つい先程までは栄華を誇っていた街に、たった一つの旋律が反響する。
ワルプルギスはこの上なく上機嫌だった。
「~~♪」
一瞬にして8000万もの魂を得たことで、これからの計画が大幅に短縮された。
もっとも、こんなにも大胆で目立つ方法は多用出来ないが、予期せぬ順調な滑り出しである事は確かだ。
(テンション上がってやり過ぎたな。反省反省)
ワルプルギスの計画にとってこの行為はあまり褒められたものでは無いが、一回だけならば修正も効く。
「~~♪ ~~♪~♪」
軽快なリズムを刻みながら、宙を滑るようにワルプルギスは移動する。
一瞬にして死の都となったシュリスの街並み、その至る所を埋め尽くす死体の上を、まるで踊るような気軽さをもってワルプルギスはヨルの指示通りに進む。
どうやらヨルは、気分などで適当にこの都市を選んだのではなかったらしい。
《そこの路地裏を右ですワ。もうすぐ着きますワヨ》
(なぁ、そろそろどこに向かっているのか教えてくれても良いんじゃないか?)
《イイエ。先に教えたら面白味が無くなるじゃなイ》
路地裏から狭い路地に入る。様子のおかしな死体をいくつか通り過ぎて、ワルプルギスは更に入り組んだ奥へと入って行く。
そのまま数分間路地裏を進んだ頃。
突如、狭かった視界が開けた。
路地の先には、スラムが広がっていた。
整備されているものは一つも無く、半分崩れかけの建築物はどれも奇跡的なバランスの上に成り立っている。
スラム全体が薄暗く、黒ずんだ地面にはあらゆる汚物が放置されて、絶えず悪臭を放っている。
地面に転がる死体は全てやせ細っており、汚い粗末な服装をしていた。
ここは、シュリスの闇。
豪華絢爛な大都市に必ず存在する、その裏の部分だった。
目の前の光景にしばし困惑するワルプルギスとは違い、ヨルは予め分かっていたかのように興奮で少し上ずった声を出す。
《あの大きな建物ですワ! 入って下さいナ、地下室があるはずヨ》
(……なぁ、なんでそんなことを知っているのか訊ねても?)
《ナイショですワ。アラ、あんなところに金貨が……》
(それで誤魔化せると思ったのかお前)
とは言え、せっかくここまで来たのだ。
仕方なくヨルの言う通りに、崩れかけの低い建物に囲まれた比較的大きな目立つ建物の中へ入る。
途端に、別世界にでも来たのかと錯覚する程の輝きがワルプルギスを照らした。
見渡す限りの金、金、金。一目で高価と分かる豪華な調度品に、悪趣味とさえ呼べるほどに煌びやかな装飾を付けた死体。
高い天井からは巨大なシャンデリアが吊られており、床には柔らかい緑の絨毯が敷き詰められている。
金箔を張られた壁は、一面黄金に輝いていた。
外のスラムの景色とは、余りにも歪で不釣り合いな内装。
どんなに鈍い人物でも、察せないはずは無い。
ここは、裏勢力のアジト。
もちろん、ワルプルギスはこんな場所にも組織にも覚えは無かった。
(……どういうことだ。ここまで来ておいて誤魔化せると思っているのかお前。とっとと吐け)
《嫌ヨ》
(お前が楽しみにしているキメラアント編の結末、ネタバレしても――)
《ワアアアアアアッ! モウ、仕方ありませんワネ……実は結界から出る時に『
(……そんなことをしていたのか。というか、そんなことまで出来たのか。なんで私に教えなかったんだ?)
《アナタにバレたく無かったので》
(……なんで私は気付けなかったんだ?)
