……はっ、師よ」
「明日こそは、斬ってください」
「無論、そのつもりですじゃ」
その時、夕食へ二人を呼ぶために訓練場へ踏み入ったシュナは、驚きで咄嗟に身を引いた。
空間を、刃物が埋め尽くしてる。
そう錯覚させるほどに、その場の空気には膚を刺すような鋭さがあった。
「剣鬼」ハクロウ。
その若かりし頃、剣の極みを求めた頃。
ひとたび戦場に出れば、悲鳴も命乞いにも耳を貸さず、あるがままの生存競争を行うのみ。
血を浴び、また血を浴び、求めるように血を浴び、斬れば花咲く血の花を求めて敵へ敵へと向かっていく。
血を求めて戦場を渡り歩くハクロウは、剣こそが彼の身体を乗っ取った姿なのだと噂された。
鬼の姿を為した剣。
故に付けられた二つ名は、「剣鬼」。
「………………」
今、また刀が乗り移っている。
鋭利な目付きに潜む瞳は戦意を表し、膝上に置いた空の握り手には殺気が掴まれている。
その顔は、遥か長き剣の道を見据えていた。
「剣鬼」ハクロウ。
今こそが、最盛期。
その剣は、じきに大輪と花開く。
ハクロウの手元に、極小の白い火花が散った。
お読みいただきありがとうございます。
次回、フールの本気の片鱗をお見せできればと思います。
直感で選べ! どれがカッコイイ?
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夜裂(よざき)
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冥斬(めいざん)
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闇切(くらきり)