《コッソリやったので》
(…………)
《…………》
沈黙が痛い。
建物を一通り回ったワルプルギスは、ヨルの言う通りに一階のフロアの隅を順番に叩く。
すると、何の変哲も無いように思えた床が、一部変形して地下へと続く階段が現れた。
幸い、ギリギリ通れる大きさだったのでワルプルギスはそのまま階段を下りていく。
そこは、大きな地下通路だった。
下水道にカモフラージュされているが、明らかに汚水の通った跡は無く、人が通る前提で作られている。
ここの持ち主はよほどこの場所を隠したがっていたのだろう、一切の光源が無い地下通路をワルプルギスは進む。
内部には幾つもの小さな通路が蟻の巣のように絡み合って複雑な迷宮の様相を呈していたが、全てヨルの指示に従った結果、今まで一度も突き当たりで止まらずに正しい道を選び続けている。
聞きたいことは山ほどあったが、それらを努めて無視しながらワルプルギスはただ黙って前に進む。
(………)
《…………》
沈黙が更に痛い。
先に音を上げたのはヨルの方だった。
《だ、だって! 何か役に立たなければ、ワタクシの存在意義が無いじゃないノ! アナタとワタクシはもう一つでは無いんですのヨ!?》
(……それはまたどういう理屈だよ)
今にも泣き出しそうなヨルの声に、ワルプルギスが疑問を返す。
《身体の主導権は依然としてアナタが握っているのヨ? ワタクシにしか出来ない事を見つけないと、その内アナタが「もう全部一人で良くね?」ってなるに決まっているでしょう?》
(まぁ、確かにお前はスキルに意識を移しただけの人格に過ぎないけれども。だから役に立ちたいと焦っているのか?)
《エエ……》
(でもさ、今までお前が役に立ったことなんてあったっけ)
《………………………ふぇ》
(うわあ待て待て待て泣くな! 分かった私が悪かった! 今のは私が悪かったから泣くな! ほら、お前は居るだけで良いというか! 存在が役に立っているというか! 心強いと言うか! な!?)
《………………ふん。死ね、ですワ》
もし身体があれば、今はきっと頬を膨らませてそっぽを向いているに違いない。
そう想像できるような声音で、ヨルは不貞腐れたように小さな声で呟いた。
そうしている内にワルプルギスは通路の最奥に辿り着く。
大きな鉄製の扉が通路を塞いでいた。
扉には緻密な装飾が施されているが、その模様はどこか禍々しく、まるで地獄の扉のような気配を醸し出していた。
二人が気持ちを切り替える。
ワルプルギスは扉に手を添えると、少し力を入れて押してみた。
扉は問題なく動くようだった。
(そろそろ教えてくれても良いんじゃないか? この先には何があるんだ?)
《それは見てのお楽しみですワ。間違いなく、役に立ちますワヨ。それに、トテモ興味深いワ》
ヨルが自信満々に言い切る。
冷静に考えてみれば今、ヨルの中には比喩ではなく本当に世界全部が保存されているに等しい状態なのだ。
彼女の言葉を信じるしか無いだろう。
(ヨル)
《なんですノ?》
(……さっきは、悪かったな。お前は私のたった一人の半身だよ。お前がずっと傍に居てくれなきゃ、私はとっくに狂っていたさ)
《……マァ。熱烈な告白ですワネ》
(待て。どうしてそうなる)
《どうしましょう。先程からワタクシ、口説かれているのカシラ?》
(ほざけ。死ね)
微かな笑い声が漏れる。
そして、ワルプルギスは扉を開いた。
ゆっくりと開かれた扉の先は、小さな部屋だった。
まずワルプルギスの視界に飛び込んできたのは、ルミナス教を示すシンボルだった。
どうやらここでは何らかの儀式が行われていたらしい。
奇妙な服装を着た死体が幾つか転がっており、部屋は至る所に飾り付けが施されている。
死体が抱く書物は、ルミナス教の聖書に間違いなかった。
しかし、どうも様子がおかしい。
見上げるように壁に刻まれた模様は、ルミナス教にとっては異質ながらワルプルギスにとって非常に見覚えのあるものだった。
そして何より、その部屋の中央には。
とある考えに至ったワルプルギスが部屋の入口で立ち尽くす。
ヨルは得意げに笑った。
(おいおい……これじゃあまるで……)
《ビンゴ、ですワ♡》
×××
イングラシア王国、王都。
自由組合本部の総帥である異世界人、
その寮の一室で、リムルはソウエイからの報告を受けた。
実はイングラシアに着く少し前から、ソウエイの分身の気配は消えていた。
リムルは不審に思いながらも、もし緊急事態ならば他の皆が念話を飛ばしてくれるはずだと思い、特には気にしていなかったのだ。
故に、ソウエイの分身が突然寮の部屋に現れたと思いきや、魔女が接触してきたと報告して来た時は目ん玉を剥いたリムルである。
「俺を?」
「はい。かの魔女……ワルプルギスは、リムル様だけに用があると」
「そうか……よし、分かった」
リムルは大賢者も交えて思考を回す。
(流石にこれは予想外だな。本当は今すぐにでも接触したいが、ワルプルギスは何らかの方法でこちらの行動を把握していると考えるべき……今からテンペストに戻って離れないのは不自然、こちらから探して接触するのも悪手、か。もう一度来るのを待つしかないが、またすれ違う可能性もある。次は確実に接触したい)
リムルの思考が加速する。
ワルプルギスに敵対の意思は無いらしい。
ならば、ソウエイから報告を聞いたことは秘密にすべきだ。
無駄に事を荒立てたくはない。
幸い、テンペストへは転移魔法で即座に戻れる。
次回の訪問がいつであれ、バレないように一言ぐらい分身で報告することは出来るだろうから、自分は即座に自室へ転移すれば良い。
そして何食わぬ顔でワルプルギスを出迎えるのだ。
そのためには転移の座標指定を自室に設定する必要がある。後でやろう。
残るは、ワルプルギスの目的だが……。
そこまで考えて、リムルは思考を断念した。
あまりにも情報が少なすぎる。
大賢者も、分析し損ねていた。
「取り敢えず、次来た時は一言だけ俺に知らせてくれ。バレないようにな」
「はっ」
「皆には、くれぐれも丁重にもてなすよう伝えてくれ」
「御意に。リムル様はどうなされるおつもりですか」
「まずは、話してみるよ。もしかしたら友好関係を築けるかも知れないしな」
時間だった。
そろそろ一限が始まる時間、リムルは教室に向かわなければならない。
子供達が、待っていた。
シズさんの心残りの一つである、五人の異世界人の子供。
教師用の寮付き、三食付き、そして一日銀貨10枚支給という条件で、リムルは三か月間の教師としてユウキに雇われていた。
今日は子供達に
「あ、そうそう。今日の授業が終わったら連絡するから、ベニマルとシオンと一緒にテンペストの俺の部屋で待っていてくれ」
部屋を出ようと扉に手をかけながら、リムルが振り返る。
そしてニッコリと笑った。
「お前ら、説教な」
×××
「ねぇカガリ。君は直に『ワルプルギスの夜』と対峙したことがあるんだろ? どう思う?」
高級そうな椅子に腰掛け、一人の少年が寛いでいる。
その後ろに立ち、少年に紅茶を用意する美しいエルフの女性。
自由組合のイングラシア王国本部の自室にいる、ユウキとカガリの姿であった。
「『ワルプルギスの夜』は僕の手駒として使えると思うかい? ていうか、支配出来るかな?」
ユウキは楽しそうに、背後のカガリに声を掛ける。
それを受けたカガリは肩を竦めると、面白くなさそうに答えた。
「いくら主様でもそれは無理だと思いますわ。アレは一種の化物、ギィ・クリムゾンと同じ領域に居る超越者です。あの『火』を見たでしょう? いつものように主様の口八丁で、丸め込むのが無難かと」
「へえ? そんな事を言われたら余計やる気になっちゃうな。僕が直接出て暴れようかな」
「止めて! いや止めなくても良いですが、わたくしが逃げた後にして下さい」
「君って、ほんと図々しいよね。弱くて役立たずなのに、そういう所だけは抜かりないし……」
ちなみにカガリの正体は元魔王のカザリームである。
レオン・クロムウェルに消滅させられた後、「漂う精神」となって自身の復活の為に何百年もかけて準備した異世界人召喚の儀式は、召喚した対象であるユウキによってあっけなく返り討ちに遭った。
自身の支配のスキルを返され、カザリームはアッサリとユウキに降ったのである。
ユウキの力を誰よりもよく理解しているカガリは、ユウキこそがいずれ最強に至る者だと信じて疑わない。
故に、今はもうスキルによる強制ではなく、心からユウキに忠誠を捧げている。
本当はユウキが恐ろしくて裏切れないという理由もあるのだが、わざわざそれを口にするような馬鹿な真似はしない。
ユウキが怖いからだ。
このカガリ、もはやプライドは無い。
「そろそろルべリオスが『ワルプルギスの夜』に対して何か動きを見せる頃だ。ファルムス王国と結託してリムルさんにもちょっかいを掛けると思う。その前に『ワルプルギスの夜』は回収しておきたい」
「本当に暴れるおつもりですの?」
「まさか! 流石に交渉するさ。支配能力は『眠れる勇者』の為に余力を残しておきたいし。まったく馬鹿だよねぇ、ルべリオスも。もっと慎重にやれば良いのに」
「……かつてわたくしが相対したワルプルギスは、話が通じるような奴には見えませんでしたわよ。交渉が決裂したらどうするおつもり?」
「その時はその時さ。戦って支配してみせるよ。所詮はギィ・クリムゾンに封印された程度の強さだろ? 負けても最悪、逃げれば良い」
神楽坂優樹は天才である。
彼の計画に失敗は無く、万が一の失敗すらもユウキならば無理やり次の成功の布石にして見せることが出来た。
ユウキは楽しげに笑みを浮かべながら、更なる思考を重ねていく。
伝え聞く『ワルプルギスの夜』をこちら側に引きずり込むことが出来れば、状況はこちらの有利に傾く。
更にもし支配することが出来れば、今は程遠いギィを殺すという目標が一気に現実味を帯びるようになる。
(愉しいよね、ワクワクするよ!)
口には出さずに、ユウキはそのスリルを楽しむ。
「まずは居場所を探らなきゃ。ラプラスに行かせようかな?」
その日、襲来したミリム・ナーヴァによって獣王国ユーラザニアの首都が消し飛んだ。
魔王クレイマンはその報告を受けて喜色の表情を浮かべる。
全ては順調であった。
計画は、次の段階へと進む。
更にその日、『ワルプルギスの夜』が復活したとの情報が世界を駆け巡った。
人々の反応は二分化された。
一般市民の反応は驚くほどに平淡だった。
無理もない、伝説の魔女が復活したとて、日々を懸命に生きる人々にとっては「だから何だ」という話である。
それと対照的に、国家の上層部は策略を巡らせる。
伝説の魔女を討伐したとあっては、他国への牽制になると共に西方諸国評議会での地位も向上する。
更にはルべリオスの強力な後ろ盾を得られるようになるとも見込まれていた。
他よりも早く、魔女を討伐しなければ。
帝国の第二都市シュリスの滅亡の報は、まだ届かない。
三百年という時間は、人間にとっては余りにも長すぎた。
彼らは忘れてしまった、あの夜を。
これだけの出来事が、封印消滅より僅か48時間以内に全て起こっていた。
水面下で急速に陰謀は蠢く、愉快な悪夢へとまっしぐらに。
お読みいただきありがとうございます。
人外精神系ヒロインがお好き? 結構。ではますます好きになりますよ。さあさどうぞ。
主人公の相棒ポジ、萌えるでしょう?人気投票でワルプルギスが一位を独走した作品だ、啓蒙度が違いますよ。
次回でリムルとワルプルギスをエンカさせる所まで書ければ……良いな……。
追記
読み直してめちゃくちゃ紛らわしい事に気が付いてしまった。これ、リムルの場面だけ少し未来の話になっています。